2019/07/04 のログ
ご案内:「小高い丘」にルビィ・ガレットさんが現れました。
ルビィ・ガレット > 魔法の気配。――先客である彼女は気づくだろうか。
錬金術師の少女の後方に突如、成人5人は余裕を持って輪の中に入れそうな魔法円が、地面に浮かび上がり――、

その円から青白い光と共に、冒険者風の女が一人、現れる。
長い金糸の三つ編みを揺らしながら。少し物憂げな様子で。

「――お父様ったら。急に……しかも当日に言い出すんだもの」

ため息交じりのひとり言。転移魔法で目的地にたどり着くまで、目を閉じていたものだから。
先客の少女には遅れて気づいた。……紅茶色の双眸が、自分より小柄なその影を認めれば。

「こんばんは」

取り乱した風もなく、人当たりのいい笑みを咄嗟に浮かべれば、夜の挨拶を向けて。

ベルモット > 手提げ籠に摘んだ花を次々と入れながらに、視る人がいるならさも上機嫌そうに見えるように鼻歌を諳んじる。
真実上機嫌であって、夜が明けたら街に向かい、着いたらサウナでも使って、それから着替えてきちんとした寝床で確り休もう。
そうして心身共に充実したならば、きっと錬金術の結果も良い物に違いない。と信じているからだ。

「案外日焼け止めとかにも使えそうよね……日光、妨げるのが本当ならだけど」

これからの時期は香水よりも其方でもいいかもしれない。
期待と欲望を胸に秘め、意気軒昂と輝く花畑を歩く足取りは、風に舞う花のように軽い。いいえ、軽かった。

「──はひっ!?」

足は不意の声に止まる。
しまった、テンションを上げ過ぎて周囲に気を配るのが疎かになっていた。
そう思っても、もう遅い。あたしの足は蹉跌を踏んだ。
背後からの声に、不出来な操り人形のように振り向く顔はきっと引き攣ったもの……なのだけど。

「……あ、あら?」

其処に居たのは魔物でも野盗でも無く、旅人風の女の人だったから、表情は自然と緩みもする。
あたしより背が高くて羨ましいくらいの肢体と、白青の輝きの似合う透き通るような白皙の肌。
もしも恰好がそれらしければ、花の妖精か何かだと思ったに違いない。

「えっと……こんばんは。貴方も花を摘みに来たのよね。うん、これだけ綺麗なんですもの。
他に知っている人が居ても当然よね。ああ吃驚した。変な声を出してしまって御免なさい」

てっきり野盗か何かかと思って。とまでは言わず、柔和な笑みに釣られるように破顔して此方も挨拶をした。

ルビィ・ガレット > 少女の様子に、薄い苦笑いを浮かべる。
当方にとって予想外だったことは、よく考えれば、相手からしてもそうであるはずで。

半歩だけでも彼女に歩み寄ろうとして――、結局やめる。
距離を詰めないまま、少しだけ申し訳なさそうな顔をして、

「――驚かせてしまったわよね? ……ごめんなさい。
 花を摘んでくることばかりが頭にあって、魔法転移先に『誰か』がいることを想定できていなかったの」

そう言う冒険者風の女の手元には、よく見れば。空っぽのガラスドームが。
底には円形の木製の蓋(土台とも言える)が付いているそれ。ガラスドームのてっぺんには、兎の丸い尻尾のようなガラス製の取っ手が。

女は少女とは違い、たくさんの量を必要としていないようだ。
……そのガラスドームに1輪、欲しいくらいで。

ベルモット > 「全く危うく心臓が口からまろび出るかと……じゃなくて。
いえ、いえいえ大丈夫よ。今のはちょっと油断していただけだから──転移?」

困ったような顔をする女性に文句がまろび出そうになって、止まる。
天才はそういう時には驚かない、怯まない。落ち着いているものだから、あたしは空咳をして誤魔化すのだけど、
女性が世間話でもするように、今日食べたお昼ご飯の献立でも口にするように魔術を口にすると、誤魔化しの言葉もまた止まった。

