2017/04/05 のログ
■ルーク > 「そうですか。しかし、例え声を掛けられたとしても付いていくことはありませんので、ご心配には及びません。」
どれだけ事務的な、無感動な答えをルークが返しても彼はめげずに褒める言葉を投げかけてくる。
恥じらったり、喜んだり、そういう感情が伴ってこそ相手とのキャッチボールというものが成り立つのだろうがそういった感情が未発達のルークにとって、最も苦手な会話かもしれない。
淀みなく、事務的な返答が変えるもののこれが主の意に沿うものなのかどうか分からない。
今までとの勝手の違いに、やはり困惑の気配がにじみ出てしまう。
「奴隷は奴隷としての立場や役割があります。国としても、奴隷がいる事で成り立っている部分が多く、ミレー族という生まれながらに奴隷の立場というものは国にとっても必要かと思われます。…が、王都よりも、此方の集落のほうが活気のある空気が流れているように思われます。」
彼の行動の原理、信念の根幹部分。
それがミレー族への思い。その為に自身を殺し祟り神となる道を選んだことも情報としては知っていた。
駒として生きる自分への態度にも、それは現れている。
ミレー族が奴隷という立場にあることに、疑問はなく奴隷は奴隷としての立場と役割があると、彼の質問に答えつつも威勢良く客の呼び込みの声を上げるミレー族をみやってそう付け加える。
「……甘い香りが混じっていたので、香りのもとを辿りましたが。」
鼻腔をくすぐる甘い香りに、無意識に視線がいったがまさかその視線に気づかれるとも思っておらず、見た事を指摘されてほんの僅か、驚きを表すように瞳が大きくなる。
他人から見れば、殆どないようなルークの変化を、彼はこうやって言い当てることが多くなってる。
驚きの表情の変化も恐らく、他の者にわからない程度の変化しかなく、けれど彼には伝わってしまうのだろう。
「有難うございます…。」
こうやって、何かを与えられるのも初めての経験。
手渡される竹の器を両手で受け取ると、小さな声で礼を言って。
なんだか分からないが、またほんの微かに胸の内を擽る感覚が生まれる。
しぼりたての林檎の果汁は、甘い香りを鼻腔へと届け口をつければ、爽やかな甘みが舌に広がる。
食事など、栄養がとれれば問題なく頓着した事もないが広がる甘みは優しく体に染み込んでいくよう。
「はい。問題ありません。…同じ国の中でも、此処は随分と違いますね。」
器を持ちながらでも、人にぶつかることもなく歩けば娼館の立ち並ぶ方へと差し掛かる。
王都では、無理やりその身を売られ使い潰される娼婦も少なくはなくどこか悲壮感が漂う娼婦も多い。
もちろん、そういう商売が好きで行っている者もいるが搾取される側なのには違いない。
しかし、客の呼び込みをする娼婦たちにも、やはり此処は活気があり明るさが見られる。
買う男からしても、そういった明るさは癒しの一つになるのだろう。
国の暗い一面に関わることのほうが多かったルークにとっては、そういった光景一つ一つが珍しくまた一つ感想を零しながら組合の門へと近づいていく。
■アーヴァイン > それは安心だなと、楽しそうに微笑みつつ頷いた。
まだまだ感情が追いつかないものの、彼女なりに考えているなら、今はそれでいいと思っている。
自分が一つ一つ教えては、彼女の成長にならないからだ。
だからか、困惑する様子にも微笑んでいるが、彼女にはあまりない経験なのだろう。
「確かに…諸外国の歴史においても、奴隷は存在したし、今も現存し、国益に当てているだろう。だが、人外と踏みにじる事で大きく発展した国は、滅びるか、解体されているのもよく目にする。どれだけ隷属させようと、自我を持つ人型はどうあれ人だ、望まぬ存在になど成りきれない。 そうだな…身分は変わらないが、自身に価値を見いだせている。それは生きる理由になるからだろう」
