2023/08/11 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にシァ・フゥさんが現れました。
シァ・フゥ > 随所から大通りへと渡っていく人の姿が伺える橋を遠目に、
整備された水の流れと音とを臨める川が傍にした喫茶店のテラス席。
朝日が昇って少しの頃合いだからか、
建物達が日を遮る立地や川の傍のおかげもあろうが暑さは鳴りを潜めて吹き込んでくる風も涼しい。

其処なテーブルの一席でコーヒーを前に新聞を広げる。
何処で何があったの何処其処で祭りがあるだの……
様々な見出しや文字の羅列に目を通しながら珈琲をまた一口啜る。

「ぁ。はーぃー」

涼を求めて、或いは、朝ご飯にと段々と人入りが増えて埋まっていくテーブルたち。
ご相席をお願いするかも、と、
店員さんに声を掛けられては間延びした返事をしながら新聞をまた一ページ捲る。

ご案内:「王都マグメール 平民地区」からシァ・フゥさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/広場」にマーシュさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/広場」にヴァンさんが現れました。
マーシュ > 神餐節によって、街の目抜き通りは普段よりもさらに熱気が満ちている。
開放的な気分にさせる夏の気候もまたそれに一役買っているのだろう。
そんな通りの待ち合わせによく使用される、目抜き通りの象徴ともいえる広場。こういった暑い日に涼を振りまく噴水からの細かなミストがそこに人を集める一因にもなっているのだろう。

そこにたたずむ女もまたそうやって時折頬に触れる涼やかなそよ風に心地よさそうに目を細めていた。

装い自体は夏らしいロングワンピース。
柔らかなリネンの夏生地を薄い水色に染めた生地。
袖口は二の腕の中ほどまでを隠す程度のケープスリーブなのが、当人には若干違和感が残るのかすり、と時折腕をさすっている。

「───…」

普段の装いに比べると、薄すぎて落ち着かない。
夏だし、本来はこれくらいでもいいのだろうけれど。

……人を待っている人の顔は皆似たようなものなのならば、きっと己もそうなのだろう。

『声』は定期的に届けていたけれど。……逢うのは久しぶりなせいで少し緊張している己に自嘲気味に目を伏せた。

ヴァン > 王城から続く中央通り、平民地区にある十字路の一つ。
広場の中央にある噴水はこんな暑い日には体感的にも、気分的にも涼しく感じられる。

男の格好はいつも通り、ジャケットにカーゴパンツ、そしてバンダナ。
似たような服ばかり着ているが、今日はその中でもお気に入りの組み合わせ。
十人が聞いたら十一人が「どこがどう違うの」とツッコミを入れそうな程度のものだが、男なりに気を遣っているのだろう。
方向性がずれている気がするが。

待ち合わせの場所につくとゆっくりと首を回し、視線を巡らせる。
ほどなく水色のワンピースを着た相手を見つけ、手を挙げて己の存在を示した。
普段と変わらぬ声色であるようにつとめながら、声を出す。

「やぁ。待たせたかな? ……お。その服は買ったの? いいね。似合ってる。
神餐節ももう少しで終わるけど、どう? 大変だったりしないか?」

久しぶりに会った女性は日常の装いとは違う、薄手の服を纏っていた。
あまり物を持たないと聞いていたから、最近手に入れたのだろうな、と考える。

マーシュ > 「───……ん」

視界に入る仕草と、ある種見慣れた姿に眦をわからない程度に緩めた。
変わらなさに安堵するのは妙な可笑しさも少しあるけれど。

視線に追随するように姿勢をそちらへと向ける。
待ち合わせの際のあいさつ言葉めいた問いかけには、無言のまま頭を振った。

「然程は。───いつものだと悪目立ちするので。間に合うようなら自分で誂える方がよかったのですが……。…………ありがとうございます」

こんな場所で、修道服でいる方が目立つのは自明。とはいえ着慣れているわけではないから落ち着かなさそうな仕草だった。
ただ、褒められるとやはりほっとしたように口許を綻ばせて応じ。

続く言葉にはどう返すべきかと曖昧な表情になるのはしょうがない。
表だった仕事は倍量だし、人の目に映らぬ部分の出来事も盛ん。
どちらのことも分かっているだろう相手の言葉だから余計にだ。