「空間転移!それも座標の乱れも無く!?それでいつの間に近くに……じゃなくて、そんな高等魔術を呼吸も乱さずにだなんて」

そして堰を切るように動き出す。
身体も釣られて一歩、二歩と近づき、改めて女性の状態を上から下に、下から上にと眺めて転移の乱れが無い事に感嘆の声。
その折に、彼女が手にする硝子の器に漸くと気付く始末。

「ま、まあいいわ。ところで貴方の器、随分と奇妙だけれど……お花でも活けるの?」

そしてその器もまた酷く奇妙に思えたから、あたしは更に女性に近づいて、それとなく硝子の器に手を伸ばして触ってみようかと思った。

ルビィ・ガレット > 「………」

途中から言っていることが真逆になっている少女。
本人もそれに気づいたらしく、慌てて自らの言い損じを修正していたが――、
その様子に既視感を覚える半吸血鬼。それと同時に、相手をずるいと思っていた。

自分が彼女みたいな言動を取ったら。白々しいし、小憎たらしいだろうし。
まず、好感を持たれないと思うのだ。――彼女の年相応の幼さとその愛らしい容姿が相まって、許されているというか。
絶妙なバランスで他者に悪印象を与えないのだろう、と。

薄い笑みを保った状態で、黙したまま。女は内心、そんなことを考えていた。
――小娘ごときに嫉妬するな。心の中、尊大な口調で自分自身を叱咤すれば。

「……お、落ち着いてよ? ――人には得手不得手があってね?
 あたしがたまたま、才能があっただけで努力の賜物では――、……」

あ、だめだ。
興奮した様子で迫ってくる少女を煙に巻こうと。適当なことを言って。
沈静化を試みたものの――これ、謙遜どころか謙遜の"振りをした"ただの自慢みたいになっている。

それに気づいた時にはもう遅くて。二の句が告げなくなるダンピール。
続ける言葉に迷っていると、少女のほうから違う話題が出てきたので。
ありがたく、それに乗っかることにすると、

「ただのインテリアにも見えるよう、デザイン性には気は配られているはずなんだけど。
 ……あなたには奇妙に見えたのね。――まぁ、活けると言えばそうね。
 この中に花を入れて保管――いえ、飾るわけだし」

触れてくるその手つきに気づけば。女は悪戯っ子みたいな笑みを浮かべ。
――ひょいっ。少女の手が届かないよう、両手でそのガラスドームを持ち上げてしまう。

ベルモット > 空間転移。読んで字の如く、今居る場所から瞬く間に異なる場所へと移動する術。
下手な術者が執り行えば、座標のズレから土の中や岩の中に出てしまう事だって多々ある危険なものだ。
何処に飛んだか判ればそれでも救助は出来ようが、大体はそのまま行方知れずになってしまう。
目の前の女性は穏やかな物言いで才能だと言った。なんということだろう、此処にも天才が居る。
そして、その天才は今。あたしに硝子の器を触れさせまいと高く、高く掲げて笑っている。

「多分見慣れていないからかも。あたしが見たことのある奴は大体が丸い先に細い口が付いている奴で……
って、やっぱり飾るんだ?ふぅん……転移魔術を使う程の魔術師が生け花……。てっきりあたしは同業者かとばかり」

手が届かなければ杖でも使おうか。と思ったけれど生憎と家宝の杖は後ろの岩場に突き立って角灯を引っ掛けている。
もしかしたら何か、魔術的な処理がされていて触られたくないのかもしれない。そう一応の納得をしてあたしは腕を下げる事にした。

「あたしは飾る為じゃなくて薬品にする為に来たのよ。街の人から話を聞いてね。
月の輝きを受けて咲く花は安息効果や、日光を妨げる効果を持つ。その効能は満月の夜に摘まれたものが最上だ、って。
だから香水とか、日焼け止めに加工して売り出せばきっと人気が出る筈。
そうしたら自然とあたしの名前も売れる。街の人はこれからの時期、日焼けの熱に苦しむ事も無くなる訳で皆が幸せになる。
そーゆー完璧な計画と云う訳!まあ?普通なら加工で苦戦もするんでしょうけど、あたしは天才錬金術師だから?
ちょっと調べて、ちょっと練習して、ちょっと試行錯誤すればちょちょいのちょい。ってなものよ」

