2019/04/30 のログ
ご案内:「平民地区 冒険者ギルド:修練場」にエレイさんが現れました。
■エレイ > 「──あっれー?」
ある日の夕暮れ時。
ギルドの修練場に顔を出した男は、不思議そうに目を丸くしながら変な声を上げていた。
この修練場、普段は訓練に励む冒険者たちで賑わっており、そうした連中を冷やかしたり、
気が向いたら軽くアドバイスしたり手合わせに付き合ったりするのが、男の暇つぶしの一つであった。
この時間帯でも、基本的に何人かいたりするのが常なのだが──
「……珍しく誰もいないというあるさま。緊急のクエストでも入ったかな?」
──今は、訪れたばかりのこの男以外、誰もいなかった。
ポリポリと頭を掻きながら周囲を改めて見渡しつつボヤいてみるも、その声に答える者は今の所不在のようで。
フンス、と小さく鼻を鳴らしつつ、無人ゆえか普段より広く感じる修練場の広場をざしざしと歩き始め。
■エレイ > 「こんな日もあるものなんだなという顔になる。む……まったく、出るときはちゃんと片付けろよ」
ふと、足元に一本の長剣が無造作に落ちているのに気づくとそれを拾い上げて嘆息一つ。
刃引きが施された訓練用の代物だ。
「………」
男はなんとなく、それを片手で握って掲げてみる。その剣に特別、何かあるわけでもない。
特に用向きはないのだから、さっさと所定の位置に片付ければ良いだけである。
しかし、なんとなく──本当になんとなく。男はそれを、両手で改めて握り直した。
「……ふむ……」
す、と正眼に構えて、そのまま佇む。
──何気ない動作だが、妙に様になっている。
というか、少なくとも素人の佇まいでないことは、おそらく誰が見ても解るだろう。
■エレイ > 剣を構えたまま目を閉じ、佇むこと十数秒。
やがて目を開くと同時に剣をゆっくりと振り上げ、緩やかな半歩の踏み込みと共にゆっくりと振り下ろす。
その動作を、2度、3度。男の表情が何故か緩む。
何かを懐かしむような、そんな表情を浮かべながら、一人素振りをし続ける。
その素振り、緩やかな動作なのに剣の描く軌道にブレは一切なく、寸分違わず同じ場所を通過し続けている。
見るものが見たなら、男がその動作を、数えるのも馬鹿らしいほど繰り返してきた証拠であることが解るだろうか。
ご案内:「平民地区 冒険者ギルド:修練場」にミレイラさんが現れました。
■ミレイラ > 貴族の界隈というものは、ゴシップや悪口、噂話に満ちている。
誰に出会っても、だれそれがシェンヤンの女をどうこうだとか。だれかれが送られてきたシスターにどうこうしたとか。
「つっまんないの。」
ため息交じりに呟きながら、街を歩く貴族の令嬢。
令嬢といっても兄や姉がしっかり家を継いでいるから、単なる自由人。
パーティの招待を蹴っ飛ばし、黒髪のポニーテールを揺らしながら、家柄の良さがわかる衣服を身に着けて、行きつけの酒場に行こうと足を延ばす。
ドレスとまではいかないが、上質な布を持ち上げる女性らしいボディライン……と、それをものともしない駆け足やジャンプ。自由人。
そんな道の半ば、素振りをする剣士を見つければ、ほぉぅ、と顎に手を当ててそれを見る。
気分は師匠だ。ふむふむ、とわかった顔で頷いてそれを眺める。
■エレイ > 「──……ンン?」
しばしの間繰り返されていた素振りは、いつしか向けられていた視線に男が気づいたことでピタリと止まる。
そのままそちらに目を向ければ、上等な装いを纏った令嬢らしき女性が立っているのが見えて。
少し不思議そうに瞬きをしてから、手にしていた剣をくるりと下に向けて地面にさくっと突き立てると、
へらりと緩い笑みを浮かべつつそちらへと近づいてゆき。
