2024/05/05 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区2」に枢樹雨さんが現れました。
■枢樹雨 > ふより、ふより、夜の平民地区上空を、霊体となって漂う妖怪が一匹。
新月が近づく細い細い月。その光量は心許なくも、人口の灯りが温かく都を照らす様を見下ろしていた。
じき、己のような妖が闊歩し始める丑三つ時。
それでもまだ灯りを消さない店もいくつか見える。
それに惹かれるように、少しずつ浮遊の高度を下げていく妖怪。
久方ぶりに何か、美味しい食事にありつきたい。
そう思うのも仕方ない。それくらいに魅力的な食事が、覗き込む窓の中に見えたから。
そうしてしばらく、霊体のままに一軒一軒酒場を、屋台を覗き込む妖怪。
辿り着いたのは、誰に気が付かせる気もないのではというような、すみ~~っこに軒を連ねる屋台。
なんだか馴染みを感じる赤提灯に近づいてみれば、暖簾の向こうに何やら見覚えのある革ジャン。
そっと、地面に立つと同時、実体を顕わにした妖怪を見る者はいない。
それくらいに隅っこの屋台。カラリ――、下駄を鳴らして近づけば、貴方の左頬を白い指先がつん…と。
「テイラー」
間違っていたらどうしよう。そんな憂いは欠片も無い。
後姿だけではないのだ。貴方の、人の子とは少し違う気配を、きちんと感じとっていたから。
■テイラー > 夜が更ければ更けるほど昼にも濃いが一層濃ゆく漂うあれやこれやの気の流れ。
――故か、或いは、故郷の味たちにすっかりと酔っていた所為か何方もか……
覚えのある気配にふと視線を過ぎらせたのは下駄の軽く乾いた音が響いてから。
彼女の鼻腔には、暖簾を潜る前からふわり、暖簾を潜った後にはよりふわりと、
出汁がぐつぐつ沸いて具材達と一緒になってぐつぐつ煮立って芳しい香りが。
彼女の視線には、其れそのものが旨味と言わんばかりに黄金色で賑わう光景と……
何時にもまして赤みが差した頬をつんと突かれてちょっぴりおちょぼ口になっては笑う男の姿が、
其れ其れに届くだろう。
「枢さん」
酒がやや回っているが、少々酔ってはいるが、
案の定な気配で姿形で語調を笑気で小さく揺らしながらゆるりと挨拶に手を挙げる。
「よく見付けたもんだ。どうぞ?」
深い仲。というには少し付き合いは足りないかもしれないけれど。
気心は多少知れた仲の彼女に機嫌が良さそうな笑みも向けてから、
己の隣にあった背凭れもない椅子を引いては席を勧める。
寡黙な店主は『いらっしゃい』の挨拶もないが頷き一つとともに冷たい酒をグラスで一献用意している。
大根と蒟蒻も俺とこちらに一つずつ、と、追加注文にもさっと出汁が滴る品物を上げてお皿で出された。
■枢樹雨 > ひんやりとした指先がつついた頬は、少し熱い。
赤提灯の灯りでよりいっそう赤く色づいて見える貴方の頬。
視覚と触覚で捉えた貴方はまさしく酔っ払いのそれ。
しかしそれに一歩引く妖怪ではなく、それならばと貴方の手元を覗き込み。
「出来上がっているね、テイラー。今夜のお酒も美味しい?」
鼻腔を擽る優しくも芳しい香り。それも気になるがまずはお酒。
今宵もまた故郷の酒を味わっているのか、はたまた別の新たなる酒を味わっているのか、遠慮なしにチェックを始める妖怪。
と、席を進められるならいったん覗き込むのを止め、その左隣に腰を落ち着けよう。
そこでようやく、目の前の独特な鍋らしき調理器具のなか、くつくつと煮える黄金色のお出汁と、具材達の存在に視線を留め。
「美味しい何かを探して一軒一軒順に見て回っていたら此処まで辿り着いた。……これは?」
