2020/09/21 のログ
シンディ・オーネ > 「――ああ、マレクさん。よろしく。」

メルドとラノエール、家の名前の意味がよく分からないが、マレクさんはどういった立場なのだろうと…
考えるけれど、教えられてもピンとこなさそうで、とにかく彼が私と話をする人だという理解で十分と思っておく。

――拘束が解かれ、うーん!と伸びをする様はまだまだのん気だ。
これが軽い話だと思っていて、立ってお尻をさすり腰を伸ばしている。
…それが大事な話、と言われてようやく少し緊張した。

「――いやあの、やむをえなかった、とかそういうのは。」

2日前でしょ? 知るわけないでしょ?
入られるのが嫌なら柵して『私有地につき』書いておいてくれれば入らなかったわよと。
『生業に差し障り』なんてあってたまるかとまごつくが…
考えてみれば、冒険者ギルドの正式な仕事として引き受けていたなら、
その辺りの権利関係には間違いが無かったのかもしれない。

ギルドとしてもギルドを通さずに別件に着手したのはマイナスポイントなはずで…
ようやく、あれ?私の立場ヤバすぎ?と理解した。
いやそんな、情状酌量の余地あるでしょうと言いたいけれど、まだまだ新米な冒険者の立場なんて吹けば飛ぶ。

「……?」

最初、犬の吠え声と私兵もといゴロツキの叫び声には、関連を見出せなかった。
ゴロツキ達が何か魔物なりに遭遇して、それに対して犬が果敢に吠えているのかなとか。

しかし何度か、悲鳴と、鳴き声が重なるとそのリズムが見えてくる。

「……。」

ゴロツキはどうでもいい。
猟犬も、私は退けられるだろう。
しかし自分の事は既に知られていて、強引に脱出しても事態はややこしくなるばかりだ。

笑う男を今にも刺しそうな目で睨み、三本目の指が立つのを待った。

マレク >  止むを得なかった。その通り。知る訳ない。確かにその通り。柵でも作れ。ますますもってその通り。だが、相手は子爵である。それが問題だった。相手に睨みつけられると、男は笑みを深めつつ3本目の指を立てた。

「……3つ目。貴女はメルド子爵夫人と契約を結び、諸手続きを踏むと共に夫人からの依頼を受諾する。その関係が維持される限りにおいて、貴女の罪の告発は留め置かれる。如何でしょう、シンディさん。あくまで私の考えですが」

 指を立てていた手を下ろし、後ろ手に組んだ男は、ランタンの青白い光に照らされ喉を鳴らした。

「この3つ目の道が、恐らく最も痛手が小さく、かつ最も恩恵が大きいと思われます」

 口調こそ丁寧だが、要は権力、権威をかさに着た脅迫と懐柔だった。そちらにとって悪い話ではない、という至って恩着せがましい、いかにも物語の中の悪徳貴族がやりそうな手口である。

シンディ・オーネ > 深まる笑みに、こちらは更に険が増す。
やっぱり実力行使でもいいんじゃないか。
私から話を聞いている元私兵のゴロツキ達は処理されてしまったようだし、
マレクが私の名前までは把握していなかったような口振りであれば、
コイツの口を封じて脱出すれば無かった事に出来るんじゃないかなとか。

安直に考え憂さを晴らしてしまいそうになるが、万一の可能性が怖い。
最悪でもアーネストに累が及ぶような事は無いと思いたいが、素性が割れれば辿り着ける部分だし、
何より今はまだ盗掘で済む罪も、コイツの口を封じたら殺人だ。

「――契約と言うからにはどこに出しても恥ずかしくないものだな?」

…そんなわけがない、と思うが、相手がこちらを違法の何のと言うのであれば、そちらはさぞ合法的なのだろうなと。

今はとにかくこの場を乗り切れば… あまり迷惑をかけたくないところであるが、
私をウェイトレスに雇ってくれている冒険者ギルド提携酒場の主人ロベリアや、
護衛に雇ってくれているリルアール家のヴィルア様は、相談に乗ってくれるのではないかとか。

