2018/10/31 のログ
ルイス > 少女の声に艶が、熱が篭る。
ゆっくりと立ち上がり甘い声で答えながら出口を塞ぐように、視界を遮るように位置取る。
そして細い指がドレスの止め具を一つ一つ外していき――ついに支えを失ったドレスがすとんと少女の足元へ落ちる。
綺麗な鎖骨、まるで少年のように薄い胸板と隠すものもなく晒された小さな芽。そしてあるはずのない――立派に膨らんだ逸物。

「え・・・えっ!?・・・・・・っ!?!?」

わけがわからない、という顔をしているのだろうか。
しかしその通り彼女の頭は混乱を極めていた。
少女の体に男の――小説や絵でしか見たことのないそれが堂々と聳え立っている。
白いショーツからはみ出るように突き出されたそれは彼女の眼前でその視線を独占する。
花のような香りに混じって放たれるのは、オスの匂い。
初め知る未知の匂いと光景に目を白黒させながら視線は少女――少年の貌と、肉の凶器とを往復する。

「え・・・こ、れ・・・どういうこと・・・どうしてキミ、その・・・アレがついてるの・・・?
もしかして――」

この期に及んで彼女は彼を少女――ふたなりと呼ばれる特異体質か何かと思っている様子で途切れ途切れな声は恐れと戸惑いと――興奮が交じり合って震えていた。

ご案内:「王都富裕地区:服屋」からルイスさんが去りました。
コニー > 「だって……お姉さまがあんまりに素敵だから……」
驚きの声と表情。視覚だけでなく、肌には熱を、鼻孔にはオスのにおいをはっきりと伝えて。
ぞくぞく、とその反応を見下ろしながら背筋を震わせ……興奮のあまり、膨らみきったモノは生々しく跳ね上がる。

「お姉さま……♪ ボク、もう我慢できない……本当に、かわいくて、きれいで……素敵です」
ゆっくりと、髪に手を触れさせて。
「誰も、見てませんから……二人だけの秘密にしてください」
言葉とは裏腹に、どこか命じるような口調。他人に命令を下すことになれた声音。
そっと髪を撫でながら……共犯関係に誘っていく。

「秘密」は、店の一角、厚手のカーテンの奥でまだ続くはず……

ご案内:「王都富裕地区:服屋」からコニーさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール カフェ」にクレス・ローベルクさんが現れました。
クレス・ローベルク > 「くしゅん!っあー、大分冷えるようになったなあ」

そんな事を言いつつも、テラス席に座ってしまうのは、今日の空が抜けるように青いからだろうか。座っている椅子の横に置いてある紙袋の中には、小説から魔物図鑑の類まで、雑多の本が入っており、それを中身を見ないようにして一冊抜き出す。ちょっとした運試しだが、引いた本は……

「今日読む本は……うげっ、『魔術概論Ⅰ』かよ。そりゃ何時かは読まないとと思ってたけどさあ」

学院でも教科書代わりに使われるものだが、男はこの手の学術書が苦手であった。とはいえ、魔術師を相手にする事もある職業柄、避けては通れない物であり、

「しょうがない、読むかあ」

眠気覚ましとしてストレートのアイスティーを頼む。
今日は退屈な読書になりそうだった。

クレス・ローベルク > "魔術に用いられるエネルギーの事を、一般的には魔力と呼称する。しかし、この呼び方はあくまでも一般的な呼称であり、実際にはその形態によって、いくつかに分類される。妖力・法力等、海外では別のエネルギーを用いて魔術を行使する事もあるが、これらを魔力の一形態として取り扱う事もあり――"

"未熟な魔術師が発生させる魔力の暴走等から、魔力は一般的には不安定なエネルギーとみられることが多いが、自然界に存在する多くの魔力は非常に安定している。これが何故人が扱うと不安定になるかは多くの説があるものの、通説としては――"

「……きょ、興味が、興味がない」

別に、こんな事を知らなくても敵は倒せると思うが、しかし嘗て文字を知らなかった者も『別にこんな事を知らなくても仕事はできる』などと思っていたのだ。こんな知識も、知っていることで命を拾うことがあるのかもしれない。そう思うと、手を抜くわけにも行かないが。

