2018/11/28 のログ
ご案内:「王都富裕地区・石箱」にアデリーナさんが現れました。
ご案内:「王都富裕地区・石箱」にレルタさんが現れました。
アデリーナ > あの少年を拾ってからかれこれもうすぐ1ヶ月。
人並みに子供らしく生きろとは言ったものの、やはり身近に魔導機械技術の粋、しかも自分のそれとは別系統の産物が在ると落ち着かない。

――バラしたい。
――一回バラして、解析して、理解して、よしんば少し改良など施してから組み立て直したい。

そんな欲求をどうにか耐えられたのは、少年が半分は生肉だということ。
それから、少年を作り上げたあのジジイの家族や弟子に金を積んで、ジジイの遺した少年絡みの部品一式を買い上げることに成功した、
というのが大きい。
本体をバラさずとも、予備部品を複製するついでにバラせばよかろうなのだ。

「――で、今日が搬入日なわけだけど。きみの部品だ、運ぶのは手伝ってもらうぜ?」

ずらりと玄関先に並ぶ山盛りの木箱や麻袋。全部魔導機械だと思うと心が躍る。
警備ゴーレムにも運ばせつつ、かたわらの少年にも一言手伝うように。

レルタ > 一ヶ月。長い日。こんなに長い日はあっただろうか。
日々が、驚きと呆れの連続。…………良いこともそりゃ、あったけれど。

アデリーナ女史から感じる「自分への研究欲」はとんでもない。
食欲とかそういうものとは全く別ベクトル。
世界には、芸術に生きて死ぬものがいると聞いた。
この人はそういうものだろう。そういうものをかんじた。

今日は、自分をこうしたジジイの家から、自分関連の機材を買い取って
そして搬入する日。
ジジイと違って、遺族や弟子の人達は優しいから、少しさみしい。

「はい。まあ、力はありますし」

大荷物だ。まあ、外せばこんなものか。

アデリーナ > 「大いに結構。そいじゃ僕の研究室まで。
 そろそろ此処の造りには慣れたかい? まだ順路に不安があるならゴーレムに付いていけばいいが」

――それともお姉さんが一緒に行ってやろうか? とにやにや。
今日は機嫌がいいから、多少は優しく甘やかしてやろうか。

「しかしまあ、あのジジイもずいぶんまあ山程作ったもんだ。
 一点物の最高傑作に万一に備えた予備部品を用意するのはいいが、
 こんだけありゃもう一、二人造りたくならなかったのかねえ」

僕なら絶対量産するね。そりゃあゴーレムばりに増やす。
……この予備部品でもう一体組めねーかな。無理かなあ、生肉必須かなあ。

レルタ > 「ええ。流石に、自分の部屋みたいなところなので迷うことはありませんよ
…………お姉さんだなんてあんまり思ってないくせに」

ちょっと口をとがらせて。この人は気まぐれで。すごく優しいときもあるけれど
なんだか、動物にやさしくするようなときもある。なんだか複雑だ。

「判断する頭。それを伝える背骨。それらを動かす心臓と肺。それらを繋ぐ血管。
それが作れなくて大暴れしていたとお弟子さんたちは言っていました。
都合よく上半身はそこだけ残った人間なんて僕しかいなかったんでしょう
…………冗談でもよしてください、そういうのは」

自分のようなモノが増える?冗談じゃない。そうなるのなら、絶対阻止しなきゃいけない。
絶対に。どうやって?人を殺す? 考えるだけで吐きそうだ。

アデリーナ > 「そりゃ何より。此処に馴染んでくれれば僕としても安心だ。
 いつまでも所在なさげにおどおどされるとこっちも気が散るからねえ」

視界の端できょろきょろそわそわしている少年は集中を妨げるからさ、と言いながらも、半分くらいは心配もあった。
絶対に言いはしないが、あのクソマッド研究員連中が蔓延る此処は普通の子供が暮らす環境ではない自覚は在る。
手元に置くしか無いから連れてきたとはいえ、この環境でストレスを与えてしまうのは避けたいところだったのだ。
――その辺はさすが元傭兵、あっという間にこのフザけた施設にも慣れたようだけれども。

「いやぁ? お姉さんだと思ってるぜ? それともお母さんかね?
 うひひ、まあ保護責任者としての自覚くらいはあるさ」

もっとも、保護責任者に飼育員や研究員といった立場が含まれないとは言っていない。
少なくともこの子の魔導機械部分の理解が終わるまでは、研究対象と技術者という関係性は維持しなければならない。
――――完全に理解した、その後は?
さあ、嫌われていなければそのときに考えよう。

「はいはい冗談ですよ。
 まったく、僕が生肉否定論者なのはそろそろ理解してくれよ。
 仮に量産するとしても、生肉使うくらいならゴーレムを無理矢理にでも組み込むね」

――あれ? これもしかしていいアイデアなんじゃね?

「さ、行くぞレルタ少年。研究室に戻ったらおやつにしよう。今日は好きな菓子を選んでいいぞ?」

少年のおかげで簡単すぎて見落としていた実験項目に気づくことが出来た。
つくづく今日はいい日だ、気分もいいし山盛り甘やかしてやろ。

レルタ > 「馴染んでる、うーん。慣れた。うーん
おどおどなんてしてませんっ。 見慣れないから色々見ただけです」

確かに、家族にするといわれて連れてこられた場所が、こんなへんてこな場所だとは思っていなかった。
他の研究員の人達も、頭のネジが2,3取れてるような人達だし。
一番マトモなのはアデリーナさんではなかろうか。
最初一週間は、正直な所げっそりしたこともないではない。
だが、環境への適応は戦場での基本だ。 ……あれ。ここって家だよね?

「…………(飼育しているお姉さん、でなければいいんだけど)」

それも、自分の予備パーツの検分が終われば多少はマシになるだろうか。
…………それで興味がなくなって、捨てられたら。 息が少し荒くなる。瞳が揺れる。
捨てられる。大丈夫。大丈夫。僕はもう弱くない。一人で生きていける。
生きて行けてるから放り出されても問題ない。問題ない問題ない問題ない問題ない問題ない。
だからいいんだ。

「あのジジイがどうにも出来なかった部分をどうするか。
興味はあります。ですが。あまり良くない方向かもしれません」

「………………………はい。味はありますか?」

アデリーナさんが作るものは、基本的に味がない。
味覚を喪失しているのか。……食感はすごくいいし、えいようがあるのもわかるけれど。
お菓子、か……ちょっと久しぶりかも。

アデリーナ > 「うん? どうしたね少年?」

不安げに荒く息をして、目の焦点の合わない様子を目敏く見つけて、じっと視線を合わせて問う。
お互いの額に手を当て、発熱をチェック。やや温いが子供分の体温と思えば平熱か。
具合が悪いならゴーレムにやらせるからそのへんに荷物置きなよ、と軽く気遣って、再び先を歩きだす。