「……いつもより、奉仕活動は多いですね。チャリティバザーの取り仕切りなどもありますから、時折はその手伝いに立ちますけれど、大丈夫ですよ」

視線を広場から通りの方へ。目立った場所に出店している露店も喜捨などとして売り上げのいくらかを寄付してくれる店舗もある。
この時期忙しくない、という方に無理があった。
毎年のことではあるし──普段関わらない人が礼拝堂や、教会を訪ってくれる機会でもある。
あまり聞けない話を耳にすることができて楽しい時もあるのだと応じつつ。

「ヴァン…様は如何でしたか?」

翻って相手へと問う言葉を手向ける。
……装いに向けられる視線からどうにかして隠れられないかな、と少し居心地悪そうにしつつ。

ヴァン > いつもの、と言われて最初に修道服を、その後にワイン色のシャツと灰色のスカート姿を思い出した。
ちょっと失礼、と述べると顔を寄せる。

「リネンか。聖都に比べるとこちらの方が暑いから、いいと思うよ。汗もすぐ乾くし、丈夫だし」

欠点といえば光にかざすと透けやすいことだが、店で売っている物なら対策もしているだろう。
顔を戻すと一歩下がってスカート部を眺める。大丈夫そうなことを確認し、何度か頷いた。

曖昧な表情を浮かべる相手に、何かまずいことを言ったかなと首を傾げた。
聖都に比べると、退廃的な催しは比較的少ない方だ。
そういった暗部から彼女が逃れられているのは、ある種奇跡と言えた。

「うちも『一部の料理は売上の半分を寄付』ってのを期間限定でやってる。塩気のあるものが中心だな。
エールの注文量が飛躍的に増えたとか店長が言ってたな」

物珍しさに服に向けていた視線がまずいと気付いたか、相手の横に立って歩き出す。
問われた内容に図書館、名代の仕事を思い出す。神殿騎士としての仕事はあってないようなものだ。

「俺か? そうだな――夏になると学生と、暑さを逃れてくる信徒が増えるかな。
とはいえ、学生は本を読みに来る子達だからおとなしくていい子が多い。
信徒の人達も本に興味ない人は入口あたりの椅子に座って休んでるだけだから平和なものさ。
――ちょっと行きたい所があるんだ。すぐそこの公園なんだが」

マーシュ > 「────……」

視線から、逃げようとしたのに近づいてきた。

何か気になる事でも、とその視線の前に固まってきたのだが。ややあってからの言葉に、無言で首を上下に振った。

この時期の聖都に呼び戻されなかったのは、女にとっては僥倖だったんだろう、とはおもうが。
大っぴらにどこぞの貴族の部屋に呼ばれてゆく同僚を見るのは何とも言えない気分にはなるが、それについては口を噤むことにした。

「ああ、エールが目玉商品ですものね。店長さんはお元気ですか?」

独特の訛りで喋る彼女のことを思い出して小さく笑んだ。
いい年の己をちゃん付で呼ぶのは相変わらずやめてはくれないのだろうかとも思いだしつつ。

ようやく視線が外れると、ゆる、と緊張を解いて。歩き出す相手に追随するように歩を進めだす。
歩きながらの返答に、変わりない様子を耳にしながら、穏やかに目を細めて。

「ええ、かまいませんよ。そちらの方が落ち着くでしょうし」

職業上と言っていいのかわからないが、あまり物欲自体はない。
行き交う人を眺めるのも、品物を見るのも楽しいが、商業施設では身の置き場に少々困るから相手の言葉は己にとっても都合がいい。

それに公園なら木陰もそれなりにあって過ごしやすいだろうし。
ただ、公園といってもいくつか存在する。相手に目当てがあるのなら、その案内に従うことにはなるのだろう。

ヴァン > 多人数での交流を好まない男は聖都で行われていることにあまり縁がない。
ただ、この男と接点があることは彼女にとって幸いだっただろう。
今は大人しくしている身中の虫は何がきっかけで獅子の腹を食い破らんとするかわからない。

