2018/07/11 のログ
■リータ > 「師団長様お手製なのですか。」
それ以上口にしはしなかったが、明らかに『クッキーを作りそうには見えない』という反応であった。
大雑把な手作りクッキーというわけでもなく、どことなく繊細に見える
形状と香りが余計に彼の大柄な体格とのイメージからかけ離れていく。
しかしそれは置いておいて、嬉しい。
「有難う御座います。子どもも多いので喜びます。」
ここでお茶請けにしてしまうより、きっと教会関係者で味わわせてもらったほうが喜んでくれそうな人だと判断し、
少女は匂いだけを堪能し、紙袋に入ったクッキーを大事にとっておく。
対して彼に勧められるのはあまり上等とはいえない紅茶と油の少ない焼き菓子だったが。
どうぞ、と紅茶を勧めながら己もカップに唇を付けた。
喉を潤わせることで、言いにくそうに本題に入る彼との会話が、穏やかに進むようにと。
しかしその本題は突拍子もないもので、紅い瞳をぱちくりとさせた後、神妙になり。
「――――それは、神のご意思ではなく私の個人的な意見になってしまいそうです。
今、神のご意思を直接賜る者はおらず……、正直、他の宗派の方は
存じ上げないところもあるのですが…、私が知る限りでは
ヤルダバオート様の明確なお声が届くという話は聞きません。」
それこそ神の生まれ変わりの様な存在が誕生しなくては、はっきりしないことだろう。
それを前提とし、少女はぼんやりと思案する。
考えたことのない視点であった。ただ、気になるのは。
「師団長様は魔族の方と共に生きたいとお考えなのでしょうか。」
素朴な疑問だが、王都では、王国軍の耳がある場所ではとても口に出来ない言葉だ。
魔族討伐と銘打って今回の戦争が激化し、多大な犠牲も出ている。
そんな状況で、あろうことか1つの師団をまとめる団長がそう考えているとすれば、大問題ではすまないのだろう。
しかし少女は軍とは何ら関係のない存在。
責めるでもなく、詰問したいわけでもなく、不意に言葉に出した。
■バルベリト > 「あ、師団長様、とか堅苦しいのはナシで。呼び捨てでも良いくらいだぞー。俺も、何時もの口調に戻すから。」
明らかな反応は読みやすいが、嬉しい、負の感情とは無縁のそれを見せてくれた上での此方の意図まで酌んでくれるその後の行動。
ありがたく紅茶が注がれたカップに指を触れさせ、そして焼き菓子――上等ではないとはいえ。相手側が此方を歓待してくれているのはわかる。
だからありがたく、冷めない内に紅茶を口に含み。その後で遠慮なく焼き菓子も一つ指でつまみ、口に運ぶ。
「あぁ、子供が喜ぶのは良いな。――俺らもそうだけど、子供の無邪気な笑顔ってのは――本人周囲のみならず、大人の心も時々軽くしてくれる。ときどーき騒ぎすぎて、色気づいた子がスカートめくりとかしなけりゃもっと良いんだけどな。」
神妙な声音になる相手。少なくとも頭ごなしに反射的な返答をしてこない。
此方の問いかけに真っ向から、真摯に向き合ってくれている事が判る。
適当に神の御意思と嘯かない。――言葉を切るタイミングも、言葉を紡ぐタイミングも。
すべてが少女の心を映し出してくれている。
その上で続いた問いかけには少女の素朴な疑問ながら――責めるといった攻撃性はまるで見えてこない。だから自分も――言葉を続ける事は出来た。
「――共に生きたい、のかな。そこまではまだ俺の中ではっきり答えが出ていない。ただ――」
続けた言葉は先日の魔族の国への侵攻戦の裏側。タナール砦の防衛についた時に出会った一人の魔族の存在。
隊を率いる、自分の様な立場でありながらも、魔族の兵の無駄な死を嫌い。身は戦地にあれど、心と視線を自らの領民に向ける――人間でも中々目にしないような立派な人物、否、魔族であった事。
その際に思えたのは、人であろうと、魔族であろうと手を携える事が出来るのではないかという従来の自分の奥底にあった考えが、表層に浮上してきたこと。
――ただ、それが王国の騎士としては失格である事。
――それは表立って口に出せない事。
――戦以外にも、魔族との和平の道があるとすれば。それを模索するのは、良い事なのか。悪い事なのか。信用の出来る魔族もいた。だが、魔族からの先日の威嚇攻撃とも言える山賊街道から離れた位置へのクレーターが出来るほどの攻撃に、民衆の声に。自分の中に浮かんだ魔族との共存等と言うのは、甘い戯言ではないのか。
それらを隠し立てなく伝えていく。
王国の耳が届かない場所だから言える事であり。
少女を信用したのか。信頼しているのか。その少女の意見を聞きたいという個人的な申し出でもあった。
■リータ > 「呼び捨てですか…………私、今までその様に誰かを呼んだ経験がありません。」
ある意味すごーく難題だった。