「……やあやあコンバンハッ。どっかのお嬢様っぽく見えるが、ギルドに何か用かな?」
片手をひら、と振って見せながら、そんな言葉を投げかけてみた。
■ミレイラ > 「うぇっ!?」
え、気が付かれた、と一瞬あからさまにギョッとした表情を見せる。
どうやら、まったく気が付かれていないつもりだったらしい。
………が、しばらく視線を右往左往させてから、こほん、と咳払いをして。
「なかなかいい腕だと思ってね。
何、時々依頼に来る程度の零細貴族さ。 気にせずに続けてくれていい。
……しかし、音もたてずに見ていたはずだが、よく分かったね?」
クールに振舞おうとする。表情はコロコロ変わり、自分のキャラもブレッブレである。
多分最初の露骨にびっくりした顔が素。
■エレイ > 「謙虚だから褒められても自慢はしないが……思うにあれだけガン見していたら
誰だって気づいてしまうのではないか?」
垣間見えた驚き顔とか、目を泳がせる様もしっかり見届けながら、なにやら
クールぶって賞賛してくる彼女に眉を下げて笑いながら尤もなツッコミを入れてみたり。
ちょっとオモシロい感じのお嬢さんだなあ、などと内心で思いつつ。
「まああそれはそれとして……なんだったら中、入ってみるかね? 普段は大体むさ苦しい野郎共ばかり
たむろしてるこの訓練場なんだが、今は幸か不幸か俺以外に誰もいねぇーからな」
なんて、サムズアップしながら訓練場に招いてみたりして。
■ミレイラ > 「………ああ、そうだな、知っている。
気配を察するという奴だな。空気を読む……とは違うか、あれ?
いや、知ってる、知ってる。知っているんだぞ。」
ふふん、知っているぞ、とばかりにしたり顔で言葉を続けようとして。
なんか違うニュアンスになって、はて、と首を傾げる。 知ってるんだぞ、と何度も強調しつつ。
「……いいのか? ふぅん、それじゃあお言葉に甘えるとしようか。
どのような設備で訓練して、どのような腕になるのかを理解していなければ、正しい依頼も出せないしね。」
では、とばかりに悠然と中に歩を進める。
ほー、と周囲を物珍しそうに眺めて。 いつもは人づてに依頼を渡すだけだ。
冒険者が訓練や待機をする場所には、なかなか踏み込んだこともないし、ちょっと怖い。
なので、言葉とは裏腹に、嬉々として目を輝かせて入ってくる。
■エレイ > 「あーうん、まああそんな感じでいいんじゃないかな」
露骨に知ってるアピールをされれば、雑な返答を寄越しながら、
やっぱりちょっとこのお嬢さん面白いコだろ、と確信めいたものを感じたり。
「そのあたりをちゃんと見たいなら人のいる時に来るべきな気もするが……まあいい。
設備とかっつってもそんな大したモンじゃないけどな」
そんな風に言いつつ、訓練所の中に彼女を招き入れる。
幾人もの冒険者たちの足で踏み均された土の地面や、端の方には打ち込みの標的の巻藁や木人が数点。
訓練に使うための武器や防具などが置いてある小屋などが見えるだろう。
「……ちなみにだがお名前を伺ってもよろしいかな? 俺は謙虚な旅人で冒険者の
エレイっていうんだが呼ぶときは気軽にさん付けで良い」
好奇心旺盛と言った感じで周囲を眺めている彼女を、ジロジロと無遠慮に眺め回しながら、
ふと思い出したように訊ね、それから自分はドヤ顔で自己紹介を繰り出して。
■ミレイラ > 「いや、何度か覗いたことはあるが、皆全力で訓練をしていたからな。
踏み越えてはいかんラインの一つや二つは分かっているつもりだ。
………それに、十分感じ取れる。」
自分の住む世界とあまりにも違う、自分の力だけで戦い、生き抜くその世界。
自分が飛び込むにはあまりに過酷だと理解しているからこそ、憧れは拭えず。