彼女の言葉を否定せず、こちらの情報と共に答えを伝えていく。
そうあれと覚え込まされただけかもしれないが、それでも絶対でないと知るならば、彼女にも考える余地が生まれるだろうと。
そして、疑問にも笑みで答える。
客引きをするミレー族もいれば、屋台で料理の腕を振るうものもいるし、裁縫や工芸品などの手際を見せつける者もいる。
存在に価値を持たせることで、自信と共に笑みと、活力が満ちているのが、王都と集落の決定的な差だろう。
「なるほど…ルークも心地よい香りが好きなんだな? 良いことを一つ知った」
彼女の僅かな驚きにも、何度か頷きながら微笑んでいる。
最初の頃こそ、微差過ぎて中々気付きづらかったが、今はしっかりと注意すれば見つけられる程度に目が良くなった。
御礼の言葉に、礼には及ばないと笑みで答えれば、再び歩き出す。
「衛生管理が確りしてるからな、病気持ちは仕事ができない。必然的に娼婦を大切に扱いつつ、稼ぎを出すなら高品質提供になる。付加価値を高めて、割に合わせてるから店主も娼婦も実入りが良くなる」
王都の貧民地区の娼婦宿だと、読み書きできない少女に酷い契約書でサインさせ、こき使うなんて事はよくある話だ。
その辺のパワーバランスを崩しつつ、質を上げるように促した結果だと説明していく。
身にまとっている衣類も、夜会にいる貴族の令嬢…とまではいかないが、それなりに着飾った物も多い。
集落を一通り説明しながら歩くと、目的地の組合施設前にたどり着く。
門の前まで歩いていくと、歩哨として魔法銃を携えた少女達が二人、警備にあたっていた。
何時も違う格好に目と髪の色も違う彼に、一瞬警戒する様子を見せるが、二人に組合証を見せると、ぱぁっと嬉しそうに微笑み始めた。
お忍びだからと、微笑みながら唇に人差し指を当てると、二人は頷き、ニヤけそうになるのを堪えて、門の両端に戻っていく。
「さぁ、入るぞ」
門が開かれ、中へ彼女を連れて入っていく。
魔法銃や魔法機剣の訓練をするミレー族や、基礎訓練にアスレチック場のコースを走り回る姿も見えるだろう。
そのまま近くの大きな建物に入り、何故か食堂へと向かう。
その合間も、すれ違うミレー族の組合員は、長というよりは、兄の様な扱いで彼に飛びついたり、再会の喜びに一気に喋りだしたりと、中々前に進めなかった。
ご案内:「設定自由部屋4」からアーヴァインさんが去りました。
ご案内:「設定自由部屋4」からルークさんが去りました。
ご案内:「ドラゴンフィート」にルークさんが現れました。
ご案内:「ドラゴンフィート」にアーヴァインさんが現れました。
■ルーク > 子供は、褒められることで喜びを覚え感情を豊かに形成させていく。
けれど、ルークにはそれを与えられた経験は今までない。
王国を維持するための道具であれ。
物心着く前、生まれたその時からそのように育てられ、教育されてきた。
必要なのは、道具としての思考のみ。
主の意に沿う事ができれば、道具として存在することを許され、出来なければ不要と棄てられる。
そのようにしか生きてこなかったルークを、彼は褒め困惑する様ですら見守るように微笑みを湛えている。
主の意に沿う為に、主の考えを理解しようとすればするだけ、今までは不要とされてきた情緒的部分を必要とされ理解に苦しむ。
(居心地が悪い…というのだろうか、こういうのは)
じっと、彼の微笑みを見ながら考える。
バンシーに所属しているときも、ルーアッハの従者として仕えている時も居心地がいいと感じたことはないが疑問に思ったこともない。
どちらかといえば、もどかしさといった感覚なのだろうがその感覚の自覚がルークにはまだなかった。
「それは、奴隷の反乱によってでしょうか。国を滅びさせないために、貴方様はミレー族との友好関係を取り戻そうとお考えなのでしょうか。自身の価値、生きる理由、ですか。」