特別なお客様だとの認識はあるが、そこまで外面を張っているわけでもなく、普段の言動と大差ない。
これ以上崩すとなると畏まれと命じられるより難しい。
難題に困り果てる少女とは裏腹に、相手はたしかに来た当初に比べ砕けている。
その様子を見て、真似てみようと肩を楽にしてみたり。
「スカートめくりですか?…あぁ!たまに修道服をめくる子がおりますけど、あれですね。
あれは"色気づいた"からやるのですね。普段見えないからこそ脚を見たいのかと思ってましたけれど…。」
探検ごっこと同じ様なものかと。
彼らと年が近い己より、よっぽど相手のほうが子どもの気持ちを理解しているように見える。
その発言も態度も、立場ある王国軍師団長という印象には少し離れており、好印象だった。
ただ、無邪気なだけなら罰せられることもないだろう。
しかし国が敵と認めている魔族との問題ともなれば話は別。
率直な言葉を聞けば聞くほど彼の中で迷いは深いのだと、初対面の身でも分かる。
話を聞き、少女の口は重たくなった。
彼は広い世界で、大きな視野で物事を考えている。
それに比べて神典に依存して生きるしかない己の言葉は、果たして必要なのだろうか。
「…………神は、いつだって寛容だと教わってきました。
だから例え師団長様が間違っていたとしても、許してくださるのだと思います。
ですが正直なところ…そのお考えはあまりに大きくて、遠くて、私には想像も出来ません。
でも、―――もしも本当に魔族と共に生きる道を求めるとしたら、師団長様には力が必要になりますね。
今、空位である国王様の地位と同等と言ってもいいほどの、力が。」
聖職者としての立場を前提として答えてみても上手く伝えられず、
少女は彼の口にする"想像出来ない道"を想像してみながら本音を口にする。
あまりに重たい考えごとは半分ほど残っている紅茶を冷めさせてしまっていたが、意識の外に。
■バルベリト > 「いきなり脚だけに興味を持つとか、ある意味上級者思考だなそれ……。やっぱりいるのかーそういう子は。ちゃんと叱ってやらないと、俺みたいなろくでもないオッサンになるぞ……。」
自分もそれしたことありますと言う言外のカミングアウトは伏せるとして。
実際に迷いは深い。深いからこそ自力で迷いから抜け出そうとすれば、そこからさらに状況が変動していく。
底なし沼で足掻くかの様な、何をしても自らは沈んでいく無力感と脱力感。それらが最近のサボリ癖に拍車を掛けていた事は否定が出来ず。
そして騎士団では相談も出来ない事であり、たまたま耳にした少女の説法の話と光景に。文字通り藁をも掴む思いで此処に足を運んでいたのは事実だった。
手に余る広さと、視野に足らぬ力量。いずれもが、独力でどうこう出来ると言う範疇を超えてしまっている自覚が有るのが余計に拍車を掛けていた。
――今、自分に必要なのは。どんな視点であろうとも、自分にない視点。思考。同調でなくとも、反発であってもかまわない。
自分だけの意識で、自分だけの思考で。檻に閉じ込められない為のどんな小さな力でも良い。
人を立ち止まらせ、耳を傾けさせた少女の中にある声を必要としていた。
「――――間違えていようとも、か。うぐぐ、俺自身の頭が良くないのに難しい事をあれこれ考えすぎなのかもしれないか。
うわー………力かぁ……。」
少女は必死に考えてくれた。その言葉はたとえ、伝わりにくい立場からの声だとしても。
此方の言葉を、考えをトレースした上での、想像。そこからの少女の本音は。……心に届かないはずが無かった。
相手をきちんと見て、言葉を聞き。必死に自分の言葉を紡ぐ相手の言葉を軽んじるような人間が何処にいるだろう。
その本音。大きく、遠いと言う感想。必要な力の大きさ。
それらを正直に伝える少女は、自分の言葉に責任を持って応えようとしているのが伝わって来る。
「―――うん。」
悩みが完全に晴れる訳ではない。
悩みを晴らす具体的な意見だった訳ではない。
ただ、少女が此方の言葉に真摯に向き合った言葉に。底なし沼のような足場の無い不安感が薄れたのは事実。
もう一度、カップに指を触れさせ――残されている、冷めていた紅茶を口に含む。
「そうだな、目的地っていうか最終地点だけ見ていても――求めている地点までの道が必要だよな。――リータ、ありがとう。」
知らず。自分は遠くの理想ばかりを眺め、足元の道を見失っていた様にも思う。道を見失い、足場すら踏み外し。底なし沼に知らず突っ込んでいた。
――嗚呼、少女の声は人の心を、不安を。きちんと掬い取って真正面から見てくれるから、人の足を止め、声に耳を傾けさせる不思議な力が有るのだろう。
「あ、やべ。今の話人にはナイショな?バレたら俺やべーし…。」
■リータ > 「師団長様、ろくでもないのですか?