…冷や汗が吹き出すのを感じながら、乗るしかないかと観念した。

「冒険者ギルドが私を見限るのは簡単かもしれないが…
 私にだって、ギルドの中や、貴族にも個人的な… 友人は、いるんだ。」

…せいぜい知人の雇用契約関係だ。
言っていて少し虚しいが、それでも一縷の望みではある。
ぼっちじゃないんだぞ! あんまりヒドイ要求は言いつけるからな! とせめてもの威嚇をして同意の姿勢。

マレク > 「……勿論です。たとえば今回の場合、御領地に出入りする際はその都度持ち物、および身体検査を行います。予期せぬ物が持ち込まれる、また持ち出されるのを防ぐ為です。子爵のお屋敷に入られる時も同様です。これらは王城の宝物庫など、貴重な品々が収蔵される施設で働く人々にも適用される手続きです」

 女性の内心を知ってか知らずか、契約の中身について話し始める男。

「また依頼についてですが、必要な装備、および補充などは子爵夫人の私財によって賄われます。依頼中に負傷された場合の治療も同様です。勿論、これらは報酬とは別に支払われます」

 そこまで言った男は、女性の交友関係について聞けば我が意を得たりとばかりに大きく頷く。

「それは素晴らしいことですね!もし契約を受け入れるならば、頼もしい友人が1人増えます。……何事も良い方にお考え下さい、シンディさん」

 手を後ろに組んだ男が彼女の前をゆっくりと往復し、ちらりと険しい表情を見遣る。

「私も冒険者まがいのことを何度も致しましたが、その都度予期せぬ出費に悩まされました。何が起きるか分かりませんからね。金銭面での支援は幾らあっても良い筈。何より」

 相手に整った顔を近づけた男は、口角を持ち上げたまま喉を鳴らした。

「充分に力を付け、富を蓄えた後……契約を終えれば良いのですよ。それこそ、子爵の1人や2人に脅され、犯罪を告発されてもびくともしない、という所まで行けばね。冒険者というのは実績、実力が物を言う世界の筈。要するに……利用してやればいいのです、何もかもを」

最後だけは声を低め、囁くように言った。

シンディ・オーネ > 「……?」

問題は仕事の中身なのだが、説明される事はすんなりと受け入れられる、何だか普通のものばかりで拍子抜けする。
うん、それは、必要な事だろうけど…

「――え? …え、いや待って、治療? 報酬が、出るの?」

告発しないでいてあげるんだからタダ働きね!くらい言い出すかと思ったが、混乱をきたして目を白黒。

「…いや、いやいやいや。おかしいでしょう、そんなの普通に雇えば良いじゃない。
 良い方にって… え… え?」

罰として、みたいな扱いではない気がする。

…リルアール家での好待遇を知っているから、貴族がそういう雇い方をしてくれる場合があるのは分かるが。
でも自分の、この場合に適用されるというのは、ありがたい話であるがしかし飲み込み難かった。

騙されそうになっているのではないかと警戒するものの、
ギルド内部や貴族の友人と言って動じない様子だと、契約内容には本当に問題無さそうで…

チャンスなの?とうっかり信じてしまいそうになるが、
ここがそんなに良い場面なら、あの猟犬の吠える声と、人間の断末魔は。

「――契約の、終了条件は。」

報酬の何割かを上納という形でピンハネされるのか、あるいは期日か、
どちらが気楽だろうと、努めて警戒する方向に考えながら、もう殆ど同意してしまっている。

元冒険者と言うマレクには思わず親近感を抱きそうだ。

マレク > 「……はい?」

 報酬が出るのかと聞かれれば、男は同心円状の溝が刻まれた目を見開いて大笑した。

「勿論です! 勿論ですよ! よりによってメルド子爵の奥方が、冒険者を呼びつけタダ働きをさせるとでもお考えでしたか! それはシンディさん……貴族に対し、不敬ですよ?」

