2021/05/04 のログ
■スピカ=キャスタル > かつん、かつん。
男の対面の通路から足音が響く。
『対戦相手が決定した様です、事前情報によりますと本日の挑戦者は参加登録こそされていたもののこれまで1度も舞台に上がらなかったという謎多き人物のようです。』
実況席からそんな煽りが聞こえ観客もなんだなんだとざわつき始める。
「やぁやぁみんなご苦労さま。賭け金はしっかり確認したかな?あぁ実況席のキミキミ。少しマイクを貸してくれないかい?」
そんなセリフとともに入場してきたのは獣耳に尻尾。如何にもミレー族といった風体の女だった。
そして彼女はマイクを受け取るなり気だるげな声で話し出す。
「いやはや聞いてくれよ。ボクは好事家が副賞で魔導書を出すって大会があったから参加申請したはずなんだがね。どこをどう間違えたのか今日の試合に出ることになってしまってね。実は賞品の剣にはこれっぽっちも興味が無いんだ、肩透かしの詫びと言ってはなんだがボクが勝った時には賞品は欲しい人に無償で譲渡するよ。」
と、のっけから今日の試合の意義を根底から覆す爆弾発言を投下し満足したのかマイクを実況席へと返す。
そして丸腰のまま中央で待つ対戦相手の元へ歩を進めていく。
■クレス・ローベルク > 突然の賞品放棄宣言に、唖然とする観客。
別に、使わなくったって、適当な武器屋に売りつければ相当の金が取れるだろう――きちんと価値の解る所に売れば、一財産築けるかもしれない。
だが、クレスはそれに苦笑して応えるのみだった。
「いや、まさか対戦相手も剣に興味がなかったとは思わなかったよ。
これは上の方も少し想定外だろうけど――これも何かの縁だ」
景品を目玉としておきながら、両者共に景品に興味がないという、なんとも皮肉なマッチメイクになってしまった。
勿論、これは誰が悪い訳でもなく、強いて言うなら闘技場側のミスト言えるが。
「でもま、試合は真面目にやってくれよ?
じゃなきゃ、この試合の開催を上に申し入れた、俺の立場がないからさ」
と言いつつ、剣を構える。
まだ、試合開始の銅鑼は鳴らない――本来なら、選手同士の会話が一段落したタイミングを見計らって鳴らすのだが、この剣闘士の時に限っては、話が別なのだ。
「それじゃあ、早速試合を始めよう。
俺は、女性相手には、初撃を譲る事にしていてね――君が攻撃するまで、俺は君に攻撃しない。
防御や回避はするが、カウンターはなし――何時でもかかってくるといい」
それは、相手が女性の時には必ず言う台詞だ。
女性相手の場合、どんな相手であろうと初撃を譲る。
それが、クレスの流儀なのだった。
■スピカ=キャスタル > 観客による煽り、野次が飛び交う中少女は準備運動とでも言うように伸びをしていた。
試合前の緊張感などまるで皆無。その気だるげな声音のままで相手へと返事をする。
「あぁ、それについては心配無用だよ。賭けて手に汗握り試合を見守る。興行をダメにするつもりもないし楽しませるくらいのショーマンシップは持ち合わせているさ。それに、ここの敗者がどんな顛末を辿るかも重々承知済みさ。仮に本気で殺し合えなんて言われたらバックれるかもしれないがギブアップもリングアウトもある。精々登場人物として存分に踊るさ。観客も、そしてキミも楽しめるくらいにはね。」
左右で色の違う彼女の双眸が真っ直ぐに見つめる。
やる気はそれなり、値踏みするような視線を送っていると相手からの初撃を譲ると言った宣言。
「おやおや、レディファーストとは殊勝なことだね。それじゃあ遠慮無く。」
彼女がぱちんと指を鳴らすと地面から水流が立ち上り形を変える。見る見るうちにそれは細身の槍へと姿を変え彼女の手の内に収まる。
「それじゃあプレゼントだよ。」
彼女の手を離れ投擲されたそれは中空で幾本にも分かれ弾幕のように殺到する。一見して尋常じゃない殺意を孕んだ初撃だが槍に付与された効果は全てがノックバック、殺し合いなどゴメンだと暗に告げていた彼女らしい攻撃だが見ている分には十分な脅威に映るだろう。