「家庭教師みたいなのを雇うべきかなあ。あんまり良い思い出はないんだけど……苦っ」

運ばれてきた紅茶はやや苦い。
眠気覚ましとしては最適だが、それが逆に退屈を際立たせてもいて、

「いや、此処で踏ん張ってこそだろ自分。サボってばかりじゃいられないし」

気合を入れ直し、本を読み進める。

クレス・ローベルク > 多くの記述はあまり興味が惹かれず、あくまで知識として脳に刻み込む。とはいえ、これは仕方がないことだ。これは理論であり、いわば基礎の基礎なのだから。

これを組み合わせ、或いは応用することで魔術が行使されるのであり、コレ自体をいくら覚えたからと言って魔術が仕えるわけでもない。

「まあ、そもそも俺は魔術師になるつもりはないけども」

そもそも、自分の家系はあまり魔術の才能がないらしい。
マジックアイテムを使う錬金術師の様な戦闘スタイルも有りだが、無駄に選択肢が増えるとそれはそれで迷いが生じる。
この知識もあくまで魔術師対策としての知識としておいた方がいいだろう。

「でも目が疲れるなあ……」

目にいいハーブティとか、この店は取り扱っているだろうか。
一旦現実逃避の為、本を裏返してメニューなどを見てみる。

ご案内:「王都マグメール カフェ」にエフルさんが現れました。
エフル > 「お待たせいたしました、ハーブティです。
 それと、これはわたしからのサービスですよ。……クレスさん、今日はお勉強ですか?
 精が出ますね、頑張ってくださいっ」

テーブルにソーサーに乗ったティーカップと、サービスだというお酒のパウンドケーキを並べる黒髪緑眼のウェイトレス。
微笑みを浮かべて親しげに話しかける「エフル」に対して、あなたは一瞬違和感を覚えるだろう。
よく知っている相手なのに、まるで初対面であるような――
その違和感が、果たしてどちらに転ぶのか。

クレス・ローベルク > 「ああ、"いつも"有難う。ああ、勉強は大嫌いなんだけど、仕事柄やらない訳にもいかなくってね。席を専有しちゃって悪いとは思うんだけど……ん?」

"いつも"?普段はダイラスで生活している自分の人間関係の中に、"いつも"関わるほど、付き合いのある王都在住の人間は居ただろうか。そんな違和感が頭を擡げる。

しかし、そうはいっても育ったのは王都であるし、特にこの富裕地区には古馴染みも多いから、その関係かもしれない。

「……ふぅむ」

まあ、人間関係には割とズボラな自分だ。案外、忘れているだけかも知れない。取り敢えずは違和感を保留とする。取り敢えず、パウンドケーキをひとくち食べて、

「うん、美味しい。入っている洋酒が良いアクセントだ。やっぱ王都の富裕地区ともなると、良いお酒が入るんだろうね――。所で、えーっと、君は何処に住んでるんだっけ。美人さんだから名前は覚えてるんだが、住所がどうにも思い出せなくてね」

偶には貴族らしく季節の贈り物でもしようと思うんだが、と笑って言う。どうにも、この娘の"記憶"はあるのに、"知識"がない。まずは、その違和感を埋めようとしての質問だった。

エフル > 「お仕事大変ですよね。今は闘技場でいろいろやってるんでしたっけ。
 席のことは大丈夫ですよ、こう冷え込んじゃうとテラスより店内のほうが人気ですから」

くすっと口元に手を当てて笑う。
それから何を読んでるんですか、と本を覗き込んだり、その仕草はやはり親しい間柄のそれだ。
あなたの感じる違和感を素知らぬ顔で、ウェイトレスは
「たまにはお勉強じゃなくてわたしとお喋りしに来てくださいよ」
なんて少し不機嫌そうにしてみたり、くるくると表情を変える。
一人の客につきっきりで、仕事に戻る様子がないのに、
他の給仕や店員達はそれを咎めるどころか呼び戻す気配すらない。

「わかります? マスターの自信作なんですって。わたしも試作品をつまみ食い……
 こほん、味見したんですけど、ほろ苦いのが大人の味って感じで美味しいですよね。
 秋の季節限定らしいから、気に入ったらまた来てくださいよ、ねっ?