 おいおい、と言わんばかりの手振りで窘めるフリをする男。丁度その時、上がり続けていた悲鳴がぷっつり途絶えた。外界を静寂が支配する。

「終了させるか否かは、シンディさんの一存にかかっています。始めるのも終えるのも、貴女次第ということです。子爵夫人は一目でシンディさんの輝ける将来を見抜かれたようで」

 つまりこの場で「受ける」といえば始まり、「止めた」と言った時に終わる、と。こう説明され直せば、「使い倒してやれ」とけしかけた男の意図が伝わるだろう。話し終えた男が一歩下がり、両腕を開いた。いかが?という無言のジェスチャー。

シンディ・オーネ > 「……。」

大笑いされてしまうと、まるで自分が常識外れをやらかしたようで恥ずかしくなってくるが本当にそうか。

「いや、だって、なんだ、その… 脅迫みたいなと言うか、
 引き受けないとヒドイぞみたいな順番で話されたら、誰だって…」

だって私は、そちらにとって不利益を与えた扱いで難癖をつけられているのだろうと。
…ほっとしたら、泣くまでいかないがじわりと目に涙が滲んだ。

――あのゴロツキ達は、不敬というか怠慢を働いたのだ。
それは許されなくてもやむなしと思う。あれでも、ヴィルア様の所で厚遇されている護衛達は、怠けたりなんて…

「――あ… ああ、終了条件はそうだった。ではなくて…
 満了?の条件は定められているか? 期間とか、上納金とか、
 辞める時に相談しろという話かもしれないけど、今回の件が追及されなくなる条件は。」

「…メルド子爵にとって、私の侵入は大した事じゃないのかもしれない。
 というか私だって大した事じゃないと思っていたが。
 マレクさんの話を聞けば、大事になる可能性を否定できないのも分かる。
 だから、契約に満了の条件を加えて欲しい。
 そっちにその気が無くても、考えちゃったらこっちは怖いのよ。」

それをしてくれたら受けるわと、頷いた。

マレク > 「それは失礼した! お許しを! これは私の話の運びに問題があったのですね……此方へ。外には人がいるので」

 満了条件を訊ねられた男は一瞬で真顔になり、囁き声と共に女性の肩に手を回す。回すが、決して触れはしない。連れていこうと促す先は倉庫の扉から最も離れた場所。箱が建ち並ぶ薄暗い片隅。

「……子爵夫人は貴女をこれぞと見込んだのです。故に満了条件は提示されませんでした。ですので……話を切り出す時は、慎重に慎重を重ねるべきです。あるいは」

 自分と相手との間に人差し指を立てた男が、更に声を落とす。

「今回の一件が追及されたとしても問題がない程の人脈を得てから、契約の終了を申し出るべきかと。いずれにせよ、今日「いつ自分は抜けられるか」と夫人にお訊ねになるのは……はっきり申し上げて、おすすめしません」

 男の言葉は、長い洞窟を抜けたばかりだった彼女の心に暗い影を落としたことだろう。結局、怖い話ではあったのだ。

シンディ・オーネ > 「……?」

外に人がいては何かマズイのか?
マレクの言動に首を傾げつつ、しかし今は悪くない方向に話がまとまったところで、
というかそもそも悪い話ではなかった雰囲気に、少し気が抜けていて。
促されるまま倉庫の隅、箱の影へと歩いて行こう。

「…なるほど。」

満了、の条件は無し。
マレクが力を付けろと言ってくれるのが、ポジティブというより切実な話なのだろうと改めて納得し、
しかしすっかり断れないとも感じてしまっていれば、じゃあ止めておきますとは言えなかった。
あれ?そもそも…

「…そういえば、子爵夫人が見込んだというのは――」

連行も穏便なもので、私はここに来るまで魔術を披露した事も無ければ魔術師だとも言っていない。
さっきもそんな事を言っていたけれど、何が見込まれたのかと改めて。

「…仕事の、内容は。」

装備や治療の条件は提示された。
冒険者らしく力仕事や荒事だろうと考えていたが、私は『宴』と聞いたのだ。
やや和らいでいた雰囲気が、再度硬化する。

マレク > 「仕事の内容ですか。……そう、ですね。まずはシンディさんが忍び込まれた遺跡。あれは最新の調査で広大な下層部が発見されましたので、その探索……でしょうか?私も、つい先日子爵夫人に客人として呼ばれ、有望なる冒険者を探している、と言われたばかりですから」

