2022/11/07 のログ
ヴァン > 女が座るテーブルに近づくスーツ姿の男が一人。

先客に気付くと困惑したような表情を浮かべ、歩いてきた道を振り返る。
軽く首を傾げ、周囲に迷惑をかけない程度の声をかける。

「失礼……こちら、相席よろしいですか?」

男は劇場に時間がかかる用事を依頼していた。従業員から待つまでの間に案内された席だが、手違いがあったか。
黙って受付に戻り、別の席を案内されるのが正しいのだろうが、戻るのも少し面倒だ。
もし目の前の空席に誰かが来る予定がないのならば、短い時間だがお邪魔させてもらおう。
ふと女性の顔を見る。見覚えがあるような、ないような。

「貴女は、確か――」

シシィ > ────今日の演目は何だったか。
劇だったかもしれないし、あるいは室内楽の演奏であったかもしれない。

酒杯を手にそんなことを考えていたのだが、かけられた声音に軽く視線を上げた。

「───ええ、構いませんわ」

男が何を思って声をかけてきたのか知る由はない。
ただ、束の間の時間を過ごすことについてはこちらも否やはない。

「あら、私のことをご存じで?」

職業柄、様々なところに顔を出しはする。
王国では珍しい部類の肌の色が功を奏してか覚えられていることもある。

口元に笑みを浮かベルと言葉を向けた。

ヴァン > 問題ないと言われればほっと一息。
慣れない場所を往復するのは男も好まないようだ。テーブルの対面にあたる椅子を引いて座ると、言葉を続けた。

「えぇ。確か……前、王城の公文書館にいませんでしたか?」

美人の顔は忘れない、というのは女好きなら誰でも口にする言葉。男もその例に漏れず、記憶を辿って言葉にした。
肌の色は思い出すのに貢献したが、人によっては指摘されることを好まない人もいる。
理由を尋ねられれば、書物関係の仕事をしていて、調べ物をする姿が綺麗だったので、と付け加える。

「美人さんには声をかけるってのが故郷の決まりみたいなものでして。
とはいえ、皆が調べ物をしている所でそれは、ね。商人の方で?」

目の前の女性は冒険者には見えない。王侯貴族といった風でもない。こういった場にいることを考えての推測。
公文書館で何を調べていたかまではわからないが、税の類だろうか。

シシィ > 「─────」

思いがけない言葉に少々沈黙した。
手にしていた酒杯をテーブルに戻すと、訝しそうに男に視線を向けた。

「ええ、確かに定期的に赴いてはおりますけれど───?」

どこかで言葉を交わしただろうか、と女にとっては至極当然の疑問をくちにする。
それから続けられた軽口じみた言葉に口許に手を宛がうところりと笑い声を立てた。

「口がお上手。───ええ、商いを少々。こちらに伺っているのもそれが半分理由ですわね」
問われた中で、答えられる範囲の言葉を返し。

「貴方も御同業、ととらえてよろしいのかしら?」

公文書館など、用がなければ出向くものは相違ない。そんなことを考えながら。

ヴァン > 沈黙、そして訝し気な視線。
何か不味いことを言ったかな、と内心ひやりとしつつ、愛想笑いを浮かべてみせる。
続けた言葉が適切だったか女の変化に安心しつつ、正直者なので、と言葉にする。

「やはりそうでしたか。この劇場の人から待つ間この席にいてくれ、と言われまして。
これから商談などされる邪魔をしてしまうとまずいな、と思って声をかけた次第です。
あと半分は、芸術を嗜みに?」

推察するに、商談は終わったのだろうか。それとも、商談相手が到着する時間はだいぶ先なのか。
ともあれ、相手の仕事の邪魔をすることはなさそうだ。

「いえ。書物関係の仕事とはいっても、本の売買ではありません。神殿図書館で司書をしています。
公文書館も図書館の一種といえますから……古い記録の写本などで赴くことがありまして。
とはいえ、今日は私用で……ここの人にお金を貸してましてね。回収できたら立ち去りますので……」