「良くないって何さ、僕ぁもともと兵器技師だよ、どちらかと言えば大悪党の親玉だ。
 悪党らしく自分のやりたいようにやるけど……嫌か?」

嫌だ、と言われれば石箱からは出てもらわなければならない。
此処での僕は主任技師であり、兵器設計士であり、死の商人。
それが受け入れられないなら、どっか富裕地区の隅にでも小さい家を買ってそこに済んでもらおう。
面倒は見るが、通うのは面倒だし。僕のこの仕事第一主義を理解してくれるといいんだが、まあそのうち。

「……なんだよ、そんなに僕の手作りは嫌かよ。
 じゃあいいよ、来客用に買ってある焼き菓子やらも選べよ。もー」

生肉部分の維持や成長に必要な栄養価を厳密に計算して飯を作ってやってるのに不満かよー、と唇を尖らせて。
なら好きなだけ油でも砂糖でも摂ればいいさ、と半ば拗ね気味に戸棚のケーキやらクッキーやらを食べてもいい、と。

レルタ > 「いえ。なんでもありません。なんでも。ありま、せん」

何を動揺している。何に動揺している。何で動揺している。
何でだ。ここで、家族なんて言う人参をぶら下げられたからか?
変わらず荷物を運びながら、色々頭をぐるぐるぐるぐるかんがえがまわっていく。

「いいとか、悪いとか。そういうのは……もう僕は、考えるべきではありませんから。
悪党。あの時、抱きしめてくれたのは、そう思えなかった。
考えではなく思いなのでこれは矛盾していません」

ここから出る。そうすれば、いつものとおりにやっていく。
ここから出れば、もうこの人からの施しは受けない。道理が通らない。

「…………手作り、でしたか。 なら、いただきます。
家族の手作りを食べないのは、悪い子、です」

純粋に、これが嬉しいのかもしれない。
この人は、読めないけれど、こうして優しくしてくれるのは確かだ。
だから、それにはちゃんとこたえて。家族になっていく道があるなら、それを……。

アデリーナ > 「なんでもないってツラじゃないでしょーが。
 病気じゃあないようだが、何か思うところあれば素直に言いな。
 曲がりなりにも家族なんだ、相談なりしてみてもいいんじゃないの?
 僕は研究以外はからっきしだが、言えばなんか知恵の一つも出せるかもしれんし」

ほんとに何でもないってんならもう少し上手に取り繕いな、と小さな溜息。
まったく、世話の掛かる子だ。育児経験なんてないが、世の母親は皆こんなふうなことをやってるのかね。すげーなぁ。
いや、ウチが特殊環境すぎるが故なら一般の母親達はこういう経験はしてないか。

「……そ。それじゃあそれで。
 ただまあ、忘れないでほしいのはだ。
 僕は人殺しの道具を作って売る、ジジイに負けず劣らずのクソ野郎で、
 頭の中はもっと大勢がもっと簡単に人殺しできる道具をどうやって作るか、でいっぱいだ、ってことな。
 きみのいい家族で在ろうとはなるべく努力するが、箱の外のその他大勢から見た僕はそういうやつだから」

だから、いつでも見限っていいからね。
まあ、承知の上で一緒にいるって言うなら無理に突き放しはしないが。

「別に嫌いなものは嫌いって言っていいんだぜ。
 いい子でなくてもいいのさ、お姉ちゃんの作る飯は不味いから外食する、小遣いよこせーって言っても構わんよ?」

そのかわり、栄養偏ったり問題起こせば即小遣いの支給止めるけど。
……やれやれ、他人と距離を詰めた関係なんてやったことがないからどういう動き方をすればいいやら。

レルタ > そうか。今僕はそういう顔なのか。はは。ひどい顔だろうな。
何かを思っていると。明確にそうわかるほどだと。馬鹿か僕は。
愚図で愚鈍で、どうしようもない痴愚だな。

「では、アデリーナ主任…………いえ。いまは……姉さんと。
      ………………。         

予備パーツの研究をおえたら、僕を捨てませんか?」

最後の声は、ふるえていた。自覚がある。言えばいいと、相談すればいいと。
家族だからと。 それが嘘じゃないのか、どうしようもなく怖かった。
ああ。怖かったさ。強がってみたが、結局そういうものだよ。
期待っていうのは、どうしようもない毒なんだ。
それを悪意で反故にされたとき、きっと、死に至る。
だから。だから。だから、率直に、貴女に問いかけた。

「貴女がこの国についている限り
人殺しっていうのは敵対勢力の排除です。
ジジイは、どうしようもない我欲です。
貴女は、現状ではそうではない。だから……………そう『言う』奴が居たら、ぶん殴ります
何も見えていないガキめと」

貴女が見限らないのなら、僕は見限らない。
最初に約束をしたのは貴女だから。

「…………栄養を考えてくれているのでしょう?
それなら、それは家族の団らんでしょう。 小遣いは……魅力的ですが」

ああ、もう。他人と距離を詰めたことなんて無い。どうすればいいんだ。

アデリーナ > 「…………は?」

ひた、と歩みを止めて、振り返る。
眉間には皺を寄せて、日頃眠そうな目には研究に打ち込む時よりも強い力を込めて。

「きみは…………きみは馬鹿か?」

研究が終わったら捨てろときたか。
そもそもその気があるなら今日予備部品一式を揃えたその場で追い出すし、そのつもりが無いから研究室まで荷運びを手伝わせている。
一ヶ月も面倒を見て、やったことのない料理にまで挑戦して栄養管理したのは
自分なりに世間一般の愛情表現とやらを真似したつもりだったが。

「ここに嫌気が差したなら止めないよ?
 そりゃ週イチでどっかしら爆発してるような狂人共の巣窟だ、ふつう嫌になるさ。
 僕自身、親だの姉だの、そういう経験は無いド素人だ。きみの望む家族像とは違うこともあるだろう。
 でもなあ、僕は誘った手前君を捨てはしない。出ていくのを止めることもしないが、
 僕から出て行けと言う時は"住処を分ける"時だけだ。放り出してはいさようなら、なんてするかよ」

ムッとした顔のまま、つかつかと歩み寄って脇腹に軽くパンチ。
非力だから痛くはなかろうが、怒っているんだぞと示すようにパンチ。パンチ。もう一つパンチ。

「…………まったく、僕のこと欠片も信用してくれてねえのかと思えば冗談みたいに信じ切ってくれやがるなあ。
 僕はきみを捨てやしないが、しかし僕のやってることは100%我欲だ。
 いいかね弟君、信じるべきところを間違っちゃいかんよ」