小首を傾げつつ答えたのはそんなこと。自分も全部聞かされているわけではないのだ、と。何となく内緒話の延長で、顔をつき合わせ声も落としたまま、顎に手をやる。

「それと、他に考えられるのは……他の富裕な貴族と同様、メルド子爵も邸宅で宴を催されますから、その警護、などでしょうねえ?一度でも襲撃や暗殺などで死傷者が出ると、家の名が地に墜ちます。まあ、当家は貧し過ぎるので宴など開けませんから、そちらもやはり、詳しくは分かりかねます。どうも、お役に立てず……」

もう一度首を捻った後、小さく謝罪の言葉を口にした。

シンディ・オーネ > 「――え。へえ… ほう。」

あ、なんだ普通だ。
いかがわしいお仕事かと、思わず警戒した自分がまたも恥ずかしい。
遺跡に未踏査区画発見と聞けば単純に胸躍る話だし、危険もあるのだろうけどそれは承知で、そうなのねと頷く。

「…マレクさんは、子爵夫人の秘書?とかですか。」

貴族の家の者が、他所の家で働くと聞くと不思議な気もするがよく考えれば普通にありそうな事。
最初に気になったお二人の関係について改めて問い…
子爵『夫人』、あの女の子が夫人なのかと、今更のように気付いて少しもじもじする。

マレク > 「……恥ずかしながら、ラノエール家はいわゆる名ばかり貴族でしてね。領地が狭すぎて地代も入らないのですよ」

 相手から目を離した男は、倉庫の暗い天井を見上げて嘆息する。

「このままでは使用人も雇えないので、以前から学んでいた風土、歴史の知識を利用して、まあ、エセ好事家として名を売ることにしたのです。結果、興味を示された豊かな方々からその……色々と見聞したり、収集したりと言ったことを頼まれまして」

 先程までの謎めいた余裕な態度はどこへやら。自分の家のことを訊ねられた男は溜息を繰り返し、ぺち、と自分の額を叩く。

「今回、メルド子爵夫人からのお声がけがあったのも、その流れなのです。貴族の冒険家であれば、冒険者ギルドに所属する人々の良し悪しを見抜き、補佐も出来る筈。勿論、やってくれますよね?という具合ですよ」

 肩を竦め、両手をひらひらさせ、苦笑いと共に相手へ向き直った。

シンディ・オーネ > 没落貴族も聞く話。
余裕な態度から嘆息が漏れれば、何だか悪い事を聞いてしまった気になって視線を落とした。
気ままに勉強できていたであろうに、働かないといけなくなって?
…いやでもそれは市民からすると当然だし、むしろ芸が認められたなら、良かったじゃないかと頷いた。

「良い趣味でしたね、エセも何も知らない人から頼られたら先生でしょう。
 雇われる冒険者も、あなたのような人がいればきっといくらか働きやすい。」

頬を叩く音を聞き、あまりそちらを見ないように。

…ところで、どこへ歩いて来た?
変わり映えしないというか特に何も無さそうに思える周囲にきょろきょろして、
マレクが向き直ると、それでどうしてここにと苦笑いへ視線を戻す。

マレク > 「まあ、そういうことでしょうかねえ……色々な方にお声がけを頂いている内が華と思っていますよ」

 内緒話を終えた男が、倉庫の隅から移動すべくまた手振りで促す。わざわざ暗い狭い所に行ったのは、彼女が契約満了の話を始めたからだ。そうでなければ埃っぽい、暗い、身動きし辛い場所で身を寄せ合う必要はない。