「……ミレイラ。ラヴィーニ家の三女だが、ここに来たことは内緒だぞ。
いやまあ言っても構わんが。
エレイ………。いや、なんだ、そういうルールか。……エレイさん。」
さんづけと言われれば、顎を少し撫でて、素直にさんづけにする。
じろじろと肉感的な肢体を見られても気にすることなく、打ち込みの標的を眺めて。
■エレイ > 「……まあそれもそうね。訓練中のココにキミみたいなのが踏み入るのは
色んな意味で危険が危ない」
なんて、笑いながら大げさに肩をすくめてみせ。
訓練場の中で醸成された特有の空気は、確かに素人でも感じ取れるものだろう。
「ミレイラちゃんね。ラヴィーニ……あーなんか確かに時々見かける依頼主の名前だなと言う顔になる。
俺が受けたかどうかはちょっと忘れたが……まあ別にチクったりはしないので安心すろ。
──ウム、それで良いぞ」
素直にさん付けされれば重畳そうにドヤ顔でウンウンと頷き。
気にされていないのを良いことに存分にその肢体を眺めてから、標的に視線を注いでいるのを見れば顎に手を当てて。
「──ほむ。ミレイラちゃんはそんなにアレが気になるかな?」
側まで歩み寄り、肩にぽんと手を置きながら横顔を覗き込みつつ楽しげに問いかけ。
■ミレイラ > 「わかってるよ。 流石にそれは思ってる。
絶対言わないな。絶対だぞ。 ………」
ふー、っと吐息をつけば、肩の力を少し抜いて。
「気になるといえば気になる。
まあ、昔は男勝りでね、お姫様よりも助け出す勇者に憧れたものさ。
木の棒を持って何かを叩いて回って怒られたりとか。
今も、体力をつけるって目的でだけ、少しだけ相手をしてもらうことはあるんだがね。
あとちゃん付けするな。 それなら呼び捨てでいい。」
見られるのは気にならないが、ちゃんづけされたら少しだけ頬を赤くしてじろりと見やり。
■エレイ > 「俺的にはチクるメリットが別にないしな。むしろキミにココで恩の一つでも
売っといたほうが得だという意見」
ケタケタ、と軽く笑ってそんな事をのたまい。
やがて肩の力を抜いた様子の彼女が漏らした言葉にまたふむ、と唸り。
「──なるほどなという顔になる。ってゆーか、今でも憧れと好奇心は持ち続けているようにも見えるんだが。
まああそーいうことなら……せっかく誰もいないことだし少し運動していくのもいいのではないか?
お嬢様のストレス解消も兼ねてなッ」
ぴ、と人差し指を立てながら笑顔でそんな提案を。
ちゃん付けを指摘されればキョトンとした後、ちょっと赤い顔をみればくく、と笑って。
「了解だぜミレイラちゃん、もといミレイラ」
と、またビシッとサムズアップしてみせた。
■ミレイラ > 「ま、それはそうか。
何、高い情報だと勘違いされなければいいさ。 恩はそれなりに感じておくさ。」
相手の言葉に、ふふん、と笑って。
「この年になって今さら憧れや好奇心も無
やっていいのか?」
クールなお嬢様として首を横に振ろうとして、相手の言葉に180度くらい方向転換。
やるやる、と手を伸ばす。好奇心の塊である。
「ああ、もうそれでいい。
じゃあ私も呼び捨てでいいんじゃないか?」
疑問を口にしながらも、置いてある木剣やらをきょろきょろと見まわす。
武器屋を眺める少年のような瞳の輝きだ。
■エレイ > 「……やっぱキミ面白いすなあ」
あまりの見事な方向転換ぶりに、思っていたことがとうとう口から出てしまった。
まあ、素直なのは良いことだ、などと付け足しながら、武具の置いてある小屋へと彼女を案内して。
「どういう理屈なんですかねぇ……まあ俺は心が広大だからなミレイラの呼びやすい呼び方で良いです。
……さっきの言い口だと多少の訓練はしていたようだが、得物は何かな?