時間がなくて師団長様についての報告書を全部目に通せなくて…。
後できちんと読んでおきます。」
やはり王国軍の人物が来るとなった時から教会はそこそこ準備をしていたらしい。
応対する生神女へと上げられた報告書には、長々と功績やら最近の戦歴があったようだ。
自称"ろくでもない"についてはフォローすべきだった気もするが、少女、興味津々。
そもそもろくでもない人間が、ここまで王国の行く末や魔族を案じて悩むということもないのだろう。
大した助言も出来ないうち、ではあったが、少しばかり表情の変わった男を少女はただ見つめる。
吹っ切ったとも違う、きっとこの人はまだ悩み迷いながらも道を進むのだろうと、思わせてくれる。
「……はい、秘密です。」
マジメな話ではあったが、相手のノリが軽いのでつい、少女は楽しそうに笑って人差し指を唇に添える。
あまり評判のいい教会ではないが、それでもノーシス主教の教会に師団長が来たとして罪ではないはずだ。
今夜の話は2人の秘密として、神に祈った、その程度の夜と記録されるのだろう。
「お帰りになりますか?……あの、師団長様。
私、無責任に申してしまった気がしますけれど…ご無理はなさらないでください。
軍のことは分かりませんから、偉そうなことは言えないのですが…
神のご加護が届かない場所も、状況もあります。
どうか、お命は大切になさってください。」
どうしても第7師団長のことは頭に過る。
軍人たる者、命ばかり優先してもいられないのかもしれないが、
己は軍人ではないのだから不安げに念を押すことも許されるだろう。
■バルベリト > 「…後光が射して見えるな。やめろー!今のまま!今のままの評価のほうがきっといいから!」
どこまで調べ上げられているかは知らないが――なんとなく、報告書を全部読まれるのは気恥ずかしい。
興味津々といったその視線に耐え切れず視線を背けてしまう。かつての――権力の犬時代まで調べ上げる事が出来ているなら、少女からの見る目も変わるだろう。
……ただ、その時代を経て、第2師団補佐の少女との出会いや。
他の出会いを経た上で今の自分がある。そこは、恥とは思わないがやはり恥ずかしい。
真面目な話であろうと、その真面目さを極端に重くしない。
理由は――相談する相手にその重さをずっと背負わせたくは無いからだ。
此方のお願いに付き合ってくれた相手には、特に。だから、茶化す。道化ともなろう。
人差し指を唇に添えて笑顔になる少女に、自分もまた釣られて――そうそう、と首を何度も縦に振る。
素直な、純粋な。――何よりも善良な良い人物だ。魔の気配があろうと、なかろうと。――少女を悪と捉える様な存在は居ないだろうと思えるほどに。
「帰らないとまずいだろ。リータは可愛らしいし、ここで帰りません!とか言い出したら問題でしかないからな。お茶もお菓子もご馳走様。……一番のご馳走は、心からこっちの事を案じてくれてさ。言葉を必死に伝えてくれたリータの声だったよ。」
大きな掌が伸びた。年端もいかぬ少女が逃げないならば。桃花色が目にも心にも優しく映える其の頭部。
そこを幅が広い掌でゆっくり撫でると言う不敬な行為をしようとしていた。
「サンキュ。命があってこそ、道も作れる。道も探せるもんだ。
無責任なんかじゃなく、リータの言葉はさ。間違いなく人の心に届く、慈愛に満ちた声だった。無責任に背中を推すんじゃない。
しっかり責任感を持って、人を人として。同じ目線と思考で物事を考えてくれた声だったよ。
――――また、話を聞きに来ても良いか?」
命を大切に。そう口にした相手に、返事の代わりに向けるのは『次』の訪問の話だ。つまり、命をそう簡単に捨てるつもりは無い事。
不安そうにする少女にはこういう言葉の方が安心感もあるだろう。何より――その言葉が、自分には届いた。必要としていると言う事を伝えるほうが。
少女にも少しは自分の心の安らぎというものが伝わるかも知れないから。
「今日は急な申し出だったのにありがとうな。神の加護が届かない場所、状況があるとしてもさ。俺は人の心を救えるかはわからないが――リータの声は人を救える力が有ったぞ?今の状況なら――俺のようなオッサンよりも、リータのように人の心を救える力の方が大事なんだ。
リータの方こそ、命も、身体も大切にな?」