「たぶんあれはエール売るために意図的にやったな。……ちゃんと寄付してるか確認しよう。
相変わらず元気だよ。時々『ふられたんか?』って煽ってくるから、時々顔を出してほしい」

女店長は「ばれなきゃ大丈夫」を地で行く手合いだ。見届けないと不正をするおそれがあった。
続く言葉にどこか曖昧な笑みを浮かべているのは、二人の関係が依然形容しがたいもののままだからか。

数分歩いた先にたどり着いたのは、貴族の庭園を模した公園。
トピアリーに花壇、生垣の迷路に東屋。やや離れた所にカフェのテラス席が見える。
神餐節は教会に集まる人が多いからか、昼の暑いさかりだからか、公園に人影はほとんどない。
花壇の前に足を止めて、色とりどりの花を眺めながら口を開く。

「最初に会ってから一年近く経ったなぁ、って思ってさ。
どうだい? 俺が伝えられたことはそう多くはなかったが、主教をより深く知って」

最初に会った場所はここではないが、その場所へは仕事でなければ入れない場所だ。
一年ほど前に彼女が知っていた主教と今のそれは別物とは言わずとも、隔たりがあるだろう。
男はそれについての感想を求めているようだった。

マーシュ > 己のような存在は実に中途半端で。
信仰に殉じるというのならこういった行為をするべきではないと理解もしている。
自己矛盾は常に存在し、時折それが己に這い寄っていることも自覚もしつつ。
それ故に半端なままなのだろう。

それと、己が組する組織の腐敗は別物ではあるが。

「………っ」
笑うべきなんですか、とゆるく見張った双眸が瞬いた。
思わず綻びかけた口許を手元で隠して、訴えに対しては頷く。

「誤解されたままはいけませんし、また差し入れをもって伺いますね」

相手に浮かべられた曖昧な笑みに、こちらも返す言葉をどう表現するか考えあぐねるようにわずかの沈黙を経てから、手を差し出した。
色は白いが、別に淑女らしい手でも何でもないそれで、相手の手を取り、柔く握る。

互いの隔たりは確かにあるが、それは超えられないものではないと、思う。それを言葉にする代わりの所作で返して。

しばらく歩いてたどり着いたのは、シンメトリな貴族風庭園を意識して造園された公園だった。
歩きやすく、かつ歩きながらの目線で楽しめる高さに整備された花壇には、今が盛りの夏薔薇や百合などがテーマごとに集められて目を楽しませてくれる。

ゆったりとした足取りのまま、人気のない公園の中。
花壇の前で立ち止まり。花を愛でる様子で向けられた言葉に、軽く身をかがめてその香りを楽しんでいた女が居住まいを正した。

「そういえば……そうでしたね?」

己の首元を彩る装飾に軽く触れて、それから指を放す。
知りたかったかと言われたら、そのまま“目”を閉じていた方が幸せだったのかもしれない。

でもそうはならずに。不器用ながらにその中で己の在り方を見つけなおす時間でもあったか。

そんな重い問いかけではなかったのかもしれないが、少し己の中でそんな感情をまとめる沈黙を挟んだ後。

「………教会の在り方に、気づいてなかったわけではないんだろうと思います。不自然なことはたくさんありましたし、ただそこから目をそらして、見ないようにして、気づかないふりをしていたんだと。……その方が安全ですから、ね。」

困ったように眉じりを下げる。知った今でも立ち回りはそう変わりはしない。
知っているからこそ危うさに気づいているともいえるが──。それを踏まえての、己自身の、考えではなくて、感想というのなら。

「………それでも、私は、主教のもとで祈りをささげるのだろうと思います。ほかに何ができるわけでもありません。私の人生はそうあったし、それを変えるというのは難しい。……それに大事な方の安寧を祈る、というのは悪くはないですから」

ゆっくりと言葉を紡ぐ。
正しいかどうかに意味はなく、己が何をなしたいかが、大事なのだろうと。
……最後の言葉はわずかに悪戯っぽい色を表情の中に垣間見えさせての返し。

ヴァン > おそらく笑うところだろう。女店長が今月に入ってから帳面片手にニヤついている場面をもう何度も見た。
伺う、との返事には頼むと短く返して手を繋ぐ。こうするのもかなり久しぶりだ。