此処までの経緯を素直に話せば、目の前に置かれるグラス。そして湯気を上げる大根と蒟蒻。
スンと鼻を鳴らせば、勿論先ほどから香るのと同じ匂い。
左手は早速箸を持っている訳だが、一応とばかりに貴方を見遣り、いったい何と言う料理なのかと問いかける。
それは偶然。生まれた国では見る事が叶わなかった。けれど確かに妖怪が生まれた国にも存在していたもので。
■テイラー > 指先に返るのは、少し熱めの体温と、笑気の震えと、男の肌にしては滑らかな触り心地に髭も剃ったというより元より生えていないらしい質感が色々と。
火照った頬には冷やりとした指は心地よいし挨拶代わりの悪戯も愛らしいもので咎めるなんてとんとなく、
この酔っ払い、笑い上戸の気もあるので一度出た笑気は中々引っ込まずくつくつとずっと喉が鳴っている。
「酒も肴も良くって良くってご覧の有様だよ。
枢さんも、ささ、一献どうぞ?」
本日のお酒もまた米酒だが先日に振る舞ったお酒たちともまた違うもの。
見目は透明度がやや低く白く濁りめ、匂いはフルーティ、口に含むと、
僅かな酸味が爽やかに広がって見目の割にはあっさりごくりと飲み干せる一品。
グラスは決して小さくはないものの口当たりは軽いおかげで直ぐ飲み干せてしまいそうな塩梅で、赤ら顔の原因であった。
隣に腰掛けた彼女に一つ頷けば杯を持って、乾杯、と軽く掲げよう。
「なら、今日は大当たりじゃないか、俺も偶々見付けたのだけれど。
これ? おでん。俺達の国やその近くで見掛ける、そうだな、郷土料理。煮込みだね」
熱いから気を付けてね、とか、火傷しないようにね、とか、
酔っ払い状態でも相変わらずお母さんみたいな事は言うが。
聞かれてみればすらすらと答えて、お酒はもちろん出てきた大根も蒟蒻も冷える前にと掌で示して勧める。
■枢樹雨 > 人の肉体を得ただけの自分よりも、よほど人に近しい存在。
つつくこと叶った頬、咎める様子もなければ繰り返しつんつつんとつついてから指を離したのはご愛敬。
ちょっと寂れたともとられかねないこの屋台の趣。
しかし背凭れのない椅子に腰かけてみれば不思議なもので、存外居心地は悪くない。
屋台特有の内輪感か。暖簾の内側の小さなスペースに、寡黙な店主とほんの数人の客。
出汁の香りと湯気に温められた空間は、少し冷える春の夜でも辛くはない。
むしろ妖怪からすれば少し熱いくらいか。
「ん、ありがとう。今日もごちそう?」
傍らの貴方に首を傾げ、一応確認。しかし首を横に振られる気もないのか、左手には箸、右手にはグラスの状態。
透明のグラス越しに見えるのはにごり酒か。
ゆらゆらと左右に軽く揺すってみてから、乾杯の音頭に促され、貴方のグラスと己のグラスをそっと重ね。
「―――美味しい。なんだか、こう、先日飲ませてもらった紅茶を思い出すような…、
いや、まったく違うのだけれど、…舌と喉に残る感覚がない。」
辛口のそれのようにきりりと喉を抜ける感覚もなく、わかり易く鼻を抜ける酒感も薄い。
不思議だと、箸を持ったままにふた口目、三口目を味わえば、もう一度「美味しい」と呟きやっとグラスを置き。
「おでん。耳にしたことがあるね。そうか、これがおでんか。…いただきます。」
目で見たことも、当然味わったこともなかったが、確かに記憶にある単語。
見事に染まった大根と、ぷるぷるの蒟蒻をまじまじ見つめては、丁寧に手を合わせてから箸先を伸ばす。
まずは大根。熱いと前置きがあった為、ひと口大に切ったそれにふーふーと何度も息を吹きかけてから口へと運ぶも、
それでもあつあつのおでん大根。口元を掌で隠しつつ、はふはふと懸命に熱を逃して。
「はっ、…ふい、…はふ、……ん、…うん、――――これは、」
