2016/06/26 のログ
レイカ > 「…………?」

食器を片付けながら、後することは掃除くらいとあたりを見渡したときだった。
一人の影と…狼、だろうか。
随分と足が撚れてしまっている老犬が一匹、近寄ってきた。
ここは拠点の外壁の外、近寄ることは容易だ。

「……………。」

私は、その人物をじっと見やった。
悪人には見えないし、なにより炊き出しを求めているだけのようにも見える。
ならば…断る理由はない。

「いえ…あと一人分だけ残ってますよ。
すぐに準備しますので、少しだけ待っていてください。」

私は、自分の分に残していた炊き出しを差し出すことにした。
今日のメニューは、トマトスープと少し辛味を効かせたパスタ。
少しだけ残っている底へ、私は足を引きずりながら向かった。

「その老犬には…少しミルクでふやかしたパンがいいですね。」

そっちもあわせて、準備するとしよう。

オーベ > 「…………」

じっくりと見定められているような間が続く。
硬貨の詰まった袋を見せている格好のまま止まってしまった自分が少々情けなく思え、袋を懐へしまう。
それ程までに警戒をさせるような格好だろうか、と自分を顧みれば、フードを被り、手には杖、腰には長剣と、
商売をしているには剣呑と言えなくもない気がする…。
冒険者兼商売人なんて、皆こんな格好ではないだろうか?と疑問に思っていれば、彼女の方から声を掛けてもらい…

「そうか…助かるよ。
酒場に行っても良いんだが、生憎と酒に弱くてね…。
連れもいるものだからね…どうにも…」

ふう、と安堵の息を吐けばフードを下ろし、脇に控えた老犬を中腰になって撫でてやる。
視線は目敏く、彼女が不便そうに移動する様子を捉えていた。

「なんでも構わない…。
老いて入るが、歯はまだ丈夫だし…あまり旨いものを食わせて舌が肥えても困るしなあ。
………して、つかぬことを聞くが足が悪いようだが、どうしたんだね?お嬢さん」

助けてやろう、などという仏心があるわけではない。
どちらかと言えば世間話の延長、話の取っ掛かりみたいなものであった。
………尋ねてから少々、拙い事を尋ねてしまったか、と反省したが口に出してしまえばもう遅い。

レイカ > ここは治安のいい集落のすぐ傍とはいえ、すぐそこは山賊街道も通っている場所。
そんなところに、犬を連れたものが現れるというのもなかなかおかしな話だった。
けれども、彼からは悪人のような雰囲気はまったく感じられなかった。

あいにく、冒険者と商人を兼業しているものは見たことがないので…比べる対象がいない。
自分で自分を擁護するために武器を持っているなら、別にそれは気にすることでもないのだけれど。

「…ええ、私も同じですので………。
嗚呼、よければ此方へどうぞ。…その犬さんにも、座るところが必要でしょう?」

私は、そっとひとりで使うにはあまりにも大きすぎるテーブルを、彼に勧めた。
立ったまま食べるというのも少し具合が悪い。
元々大人数で使うためのものだけど…片付けていないテーブルはそれしかなかった。

「……あまり贅沢なものを食べさせると、かえって寿命を縮めてしまいますよ。
出来るなら骨を丈夫にするものを主食にさせるといいでしょう…。」

私は、先に老犬の食事を用意した。
別に彼を後回しにしたわけではなく…ただ、準備するのが簡単だったからに他ならないのだが。
トマトスープを温めなおしながら、私は彼の言葉に少し頭を落とした。

「……ええ、実は右の足首を骨折していまして…。」

…理由は話すことはない。
けれど、足が不自由しているのは間違いないので、その原因だけ簡単に説明した。

オーベ > 大きなテーブルへと案内され、腰のベルトを外し長剣と杖を適当な場所へ立てかける。
どこか、適当な場所に椅子でも出してもらえれば十分であったが勧められるを無碍にも出来ず。