生垣に咲く花、花壇、よく手入れされたトピアリー。
男は花に関する知識はないが、美しいということぐらいはわかる。通り過ぎるだけだった場所も足を止めれば発見が多い。
今回もそうだ。マーシュの振る舞いに続くように軽く身を屈め、はじめて花の香りに気付く。感心したように香りを楽しんだ。

「どこかおかしい、けれど自分に害はない。あるいは、多少不便はあっても自分の居場所だ……と。
俺もそうだ。昔、部隊にいた頃はそんな感じだった。思っていたより早く、その終わりは訪れたが」

唐突な問いかけにしては重い内容だ。今は人影がないので問題はないが、場合によっては信教を疑われかねない。
教えではない部分への教会批判はまだ許されている。言葉が選ばれるのを男は大人しく待ち、聞いた。
その後に言葉は彼女が多くを知った中で決めたこと。最後の言葉の意図を読み取ったか、やや照れくさそうにした。

「それで良いと思う。ただ一つの道しか知らないからその道を歩むのと、いくつかの道から決めるのと。
同じことに聞こえるかもしれないが、違う。そこにはマーシュの意思がある。
あぁ、そうだ。それと――」

何か思い出したのか、生垣の迷路へと向かう。
記憶を頼りに歩きながら、花壇を眺められるベンチの背中を見つけた。以前、多くを語った場所。

「……確か、一年前は二人して迷ったんだよな」

そう大きな迷路ではない。天候が悪かったこともない。なのに何故己はこんな所で迷ったのか。
――彼女と少しでも長く一緒にいたかった、単純な理由だ。今はそんな小細工をする必要はない。
ベンチへと向かいながら掌大の小箱を取り出して、受け取るように促した。

「渡すのが半年ほど遅れてしまったが、万愛節の贈り物。クッキーだ。――あぁ、この前焼いたものだから大丈夫」

その後に鞄から小さな包みを取り出し、小さなクッキーを摘まむと口に含んでから頷いた。
味が落ちていないか、同じものを食べて確認しているのだろう。

マーシュ > 挙措として、ただ手を握るだけ。
それだけのことではあるが、重ねた時間によってそれなりに意味が生まれているといい。

己の仕草に倣って花に顔を近づけて、そこで初めて薫りの違いに気づいたらしい表情に静かに、花首をそちらへと手向けてより楽しめる様にしてみたり、と穏やかな時間を過ごしつつの会話。

他の耳がない場所だからか、その内容自体はそれぞれにとっての重さがある。
無言のままに頷いて、それから己の言葉の意図に気づいたらしい相手の表情の変化に言葉はないまま満足そうにしている。

「はい、今は、自身の意思だといえると思います」

以前はそれしか選択肢を知らなかったといっていい。
ただ、それに続く言葉と誘いに訝しそうにしつつあとについて歩いた。

薔薇の生垣で作られた迷路は、己がまだ出向間もないころに迷い込んでしまった場所だ。
見覚えのあるベンチの場所までたどり着いて、静かに瞬いた。

「ええ、迷ってしまって───ヴァンがいらっしゃって、出られる、と思ったんですけど……」

結局二人して彷徨うことになったのだ。
今思い返すと少し気恥ずかしい、と目を伏せる。

「………?」

向かいながら差し出された小箱に不思議そうな目。
別に何か特別な日、というわけでもないと思うのだが──と訝しんでいたのだが。

「………………──え」

縁がないのと意外なのと、相手が焼いた、という何処から驚けばいいのだろう。
それと、自分に用意がないのにも狼狽える。

辛うじて、受け取りはしたものの、そのまましばらく固まって、俯く。
じわじわと熱が宿る頬を隠す様に、無駄な抵抗をしながら。

「うれしいのですけど、私の方に用意がなくて。その、こういったものを頂くとは思ってなくて、ですね……」

「…………どう、したらいいですか」

弱り切った声音が、最終的に相手に助けを求めることになった。

ヴァン > 花首を向けられ、香りの強さが変わるのに目を見開く。
男自身が花に触れると傷つけてしまいそうなので、少し動きがぎこちない。

「……良かった。去年の選択は間違ってなかったようだ」

訝しそうな顔には大したことじゃない、という半笑いの返答。この男にとって、ということで信用はできないのだが。
二人して彷徨った記憶を思い返す。最後の方、彼女はジト目になっていたような気がする。
ベンチに腰掛けると、鞄をベンチの端に置いた。
小箱を渡した後、うろたえた姿には落ち着くように両手でなだめるジェスチャー。