■クレス・ローベルク > どうやら、相手は闘技場の規則については理解しているらしい。
"初心さ"がないのは観客からするとやや詰まらないだろうが、剣闘士にとってはこれ程助かることもない。
闘技場参加者の中には、殺意マンマンで来る者も多くいるのだあから。
「ああ。何時でもどう……ぞってうぉう」
派手な水柱が地面から噴き上がる。
そして、それは一本の槍となる。
魔法使いらしい派手な演出に、観客もおお、と歓声を沸かせる。
対する男も、ひゅぅ、と口笛を吹くが、しかしその余裕は直ぐに打ち砕かれる事になる。
「ふ、増えたっ!?」
まるで水流が分かれるが如くに幾つも分かれ、襲いかかってくる水の槍。
慌てて、剣を正中線に立てる様に掲げて、防御する男だが、しかし槍の数に押され、姿勢が後ろに崩れていく。
「う、くっ……!」
幸いにして――というより、ありがたいことに、威力自体はまるでない。
だが、槍の勢いに負けて、身体は後ろに下がっていく。
このままでは、試合場の縁にまで追い詰められ、リングアウト負けもありうる――
「しょうがない、か!」
そう言うと、男は自ら仰向けに倒れる。
寝そべって被弾面積をほぼゼロにする事で槍の嵐をやり過ごす。
ただし、そうなると、男は隙だらけの身体を晒す事になる。
故に、男は簡単な追撃回避を行った。
それは、
「あらよっと!」
寝そべった状態から逆立ちに身体を起こしたかと思うと、その場で連続バク転でスピカに対し距離を詰めたのだ。
一見無防備な様だが、しかし男のバク転の速度が早い。
魔法で迎撃しようにも、回転する相手に命中させるのは難しいだろう。
「今度は、こっちの番、だ!」
腕の力で思いっきり宙に浮くと、その状態で剣を投擲する男。
投擲、と言っても、その剣にかかった魔術によって、切断力は消えている。
但し、鉄の棒相当の威力はある――当たろうが回避しようが、隙が生まれる。
その隙をついて、次の攻撃を行うつもりであった。
■スピカ=キャスタル > 「おぉー。上手いこと躱すもんだね。」
まるで他人事のようにぱちぱちと拍手を送り相手の出方を見る。
そして流れを切らずに距離を詰め、牽制の手を打ってくる相手に内心舌を巻く。
*ははぁ、初撃でボクが魔術師の系統だと当たりを付けたんだね。であれば懐に飛び込むのが安全策。
おまけに注意を牽制に向けさせて迎撃を受けにくくする。
まぁ、魔術師であれば至近距離の魔法行使なんて自爆の危険すらあるからね。賢明な判断だよ。
【ボクがタダの魔術師であれば】だけどね。
とはいえさっきから耳に入ってくるこの音。衣擦れに混じるガラスの擦れるような耳障りな音。筋弛緩薬か麻痺毒の類でも隠し持ってるかな?*
彼女の獣耳がぴくぴくと反応する。合わせて四つ耳状態の彼女の感知能力は遺憾無く発揮されていた、しかし彼女の行動にこれといった変化はない。
「魔術師と思った相手が近接格闘を仕掛ける。そんなこともあったりするから番狂わせも起きるし面白いんだよね。」
飛来する剣の位置を風切り音によって正確に把握して器用に蹴り払う。そしてその勢いのまま身体を捻り軸足を入れ替えた後ろ回し蹴りにて迫るクレスへのカウンターへと充てる。
しかして通常時の彼女の筋力などたかが知れたもので飛びかかる男を弾き飛ばすような蹴りは繰り出せない。どちらかと言うと受け流しの意味合いの強い応手としての回し蹴り。空中で制動の効かない相手は果たしてどう対処するのか。
■クレス・ローベルク > 「(なあっ!?)」
当たらないにせよ、姿勢は崩れると思っていた男の顔面に、回し蹴りが迫る。
シェンヤンのカンフーさながらの足技。
だが、今はバク転の最中だ。今制動を崩すと、最悪頭を地面に打ちかねない。
後頭部への衝撃と、顔面への衝撃のリスクとリターンを考えると、取る選択肢はただ一つ。
「ぶっ……!」
足の甲で叩きつける様な蹴りを、顔面にモロに食らう男。
顔面への直撃。本来なら、一瞬であれ戦意を失う程の衝撃が脳に来る筈である。
だが、しかし、男はそこで止まらない。
