2019/08/01 のログ
ハーティリア > 「繋がってないなら、引き出せるよなぁ…?」

けっけっけ、と悪どい笑みはわざとらしく、ちょっとヒールを気取っているのか、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま影に手を…突っ込めなかった、ぐいぐい、ぐいぐい……まるで喜劇のいち場面である。

「ぐぬぬ…俺がまるで道化だなぁクソ。…はっは、冗談!頭の固い魔術師とか、存在価値ねぇだろう?
それに…殺さず勝とうってなると、必然的に頭使うだろどうしても。」

もっと勝利条件楽なら、脳死同然に巨大魔法ぶっ放してるだけかもしれないが、場所が特殊なのだ、どうしても頭を使わざるをえない。
それに…対応力といえば聞こえは良いが、結局は後手後手なのである。魔術殺し…一本は奪ったとは言え、これが本当に曲者だ。腕に一本巻き取ったままなのもあって、重いしなにより…こんなの巻き付いた状態で転移魔法が使えないから地味に動きが制限されて辛いのだ。

さて、ここからどうするか…考える暇もなく、着地点に蛇のように這い寄る鎖と足が触れそうになった瞬間。

「よ、っと…あぶねぇ…!」

一瞬だけ、バサッ!と背中にコウモリに似た羽が生えて、羽ばたき一回、風で自分を押しやるように着地点をずらして羽を消し…一度はかわす、が…おいすがる鎖をなんとかできたわけではない、着地して次に試みたのは…鎖がまきついたままの腕。

「さぁて…使うのは久しぶりだが…よ、っと!」

腕に絡みついたままの鎖をしっかりと握り、ブンブンブンッ!とムチのように振り回して、鎖同士を打ち払い、あわよくば絡めば良いなと目論んで…。
観察されているのには気づいているが、だからといってどうしようもない…己に流れる魔力は、いわゆる不死者…リッチと、淫魔…サキュバスのそれがまざりあったもの。サキュバスの肉体と特性を保持したまま、リッチとなった淫魔の始祖種…そのことを除いては、特段他の不死者や淫魔と、大きく変わるところはない。淫魔なので幻惑を看破し、不死者なので毒や病魔を受けない…などという、個々の特性が混じり合ってはいるが。

クレス・ローベルク > 「(身体的特徴による判断……サキュバスだが、魔術による後天的な死霊でもある。
魔力感知……身体の各部位に魔術刻印。タイプは条件による即応……って、何だこの魔術効果。広範囲爆破とか死の呪いとか。効果範囲おかしくねえ?
ともあれ、そうなると)」

彼女が"勝つ"為に使用する魔術刻印は限られる。
後は、タイミングが全て。
そして、そのタイミングを引き寄せるには、

「やるしかねえな、オイ!」

振り回すだけの鎖に対し、こちらは鎖をある程度自由にコントロールできる。
絡まないように鎖を掻い潜っているが、しかし迂闊に彼女に鎖を伸ばす訳にもいかない。
故に、男は鎖を諦めた。全ての鎖を裾の中に入れ――
振り回される鎖の範囲に、自らの肉体を以て飛び込んだ。

「ひ、ひぃっ!こわっ!怖い!当たったら確実に骨砕ける!?」

振り回される鎖を、間一髪跳躍したりしゃがんだりしたりして避ける。
ギリギリで避けた際の風圧で髪が靡いたりしているが、それがどれぐらいの威力を示しているのか考えたくはない。
だが、とにかく距離を詰める――箒と同じく、鎖もまた、『近すぎると当たらない』武器だ。
無論、そこまで近づくまでには、流石に別の攻撃を繰り出してくるだろうが、

「(それでいい。とにかく、今は彼女を"動かす"。
まともにやったら絶対に不利なんだから、行動の隙を見つけて、そこに攻撃を叩き込むしか無い!)」

相手がどんな魔術を使うのか完全には解らないので、迂闊な行動はできないが。
それは相手も同様。下手に魔術を使えば、鎖でそれを砕かれるリスクがあるからだ。
つまり、あちらは魔術を、こちらは鎖を、抑止力として持っている。
故に、この勝負は、お互いの抑止力からの逃れ合いだ。
言い換えるなら、