「2月から時々菓子作りをしてるんだ。保存の魔法を使っても1か月程度しか保たないからね。やっと渡せて良かった。
これは『味が落ちてないか渡す前に確認しろ』って助言をもらったから、確認用」

確認用と言って小さな包みを広げる。リーフ型のクッキーが1つ、砂糖か何か小さな結晶がキラキラと輝いてみえる。二人の間に包みを置いた。
女が俯いた様子に、不思議そうに顔を覗き込もうとする。

「あぁ……荷物になってしまうか。紙袋とかなかったかな……どう、というと?持ち帰って食べてほしい。味は……それなりの筈」

用意がない、という言葉を持って帰る方法がない、と誤解したのか。鞄の中に役立つ物がないかと背を向ける。
助けを求めるような質問については、男は背を向けたまま正直に思っていることを答えた。

箱は紙製だが装飾などもされており、男が誰かに頼んだろうことは容易に想像できる。
箱には小さな紙片がついている。メッセージカードにしては小さすぎるし、男は気付いてないようだ。

開くと一文と、薬学や数学の本にあるような計算式。女性が書いたような筆記体。

『確認用のクッキーは正直になるおまじないつき』

マーシュ > いったいなんの、と思ったが、それよりももらった小箱の方に意識が傾いてしまって落ち着かない。
よっぽど己の挙動が不審だったのか落ち着くように促される始末で余計にいたたまれなくなったが。

「あっ、いえ、いいえ……信用してない、とかではなくてですね。」

礼すら伝えられてないことに思い至って余計に慌てた。
味の確認に、と広げられた包みの中にはリーフ状のクッキーが甘い香りを漂わせている。飾り付けられた砂糖の結晶が表面を彩って凝った印象を添える。

「ありがとうございます。とてもうれしいんですが、そういうことじゃなくて……えっと。万愛節のお菓子なら、私も何かお返しした方がいいんでしょうけど、何も持ってきてなくて申し訳ないというか、そういったことに思い至らなかった自分が不甲斐なくて、というか、ええと、その」

何をどう答えても答えがおかしくなる気がする。
若干の混乱を生じさせつつ、ふと、手にした小箱に添えられたカードに気づいた。

添えられた内容に首を傾ける。
そのいかにもな内容は、彼が雇っているとある女性のにんまりとした表情を思い起こさせたが。

「……?」

正直、といわれても。クッキー入りの小箱と、贈り主の顔を見比べて
戸惑いつつも、口を開く。

「………お礼がしたいのですけど、ヴァンがうれしいことを教えてもらっていいですか?」

己の感情を包み隠すのが上手な相手はめったに直接的なことは己に伝えない。
そのことはわかっているから、だからそう聞いてみた。…それでカードの内容が正しいかどうかもわかる気がして。

ヴァン > 去年このベンチで話した内容。『情報と代価』のやりとり。
男がしたことではなく、目の前の彼女の選択が結果として正しかったことへの安堵の言葉だろう。

「ん? あぁ……そうか、お互いに贈り合うものだったか。いや、それはいいんだ。何せ半年も経っているだろう?
俺はずっと渡したいと思ってたから覚えてただけで。マーシュに渡せて、受け取ってもらえて、それだけで嬉しい」

特段、会話に変な所はない。普通のやりとりに聞こえるし、通行人が聞いたとしても違和感は感じないだろう。
ただ、その発言の主がこの男でさえなければ。
向き直った男は相手が持つ小さな紙片に目を留めたが、首を傾げて視線を藍色の双眸へと向けた。

想像通り、こんなことをするのは1人しかいないだろう。悪ふざけが好きそうで、マーシュに対して好意的な人物。
ついでに、この男が困ったりするのを愉しみそうな女。

「お礼? そうだなぁ……嬉しいことは色々ある。夜に『声』のやりとりをすると心が和む。
こうやって会えるのもそうだし、二人で色々なことをするのもそうだ。部屋とか職場とか宿とか……。
ただ、そうだな。これから聞く質問にイエスと答えてくれるととても嬉しい」