最後に親指と人差し指を丸めて、額をぴしっと弾く。
その全幅の信頼をもっと私的な部分に向けられんかね、と肩を竦めて。

「ま、僕自身はきみのことを少なからず気に入っているんだ。
 機械としての完成度も勿論だが、人間としても嫌いじゃあない。
 だからこそ生活の世話をするし、栄養だってしっかり摂れるよう考えても見るし、なるべく自由に過ごして欲しいと思ってる。
 それから、きみには側に居てほしいとも思ってるんだぜ? 信用出来ないかもしれんがね」

どうやったら信用してくれるやら。
日頃の行いかねぇ。にへら、と皮肉に笑う。

レルタ > 「筋が、ちゃんと、とおってますし…………
姉さんの思う、家族に……家族に、僕も、なりたいです。
出て行きたくは、ないです。出ていくなら、貴女を害する人が居たときです。
ただ………」

ああ。ほんとうだ。今日の搬入が決まったら用済みのはずだ。
その前に捨てられているはずだ。そうじゃないから、一緒に運んでいるんだ。
家族だから、栄養がちゃんとある、味はないけど料理をつくってくれているんだ。
この、偏屈で、皮肉で、自虐もたくさんなお姉さんは
家族をしようと、頑張ってくれているんだ。

「嫌じゃない……。賑やかで、へんてこなところだけど……嫌なんかじゃない。
貴女が、家族を、頑張ってくれるって、本当は分かっていた。なのに。
僕は、僕はただ怖かった。ジジイの遺族からの、やさしい手を拒んだときからずっと
僕にはそんなものはないんだって怖かった…」

脇腹に感じる、揺れ。衝撃でも痛みでもなんでもない。
非力な女の子の、怒りの主張。それが、たまらなく愛おしい。
涙が、止まらない。大粒の涙が止まらない。熱い。熱い。

「信用、したいんです。僕が、馬鹿な、だけで。
我欲、でも、誰かのために、なってる。だから、僕は、それでいい。
信じるべきは、あなたが。向く方向で変わっていくことなんだ
盲信はしない。あなたが、あなたが……」

額を弾かれる。これは少し痛い。
ただただ、涙が止まらない。

「僕が馬鹿だっただけです……だから、信用、しきれなかっただけで。
ごめんなさい、姉さん……」

つまりは、信用するよという声。
床には、もう、水たまりのような涙が。

アデリーナ > 「理解したならよし。
 ただし、そういう出て行き方は許さんから。
 きみが一人で出ていく時は、僕に嫌気が差したときと、僕なしで生計を立てていく決心をしたときと、外で彼女が出来て二人で住むときだ。
 それ以外では許さんよ」

そういう、身内の敵を消して自分も消える、みたいなの嫌いだし。
僕を殺ろうってやつが来たらゴーレムけしかけて裏口からそそくさ逃げるのできみもそうしたまえ。
弾いた額をくりぐりと人差し指でつっついて、そう笑う。

「嫌じゃないならいいのさ。分かってたならよし。
 あとそのジジイの家族な、きみを不幸にしたら即引き取りに来るってさ。
 拒んだかもしれんけど、見捨てられちゃ居ないみたいだぜ。ま、不幸を感じたらすぐ言ってくれよ、
 今更返すくらいなら多少僕のほうが折れていいんだから」

信じたいと涙を流す顔を袖で拭ってやる。
あーもー泣くな。クソマッド共が面白がって見に来ちゃうだろ。
わかったならいいんだ、と頭をぽふぽふ、それからまた歩き出す。

「ほら、ついてきな。やーっと信用してくれたんだ、一ヶ月も掛かっちまったよ。
 いや、僕にしちゃ早い方か。ま、せっかくなんだ。これからは好きなだけ希望を述べて甘えたまえよ。
 なるべくきみには年頃の子供らしい生き方をさせたいんだからね」

――精神衛生をきちんと保ってくれたほうが良いデータが取れそうだしな、と憎まれ口を叩いて、
しかし信用するという言葉にわずかに頬を緩ませて。
それも、入室許可をもらっていないので研究室の前に山程荷物を積み上げ
三々五々に元の業務に戻っていったゴーレム共の仕事ぶりにすぐに凍りついたのだけれど。

「……………………甘やかす前にこれの搬入だなあ」

レルタ > 色々なところから、僕は幸せにしてもらえるだけの、幸せを手にしている。
今まで、拗ねていただけで。
ただそれだけで。
どれだけ幸せに囲まれていたのか、自分で理解をしていなかった。

この人が、家族。そして、もう一つ、家族。
なんて幸福なんだ。
なんて恵まれているんだ。
……挨拶に、いこう。そう決めた。

撫でてくれる手がとても心地よい。拭ってくれる手が心地よい。

「年頃とか、わからないけど……がんばり、ます」

そして、部屋の前の大量の荷物。

「…………足の機構をつかえば、いくらでも力仕事はできますから。
姉さんは、仕分けとかしててください。運ぶのは僕がやりますから」

自然と、自然と姉さんと言っているのは、少年も気付かないままで。
珍妙な家族が、ちゃんと、此処に出来る。

ご案内:「王都富裕地区・石箱」からアデリーナさんが去りました。
ご案内:「王都富裕地区・石箱」からレルタさんが去りました。
ご案内:「設定自由部屋」にクレス・ローベルクさんが現れました。
ご案内:「設定自由部屋」にエフルさんが現れました。
クレス・ローベルク > 湾港都市の入口で、男が一人、待っていた。
今日は快晴。そろそろ朝も冷え込む時期だが、しかしそんな事を気にする余裕もないというかのように、彼はそわそわと何かを待っていた。
今日は、彼の恋人と、新居探しをする日であった。
勿論、実際にはそれだけではなく、彼女としては恐らく初めての来訪であろうダイラスという街を、一度巡っておこうという目的もあった。

「さて、そろそろ来るはずなんだけど」

懐中時計で何度も時間を確認する。
馬車での移動とは言え、山賊や魔物の危険は常にある。
彼女は無事に来られるだろうかと、少し心配の色も差す。

エフル > 生まれて初めて王都の外に出て、乗り合い馬車でダイラスへ。
魔物が出るだとか、獣が出るだとか、盗賊が居るだとか――
外はとても怖いイメージだったけれど、幸いにもそういったトラブルはなく到着できた。
御者のおじさんに代金を支払って町の門をくぐる。
衛兵さんには観光目的、事によっては移住するかもと伝えると、すぐに手続きを済ませてくれた。

初めてのダイラス。王都とは違った街並みにわぁ、と息を呑んで、すぐに周囲を見回す。
今日来るというのは手紙で前もって報せてあるし、ここで落ち合う約束だけれど……
馬車の客を迎えに来たのだろう沢山の人混みのなかで、見慣れた黒尽くめの人影を見つけて大きく手を振る。