剣ならこのあたりがちょうど良さげだが……」
瞳を輝かせてアレコレと眺める彼女をちょっと生暖かく見つめながら、彼女の体格に合いそうな
木剣を乱雑に立てかけてある中から一つ手にとってみせて。
■ミレイラ > 「人を捕まえて面白いとか失礼だろ。」
ジト目で睨みながらも、自分がおかしいことをしている自覚がない令嬢。
とはいえ、言われるがままに後ろをついていくんだけれど。
「剣と弓なら一通り。あ、剣といってもショートソードだけどな。
ここは経験者のエレイに任せて………。」
………言いながら、木剣を渡されればそれを握って、ぱぁ、っと嬉しそうに笑う。
花でも渡されたかのような笑顔で、今度は先頭切って訓練場へ戻り。
■エレイ > 「見事な褒め言葉だと感心するがどこもおかしくはないな」
ジト目を向けられればキシシ、と笑って悪びれたふうもなくそんな返答を。
木剣を渡せば一気に明るくなる表情を微笑ましく眺めながら、自分も同じぐらいのサイズの木剣をもう一本携え、
訓練場に戻ってゆく彼女の後を悠然と追ってゆき。
「それじゃーまあ……まずはそいつにでも、好きなように打ち込んでみるといいぞ」
それから、人の形を模した木製の標的──木人の近くまでやって来れば、とりあえずそう彼女に促してみた。
■ミレイラ > 「…よーっし………」
口調がすっかり砕けているが、それには気が付かずに。
ぐ、っと両手で構えては………ピシャァンッ、と鋭い打ち込みを見せる。
フェイントや華麗な動きではないにしろ、ありがちな華麗そうに見える無駄な動きも無ければ、大振りにもならない。
一時期は本当に家を抜け出して旅に出ることを考えていた。
彼女の動きが、それが夢物語ではなくて、実際に考えた経験があることを雄弁に示す。
「てやっ! ……せいっ! たーっ!」
気合と共に、何度も打ち込み。
夢中になって両手で剣を振るう。
■エレイ > 「──おー。なかなかいい動きでないの」
打ち込みを始めた彼女の動きの、意外な鋭さを目の当たりにすれば感心したような声を漏らす。
我流ながら、確かな才を感じさせるその動き。もっとキチンと訓練すれば、更に上を目指せそうだ。
そんな風に考えながら、今度はこちらが師匠目線で彼女の姿を眺めていて。
「……一旦ストップ。ちょいと脇が甘いかな。ココをこう、こうして……するってーとこんな感じぬなる」
一旦彼女の打ち込みを止めさせると、側に寄って肩や腕、腰などに何の気なしに手を添えくいくいとフォームを修正させて。
然る後、持ってきていたもう一本の木剣で見本を見せてみる。
──男と女の膂力の違いもあろうが、より鋭い打撃音が訓練所内に響いた。
■ミレイラ > 「………なるほど、こういう感じかな?」
相手の指摘と修正を受けて、もっと激しい音に変わる。
そのたびに夢中になっていれば、………はー、はー、っと荒い吐息と共に打撃音が急に止んで。
「………久しぶり、だったから、疲れたな。」
膝に手を置いて、肩を上下させ。
汗をぽたり、ぽたりと垂らしながら。
センスだけではスタミナはどうにもならない。 完全に上気した肌で疲れたことを全身で表現する。
「ありがとう、エレイ。 すっかり気分が晴れたよ。」
■エレイ > 「ウムそんな感じです。流石に覚えが良いなと感心顔になる」
なんて少し嬉しそうに言いながら、基本的な動きをあと2、3つほど指導して。
やがて彼女のスタミナが切れた様子が見えれば、ふ、と笑みを漏らし。
「フフ、お疲れチャン。すっかり汗だくになっちゃいましたな」
息も荒く、肩を大きく上下させている彼女に白い手ぬぐいを手渡して労いながら、木剣等を回収して片付けてゆき。
「礼には及ばにい。まあまたストレス解消したくなったらいつでも俺を頼ってくれればいいぞ。
この場所は使えないにしても、まあ軽く相手ぐらいはしてやれるからな」
フハハ、と笑ってそんな事を言って。それからふむ、と少し思案し。
「ところで……汗かいたまま帰るのは思うに色々と具合が良くないのではないか?
