2018/08/20 のログ
ルシアン > 軽くふらつく様子に笑ってしまったのは失礼だっただろうと、軽く首を横に振って。
危なっかしい仕草に何処か庇護欲のようなものまで湧いてきてしまったのだけど、流石にそれは厚かましい話だ。

「心当たりね…有りすぎて困る、というか。僕の知ってる所はみんなそんなのばっかりだ」

世話になってる場所の奥様なんかはその筆頭。ご近所でも、奥さんの方が強いなんてところは山ほどある。
農家なんかではそんな家の割合も多かったりするのか、そんな印象を持っていたり。
自分にそういう相手はいないものの、良くあることとこっちは楽しそうに笑ってつづけた。

「お客、ねぇ……。まあでも、そういう事ならお迎えは難しそうだね。
 …ん、まあこれも何かの縁だ。僕で良ければ力になるよ」

恐らく貴族かそれ以上、の少女の口からでた「おきゃくさま」という言葉に若干引っ掛かりを覚えつつ。
それでも、お供は来ないだろうと察すれば軽く頷く。
何より、こんな子を此処に置いておけばどうなるか…治安は良いとはいえ、この都では何が起こるか知れたものではない。

ふと、一つ思いついてポンと手を打った。
「そうだ。ええと…少し、ここで待ってて。すぐ戻る。良いものがあるんだ」
少女の手を引き、道の端の腰を下ろせそうな段差へと。
其処へ少女を置いて、一度駆け出していく。
…2分、3分ほどで戻ってきた時には、手に何か缶のようなものを携えてくる、のだけども。待っていてくれているだろうか。

ユール > 「 それは 少しだけ。 予想以上で 予想外 でした 」

(目を丸く…とまではいかないものの。瞬きを繰り返す辺り、驚いた、らしい。
この国における一般的な男女の立場が、逆転するというのは、もっと、数少ない希有な事象だと思っていたのに。
青年曰く、彼の周囲では寧ろそちらの方が大多数らしい。
世の中、変わる所では変わるものだと。勉強になったと。いっそ感心すらしてしまう。)

「 はい。 こう見えて お仕事 色々と 頂いているので…
……そう ですか?ありがとう ございます、 それなら …? 」

(仕事。客。はたして、説明して良いのかどうか。
とりあえずは、深く訪ねられる事がないなら。さすがに天下の往来で、少女自身の仕事…
王侯貴族に、将校に、異国の客人に、その身を捧げる事を。取り立てて説明はしなかった筈で。
また。送ってくれるというか、着いて来てくれるというか。どうやら、申し出は受け容れて貰えたようだ。
けれど。どうやらその前に、彼は一つ用事が有る様子。それも本来此処を通り掛かった用件ではなく、自分に合わせてくれるらしい。
何とも有難い、と頷いて。座らせて貰えた場所で、大人しく脚を揃え、待っていた。
…青年が戻ってくる頃には。同じ場所に腰掛けたまま、その場を立ち去っていく、ひとりの通行人の背に。頭を下げている姿。
今の隙に、確かめ様の無かった貴族邸宅界隈の方角を、通り掛かった人に聞いていただけなのだが。
何の話をしていたのか、などと青年に問われたら、恥をさらす事になりそうなので。
世間話、とでも誤魔化しておいて。それから。)

「 おかえり なさいませ。 あの、 それは…?」

(何を、持ってきたのだろう。彼の手にした缶らしき物に首を傾げて。)

ルシアン > 「そう?まあ、名のある家の当主様が奥様に頭が上がらない、とかは格好がつかないだろうしね。
 平民なんてそんなもんだよ。熊みたいなごついおじさんが、酒飲んで『かあちゃんごめんよー』なんてボロボロになってたりとか、ね?」

住んでる周りの立場なんかも、この辺はやっぱりあるんだろう。なんて納得してみたり。
自分の周りのダメなお父さんたちも、普段はとても頼れる人たちばかりではあるのだが。

少女のお仕事について、深く聞くことは無いのだけど。
そもそもこの子が何処の誰かも知らない。何をする人なのかも、勿論分からない訳で。
そんな自分を信用してくれている様子は少し世間知らずと思わなくもないけれど、
それには答えてあげたいとも思うのが世話焼き体質な青年の性で。