「(人の足を引っ張るのが上手い方が勝つ……!)」

魔王と人の戦いがこんなしょっぱい結論で良いのかと思うが。
しかし、そうでもしないと勝てないのだから仕方ない。

ハーティリア > 振り回すだけ、というより…振り回す意外に使い道がない、といった方が正しいか。下手に振る勢いを弱めると、彼が操作できるかもしれない、という一抹の不安が原因で。
まさか、見ただけで刻印の中身を看破されているとは思わない、が…まあ、今回は良いとしよう、別に今使える刻印など無いに等しいのだから。

「えぇい、こんなにやりにくいの久しぶりだ、ねぇ…くっ、やっぱ鞭と同じとはいかねぇか。」

大鎌や杖ならもうちょっとマシに扱えただろうに、と嘯くものの、うねる金属を掻い潜られると苦い顔…格闘ができないわけではないが、近づかれたらそれはそれでしんどいのだ。

しかし、決め手にかけるのはお互い同じなら…こちらから少し、揺さぶってみても良いかもしれない。
左腕が鎖を振り回している間に、右手が服のポケットから一枚のカードを取り出しつつ…朗々と『謳う』

『氷の乙女 冬の騎士 汝らの持つ刃にて、我が敵に極寒の裁きを…ホワイトソード!』

詠唱と同時に、彼の周囲に剣を携えた氷の精霊が数体現れ、思い思いに彼を切りつけようと剣を一振りして消えていく。
それと同時に…右手でかかげたカード…砂嵐が描かれたカード「熱砂のカード」が淡く光ると、火で炙ったような熱を帯びた砂が、術者を中心にゴウッ!と砂嵐のように吹き荒れる。
熱を帯びた砂に「やたら熱い」以外の殺傷力は無いに等しい…まあ浴び方次第ではやけどになるだろうが、多分彼なら一番の弊害に気づくだろうか…「目に入るとヤバい」と。
あと、地味に今まで使っていなかった別種の魔術に限り二つまで同時に扱う「ダブルキャスト」の技術をしれっとお披露目してみたり。
これをくぐり抜けられたら…自分の負けでいいだろう、とりあえず…今回は、なぞと不遜な考え抱きつつ。

クレス・ローベルク > 「いや、それはこっちも同じだよ。やりにくいっていうか、普通に怖い……!」

こちらからすれば、相手が魔術刻印を使わないとは限らないのだ。
威力を弱めて使われる可能性もあるし、"死んでから死んでないことにされる"可能性さえ、否定はできない。
そこまで悪辣でもないとは思うが――しかし、手加減の分量を間違える可能性はある。
お互いが探り探りであるが故の、実力差がありすぎる故の膠着。

だが、それを破ったのは彼女だった。
精霊の剣士たちが、こちらを取り囲み、剣を振るう。
冬の騎士と言うだけあって、剣筋は良い。

「だが、それだけなら……!?」

十分対応できる、と言おうとしたところで。
それを否定するかのように、熱の砂嵐が現れた。
彼女を中心にしているので、本格的に砂を浴びてはいないが……

「暑……っていうか、熱っ!?炒め物で跳ねた油並に熱い!
これ、熱風じゃなくて砂の熱さかよ!?」

皮膚を焼く様な熱さが、此処からでも伝わってくる。
こんなものを下手に目に入れたら、間違いなく失明する。
そして、当然この中でも精霊たちは平気なのだろう。

目を開ければ、熱された砂によって失明。
目を瞑れば精霊たちの剣により死。
どちらかを選ぶかと言われれば……

「どっちも選んで溜まるか畜生!」

男は、ハーティリアの方を見る。
最早、精霊達の相手は、片手間だ――当然、そんなことをすれば、剣が男を切り裂く。
腕、脚、腹、次々と切り裂く剣を、ギリギリで――当たらないという意味ではなく、致命傷に至らない程度にという意味で躱す。
一振り事に血が流れ、痛みも感じるが、