男は立ち上がると女の前で左膝をつき、右手をとって言葉を紡いだ。
一陣の風が吹き、周囲に音が届かない。

「――――――――」

マーシュ > 「────」

僅かに息をのむ。
言葉や態度はごく自然だし、無理やり引きずり出されているような言葉ではない。
それ故にそれが怖い。

……彼女を恨むべきか、褒めたたえるべきか、この場合は如何したらいいのか。
発覚した後雇用条件が不利にならないといいのだけれど。


己が手にした小さなカードに目を向けられる。
そこで問いただしてくれてもよかったのだけれどあまり気にしてないのか視線がこちらに向けられた
後ろめたさに思わず背筋を正してしまったのだが。

彼女なりの後押し何だろうかと惑いつつ。
こちらの問いかけに返される返答に、ああぁ、と脱力してしまいそうになる。

ただ、それらとは趣を異にする言葉に視線を上げた。

「────ま、……っ」

己の前に膝をつく、姿。
その礼は己には相応しくないと止めようとしたのに、手を取られて動きが止まり。

怯えたように指先が跳ねるのは、届けられた音に対して分不相応なものを感じもするからだ。

「────」

クッキーが、本当に必要だったのは自分なんじゃないかとすら思う長い沈黙。
ぐ、と懊悩に眉間に皴が刻まれる。
彼我の立場や、そうやって互いをそこに置くことへの危惧。
そんな雑音めいた思考を一つ一つ取り除いて。


「………、……………………──、はい」

絞り出すように小さな声音が返事を返した。

ヴァン > おそらく、本来の男はこうなのだろう。
普段の掴みどころがない姿は意識してそうしているのか、長年の経験がそう変えたのか。

「……恥ずかしくはあるが、本当のことだ。誰も聞いていないから大丈夫かな、と思って」

二人で、のくだりについてややはにかんだように笑う。
正直ではあるが、状況を把握して答えることはできるらしい。リーフクッキーの表面の結晶は本当に砂糖なのだろうか?

前にも一度、彼女の前で膝をついたことがあった。
親との不和を解決する契機となった言葉。天邪鬼な男が素直に助言を聞き入れ、男の中での懸案事項が1つ解決した際のことだ。

長い沈黙。深く青い瞳に、僅かに不安の色がよぎった。
表情の変化を見逃すまいとじっと見る。小さな声を聞くと男らしからぬ安堵の息が漏れた。
額――バンダナか――を軽く女の手の甲へと押し付けると、ゆっくりと立ち上がった。

「……良かった」

隣に座りながら淡く微笑む。普段と同じようでいて、違うのは――目元か。
どこか少年のような幼さを感じさせる瞳。普段は老獪さで塗りつぶしているのだとわかる。
男は鞄に入っていた小さな紙袋を渡すと、クッキー一切れが載せられた包みを丁寧に包んで鞄の中にしまった。

「なんか……安心したら一気に力が抜けたな。少し、寄りかかっていいか?」

マーシュ > 正直、女の許容値を超えることが起こりすぎていて、よくパニックに陥らないものだと我ながら思う。
実際はもう、思考停止の域になりかけているのかもしれないけれど。

おまじないのかけられたクッキーは、彼が糊塗した己自身を鎧うものまではぎ取ったのだろうか。
はにかんだような表情に、どんな表情を浮かべたらいいのか、わからなくなってくる。

一枚残ったそれを口にしてしまったら、何もかもそこに預けて楽になれるのかもしれないけれど。
でも────なんとなくそうするのは嫌だ。

こうして、騎士の礼を取られるのは二度目だ。
あの時もやはり狼狽えはしたけれど、今ほどじゃなかった気はする。
彼の問題が片付いたお礼、ということだったし。

己の返答を待つ間の緊張を帯びた眼差しが、弛む。
手の甲にさらりとした布の感触を残して立ち上がった相手が傍らに腰を下ろすと、少しだけこちらも肩から力を抜いた。

「~~~~………ぅぅ、はい」

穏やかな笑みと、安堵したような声音。どれだけの緊張を強いていたのかわからないが罪悪感に苛まれ。
紙袋を渡され、その中に大切に小箱は納めたが。
残された小さなカードは無言のまま相手に差し出した。
効果がどこまで続くかはわからなかったし、後、己の良心に従うことにする。
雇用主と被雇用主の関係がどうなるかは一抹の不安がよぎるが。