「クレスさーん!」

車輪付きの、ちょっと奮発して買った大きな鞄をがらがらと引きながら駆け寄って。

「会いたかったですっ!」

そのまま人目を憚ること無く彼の胸に飛び込む。
ぎゅーっ、と抱きしめて、暫くぶりの触れ合いに喜色を浮かべて。

クレス・ローベルク > 「……来たか」

乗合馬車は、時間通りの到着。
身分身なりも様々な人が、そこから降りてくる。
約束では、この時間の馬車。
そこから降りてきたエフルを見て、ほっと安堵の息をつく。
彼女もこちらに気付いた様で、こちらに声をかけてくる。

「おお、エフル、こっちだよー!」

そう言って手を振って迎える。
旅行用の大きな鞄を引いて来るのが、何とも微笑ましい。
……のだが、速度を緩める事なくこっちに向かってくる彼女を見て、慌てて両手を広げる。

「うわっと!」

思ったとおり、抱き締めに来たエフルを受け止める。
寒い朝に、エフルの体温が、意味もなくホッとするほどに暖かい。

「うん、俺も会いたかったよ。無事に来れた様で良かった」

彼女の身体を同じく抱きしめて数秒。
男の方には、外でずっと女性とイチャイチャ出来るほどの精神的硬度はないようで、ぱっと離れる。

「こ、こほん。それじゃあ、最初に新居巡りして、後は遊びに行こうか。ダイラスは遊ぶ所が多い街だし、きっと楽しめると思う」

そう言うと、さりげなくエフルが手放していた鞄を代わりに持って。
反対の手を、エフルの方に差し出す。

エフル > 「えへへ、お待たせしました!」

クレスさんの胸にひとしきり頭を擦りつけて、会えなかった間のぶんのクレスさん成分を補給してから離れる。
頬が赤いのは、きっと朝の寒さのせいだけではないだろう。
もうしばらく抱きついていたいけれど、周囲の視線もあるしここは我慢、です。

「はい! この街に来るのは初めてだからちょっと緊張しちゃいますね……
 でも、すぐにでも此処が"わたし達の家"になるんだから、このドキドキも楽しいです!」

鞄に手を伸ばせば、先んじて持ってくれようとしたクレスさんの手と触れ合って。
驚きに目を丸くしてから、くすっと微笑み、ありがとうございますとお礼を言ってそのままクレスさんの手を取った。

「新しいお家、どんなところでしょうね。楽しみだなぁ……」

きゅ、と指を絡め、クレスさんの腕にぴったりと寄り添って。
歩幅を合わせて、二人でダイラスの街を歩く。

クレス・ローベルク > 「はは、まあ、新しいお家って言っても色々候補があるから……そうだな。一番でっかいお家から見てみようか」

手を繋ぎながら、男とエフルは二人、潮風香る街を歩く。
街の外縁部から、中央にある巨大娯楽街"ハイブラゼール"に入る。
享楽的な男にとっては最早歩き慣れた通りだが、今日に限っては緊張した面持ちで、

「まあ、多分大丈夫だと思うけど、この辺は治安が悪いからね。
俺の手をしっかり握ってるといてくれるかい」

勿論、こんな朝早くから事を起こすほど、人攫いの連中も無謀ではないとは思うが、万が一の事を考えると不安だ。
そうして、何時もはゆっくりと歩くこの通りをちょっと早足で抜けて、海岸沿いの道に。
そこは、アケローン闘技場に通じる通りだった。
その建物の一つを指差す。

「商売の事はあんまり良く解らないし、エフルが今、商売のことをどれぐらい勉強してるかわからないから、もしかしたら直ぐに住むとは限らないけど……取り敢えず、第一候補としては、此処だね」

そこは、元々は喫茶店であったのだろう、大きな石造りの建物だった。
椅子やテーブルは取っ払われているが、それさえ無ければすぐにでも営業できそうな。
外側から見ると二階が存在するので、恐らくそこは住居スペースなのだろうというのも解る。

「ちょっと値段と維持費は張るけど、商売を始める時に店舗を別で買わずに済むから、ある意味経済的かなって思うんだけど……どう?」

エフル > 「はいっ。一番大きいお家……」

王都では長屋暮らしだった。決して古い建物ではなかったし、狭小住宅でも無かったけれど、でも大きな家というのはやっぱり憧れるもの。
どんな建物なのかな、立地はどうだろう、お店が近いと嬉しいな、などとすっかりダイラスに移住した後のことに想いを馳せて。

「治安が……はい、頼まれたってクレスさんの手は離しませんっ」

治安が良くないならなおのこと。
クレスさんに心配を掛けたくはないし、それにわたし自身もできればクレスさんとなるべく近くに居たい気持ちもあるし。
絡めた指先に少しだけ力を込めて、警戒しながらも好奇心旺盛に周囲を見回しながら歓楽街を足早に通り抜ける。

「わぁぁ、海……!」

雑多な街を抜ければ、目の前に広がる海原。
王都も海に近い街ではあるけれど、ダイラスほど海と共存している印象はない。
港町らしい潮風に目を輝かせ、そして対岸にあるだろう王都に想いを馳せながら歩けば、意外とすぐに第一候補にたどり着く。

「えっと、頑張ってます!」

商売のことはいろいろと。
勤め先のマスターに教わったり、お客様の中にもお店の経営者をしている人たちもいる。
そういった人たちに基礎を教わって、ここで独立してお店を出せるだけの免許皆伝はひとまず貰ってはいる。
けれど、流石に最初一人で始めるには少し大きすぎる、かな。

「うーん、一人で調理から配膳、お会計までってなるとちょっと広すぎますね……
 将来的には従業員さんとか雇ってこのくらいのお店でやりたい気持ちはありますけど……」

うー、でも設備が整っているのは魅力的です、と頭を抱えながら建物内を検分して回る。
あるいは、料理とお会計のカウンターを一列に並べて、
お客さんが好きな料理を取って先払いで支払ってから席に、なら配膳の手間は省けるだろうか。
そのやり方なら行けそうな気はするけれど、そして建物はとっても魅力的だけれど、

「…………ほ、保留です。即決はできませんね。
 クレスさんはどう思います? 次に行くお家と比べて、とか」

クレス・ローベルク > 「あー、確かに大きすぎるかもなあ……。そうか、最初はエフルが一人で回せる規模で無ければだめだよな。スポンサーが入って舞い上がってたわ……」

