2018/09/27 のログ
■クレス・ローベルク > 「はは、そりゃどうも。度胸だけで何とかやってきた節はあるからね、自分……!」
笑みとともに立ち上がり、大剣を構え直す。
膝を思い切りぶん殴ってやったものの、手応えはほぼない。どうやら、受け流された様だと解る。
「(やれやれ、膂力だけじゃなくて技術もあるか。隙の一つも見せてくれれば可愛げもあるんだが!)」
残念ながら相手は筋骨隆々の偉丈夫だ。可愛げは範疇の外だろう。
実際、今も割と物騒な台詞を吐きながら、こちらに跳躍してくる。
「さっきも割と君のターンだったけど、ね!」
飛び込んできた彼の突き出しを、摺足で一歩横にずれて躱す。
またもギリギリの所で回避したと思いきや、突き出された柄が、回避したこちらを狙って回転してきた。ので、今度はそれを上半身を反らして躱す。が。
「(あっ、やばっ)」
回転してきた柄がピタリと止まり、こちらの額目掛けて飛んできた。
このまま直撃すれば脳震盪は確実、というか、高確率で脳挫傷を起こして死ぬ。とはいえ、後方に姿勢を反らしているので、横には避けられない。
「うおおおおおお!全力脱力回避――!」
後方に身を飛ばすと同時、全身の力を抜くことで後ろに倒れ込んでそれを回避する。更に、倒れ込み見つつ剣を突き出すことで、ヴィンセントの追撃を牽制。その後剣を後ろに投げた後、自らは後転。
地面を一回転した後、跳ね起き、飛んできた剣を空中でキャッチ。
再び、両者の距離が離れる。
「い、今のは死ぬかと思った。本当に死ぬかと思った。……でも、今度こそ、正真正銘俺のターンだ」
そう言うと、ヴィンセントとは違い、走りで距離を取る。
しかし、ヴィンセントの間合いに入るか入らないかという所で、突然横にステップ。そこから走ると見せかけて、今度は逆側にステップ。
疾走のフェイントと、ステップを組み合わせ、相手を翻弄し、そして
「ッ!」
呼吸を詰めて、跳躍。それと同時に、ヴィンセントの顔を貫くように剣で突きこむ。但し、今度はクレスもそれなりに計算を働かせている。右、左に避ければ、そこから相手に追尾するような横薙ぎを、そして後方ならば突きを繰り出して追撃することだろう。
■ヴィンセント > 「ク・・・ッ!」
ディレイを利かせた2連撃、それらを危ういところでだが避わされ、追撃は喉元へ迫る剣が阻む。
舌打ちをしつつ跳び下がれば、後方へ大きく下がる剣士。
崩れた構えを直し、再び肩に担ぐよう構えればこちらに向かい駆ける姿。
間合いに入る――腰を落とし振りぬこうと構えた矢先、クレスの姿が横にぶれる。
「フェイントか、しゃらくせぇ――!?」
ステップ、更にステップ。
目で追うヴィンセントの目を、迫る大剣の切っ先。
回避のタイミングを崩され、遅れて跳べば隙を晒すのみ。
ならば、取るべき行動はひとつ。
「度胸の使い方ァ、こうだ!」
立てた柄を首元まで引き戻す。
直後柄を刃が滑る金属音と視界に咲く火花。
すれ違いざまに地を蹴り、三度距離をとる。
そのまま勢いよく地面をメイスで殴り、壁のような土煙を立ち上げその身を隠す。
「全く、頭狙いかよ怖いねぇ」
煙が喋る。
腰のナイフを抜き、煙の中、軽く真上に放り――
「目の前に刃が迫る恐怖、お前さんにもお裾分けしてやらんと――なァ!」
相手の居る位置に目掛け、フルスイングしたメイスでダガーの石突を殴り、砂煙を吹き飛ばす勢いで射出する!