もしなんだったら、汗を落とすのに最適な場所に案内してやろうかと思うのだが……」
にへ、と笑いながらそんな提案をしてみた。
■ミレイラ > 木剣を渡しながら、汗を拭いて。
すっかり夢だった冒険者気分を味わってご満悦。
「……そうか。じゃあ、時にはここに来てみるかな。
エレイ、その時が来たらお願いするとしよう。
………む、まあ、特に大丈夫であろうが。
汗を落とせる場所があるのかな。」
提案に対して首を傾げて、ではそちらに向かおうか、と素直にうなずいて答える。
好奇心がある割に、世間知らずである。
■エレイ > 「ウム、お願いされちゃうぜ。
──いやあ、仮にもご令嬢に風邪とか引かせちゃよろしくないでしょう?
よし、じゃあ行くとしようず。少し歩くが、平民地区の範囲内なのでそう遠いものではないから安心していいぞ」
男の言葉に何の疑いもなく頷く彼女に、この辺はやっぱお嬢様だなあ、なんて思いつつ。
隣に立ってするりと肩に手を回しながら、彼女を伴って訓練場からゆっくりと立ち去っていって──。
■ミレイラ > 「令嬢扱いはいらないが。………でもまあ、そういうことなら安心しよう。」
無垢なところがある彼女は、肩に手を回されれば、そういうのはやめないか、なんてぴしゃりと言うのだけれど。
ちょっと押せばあっさりと「まあそれくらいなら」と流される。
そのままのんびりと二人で移動をしていって。
ご案内:「平民地区 冒険者ギルド:修練場」からミレイラさんが去りました。
ご案内:「平民地区 冒険者ギルド:修練場」からエレイさんが去りました。
ご案内:「北方帝国シェンヤン「帝都へと続く街道」」にカナンさんが現れました。
ご案内:「北方帝国シェンヤン「帝都へと続く街道」」にネイトさんが現れました。
■カナン > 公主降嫁の行列が踏み固めた街道を逆さにたどり、帝都を目指して進む旅路の途上。
二つの大国をつなぐ道には、今もおびただしい数のヒト・モノ・カネが行き交っている。
同じ空の下で干戈を交えているとは思えないほど、街道はよく整備されていた。
二つの都を渡り歩くのに一週間もかからないはず。
当初の見込みを大きく外れることもなく、スケジュール通りに国境を越えて帝国側に入ることができた。
けれど順風満帆を絵に描いたような旅は、不意に暗礁に乗り上げたのだった。
それは神獣族の縄張り、馬車の通りもまばらな山間の道を進んでいたときのこと―――。
「先輩。せんぱーい。起きてますかー? せんぱ」
突然の風切音に続き、幌を突き抜けた矢が目の前をかすめて骨組みに突き刺さる。
馬が棹立ちになって嘶きをあげ、御者があわてて落ち着かせようとする。
『騒ぐな! 大人しくしてもらおうか』
街道沿いの木立から、矢を番えた神獣族の戦士がぞろぞろと現れて小さな馬車を取り囲む。
■ネイト >
馬車の道中、あまりにも順調で眠たい旅路。
「ぬああ……あと五分寝かせてくれ…」
その時、雷鳴のような声が騒ぐな、って。
騒ぐなって……まるで。
「え、強盗?」
ズバッと起き上がって。
周囲を見ると、取り囲まれていた。
あっ詰んだ。
「あっ詰んだ」
思ったことと同じことが口をついて出た。
よく見れば矢が骨組みに刺さっている。
あぶなっ! めっちゃあぶなっ!!