猫舌か。なかなかの格闘の末に大根ひとかけを飲み込むこと叶えば、ゆっくりと前髪の下の双眸が見開かれる。
そして感想の前によく冷えた米酒で口内と喉を冷やすと、最後に再びの「美味しい」を零して。
■テイラー >
暖簾も、机も椅子も屋台骨から屋台そのものに赤提灯までよく手入れされてはいるが所々が剥げたり擦れたり黄ばんだり。
主人の無口っぷりや皺の刻みっぷりからして恐らく王国内で仕上がったものでなく本当に遠く遠くの地から来た様な……
主人が語らぬものだから定かでないがそうと思える小さな空間は、別に視線を酷く遮るわけでもないのに、隠れ家的だ。
「俺ぁこういうのがもう好きでおでんなんか大好物でさ? 流石に此処では食えないと思ってたけれど、まさかまさか。
うん、いいとも、たんとお食べ」
世俗に出てから、生まれ故郷でも王国でも色々食べたがこれが一、二を争うぐらい。
そんな事をぽつりぽつりと零しながら乾杯をしてはまた一口付けて多くをごくりと飲み干して一息。
グラスが傾けられる度、グラスが揺れる度、ゆらゆら、ゆらゆら、濁った酒とその中で揺蕩う粕の粒。
ご馳走? の一言には当然と当たり前に頷く。
「うん、美味しい。にごり酒でこんな軽いのは初めてだ。ふふ、気に入った? 良かった」
己は既に数杯目で彼女も一杯目だがそのうち数杯目に差し掛かるだろう飲みっぷり。
もう一杯、と伺えば、店主がどでかくざらりとした素焼きの壺からどくどくとお代わりを注いで貰ってまた一口。
酒瓶ごとではなく一杯ずつ店主自ら手酌していく形式のようで、これも風情だよねぇ、なんて呟き。
「んふふふっ。あぁ、ごめん、いや、つい」
夜風をちょいと浴びても彼女の冷たい吐息に晒されても冷ましても冷ましても、尚熱いおでんたち。
自分も先程から火傷しないようにと格闘していたが……
彼女を見ているとどうにも可愛らしくって仕方なくって、
誂うつもりはなかったのだがつい笑みが溢れてしまった。
大根は、口に含むとほろりと崩れ、蒟蒻は、歯を押し返す弾力を噛み千切れば快音が口の中で響く、
何れも出汁の味がたっぷり含まれ過ぎて悪く言うなら味に大差はないものではある。
だが、出汁の味が幾つ食べても飽きないような、彼女自身初体験なのに懐かしさすらある味では無かろうか。
酒も、大格闘の末のおでんも、何方も堪能して気に入った様子には笑みが引っ込む様子もない。
「馬鈴薯や、あとがんも。牛串もおすすめ。いや、おすすめできないものないけれどさ」
これとか、あれとか、それとか、指差しては好きなだけどうぞと。
己もじゃがいもを一つ取ってもらってから口に運んで、
「あふぃ……!」
やっぱり、火傷しかけた。口元に手を当てながら一所懸命に口に空気を入れてはふはふと口から湯気立てながら噛み砕く。
■枢樹雨 > 防音の障壁でも展開されているのか。否、そんな訳も無いのだが、不思議と喧騒が遠い。
元来他者の目線を気にするような性質ではないが、騒音と静寂ならば静寂を好む妖怪。
見知った貴方が隣りにいる事もあり、常以上の無防備な様子でおでんを堪能し、早速その熱さにやられている。
そして同時にその美味しさに、仄暗い灰簾石を輝かせる。
生まれた国ではひとつだって何かを口にしたことのない妖怪。
それなのに、不思議とお出汁の味に懐かしさを覚えるのは、この身を構成する数多の物語を作り出したのが人の子だからか。
熱々の大根はひとかけ食べたところでひとまず置いておくとし、次は蒟蒻。
箸では切れそうもない弾力のそれ。辛子をちょいと乗せてふーふーとしてから口へと運ぶ。
大根ほどわかり易く沁みないお出汁。おかげで苦戦することなく噛み切れば、その食感と辛子の刺激を楽しみ。