予想外の収入が入ったのもあって、理想が暴走していた。
考えてみれば、暫くはエフルが一人で回すのだから、そんなに沢山の客を入れたらキャパオーバーになってしまう。

「ん、まあ店舗付き住居って括りの建物は後一つかな。流石に後は普通の家だし……。此処が広すぎるなら、案外こっちのが良いかも」

歩いて五分ぐらい先に歩くと、今度は小さな二階建ての、木造の建物。
建ってそこまで年数を経ている訳でもなさそうだ。
店内は先程よりもかなり狭く、奥に長い。
備え付きのカウンターテーブルに椅子を並べれば、後は小さな椅子と机を置けば埋まってしまいそうだ。

「こっちは、スポンサーが付く前に検討してた建物なんだよね……。
こっちも住居スペースは二階だけど、どうしても建物の形に合わせて手狭だし」

そう言って、見取り図を見せる。確かに二階の住居はキッチンと寝室を兼ねた少し大きな部屋、それにトイレと浴室があるだけの住居だ。
個人用の部屋というものは望めないし、お互い、家で何をするにでも同じスペースでする事になるだろう。

エフル > 「あら、出資してくださった人が居るんですか?
 いつかお礼を言いに伺わなきゃ、ですね!」

こんなに立派な建物を射程圏内に収めるくらい、クレスさんに大きな収入をくださったひと。
どんな人かはわからないけれど、生活の大きな助けになったのは間違いないのだし、お礼をしなければ。
それはそれとして、お店周りはなるべくクレスさんに迷惑を掛けたくはない。
だから、自分ひとりで仕入れから運営、営業までぜんぶ賄えるくらいがいい。

「そう思うと、やっぱり大きすぎますよね……」

いつかは王都のカフェみたいに、こういう大きなお店を持ちたい。
夢は夢としてしっかり胸のうちに秘めておいて、次に向かう。

「……あっ、お店はこっちのほうがいいかもです」

小さいけれど、それゆえに一人でも回せるだろう店舗スペース。
手狭とは言うけれど、移住者の若い女が一人で商売をするにはこのくらいがいいはずだ。
いきなり大きなお店を持てば、回しきれないのもあるだろうが地元の競合店によく思われないだろうし。

「わたしは此処が気に入りましたよ、クレスさん。
 ただうーん、個人の部屋がないのは……わたしは全然いいんですけど……」

クレスさんが誰か連れ込むには、不便ですね? なんて首を傾げて。
これから先どうなるかはわからないけれど、少なくとも今は隙あらばくっついて一緒に居たい時期だから、
部屋が足りない分には何も問題は無い。
ただ、クレスさんのほうが気ままな一人暮らしから小さな家での二人暮らしになった時、わたしをストレスに感じないかが心配で。

クレス・ローベルク > 「えっ!まあ、うん。ソウダネ!アトデオレイ、イワナイト、ダネ!」

動揺のあまり棒読みになってしまった。
まさか、スポンサーとなった相手が自分よりも遥かに年下で、しかも処女をぶち抜いた相手などと思っても見ないだろう。
最悪有耶無耶にすべきか……と本気で考えてしまうが。
ともあれ、次の店が気に入って貰えると、ほっと胸をなでおろす。

「そっか。君が良いなら、此処で決めてしまおう……って、え?あ、うん……確かに……ってちょっと待ってエフルさん。まさか、連れ込むの前提で考えてたの!?」

ついさん付けになってしまったが、無理もないと思う。
まさか、自分の恋人が、殆ど浮気同然と言える行為を前提として考えていたとは。
勿論、仕事の上でも、個人的な付き合いでも、肉体的な付き合いが多い身の上ではあるが。

「え、えーと、この際真面目に聞きたいんだけど、その、俺が他の女性とそういう関係になるのって……辛くない?」

流石に、エフルと住んでいる家に連れ込む気はないが。
例えば、自分が他の女性と泊まり込んだとしたら。
この娘は傷ついたりしないのだろうか、と。

エフル > 「…………?」

スポンサーの話になると急に挙動がおかしくなったクレスさんに、じとーっと半目の視線を投げる。
とっても危険なお仕事の関係者とかじゃないですよね? という意図だけれど、果たしてクレスさんにはどんな風に見えるのやら。

「………………だってクレスさん、ナンパとかするでしょう?」

毎回連れ込み宿ってお金かかりますよね? と。
クレスさんの仕事柄、そういう行為に至ることが多いのも知識として知っているし。
なんとなく、本当になんとなく、他の女の気配を感じなくもない。
そもそも、そういう関係の多い人だというのは承知の上で告白したのだし。

「…………あのですね、クレスさん」

す、と向き直って、真剣な表情。

「辛くないわけないですよ。当然やだなーって思います。思いますけど、
 クレスさんが仕事の上でそういう浮気まがいのことをするかも知れないと知った上で好きなのは変わらないし、
 じゃあその嫌だな、っていうのはわたしのワガママですもん」

なので、と息を吐いて。

「他の人とそういうことをするのは辛いですけど、わたしは制限したり拘束したりしません。
 ただ、連れ込むにしても泊まってくるにしても事前に一報ほしいのと、他のどんな魅力的な女性と仲を深めても最後にわたしを選んでくれるなら、ですけど」

強がりだ。強がりだけれど、わたしが好きになったクレスさんはそういう奔放な……
というか、ちょっぴり軽薄なところも含めてのクレスさん。
それをむりやり押さえつけるようなお付き合いは、なんだか少し違う気がするから。

「というわけで、此処のお家にしちゃいましょうね」

努めて何でも無いふうに、にこりと微笑んでこの建物にしましょう、と。

クレス・ローベルク > 「う、ぐう」

半目の視線を投げかけられ、言葉に詰まる。
あちらからすれば寧ろ気遣いですらあるのだが、男からすれば何か責められている様で。
そして、次に向けられた一言は、まさかの豪速球だった。

「い、いや、その、……うん、します……」

そう、してしまうのだ。
恋人が居る、というのに。たしかにそれで満たされているというのに。
尚、他の魅力的な女性を見つければ、手を出してしまう。
それが、自分だ。浅ましい、自分だ。
それを知っていて尚、目の前の少女は、こちらを責めたりはせず、寧ろ。

「ワガママ……って」

本当にワガママなのは、どう考えたって、こっちなのに。
この浮気男と、詰っても良いぐらいなのに。
それでも、その全部を許してくれるのか。
だとしたら、だとしても。

「……ごめんっ!」

強がった笑みを浮かべる少女を、今度はこちらから抱きしめる。
申し訳無さと、愛しさのごちゃまぜに衝き動かされて。
恐らく、卑怯なんだろうけど、それでも、そうせざるをえなかった。

「ごめん……。絶対、最後には帰ってくるから。君を、絶対に離さないから……だから……ごめん……!」

恐らく、これから先も、自分は変われないだろう。
幼い頃から繰り返してきた事だ。今更、やめるのも難しい。
それでも、絶対、彼女だけは幸せにしようと。
他の誰を"好き"になっても、この娘との"好き"だけは、絶対に離さないと。
それだけは、決意した。決意することが、できた。