■カナン > 「しーっ……!」
ぐらりと馬車が一揺れして、誰かが御者台に飛び乗って手綱を奪ったことを悟る。
御者が悲鳴を上げて転げ落ち、民族衣装をまとった精悍な若者の顔が幌の内側を覗き込きこんでくる。
幌の奥で身を固くして、ネリーを庇いながら固唾を呑んで見返す。
『………帝国人か?』
「あぁ、ええっと………」
とび色の瞳がある一点にぴたりと止まり、目つきがみるみる険しくなっていく。
振り返らなくても何となくわかる。彼が見ているのは、ネリーの首に嵌ったままの鉄の首輪だ。
神獣族が忌み嫌う、奴隷化されたミレー族の証。弁解の余地なんて期待できない。
ここにいるのは神獣族の同胞を奴隷の身に落とした外道と、被害者その一というわけだ。
焦げ付くような緊張感。時を追うごとに殺気が増していく。
『おい、女。お前だ』
私じゃない。ネリーに声をかけている。矢を番えて、いつでも引き絞れる様にしたまま。
『この女は何だ。お前の主人か?』
■ネイト >
えっ。なにこの状況。
僕の発言如何でどうとでも転がりそうな。
それでいて選択次第でバッドエンドにも転がりそうな。
モノスゴイ緊張感が身を強張らせた。
「はっはー、いいかいスティーブ、主人だなんてとんでもない」
「彼女は僕のステディだ、恋人、愛する人、アモーレ、ご理解しました?」
「やぁやぁ、ジョンも元気そうだね、それじゃ僕たちは元カノとの婚約指輪を火山に捨てに行く道中なので」
朗らかに笑って手を振って。
「これで失礼するよ、良い一日を!」
決まった。この爽やかな笑顔。淑女もメロメロさ。
■カナン > 神獣族の若者の顔から表情が消えていく。この方はあまり冗談を解さないみたいですよ先輩。
ふざけているのか、と言いたげに他の神獣族と顔を見合わせて。
『戯言を叩くな。主人をかばう必要はない』
『………お前はひとつ誤解をしている。どうあれ、同胞の身に危害は加えぬ』
ウサギさんの耳を生やした別の若者が首を突っ込んできた。
『そうだそうだ! 罰を受けるのはこの女だけだ!』
「えっ先輩ずるくないですか? かばいましたよね私???」
鋭い視線に一睨みされ、それ以上の軽口が叩けなくなる。
『裁定は族長が下す。出せ』
馬車はふたたび動きだす。腰の抜けた御者のおじさま一人を置き去りにして。
■ネイト >
神獣族には僕のウイットの利いたトークは通じなかったか。
ひょっとしてこのままじゃカナンがピンチなんじゃないか!?
まずい、それだけはまずい!!
僕は生まれてこの方、女は泣かせても女を叩いたり死なせたりしたことはないッ!!
ここから先は僕の矜持の問題だ、今すぐ誤解を解かなければ。
「戯言じゃあない、聞いてくれ」
しかし聞く耳も持たれずに兎耳の若者に遮られる。
「カナン!」
馬車が動き出す。
悔恨の表情でカナンの前でうな垂れる。
耳も垂れるし尻尾も下がる。
「すまない、カナン。でも君に危害は与えさせない、僕を信じてくれ」
■カナン > 先輩が珍しく殊勝な顔をしている。明日は雪かもしれません。
「はー……しくじっちゃいました。私としたことが……」
「もうちょっと可愛くて目立たないのもあるんですよ。付け心地抜群の超快適首輪とか」
後ろ手にきつく縛られ、たくさんの書物を積んだ荷台には横になれる場所もなく。
仕方なくネリーにもたれて、体重をあずけてみたわけですけれども。
「私、この旅が終わったら結婚のこととかそろそろ真剣に考えてもいいかなって思ってたんですよ……」
「両親もけっこういい歳ですし? 孫の顔が見たいとか、そういうのを面と向かって言ってくるタイプではないのですけど」
今までの人生を思い返しながら遠い目をしてぽつぽつと呟く。
幌の後ろ側からは鬱蒼と茂る深い森の景色が見える。地元の人でも迷うやつですねこれ。
「………無事に王都に帰れたら、かわいい首輪を買ってあげましょう。約束です」
あれ? もうすぐ死んじゃいそうな人が言うセリフじゃないですか今の??
