2015/11/18 のログ
■エウレリア > 小さな震えが表出しそうになるのを、強気な瞳が涙膜に潤みそうになるのを、気丈な精神で無理矢理に抑えこむ。
オークション会場で飛び交う馬鹿げた値段が、堪らぬ屈辱と羞恥を呼ぶ。
「―――――………ッ!」
しかしそれでも、男の言葉に向けたのはふざけるなという強烈な視線。
矜持を捨てて駄犬に尻尾を振るってお慈悲を請う。
そんな屈辱に自らその身を浸すのならば、むしろあの豚どもに胸を張ってこの身を捧げてやる。
男の煽る様な言葉が、折れかけていたエウレリアのプライドに再び熱を注ぎ込んだ。
「冗談ではありませんわ。あんな豚共に尻尾を振るうワンちゃんに、このわたくしが無様な懇願を垂れ流すとでもお思いでして? ―――ハ、見くびるのも大概にしていただきたい物ですわ。」
再びツンと持ち上げた顎が、下民を見下す貴族の笑みで、傲岸な言葉を響かせた。
胸中に渦巻く暗闇は、今や下腹を握りつぶさんばかりの不安で貴族娘を苛み続ける。
その四肢の先は血の気を失い、氷の様に冷えてしまっている。
それでも、エウレリアの声音は震える事もなく、凛然と、冷涼な声音を見事に奏でてみせた。
キッと持ち上げた視線。
先程じわりと滲み始めた弱気は消えていた。
己の信念に死ぬ覚悟を決めた、殉教者の如き気高き静謐さがその瞳に宿っていた。
■ヴィクトール > (どうやら無駄に見栄を張らせる結果になったようだ。こちらからちらつかせた餌を叩き伏せる返答、ここで少しでも可愛げのある言葉が聞ければマシだとは思ったが、男はそうかいと小さく呟くだけだ)
じゃあ、そのままくたばりゃいい。
(値段が上がっていく、自分が停められる金額から遠ざかりそうになる。しかし男も屈服せぬ女に慈悲を掛ける気はない。桁が一つ変わった瞬間、男は笑みを浮かべた。底値を通り過ぎた。切れた手綱、走り抜ける先はどこまでか)
…ん?それで終わりか。
(値段が止まった、凡そ性奴隷を買うよりは高いぐらいの値段だが彼女からすれば安値だろう。これ以上の値段を掛けるのは、ある意味女の価値を認めてしまう。だから上げようがないのだ。あれだけ下卑た笑い声が響いた会場からは静寂だけが帰っていた)
■エウレリア > 絶対的に有利な状況を積み重ねて積み重ねて、己の欲に相手を従わせようとする下卑た強引さ。
そのような子供じみた欲望を満たすための贄となってやるつもりは毛頭無い。
「――――ハ、お前もそのまま、下劣なまま生きていくのがお似合いですわ。」
心底から相手を見下した笑みが、拘束されて身動きの取れぬ無力な女貴族の表情を美しく飾る。
己に対する値付けも終わった様だ。
予想通り、彼らには適正な値をつけるだけの商才も高潔さもなかった。
ククク……ッ。虚勢でもなんでもない、思わず漏れたといった感じの忍び笑いが、貴族娘の白喉を小さく震わせた。
――――競売会場の静寂が、不意に起こったざわめきによって消える。
『なんだ……? おい、これはどうしたことだっ!?』
困惑する貴族の視線が向いた先、女剣士の銀剣と金色の鎧が、ぐずぐずと腐ったような色合いへと変貌して崩れ落ちていく。
「なんですの、あれは? お前、まだ何か下らぬ座興でも用意していまし……、………ッ!?」
再び声が出せなくなる。
戸惑いの顔が、すぐに男を睨みつけるような表情を向けるものの、そのなめらかな頬にブクブクと汚らしい痘痕が浮かぶ。
木目細かな白皙がどす黒い枯れ葉色へと変貌し、見る間に全身へと広がっていく。
崩れ落ちる腐肉は、貴族娘の体躯だけでなくその身を包むドレスにまで汚濁の色を広げている。
――――そして数秒の後、そこに残ったのは女貴族の身を拘束していた鉄枷と奴隷の首輪。
そしてぐじゅぐじゅと不快な色合いと腐る臭気を漂わせる汚泥のみ。
そう、男が相手をしていたのは、先日の戦闘において、エウレリアの御者が用意した幻術による泥人形だったのだ。
男によって手傷を負わされたエウレリアを見止めた瞬間、撤退の判断を下した御者は遠間からの幻術によってヴィクトールだけでなく、エウレリアの精神まで巻き込んで完全なる幻像を作り出していたのだ。
彼が負かしたと思っていたのは、既に御者によって用意された幻術でしかない。
それを知った時、彼の剣を変貌させた力も消え去る事だろう。
彼の力は、彼自身の強烈な思い込みによって効力を発揮する物なのだから。
唯一の救いがあるとすれば、泥人形に込められていたのは、確かにエウレリア自身の精神であったということ。
エウレリア自身は己の身が幻術に取って代わって居たことなど知らず、真っ向から彼の相手のしていたのだから。
ともあれ、一度は絡んだ二人の縁はこうして切られた。
二人が出会う事は、今後二度とないだろう。
ご案内:「とある宿の地下室」からエウレリアさんが去りました。
ご案内:「とある宿の地下室」からヴィクトールさんが去りました。