しばらく相席させてほしい、と重ねて伝える。男が待つということは、簡単に払えるような額ではないのだろう。
服装からは貴族階級のように見えるが、使用人ではなく、貸している本人が取り立てに来るというのも変な話だ。
投資家、と表現するのが適切にみえた。

シシィ > 「そうでしたの。私の待ち人は───、ええ、まだ少しいらっしゃらないよう」

笑みを浮かべる男に対して、こちらもまた穏やかな様子で応じる。
問いかけに対しても頷いて、舞台へと視線を流す。

今日は、詩人の朗読劇のようだ。
催しが都度変わるのも小劇場ならではと言えるだろう。

「せっかくですし、自分にとって居心地の良い場所で仕事したいと思いません?」

テーブルの酒杯を軽く弄びながら言葉を交わす。

「司書の方が───借金の取り立てを?」

意外な言葉に、面白がるように首を傾ける。
如何にも取立人といった風体には見えないが───、貸主が直接訪れる、というのも珍しい気がする。
思わぬところで小劇場の主の秘密をのぞいてしまった気がしたが───特に断る理由もない。
鷹揚な仕草で頷いて、おそらくは己より彼の待ち人が訪れるのが早いだろうな、とも思われた。

要件が要件なだけに彼をそのまま、というわけにもいかないだろう。

ヴァン > 舞台へと移された視線に、つられるように男も顔を動かした。
数人が台本を手に語る姿を見るのは初めてのようだ。しばし興味深そうに舞台上のやりとりを眺める。

「そうですね……そう、思います。
お金の貸し借りは完全に個人的な……そう。資産運用といいますか」

男にとって図書館は良い職場だが、神殿騎士団はそうではない。やや歯切れが悪い。
目の前の男が口にした資産運用という単語は彼女にはどう響くだろう。大金を持っているようには見えない。
面白がるような言葉には慌てて否定をする。主教が主体となって金貸しをすることはあるが、それには携わっていない。
おそらく数分もしないうちに、人が来て別室に案内されるだろう。

「珍しい本を仕入れた際には、お声がけいただければ幸いです。趣味で古い本を集めてまして」

言葉を紡ぐ途中、男のもとへ劇場の従業員の中でも役職が上と思われる人物が訪れ、準備ができた旨を伝える。
予想より早いな、と思いつつ立ち上がると、女へと頭を垂れた。

「ヴァン、といいます。また王都でお会いすることがあれば食事か商談でもご一緒できれば」

丁寧な挨拶の後、椅子を元に戻して劇場の従業員と共に立ち去っていく。

シシィ > 作品は、詩人の作品だろうか。
耳に心地よい声音と抑揚が紡ぐ言葉の羅列は、美しく耳に届く。
けしていやなものではなかった。

「資産運用………」

相手から紡がれる言葉は、ずいぶんと意外なものだ。
司書、というのはそこまで金銭的に余裕のある職だっただろうかと鸚鵡返しに呟きながら。

「古書、ですか。真贋の鑑定も必要なものもあると思いますが───手に入れましたらお声かけさせていただきますわ」

ゆったりとした会話は、こういった界隈において艶めいたものではなかったが、女なりに時間を楽しんでいる模様。
そうしているとこちらに向かってきた従業員に視線を向ける。
予想通り、言葉は彼に向けられたもの。
席を立つ相手の仕草と言葉に、緩く首を横に振って応じ。

「私は、シシィと申します。こちらこそご縁があればどうぞ良しなに」

誘い言葉には、ご縁があれば、と快く頷くことで応じ、立ち去る背中を見送ることになるだろう。

ご案内:「港湾都市ダイラス “ハイブラゼール”」からヴァンさんが去りました。
シシィ > 男が立ち去り、女はまた一人に。

朗読に耳を傾けながら酒杯を取り上げる。
静かに過ぎる時間を楽しみながら、ややあってかけられる声に視線を上げる。

今度は待ち人だった模様、同業の相手に軽く挨拶を向けて互いの近況を述べながら──。

会話がそのまま商談へと向かったのかは、さざめく音にかき消されてきかれることもなかっただろう。

ご案内:「港湾都市ダイラス “ハイブラゼール”」からシシィさんが去りました。