戻ってくれば、誰か通行人とお話をしていた様子。
世間話だと聞けば頷き、少女の前にしゃがみ込んで。

「ん…近くに顔なじみの服屋があってね。そこでこれ、借りてきたんだ。
 にかわ。接着剤だよ。とりあえず、これで何とかしよう」

缶の中に入っているのは、どろりとした半液体状のもの。洋服の修繕なんかにも使う接着剤だ。

「これならすぐ乾くし、少し歩く位なら大丈夫だと思う。
 すまないけど、靴、脱いでもらえるかな?ちょっと歩きにくくなるかもしれないけど…」

そんなお願いを。少女から靴を預かれば、とりあえずの応急処置を。
とは言えそんな経験は初めての事。少々不格好になってしまう、かもしれないけれど…。

ユール > 「 そう ですね。 格好がつきません し。 隠したい 秘密に。 なってしまいそう です。
…この辺りでも。 有るのでしょうね。 ひょっとしたら そういう 事。 道理で… 」

(声真似付きの具体例に。ぱちり。瞬いて。何となく、納得したように頷いた。
なるほど、それなら先程の馬車も、仕方がないのだろうと。
…あれはあくまで、冗談と推論でしかなかった筈なのだが。何故だか、話をしている内に。
少女の中では、すっかり信憑性が出て来てしまったらしい。…それだけ、青年の演技が迫真の物に感じられたのか。
聞かせたくない、という程ではないが、聞いて面白いという人ばかりではないだろう、そういう話。
だから、青年の方から聞かれなかったのが幸いと。仕事の話はひとまず終了。
寧ろ、彼が持ってきた何かに対して、興味津々で。缶の中を覗き込むように身を乗り出して。)

「 くっつける もの。 …ですよね? 膠。 …それでしたら 確かに 」

(どうにかなると思う。通行人から道を聞けば。そんなに離れてはいなかったから。
というより、本当に近所と言って良い。其程の近場で、迷っていたのだという恥ずかしい話は。
生涯心に秘めたまま、墓の下まで持っていく事にして。
折れた側の靴を手渡せば、彼がそれをくっつけてくれる、そして接着が乾くまでの間は。
裸足の側をぷらぷらと揺らしながら。待つ事になる。)

「 いいえ。 帰れさえ したら。 それで充分 なので。
…それより 申し訳 ありません 改めて。 あなたさま も あなたさまの おしごと、 途中…ですよね? 」

(一席くらいとはいえ、その誘いに乗ってくれたという事は。
決して急ぎの用事を抱えている訳ではないのだろう…とは思うものの。
この近辺に住んでいる訳ではなさそうだから…きっと、何らかの用事が有って、富裕地区に来ているのだろうと。
待ち時間が増えてしまった分。その間に、謝罪だけは済ませておく事にして。)

ルシアン > 「ふふ…まあ、そういう家もあるよってくらいで知っておけばいいさ。
 君の家は違うみたいだけどね?全部が全部そうだ、って事は勿論無いわけだし」

別に嘘をついているわけでは無いのだけど、何だか何を言っても信じてしまいそうな素直な少女。
ある事無い事吹き込むのも楽しそう…なんて悪ふざけを考えなくもないけど、此処は我慢して。
自分が言ったのも、少女が知っているのも、あくまで一例。世間は広いのだし。

「そう。後で湯気に当てれば取れるから、帰ったらきちんと直してもらえばいい。
 ……ん、これなら多分、いいかな…履いてみて?」

乾きが早く、なるべく丈夫になるものを借りてはきた。と言っても使い方は本来と違うし、どれだけ持つか。
それでも、とりあえずだましだまし履く分には何とかなるだろう。
はい、と少女に差し出す。流石に履き心地まで保証はできないけれど、とりあえず立って歩くくらいはできるはずで。

「ん、まあね。買い出しに出てきたから、日が落ちる位までには戻らないといけないけど。
 今日は時間は空いてたからね…こういうのも何だけど、君、運が良かったかも?」

気遣うような少女の言葉に、少し冗談っぽく言葉を紡ぐ。
本当に急ぎなら適度に様子を見て、近くの騎士団辺りにでも後を任せる様な選択も出来たのだけど。
まあ、たまにはこういう日があってもいい。そんな楽天的な気持ちで返事をして。