■リータ > 素直な分、やめろと言われれば頷こうと思うのだが――やはり興味には勝てない。
読まないまま処分するのも勿体ないし、報告書は後で確実に読むことになるのだろう。
世間との接触が少なく、いまいち会話のテンポがズレる少女。
帰らない選択肢を選べないと言う彼の言葉を、どうにも正しく受け取れず。
「ご安心ください。寝食に困っている方もいらっしゃいますから、隣の建物にいくつかお部屋はあります。
ですが師団長様のお身体ですとベッドからはみ出てしまうかもしれませんから…
やっぱりご自身のお部屋のほうがゆっくり休めますね。」
などと、のんびり話す少女の頭を撫でるのは簡単だったことだろう。
拒むそぶりはなかったが、普段撫でられる機会がないために不思議そうな表情を浮かべた顔を上げ――
子ども扱いに照れたか、頬を染めて曖昧に微笑む。
「もちろん、いつでもお越しください。お待ちしています。
1つお願いが。遠征など、本格的な戦闘に出立される場合はお手紙をください。
無事ご帰還されるまで祈請いたします。」
神を信じない者からしてみれば自己満足であっても、
神に心服する少女にとってはそれが最大限の鼓吹になるだろうとの考え。
次があるのなら、その時まで命を大切にしてくれるはずだと、信じることにした。
「はい。私もまた師団長様がいらしてくださる時まで、体調管理には気を付けます。」
戦闘に赴くこともない己はせいぜい風邪をひくくらいだと、少女は笑い声混じりに答える。
貰ったクッキーの紙袋を抱き、扉を開けて彼を見送ることにした。
行きは修道女に案内を任せたが帰りは共に廊下を歩き、教会を出るまで付き添うつもりで。
■バルベリト > 「……お、おう。リータは心やさしい良い子だなぁ」
頭を素直に撫でられながら、どこか違う世界での返答を返してくる少女。
この時代、この騒乱の中でこの純粋さが喪われない事をただただ祈るばかりだ。そう、無神論者や、神と言うのをイマイチ理解しない己でさえも。
癖が無い髪の毛は女性というより少女らしさを感じさせてくれる。
ひとしきり撫でた後に立ち上がり――少女からの申し出には応える様に首を縦に。
「次はもう少しクッキーも多目に作ってくるか。子供も、修道女も。リータも全員で楽しめる位の量な。……そうならないようにはしたいが、もし本格的にそういう事態になったら。
手紙は必ず届けるさ。あ、でも寝ないで祈りを捧げ続けるとかはナシな!今の言葉だけでも十分だし、朝起きた時のついでとかでも有り難い話だし。」
そもそもだ。自分の無事を無償で祈ろう等と言う奇特な少女が初めてだ。
噂よりも少女は人の心を癒し、引き寄せる魅力に溢れている。
――廊下を共に歩き、教会を出る間際にもう一度だけ、くしゃりと少女の髪の毛を撫でてから。
底なし沼から抜け出す筋道を得た騎士団長は元の職場に戻っていく。
少女は教会で。或いは道すがらで。人々の心を癒すのだろう。
救いの力と方向性、救う物こそ違えども、今宵の出会いは己にとっては――転機となる足がかりには十分な視野の広がりともう一度足場をしっかり見定める切っ掛けを与えてくれる。
何よりも有り難い一時を齎してくれていた。
■リータ > 彼と言葉を交わす最中、少女はよく笑った。
年相応の笑顔で、笑い声で、教会で教徒と話す際とは少し違った雰囲気で。
その事実に自覚はあまりなかったのだが、大きな掌の感触を残し、去って行く彼を見送った後。
背中が見えなくなるまで手を振り、教会の扉を閉めてから、淡く温かな心地になっていることは分かった。
神と共に生き、聖母として振る舞う以外の選択肢はないのだが、
それでも彼と語り合った時間は義務を忘れ、違った気持ちで過ごしていたらしい。
――――それが許された今夜。
明日、また教会の扉が開いた後に訪れるのだろう子ども達に
上等なクッキーを配ってあげられることを楽しみに、少女は穏やかな眠りにつくのだろう。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート エマヌエル教会/私室」からバルベリトさんが去りました。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート エマヌエル教会/私室」からリータさんが去りました。