まるで、顔面への直撃など意に介さぬ――或いは、顔面に攻撃を喰らいながらも戦闘行為を行う事に慣れているかの様に。
「は、鼻血が出た……!でも、悪いけどこの程度じゃ止まらない、よっ!」
彼女を飛び越す様に、腕の力で跳躍した男は、背中から着地する。
ただ、着地するのではなく、手足を上手く使って衝撃を緩衝し、そして逆にその勢いを利用し、その場で回転する。
所謂、ブレイクダンスのウィンドミルの要領で、背中から回転する男。当然、その目的は踊ることではなく――
「秘技、大回転足払い……!」
回転の勢いを利用し、彼女の足を刈る事である。
体格的にはこちらが有利――一度転んでしまえば、後はマウントを取って試合を有利に進められるという狙いだ。
■スピカ=キャスタル > 「うっそだろぉ…へぶっ。」
感知は出来ても身体能力が着いてくるかと言うと話は別。
軸足を刈られ宙に投げ出された彼女はべちゃっ。というなんとも間抜けな声と音を立てて顔面から地面に落ちる。
本来であればこの時点で大勢は決したと言って差し支えないだろう。地に伏した相手の上を取ってしまえば抵抗を許すことなく片がつく。しかしてそこは魔法を扱う者の特権というものだろうか、体制復帰までの時間稼ぎがあるかないか、という差は大きい。
スピカが軽量級であることが幸いし足を刈られた際に弾かれ両者の間に僅かながら距離が開いた。それを見逃さずスピカは手札を切る。
詠唱が省略された即時魔法が2人を隔てる薄いながら広く頑強な氷壁を生み出す。詠唱が省略され効果時間こそ短くすぐに崩れ落ちるがその数瞬があればスピカが安全に立ち上がるには十分だった。
「ひどいなぁ。乙女の顔に傷が残ったらどうしてくれるんだい?」
ぶつけて僅かに赤くなったおでこをさすり立ち上がったスピカ。これでまた両者の攻防は仕切り直しになるだろう。
■クレス・ローベルク > 「ふげっ!?」
転んだ彼女にすかさず飛びつこうとした矢先、氷の壁に激突する男。
まさか、こんな防ぎ方をされるとは思わなかったので、思いっきり激突した。
氷壁が薄く、割と透明度があったので、激突の際のクレスの不細工な顔面が思いっきり上の魔導モニタにドアップにされてしまった。
観客たちの幾人かが失笑したのが聞こえてくる。
「こっちは顔面が潰れそうなんだけどね!?
っていうか、聞こえてるからな上の観客!くそ、人の不幸を笑い者にするとは、なんてひどい客だ……!」
割とブーメランな事を言いつつ立ち上がる男。
両者、そこまで大きなダメージを受けていない――強いて言うなら、水の槍や回し蹴りをモロに食らった分、時間切れの判定に持ち込まれたらこちらが不利という程度か。
だが、それ以上に、この相手はどうにもやりづらい。
「(お互いの戦闘スタイルが、似てて噛み合ってるからこそ、厄介なんだよな――)」
勿論、魔法主体と武術主体の差こそあるが、お互い大技ではなく、小技で相手の隙を狙うタイプだ。
火力ではなく、対応力で勝負すると言っても良い。
そうなるとお互い相手を動かしつつ、隙を作ることになるが――魔法を使える分、あちらの方が手札が多い。
「……しょうがない。あんまり得意ではないんだけど」
そう言うと、予備として腰に差していた二本目の剣を抜き、今度は一直線に襲いかかる。
試合開始とは逆に、今度はクレスから突っかかる形だ。
狙うは、彼女の学生服風の衣装、その胸部を露出させること。
敢えて小細工抜きの、真っ向からの袈裟斬りを狙う。
「(まずは、とにかく押す。
もともとこっちが不利なんだ、リスクを飲まずに勝てる試合じゃない!)」
そう心に決めつつ、男は走る。
■スピカ=キャスタル > 「しかしまぁ、ここまで厄介とは思っていなかったよ。最近の剣闘士は冒険者としても十二分に活躍できるんじゃないかな?」
腕が立つことは勿論だがいまいち相手の狙いが読みづらい。
消耗戦をしていてはこちらが一手読み違えてしまうと形勢は一気に不利に傾くさてどうしたものかと手をこまねいて居ると。
「なんてこった。よりにもよってそれはボクの【得意分野】じゃあないか。」