「それじゃあ、送っていこうか。ええと…僕はルシアン。ルシアン・エヴァリーフ。
 君の名前、聞いてもいいかな?お嬢様」

はた、と少女の名前を聞いて見る。
そっと手を差し出してみるのだけど、それを取ってもらえるだろうか。

ユール > 「 世間は 広い物 ですし。 …そう ですね。 一般的 だと 思います 」

(家柄が、財が、立場が…等ではなくて。男女の在り方において、この国での一般的な形をしていると思う。
自分の産まれ育った生家は。一族は。
少なくともそんな世間一般の形。それ以外も存在するのだという事と。実際に罷り通るのだという事が。良く分かった。
確かに、色々、言われたら真に受けて。信じ込んでしまいそう。
と。そんな話題を続けている内に、膠は乾いてくれたようだった。差し出されたヒールを受け取り、足を通し。
とんとんと踵を幾度か地面に着いてみれば。どうやら、そう簡単に取れてしまう事はなさそうで。)

「 だいじょうぶ みたい です。 これなら。 幸い、歩いても直ぐに 着きます ので。
はい 本当に。 すぐ、近く…でした。 」

まるで。近場だという事を、直前にでも再確認したような言い草は。
嘘をつく行為の下手さ加減、その証拠めいてしまう。当人は、それを自覚しているのかも妖しいまま。
此方へ差し出して貰えた手に、同じく伸ばした掌を重ねて、それから。)

「 どなたか の ご好意に あずかれるのは。 …幸運 と言いますか。 幸福 とも 言いますか。
おかげ さまで。たすかります――では、えぇ と …?」

(ふと、首を傾げた。手を繋ぎ、立たせて貰い。それから、やっと。青年の…彼の名を、未だ知らない事に。気が付いたから。
どう呼べば、と困惑して。その困惑を、きちんと汲んで貰えたかのように。相手の方が名乗ってくれた。
自分から言い出す事の難しさもあって。これも本当に有難い。)

「 マリアス家の三女 ユーレイア です。 …ユール で、 構いません けれど。
では ルシアン さま どうぞ。 おいで下さい ませ …? 」

(表情らしくない程度に、それでも、顔に浮かんだ物を、少しだけ和らげて。彼と共に歩き出した。
無事に家へと辿り着けば。目を丸くした侍女や衛士に、かれこれと説明して。
きちんと客間に彼を招いて、ティータイムくらいは用意した筈。
…大人数の為の買い出しとも聞いたから。おみやげの菓子も、きっとたくさん。重ね重ねの謝意と共に手渡して。
少女にとっては、らしからぬと言っても良い、穏やかな時間を過ごしたのではなかろうか。)

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からユールさんが去りました。
ルシアン > 「ユールさん、だね。…うん、それではお言葉に甘えて」

少女をエスコートしながら、という形で家まで送って行って。
青年は普段余り口にしないような高級なお菓子やお茶やら出してもらえば、礼儀作法を保つのも何とかなっただろうか。
その上、お土産までもらってしまえばむしろこっちが感謝したくなるほどで。

そんな事で、不思議な少女とは挨拶をして館を辞した。
荷物は一つ増えたけど、改めてまた買い出しに町まで向かうはず…戻れば孤児院の子たちは大喜びするはず、で。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からルシアンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にアマネさんが現れました。
アマネ > 「どうか、……どうか、お願いします……!」

とある邸宅の玄関前、仁王立ちする肉体派執事の前で地べたに跪き、両手をついて深く頭を下げる。
この家の前で、この男を前にして、こんな風にお手本のような土下座を披露するのも、
もう、すっかり慣れたものであり―――多分相手も、もう慣れっこになっている。
うんざりした表情も、己を見下す眼差しの角度も、顔を上げなくても分かる位だ。

『どれだけここで粘っても無駄だぞ、ご主人様は、お前とはお会いにならないからな』

「……そ、そこを、何とか、お願いします、っ……!
 あの、あの、お金、は、………あ、あんまり、ありません、けどっ、
 ……お仕事、してます、から、私……ちゃんと、お返ししますから……」

地面についた両手の上へ、ぐりぐりと額を擦りつけながら、これも何度目か知れない台詞を、
もはや悲鳴じみた声で。
頭上で相手が、深い溜め息を吐くのが聞こえた。

『だから何度も、兄貴を連れてこいって言ってるだろう。お前じゃ話にならないんだよ』

―――――そう言われても、困るのだ。
何しろ兄様は、もう一週間も帰ってきていないのだから。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にクレス・ローベルクさんが現れました。
クレス・ローベルク > 青い闘牛士の男がそこを通りがかったのは、単純に偶然だった。
偶々、富裕地区の隠れ家的酒場に美味しい酒が入ったという噂を聞いたから、それを呑むために、何時もは通らぬ住宅街を歩いてきた……という程度の。