代わりに胸を張って鼻を鳴らし、女性に手提げ籠に摘まれた花を自慢するように見せつける。
きらきらと燐光のような光を放つ白青の花は恰も宝石のようで、あたしたちの事を殊更に鮮やかに照らし出す。

ルビィ・ガレット > 転移魔法。……厳守事項はあるし。複数の条件を満たさないと成功しない魔法の一つではあるのだが――、

生憎、それは。自分が"気づいたら"普通に扱えていた魔術のひとつでもあって。
そもそも、自分はハーフとは言え吸血鬼だ。影間の移動ができるし、姿を蝶の群舞に変えて空を飛ぶことだってできる。

なんというか、才能だとか天才以前に――種族上の性能差が大きいような。
もちろん、そんなことは目の前に少女には言うまい。話がややこしくなりそうだし。
腕が少し疲れてきたので、ガラスドームの位置を若干下げながら、

「丸い先に細い口。……花瓶のことを言っているのかしら?
 だとしたら、これは花瓶じゃないわ。器に入れて密封した対象を、半永久的に長持ちさせる効果があるの。
 端的に言って、マジック・アイテム。……高かったわ――あのバカ野郎。今度遭ったら……――こほんっ、じゃなくて。

 ――お父様が。急にこの日忘草のことを想い出されて。……寂しそうに、懐かしまれるものだから。
 だから、心の慰みになるよう……できれば、ずっと。それでこの器を用意したの。
 この中で保管して飾れば、ほとんど経年劣化しないし。この美しい発光性を保てると思って」

途中、声のトーンが際立って低まって。表情も一瞬、凄みのあるものに変わったが。
わざとらしい咳をひとつ零せば、仕切りなおして話を続け。
自分がここまでわざわざ、転移魔法を使ってまでやってきた経緯を説明した。
女の話の中に出てきた登場人物は「お父様」と「あのバカ野郎」。この代名詞二つは同一人物では無さそうだ。

話が少し散らばったが、今度は少女の話に耳を傾けると、

「あたしのことを『同業者』かと思ったのは、そういうことだったのね。
 ……街の人から聞いた話とは言え、あなた、日忘草について詳しいのね? 

 ――ちゃんと人の話を聞いて、覚えている証拠だわ」

このあたりで「えらい、えらい」と少女の頭を撫でてもよかったのだが。
両手がガラスドームで塞がれていることを思い出すと、それは断念して。

「……あなたがそんな野望を抱いていることも、あなたが実は天才だって言うこともわかったけど――まだ、わからないこともあって。
 その、天才・美少女錬金術師の名前は。……なんて言うの?

 あたしはルビィ・ガレット。見てのとおり、冒険者よ」

誇らしげに胸を張る少女。そんな彼女に対して、苛立ちや嫌悪感を抱くことは無い。
むしろ、女からすれば微笑ましく。……籠に積まれた日忘草を目にすれば、己が幼少時、家の庭で自生していた花を摘み取って、父母に見せに行ったことを思い出した。
弟には見せに行かなかった気がする。……なんでだっけ。そんな想い出、感傷にこっそり浸りながら、心内環境を入れ換えようと。

少し演技掛かった、冗談めかした様子で。少女の名を尋ねた。

ベルモット > 「いえ、透明な硝子で出来ている奴。うちの流派では使わないんだけど、パパが参考資料として……
あ、やっぱりマジックアイテムだったのね。それなら迂闊に触られたく無いのも当然だわ」

掲げられ、そして下がってきた硝子の器はあたしの予想通り魔術的な代物だった。
曰く鮮度を保つとされる代物であるらしく、その価値は綺麗な顔を一瞬歪ませる女性の様から想像出来る。
それでも、大枚をはたいてでも父親の為にと購入した親思いの彼女を好ましく思った。