新たな剣を抜き真っ向から切りかかってくる相手に驚き、同時ににやりと楽しげな笑みを浮かべる。
「油断はしないよ。たとえキミが不得手だとしても手は抜かない。」
ぱちん、と再び指を鳴らす現れたのは蒼白の刀身を持つ長剣。無造作に生み出し放った先程の槍と違い細部まで丁寧に作り込まれたそれは一目で分かるだろう。使い込みが、格が段違いだと。
踏み込まれ振るわれた袈裟斬りを正面から迎え打つ。両者の剣がぶつかり派手な火花と剣戟を鳴り響かせた。
「スピカ=キャスタル。あえてスタイルを言うとすれば。魔法剣士だよ。」
■クレス・ローベルク > 当然、剣がぶつかれば鍔迫り合いに持ち込む。
こちらが膂力は有利なのだ――押し合いに持ち込めば、勝てる。
故に、ギリギリと力を込めて、相手の氷刃をへし折らんばかりに圧する。
「実は、冒険者も兼業だったりするんだけどね……。
でも、そっちこそ、それだけ派手に魔法が使えて、剣の腕もあるなら、人気の剣闘士になれるだろうに」
雑談のような事をしているが、その間も当然、力で剣を抑えつけている。
少しでも圧に負けて姿勢を崩せば、即座に追撃する心づもりである。
だが、それだけではない。男は、もう一つの策も此処で打っている――
「(邪魔眼……!)」
相手の魔力の流れを、視線を通した魔力で崩して崩壊させる"魔術もどき"である。
男が使える唯一の魔術に対する対抗策である。
それを今まで使えなかったのは、簡単な話。
「(時間がかかるんだよなあ、これ……!ずっと相手の魔法を見てないといけないし!)」
故に、この均衡状態は、彼に対してのチャンスである。
勿論、気づかれれば対策されるだろうが、それ故に鍔迫り合いを挑んで、相手の思考を妨害しているのだ。
尤も、魔術については彼女が上。気づかれてしまう可能性はあるが、そこはもはや祈るしかない。
「(気付くなよ……!気付くなよぉ……!)」
■スピカ=キャスタル > *打ち合う剣戟だったら優位なんだけどねぇ、押し込みあいの迫じゃあ膂力負けするよねぇ。*
均衡を保ちつつも踏ん張る足がずりずりと滑る。1度弾いて距離を空けようにも相手の気迫がそれをさせてくれそうもない。
仮に【禁じ手】を解放すれば負けは万に1つも無いだろうがあれはそもそも命のやり取りでも無ければ易々と使うものでは無い。
「歴戦の剣闘士サマが随分余裕なさそうじゃないかい?」
そして彼女に変化が訪れる。攻防を楽しむように揺れていた彼女の獣耳と尻尾がふっと消失する。
『おい、あの嬢ちゃんミレー族じゃ無かったのか?』
そんな観客のどよめきが聞こえてくる。
「おや、何かしたね?」
生み出し形を固定させ物質として完成された長剣にこそ影響はないが常に魔力を循環させ無意識ながら維持し続けている耳や尻尾は彼の使う魔封じの影響を受けたようだ。
*魔力遮断?いや、妨害の類かな?なかなかに器用なことをするんだね。しかし腕比べなら兎も角推し比べの最中に保険が打てないのは。まぁ、魔法が全て看破される魔族との斬り合いみたいなものか。ますます負けるたくないね。*
じりじりと押され後退する彼女だが無策という訳では無い。
気付けば彼女の足元には先程相手が投擲し自らが蹴り払った剣。
相手が全くの無警戒という都合のいい展開は流石にないだろうが状況に揺らぎを加える事にはなるだろう。
「あまり手の内を晒しすぎるのもどうかとは思うけど…使えるものは利用させてもらうよっ…と。」
転がる剣を足で器用にはね上げる。鍔迫り合いの手を瞬時に片手剣へと切り替えての二刀流。フリーになった左手…拾い上げた剣にて拮抗する力の緊張点へ真横からの薙を繰り出す。
■クレス・ローベルク > 「(くそ、あの氷の剣は魔術で作られた物質とか、或いは魔術で温度を調整しているタイプじゃないのか!)」
あの氷の剣自体は、単なる物質、つまり、邪魔眼の範疇外である。
その代わり、彼女の耳と尻尾が何故か外れてしまったが――尻尾と耳を隠すミレーはいるが、尻尾と耳を敢えてつけるメリットなどあるのかと少し首を傾げそうになる。
「(っていうか、何故か知らないけど貴重な獣耳成分が消えたっ!