その途中、妙に騒がしい声が聞こえたので、こっそり覗いて見たのだが……

「うっわ、何アレ土下座?こんな往来で?」

土下座しているので顔は見れないが、声や格好を見るに若い女の子だというのは解った。それが何でこんな所で土下座などやっているのか。

「うーん、あんまり人様の事情に首を突っ込むべきではないのは解るけど」

しかし、見てしまった以上、気になるのも事実。
クレスは土下座に後ろから近づくと、

「おーい、土下座っ娘さん。どうしたのこんな所で土下座なんかして」

アマネ > それはそれは、たいそう目立つ見世物であったことだろう。
土下座する本人は大真面目だし、対応する執事もふざけてなどいないのだが、
通りがかる身形の良い人々の中には、思わず笑ってしまう人も居るぐらいだ。

しかして、すすんで声をかけ、火中の栗を拾おうとする人が居ないのも事実。
だからその人が声をかけてきたとき、土下座する娘よりも早く、
うんざり顔の執事が反応したのも―――当然と言えば、当然の帰結だった。

『おう、闘牛士の兄ちゃん。
 ちょうど良い、この小娘、幾ら言っても頑として動きゃしないんだ。
 ちょいと大人しくさせて、どっかへ追っ払っちゃくれないかね』

これで厄介払い出来る、と食いついた執事の台詞に、がば、と跳ね起きて執事を見上げ。

「ひ、ひどいです、追っ払うなんて…!
 私の話、ちゃんと聞いてください、っ、お願いですから!」

それから、くるりと背後に現れた人物を振り返り。

「わ、私、どうしてもこちらのご主人に、お話ししなきゃいけないんです…!
 どうぞ、放っておいてください、っ…!」

思いっ切り、涙目である。
執事がまた、はあああ、と大袈裟な溜め息を吐いていた。

クレス・ローベルク > 執事と女の子の話をふんふんと聞くと、クレスはうーんと唸った。
はっきり言って面倒事に巻き込まれてしまった。此処で『よし解った追い払おう、所で報酬は幾ら頂けるんだね?』と言える図太さがあればクレスの人生も生きやすかっただろうが、残念なことにこの男は、可愛い女の子には何だかんだ弱い所があった。

「うーん。お互いのしてほしい事は解ったけど、そもそもそこの土下座っ娘はどうしてそこのパワー系執事さんのご主人様に会いたいの?そこが解んないとどっちの味方もできかねるよ」

と言う。そして執事の方にも、

「君が仕事熱心なのは解るけど、このまま放置したら君のご主人様の方が外聞悪いっしょ。実際何人かこの娘の土下座見ちゃってるしさ。此処はどっちが悪いのかこの場で明らかにして、穏便に事を済ました方が、面倒は少ないと、僕は思うけど」

とそう説得をかける。実際には興味半分なのだが、まあこんな事に巻き込まれた以上、興味ぐらいは満たしてもらわないと割に合わなくもあった。

アマネ > 学問以外のことになると、どうにも頭の回転が緩い己である。
今度も、男の言葉に先に反応したのは執事の方だった。

『どうもこうも、そもそもその娘が、兄貴を連れてくれば万事解決するんだよ。
 うちのご主人に借金してるのも踏み倒してるのも、そいつの兄貴なんだから、
 ……迷惑してるんだよ、本当に』

貸したお金が返ってくる訳でもないのに、小娘の相手をしているほど、
ここの主も暇ではないし―――執事にしても、好い加減うんざりするのは無理もない。
しかし――――

「だって、でも、仕方ないんです、兄様は……兄様は、
 …………とっても、お忙しくて……」

ぐずぐずと俯いて言い募る、己の歯切れが悪いのは、肝心の兄の居所が不明である所為だ。
かと言って、行方知れずだなどと打ち明けたら、兄が怖い人に追われてしまうか、
それとも、実家が差し押さえに遭ってしまうか―――どちらも、避けたい事態であり。

『……とにかく、帰ってくれよ、お嬢さん。
 それで、兄貴の首根っこ掴んで連れてこい。話はそれからだろ』

執事の言葉が、追い打ちをかける。

クレス・ローベルク > 「ふむふむ成程。つまりこの女の子のお兄さんがこの家のご主人様に借金をしてしまった。だけど何か知らんが忙しいお兄さんの代わりに、この娘が返済の延期なり借金の棒引きなりを求めている、と」

整理するようにクレスはそう言い、首をひねった。

「十割この執事さんが正しいじゃん。何でそれで会えると思ったの……?」

せめてこれが本人が来て土下座しているならともかく、その妹が――つまり代理が来た所で誠意も何も感じる訳がない。彼女の方に理が無く、その兄には誠意が無いとなれば、もうこれは誰がどう見たって正しいのは誰か一目瞭然であった。