 ……わ、私の住所ですか? 贈り物なんて、そんな……えへへ、恥ずかしいですよ。ホントは内緒なんですけど……」

キョロキョロと周囲を見回してから、頬を赤く染めて耳打ち。王都平民地区の、よくある集合住宅の一室を告げる。

「クレスさんとの初対面のとき、お店からの帰り道がわからなくなっちゃったわたしを送ってくれたじゃないですか。
 その時からわたし引っ越してませんよ? 忘れちゃったんですか、かなしいなー……」

改めて住まいを探ろうとするあなたに、エフルは寂しそうな恨めしそうな視線を投げかける。

クレス・ローベルク > 「うん。今は、ダイラスの闘技場で剣闘士をやってる。今やってる勉強も、戦うための物さ。っとと、別に読まれて困るものじゃないが、流石に知識がないと読むのは難しいと思うけど――」

一応、初級の魔術理論書だが、開いている頁は中程。前に書いてある頁の知識を踏まえなければ解らない単語が幾つかあるものだ。そして、おしゃべりをせがまれると、満更でも無さそうに苦笑して、

「おや、そう言われるのは光栄だね。何だかんだ、女の子には嫌われやすい商売だから。でも、君も同僚に迷惑をかけちゃあ駄目だよ。仕事はちゃんとやらなくちゃ」

ね?と言い聞かせるように。どうにも、この娘は嫌いになれない性格をしている。くるくる変わる表情も、ただのウェイトレスと客なのに、その距離感を容易に詰めてくる人懐っこさも。どちらも自分のタイプな性格だ。

「へえ、マスターの。確かに最近、新しいメニューを開発してるとか言ってたっけ。うん、勿論また来るよ。君の顔も見たいし――」

そう言って笑顔になった次の瞬間、彼女の住所を効いた途端、表情が一瞬だけ素になる。寂しそうな、何かを悟った表情に。しかし、直ぐにそれを笑顔に戻し、

「そうだったか。ごめんね、ダイラスに行ってから、仕事が忙しくてね……。新しい仕事も覚えなくっちゃいけないしで。でも、良かったら、また遊びに来ていいかな?って、これじゃナンパみたいだな」

と苦笑する。彼女の正体は、ぼんやりとだがわかった。
だが、彼はそれを告げるつもりはなく、寧ろ彼女との会話に、興じる事にした。
こんな"良い子"とお話できる機会など、滅多に無いのだから。

エフル > 「剣闘士って危なくないんですか? 戦ってるクレスさんは格好いいですけど、怪我とかしちゃうと怖いです。
 しっかりお勉強して、怪我なく勝てるようにならなきゃですね!」

拳を握って小さなガッツポーズで激励する。
それから、覗き込んだページを上から下まで流し読み。

「魔法の基礎って、自然の形で安定した魔力を認識で歪めること、だから。
 じゃあ、認識できなくすれば魔法って出ないのかも知れませんね。
 ほのおっってなんだっけーってくらいへべれけになっちゃうまでお酒飲ませるとか!」

そうしたら魔法使いも簡単にやっつけられますよね! と笑う。
意外と剣闘士さんってかっこいいからモテますよ? 暑苦しい汗っかきな筋肉おじさんとか
戦いで血が出たりとか怖いから不人気ですけど、クレスさんみたいな人はかっこいいなあって隠れファンの子も居るんですから。
と、嘘か真かあなたが実は存外嫌われてはいないことを教えてくれる。

「お仕事は大丈夫ですよ、どうせもう休憩時間ですし。だから誰も呼びに来ないでしょう?
 流石に席に座っちゃうと他のお客様の目もありますから、立ったままですけど、大丈夫なんです」

ニコニコとテーブルの脇に立ったまま、戻らなくても大丈夫と自信満々に宣言する。
このケーキが終わるまでにはまた来てくださいね、約束ですよ、とエフルはじっとあなたの目を覗き込んで――

「――はい、是非遊びに来てください! あっでも早めに教えてくださいね、お部屋のお掃除とかありますから!
 急に来てくださっても嬉しいんですけど、たぶんすごく玄関でおまたせしちゃうから!」

わたわたと手を忙しなく動かして遊びの約束を取り付ける。
あなたが気づいていることに気づいているのか、いないのか。
エフルはニコニコと笑顔を崩さず、あなたがお茶を楽しむ様子を幸せそうに眺めている。