エフル > 「でしょ?」

ナンパ癖を認めたクレスさんに、責めるどころか指摘が的外れじゃなくてよかった、というくらいに軽くうなずく。
分かっていたのだもの。今更それをやめろなんて言わないなら、あとはそれとどう共存していくか。
ただ、相手が本気になるようなナンパは駄目ですよ、と鼻先をつんとつつく。
わたしたちが良くても、相手の人が傷つくようなのは絶対にだめ。
受け入れた上でも、そこは譲れないところだ。

「ただでさえクレスさん、格好良くて優しくて、女の子に好かれる感じですもん」

クレスさんが向こうの本命になってしまうと、わたしとしてもクレスさんを巡って戦いを辞さない覚悟をしないといけないし。
それは大変そうだし、できれば遊びで割り切ってくれる人と付き合ってほしいなー、というのもワガママだろう。
だから、冗談めかしてそれとなく伝えておく。

「もう、ごめんなんて言わないでいいんです。
 そこは絶対にわたしのところに帰ってきてくれる、離さない、って約束してくれるだけでいいんですよ?」

格好付きませんって、と笑って、抱き返す。
でも、そういう格好のつかないところを見せて、謝りながらでも約束をしてくれるクレスさんと一緒ならきっと幸せになれるはず。
ダイラスでの新生活で、この人と一緒になって、将来的にはもしかすると結婚して子供が出来たりして――
その先に、二人で笑顔で過ごせたらいいな、と想いを馳せる。

「ぜったい、幸せにしてくださいね。信じてるので」

クレス・ローベルク > 「だって、怖かったんだもん……」

自分の元から出て行かれたら、と思うと。
或いは、彼女が"本当に"無理していたらと思うと。
だから、本当に安堵の息をついて、少女に約束する。
不安は色々ある。自分なんかに本気になる娘が他に居るとは思えないが、万が一はあるだろう。

それでも、

「うん、幸せにする。だから――それまで、面倒をかけるよ」

それが、少女への愛と、他の誰かへの"好き"との落とし所で――そして、他の女性たちとの、決定的な差異だった。

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ちなみに、彼女には見えなかっただろうが、実は抱き合った時、申し訳無さのあまり、涙を流していたりするのだが、それも気にされないようにこっそり腕で拭っている。尤も、目は赤いが、男は自覚していない。

とはいえ、何時までも抱き合っている訳にはいかない。
新居は決まったとはいえ、他にすることは幾らでもある。
具体的には街の案内であるが、

「とはいえ、初めてのダイラスだからね。
最初は観光客気分で、街を歩いてみよう。何処か、行きたい所や興味のある所、ある?一応、幾つか観光スポットはピックアップしてるけど」

懐から折りたたんだ地図を取り出す。
職場の闘技場や、街のお洒落な劇場や飲食店――勿論淫猥ではないもの――雑多な露天市に、この時間なら未だ生鮮市も開いている。
今の所、何処にでも行けそうだが――

エフル > 「大丈夫大丈夫。こわくないですよー……」

不安げなクレスさんの後頭部に手を回して、髪を梳くように撫でて。
わたしがあなたに抱くこの「好き」は、たとえ理由なく貴方に殺されそうになったとしても、死の瞬間まで絶対に変わらない。
そんな確信があるからこそ、できるだけあなたの望みを受け入れて、叶えてあげたい。
――ただ、この「好き」はあなた専用だから。
あなたが好きになった他の誰かにまでは、分けてあげられないから。
だから、万が一の時は相談してくださいね。

「はい。よろしくおねがいします、クレスさん」

人生は平坦ではないというから、ずっと幸せだけが続くとは限らないかもしれない。
けれどクレスさんと一緒なら、多少の不幸な出来事も耐えられるから。
末永くお側に置いてくださいね、と抱きしめた耳元で囁いた。



「あ、デートですね! えっと、クレスさんの職場は外せませんし、あとは……お店をするなら、市場も見ておきたいです。
 ほかはクレスさんのオススメでどうですか? 最初はそのくらいに場所を絞ったほうが覚えられそうですし……」

クレス・ローベルク > 「あー、そうね。取り敢えずそうなると……こっから近い闘技場かな。試合場と楽屋だけ見て、その後の事は、また考えるってことで」

幸い、闘技場と市までは然程距離がない。時間さえかけなければ、どちらも見ることが出来るだろう。
道すがら、通勤途中の他愛ない出来事を話しながら歩けば、直ぐに巨大な円形闘技場が見える。
それから徐々に近づくと、お椀の様な巨大な試合場の縁に沿う様に、輪状の建物が別にある。

中に入ると、そこは闘技場の遠景のイメージとは違う、シャンデリアと赤い絨毯で飾られた、割と小綺麗なエントランス。カウンター式の受付には、受付嬢が試合観覧の受付をしている。

「試合を観る時は、此処で受付をするんだけど……君の場合は、俺に会う時にお世話になるかもしれないな。彼女たちの方も、選手の付き添いとか面会とかは慣れてるから、気にせず話しかけて」

そう言うと、一度エフルを置いて、受付嬢に話しかける。
そして、戻ってくれば、

「それじゃあ、俺の仕事場に案内するよ。今は試合してないから、自由に見ていいってさ」

エフル > 「はい、それで」

クレスさんの職場、今まで常連さんから話しにしか聞いたことのない闘技場。
どんなところなのだろう、怖いところでないといいな。
クレスさんのお話を聞いて、ダイラスの日常を想像していたら、あっという間に到着した巨大な建物に圧倒される。
王都のお城もこれ以上に大きかったはずだけれど、それとは別の威圧感というか、そういう凄みを感じてしまった。

けれど、中は意外と落ち着いた感じで、なんだかホテルのよう。
お金持ちの人が来るところなんだなあ、となんとなくそんな感想を抱いて、
クレスさんの同僚になるのだろうか、受付の女の人にぺこりと頭を下げてご挨拶をしておく。

「はいっ、そうですね……たぶんそっちの機会のほうが多そうです。
 はじめまして、エフルと申します。これからお世話になりますね」

にこっとカフェで磨いた人好きのする笑顔で微笑みかけ、一歩下がってクレスさんのお話する後ろ姿を見ていて。

「えっ、中に入ってもいいんですか? じゃ、じゃあその、お邪魔します」

試合していないとはいえ闘技場だ。入っていいと言われて緊張に肩を強張らせて、クレスさんの後ろにぴったりついていく。

クレス・ローベルク > 何時もと違う借りてきた猫みたいになった彼女に苦笑して、

「まあ、そんなに恐縮しないでいいよ。
金持ちが出資してるからこんなに立派だけど、実際は、ちょっと物騒なサーカスみたいなもんなんだから」

実際、肉体労働者や荒くれ者も多く来る。此処で行われている事を考えれば、完全に見栄の空間だ。
"関係者以外立ち入り禁止"の看板をスルーして、通路を歩き、大きな選手用の扉を開く。
その先にあるのは、土を踏み固めてできた床と――がらんとした、巨大な空間。上はぐるりと全周を観客席が取り囲んでおり、誰も居ないのに見られているようにも感じる。