「……と、言う訳なのです。私に出来る事前説明はこれが全てで、もし契約を受け入れるならば、共に邸宅へ参りましょう。子爵夫人が待っておいでですから」

 今度手振りで示したのは、倉庫の扉。夫人の使用人が、馬車の中で待っていることだろう。小さく笑って小首を傾げる。

シンディ・オーネ > 「……ああ。」

奥まで来て、また戻る手ぶりに、地獄耳がいたのだなとようやく合点がいった風。
気遣いに感謝して、とはいえ自分にとってのん気にしていられる状況でもなく、頷くような礼をした。

「…ありがとうございます。
 受け入れるしかないんでしょう、なんて言うとあなたは上手く言ってくれるのだろうけど。
 …お受けします。」

お手柔らかに、という言葉は飲み込んだ。
マレクがやわらかくとかどうとか出来る立場ではないのだろうなと思い直して、追従する姿勢。

マレク > 「いやいや。感謝するのは私の方です。子爵夫人は……余り大きな声では言えませんが、幼子のような所がありましてね。シンディさんとの契約も、貴女を一目見て決めてしまわれたのですから」

 倉庫の扉を開けた男は、シンディを振り返ってお先にどうぞと身振りで示す。暗闇の中、青白く燃えるランタンを下げた馬車が停まっていた。御者の男が倉庫から出てきた2人を見つけ、帽子を持ち上げて礼をする。

「本当に、有難いと思っているのですよ」

 冷たい光に横顔を照らされた男が、奇妙な左目を煌めかせて笑みを深めた。

ご案内:「とある貴族所有の倉庫」からシンディ・オーネさんが去りました。
ご案内:「とある貴族所有の倉庫」からマレクさんが去りました。
ご案内:「ある貴族の邸宅」にマレクさんが現れました。
ご案内:「ある貴族の邸宅」にシンディ・オーネさんが現れました。
マレク > 「シンディさんの賢明なご判断、誠にありがたく存じます。子爵夫人はさぞ喜ばれることでしょう」

 ゴトゴトと車輪の音が鳴る馬車の中、緑色のダブレットを着た貴族然とした優男が微笑んだ。車窓から外に目をやる。同心円状の溝が刻まれた左目に月光が映り込んだ。

「何事も即断即決の御方なので、きっと今頃は侍従に命じ、湯浴と客間の手配をなさっている筈です。契約成立をお伝えした後は、心置きなくお休みください……と、私が言うのもおかしいですが」

 おどけた様子で笑った後、席に身体を預ける。馬車の揺れが小さくなり、通り過ぎる道には魔法仕掛けの灯火が規則正しく並び始めた。領地内の舗装路に入ったのである。じき、屋敷にも着くことだろう。

シンディ・オーネ > 「…他にしようがあるか。」

つっけんどんに言い、微笑むマレクにジト目を向ける。
しばらく顔を合わせていれば特異な目にも気付いているが、どう聞いたものか。
気にはなるが人様の体の特徴についてあまり話題にするのも気が引けて、
タイミングを探しこの時も黙ったまま。

「まあ、でも… なんと言うか、そう酷い扱いにならなそうで良かった… と思うべきなのか。
 強引に、子供のわがままに付き合わされるくらいに思っておいてもいいのかな。
 …彼女、あれで夫人なんですね。」

あれくらいの年の頃、私はどんなだったっけと。
半ば囚われの身だがいささかのん気に構えられるのは、
報酬も出るし装備や治療の面倒も見てくれるという条件に加えて、
未踏査の遺跡探索に関わらせてもらえるらしいという話があるから。

こんな脅迫まがいに連れて来られて『悪い話ではない』なんてマレクの言葉も信用はできないが。
…子爵夫人が飽きたら、案外あっさり無罪放免してくれるんじゃないかなという希望も、人柄を聞いていると少し。

ほら、風呂に客間ときた、そう怯える事はないだろうと言い聞かせて―― ん?