剣闘士が試合相手のチャームポイント消してどうするんだよ!?)」
などと、言葉尻だけ捉えると意味不明な事を考えていると、ふと自分の剣が目に入った。
無論、自分で投げたもの。その場所を把握していないわけではなかった。
ただ、とある理由で彼はその剣に対する脅威を低く見積もっていたのだ。
「うおっと!?」
剣を拾われれば、慌てたように素早く後ろに下がる。
その瞬間、自分の腕があった場所を薙ぐ剣。
これで、また振り出し――状況は動けど、その天秤は変わらず水平である。
これには、男も流石に落胆の吐息をし、
「これは……長丁場になりそうだ。汗をかいてきたな……」
汗を拭い、そして、上着を脱ごうとする男。
剣こそ、離していないが……寧ろ、剣を離していないが故に、上着を脱ぐ行為はぎこちない。
まるで、狙ってくださいと言わんばかりの隙であるが……?
■スピカ=キャスタル > 一進一退というか、動きのない凪の海と言うか。
体力的には依然余裕はあるが神経は多少すり減る。
相手が飛び退き上着を脱ぎ始めたことをこれ幸いと気を弛める。
「格闘技じみたインターバルで助かるよ。ラウンドを移す前にボクもお色直ししないとね。」
呼吸を整え魔力巡回を密にする。例え妨害があろうと1度集中してしまえば普段は睡眠時ですら顕現させ続けている耳尻尾を維持する事は可能なのだろう。とはいえそれにリソースを割けば相手の妨害を掻い潜って魔法を行使することは困難を極めるのだが。
ともあれ、彼女の垂れ耳と尻尾は再顕現し上機嫌に揺れた。
自然に動く様子を見れば実際に生えていると言われても疑いようが無いほど活き活きと動くそれらは彼女の根幹に関わる上にお気に入りだ。どうしても無くしていなければならない事情がある以外は着いていた方が落ち着くのだろう。
「さて、どうしようかね?裏のかきあいでも純粋な剣でも決め手にはかける。次のラウンドはいっそ徒手空拳どうしでもするかな?」
相性不利なことは自明。だがしかし、優位にたっているという状況はふとした瞬間思わぬ癌になりうる。敢えて不利な提案を出して紛れを呼び込むと言うのも戦略としてはありだ。尤も、相手がどう考えるか次第だが。
■クレス・ローベルク > 「お色直しって。その耳と尻尾そんなに重要なの……?」
確かに、あった方がクレス(と客)は嬉しいが、別に彼女はなくてもいいはずである。
わざわざ試合中に魔力を使ってつくる必要があるのか、と今度は本当に首を傾げてしまった。
「(しかし……追撃してこなかったな)」
流石に露骨過ぎたかと思う。
だが、それならそれで問題はない。
何故なら、上着を脱いだのは敢えて隙を見せる為、ではなく――上着を脱ぐことそのものが、目的だったのだから。
「いやあ。こっちを慮って提案してくれた所悪いけど、その必要はないよ。
だって、今俺のほうが圧倒的に有利、だからね」
そう言って、男は右手で剣を突き出し、左手で上着を下に垂らす。
一見すると、意味の解らない構えである――先程は、鍔迫り合いで膂力任せに押さえつけようとしたくせに、今度は左手を上着で塞いでいる。
先程活きた利点は何もなく――ただただ、左手分の不利しかない構えである。
「(さあて、どう出るかな?)」
これは、一種の駆け引きだ。
今言った事に嘘はない――だが、今まで散々裏のかき合いをしていたのだ。
当然、相手はこちらの裏を読んでくる。
だが、もとより相手はこちらの意図が解らない以上、裏も表もない。
そして、こちらの意図が解らない以上、対応する事もできない。
「それとも、今度は俺が攻めて見ようか?それならそれで良いけど」
などと言ってみるが――彼女は果たしてどう出るか。
■スピカ=キャスタル > 「んー。そうだね。無いと最悪の場合命に関わる…。かな。」
等と言い出す彼女。本人からすれば割と大真面目な話なのだが理解されるとも思わないし単なるトラッシュトークとして受け取られるだろう。それで特に支障はないのだし。