「痛い程度なら何とでもなる……!」

そして、男は見る。魔力の流れを。
熱砂の魔術は、「砂」と「風」の魔術だ。
「砂」は既に召喚されていて、止めようがない。
だが、「風」は違う。普通の状態では風は吹かないから、風を吹かせ続ける為には、魔力で常に大気を動かし続ける必要がある。
尤も、"鎖"では駄目だ。これを止めるには、破壊ではなく、魔力の流れをかき乱す必要がある。

「だから……邪魔……っつううううう……!」

見開いた目に、砂が入ってくる。
砂嵐はまだ本格的にこちらに来ては居ないが、しかしそれでも風に乗って砂は飛んでくる。
だが、反射さえ凌駕し、男は目を見開き続ける。
目は焼ける程痛い。視界は真っ赤に染まっていく。
しかし、確かに風を吹き荒れさせる魔力の流れは見えた。

「邪魔……眼……!」

邪魔眼。それは、視界を介して、魔力の流れをかき乱し、その魔術を霧散させる、鎖とは違うタイプの魔術師殺しだ。
風は停止し、そして大気の流れを失った風は、そのまま滞留し続け、砂煙となる。ハーティリアの周囲で、だ。

「今……!」

男には、何も見えていない。
だが、砂嵐が起きる前の、ハーティリアの位置は解っている。
だから、後は運だ。
ハーティリアの周囲にある砂煙を逆用して、鎖を隠し、彼女の脚に鎖を這わせ――投げ飛ばす。

「(ハーティリアは、闘技場に不慣れだ。だから、実戦には存在しない、リングアウトについては、意識の外にあるはず……!)」

だからこそ、運だ。
まず、彼女が鎖に気付いて避けてしまえば負け。
次に、その鎖が掴むのが、左足でなければ――空間転移の魔術刻印を持つ左足でなければ、空中から空間転移で逃げられて、負け。
気付かない確率は自分に甘くして1/2、更に両足の内どちらを掴むかも1/2。
掛けて合わせて勝利の確率は――1/4。

「(ああ、クソ!なんて楽勝なんだ、魔王相手の勝率が、1/4もあるなんて!)」

これを外せば、男は敗北だ。
何せもう、殆ど眼が見えない。
視界が効かない状態で勝てると思えるほど、男は楽観的ではない――ギブアップするしか無いだろう。

ハーティリア > 「……いやぁ、命のやり取りだったらもう終わってる自信あるんだけどなぁ、模擬戦なんて何年ぶりだろうな、昔は良くやってたのに。」

そう、久しぶりだから楽しくて楽しくて仕方ないが……そろそろ、潮時だろう。
思い思いに剣を一振りしていく精霊、吹き荒れる呪術によって生まれた熱砂の嵐。
吹き荒れたそれが、不意に凪いだ感覚に…お、と目を見開いた。
己の魔術がかき乱されて無理やり解除されたらしい、と知ると砂煙の中愉しげに笑みを深め。
…ふと、『左足』に絡みつく鎖と投げ飛ばされる感覚に…声を上げる。

「へぇ、やるなぁ…竜眼とはまた違う感じか…ぬおわ…ぁっ、とぉっ!?」

パキン、と4分の1の確率を制して、転移の刻印を破壊し、投げ飛ばす鎖に…空中へ、リングの外へと投げ出される体。
リングアウトの事をすっぽかすほど耄碌したつもりはない、が…ここは「人間の闘技場」、羽を生やしてバサリと飛んでハイ回避…は、野暮だ。この上なく野暮だ。
そして、この状況から勝ち筋を見出し、掴んで見せた彼への敬意もかねて…投げ飛ばされたままストン、と地面に…舞台の外に降り立つ。

「っと……っち、場外に出されちまったなーぁ?うん…お見事、狩人さん…うん、楽しかったわぁ。」

パチパチと、場外から拍手を贈ろう。お前の勝ちだと称えるように。

クレス・ローベルク > もう、目は見えない。
光を捉えることはできるが、それはぼやけて、意味のない風景になっている。
勿論、こんな無茶は後で治療される事が前提の荒業でしかない。
後で医療班から怒られるなあと思うが――しかしとにかく、