「此処が、俺の仕事場。今日はデート用の服だから、何時もの試合姿を完全に再現することはできないけど」

それでも、一応護身も兼ねて持ってきた二本の剣を抜いて、服に皺がよらない程度に軽く構えてみる。右を想像上の敵の前に、左は身体を守る様に胸のあたりに保持する、一番スタンダードな構えだ。

「……なんてね。まあ、腰も入ってないこんな構えじゃ、観客や実況からは大ブーイングだろうけど」

と苦笑する。

エフル > 「そうはいっても緊張しちゃいますよっ」

思った以上に立派な高級感ある内装に圧倒されたのもあるけれど、それ以上にクレスさんの職場で粗相は出来ないという気持ちのほうが強い。
クレスさんの紹介で入れてもらう以上は、迷惑を掛けないようにきをつけないと。

立入禁止と書かれた看板を横切る時は、いくらクレスさんが一緒とはいえちょっと緊張する。
なんだかいけないことをしているような、すこしワクワクする緊張感。
そうして通路を抜けた先は、まるで外のように広々とした室内。
周りの壁は全部客席だというから、ここが満員になった時にいったい何人が集まっているのか想像もできない。

「…………すごいです。クレスさん、こんな凄いところでお仕事してたんですね……」

呆気にとられて思わず思ったことがぽろりと零れる。
見上げていた視線をクレスさんに戻して、ほっと一息。
こんなに広い闘技場で戦う剣闘士さんだと思うとクレスさんが2割増しで格好良く見えた。
もちろん普段でも驚くほど格好いいのだけれども、それに輪をかけて格好いい。
剣を抜いて構えなど見せてもらえば、もう。

「はわわ、クレスさん騎士さまみたい……」

守られたい、なんて思ってしまうくらいには乙女心をぎゅっと掴む勇姿に顔を真っ赤にして狼狽える。

クレス・ローベルク > 「あはは、まあ、簡単な審査と登録で試合自体は誰でもできるんだけどね……」

しかし、そうだとしても尊敬してもらえるのは何とも嬉しい。
それが、自分が愛する人間だとすれば尚の事。
流石に剣を振ったりはできないので、剣は鞘に納めるが、

「騎士……ね……じゃあ」

と言って、そっとエフルの手を取って、その甲に口づけを。
剣闘士にとっては表情も芸の内。というわけで、"女性を守る精悍な騎士"の表情をイメージした上で微笑んで、

「――ご命令を。私だけのお姫様」

等とやってみる。
しかし、その格好つけは、長くは続かなかった。

『おーっと、年若い女子を人気のない女子を連れ込んで何と気障な台詞&挙動かぁーっ!これは痛い!これは痛いぞクレス選手!うっわちょっと鳥肌立った!』

と何処からともなく大音声。
見れば、実況席の方で、制服を着た女性が手を振っている。

『あ、申し遅れました。私、此処で実況やってる者です。クレスさんとは芸風が合うんで、良く試合でご一緒させていただいてます。
今のは単に、先に彼女作りやがった憎いあんちくしょうに茶々入れに来ただけなので、どうか気にせず。あ、ちなみにライバル登場とかでもないです。寧ろこの女の敵事故で死なないかなーって思ってる派なので!』

そう言うと、こちらが何か言う隙すら与えず去っていく。
あの女ァ、と普段エフルに見せる事のない、憤怒の顔を浮かべてそちらを睨む。
一応紹介はするつもりだったとは言え、なんてタイミングで来やがるこの女。

「あの女ァ……!」

エフル > 「それでも、スター選手なんでしょう? そこまで登り詰めるなんて、やっぱりクレスさんは凄いんですよ」

仮に自分が選手になったとしても、あっという間に負けてしまうだろう。
負けが続けば、賭け事にもならないし首だろうから、長いことここで戦えているというのは強い証拠。
喧嘩や荒事は専門外で全然わからないけれど、クレスさんが凄いのだけは確信できる。

「……じゃあ?」

なんだろう、と小首を傾げて、続いた気障な手の甲へのキスと素敵な微笑みに心臓がきゅぅんと高鳴った。
もう、本当に……格好いいひとなんだから。これ以上好きにさせてどうしようっていうんですか?
なんて言いたげに、でも表情はうっとりとクレスさんの顔を見つめて。

「ひゃぁっ!?」

突然の大声にびくんと飛び跳ねてキョロキョロ。
見上げれば実況席にいつの間にか居た女の人が手を振っていたので、ぺこぺこと頭を下げる。
見られていたのが恥ずかしいのと、大声にびっくりしたのと、
関係者以外立ち入り禁止エリアに入っているところを見られたのでガチガチに緊張してしまうが、

「あっ、えっと、いつもクレスさんがお世話になっております……?
 エフルと申します、今後共クレスさんをよろしくおねがいします」

滑舌良く早口で捲し立てられ、流れで挨拶をしてしまう。
珍しく女性相手に怒ったクレスさんと、あっという間に逃げていった実況のひとを見て、

「…………仲、いいんですね」

ちょっぴりのヤキモチ。
わたしが王都に居る間、クレスさんはあの人と仕事をしてたわけで。
わたしとは正反対の、ずいぶん陽気そうで歯に衣着せぬ物言いをするひと。
むむー、強敵かもしれません。

「…………事故で死んだりしないでくださいね」

それはそれとして、釘は刺しておく。

クレス・ローベルク > 「いや、違うからね!?あれは俺の中の女子枠に入ってないだけだから!そもそも、仕事以外で会ったこともないし!」

色々な女性を毒牙にかけている自覚は有るが、それでまさか、あの実況娘にまで嫉妬されるとは。
とはいえ、こちらを心配する少女の声には、

「勿論。こんな綺麗な恋人置いちゃ、あの世に行こうと思っても行けないよ」

ときちんと答えておく。
とはいえ、完全にあの水差しでムードも吹っ飛んだので、

「それじゃあ、楽屋行こうか。まあ、そうは言っても何もないけど」

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剣闘士と、他の出場選手の違いの一つ。
それが、専用の楽屋である。
専用の、と言っても、単に個室であるだけで、簡素な椅子と机、後は小さな棚と水差しが置いてあるだけの簡素な部屋だが。
部屋に入りつつ、簡単に説明する。