「圧倒的有利と来たか。なるほどなるほど。じゃあボクは敢えて圧倒的不利に身を置くことにするよ。」
言うが早いか手にした二振りの剣を場外へと投げ捨てる。
彼女が生み出した蒼白の剣は彼女の影響外へと出たことで白い粒子に変換されて虚空へと消える。
完全に丸腰になった彼女は真っ直ぐに、なんの警戒も準備も無く一歩一歩クレスへと歩み寄っていく。
「さんざ駆け引きを打っておいて今更どっちが先攻なんて大した問題じゃないさ。」
■クレス・ローベルク > 「(剣を……捨てた?)」
駆け引きに対し、あちらも駆け引きに出た――と考えるべきだろうか。
しかし、じゃあ武器を捨てる事に何か意味があるかと言われると、今の段階では無いと答えざるを得ない。
男が敢えて武器を捨てて見せる事はあるが――それはあくまで捨て身で相手の隙を突く為の準備であり、現状彼女がそこまでする必要は無い様に思える。
「とはいえ……疑心暗鬼になってもしょうがないな」
念の為、上着はそのままに、こちらは剣を真っ直ぐ構える。
敵が奇策を用いてきた以上、こちらは敢えて真っ直ぐ行く。
「行くよ、スピカちゃんっ!」
男が選択したのは、半身になってからの剣による突きだった。だった。
フェンシングの様な構えから、思い切り剣を突き出し、相手を突く――尤も、彼の剣にかかっている魔法で、その剣が貫くことはないので、どちらかというと棒で相手を突き飛ばす感じになるが。
相手は、まだ氷の剣を作れる以上、剣を捨てたと思わせてのカウンターは十分想定できる。
それを潰すための、突きである。
「(どっちにしろ、これで勝負を決める……!)」
■スピカ=キャスタル > 「どうぞ、どこからでも来るといいよ。クレス君。」
真っ直ぐに向かってくる相手に未だに構えもせず直進を続ける。
そこからの突きすら全く避ける気がないように見えただろう。
相手の初動の衣擦れ、突きかかってくる際の力んだ呼吸。そして空気を裂き肉薄してくる刃の音。全てを彼女の四つ耳は捉えていた。故に言われなければ気づかない程度の位置調整。僅か半歩にも満たない動きで躱し進む。切っ先が頬を掠め彼女の蒼い髪がぱらりと宙を舞った頃。彼女の華奢な身体はクレスと密着しいていた。
「口、閉じてないと舌噛むよ?」
押し当てた肩を起点に突きを繰り出し伸び切った腕を掴み弧を描く様に背負い投げる。
自身の力を用いず相手の前進する推力を利用した投げ技。
咄嗟に判断が出来れば受け身を取るなり空いた片腕で妨害するなりの手段は取れるだろうが果たして…
ご案内:「アケローン闘技場」からクレス・ローベルクさんが去りました。
■スピカ=キャスタル > 【後日継続】
ご案内:「アケローン闘技場」からスピカ=キャスタルさんが去りました。
ご案内:「設定自由部屋」にエルリットさんが現れました。
ご案内:「設定自由部屋」からエルリットさんが去りました。
ご案内:「森林迷宮」にエゼルさんが現れました。
■エゼル > 木々が生み出す天然の迷宮──この辺りを初めてそう形容したのは、果たして誰だったのだろうか。
歩く女、上手いことを言ったものだと感心半分、辟易半分。
手に持った地図も、木々が鬱蒼とし過ぎているせいで、光が差し込んでこず、かなり見辛い。
配達屋としては、こういう僻地の配達先は、通常の依頼と報酬が二桁は違うため美味しい……
なのだが、魔物にでも出くわして帰らぬ人になったら、報酬も何もあったものではないのだ。
この辺りは魔物も出るし、怪しげな遺跡などもある。そういう場所には近づかないように配慮しながら、道無き道を行く。
しかし、この辺りに来るのは初めてではないはずなのだが、以前と同じ道を進んだつもりでも、
まるで見た事の無い場所に出たりするから、慎重に慎重を重ねても油断は出来ないのだった。