生まれたときから奴隷の立場を叩き込み、反乱など起こす気もないように粛清する。
恐らく先代であれば、そう考えるだろう。
王侯貴族から平民、或いはミレー族以外の奴隷に至るまでミレー族が奴隷という立場に疑問を抱く者は少ない。
国がそのように常識を作り上げてきたからだ。
ルークもまた、それが常識であると教育されてきた。
だから、ミレー族が虐げられ、奴隷という立場にある事も疑問に思う事も無かったわけだが、奴隷という立場であっても虐げられる事のないこの場所のミレー族の姿は彼の言葉に説得力を持たせる。
生き生きと仕事に励むミレー族を眺める。
羨む気持ちは沸かない、自分の駒としてのあり方に疑問もない。自我を持つ人型は、と彼は言った。ならば、自我のない人である自分は駒であることに変わりない。
なのに、何故だろうその姿が目に焼き付くのは。
「好き…なのでしょうか。様々な食物の香りの中で、意識にとまった香りではありますが」
問われるのに考えるように、竹の器に入った果汁を見つめる。
好きか嫌いかなど、考えたことも無かったというように。
露店が立ち並び、様々な匂いが混ざり合う中で意識にとまった甘い果実の香り。
それは、考えたことがなくとも無意識に好みの香りを嗅ぎ分けたことを意味しており。
けれど、今までであれば好きかどうかなど考える事もなかっただろう。それは、彼が事あるごとに問いかけを投げかける事でルークに自分自身の事を考えさせる時間を与えている結果。
表情の変化にしても、彼が気を配っている事も大きいだろうが出会った当初よりも変化する機会が増えた。
「実入りがよくなれば、品質の保持も積極的に店主は行う、客も信頼して再び訪れる。良い循環となりますね。」
再び歩き始めたのに付いて行きながら、説明を受ける。
客の呼び込みをしている娼婦の格好を見ても、着飾るだけの余裕があるのだと見て取れる。
娼館以外にも、集落の説明を受けながら進めば組合施設の警備門へとたどり着いた。
そこには、ミレー族の少女達が警備にあたっている。
警戒する少女たちに、アーヴァインが組合証を見せると少女たちの表情は一変する。
微笑みながら人差し指を唇に当てる彼に、少女達もクスクスと笑いながら応えている。
まるで悪戯の共謀者になったかのような反応だ。
門が開かれ、内側へと入るとそこにもまた数多くのミレー族達がいた。
魔法銃や魔法機剣の訓練をする者、ミレー族特有の高い身体能力を活かしてアスレチックのような場所を駆け回る者。
警備に当たる少女や訓練を行う者達やはり、その目にも自信と生きる活力に満ち溢れていた。
それらを横目にみつつ、建物の中へと付いていくとまるで遠くに行っていた兄が帰ってきたかのようにミレー族の少女たちが彼に抱きついたり、喋りだしたりと賑やかさを増す。
上下関係など有って無いような彼と少女たちの関係性を、なかなか前に進めない中少し離れた所から見守りつつ食堂へとたどり着いた。
今回此処を訪れた目的を詳しくは聞いていないが、何故食堂なのだろうと見回して。
■アーヴァイン > 戸惑い、考え、それをどうするのか。
駒であり続けることが出来ないように、彼女に自分の意志を促し続ける。
ほんの少しだが、視線や表情、雰囲気に彼女の意志が生まれるだけでも微笑むのは、小さな成長を喜ぶからこそだ。
「それもあるが…結局、誰かが異を唱えたり、他国が介入する糸口に使われる事の方が多いか。そうだな、友好もそうだが、人々にもう一度考えてもらいたいとも思っている。奴隷と一蹴するだけでいいのかを。だから技術や特性を活かした仕事をすることで、奴隷という括りだけで終わらせるのに難しい価値を作る。積み重なれば、何時関わるかもしれないだろう?」
彼女の考える通り、今の世界をおかしいと考える人のほうが少ない。
ならば、奴隷と踏みにじる存在が踏みにじるに惜しい物を持つとどうなるか?