クレス・ローベルク > 「まあ、一応殺しちゃ駄目よっていうルールはあるんだけどね。
やっぱ戦いがヒートアップしてくると、お互い「死ねぇ!」とか「殺してやる!」ぐらいには思うから……。
うん、頑張るよ。怪我しちゃったら、船で此処まで来るのも一苦労だからね」

と苦笑する。小さなガッツポーズが可愛らしくて、ついつい和んでしまう。しかし、その後にすらすらと出てくる魔術の知識を聞くと、驚いた表情をして、

「君、魔法理論が解るのか。良いなあ、俺にも教えてくれよ。
……戦闘中に酒って、それは流石に……いや、でもイケるのか?酒はともかく、神経系の毒をスプレー状にすれば……」

エフルの思いもがけないアイディアに、一瞬だけ考え込む。
しかし、エフルがこちらを褒めると、照れくさそうに「そうかい?」と言うが、直ぐに

「っていうか、君まさか闘技場に来てないよね!?いや、来て悪いって事はないんだけど……その、女の子が酷い目に遭う試合とかあるし……」

と最後はごにょごにょと言葉を濁す。実際、"エロい"試合も多くこなすクレスだが、流石にこんな天真爛漫な子に見られるのは罪悪感が有る。だから、話が仕事の方に流れるとほっとため息を付き、「それなら良いけど。俺も君みたいな子とお話するのは大歓迎だから」とごまかすように笑う。

「うん、今度闘技場の偉い人に、休日が取れる日を聞いてみるよ。そしたら、またこのお店で何時来るか相談しよう。女の子のお部屋とか、そうそう入れないから、楽しみだよ」

そう言って、お茶を呑む。ティーカップの中は空っぽだ。「あっちゃ、お茶が切れちゃったか」と言って、「あー。休憩時間なのに悪いんだけど、お茶、持ってきてくれないかい?今度はポットで。やっぱお喋りしてると消費量多くてさ」と、ごめんと拝むようにしてエフルに頼む。

エフル > 「ですよね。人が死ぬような試合を見世物にするのは流石に趣味が悪いですもん。
 クレスさんもやっぱり試合の時ってそんな風に思っちゃうんですか?」

ふと思いついたように、エフルはあなたの試合の時の感情を知りたがる。
やはり対戦相手に闘志あまって殺意まで持っちゃったりするのか、と軽く問いかけを投げ。

「えっ、わかりませんよぉ、わたしただのウェイトレスですもん。
 今のだって本に書いてあるのをなんとなくこうなのかなーって。
 でも、クレスさんのお役に立てそうなら魔法のお勉強、してみようかなあ」

なんちゃって、と舌を出して照れ隠しにはにかむ。
あなたが闘技場に来ていないか、と問えば、ぶんぶんと首を横に振って。

「行きませんよ、行けませんもん。闘技場ファンの常連さんとか、お友達からお話聞くくらいです。
 クレスさんがどんな風に頑張ってるのかな、って気になっちゃって……」

もごもごと最後は消え入るような小声でつぶやく。
ひどい目に遭う試合、についても聞いたことがあるのかあなたを見る視線が少しだけ恥ずかしげな色を帯びて。

「わぁ、楽しみです! クレスさんをお招きできるならわたし、張り切ってお掃除しますよっ!
 絶対に約束ですからね!」

あなたが訪ねてくれることを心底嬉しそうに、エフルはその場でぴょん、と跳ねて喜びを全身で表現する。
ずっと憧れだった男性と仲が深まるチャンスに期待する少女そのものの動きだ。

「あらっ、本当! はい、すぐに持ってきますね。おんなじお茶で大丈夫ですか?」

ぱたぱたと慌ただしく店内に戻っていくエフル。



その姿が厨房に消えれば、あなたの中からエフルとの「思い出」が消えようとする。
知らない女が急に親しげに話しかけてきて、なぜか自分も旧知の仲だと思って――途中で気づいたが――談笑した。
そういう風に、あなたの認識は正常化するはずだ。
あるいはエフルの正体に気づきつつあるあなたがそれを拒めば、
「あなたに想いを寄せるウェイトレスのエフル」という存在がこの店に固定されるのかもしれない。