■ネイト >
「どっちみち首輪がつくのは確定かよ、そこは外す選択肢はないのか」
無理だ。帰ってきてからカナンが色々調べてくれていたのは知っている。
それでも外れない。この首輪は、そういうものだ。
カナンを支えるように体重をかけて、二人で最後になるかも知れない会話をする。
「…カナン、僕はあまり本は読まないが……」
「そういうのは死ぬ寸前の人間が言うことだ」
カナンに向けて小指を出す。
細い指。誰も守れそうにないほどに。
そして後ろ手に縛られてる彼女と絡めることは難しい。
でも。
「カナン、君は綺麗だ。君は僕が守るよ、約束だ」
真っ直ぐに彼女の瞳を見て言う。
彼女は軽口こそ叩くけど、いつだって僕を助けてくれた。
だったら、僕がすることも一つだ。
■カナン > 「私で三人目くらいでしょうかね。そのセリフを言われたのは。ふざけてる場合ですか全く……」
紅い瞳で見返しつつ、身をよじって小指を向ける。
街道から脇道にそれて二時間くらい過ぎた頃、馬車が山奥の集落にたどりつく。
荷台の後ろが開いて降りろと促され、小突かれながら引っ立てられていく。
「わかりました。わかりましたってば! つっつかないで下さいよ!」
先輩は一切拘束されていない。同胞扱いというわけで、私の境遇とは雲泥の差だ。
それでも神獣族の若者たちに囲まれ、視線を集めながら集落で一番立派な屋敷へと連れられていく。
好奇心に負け、家々の戸口から顔を覗かせた子供たちが親に叱られて引っ込んだりもして。
『お前はこの森の禁を犯した。我らが同胞に屈従を強いた報い、その身で受けるがいい』
『そうだそうだ! お仕置きだぞー!』
馬車を止めた二人の神獣族が出口を固める。
薄暗闇の中、屋敷の最奥に鎮座した巨大な熊の神獣族の前に跪かされて。
はらわたに響くような低い、それでいて力に満ちた大音声を浴びせられた。
『………王国人よ。詮議の前に申し渡しておくことがある………』
「………………………っ……!!」
強烈な圧迫感とともに空気が震える。
『………………………………………………………』
「………く……ぅっ……!」
それともこれは、身体の芯から湧き上がる震えだろうか。
『………………………』
■ネイト > 「ふざけてない、大真面目だ……」
小指を絡ませあった。
ただそれだけで、僕は。男は。
なんだってできてしまうんだぜ。
それから山奥の集落に来て、僕は彼女への乱暴な扱いに声を荒げた。
「おい、それがレディに対する扱いかよ!」
僕も今はレディだけど、そういう話ではない。
しかし。
反抗心は熊の神獣族を前にぽっきり折れてしまった。
ごめん、カナン。僕は君を守りきれないかも知れない。
大音声に身が縮む思いがした。思わずその場で正座してしまう。
■カナン > 『……………うむっ! マジでクリソツじゃわい!!』
どんっ、と膝を打って豪快に笑う。呵呵大笑しても空気がビリビリと震える。
「でっしょー? それはもう私も間違えちゃったくらいで」
『おおい! 誰かいないかあ! カナンちゃんの縄を解いてあげてちょ』
「おおありがてえ。サンキューテディちゃん!!」
『いいってことよお!』
私を連行した神獣族のウサ耳ちゃんの方がいそいそと縄を解く。
「バーニーくんの演技ひどかったね……」
『マージでー? あれでも頑張ったんだけどなー』
「お芝居の本も持ってきたから、それ読んで勉強しなよ」
『やだー! 本はキライだって言ったじゃんかよー!』
しばらく縛られっぱなしだったのでさすがに手首が少し痛んで。
脚を崩して座りなおす。
「あ、くつろいじゃって大丈夫ですよネリー」
族長が好奇心に負けてドスドスと地響きを立てて近寄ってくる。
ネリーを間近に観察して、すんすんと匂いを嗅いだりしきりに首を傾げたりして。
『ぬうう見れば見るほどアレにしか見えん!! なあカナンちゃん。わし担がれてない?』
「ほんとに先輩じゃないんですよこの人。ネリーちゃんって言うんですけど」
『ぬうううう不思議だのう!! ぐわっはっはっはっは!』
■ネイト >
突如、破顔一笑。空気が揺れた。
え、何、笑うとこ?