少し足を止めて、少し考えて…それが積み重なって変わるはずだと説く。
ある意味では、価値を持っても人らしさを捨てようとする彼女にとって、耳に痛い言葉かもしれない。
分かっていながらも…考えてほしいからこそ、変わらぬ笑みのまま語る。
「ならきっと好きなんだろうな、ルークの好みが一つ出来た」
曖昧な感情だが、本能や感覚による答えに、明確な理由を見出すほうが難しい。
好きだから好きなのだ、そう云うように彼女の言葉を後押ししながら微笑む。
小さな変化は確実に、彼女を変えている証拠だと。
娼婦の説明の言葉に、その通りだと頷き、肯定しながらモンへと向かう。
まるで妹と兄が接するような距離感で言葉を交わし、抱きしめ、髪をなでてじゃれるときすらある。
子供らしい仕草が出せるほど、彼女達の心を解き解した結果だが、その大きな結果は食堂にあった。
たどり着き、ドアを開けると…それはもう、観光区の賑わいを髣髴とさせるような騒がしさだ。
小さなグループをいくつも作って少女達が楽しげに喋りながら食事を取り、語り合う。
恋話に赤くなる少女達もいれば、くだらない話で抱腹絶倒といった様子に笑いこける姿もある。
食堂というよりは、最早少女しか無い酒場と言っても過言ではない。
「大体皆ここにいてな、食事だけというよりは、こういう集まりの場なんだ。だからここに来る方が、皆の顔が見れる」
そして、小さいグループ一つ一つへと周り、久しぶりに言葉をかけると、廊下のときと同じような光景が繰り返される。
少し違うのは、側にいるルークを見て口々にいう問だろう。
彼女? 嫁さん? もう王家のご令嬢に手だしたの? 等など、かなり勝手な言い分だが、ちゃんと真実を答えながら、微笑む。
そして、ルークにも少女達の言葉は飛んでいく。
組合長、ド天然生真面目だから、肩の力抜かせてね、だの。
この人、真顔でとんでもないこと言うから、ちゃんと文句言って大丈夫だからね、だの。
兄ちゃん、馬鹿真面目の奥手だから、気があるならこっちから手を出したほうが早いよ、だの。
流石に最後の言葉には、やめてくれとツッコミを入れていたが。
■ルーク > 「確かに、奴隷解放をうたって義勇軍などを募らせられたり、その義勇軍に他国が援助を行えば国の転覆にも繋がりますね。
奴隷としての枠に収まりきらぬほどの価値の創造と、確立ですか…。」
利用価値があれば、人はそれを最大限に利用して利益を得ようとする。
価値が有るものと認められれば、それは大切にされ見合った働きによって認められる。
王都でこの話を聞いていれば、夢物語のように思えただろう。
けれど、この集落では実際にミレー族が己の得意分野を伸ばし可能性を広げている。
それを実際にこの眼で見れば、彼の言葉も納得することができた。
価値と立場、ミレー族のドラゴンフィートでの姿が目に焼きつくが所詮は自分と彼らは似て非なる存在。
物としての価値を高められ、人としての生き方をしていない自分は彼らのように必死に這い上がろうという意志はない。
意志と意思の違い。
彼らにあって、自分にないもの。
懸命に生きる彼らを目の当たりにして、見せつけられた。
ミレー族からふいと目を逸らすと、視線はアーヴァインに戻らずに地面へと落ちる。
それは、ルークの中に投じられた一石が波紋を広げるのに対して、疑問に思う必要はない、『駒』であり『物』である自分は疑問を抱く事はない。
幼い頃から言い聞かせられた言葉を、再び自分自身で言い聞かせて思考に蓋をしようとしているようで。
「好き…これが私の好み、ですか」
言葉の後押しに、竹の器に入ったジュースを見ながら復唱するように言葉を紡ぐ。
まだどこかピンと来ていない様子ではあるが、そうだと認識すれば今後意識する度合いも増えるだろう。
「………。」
建物の中に入ってからは、賑やかさで溢れていた。
行き交うミレー族の少女たちは、髪と瞳の色の違う彼を彼だと認識した瞬間から花が咲くように笑顔を浮かべ、嬉しそうにその体に抱きついたり、まとわりついたりしている。
その表情は、年相応の子供らしいもので外で働く大人のミレー族とはまた違った安心感が溢れている。