クレス・ローベルク > 「そりゃもう。なんせあちらもこちらも、光り物だの魔法だの振り回して攻撃してくるわけだからね。殺しちゃいけないって思ってても、殺したくなるもんさ。まあ、それをコントロールするからこその、プロだけど」

女の子には物騒な話題かな、と思うが。
しかし、良く考えたら"剣闘士としての自分"と長く付き合っているとの事なのだから、これぐらいは平気だろう。例え、本当のことでなくても。
そして、魔術の勉強なしにさっきの知見を述べたと聞けば、それこそびっくりして、

「マジか。君天才だよ。うん、した方が良い。何なら、勉強して魔法学院を受験しても損は無いと思うよ?お金がないなら学費も何割か負担するし」

彼女の正体に関わる物なのかも知れないが、しかし本当に知識がない状態でさっきの知見が出るのであれば、素質は十分だ。
尤も、彼女には不要なものかも知れないが。そして、闘技場に行ってないと言われると、

「うん、そっか。それは……何というか、良かった。いや、来るんだったら前もって言ってね?その……心の準備というものがあるから」

そう言って闘技場の話題を打ち切る。より深く聞いてみても良かったが、流石にこれ以上はセクハラの誹りを免れまい。流石に日が高い内からそれも憚られた。
そして、自分を家に招くのに、張り切ってぴょんと跳ねる少女を微笑ましそうに見て、

「本当に、君は天真爛漫だなあ。ああ、約束だ。その時は、君のお話も詳しく聞きたいしね。……ああ、お茶は同じもので問題ないよ。お願い」

そう言って、エフルを送る。そして、エフルに聞こえないように、空を見て独りごちる。
空は、青い。自分が家出した時も、空はこれだけ青かっただろうか。
――いや、その時は、夜だったか。

「――"クレスさんとの初対面のとき、お店からの帰り道がわからなくなっちゃったわたしを送ってくれたじゃないですか"か。そんな筈は無いんだよ、エフル」

ローベルクの家に居た時、男の居る場所はローベルクの家か、さもなくば修練場。
最大限自由に動けたとしても、富裕地区まで。平民地区の集合住宅なんかに、行けるわけがない。
そして、家出の後は帝国を経てダイラスに行き、そこで剣闘士になった。
その間一度として、王都に足を運んだことはない。

「でも――そう、もし、俺が一番苦しかった頃、君みたいな娘が、居てくれたなら――」

居てくれたなら、或いは。自分は今の自分ではなかった。
だからこそ、彼女は自分の元に現れたのだろう。
だとしたら。

「君の正体は解っている。俺の望みは、君にとっては邪魔なものだとも。
でも――もう少しだけ、待って欲しい。伝えていないことが、まだあるんだ」

心の中で、強く、エフルの事を思う。消えないように、忘れないように。
今は、今だけは。この思いを、過去にするわけには行かない、と――。

エフル > 「――おまたせしました、ハーブティのおかわりですっ。
 マスターが長居するならもっと食べ物も注文しろ、って文句言ってましたよ?」

あなたの独り言が寒空に溶けていく頃、大きなティーポットをトレイに載せたエフルが戻ってくる。
温かいお茶をカップに注いで、そのままあなたの対面に腰掛けて。

「……それで、先輩たちからもう今日はあがっていいって言ってもらったのでお邪魔しますね!」

「剣闘士クレスに想いを寄せるウェイトレスの少女、エフル」
それがあなたの望みによって世界に固定される。
あなたとの絆を捕食して消えるはずの疑似餌は、一人の人間として本体から切り離されたのだ。
今頃エフルが告げた住所は事実、エフルの住まいとして長く借り上げられていた事になっているだろうし、
このカフェの従業員たちも、エフルという存在が長く同僚として働いていたことを知覚している。
その結果として、マスターはエフルと談笑して長居するあなたに注意を向け、
先輩ウェイトレスたちは後輩の淡い恋心を後押ししようと動き出したのだ。