「うん、気に入った。君がそんなに美味しいと言うのだから、よほどのなだろうね。
初めて出会ったおでんがこれでは、他のものが受け付けられなくなりそうだよ。」
お酒も、おでんも、共に。こくこくと頷き答えれば、蒟蒻で温まった口内にまた米酒を注ぐ。
残る辛子の刺激もまた美味しいつまみ。貴方ほどではないにしろグラスが空くのは早く、隣りで店主に酌をしてもらう貴方を見れば、
妖怪もまた空のグラスを差し出して店主にお酌をお願いしよう。
「この、ゆらゆら揺れているおがくずの様なものが、にごり酒の素?舌触りが愉快だね。」
にごり酒の素というか、酒の素。絞り粕。
そうとは知らずに問いかけては、傍らの貴方に首を傾ぐいつもの流れ。
なにやら笑っている様子に気が付けば、以前の様に何を笑っているのかと睨みはしないが、
相も変わらず良く笑う男だと、端正な顔立ちが緩む様をアテにまたひと口酒を楽しみ。
――と、今度は貴方がおでんの熱さにやられる番。
熱いと声をあげて格闘する様子に、薄い唇の端を少し持ち上げると、貴方のグラスを持ち上げて差し出し。
「気を付けないと、火傷をするよ?」
それは貴方が妖怪へとかけた注意の言葉。白々しくそれを真似て伝えては、薦めてもらった馬鈴薯にがんも、
牛串を、店主に皿へととってもらい、しばし冷ます為の時間を。
■テイラー > ジョッキが打ち鳴らされる音も喧騒も喧嘩の大声も下品な冗句も店外へ飛び出す騒がしい飲み屋街に、あって、静寂。
秘訣は? 隅っこにぽつんと営む店主の慧眼が為せる技であるのか? はたまた、さてはさては、屋台に仕掛けでもあるのか?
「俺ぁ何にもしてないよ。親父さん。そこんとこ、ああ、はいはい」
音をどうにかする術ならお手の物だが今は何にもしていない。
聞いたところで、口はおろか瞳も伏せられてしまえば、
此方も彼女に悪戯っ気に肩を竦めて首も傾げて見せる。
酔っ払ってもなぜだか無事に寝床へ帰り付けそうな確信さえ生まれそうだが、危なくなっても、そこはそれ――
彼女の無警戒っぷりに気を揉むのを止めるところまで酔うつもりもない己の番だと少し酒を煽るペースは落ちつつの。
「おでんが食べたかったら此処に来ると良いさ。
俺も末永~~~く通う」
辛子一つも擦り方にまで拘ってあるのか粒感のある口当たりと刺激がさっと広がるが長々と残らない後味がある。
辛子のみをお箸でちょいと一つまみしてから口に含んでもつまみとして成立しそうなほどだ。
出汁と合わせれば刺激はまろやかになるし、酒と合わせると酒の甘みが増して酒がより進む。
……此方はそんな楽しみを一足先に見つけてぱくりと含んではグラスを傾け、ううん、と感嘆の息を零した。
店主はずうっと黙りを決め込んで愛想もないが酌の手付きに手抜きはない。
彼女がグラスを差し出せばまた素焼きの壺を差し出し目一杯まで注ぎつつも一滴も零さない、手慣れた丁寧な手付き。
「そ、そほ。そえ、んん。濾しの関係だったかな? 酒粕が残ってるとかなんとか。粕がないのもあるらしいけれど」
輝いているときにも一睨みされているときも変わらず前髪の向こう側にしかと視線を合わせて頷き一つ。
熱さに舌が縺れて最初の発音がちょっと舌っ足らずになったものだから、おほん、と少しわざとらしい咳払い。
……意趣返しだろうか? 意趣返しだろう。
そっくりそのまま返ってきた諫言に、こいつめ、なんて頬を人差し指で突く真似をしたりしながら、
差し出されてきた一献を受け取って口に含んで冷やした。後、牛串を自分も注文し、齧っている。
■枢樹雨 > 声に出さずとも、妖怪の仕草で、双眸に滲む色で、あれよあれよと読み取ってしまう貴方。
程良く喧騒が遠いのも良い…なんて、思えば急に隣りで言い訳を口にするのだから、
