2024/09/02 のログ
ご案内:「王都 週末市場」にナランさんが現れました。
■ナラン > 雲間から時折雨粒が落ちる曇天の日。空は灰色に覆われていて降り注ぐ陽光は弱々しい。空気は少し熱っぽく湿っていて、まるで天上の雲で蓋をされているようだ。
そんな日だからだろう。普段ならヒトで溢れ返る市場は通常と比べて大分人が少ない。ヒトの流れはあるもののよそ見をすれば人と突き当たるような『いつも』とは違って、少しくらい足取りを止めても気に留めるものはいない。
そんな中売り子たちは一層賑やかで、道行く見込み客の呼び込みに余念がない。客のざわめきが無い分を埋めるかのような声は、店それぞれに調子が違っていて何だかバラバラに歌劇の練習でもしているかのようだった。
そんな市を、雨避けに衣被を被った女が行く。別に珍しくもないが、いる場所はすこし珍しかったかもしれない。
市場でも外れ、馬やロバなどの家畜を主に商う場所だ。大体は『持ち帰る』から、供も連れない女がひとりいる事は余りない。
「まあ……」
不図足を止めた衣被の下から声が零れる。鳶色の視線の先には、飛竜と思しき姿がある。
■ナラン > 普段街へ下りて、荷物が多い度に馬が居ればと思っていた。
今の暮らしでは到底養えないから、偶に借りは戻してを繰り返している。
そんなだからたまにこうして馬も商われるような市にはつい、惹かれてしまう。
最初は動物たちに、自分が人間ではなくなり掛かっていることが解れば怖がられるのではないか、と思って中々足が向かなかったが
いちど来てみると想像していたような事も起こらず、それ以来は見かけるといつも立寄っている。
商人たちも独りでいる女が買うとは思っていないが、それでも女が何事か聞けば愛想よく教えてくれるものが多い。きっと贖っている動物に愛着がある証だろう。
(……戦場でみたことは あるけれど)
ついふらふらと、寄っていってしまうのは女ばかりではないらしい。
種族からすれば余り大きな身体ではないその翼を持った生き物の周りには、人気の少ない市場ながらに人垣ができていた。
■ナラン > 周囲のヒトに売り口上を述べているのは若い男だ。その主人らしいものもいて、そちらは近くの天蓋の下で煙草をくゆらせている。
口上いわく
捉えたばかりで調教されていない
そのぶん安い
山野を越えての荷物の運搬に乗り物にと使いこなせればかなりのお得な買い物
……等々。
女は人垣の一番外に立ち止まって、途中から口上は聞いていなかった。
手足と首を鎖に繋がれた飛竜の、美しい金緑色の瞳はぼんやりと宙を見ている。
(……きっと 相当強い薬を使われてる)
もちろん、市場で暴れたら大変だ。然るべき処置なのかもしれないが…女は胸に手をやると、何となく見ていられずに瞳を伏せた。脳裏で戦場で空を勇敢に駆っていたものや、ほんの時折遠くの山の影に見た姿と比べて吐息が漏れる。
(……)
女は暫く足元を見て考えていたようで、背中に当たる人が居てようやくぼおっとしていたことに気付く。
すみません、といつの間にか厚くなっていた人垣を縫って、天蓋の下の店主と思しき男の下へと足を向けた。
「…… 何か、あの子に好きなものがあれば」
自分はこの生き物に詳しくない。煙草を咥えたまま何か用か、とばかりに視線を向けてきた初老の男に、好物を買ってやってくれと端的に伝えると
女は足早にまた人垣を縫って、そのまま街中へと姿を溶かしていく。
きっと、女が思うよりあの飛竜はたくましい。ヒトの思惑など意にも介さず、また再び自由に天を駆る日が来るだろう――――
ご案内:「王都 週末市場」からナランさんが去りました。
ご案内:「自然地帯 丘陵」にナランさんが現れました。
■ナラン > 森に囲まれた自然地帯は、奥にいくつもの丘を擁している。人里離れたそこの幾つかははヒトの手が入っているわけでもないのに、背の高い夏草ばかりで覆われるでもなく、ところどころで野草の群生が見られごくたまにはギルドの依頼で舞い込むような薬草も見つかったりする。
夏も終わりを告げつつある夜、そんな丘の麓に一つに灯りも持たずに現れる人影がある。
時折やや強く森を越えて丘の麓へ向かって吹く風は、女のターバンから零れ落ちている編んだ髪の毛を吹き散らす。
「――ふぅ」
(あと少し)
小さな包みを背負った女は、吹き散らされた髪を後ろに追いやってから丘を一歩一歩登り始める。急いている様子半分、一歩進むのをすこし躊躇う様子半分。
ざぁっ、と夏草を揺らす風は体温を奪うくらいには冷たい。足元で鳴く虫たちは風音にもまけず、秋の訪れを高らかに歌っている。
見上げれば空はまっくろな帳にちかちかと星々を瞬かせていて、月のない夜に賑やかな彩を添えていた。
■ナラン > 「―――はぁ …ついた…」
丘を登りきり、振り返れば遠くに王都の夜明りが見える。
―――そこまでは、いつもの景色。
女が今日の夜、荷物を持ってやってきたその、目当ては
「…―――」
丘の上、丘陵と森の合間に聳えるいくつかの樹。
そのうちのひょろりと高いひとつが纏っている葉が、今夜はほの青く光っている。
足元を見ながら登ってきた女は、視線を上げてその光景を見にして思わず足を止めて小さく息を飲む。
『なんの魔法も関係無いんだがなぁ』
教えてくれた魔術師の言葉を思い出す。
『とりあえず、奇麗なんだよ。
多分本当にそれだけだ。だから誰も見向きもしなかったんだなぁ』
何でそんなことを教えてくれたのか、と聞くと、いったい幾つなのか見当もつかない魔術師は、しわだらけの顔をいっそうくしゃくしゃにして笑った。
『女の子は好きだろう、そういうの』
と答えた。女の子という年頃ではない、と女がいうと彼にとっては2桁まではみんな女の子なのだそうだ。
■ナラン > また風が吹く。
幅の広い楓の葉によく似たそれは、触れ合うとサラサラを音を立てて青い光を波打たせる。
魔術師から聞いた『条件』はうろ覚えだったし、自分がこの樹を見つけたときはまさかこんな頼りない樹に不思議な光景が見られるとは思っていなかった。
女は一瞬息を止めていたようで、改めて深呼吸をすると再び歩み始める。
ぼうと光るような樹の、その間近までは行かない。これは自分の故郷の伝承だが、こういった不思議のごく近くは妖精の縄張りで、彼らはヒトが踏み込むのを嫌うという。
女は少し離れたところの草むらに隠れるようにあった低い岩だなを見つけると、そこに手荷物を降ろして腰かけた。
■ナラン > 月明りもない夜だが、夜目のきく女には問題ない。
膝の上に広げたのは今夜の晩餐だ。
小さな水筒に入っているのは、桃の香りがしみ込んだ水。
もうひとつは、女自身が焼いた平たいパンに、薄切り肉とチーズと葉野菜と、ピクルスを少し挟んだサンドウィッチ。
内容はごく簡素だが、虫の音と風の音と森の香りと、この光景を独り占めしているようでひどく贅沢に思う。
月の無い夜空に見上げる不思議な樹は、青く光を纏って風に葉を揺らす、ただそれだけで、何が起こるでもない。
それから女が夜食を取り終えるまで、途中夜行性の動物の訪問を受けたりしながら
夏の終わりの夜がまたひとつ更けていく――――
ご案内:「自然地帯 丘陵」からナランさんが去りました。