「ありがとう、助かるよ…」

彼女に礼を告げれば、椅子に腰を下ろさせてもらう。
いち早く、椅子の傍に伏せた老犬が男を見上げ急かすような視線を向けるに気がつけば苦笑した。

「…俺の見てない所で何を食べてんだか判らないから、気をつけようがないけれどね。
戦乱続きの国だ、腹いっぱいなんでも食べられれば良いほうさ」

外套の留め具を緩め、外してしまえば椅子に掛ける。
そこまですればようやく落ち着いた、とばかりに短く息を吐いた。
先んじて老犬の方へ食事が運ばれれば、好きに食え、と言わんばかりに手を振って見せ

「…難儀をしているようだね。
治してやりたいとは思うが生憎と回復系の術は不得手でね…
代わりと言っては何だが、手持ちによく効く薬草を置いていくよ」

食事の礼だから、受け取って欲しい。
と続ければ、外套の内側のポケットから乾燥させた薬草を一束取り出し、テーブル端にそっと差し出した。

レイカ > 椅子だけな度、そんな失礼なことは出来なかった。
此れでも、ここに来る前は酒場で接客をしていたのだから、ある程度の応対の心得はある。
まだ、テーブルを片付けなくてよかったと、私はトマトスープを装いながら思った。

…にしても、随分時の早い老犬だ。
随分な年齢に見えなくもないが…いくつくらいなのだろうか。
動物は嫌いじゃないだけに、少し気になってしまう。

「…そうですね、近頃では北のシェンヤンとの小競り合いも頻発しているようですし。
逸れに、タナール砦では今日もずいぶんと大きな戦いがあったらしいですよ。」

タナールは、いつもとってとられてを繰り返している人間の防衛ラインだ。
アソコが崩壊すれば、魔族との戦争も更に激化するのは簡単に予測できる。
私はため息を衝きながら、トマトスープにバジルを振りかけた。

「……まあ、2ヶ月もすれば治るとお医者様にも言われましたし…それまでは我慢ですね。
しばらくは不自由が続きますが…まあ、ある意味自業自得のようなものですので…。」

私は、パスタを炒め直しながら彼に告げた。
唐辛子の香ばしい臭いが、鼻につく。…この匂いは、嫌いじゃない。
彼が置いた薬草は…まあ、本来なら別に受け取る必要はないものだ。
この炊き出しは、組織の料理版が用意してくれたもの、いわばお金を必要としていない。
だけど、彼の厚意に甘えてもらっておこう…。

「感謝します…。ところで、貴方はここへ何をしに?」

ぱっと見では、冒険者風に見える。
何かしらの依頼でここに来たのだろうか、と今度は私から話題をふった。

オーベ > 旨そうにミルクに浸されたパンを貪る老犬。
良かったな、等とその様子に声を掛けるも向こうは知った事ではない、という風に夢中になって食べ続ける。

10年程前から傍らに伴い、まだ幼い頃から世話をしてきた狼犬であるが、どこか主人である男の事を、
世話の掛かる弟か、子分のように思っている節がある。

「ほう…シェンヤン…その昔、傍まで行ったことはあるよ。
ついぞ、立ち寄ることは出来なかったが…シェンヤン、ねえ…」

タナール砦が激戦区であることは知っていたがシェンヤン参戦、というのは初耳であった…と思う。
興味深げに頷きながら、漂い始める良い香りに鼻をひく、とひくつかせて。

「詳しくは聞かないけれど、命があって何よりだ。
お陰でこうして、俺も食事にありつける…養生することだね」

薬草は使う分だけ水で戻し磨り潰して湿布にはると良い、と使用方法も説明しておく。
彼女が感謝、と口にすれば感謝するのはこちらのほうだよ、と漂い始めた香ばしい香りに表情を緩めた。

「…商売、と言うよりは物々交換だな。
わけあって森の奥深くで暮らす身だから…生活物資と森で取れる薬草や何かを交換してもらうのさ。
街に出るより此方に来たほうが早い…ミレーの里等にも顔は出すけれどね…」