妖怪は店主と貴方のやり取りを不思議そうに眺めるだけ。
先日、共に三味線を奏でた場が、貴方の作り出した障壁に守られていたことも、妖怪はまだ知らない。
「どうせなら、もっと涼しい頃に来たかった。これからもっと暑くなると聞くが、それでも通うのかい?」
店主を前にして遠慮のない問いかけ。美味しさは間違いないが、昼間の暑さを思い出して妖怪は前髪に隠れた眉尻を落とす。
先に皿に取ってもらった大根は少し熱が落ち着いてきたか。息を吹きかけてから二口目を頂けば、更に酒は進むというもの。
満たしてもらったばかりのグラスを半分ほど空にし、隣りで辛子だけを口へ運ぶ貴方をまじまじと見つめては、辛子と酒とを交互に見遣り。
「酒粕。酒の、粕。酒に酒の粕を入れるとは、また面白い事をするねぇ。それがまた美味しいのが、凄い。」
今日もまた、人の子の知恵に、不思議に、驚きを見せる妖怪。
そして今日もまた詳細は判明しないままだが、構いやしない。
今こうして美味しいお酒とおでんを味わっている最中なのだから。
更には何かと上手を取る貴方を、からかってみせられたのだから。
咳払いをアテにまたひと口酒を流し込むと、今度は貴方が己の仕草を真似てくる。
肉は薄くも柔く滑らかな頬。貴方の指が軽く埋まれば、ぷくっとその頬を膨らませて対抗してみよう。
そうして遊ぶ間、馬鈴薯を半分に割って熱を逃しつつ、妖怪も牛串を齧り。
「そうだ、テイラー。あの三味線、持って帰ってしまったけれど良かったのかい?」
ふと、思い出したのは先日のこと。
散々飲んで湯を楽しんで寝て起きた其処に、置かれていた三味線一棹。
貴方が用意してくれたそれを、妖怪は今もずっとその身に抱えていて。
■テイラー > 隠れているけれど、目元の撓みに窄まりに瞳の位置や輝きに、目立ちはしないけれど、体躯の動きや手付き、彼女は存外解りやすい。
言葉以外を読むのは得意とするところではあるが読心術なんて本物の術を使わなくても、すらすらと、あれよあれよと……
だからか伝えたつもりで伝え忘れる事がままあり『音』や『結界』のこともそうだと気付けばそのうち耳打ちでもしようか。
後で話すよ、と、今は言っていてそのまままーた忘れる可能性も結構ある。
「冬のおでんは格別だけれど夏のおでんも乙なものだよ?
暑いの、ああ、苦手そうだが騙されたと思って来てみるといい」
今はまだ肌寒い風を熱々のおでんで暖めつつ冷酒で冷ます楽しみ方があるけれどこれから先は暑い中熱いものを食べたあと思いっきり冷やした麦酒を煽ったときの爽快感もこれまた癖になる。
麦酒で、云々は『その時のお楽しみ』と悪戯を思い付いた子供みたいにニヒヒと八重歯を覗かせて笑った。
暑さには、雪女並、は言い過ぎにしても弱った様子に、
「夏本番は俺も苦手だなあ。
どれ、もうちょっと暑くなってきたら避暑地でも紹介しようか。港湾都市の件もある」
相変わらず、隠れていても垂れた眉尻はきちんと見付けて、“旅行”の件もそうだがもう幾つかご提案と指を立てたりもしながら。
その指がついでとばかりに辛子とお酒を彼女の視線と左右反対に揺れて、試してみたら? 何て。
「んふふふふふふっ」
お口とおでんの格闘も、してやったりの様相も、やられた! と、わざとらしくも眉を釣り上げたものだが……
指がふんわりと白頬に埋まる感触とそれに子供っぽく対抗してぷっくり膨らむ様に直ぐに笑顔へと戻っていく。
見せかけの不機嫌さとあっという間に戻ってくる上機嫌さで忙しい口が大きく開き牛串を一口で一串まるごと頬張った。
肉の食感と出汁の旨味と油の甘味を一緒くたに飲み下して、これもおいしい、と。