それを受け取ってもらってから、の言葉に素直に頷いた。

「かまいませんよ。……汗臭くても許してくださいね」

ようやく冗談めいた言葉を告げられる。
でも、それよりも。

「─────ありがとうございます」

幾度となく口にしたかもしれない言葉ではあるが。
女なりの想いを返すように。
面映ゆそうに双眸を細めて、淡く微笑んだ。

ヴァン > 人間は冷静さを欠いている人を見ると、逆に冷静になるという。

再度のはい、にくすりと笑う。
知り合って1年、歳の割に成熟してみえる彼女が時折漏らす声を可愛らしく思う。
カードを受け取ると、小さく「おまじない……?」と呟いた。よくわかっていないらしい。
首を傾げて胸元の聖印を弄る。神殿謹製の多機能なそれは男が望まない状態異常を受けた時、電流を流して正気に戻す力がある。
マーシュから渡されたものなので丁寧に畳んで胸ポケットに入れた。

「汗? 構わないよ。好きな人のならなおさらだ。舐めたっていい」

正直すぎるのも考え物かもしれない発言をさらっと言う。
ありがとう、の声には、少し不思議そうな反応を返した。感謝されるような事を言っただろうか。
淡い微笑みには嬉しそうな表情で返す。唇を一瞬だけ重ねる。
少しだけ凭れかかり、頭をこつん、と押し付けた。座高の差は男がややだらしない格好でベンチに座ることでなくなっている。

「……俺が復讐のために生きてる、ってのは去年ここで話したんだったか。
それの目途がついてね。あと3人だ。終わった後のことを考えたら、マーシュの顔が頭に浮かんだ。
道の途中で次の事を考えるのはおかしなことなんだろうが――抑えられなかった」

あと3人、というのは復讐する対象の数だろう。
相手の手へと己のを伸ばし、柔らかく握る。掌の感触を確かめるように指先を絡め、滑らせる。

マーシュ > 背伸びをしているわけではないが、感情を表に出すのは不得手。
また、そうしないのも修養の一つ……だったのだが。相手によって時折それが引きはがされてしまう。

相手の笑みが、己のそんな普段から崩れたように向けられていることがわかっているから余計に気恥ずかしさも募る。
渡したカードの内容にいまいち理解が及んではないようだが、その筆致が誰のものであるかを考えればおそらくは最低限の対処はするのだろう。
解毒の類は彼自身もできたように思う。


「っ!?だ、めです…!?」

しれりととんでもないことを発する相手に声を上げた。
何を言うのかと及び腰になるまえに、距離が重なった。
───耳目のある場所で、とは思うが今更な触れ合い。一時のそれで済んでいるのならばまだかわいらしいものだった。
額を合わせた相手が、なんに対しての感謝かを図りかねているようなら、改めて言葉を編んだ。

「……あなたがいなかったら、私はまだここにいられたかはわかりませんし」

言葉通りの意味だ。一年前、彼の言葉を信じて教えを請うていなければ。
憂き目に己は食い潰されていたかもしれないし。

もたれかかる相手の重みを支えるようにこちらも軽く身を傾がせて、言葉を交わす。

「────まるで物語の終盤のようなお言葉。いえ、貴方にとってはそうなのかもしれないですが。」

ならばそう、気を付けてくださいね、とも。軽く冗談めかした言葉に、己の危惧を乗せ。

手を取られるままに任せ、指を絡めあう。
彼我の体温が重なって溶け合うのを感じながら。

「あなたの納得のゆくものがその先に得られますように」

復讐の正誤を問うなんてことはしない。正しさはその人の中にしかない。
─────ただ、己という存在がそれを阻む重石にならなければいい。

ヴァン > 「さすがにここではしないさ。誰かに見られるかもしれないからね」

感謝の言葉、その意味について言われると納得したようだ。
1年前、彼女を白い兎と評した記憶がある。主教の暗部だけではない。街自体も歩き方を知らねば危険な場所だ。
命を奪われることはなかろうが――心穏やかに生きていられたかはわからない。
それだけ獣は溢れている。男も一匹の狼だが、それはそれ。