「あれ、クレスさん変な顔してどうしたんですか? もしかしてわたしが少しでも離れて寂しい、なんて」

なんちゃって、あははと照れ笑い。あなたがそう思っていてくれたらいいな、と少しだけ期待しているような表情を向けて、
それからすっと気を揉んだ顔に。

「具合が悪かったら言ってください、休憩室貸してもらえるようにお願いしてきますから、少し休みましょう?
 普段いっぱい頑張ってるんでしょうし、お休みの日までこんな遠くに来てお勉強ですもん。
 結構疲れが溜まってたりするんじゃないですか?」

クレス・ローベルク > 目を瞑り、意識を保っていたが、やがてエフルに声を掛けられると、ふ、と笑みを零す。精神に異常はない。どうやら、"食われずに"済んだようだ、と。しかし、直ぐに意識を切り替える。

「お、来たか。しかしあっちゃ。マスター怒らせちゃったか。次に王都に来る時は、モーニングセットとランチセット両方頼むから、それで許してって言っといて」

いつもの笑みを浮かべて、エフルを反対側の席に招き入れる。
そして、先程の表情を問われると、少し困った表情になる。とはいえ、流石に今本当のことを言うわけにも行かない。幸い、こちらの体調を気遣ってくれたので、それに乗っかる形で。

「いや、お察しの通り、実はちょっと眠くてね。朝に試合して、それから馬車に揺られてこっちまで来たんだ。変な形で暇な時間が出来たから、その間に読書を済ませたくって。……とはいえ、エフルちゃんに心配掛けちゃ駄目だよね。悪いけど、そうしてくれるかな?」

申し訳なさそうに笑みを変えると、立ち上がって、エフルの案内に従って、休憩室の方まで歩き出そうとして……そこで、ふと、悪戯心が湧いてきて、

「お仕事が終わったなら、折角だし、添い寝してくれないかな?君と一緒に居ると、試合でささくれだった心が癒やされるし。安心して眠れるんだけどなあ」

と、冗談交じりにそんな事を。

エフル > 「朝からお昼までいらっしゃるんですか?
 うーん、わたしはとっても嬉しいですけど、マスターなんて言うかなあ。
 前もってご予約とか、してくださいね!」

回転率がー、とか言っていたマスターのことですもの、
最初からそのつもりで来てくださったら少しは納得してくれるはずですっ。
と、あなたとまた長く一緒に居られることに嬉しそうに、少しでもマスターの不機嫌を収める方法を教えて。
でも、どうせならわたしがお休みの日だったらずっと一緒にいられるのになー、
早めに予約してくれたらお休み希望出しますね、とはにかみ。

「ええっ、やっぱりお疲れじゃないですか! 朝に試合って、じゃあ宿でしっかり休んでから来てくださればよかったのに……
 はい、マスターたちに休憩室借りれるようにお願いしますから、しっかり体力を養ってくださいっ!
 格好いい剣闘士のクレスさんが疲れて負けちゃう、なんてわたしも嫌ですもん」

お茶を平らげ、立ち上がったあなたの腕を取ってバックヤードに引っ張ってゆくエフル。
伝票は後で休憩室に持ってきてください、とウェイトレスに告げて、休憩室に入る。
それから耳まで真っ赤にして、

「そ、添い寝なんて……だって、誰が入ってくるかわかんないですし……!」

目を左右に泳がせながら、ふにゃりと締まりのない愛想笑顔で、しどろもどろになって断る口実を探すエフル。
あなたの冗談を真に受けて、わたわたと慌てふためき。

「そっ、そういうのはホントはよくないんですよ?
 でもクレスさんのお願いだし、疲れている人は放って置けませんし、今日だけですからね……?」

ソファをいくつかつなげて、ダブルベッドより少し手狭なベッドを作る。
"普段仮眠を取るウェイトレスたちがよくやっている"寝床づくりを、今日はちょっとだけ贅沢に大きくして。
エフルは靴を脱いでその上に登り、横座りしてあなたを招く。

ご案内:「王都マグメール カフェ」からクレス・ローベルクさんが去りました。
エフル > ――――それから。
仕事を終えたウェイトレスたちが、困り顔で横になっているお客の男性にがっしりしがみついて
ぐーすかと幸せそうに眠る後輩を見つけて叩き起こしたり、
その話が暫くスタッフ一同の間でエフルをからかう定番ネタになったり――

それはまた、別のお話。

ご案内:「王都マグメール カフェ」からエフルさんが去りました。