「――ん? あ、いや、日帰りの予定だったので。もう遅いけど、親切なら帰りの馬車を出して頂けると…」

厚かましいかもしれないが、親切にしてくれるならそっちの方がありがたいなあと、様子をうかがいながら。

マレク > 「まあまあ。何でもかんでも利用して、物事を良いように捉えるのが得ですよ。私のような者に言われても、お心には届かないかもしれませんがね……」

ジト目で見られ、笑う。男が喋ったのは、貧乏貴族の当主という偽りの身の上でなく、本性からの経験が言わせたことだった。

「そうですね。九つで縁談がまとまり、十で嫁いで以来、子爵夫人もあの方なりのご苦労があったようです。肝心のご主人はダイラスのハイブラゼールに入り浸って歌姫との逢瀬に夢中、実家からの侍女は子爵側の侍従長に抱き込まれ、ずっと居場所が無かったのだとか……」

そう言って頭を振る男。やがて、宮殿のような邸宅が窓から見えた。月明りの下、白い豪邸はそれ自体が淡く輝いているようにも見える。そんな時、帰りの馬車を手配して欲しいと言われ、弾かれたように相手を見つめる。

「本気ですか?夫人のもてなしを断れると? 気を悪くされたら申し訳ありませんが、冒険者の方が利用される宿と比べれば、ここの客室は……あ、ひょっとしてお一人ではない? ご主人か、恋人の方とご一緒に住んでいらっしゃるのでしょうか?」

 そんなことを喋っている内に、馬車が邸宅の前で停まった。会話を中断した男がさっと降車し、女性側のドアを開けて右腕を差し出し、エスコートしようと。

シンディ・オーネ > 「……。」

分かってるじゃないか、と冷めた目で見つめてしまうが、このマレクは冒険者まがいの事をしていたとかで、
どちらかと言うと私達寄りなのかな?とも思えてきている。

…子爵夫人の苦労話には、それはそれはとため息をついて。
かわいそうな気もするが、根性ねじくれていそうだから気を付けないとなあ、とも考えた。

「――ああ… そうか、もてなされたら受けないと気分悪くしてマイナスになるのか。」

本気かと、弾かれるような勢いで確認されると、うわあ面倒くさいと肩がコケた。
一般的な感覚での『親切』でもてなされるわけではないのだと思えば、今夜は泊まりかと観念する。

「…遺跡に潜るなんて伝えて来なかった。
 宿で、幼馴染… あー、まあ、恋人と、一緒で。
 本当は組んで仕事をするつもりだったんだけど…」

…自己紹介のようなところがあって、この話はよくするのだが。
そこまで言って言葉を濁してしまうのは、自分が半ば脅迫されているという警戒心から。
丁度馬車も到着し、マレクがエスコートしてくれるように動くと、居心地悪そうに手を取り下りる。

マレク > 「勿論、今宵から遺跡を探索することはないにせよ……なんと!幼馴染で恋人とは。その方も冒険者なのですか? それはそれは……物語のようなお2人でいらっしゃる。ならお2人で仕事をする為にも、是非子爵夫人の下で成功をお収め下さい」

彼女の情報になるほど、なるほどと繰り返しつつ幾度か頷く。そしてもう一度相手を見た後、ははあ……と笑みを浮かべた。

「確かにシンディさんのような素敵な女性が独り身というのは考えづらいことでしたね。……ああ! 夫人にお伝えしたいことがあります。此方の、シンディさんがですね……」

後半の言葉は、出迎えたメイドに向けたものだった。侍女は小さく頷いた後、広々とした玄関外周の階段を登っていった。それを追っていけば、奥まった所に両開きの扉が見えてくる。

それを守るのは、魔術媒体を内蔵したグレイブと魔物の革で作った鎧で武装した女性。彼女はやってきた男を見るなり鼻で笑い、大げさなほど恭しい動作で扉を開いた。執務机の向こうに、黒ずくめの少女がちょこんと腰掛けている。

シンディ・オーネ > 「…ああ、組んで冒険者をするはずが、あっちが熟練の冒険団に加えてもらえたから。
 生活がもう少し安定させられるまでは、お互い別々に仕事をしてる。
 今回の件、彼には関係無いからな。」