「か、勝った……?」

疑問形になったのは、その勝利の光景を見ることが出来ないからだ。
しかし、アナウンスが、『ハーティリア選手、場外!よってこの勝負、クレス選手の勝利です!』と興奮気味に伝えれば、勝利を確信してその場に横たわる。
力が抜けたのもあるが、ソレ以上に血が抜けている――目もそうだが、自傷した脚を含め、全身に切り傷を負ったのだ。
黒衣を着た癒し手が、素早く男の下に駆けつけ、回復魔法をかける。

「ああ、楽しかったか。それは……何より」

と、こちらは苦笑い。
勝ったには勝ったのだが、実戦として考えると負けた様な物だ。
否、そもそも試合としても、勝たせてもらったという風向きが強い――が、しかし結果として勝ったのはこちらだ。
幸い、観客達はこちらの勝利を疑っていない――故に男は、治療を受けつつも、彼等に手をあげて歓声に応える。

「こっちも楽しかった……というか、いい経験になったよ。
まあ、ギャラは貰えないし剣も買い直すけど、それを加味しても、十分得るものはあった」

ハーティリアが言った「ギャラはこっちが払う」という発言はすっぽ抜けている男。
命の危機とかその他諸々で、どうやら忘れてしまっているらしい。
とはいえ、十分満足げな笑みは、それが本当であると物語っているが、さて。

ハーティリア > 「おっと……お、俺が出る必要ないかな?」

自分が治療しようかと思ったが、闘技場の医療班がかけつけ、即座に治療を始めると、とりあえず舞台に上がって医療班の後ろから眺める状態に……。

「おう、お前さんの勝ちよ、おめでとう。」

彼の疑問符に笑顔で答え、改めて賛辞を贈ろう。ふと、魔術刻印の代金請求してビビらせてやろうか、なんて悪意が脳裏をよぎるが…そっとそれは心に蓋をして隠し、歓声に手を上げ答える彼にクツクツと笑みをこぼせば。

「じゃあ、そんな貴方にご褒美をあげようじゃねぇの。」

そういうと、自分が持っていた先の藁の部分を除く部分が、不思議な煌きを放つ金属製の箒をポイと、彼に放り投げる、存外に重たいそれは、手にとってみると、鉄でも銀でもなく…。

「その箒、あげる。俺の作った量産品だけども…藁の部分以外は全部ミスリル銀で出来てるから、鋳潰して剣にするもよし、軽くエンチャントしてあるから捨て値でさばいても、まあ10万ゴルドはかたいんじゃねぇの?」

こっちの世界の相場とかあんま知らないけど、とケラケラ笑いながら…端役とはいえ、魔王に勝利したのだ、このくらいの褒美はいるだろう、と。

クレス・ローベルク > 「いや、即目が見えるようになるなら、治療してくれると有り難いけどね?
失明だと大体、一週間ぐらいかけて治療しないと駄目だからさ……」

前に腕を切り落とされた時も同じぐらいかかった。
あの時も相当辛かったが、失明となれば更に不便だろうと思う。
幸い、治る怪我であれば、闘技場との契約で見捨てられることはないのが不幸中の幸いか。
とはいえ、稼ぎは減るなあ、と思い嘆息する男の前に、何かが落ちてきた。
ぼやけた視界でよく見てみると、それはきらきらと輝くものだ。

「なにこれ……え、ミスリル銀!?あの!?」

男とて、その価値は知っている。
希少性もそうだが、何より材質としての価値が凄まじい金属だ。
独特の光沢から美術品、魔力との相性の良さから魔術礼装、金属としての頑丈さから武具。
何を作っても一級品。正に、神の鉱物、だ。