「一応、俺に会いに来た時、まだ仕事中だったら此処に通されると思う。仕事が終わって、傷の手当が終わったら来るから、それまではまって……て……」

最後尻切れトンボになったのは、机に明らかに男根を模した張り型、その他性的な責め具とか、拘束具、それにピンク色の薬品などが置いてあったからだ。とはいえ、何時もはちゃんと棚にしまっているのに、今日に限って机に並べられている理由。そんなもの、一つしか考えられなかった。

「(あの女ァ……!)」

エフルの反応が気になるが、取り敢えず部屋の説明として、一応言及しないわけにもいかない。ので、きちんと回収して棚に入れつつ。

「今日はちょっとトラブルがあって机の上に置いてあるけど、何時もはこういうのは棚の此処に閉まってるから、開けたりしなければ目に入らないから……ね……?」

と説明しつつ、少女の反応を伺う。
先程嫉妬されたばかりだし、また再燃したらどうしようとか、そうでなくても気まずくなったらどうしようとか、そんな事を考えつつ。

エフル > 「ほんとですか……? 男女の友情がなにかの拍子に……って、恋愛小説ではお約束ですし……」

じとじとーっと上目遣いに疑いの視線。
…………を、ぱっと消して。

「すこしだけヤキモチ焼いちゃいましたけど、信頼してますから。
 あっでも、あの人とそういうことしちゃやだ、ってことじゃないですからね。
 あのひとが本命になっちゃうと悲しいな、ってヤキモチですから」

クレスさんの返答に頷き、綺麗と言われたことにワンテンポ遅れて気づいてぼっと顔を赤くしながら楽屋へ。

「はい、ここで待ってればいいんですね。道具の持ち込みとか大丈夫でしょうか……お茶とか用意したり」

どうしたんですか?
急に黙ってしまったクレスさんの肩越しに部屋を覗き込む。
机の上には、あの、えっと、そのあれ。アレ系の道具がずらりと。

「だだっだいじょうぶですよクレスさんのお仕事はそういう道具使うこともあるってちゃんとわたしわかってますし仕事道具は大事ですからちゃんと数の確認とかお手入れとか要りますもんねはいだいじょうぶですわたしはぜんぜん平気ですから見ても気にしません!」

実況のお姉さんもかくやと言わんばかりの滑舌で早口に捲し立て、それから少し考え込む。

……日頃あんなものばっかり使ってるクレスさんを、わたしは普通のえっちで満足させられるのかな。
浮気は容認するけど、わたしで欲求不満になられるのはちょっとやだな……

クレス・ローベルク > 「(うっわ、エフル超早口!貴重だけど絶対気にしてるし!)」

だって明らかに動揺しているし、かと思えば何か考え込んでいるし。
恐らく、『アレを使ってる人たちと比べて、普通のセックスで大丈夫かな』とか考えているのだろうと、思う。

「(ええい、此処で言うことじゃないとは思うけど、しょうがない!)」

流石にこんな事を他に聞かれたら恥ずかしくて死ぬので可及的速やかに扉を締めて。
こほんと咳払いして、落ち着いた後。

「えー、と。一応誤解内容に言っておくと、俺がこういう物を使うのはね、別に趣味とかじゃなくて、寧ろ"一試合に時間をかけられない"からなんだ。えーと、この媚薬なんか解りやすいかな……」

とピンク色の媚薬を持って、軽く揺らす。

「最初のエッチの時、結構長く愛撫したでしょ?俺、ああいうの好きなんだよね。自分の指で気持ちよくなってもらえるって、嬉しいから」

言い聞かせる様な、或いは釈明する様な口調になってしまうが、これは仕方ない。
実際、これは仕事について誤解している恋人に説明している図な訳で。

「でも、試合の時間は決まってるし、観客もそんな悠長なものを見たくない。でも、俺は負けた相手と言えども、痛いセックスはさせたくない。だから、こういう薬で、強引に身体を"出来上がらせる"んだ」

そう言うと、顔を赤くして、少し視線をそらす。
何で俺はこんな所でこんな事を言わなきゃならんのかと、

「何が言いたいかって言うと、俺は普通のセックスの方が好きだし、そりゃ、拘束具とか媚薬とか、試しに使ってみたいなって好奇心は……無いとは言えないけども!でも、エフルが気持ちいいセックスが、他のどんなシチュエーションのセックスよりも、好きって事!」

大声で何を言ってるんだと思うが、しかし、この先で変なコンプレックスになるのも困るので。
此処は照れくさくても、本音で話すしかない。

エフル > 「はひっ」

こほん、という咳払いにぴくんと震えて。
密室で二人きり、戸棚の中にはえっちなおもちゃという状況に、思考がどんどん飛躍して目が回る。

「は、はいっ。趣味じゃないです!」

なんでか自分でもわからないけれど復唱。
クレスさんは道具を使うのは別に趣味じゃない。おぼえました。

「……時間をかけられないから?」

そういう小説のイメージで、おもちゃを使うというのは
時間をたっぷり掛けてなぶってやるぜげへへ、なんて悪役がやりそうな印象だったけれど。
逆に時間を掛けられないというのはどういうことだろう、と話を聞く。

「あっ、はい……そうでしたね。あぅ…………」

初えっちのとき、実際に"する"までじっくり高めてくれた。
あれはわたしがはじめてだったからだけではなくて、クレスさんの趣味もあったんだなあ。
とても気持ちよかったです、なんて何故か感想を吐いてしまって、更に赤面。

「…………なるほど、わかりました。そういうことだったんですね」

やさしいなあ、もしかしたら対戦相手の女の子にも惚れられたりするんじゃないだろうか。
それはさておき、女の子に優しくするための道具なら……
いやでも、時短アイテムって愛には欠けるような…………ううーん。
その辺りは詳しそうな実況や受付のお姉さんにも伺ったほうがいいかもしれない。
聞いたところでわたしにはどうすることもないけれど。

「…………はいっ。はいっ!? はい!!」

――考えに夢中になっていたら名前を呼ばれて返事をして。
――ふつうのえっちが好きだけど、使ってみたい気持ちはあると言われて声が裏返って。
――それから、わたしと二人で気持ちよくなるえっちが一番と言ってもらえて、赤い顔のまま少しだけ微笑んで。

「わかりました。その、お仕事のお相手さんにも優しくしてあげてくださいね」

深呼吸をしてから、女の子思いのクレスさんの仕事道具への想いを改める。
それから耳元に唇を寄せて

「お引越しが終わって、休日の前の日なら、試してみてもいいですから、ね?」

他に誰も居ないけれど、人の耳を憚るように小声で囁く

ご案内:「設定自由部屋」からエフルさんが去りました。
ご案内:「設定自由部屋」からクレス・ローベルクさんが去りました。