「――……。」
中々前に進めない中、漸くたどり着いた食堂の扉がひらけば外以上といっても過言ではない賑わいにルークは少々圧倒される。
世間話に恋の話、笑い転げる声に小さな喧嘩の声と様々な少女の声が溢れまるで酒場のようだ。
それでも、酒場にいる男のようなむさくるしさがないのが中にいるのが少女ばかりだからだろう。
「今回の訪問は、彼女たちにお会いになるためにいらした、ということでしょうか…。――いえ、私はただの従者です。」
テーブルのグループ一つ一つを周り、そこからアーヴァインが来たことが他のグループにも伝われば賑やかさは増していく。
廊下の時は特に触れられることのなかった、ルークの存在に対しても問いかけや言葉を少女達に掛けられるのに真面目な返答を返しつつも、圧倒されているのが彼にはわかるだろう。
「私はアーヴァイン様の従者ですので、どのようなご命令にも従います。…それは、世継ぎを作って頂くにはこちらからお誘いした方がよいということでしょうか…。」
『駒』であり物であることは、こんな場所でわざわざ公言することはない。
そんなことをすれば、主が奇異の眼で見られる事は分かっている。
少女たちの言葉に表情も変えずに返しながら、奥手だからこちらから手を出したほうがいいというアドバイスには首をかしげながら問い直して。
■アーヴァイン > 「結局は負は負として災いにもなるわけだ。なら、負にしなければいい」
そうだと何度か頷きながらも、続く言葉の音に、どこか陰りを覚えると、彼女の方へと振り返る。
視線が下へと沈むのは、彼女にしては珍しいことと見える。
何時も前や周囲へ警戒という意味での視線を向けるのに…下を見ては何もない。
「…疲れたかな? たくさん考えて、たくさん自分を確かめるのは。でも、貶すわけではないが…駒であることは、ルークの逃げなんじゃないかと思う。考えないほうが楽だからだ」
駒と受け止めるだけでいい、駒として振る舞うだけでいい。
自我を持てば、駒であることが苦しい、だから持たない。
無意識のうちに、そんな思考に陥っていたのではないかと思えば、ゆっくりと語りかけてから手のひらを伸ばす。
それが届くなら、子供をあやすようにくしゃりと黒髪を撫でるだろう。
「好みがあると、何かとそれに合わせたくなるからな。そういう考えで頭を疲れさせるのも、人らしいということだな」
そんな小さなことも、大切な一歩だと微笑むと、門をくぐり、建物の中へと進んでいく。
酒場のようになった食堂の様子に、少し気圧された様子が見えると、楽しげに微笑みつつ、席を回る。
「そんなところだ、こうして皆の無事を確かめるのも、俺の仕事だからな」
そうだと受け答える間も、ちゃんと話を聞けーとじゃれる幼い娘に首元に飛びつかれ、ぐらりと体が揺れる。
最早、組合長というよりは保父かなにかである。
感情を失いかけた少女達が、これだけ笑えるのだと…見てほしかったという本心は、今は伏せていた。
従者って何?だの、変なところで鈍感だから駄目だよだの、世継ぎとかじゃなくて、色恋沙汰だよ! だの。
最早言いたい放題だ。
真面目に答えるルークの様子に、似た者同士くっついたのかななんて茶化されることすらあり、端から端まで行くまでに、結構な時間を要するほどだ。
『祟り神なんていわれて、本当はこんな馬鹿真面目のいい人が悪者扱いで辛かった』
と、泣き崩れる少女が居たときには流石に困ったように笑いながらその娘を撫でていた。
それから、ちらりと少女達に質問攻めされるルークを見やり、彼女の方を指差し語る。
「俺が変わらないのは、そこのルークがよく知ってる。彼女が俺の話し相手みたいな感じでな、彼女に礼を言っておいてくれ」
その言葉に、泣きじゃくっていた少女がルークへと近づき、ありがとうと涙のままに微笑む。
他の少女達も、馬鹿真面目の面倒をありがとうだの、仏頂面の兄の相手をありがとうだの…組合長という肩書は、表向きに過ぎないのを重々伝えるようなお礼がばかりが響く。