「お、おお……ほし……」

い、と言おうとした瞬間、男は何かに気付いたように首をひねる。
そして、そのままうつむいて、何事か呟き始める。

「いや、でも……ミスリル銀だぞ?
でも、ルールとしては……だよな、そうなるよな、そうなっちゃうよな……ああ、クソ、こんな事ならこんなルール決めるんじゃなかったあー!」

最後に、思い切り地面を叩く。
そして、殴った手の痛みに悶えて、暫く「うおおお」とか唸り。
それが終われば、ミスリル銀を手にとって……それを突っ返すようにハーティリアの前に。

「ごめん!これ受け取れない!
これ受け取っちゃうと、俺の中のルールが壊れる!
このクソチートローブを使うとギャラ貰えないから、縛りプレイしてるのに、その理由がなくなる!
そしたら絶対、これに甘えるもん!それは駄目だ!」

本当に悔しそうに言う男。
そう、男にとって、ルールはルール。
戦う前に、ハーティリアに一回攻撃させようか迷ったのと一緒。
例外がないからこそのルールであり、例外を一度作ってしまったら、それは最早ルールではなくなる。

「っていうことで、ゴメン!これ返す!出来れば早くしまって!俺が俺を抑えきれなくなる前に……っ!」

何か格好いいことを言っているが、要するに『誘惑に負けそうだから早くしまって』と言っているのである。
頑固な割に、微妙に意思の弱い男であった。

ハーティリア > 「ん?じゃあ……『我は砂薔薇の魔王の名の元に宣告する【パーミッション】! 我は汝の受けた害を棄却する!』」

そっと彼を指し示し、周りに、というより…世界に告げるように高らかに告げる。国を、世界を動かす権力者が白いといえば、烏も白いと下々が追従し、事実を捻じ曲げる「王権」の具現する秘術の一つ。まあ、あくまで真似事の術なので「却下」という形でしかその効果を発揮できないが、それで十分。
流石に彼の傷全てをなかったことにはできないが、勝負が決まる直前…「熱砂」と「精霊」のダメージまでは、さかのぼって却下できるだろうと…一瞬、魔力で世界がうねる。

「おう、多分そのミスリルだけど……。」

自分の知識の中では「中の上」くらいのランクに位置する金属なので、割と驚かれて内心こっちがびっくりしてるが…。
なにやら叫んで石畳を叩く彼に今度はこちらがビクッとして。

「おぉぅ、そっか…ん~む、でも俺としても、やっぱ負けたからには何か出さないとこう、魔王としての威厳が…いや、俺基本はぐれだからあんま関係ないけど。」

まあ、とりあえず返されたものは受け取り…そして悩んだ末に…普通に金になるもので良いか、という結論に至った。

「じゃあ、代わりにこれをやろう。」

彼の手に、銀貨…にしては綺羅綺羅しいコインを5枚ほど。

「俺の故郷の金貨だからこっちでは貨幣価値ねぇけど、白金(プラチナ)で出来てるから、貴金属として売り払えばまあ、金にはなるだろ。」

多分、1枚1万ゴルトくらいで売れるといいな、とか思いつつ。とりあえず彼に押し付けて。

クレス・ローベルク > 「うぉ」

まるで、先程のダメージが無かったかのように視界がもとに戻り、一瞬面食らう。
自傷した脚のダメージなどは残ったままだが、それぐらいなら医療班に任せれば、直ぐに治るだろう。

「ありがと。普通に生活に支障が出る怪我だったからね、有り難いよ」

そして、差し出されたコインを見ると、少し難しそうに考え、

「うーん、まあ、魔王としての威厳とかそういう理由であれば、受け取ろうかな……」

かなりのギリギリの線だが、全く受け取らないというのも相手に悪いだろう。
それになにより、金が要らないという訳ではないのだ……いざという時の金は、いくら有っても足りないだろう。
ギリギリまで換金はしないが、必要になったら使う――ぐらいのラインで考えておく。

「さて、じゃ、試合も終わったし、後は宴もたけなわ帰るだけって感じだな。
俺としては、もう殆どオフの気分なんだけど、折角だしご飯でもどう?」

これで完全勝利したなら、犯すなりなんなりしようかと思っていたが。
どうも性別が解らないし、そもそも今回の勝利は彼女に譲られたような物。
観客も、先程まで失明していた人間に犯せとも言いづらかろう。
故に、この場はさっさとはけてしまおうと。