問われれば、やや重い口調になるが話してしまおう。
それでマレクが取りなりてくれて、今夜のうちに帰れるとなれば助かるし… まあ無理なんだろうけど。

「……。」

村八分の魔女を相手にしたのは、その子だけだったよと。
世辞には半眼の仏頂面で無言を返し…
知らないお屋敷に入るとなるとさすがにしゃちほこばって、しかし視線はきょろきょろおのぼりさん。

…邸内だというのに、しっかり武装した警護だなと、自分が護衛に雇われている貴族と対比してしまいながら、
とにかくマレクに追従していこう。
主人である少女の前に立てば、一応ドーモとしない方がいいくらいの会釈をして。

マレク > 「分かりました。よろしければ、後程その恋人のお名前をお教え頂けませんか? 本件と関係ないとはいえ、連絡を取り合う時に、その御方へ頼むかもしれませんし……」

扉を潜る直前にそう言った男は、執務机からたっぷり10歩分以上の距離を取って左足を後ろにずらし、右手を胸に当てて頭を垂れる。

「子爵夫人。お喜び下さい。シンディ・オーネさんが契約に同意なさいました。必ずや、夫人の下で功を立てて下さるでしょう」

その言葉を聞いた少女はベールの向こう側で瞬きし、肘掛け椅子の上で身体を左右に揺らした後、手元の羽扇を弄ぶ。その後大きく息を吸い込んで顔を隠す薄布を揺らしたかと思うと、『よしなに』と囁いた。その様子を見た男が隣の女性に目配せする。

「大喜びのようです。……はい?何事ですか?」

冒険者の女性に囁いた男が、怪訝そうに執務机へと近付く。開いた羽扇で目から下を隠した少女がまた何事か囁いた。すると男が眉根を寄せ、女性を見遣る。

「いきなりそれは……シンディさんは真っ直ぐ此処へ向かいましたし、調べるのは荷物だけで充分……いや、完璧かと仰せになるならば、それこそ……」

2人の間で、静かな言い争いが始まった。

シンディ・オーネ > …仕事で何かあるかもしれないと思えば、連絡先と、そこにアーネストの名が出るのも避けられない話。
やはり口は重たくなるが、後で特に隠す事も無く伝えられるだろう。

「……。」

どこに立てば良いのか、どう声をかければ良いのかも分からないから、
とりあえずマレクの隣、ちょっと右後ろ辺りで、動作を真似て敬意を表しておこう。
機嫌を損ねたら面倒くさそうな相手に、こちらの立場が脅迫される程度に弱いとなれば気も遣う。

「…ああ、そりゃあ。」

ご厚意感謝いたしますとでも言っておくべきなのか?
でもやっぱり無理矢理感があるし、例え厚遇されるとしてもそれは人と人の間でどうなのかと。
不法侵入を働いた側ではあるが、釈然としないものは抱えてしまっていて、
マレクに一言囁き返すのみで言葉は続かなかった。

「……。」

で、何の話をしているのかと、緊張。

マレク > 「子爵夫人。今日だけは例外をお認め下さい。シンディさんはお疲れですし、それに聞けば、彼女はこの王都に恋人と住んでいらっしゃるのです。帰りを待っている人がいるということですから」

帰りを待つ者がいる。それを聞いた時の少女の反応は、これまでを考えれば正しく劇的だった。閉じた羽扇を執務机に叩きつけ、僅かな風が起きてベールを巻き上げる。白皙と、霜が降りたような真っ白な眉と睫毛が灯りの中に垣間見えた。

「……夫人、どうか冷静に」

男の言葉が遮られた。机に置かれたハンドベルを取った少女が、それを3度振る。乾いた涼し気な音が邸宅に響き渡った後、扉が開いて武装した女性が入ってくる。ベルを置いた少女と、冒険者の女性を見たその女は、唇の左端を吊り上げた。

「シンディさん……契約に従い、身体検査を受けて貰わねばなりません」

神妙な顔つきの男が両手を身体の前で重ね、小さく頭を下げた。