「悪いけど、これは諦めた方が――ん?」

そこで、改めてアマネを見る。
色白華奢な身体、綺麗な黒髪、濡れた瞳……可愛らしい顔立ち。
それを見て、ふと考えた。この状況、うまくすれば、と。

「うん、まあ、借金を何とかするのは、諦めた方が言い。君がこの人のご主人様に会った所で、多分結果は変わんないし。――所で」

クレスはそこでにっこり笑って言った。

「所で、此処で会うのも何かの縁。僕はそれなりにお金は持ってる方だし、君がちょっと僕のお願いを聞いてくれるなら、この家にしている借金丸ごと、僕が建て替えても良いよ?勿論、借金はそこの執事さんを通して僕が、即金で返しておく」

アマネ > 十割正しい、と言われた執事は『だろう?』と同意を求めるように顎をしゃくり、
理が無い、と他人の口から改めて断じられた己の目には、またもうるりと涙が滲む。

「わ、……かって、る、んです、私だって、でも……でも、」

居ない人は連れて来ようがないじゃないですか、とは、言える訳も無く。
半泣きで鮮やかな青い制服を纏う相手を見上げる眼差しは、きっととても恨めしげだ。

しかし、何ごとか考えているらしき相手。
そして、思いついた、と言わんばかりに口を開く男の顔を、
己は暫し、ぽかん、とした表情で見つめ。

「―――――闘牛士様…が、ですか……?
 それは、……でも、―――――」

闘牛士ってそんなに儲かるものなんだろうか、世間知らずの己には分からない。
けれど己が首を傾げている間に、今度も執事の方が食いついてきた。

『そりゃあ有難い、是非そうしてくれ。
 うちのご主人も、金さえ返ってくれば、あんたにも兄貴にも用は無いんだから』

満面の笑みで青い服の男へ歩み寄り、男に耳打ちする形で、己の兄が借りた金額を伝えるだろう。
元金幾ら、利息が幾ら、―――ちょっとした高利貸し並みに膨らんだ借財は、
なかなかに懐を圧迫するものである筈で。
それでも男が頷いたなら、ニヤニヤしながら『上手くやんなよ』などと、
余計なひと言を付け加えるだろう。
―――己の意思など、ほとんど、表明している暇も無かった。

クレス・ローベルク > 耳打ちされた借金を聞くと、クレスは苦笑いして、

「ふんふん、成程成程。あー、これは放置してたら借金膨らんだパターンっすね。これ、お兄さん忙しいんじゃなくて夜逃げじゃなんじゃない?」

もしかしたら工面に忙しいのかもしれないが、しかしもしそんな殊勝な考えをしていたら、妹を借金している家なんかにやらないだろうとも思う。

「解った。えーと、取り敢えず、今持ってる金貨と――あ、幾らか物で納めていい?家にはもっと金あるんだけど、流石にそんな大金持ち歩かないし、あんまり僕の家を誰かに知られたくないからさあ。あ、鑑定書もあるよ」

と言うと、幾つかの指輪やネックレスを執事に見せる。宝石や真珠があしらわれたそれは、どれも売ればかなりの金になる物で。実際には気に入った女の子への贈答用なのだが、まあこれも形を変えたプレゼントだろうと思う。『うまくやんなよ』と耳打ちされれば、『ありがとう』とちょっとだけ悪意のある笑みを浮かべ、

「あー、これで暫く呑みも遊びもできないなあ。暫く仕事一本で行くしか無いか……ま、最近娼館にも行きづらくなったから仕方ないよね」

それより、とアマネの方を見て

「これで君の借金はナシ、だ。所で、君の名前は何ていうのかな?僕の名前はクレス・ローベルク。剣闘士兼冒険者だ」

アマネ > 夜逃げ、という単語が聞こえて、己の目からはぽろりと、とうとう涙が零れ落ちた。

「そ、そんな筈ありませ、ん、兄様は、そんな人じゃ……」

ありません、と言うより早く、執事と青い服の男との間で、あっさり商談は纏まった模様。
実際、これは己の身が、お金と宝石で売り買いされたに等しいのかも知れないが、
幸か不幸か、己自身は未だ、そのことに気づいていない。
理解しているのは商談を持ちかけた男と、応じた執事の二人だけ。
―――そうして、暫し屋敷に消えた執事は、呆然とする己の手に、兄の直筆借用書を渡してくれる。