休み時間を終えて、訓練や業務に戻っていく少女達が増え、まばらになったところで食堂を抜けると、自室の方へ彼女とともに向かう。
「どうだった? うちの組合員…というか、妹みたいなのは」
あれだけ相手をしても疲れた様子も一つもない笑顔で、彼女に振り返りつつ問いかけた。
■ルーク > 視線が下へと落ちたのもそう長い時間ではないだろう。
アーヴァインの言葉に、再び感情の篭らない視線は彼の顔へと戻る。
「いえ、問題ありません。駒である…自身のことを考える必要も、疑問をもつ必要もないと、そう教わってきました。……物は、自分が何者なのかなど考えませんし、必要ありません…。」
光の中に必ず闇があるように、負の面というものは必ず存在する。
しかし、彼はミレー族が虐げられ奴隷という立場に押さえつけられるのに負の面が強くなりすぎるとも危惧しているのだろう。
そして続く彼の言葉に、また微かに視線を動かす。
物心つく前からそう育てられてきたのだ、今まで駒である事以外の事を考えたこともなかった。
駒としてずっと思考を停止させ続けてきた。
けれど、彼の投じる一石一石が、ルークに思考を停止させることを良しとしない。
自分の立場に疑問を抱くなど、物としてあってはいけない…物でなくなった自分とは一体何なのか…。
その先を考えないように無意識に蓋をしてしまうのを、彼は見抜くかのように言葉を掛ける。
淡々と、必要ないと言い切る口調とは裏腹にほんの僅か瞳が揺れる。
伸ばされた手のひらが黒髪をくしゃりと、まるで幼子のように撫でるのですら初めてルークに齎される感覚。
先ほど何度か感じた、胸の内の擽ったさとはまた違う何かに締め付けられるような感覚が生まれてまた戸惑う。
「好みをもつのは、人らしい在り方、ですか…。」
揺れる、ないはずの心が揺れる。
駒である自分に人らしさなど求められても、どうしようもないのに。
意味などないのに。
何故、人らしさを求められるのか。
何故、その言葉に揺れるものがあるのか。
理解したくない、理解するのが怖い。
怖い?何故、物である自分が怖いと思う感情はない筈。
何故
何故
何故…
頭の中で思考がぐるぐると回る。
『きゃぁっあははっ』
思考の渦に囚われかけたルークの意識にミレー族の少女の笑い声が入り込んで思考が中断する。
彼が今回ここへ訪れた目的を説明する最中に、幼いミレーの少女が彼の首に飛びついて彼の上体が傾ぐ。
彼が此処の組合長であったと事前の情報がなければ、恐らくわからなかったほどに彼女たちの態度は砕けていて安心しきっている。
「…従者とは、傍に仕え身の回りのお世話をする者です。…変なところ、ですか。色々と鋭い視点をお持ちのように感じますが…。しかし、王族となられたアーヴァイン様はお世継ぎを作っていただかなくてはなりません。」
少女達の問いかけや、ルークにかけられる言葉一つ一つに律儀に返すも感覚のズレというのは顕著に現れているだろう。
祟り神になって悪く言われる事に対して泣き出す少女もいれば、彼に自身を指し示され困ったように僅かに視線が動くのが分かるだろう。
何故礼を言われるのか、わからない。
「以前のアーヴァイン様を私は存じ上げませんが、此処で皆様に対する態度とあまり変わっていらっしゃらないと思われます。…祟り神としての側面は別ですが。」
言いたい放題に言われる組合長。
まるでしっかり者の妹たちが、兄を案じるかのようにお礼を言われていつもよりも戸惑いが強くルークの瞳に滲んでいく。
漸く休み時間が終わり、少女たちは持ち場へと戻っていくと食堂も随分と静かになった。
「――……仲がよろしいのだと、思いました。彼女たちも元奴隷と思われますが、この場所を安全だと思っており貴方様を信頼しているのが伺えます。」
疲れた様子も無いのに対して、ルークは少々慣れぬ喧騒と少女のテンションに疲労感を感じるほどだった。
ため息をつくほど表面にそれは出てこないが、何とも言えぬ感覚が押し寄せてくる。
自室に向かいながら問われると、感じたままに感想を告げて。
■アーヴァイン > 「でも、俺はそうあってほしくないと…伝えたが?」