「うん? ああ。あれ。勿論。枢さんのために用意したからね。
また何か不具合があれば持ってきてくれ、直すから」
どうにも随分と大事にしてくれているらしい贈り物。
今はどう仕舞われているのか其処に姿はないが、じっと、黒眼鏡をずらして彼女の懐を僅かばかり見詰めたあと、
今更返せなどと言う筈もなく頷いてはアフターケアの申し出までセットになって出てくるぐらいだ。
■枢樹雨 > 貴方が教えてくれた、貴方が扱える"仙術"というもの。
それが何を行えるのか、教えてくれるのであれば妖怪は興味津々と耳を傾けるだろう。
しかし語らぬとて、きっと機嫌を損ねたりはしない。
それは貴方が、妖怪の知らぬものを次から次に、教えて与えてくれるから。
今もまた、来たる夏への憂鬱を払拭する様に、貴方は餌を置いてくれて。
「暑い中、熱いものを?よくよく冷えたこの酒ならば、いくらでも欲しいけれど。」
まだまだ半信半疑。そんな馬鹿なと信じられぬ思いと、貴方が言うのならばという信じられる思いと。
しかしお楽しみとお預けを喰らってしまえば、好奇心旺盛な妖怪は黙っていられない。
「また来る」と、貴方に、そして店主にも告げ、ほくほくの馬鈴薯をはふはふと熱逃しつついただき。
「ん、そう、港。その避暑地とやらも、港の方にあるのかい?それならば是非、連れて行っておくれ。
できれば暑さが厳しくなる前に。暑いのは、どうにも好かない。」
まだ夏本番を迎えてもいないというのに、辟易とした様子を見せる妖怪。
淡々と抑揚のない口調のままに、トーンの落ちた声音がそれを示すか。
…と、辛子を薦められるなら、少々躊躇った後に貴方を真似て、箸で軽くすくった辛子を口の中へ。
ぴりぴりと舌を刺激するそれ。けれど辛味だけでないのは、店主が拘って取り寄せ、擦ったものだからか。
辛味広がる口内へ米酒を流し込めば、広がる酒精と和らぐ辛味。交じり合うそれを飲み込めば、
また違った味わいと香りが鼻を抜け、新しい境地に無言でこくこくと頷き貴方を見つめる。
美味しいと。これはいけると。言葉にせぬまま視線で語って。
「弦も、朝起きたら直っていた。いつの間に直したのか…。」
確かに、己の手で、己の持つ撥で弾け切れた弦。
起きて傍らにあった三味線のそれは直っており、その時の不思議な感覚を思い出しては黒に隠れた貴方の双眸を見遣る。
そうしておもむろに何かを抱えるように、腹の前で右腕で半円を作ると、其処に黒い靄が現れる。
その靄からひょこり覗く、三味線の天神部分。次いで1の糸巻きから3の糸巻きまで覗かせるも、それ以上は見せず。
「湖の闇の、物語。三味線、しまってくれているんだ。」
■テイラー > 彼女は、聞くのが上手い、詳しく語れるものでも聞き齧りのものでも何でもよく頷いてくれる。
一部ちょいと危ういところもあるがそこはこんこんと根気強くいかねばならないところもあるけれど……
教え上手と自負できるわけでもないが世話焼きをついついしたくなるところがある。今もまた、である。
「夏になればきっとわかる。
俺と枢さんは味覚が結構合うみたいだからきっと気に入るよ」
夏の熱々おでんが夏の酷暑の憂鬱さを吹き飛ばしてくれる。
成る程おかしな言い回しだが興味をしっかり惹けたようで、
悪戯っ気な笑顔は彼女にも向くが店主にも向いた。
店主は……その笑顔にというかお得意様二名に漸く僅かに顔の険が取れたような具合に頷いていた。
「港のほうはやはり海辺だけあって幾らもましさ。
実はね? 王都の近くにもあるんだ、ふふふ……
旅行の前にそっちを先に紹介することになるかもしれないな」
水遊場のある方角をほんの一瞥だけくれる。
去年はあすこの他に別途の避暑地も催されたが今年はどうか?