ドユコト? 僕は今から彼女への愛を説いて君たちの魔の手からカナンを守
「ゑ?」
きょろきょろと周囲を見て。
何? どういうことなの?
誰か説明してくれよぉ!!
近寄ってくる族長に敵意は感じ取れない。
匂いを嗅がれるとド、ドウモと曖昧な挨拶をした。
「つまり?」
眉根を顰めてカナンの肩を指先でとんとんと叩く。
一体なにがあったんだい。そろそろ僕も仲間に入れておくれ。
■カナン > 「そうですね、どこから話したものか……一言で言ってしまうと、全部予定どおりなんです」
私を引っ立ててきたもう一人の方、クロさんの奥様がお茶とお菓子を持ってくる。
「私が大切な本の復元をしていて、帝都に届ける最中だったのはご存知ですよね」
「当然、尾行がつきます。私の本を、いつどこで誰が受け取ったかわかってしまうと後が面倒なので」
神獣族の子供たちが無遠慮に上がりこんで駆け寄ってくる。
ネリーの方にも群がりながらお菓子を強奪していって。
「行方をくらまして、帝都にはこっそり持ち込みます」
「あと、この里のみんながあなたに会いたいと言っていたので。それに……」
バーニーくんが積荷のひとつ、神獣族のシンボルを描いた木箱を運んでくる。
『持ってきたぜー。絵本はあるのか?』
「もちろん! 私を誰だと思ってるんですか。蘭台の書令史カナンちゃんですよ??」
『だってよー!』
子供たちの興味が新しい絵本に移った。
「ここは先輩の故郷なんですよ。あなたではなく、元の先輩というか」
■ネイト >
頭をかきむしるようにぐしゃぐしゃと触ると、耳がはねた。
■ネイト > 「ドッキリじゃねーか!!」
■カナン > 「そうともいいますね」
■ネイト >
「そうとしか言わないよ!?」
ぜぇぜぇと肩で息をして、疲れ果てた様子でその場に座り込む。
まとわりつく子供たちにお菓子を毟り取られる。
……よく見れば、平和そうな場所だ。
「……僕に似ているっていう、先輩の」
「なら最初に言ってくれよなぁ………」
ミスリルインゴットのように重たい溜息を吐いた。
落ち込む僕の顔を覗き込む子供たちの頭を撫でて。
「ああもう、僕に構うんじゃない。ほら、お菓子はこれで最後だよ」
■カナン > 「しょんぼりしているネリーがすごく可愛らしかったので、まあ良しとしましょう」
何が良しなのかわかりませんけれども。
「似ているっていうか、まだ本人じゃないかと疑ってるというか……」
『さよう。アレがこーんなちっちゃい頃から見ておるわし的にもだなあ!』
子供たちが思い思いにお気に入りの一冊を選んで駆け寄ってくる。
「明日には発ってしまいますが、それまではご厄介になりましょう」
「ここは安全な場所ですから。―――ああ」
頭を撫でる様子に思わず目を細めて。
「優しいんですね。ネリー」
あっちのお姉ちゃんもご本を読んでくれますよ、と子供たちを半分けしかける。
「はいはい、順番順番。順番ですってば。いい子にできますよね?」
『はあい!!!』
「テディちゃんは自分で読みましょうね???」
王都から帝都へ向かう旅の途上の小休止。
つかの間の穏やかなひとときを味わいながら、旅は続く。この世全ての書が集う、かの都へと。
ご案内:「北方帝国シェンヤン「帝都へと続く街道」」からカナンさんが去りました。
ご案内:「北方帝国シェンヤン「帝都へと続く街道」」からネイトさんが去りました。