ハーティリア > 「いっそ首が飛んでるとかだったら、まっとうに治療してやるんだがね、とりあえずは簡単に。」

治療の魔術は、本来なら神聖魔術の領域ゆえ、こういう遠回りでしか治療できないのもあるが、そこはそれ…黙っていればわかるまい。見栄をはるために、1日1度しか使えない秘術を切ったのもアレだが。

「そうそう、年長者からのお小遣いだから、ありがたく受け取りなさいな。」

クックック、と渋々ながら受け取るのを愉しげに眺め、彼がしまったのを見れば満足げにうなずき。

「おや、いいねぇ…ついでだから奢っちゃおうかなぁ。今日は気分がいいからねぃ。景気よく(普通の人間が刻むなら)1回刻むのに40万ゴルトはする魔術刻印二つも消し飛ばされたしねぇ。」

でも、負けっぱなしというのもあれなので、チクリと言葉で刺しつつも、機嫌よくわらいながら…二人で飯を食べるとしようか。
別に犯されても己は一向にかまわないが…むしろ逆に彼を食いつぶす気しかしないので、多分これでよかったのだ、うん。

ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からクレス・ローベルクさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からハーティリアさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」にムウィンダジさんが現れました。
ムウィンダジ > アケローン闘技場。

決闘とは名ばかりの観客や、決闘者の卑しい性的欲求を満たす為だけに決闘の在り方を貶めるショーが開催される事も多いこの決闘場だが、最近は思い通りにいかない者を抱え込んでしまい悩みの種が一つ増えているらしい。

誰かが使役している魔物なのかと見紛う、決して人間在らざる者。されど魔族でも無い者。
獣であるが、二の足で立つ。知性さえ有している。
ならばミレー族かと言えばやはりそれも違う。
獣と人の狭間に在る赤銅色の毛並みに覆われた壮健なる獣人。

それこそが闘技場開催者側の悩みであった。

どのような経緯があったのかを最初から説明できる者はいない。
獣人は言語を理解し、あろうことか受付すら意外な達筆で署名し選手登録してこの闘技場に何やら目的があって参戦しているようなのだが、そんなことは主催者にとって問題ではない。

問題は、主催者が望んだ通りの結果にならないということだ。

まず、この赤銅の猿に似た獣人が『敵』と認定できるほどの実力者でなければ、そもそもまともに闘おうとしない。
仮に挑発や攻撃行動で戦意を引き出そうとしても、虫を払うようにあしらわれるか、武器を目の前でへし折られる等逆に戦意を喪失させるか、或いはあしらう必要すらも無い弱者なら寝そべって居眠りしだすか、封鎖された出入口を力づくでこじ開け試合放棄すらやりだす始末。

主催者側で組んだ試合の目的が最初から陵辱であり、対戦相手に仕向けた女子供に対しては一度だけ余程気に入ったのか予定通り陵辱をしたものの、基本は女子供は庇護の対象と見なしているらしく己の子を孕むに値しない雌と判断するとやはり戦意を引き出すのが困難。
客としては女子供が無残に敗れ、蹂躙される様も愉しむ層が居る為、これも主催者側からしたら頭が痛い話である。
最初こそ魔物のようで魔物でない、ミレー族でもない変わり種の獣人の試合という事で珍しいもの見たさで訪れる客も居たが、娯楽として消化するには盛り上がりに欠ける展開ばかりなのは目が肥えた客達を満たすには程遠く客足が遠のくばかり。