其れに関しては運も絡むが少なくとも一つは案内できるだろう。
これもまた、お楽しみ、と夏に向けての秘密を作っておいた。
「そうだろう、そうだろう。ここの辛子は辛子一つも一味違う、まぁ他のところでやるのはお勧めしないけれど」
辛子も山葵も質のよいものを揃えて腕のあるものが調理したあと更に一工夫で辛味が一味も二味も変わっていく。
うっかり他のところで試さないように、とは、釘を差しておくのも忘れずに加えて、珍味もお気に召した様子に満足げに頷いて。
「楽器全部は言い過ぎだけれど弦楽器なら俺の得物もそうだからお手の物ってね」
彼女がぐっすりと眠っている間にこっそりぱぱっと修理と得意気に指をパチンとスナップ。
視線がふと下ったのは何がしかを何もないのに抱える風にしたから首を傾げた、ものだが、
其れも束の間ほほうと感心したように声を上げたのは何処からともなく生える三味線の一部を見遣ってだ。
じっと、見ていても、まじまじと、見据えても、よくわからない深く蕩けるような黒がり……
「な、る、ほ、ど」
彼女の物語は彼女が語るほどに現世に干渉する。
原理も術理もわからないがこれもそれの応用と知れば顎に手を添え感心しきりの声を上げるばかりだ。
■枢樹雨 > 夏になれば…。
気が付けば、早く雪が見たいと思っていた妖怪の気持ちが、手前の夏へと傾いている。
ともすれば、食欲の秋なんて言葉にも簡単に気持ちは靡くのだろう。
それは生まれたばかりの子供のそれ。
貴方が美味いと言うものがどれも美味しかったのは事実であり、半信半疑ながらも妖怪は頷きをひとつ。
夏になったら教えてと、しっかりお強請りも添えておき。
「水が近ければそれだけ涼を得られるか。
森の中の澄んだ泉も良かったが、広大な海もまた、涼やかな風を運んでくれるのだろうね。
―――都の近くに?それは良いね。時間をかけずに涼みに出掛けられるのだろう?」
王都の近く。己が見つけた泉はメグメールの森の中だったが、貴方が言うには催しも伴う可能性があると言う。
となればいったい何処になるのか。
まだ見ぬ地に、好奇心は擽られるばかりで、それだけでお酒が進んでしまう。
おでんほ程良く冷めてくれば箸も進み、がんもにかぶりついてはじゅわりと口内に広がるお出汁に舌鼓を打ち。
「此処の辛子だから、美味しいということかい?でも、もしかしたら他所でも美味しい辛子を出しているかもしれない。」
駄目と言われても、好奇心擽るものがあれば手を伸ばさずにはいられない妖怪。
それっぽいことを言って、次なる辛子への布石を。
そうして痛い目を見るのは自分なのだが、痛い目をみなければ止まりはしないのだろう。
そうして再び店主へグラスを差し出せば、丁寧に注がれるにごりのお酒。
いつになくペース早くグラスが空になるのも、そのお酒の飲み易さ故だろう。
「君は本当、器用なことだ。ありがたく、この子に何かあれば頼ろうね。」
ほどほどにしか三味線を覗かせなかったのは、一応店主の目を気にしての事。
腕の中の靄は粒子状から、細い触手が絡み合う闇の絨毯へ変化していく。
すべてが深い深い闇色の為、よくよく目を凝らさなければ見えないが、触手は常に蠢き絡み合い、そこから不思議に三味線を覗かせている。
理論なんて存在しない、怪異現象のそれ。
"この子"と言って三味線を見下ろした妖怪は、グラスで冷えた左手で天神を撫で、そのまま優しく押し込む様に闇に沈めていく。
そうしてまたこの場から消えた三味線。同時に闇も霧散すれば、妖怪はまたグラスを口元で傾ける。
闇の代わり、妖怪の白い頬に酔っ払いの色付きが浮かび。
■テイラー > 夏の話題に花が咲く、秋にもまたこんなものがあって今度の冬にはこんな料理や遊びもあって、
と、季節ごとの“味わい”は数多にある分だけ話題がそれだけでも止め処無くぽんぽんと飛び出していく。
今宵の酒と肴は宿のそれよりもお気に入りになるほど良いものだから舌鼓に時折それも止まるが、
この組み合わせだと酒の味がまた……とか、この脂身は辛子と一緒にいっても……とか、云々と、
今だけでも新しい発見が次から次へと出てくるものだから止め処なくなるのも詮無い事か。
「ああ、あのあたりは気軽に出掛けられるから良いよねぇ、空気の美味しさって点ではあすこも一入だ。
馬車には乗るけれどそんなに掛からないから、おっと、馬車の乗り方もちゃんと教えないと……」