ここだけの話だが。と他言せぬよう念を入れる。
ここまでの道中、集落の中でミレー族の姿も見かけたら問題はないと思うが一応そう続ける。

レイカ > まあ、あまり豪勢なものではないけれど気に入ってくれた用で何よりだ。
さて、人間である彼の食事も出来上がった。
足を引きずりながらだけど、落とさないように慎重に彼の前まで運ぼう。
何しろ、此れを落としてしまうと彼の食事がなくなってしまう…。

「私は、生まれも育ちも違う場所なのですが、シェンヤンにはまだ足を運んだことは。
こことは違う雰囲気がある、という話しか聴けないので。」

彼の前に、トマトスープとパスタ、そして飲み物でミネラルウォーターも置いておこう。
私は逸れに向かい合うように座り、懐からある薬を取り出した。
滋養強壮剤―――慢性的な倦怠感を和らげるそれだ。
決して怪しいものではない。

「……そうですね。…とある方にも言われました。
お前は無茶をするから、もう少し回りを頼れ…と。」

ある人物に、私はそう言われた…。
無茶をしている自覚は、実はない。
私はただ、命を賭けて守りたいもののために、体を奮い立たせているだけだった。
まあ、それが無茶だといわれれば、それまでなのだけれど。

「……そうだったのですか…、森で……。
嗚呼、ご安心ください。…ここはミレーのものに差別意識を持つものはいませんよ。」

逸れに、私はミレーに育てられた者。
彼らには感謝こそすれ、不利益になるようなことはまずしない。
しかし…人間に見えるのに、まさかミレー族の集落にまで顔を出すことが出来るなんて…。

「しかし、珍しいですね…?
人間の方は、ミレーに対して余りいい感情を持つものはいないと思っていましたが…。」

オーベ > 不便そうに料理を運ぶ彼女にゆっくりで構わない、と告げる。
慎重に此方まで運んできてくれるようだったから余計なお世話だったかもしれないが。

「事情があって方々、色々な国を回ったからね…
異国の魔術に興味があったからシェンヤンにも立ち寄ろうと思ったが…同行した商隊の都合で…」

傍を通り過ぎるだけになってしまったのだ、と残念そうに語れば目の前に料理が並ぶ。
最初に水を一口し、いただきます、と向かいに座る彼女に軽く頭を下げれば早速料理に手をつける。
………こんなに旨い炊き出しを食えるのか。と思ったりしながら黙々と手を動かした。

「……あまり気負わん事さ。
どうしたって自分1人では出来ない事だってある。君とて万能ではないのだろう?
驕り高ぶりを持つなとは言わないけれど、何でも自分1人で出来ると思わんことさ…仲間がいるのなら尚更」

しかし、旨いねこれ。と続け様に笑みを浮かべる。
毎日、こんな良い物食べているのか?なんて質問する間も、手は止まらない…若干、行儀悪く見えるかもしれない。

「…それなら安心。
まあ、初めのうちは警戒もされたがね…結局、彼らも生きていかねばならないから持ちつ持たれつさ。
……俺はこの国の人間ではないからね。無神論者でもあるから、先入観が無かったのもあるかな?」

さらに言えば、妻は魔族だ…とついつい、口が滑りそうになったが、それだけは飲み込んだ。
ミレー族はともかく、魔族に関しては誰もがあまり良い感情は持たぬであろう、と何とか思いとどまった。

レイカ > …足が動かないのが、こんなにも不便だと感じたことはなかった。
確かに、昔足を何度も怪我をして、動かないようなこともあったけど…いまほど、不便さを感じなかった。
早く直したい、と思うものの…此ればかりは焦っても仕方がないことだ。

「…なるほど、それはお気の毒に……。シェンヤン……。」

……そういえば、以前娼婦の館で助けることになった、廃人となってしまった女の子たち…。
彼女たちの精神を破壊してしまったのは、シェンヤンで造られている可能性のある媚薬だという話だった。
もしかしたら…この人なら何か知っているかもしれない。