「ふふん、褒めても何も……何も出ないわ。勿論忘れないようにちゃあんとメモだって取っているのだから。……ほら」

そういった女性に褒められるのも悪くない。危うくあたしは『飴玉くらいしか出ない』なんて言いそうになったのを引っ込め、
代わりに腰に巻かれたバッグから革で装丁されたメモ帳を取り出し、日忘草について事細かに記されたページを提示する。
文字は自分で言うのもなんだけれど、綺麗と言っても良い筈だけれど、生憎と記された日忘草の絵は実物と似ても似つかない。
追求されたら、教えてくれたお爺さんの説明が悪かったのよ。なんて惚けてやろうとも思った。

「あっと、そうだった肝心の御名前……あたしの名前はベルモット。天才錬金術師のベルモット・ベルガモットよ。
この国に来てまだ新参だけれど、何れは誰しもがあたしの名前を知る事になるわ
今日此処に居るのもその為の一歩。栄誉の道も一歩からって言うし」

それは兎も角として唇を緩やかに曲げて自己紹介。
道行く人があたしの名前を呼んで、あたしは軽やかに手を振って笑顔で応じる。
あたしの作り上げた品々で誰しもが幸せに、便利に生活していく事が出来る。
そういった未来を想うなら自然と唇だって緩んでしまうもの。

「ゆくゆくはルビィさんの空間転移の魔術だって、そういった機能をもった道具として作り上げてみせるわ。
そうすれば一々馬車や船に揺られて移動する不便も無くなるもの。
まあー……座標の問題があるから、道具というよりも装置を備えた施設とか?
例えばこの国とシェンヤンの国交がきちんと良くなるなら、双方に設置するなりで移動は随分と便利よね。
………実際便利?」

未来への展望を語り、欲望の二文字に瞳を輝かせて、そして最後には実際どうなのか?とルビィさんに首がかたりと傾いた。
何しろ目の前に空間転移の達者な冒険者がいるんだもの。実際の意見を得られる機会は逃したくはない。
あたしはメモ帳と鉛筆を手に素早く近づき、周囲に誰も居ないのに内緒話を聞くように耳を傾けるの。

ルビィ・ガレット > 「――あなたが人の持ち物を壊すような子には。見えていなかったんだけど。
 なんか、意地悪したくなったのよね。……いい反応、見せてくれないかなあって」

希少性ゆえに、少女の手からガラスドームを遠ざけた、と言うよりかは。
女の、そんな下心からで。……それを晒しながら、子どもみたいな笑みを浮かべる。
無邪気そうな顔をしている時に限って、悪戯を考えているのがこの半吸血鬼で。

精神年齢については、目の前の少女の実年齢とそう変わらないかも知れない。

「あら。照れないのね? ……あなたって、取り乱さないんだ?
 ――ふぅん。……別の路線から攻めるべきか。……うん? どれどれ」

実は、褒め言葉の耐性が薄い女。少女に対して親近感を抱ける部分もあれば、
自分とは真逆なのだな……と、感じられる部分もあって。その意外性は別に嫌ではなく、
むしろ少し面白い気がした。小声で大人げないというか、悪巧みの一端をちらつかせるも。
少女が取り出し、見せてきたメモ帳のページに関心が向いて。その思考は霧散した。

「大人びた字を書くのね……それもこんなに、ページの隙間を埋めて、無駄が無いように。
 モノを大事に使っている感じがする。好感が持て――う、うん?

 あ、あぁ~……そうよ、ね? ――不思議よね。メモ帳を使っていると、
 ページのどこかになぜか落書きをしたくなるのよね」

少女の人柄が窺えるような筆跡、それにページの使い方。それに感心をしていたのだが。
……おそらく、日忘草を描こうとして「別の何か」になった絵を見つけると。
先回りするかのようなフォローを入れる。

「あら。……姓が素敵ね。――ベルガモット。紅茶の香り付けに使われる、柑橘類だったわよね? 確か。
 ……そう、ね。あなたの名前って、まるで韻を踏んでいるみたいに覚えやすいし。音の響きも綺麗だし。
 もう、何かを成す前から印象に残りそうよ」