参加を拒否したところで、お構い無しに此処を巣か何かと勘違いしているのか堂々と侵入し、時間を守って試合に入ってくる。
じゃあこの見世物にもならぬ獣人を倒すだけの猛者を雇ってみれば良いとなるのだがーー無論主催者側もそれは試したが、結果を言えば惨いものであった。
『敵』に認定されてしまったばかりに、高い金で雇った刺客は野性の闘争本能に火を点け、戦闘と呼べない呆気なさで脅威を排除されてしまった。
戦闘とは実力がある程度拮抗しなければ生じないというのを証明する形となってしまったと言える。
ただ、強者が弱者が圧倒し蹂躙するにしても魅せ方がある。
観客が理解できない、視認できないものは意味がないのだ。
あくまでショーと呼ぶなら、目に見えない速度だとか、不可視であるとか、理解の範疇の外にある不明なものだとかは論外である。
主催者の望みは、観客を楽しませる事であって戦う者達の満足などではないのだから。

だからこそ、獣人が闘争心に火を点けた一回は秒殺劇に過ぎず、客からはブーイングでしかなかった。
それはそうだ、金を払って見に来たのに瞬きの間に試合終了だと言われてもふざけるなという話になる。

簡単な話、強者だとか以前にエンターテインメント性に欠けるのだ。
それでも二度と来るなというのにこの獣人が参加しに来るのだから主催者としては、誰か倒せるだけの猛者かそうでなくとも怪我をさせこの闘技場から足を遠のかせる者と試合を組ませるか、獣人が興味を惹くだけの上質な雌を用意するかぐらいしか手が打てない。

当の獣人は我が物顔で、仕事は仕事と割り切っているアナウンサーが若干ヤケクソ気味に他ならぬこの大猿じみた獣人がサインした名前『ムウィンダジ』の入場を高らかに叫ぶ。
一周回って嫌われ者たるこの獣人がまともに闘う姿を、叶うならある意味賭けが成立しない獣人が敗れる事を、或いはケダモノによる凌辱をと健全と言い難い鬱屈した視点で観戦に訪れた観客達の盛大なブーイングが飛び交うのだが、当の獣人、赤銅色の毛並みを持つ獣人が入場すると、そのブーイングも勢いがなくなっていく。

理屈、理性を通り越した生物としての本能。
たとえ此処が故郷の森でなくとも己が居る場所こそが在処だと、王者の如き風格を持つ生まれついて過酷なる自然環境にて勝ち抜き、研鑽され、強者でなければ生き抜けず、森に住まう様々な生態系の頂点に君臨した存在であるという事は言葉を交わさずともこの場の観客達に否応なしに生命としての絶対的強靭性をその闘争の象徴たる原始の肉体が、存在感が雄弁に主張していた。
常に危険な環境に身を置き、闘争を勝ち抜いた獣と、常に安全圏から声をあげていざ自分が危険域に居ると何もできぬ観客との差を理解させられているからこそ、観客達は苦し紛れに舌打ちや対戦相手への応援という形で直接的な獣との対峙を避けるのだ。

そして、獣人は弱者の理論、弱者の常識、弱者の自己防衛を気にもかけない。
ただただ在るだけでこの闘技場の全てが安全圏ではなくなる暴力と脅威を内に秘めたまま静かに、のそりのそりと巨木の幹にも似た太い腕、長年吹き晒され余分を排され研磨された大岩の如き拳と鋼という表現も不適切な強靭さを見てとれる下肢でルールを把握しているとばかりに礼に則り闘技場中央手前のライン迄歩き。

続いて、対する相手の名前が読み上げられる。

獣人はその前に、一度試合を見届ける観客達を見渡す。
観客達は眼光に圧され、咄嗟に喰われるとでも無意識に畏れ目を背けているが、獣人は五月蠅い観客達を黙らせたいわけではない。
探しているのだ。
それこそがこの獣人が闘技場に参加している理由だが、一見した範囲では見つからない。
ふん、と失望に似た鼻息を漏らしてから、見渡し終えて視線を対戦相手が出てくる反対側の入り口へと戻して。

ムウィンダジ > 対戦相手は獣人の敵たりえる強者だったのか、それとも子孫を遺したいと思える雌だったのか。
それとも闘うにも値しない弱者だったのか、妻とするには魅力が欠けた雌だったのか。

答えは見届けた観客と、主催者側のみぞ知る。

ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からムウィンダジさんが去りました。