おでんを、いくつも出してもらってその度平らげ、グラスに注がれるお酒はもう何度目か。
「ぁ、こらこら、枢さん。まーた悪い癖が……」
もしかしたら、はある、王都は広い、もしかしたら他の店にもあるが手当たり次第に当たっていきそうな危うさが“それっぽい言い回し”で聡くも勘づいては人差し指を立てると彼女のお口にチャック、みたいな仕草で、またお母さんみたいな小言をちくちくと刺す。結局、下手な辛子に当たって悲鳴を上げそうではあるがそれでもちくちくと刺してみたりもしたり、
「いや、見れば見るほど不思議よな。やはりまだまだ俺も不勉強ばかりだよ」
夜だから、黒眼鏡を掛けているからという理由以上にどう見通しても見通せぬ“湖の闇”。
触手が絡まり合い蠢き合う、おどろおどろしさは、寧ろ見るなと訴えかける様でも有る、
このあたりは彼女のこと言えない好奇心が疼いたものだが彼女の視線を追えば……
店主の事もあるかと頷きを一つ返しては今のところは解明をお預けにしてまた酒を一献傾ける。
飲んで、注いで貰ってまた食べては話を挟んでを繰り返していると彼女もすっかり赤ら顔。
「っと、とと……」
己もすっかりと顔どころか耳まで赤くなってぐらりときた、あたり。
流石にこれ以上飲んだら送り届けるのも一苦労だがこれで宴もたけなわ、にするには、話は弾みすぎる、アテもついぞ美味すぎて、さて。
結局二人して酔いつぶれてしまったか、何とか千鳥足ながらも酔い潰れた彼女を支えて宿に戻ったか、は……
気付けば宿にいて朝を布団で迎えていたので記憶にもなく店主に後程聞いてみても相変わらずの黙りで、真相は、夜の更けほども闇の中になりそうで……――
■枢樹雨 > 貴方との時間は話題に事欠かない。
それはこ好みが合う故か、妖怪の幼子の部分と貴方の世話焼きの性質が合う故か。
そんなことに話題が及ぶのは、きっともっとずっと後の事なのだろう。
馬車の乗り方に、荷造りに、旅の買い出しに。教わることはまだまだある。
貴方の手の届かぬ所で痛い目をみて、それもまた次の話の種になるのだろう。
そうして気が付けば、妖怪の頭が右へ左へゆらゆらと。
鍛えられた二の腕にその頭を預けてしまえば、揺らいでいた事すら記憶の彼方。
むしろ赤ら顔の貴方を見上げ、「真っ赤」と指差しては、自分を棚上げしただろう。
その後はもう、いつもの調子。貴方の手を引いて気儘に夜の都を歩いたか、その背に乗っかって宿まで運んでもらったか。
なんにしても人に頼ることの上手な妖怪は、最終的に気持ちの良い顔で柔らかな布団に転がったことだろう―――…。
ご案内:「王都マグメール 平民地区2」から枢樹雨さんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区2」からテイラーさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 商業地区」にロイナさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 商業地区」からロイナさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区 商業区域」にロイナさんが現れました。
■ロイナ > 王都に数多ある、市場や商店が立ち並ぶ区画。
うち、平民地区の一角で一人の少女が、年若な店主と話をしていた。
「───そう。魔族の国で採ってきたんだけど、あたし別に要らないからさ。
こーいうの取り扱えば、案外客入りも良くなるんじゃない?知らんけど」
商売のことはわかんない、と開き直って手にした採取品を差し出す。
メグメールだと、恐らく危険な魔物が潜む領域でしか手に入らぬ希少性の高いものだ。
店主がつけた値に少し考えた後、くしゃくしゃとその碧い髪を掻き回す。
「……まぁ相場としてはそんなもんなの? いいんじゃない?」
任せる、と言わんばかりの口ぶりで品を露店の店先にぽんと置き、腕組みをする。
あとは誰かしら邪魔も入らなければ、恙なく取引は進行していくだろう。
「──昔よりは物騒でもなくなったと思うけどねぇ…」
メグメールはじめ、王都の外。
勿論今もなおタナール砦や前線では戦いが繰り広げられてはいるが、以前に比べれば少々…
魔族の国と王都を行き来している淫魔はそんなことを考えてしまうもので。
ご案内:「王都マグメール 平民地区 商業区域」からロイナさんが去りました。