「…ええ、そうですね。何でも出来るわけではありません…。
せいぜい、ここに襲撃をかけてくる者を撃退する程度ですが…今の私では厳しいでしょう…。」

だから、いまはこうして出来ることをしている。
炊き出し、訓練生の食事の世話や選択など…元々じっとできる正確じゃない。
だから、出来ることをやろう。
そう思っているのが今の私だった。

「……あ、あの。食事をしながらで構わないので…一つ聞きたいことが。
シェンヤンで作られている媚薬について、何かご存知ではありませんか?」

おいしいといって食べてくれているのに、そんな最中でこんな質問をするのは正直…不適切かもしれない。
彼が食事をしている最中、私はその質問をぶつけた。

「実は……この集落で薬の後遺症に苦しんでいる人が何人かいるんです。
その子達は、どうやらシェンヤンの媚薬で精神を破壊されてしまったようで……。」

もし、解毒剤や後遺症を抑えられる薬があるのならば、その情報が欲しいと私は彼に尋ねた。
名前も知らないけれど、商人をしているならばそのあてもあるかもしれない、と。

オーベ > 皿まで綺麗に舐めとったか、ピカピカの皿を前にした老犬は時折、ぴすぴす、と鼻を鳴らしながら寝入ったようだ。
食事を続けながら、彼女の話に耳を傾けながら相槌を打つ。

「俺に言えた義理ではないが…しばらくは周りに任せておとなしくしていたほうが良い。
そういう訳にも行かないだろうが、怪我の治りが遅くなる…本当に何かしたいと思うなら、
なにもしないのも大事だと思うが…」

彼女の性格を知っているわけではないから好き勝手を口にする。
初対面の相手に口にするような事では無いのであろうが、それでも一応、後悔のないよう伝えておいた。
一宿一飯の恩義、というやつである。

「…媚薬?ひょっとして『毒蛾』という組織だか人物だかの事かな…?
と言っても、俺もその名前位しか知らないし、噂程度にしか知らないのだが…」

シェンヤン近辺まで同道した商隊の面々との会話にそんな話があった…程度にしか知らない。
そして、こんな会話をしながらも、皿に残った食事はもう残り少ない。

「…難しい話だな。そもそも解毒薬や抑制薬を作ろうにも、大本の媚薬とやらが無ければどうしようも出来ない。
心を壊されてしまった人間は薬ではどうにもできないさ…時が癒やしてくれるの待つ、それも生半ではないだろうがね」

ごちそうさま、とパスタもスープも綺麗に平らげ、グラスの水をグッ、と煽る。
残念だが、現状、俺にはどうしようも出来ないな、と苦笑交じりに肩を竦めれば、すまないね、と頭を下げた。

レイカ > 老犬は…寝てしまっていた。
よほど気に入ったのだろうか、お皿が洗う必要があるのかと思うほどに綺麗にされてしまっている。
私は、それを拾い上げてテーブルの上に置いた。

「……何もせずに安静にする、というのは確かに私にとっては最善かもしれません。
足も体もしっかりと直してからのほうが、確かに私の後のことも考えて…最良でしょう。
ですが……。」

申し訳ありません、と私は一つ苦笑しながら謝罪した。

「…何もせずに、ここがなくなってしまうかもしれないと思うと…じっとしろというほうが無理なんです。
私は、楽園を護りたい。だから…もし、戦って戦って、その結果私が壊れてしまっても…本望です。」

…ただの自己満足だというのは重々承知している。
だけど、私はここを護りたいから…もしものときは、足を千切ってでも戦おう。
まあ、それを良しとしてくれない人が多々いる。実際には出来ないことだろうけど…。

「毒蛾………?」

初めて聞く名前だった。
しかし、その組織か人物家の名前が出てくるという事は、そのことを調べれば…もしかしたら。
それだけでも、とても有意義な情報足りえた。

「…やはり、ですか……。いえ、私も無理を承知でお聞きしたので…。」

彼が謝る、その仕草を私は右手で制した。
彼が誤るべきことは何一つないし、毒蛾という言葉が聞けただけでも、十分な情報だ。
彼が綺麗に平らげた食器を回収しつつ、私は軽く頭を下げた。