この半吸血鬼にしては珍しく、裏表も嫌味も無く、少女の名前を褒めた。
なぜなのか。……自分でもよくわからない。普段なら隙あれば、人をこき下ろそうとするような性分なのに。
少女が魔力を必要としない魔法を使っているような気がして、「これが天性の……」と、少しだけ物思いに耽る。

「率直に言えば、『便利』だとは思うけれど――それを快く思わない連中もいると思う。
 何事にもメリットとデメリットがあるから。……国交を良くするだなんて、政に関わることだし。
 
 本音を言えば――ベルモットにそんなこと、しないで欲しいと思う。
 夢や理想を持つのはいいけれど、あなたが誰かの思惑や陰謀に巻き込まれる気がして、私は嫌。
 ……ああ、ごめんなさい? ――転移魔法の実用化の、利便性についてだけ、述べればよかったかしら」

どうにも、彼女の将来に水を差すような。つまらないことを言ってしまった気がする。
珍しくも、自分の言葉に善性を感じられるし……調子が狂った半吸血鬼は、いつの間にか胸元に抱きかかえていた
ガラスドームに視線を落とした。

ベルモット > 「む、意地悪したくなった。それはきっとあたしが天才だからよ。だから気にしないで頂戴。
天才は妬まれるものだから慣れているわ。そう、褒められているのにも──って何か不穏な事言ってない!?」

メモを見せながら得意顔。だったのに何やら不穏な言葉が聴こえた気がして言葉が矢のように飛んだ。

「……教えてくれたお爺さんの説明が悪いのよ」

でもそれはルビィさんに届く前に地に落ちて、測距していた視線が夜闇に泳ぐ。まあ日忘草の輝きがとっても綺麗。
そんな与太な思考も俯瞰して、夜風に流されて消え、風に流されるようにメモ帳はバッグへと消える。

「……ほ、褒めてくれてありがとう。印象に残ったなら何よりだわ。こればっかりはパパとママに感謝しないと」

そうした時に名前を褒められると、恰も褒められ慣れていないかのように言葉が澱んでしまう。
名前。きっとあたしの両親があたしの事を想って付けてくれたものだから、こればかりはどうにも背中が痒くなるような感覚を覚える。
親に反発をして、家を出てしまった身だから尚更。ママと同じように、技術の普及を、便利になる事を危惧する事を言われたなら尚更。

「わ、わかってるわよ。目的地から目的地へ行ける。道中の安全も保障される。野盗なんかは干上がってしまう。
反面、野盗がそういった便利な道具を手に入れたら大変だから、普及するにあたってはその辺の対策も考えないといけない。
国交は……ほら、まあ、良くなったらって例えで……あたし、政治なんて判らないし……」

自分が作り上げたものが犯罪に使われる。悲劇の引き金になる。
それは錬金術師ならずとも、物作りに携わるものならば誰しもが避ける努力をしなければならない。
……武器屋さんはまた別として、あたしは親指の爪を噛んで少し、考えるように言葉を並べた。
でも、対策が直ぐに出よう筈も無い。

「……そ、そういった観点からすると、ルビィさんの持っている硝子の器の方が生活に根差した代物よね。
仕組みを解明して、もっと安価に大量生産出来るようになれば、例えば山間の村でも新鮮な海の幸が口に出来るようになるし。
綺麗な草花をそのままに愛でて、心を和ませる事の条件が貧富の差。なぁんて事も無くなるわ!
そうなったらルビィさんのお父様も、もっともっと沢山の日忘草に囲まれて安らかな気持ちになるでしょうし……
折角だもの。綺麗な形のお花を活けていきましょう?」

だから言葉が逃げた。
ルビィさんが視線を落とした先にあたしは言葉を向けて、声を努めて明るくして平和的なお花摘みを提案するの。

ルビィ・ガレット > 「――私の血には半分、魔性が流れているもの」

少女の反応の良さに目を細め、落ちた言葉の矢をそっと拾う、半吸血鬼。
むしろ、不穏な言葉こそが本性だと言いたげな言を放ち。

「あ。ベルモットったら。……やっと怯んだわ、少しは動じた。
 ――ふぅん? やっぱり、天才にも弱点があるのね??」

さすがにこちらが肯定的な言葉を連ねると、少女とて堪えるらしい。
正確には、女が親所縁の名前を褒めたものだから。少女はくすぐったくなったのだろうれど。
こちらとしては、面白みを感じられる表情を相手にさせられた訳で。それだけで気分がよかった。

