2021/05/25 のログ
ご案内:「魔族の国」にライザさんが現れました。
■ライザ > つい数か月前まで、その城の主はとある変人貴族であったのだという。
先代から受け継いだ瀟洒な城館には使用人も少なく、家具調度に拘りも無く、
得体の知れない薬品の香りやら、何らかの実験に失敗した爆発の痕跡やらがそのまま放置され、
研究施設と称された地下には、主が最も大切に育てていた、青白く光る『卵』が鎮座していたという。
何を作ろうとしているのか、問われれば男は、こう答えた。
『理想の女』『理想の娘』そして、『理想の妻』を、つくっているのだ、と。
そうして、現在。
城館は内外装とも美しく整えられ、見目麗しい使用人たちがまめまめしく立ち働き、
最も美しく整えられた、奥まった主の部屋には、若い女の姿をした、新しい主が陣取っていた。
魔導機械を駆使したバスルーム、白い陶製の湯船は、金色の猫足すら曇りなく磨かれて、
今はたっぷりと、花の香りを振り撒く泡で満たされていた。
その中へゆったりと肢体を伸べた女の貌は、甘く、魅惑的に整っていたが、
ゆるりと伸ばした左手の指、鋭く長い爪先と、爪紅の毒々しい紅色は、
女の気性を、端的に表しているようでもあり。
「ねぇえ、パパぁ………パパって、昔は、とっても器用、だったんでしょう?」
態とらしいような甘え声で尋ねる先は、彼女を生み出し、育んだ『父親』だ。
かつてここの主であった彼は、今、湯船の傍らに跪き、陶然とその肢体の一部を眺めつつ、
ぎこちない手つきで、爪紅を塗り重ねていた。
ちろり、睨めつける紫檀の瞳。
次の瞬間、一閃で痩せた男の頬に、見事な爪痕が三つほど刻まれ。
「なのにぃ、どうして、爪ぐらい綺麗に塗れないのぉ?
もう良いわ、ほんっとに、役に立たない男ぉ……やっぱり、
そろそろどこかへ捨てちゃおうかしらぁ」
ほう、と息を吐けば、泡がふわりと。
優雅なバスタイムを楽しむには、不似合いなしわがれた悲鳴すら、
女にはどこ吹く風だった。
ご案内:「魔族の国」にテイファーさんが現れました。
■テイファー > 「ライザ様。お寛ぎの所申し訳御座いません。
隣国の魔王様より書状が届いております。」
その声は男の声だった。彼女が卵から孵化した際に着けられた執事。
勿論だが――嫌と言うほど上下関係は仕込まれた。外見上は。
それからずっとだが、彼女に反抗する機会を探り続けていた下級の、淫妖の類。
バスルームの扉の向こう側から声を張り上げながらも、決して主人の機嫌だけは損ねない様に声量を絞る。
これは彼女が躾を行った結果とも言えた。
「如何いたしましょうか。追い返すならばそのように。もし謁見されるのでしたらその旨をお伝えさせていただきます。」
反乱を。下剋上を狙うその声は彼女がバスルームの時間を切り上げる事を願う様でもあった。
何やら悲鳴も聞こえた気がするが、そんなものは何時もの事。我関せずとばかり、用向きだけを伝えていたのだった。
■ライザ > 『父親』の悲鳴なんて、もう聞き飽きていた。
面白くない、風呂の中でそろそろ、寝入ってしまいそうだとすら思っていた頃。
扉の向こうから聞こえる声に、あら、と小さく呟いて視線を向ける。
バスルームの床を、顔を押さえて転げ回る男には一瞥もくれず、
続く口上を聞きながら、すう、と双眸を思案気に細め。
「―――――――良いわ、ちょうど退屈していたところだし……、
折角ですもの、すこぉし、遊んでもらいたいわ?」
書状を届けに来たのが何者であれ、目新しい玩具には違いない。
くふ、と微笑んでそう応え、湯船から立ち上がろうとしたところで、
爪先にこびりつく紅の雫に気がついた。
ふ、と眉根を寄せて溜息を吐きながらも、きめ細かな泡を肌に纏わりつかせたまま、
肌を隠すでもなく立ち上がり、濡れた素足で床を踏む。
扉へ向かうその過程で、柔らかなバスローブを別の従者に着せかけられ、
申し訳程度に羽織りながら、なんの躊躇いも無く、転がる男を更に蹴り飛ばした。
「全く、ひとつのことしか出来ないおばかさんには、ホント、付き合い切れないわねぇ。
―――――あちこち小器用な男っていうのも、面白みに欠けるけれど」
後半部分は、扉を開いた後に告げる。
試す眼差しが向かうのは、そこに控えている筈の男の顔だ。
面白みに欠ける、という評価が、誰に対するものなのか、
勿論、態々告げるまでもないだろう。
少なくとも女は、この男を、そういうものだと思い込んでいる。
羽織っただけのローブから、濡れた素肌が露出していても、
女には恥じる気配も見られない。
それも当然だろう、――――――女にとって、彼はいわばただの道具だ。
そう、この時点では、まだ。
■テイファー > 「畏まりました。それでは伝令を今向かわせます。
使者とライザ様に振舞うお飲み物にご注文は御座いますか?」
蹴り飛ばされた男に興味はない。そしてそんなものは何時もの光景だ。
だから動揺する事も無く、それこそ風呂場に浮かぶ水滴が落ちた程度の興味すら淫妖は抱く事が無かった。
従者が主の顔を直接見上げるなど恐れ多い事だ。
故に跪き、主の珠玉の結晶たる裸体を見ることは無い。そのつま先を見るのが許される程度なのだ。
音と気配でバスローブを着せかけられたことを察知して、漸く顔を上げた。その眼には魔眼――少しずつ。何か月もの間時間を掛けて主の瞳の奥に仕込みを行うための物を混ぜ込みながら。
その顔を見上げ、立ち上がる。
扉を開き、廊下へと主を先導させつつも――
「使い出の無い鋏よりは、使い勝手のある棒切れの方がまだマシで御座いましょう。ではライザ様、此方へ――」
そう言ってこの館の主を転落させるための一歩を踏み出す。
待ち受ける試練を乗り越えたか否か。
ご案内:「魔族の国」からテイファーさんが去りました。
■ライザ > 良く出来た執事だが、正直に言えばそれだけの男だ。
目を瞠るほどの容貌も無く、苛立たせるほどの瑕疵も無く、
一度膝を屈させてしまえば、それ以上、玩ぶ気を起こさせる特徴も、無い。
だから、女は忘れていた。あるいは、認識しようともしなかった。
その男が内包する歪んだ意志に、本当の危険性に。
男に先導されるまま、女はローブの裾を翻し歩き出す。
その先に待つものを正確に知るのは、まだ、男だけだった。
ご案内:「魔族の国」からライザさんが去りました。