「お変わりがなくて、申し訳ありません……。
もう少し早く来ていただければ、まだマスターもいてくれたので何とかなったんですが…。」

オーベ > 「いや、詮無き事を言った。
君が決断して君が後悔の無いようにするべきだ……
俺の言った事などは皿を洗い終わったら忘れてくれ。ただ、簡単に命を張るような事だけは勧めんよ。
俺の生国に、命あっての物種、なんて言葉があってね…生きていれば、割合、なんでもやり直せるものさ」

謝罪されれば首を横に振ってみせる。
ありがとう、と食事の礼を彼女に再度告げて、頭を下げて、椅子にかけた外套を取り膝の上に載せ。

「シェンヤン辺りではそこそこ有名らしいがね…俺も、名前しか知らないが…。
いやいや、食事の礼のついでだとでも思ってくれ、美味しかった」

外套を再び、身につけ身支度を始める。
その気配に老犬が起き上がれば、男のすねの辺りに背中を摺り寄せた………痒かったらしい。
軽く頭を下げる彼女に、す、と手を出し首を横に振ると微苦笑を浮かべて。

「片付けをしていた所、悪かった。
暗くなる前に立ちたいから俺はそろそろこの辺りで…
君と…薬の犠牲になった人達の快癒を願っているよ…またどこかで顔を合わせることもあるだろう」

物々交換に時折、訪れるのだからと続ければ長剣を吊ったベルトを腰に巻き、杖を手にフードを再び目深に被る。
顔まで伸びた刺青は幼いミレー族の好奇心の的になることを学習していたからだ。
老犬に一声、告げれば彼女に頭を下げ、最後にもう一度、ありがとう、と告げこの場を後にし―――

レイカ > 「いえ、ご忠告をありがとうございます…。
…私の決断が間違いであるかもしれないので……とてもありがたいことです。」

命を簡単に投げ出す、そのことだけは確かにするつもりはなかった。
だけど、時には命を賭けて戦わなければならないこともあるだろう、”ミレーを護る”とはそういうことだ。
だけど、彼の助言は…私の中ではとても、有意義になることは間違いない。

「…わかりました、もし縁あれば私も調べてみることにします…。」

毒蛾…この名前は、私の心の中にしかと刻みつけよう。
組織なのか、それとも人物なのかはわからないが…必ず、その正体を暴こう。
彼女らをあのままにしてはおけない…出来るなら、抑制剤の手がかりになるものを手に入れたい。

「……ええ、そのときはまたお話を聞かせてください。
その子も、どうかお元気で……。」

老犬と人物が踵を返すならば、私はそれをとめる権利などありはしない。
ただ、彼が見えなくなるまでは…見送ろうと思う。
どこか不思議な雰囲気を漂わせる彼のことは、どこか印象深く移った…。

「……今度来た時は、もっとおいしいものをご馳走してあげないといけませんね…。」

誰にも聞こえない独り言をごち、私は食器の後片付けを再開した。

ご案内:「ドラゴンフィート」からオーベさんが去りました。
ご案内:「ドラゴンフィート」からレイカさんが去りました。
ご案内:「王都平民地区:酒場」にレアンさんが現れました。
レアン > 平民地区の外れの一角。
よく言えば貫禄を感じさせる、悪く言えばおんぼろな木造の酒場のカウンター席に彼は掛けていた。

「―――ふー……ようやく、酒にありつけるぜ」

一山仕事を当てたお陰で、当分は寝る場所に困らないだけの金を手に入れることが出来た。
ここのところ、ツケにしつづけていたせいか、マスターが眉を寄せて、睨み付けていたが、大丈夫大丈夫となだめて。

ほれ、きちんとツケの分も持ってるからよ?