駒として扱わない、そう扱いたくないと最初から彼女に明言している。
その言葉を改めて伝えれば、その答えがどうしても噛み合わないだろう。
彼のものであれと言われ、その彼が駒は嫌だと言うのに。
瞳が揺れたのも見逃さずに告げて、黒髪を撫で続ける。
「ルークが少しずつ、俺が望んだ姿に近づいてくれたな」
心がかき乱される彼女とは裏腹に、此方は満足そうに微笑んでいる。
今はたくさん考えると良いと、心のなかで思いながら食道へと踏み込んでいく。
「……ルーク、世継ぎがどうしても欲しいのはわかったが、そういうのは順番があるだろう?」
変わらず生真面目な返答を繰り返す彼女に、困ったように笑いながらも、少女達も同じように笑う。
ズレを小馬鹿にしているわけではなく、真面目同士のやり取りの奇妙さに思わず笑みが溢れるのだろう。
変わらず、そして甘さが出そうという彼女の指摘にそうだよねと言いたげに少女達は肩を落とし、今度はこちらが指さされる。
ルークさんに迷惑かけちゃ駄目だよと言われれば、分かったと困ったように笑い、喧騒は過ぎ去る。
「最初は俺を見ても怖がる子が多かったが、笑って欲しいから、ああして触れ合い続けた結果だ」
心の闇を打ち払うことが出来たと、安堵の笑みを浮かべながら自室の部屋の扉を開いた。
事務所のような本棚と向き合った机が並ぶ執務室部分は、長と言うには狭く質素な場所だ。
部屋の隅に作られた休憩用の一角、そこにあるソファーに座るように促すと、棚から茶葉とティーセットを取り出していく。
「俺もルークに笑って欲しいと思っている。あの子達みたいに、すぐに朗らかになれなんて言わないが…もっと自分を出して欲しい。不安や怖いことがあるなら遠慮なく言ってくれ。俺がお願いしたことだ、きっちりと受け止める」
紅茶を淹れる準備をしつつ、ここに連れてきた真意の一つを語る。
思えば、いきなり本音を出せと急き過ぎたかもしれないと思うところもあった。
出しても良いのか、出して大丈夫なのか。
その不安を取り除ければと、兄のようにこねくり回される姿を見せたのだ。
魔石から発する熱で湯を沸かすと、丁寧に紅茶をカップへと注ぎ、心地よい香りが広がる。
「……そういえば、手をつなぐのも戸惑うようだが…ルークは抱きしめられたことはあるのか?」
ふと、馬車を降りたときのことを思い出す。
普通ならば手を繋ぐなんてありふれたことだったはずだが、彼女の育ちが普通ではない。
確かめるように問いかけながら、ティーカップを彼女の前にあるテーブルへと差し出し、自分の分も置けば、向かいの席へと腰を下ろす。
■ルーク > 「………。お聞きしました、けれど人でない私に人らしさなどわからないとお答えしました。」
一番最初の彼の命令。
けれど、それを拒否はしなかったが不可能だと伝えた。
その事を改めて告げるが、それは結局お互いの意見の一致には程遠い平行線となってしまう。
思考の中では『何故』と繰り返される。
人形のままで、駒のままで、物のままで何故駄目なのか。
そう扱ったほうが、彼だって楽だろうに。
髪を撫で続ける手に、ぎゅっと胸の奥が締め付けられる感覚が強くなる。
息苦しささえ感じて、無意識に片手で胸元の布を握り締めており。
「アーヴァイン様の望む姿に近づいている…?」
それは、人らしさに近づいているという事だ。
それは、駒としては大きな欠陥を抱えたことになる。
けれど、現在の主である彼の望みに沿う事でもある。
どちらが正しいのだろう。幼い頃からそうあれと言われ実行してきた姿と、彼の望む姿。
「順番、ですか…。男と女の交わりについては、知識としてはありますが。」
順番、子を作るための手順の事だろうかと本気でわからないといった体で笑う彼や少女たちを見ると、少女たちは頬を赤らめてきゃぁっと照れる。
感情、心を通じ合わせるという感覚がわからず、子を成す道具という自己認識ではそう考えてしまうようで。
「あまり詳しく知っているわけではありませんが、街で見かける兄と妹のような関係性に見えました。」
上下関係などあってないような、砕けたそんな関係。