……女の。天邪鬼で、性根の悪さが窺える。

「――自分の生み出したものが、多くの者に影響を与え。場合によっては誰かを傷つけ、不幸にさせる。
 ……ベルモットってやっぱり、そういうのを『愉しい』とは思えない子なんだ?」

少女を挑発するような、どこか試すような物言い。
女の表情は薄く曖昧で、笑っているようにも――嗤っているようにも見える。
やがて、そのへんの日忘草を。片手で器用に1輪摘み取れば。それをガラスドーム内に収めて。

「私は、街はずれの無人邸に棲んでいる吸血鬼。……の、ハーフ。
 『お父様』ってのはそこに未だ残留している本来の持ち主――亡霊のことよ。
 ……私を自分の娘だと思って接してくるの。居場所を提供してもらってる訳だし、それくらいは付き合うことにしている。

 お父様――いや、『あいつ』との父娘(おやこ)ごっこも結構愉しいし。
 ところで、さ。ベルモット。……私が不意打ちであなたを襲ってきたら――どうするつもりだった?」

片頬を持ち上げて嗤えば、女の白い歯が覗く。……それは尖っておらず、普通に見える。
少女がまともな返答を寄越そうが寄越すまいが、ガラスドームを抱きかかえている右腕から。
……青白く発光する、無数の蝶へと変化させていき。――夜の闇向こうへ消えていく。悪い冗談のように。

ベルモット > 魔性。例えば男の人を惑わす美しい女性の事を言ったりする。
人をからかって楽しむような、意地の悪い人の事も多分含むかもしれない。
だからあたしは魔性と聞いても唇を尖らせて不満そうな顔をするだけだった。
弱点なんて言われても応えてなんかあげなくって、でもルビィさんの為に見目の良い花を摘もうと視線を煌めく大地へと向けていた。

「……あたしは、自分の生み出したもので多くの人に影響を与えて、幸せにするのが目的よ。
素晴らしいものは素晴らしいままで、綺麗なものは綺麗なままで、広く普く通って行って……そういうものを目指してるの。
あたしは天才だから大丈夫。例え何処の国の神様にだって邪魔はさせないんだから」

あたしに神は居ない。あたしに居るのは"あたし"だけだ。
神秘を失墜させ手中におさめんとする錬金術の徒が、自らを由とせず曖昧なものに頼るのはあってはならない。
足と手が止まる。その横をルビィさんの手が無造作に、無作為に花を摘んで器へと収めて行った。
花は、些か形が悪く思えた。

「───えっ」

もっといい花があるのに。そう言おうとして顔を上げたら、ルビィさんが何でも無い事のように何かを言った。
聞き返そうとしたら彼女が薄く笑って、嗤って。青白く煌めく草花に良く合った、美しい蝶の群へとその姿を変えている。
変えてしまった。

「み、みみみ見逃してもらった……そういうこと……!?」

吸血鬼。
血を吸う鬼。
天離る月夜を領土とし、日に拠る全てに仇成す宵闇の貴族。
人の身体なんて、水に濡れた紙を裂くように引き裂く悪性の塊。
もしも襲われていたらひとたまりも無い。瞬く間に死んでいる。
いや、もしかしたらまだその辺に居るのかもしれない。半分は人だと言ったけれど、どうして信じられようものか。

「あのね、あたしの血美味しくないからね!?本当よ!?お腹壊したら可哀そうだから言っておくけど!!!!」

あたしは慌てて岩場の杖を手に掴み、日も明けていないのに一目散に街へ向かって駆け出した。
余人が視たら何を叫びながら走っているのかと、きっと首を傾げたに違いないけれど、幸いにして見ているのは丸くて綺麗な月ばかり。

ご案内:「小高い丘」からベルモットさんが去りました。
ご案内:「小高い丘」からルビィ・ガレットさんが去りました。