「そうだな――無事に済めば、次の章が始まるさ」

触れる体温、微かな汗。ずっと触れていたくなる熱の重なり。
近しき者の存在は時折枷となることもあるが、それ以上に力になる。
男は微笑み――そして、目が泳ぎ出す。自分が何をして、今こうなっているのかをようやく認識したようだ。
おまじない」の効果はそう長時間続くものではなかったらしい。

心の奥底に押し込めていた想いを曝け出したことに対する羞恥――この男にそんな感情があったことが驚きに値する。
いつも通りの表情を浮かべているが、耳が真っ赤だ。よく見ると頬も少し赤いのは、夏の暑さのせいではないだろう。
指を震わせながらなんとか胸ポケットに入れたカードを取り出し、時間をかけて開き、文言を読む。何度見ても変わらない。
最後に、諦めたように笑った。まったく、と呆れたように付け加えて。

「マーシュ、さっき見えたテラス席のあるカフェで軽く食事をとろうか。それとも、もうちょっとここにいる?」

もう少しこうしていたいという思いと空腹感。相手も同じの筈だ。
結局どうするかは彼女に委ねることとして――。

マーシュ > 「……………」

これは本音といっていいのだろうか。
余計なことまで知ってしまったのかもしれない、と思いつつ。

秘していたかったのかもしれない言葉を引きずり出してしまった代償はそのうち受け取ることにしましょう、と思う。
───今はその、心地よいぬくもりを感じながら。

「────」

微笑んだ相手がふと、何かに気づいたように視線をさまよわせだしたのに気が付いて軽く眉を上げた。
なるほど、どれほどを摂取したのかはわからないが、さほど持続時間はなかったらしい。
このまま一晩変わらないようなら彼女の前に彼を引っ張っていかねばならなかった。

───それとは別にして。
白い肌に上る朱の色は、決して暑気のせいだけじゃないというのがよくわかる。
表情自体は変わらなかったし、頬もさほど変化はなかったが、耳の縁の染まり具合にふ、と笑みをこぼした。

動揺を指先に宿した相手が先ほど渡したカードを取り出して、改めて目を通すの見守る。
何度も読み返してから、諦めた様子にそっと言葉をかけた。

「私にとってはとても有意義な時間でした。……そうですね、そうしましょう。でも、もう少し──」

繋いでない方の手を伸ばして、サラ、と相手の耳朶に触れる。
その熱をなぞるように指を滑らせて──。

「その熱が冷めてからにしましょう?」

声音は酷く楽しそうに弾んでいた───。

ご案内:「王都マグメール 平民地区/広場」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/広場」からマーシュさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区「BAR」」にキールさんが現れました。
キール > 男の仕事も終われば後は寛ぐ時間。
静寂を邪魔しない程度の音楽、囁くような声。
そんな静かな雰囲気の中男はカウンターの席に腰を下ろし、静かにグラスの中のウィスキーを煽っている。

強い酒精が男の喉を焼き、食道から胃へと流れ落ちていく。

キール > 摘みのナッツを一粒指で挟み、口へと放る。
歯で挟み、噛みしめればカリッと小気味のいい音が起ち、砕ける。
口の中に広がる香ばしい香り。
ナッツの甘みを味わいながら、かりこりと味わいウィスキーをさらに煽り一息。
濡れた唇親指で拭い再びナッツを一粒。

キール > 外から入ってくるならず者も男がちらりと視線を向けるだけで、店の外へと出ていく。

男はそんなならず者に興味も無く一息つき、グラスを持ち上げ中の褐色の液体を煽る。
ふむと、小さく呟きながら空になった摘みの皿、今度はドライフルーツを注文。
出て来れば酸味の強い果実を口の中に。
酒の甘さをさっぱりとさせる果実の酸味とほのかな甘み。