兄として少女たちを労わり、守り、妹として少女たちは彼に絶対の信頼を預ける。
アーヴァインの言葉から、最初からそうではなかったことを知らされると少々意外に思うほど。
彼の自室へと招かれソファに促されて座るが、ティーセットを取り出すのにお淹れしますと立ち上がり、彼に制される。
「…笑う、ですか…。不安、怖い事……。…人らしくあれと、人であれと言われる事に戸惑いと感じます。
そのように生きてきておりませんので、ご命令を果たそうにもどのようにすればいいのか分かりません。
アーヴァイン様の言葉を聞いていると、胸の内に今までなかったおかしな感覚が生まれてきます。」
本来なら、自分がお茶をいれて彼に出すべきだったが制されたためにソファに座ったままお茶を淹れる準備をするアーヴァインを見上げる。
言葉に、屈託なく笑っていた少女たちを思い出すが表情は動かない。
笑い方を知らないのだ。
指を口角にあてて持ち上げてみるが、結局は笑顔にはならなかった。
不安や怖い事、と言われても思い浮かぶことはなかったが胸の内に起きた奇妙な感覚について告げる。
「いえ…物として育てるために、赤子の時から人の肌に触れる事は極力ないように育てるのだそうです。
私も例に漏れず、そのように育てられましたので誰かに手を引いてもらうという経験は今日初めてでした。」
赤子は泣くことで親を求め、抱かれて徐々に基本的信頼感を獲得していく。
物にそのような過程は必要なく、自我を育てないように教育されるのだと説明して。
置かれるティーカップにまた小さな声で礼を告げると、揺れるお茶の液面を見つめ。
■アーヴァイン > 「あぁ、だから今こうして…色々教えている」
なって欲しい、分からない…なら教えよう。
彼女の感情が沸き立つのにどれだけ時間がかかるかもわからないのに、すんなりと教えると口にする。
問いかける言葉にそうだと頷けば、彼女の思う通り、人らしい存在へと近づいたことに他ならない。
胸元を握りしめる手に気付くと、すっとそこへ手のひらを重ねる。
戦うための手だからと多少の傷も気にし無さそうだが、爪の食い込む跡が残ってはよくないと、小さな気遣いを。
「……そうじゃないといっても、難しいか」
意外と大胆な人だと少女達は捉えてくれたのは幸いだが、おそらく言葉通り分かっていないのだろうと思う。
そこもまだ早いのかと思うしかないだろう。
「それは何よりだ。首に飛びついていた娘は奴隷狩りに両親を殺された後、売りに出たのをすぐに引き取った。ルークに迫れと言った娘は媚薬漬けにされて、廃人手前のところを引き取った。大体は心身に傷を追った娘が多いからな…懐いてもらうのに苦労した」
奴隷と言えど、売りに出されるまでに酷い目に合うこともおい。
それこそ、使い潰され、後は死を待つだけとなった娘も居たぐらいだ。
そんな闇から引っ張り上げた結果は、彼女に過去を感じさせぬほどの成果だったらしい。
それが分かるだけでも嬉しそうである。
「戸惑いか…どうすればいいかは、これから手探りでいくしかないと思う。俺がこうしろ、こうだと言いすぎると…それはルークではなくて、俺が想像したルークになってしまう。おかしな感覚か…不快と言わない辺り、それを捨てたくはないんだろうな、本能として」
彼女が手伝おうとするのを大丈夫だと制しつつ語り、紅茶のカップを置く。
どうにか笑おうとする仕草に、ちょっとした可愛らしさを覚えては、柔和に微笑みながらソファーに座る。
手をひかれるのも初めてだと言われれば、生まれてからの扱いに、彼女の過去が脳裏に浮かぶ。
酷いものだと思いながらも、再び立ち上がれば、二人がけのソファーの隣へと腰を下ろす。
「それなら…一つ順番を早めてしまったかもな。まずは甘やかされてみるところからだな」
駒であれ、自力で切り拓けと教え込まれたのだろう。
そう思えば、一人で苦しまないようにと言葉通り甘やかせようとする。
まずはと先程のように手のひらを伸ばし、届くなら指の間で黒髪を梳くようにして撫でるだろう。
何を言うわけでもなく、ゆっくりとした手つきで、何度も…何度も、優しく。