『じゃあな、お嬢さん。
 しっかり恩返ししろよ?』

「え、は、……あ、はい?」

え、え、もしかしてもう話が纏まってる?
―――己が意思を表明する前に、何やら話は終わっていた。
借用書が戻ってきたのは嬉しいけれど―――残された男の目がこちらへ向くと、
今更のように、ビク、と肩を震わせて。

「あ、……えと、私……アマネ、です。アマネ、ローデンダール……
 えっと、あの、………助けて、いただいて、有難うござい、ました……?」

助けて貰った、ということで良いのだろう。―――多分。
あの兄の作った借金はこれで全部という訳でも無いし、
またいつこんなことをしなければならなくなるか知れないが、取り敢えず。
ぴょこん、と頭を下げて―――借用書を折り畳んで、しっかり胸に抱え込む。
そこでようやく思い出したように、ところで、と首を傾げて。

「それで……クレス様の、お願い、って、いったい、何でしょう……?
 私、あんまり難しいことは出来ないのですが…」

クレス・ローベルク > 「いやいや。大した事じゃないよこれぐらい。別にただって訳じゃないんだから。寧ろこれはれっきとした取引で、僕らは対等の立場。だからお礼なんて要らないよ」

と苦笑いして言う。実際、お礼だけで済まされても困る。
流石にあの土下座を見て黙ってはいられなかった、というこちら側の理由があるにせよ、決して払った額が小さいという訳ではないのだ。せめて、元は取らねばならない。

「いやいや、難しいことはなにもないよ。やる事自体は簡単簡単。取り敢えず、往来で話すような事じゃないし……此処の近くに宿を取ってあるんだ。そっちでお話しないかい?折角だから、君や、お兄さんの話も詳しく聞きたいしさ」

と彼女を誘う。勿論、宿に連れ込むのは「そういう」狙いはあるのだが、この娘の境遇にも若干の興味があった。先程の会話を見る限り、この娘は兄のことを決して嫌っては居ない様で、しかしその兄の借金への態度はどう考えても真面目でも誠実でもない。一言で言えばクズのそれだ。

まあ、それで彼女が不幸になろうと自己責任ではあるのだが、どんな人物なのか興味はあったのだ。

アマネ > 取引だとか、対等だとか、並べられた単語に少しだけ不安が募る。
対価とは己に出来ることなのだろうか、何だかとんでもないことだったりしないだろうか。

「簡単、……なん、ですか?
 ―――え、と、それ、じゃあ……少しだけ、お邪魔、します……」

簡単なこと、をお願いされるにしては、恐ろしい金額で取引されたと思うのだが。
とにかくも、往来でこれ以上の注目を集めるのは己も好まないし、
何よりいつまでもぐずぐずしていたら、先刻の執事に追い立てられそうだし。
こくりと頷いて、男の宿、とやらへついて行こうと。
―――しかし、男が兄を『クズ』だなどと言い出せば、それはそれは凄い勢いで、
『兄様がいかに素晴らしい人か』という語りが、いつまでも続くと思うのだけれど―――。

クレス・ローベルク > 「うん、それじゃあ行こうか」

そう言うと、アマネを先導する形で、クレスは歩き続ける。
さて、どれぐらい可愛がってあげようか、と考えつつ。

もうすぐ日が暮れる。
今日の夜は、楽しくなりそうだった。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からクレス・ローベルクさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にクレス・ローベルクさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からクレス・ローベルクさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からアマネさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にキュリオさんが現れました。
キュリオ > 富裕地区にある税収官の邸宅は絢爛豪華―――そして趣味が悪い事で有名だ。
豪華であれども荘厳さの欠片も無い邸宅には今日、ぽつぽつと人が訪れていた。

普段は税を自らの足で取り立てに参るのが常であるが当然、納められるのを受け取る時もある。
今日はそうした、自らの足で税を――或いは”善意で”援助を得た者が訪れる日。
とは言え、主自ら対面することは滅多と無く、部下に対応を任せることが殆どだ。

よっぽどの大物の来客か、或いは食指の動く女が訪れた際には、連絡を受けて自らが相対することもある、という程度。
中には税や援助の見返りの低減を願う代わりにと、生贄の如く何も知らされず――或いは奉公を言い含められて――代理として女性を送り込む輩も居る。
さて訪れる人物が相対するのは、果たして部下となるのか、館の主となるのか。

キュリオ > やがて訪れたのは、一人の女。
案内される先は、さて――――

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からキュリオさんが去りました。