どさっと麻袋に詰めた貨幣を開いて見せれば、マスターはしぶしぶと言った様子で、注文した葡萄酒をカウンターへと提供した。

「やれやれ、地獄の沙汰はなんとやら…か」

ちびちびとワイングラスに口に含みながら、けふ、と酒気帯びた吐息を溢す。
仕事で一山当てたのは良しとして、本来の目的である『あの情報』には全く縁がないようだ。
あちこち足を伸ばして、王城にも潜入したというのにこれといった情報は手に入れることが出来なかった。

「理想はまだ遠く、彼方に――ってか」

掌を天井のランプへと向けて翳し、あー…と気だるげな溜息をついた。

レアン > 酒に強いわけではない。むしろ、弱い方だ。しかしながら、葡萄酒の味自体は好みなのだから世話が無い。しかし、そんな好みも金が無ければどうにもならない。ツケが重なり続けて、そろそろ店を追い出される寸前だったが、仕事のおかげで最悪の自体は回避することが出来そうだ。

「なぁ、オヤジさん、ここらで情報通の人間っていないかねぇ?」

知るか、ボケ。とマスター。知っていても教えるわけがないと言わんばかりに、鼻を鳴らす。

(ま、当然の反応だよな)

自分がマスターの立場なら、同じ反応をするだろう。むしろ、店から叩き出されないだけマシと思わなければならない。

「しかしさぁ、マスター。そろそろこの店を建て替えてもいいんじゃない?流石にボロボロでしょ?」

歴史を感じると言え、とマスターはつまらなさそうにグラスを磨いていた。
まあ、彼もマスターがこの店に愛着があることは知っていた。暴漢に襲われ亡くなった妻が両親が引き継いだ店らしい。マスターにとっては最愛の妻の形見のようなものだろう。
だが、未だにマスターの妻を襲った犯人は見つかっていない。マスターの心中は複雑で推し量ることは出来ない。

レアン > 彼は良い意味でも悪い意味でも、他人には興味がなかった。極論すれば、自分さえ良ければどうでもいいタイプだった。孤独と言うのならそうなのだろう。少なくとも孤高と呼べるような高尚なものではない。
ただ、そんな彼でも恩と義理を感じるほどには人間の血を引いている。
マスターは何だかんだ言いながらも、彼が冒険者をはじめた頃から面倒を見てくれている。
彼にとっては、第二の父親のようなものだった。だからこそ、彼の妻の話を聞いた時は憤りや悲しみを抱いた。
もちろん、そうと口にしたわけではないが。

だから、彼がこの店を大切にしているのは理解しているし、今後建て替えるつもりもないのは分かっていた。
それでも尋ねたのは、老齢に差し掛かっている彼が今後ひとりで暮らしていけるか心配だったからだ。

(まあ、この人のバイタリティなら心配する必要もねぇだろうけど)

心配があるとすれば、この店に何かあった時だ。
この店はマスターの生き甲斐のようなものだ。故に、この店に何か起きた場合――最悪喪失するようなことがあれば、果たしてマスターは平気でいられるだろうか。
平民地区も決して治安が良いとは言えない。約束された永遠など、どこにもあるはずがないのだ。

レアン > だが、とも思う。それでも【永遠】を望んでしまう。おとぎ話ではよく、不老不死や金銀財宝を求める人間は何かしら不幸が起き、結局は欲をかかないことが一番だと教訓として伝えられるが、それは果たして悪なのだろうかと。

自分自身、立場上、危ういバランスの上で生活している。それについて不安を覚えないわけがない。もちろん、その不安に怯えて暮らすほど彼は神経質ではない。それでも心のどこかでは平穏を求めているのは自覚していた。

そういう意味ではこの酒場は彼にとって心の拠り所だった。

「……マスターもさぁ、もう少し欲を出して商売してもいいと思うんだけどねぇ」

そんな言葉に、マスターは鼻を鳴らすだけで答える様子はなかった。その真意は分からなかったが、少なくとも、その欲を出すつもりはないようだ。
酒の種類も揃っていて、マスターの出す料理は一級品で――悪いのはこの外観だけだというのに。

「欲が無さすぎるのも問題かもねぇ」

ツケを溜めこんでいたお前がいうか、とマスターが睨み付ければ、肩を竦ませて葡萄酒を煽った。

ご案内:「王都平民地区:酒場」からレアンさんが去りました。