音速に迫る白閃が、クレスの顔面目掛けて飛翔する。
■クレス・ローベルク > 「受けられ……たっ!」
平地の一対一に於いては、かなり信頼度のある技だっただけに、完全に無傷だったのはやや予想外だ。
しかし、戦闘は続く。後ろに下がったヴィンセントが次に取った行動は、
「……煙幕?」
射撃系の戦士ならともかく、近距離系であるヴィンセントが行うのは矛盾としか言いようのない行動。それも、こちらを巻き込まない範囲での土煙など、単にあちらの視界が塞がるだけだ。
しかし、クレスは油断しなかった。あちらに何か考えがある事を前提として、その場から動かず様子見を選ぶ――そう、結果的には最悪の判断を下した。
「ッ!」
快音と共に、クレスの顔面めがけて、ダガーがこちらに飛んで来る。
油断していれば、クレスの顔面にダガーが深々と突き刺さる、抽象画の様なシュールな絵ができあがっていたことだろう。
とはいえ、咄嗟にクレスが出来たのは、少し顔を反らしたのが精々だった。
結果として、顔面への直撃は避けた。しかし、浅い角度で頬が切られた。
「……ッ!」
頬から滴り落ちる血。しかし、それですら幸運。
下手をすれば、筋肉を割いて骨が見えていてもおかしくはなかったのだから。
「やれやれ。もう勝負としては負けみたいなもんだなこりゃ」
冷や汗をかくが、しかし剣は構えたままだ。
「だから勝負は負けとして――せめて試合には勝たせてもらうよ」
そう言うと、再びの突貫。但し、今度は片手で、ホルスターに入って居た筒状の器具を保持している。どうやら蓋となる部分を取り外していたのか中のピンク色の液体は既に外気に触れている。そして、
「行くよヴィンセント!ちなみにこの筒の中に入ってる薬品は試合で何時も使ってる媚薬だ!当たると割と凄い勢いでムラムラするから戦士の誇りが大事なら気をつけろ!」
と言い、そのままヴィンセントの顔面に投げ捨てる。
当然、当たりはしないだろう。だが、ピンク色の、赤に近い液体であるがゆえに、それは目を引く。つまり、視界はどうしてもそちらに流れ、クレスの次の攻撃を見逃す可能性が高まる。
クレスは投げ捨ててそのまま勢いを殺さず接近、剣を捨ててヴィンセントの顎を、利き腕で思い切り殴りつける。剣すらも見せ札として使った、予想外の一撃。逆に言えば、これが決まらねば、クレスは一気に不利になるが――
■ヴィンセント > 砂煙が散る。
映るのは首を反らし、浅く頬から血を垂らすクレス。
その奥では打ち出されたダガーが深々と壁に突き刺さっており、少なくとも試合の間の回収は不可能だろう。
「いい勘してやがる。やるじゃねぇか」
賞賛とも悪態ともつかぬ言葉と共に、体勢を直し相手の出方を探る。
突撃する剣士。その手に持つものは薬液の入った筒。
聞けば媚薬の類らしい。なるほど闘技場の主はそういう趣味であったらしい。
それが宙に放られ、薬液がまるで鞭のように伸び視界に迫る。
「フェイントにするなら劇薬とでも言っておけばいいものを――!」
即座に取った行動は――防御。
素早く身を翻らせ薬液を背中のジャケットで受ける。
その勢いのままに相手に向け直れば顎目掛けて迫る拳。
意外にも得物を捨てた捨て身の一撃か。
「タフ勢舐めんなよ――ッ!!」
歯を食い縛り、腰を落として拳を受ける。
直後白黒と明滅する視界。脳髄が吹き飛びそうな衝撃を足を踏ん張り
気合で耐える。
衝撃は重く、恐らくは顎にヒビはいっていることだろう。
食い縛る歯から伝播したダメージが顎から弾ける痛みとなってヴィンセントの精神を蝕む。
「ガっ・・・いい拳してるんじゃねぇか・・・だが、チャンピオンベルトは置いて行ってもらうぞ・・・!」
仰け反り、一歩後退し――しかし、踏みとどまる。
避けた顎の皮から血を垂らしながら、男は向き直る。
断続的に迫る激痛と、不定期に歪む視界。
脳震盪を起こしていれば、立ち上がることすら難しかったであろう。
しかし闘志は消えずとも、体が悲鳴をあげる。
メイスを地面に落とす。ごぅん、と重い音を立てて戦鎚が地に転がる。
「正直、今の状況じゃああんな重いもの振り回すのは体に堪える。
こっからはステゴロで決めようか、ええ――?」
半身に構え、相手側の腕を引き寄せ、立てる。
逆側の腕は胸の下、やや後方へ引き絞る。
立てる腕は弓に見立てた――あるいは盾か。
次の瞬間には掛け声もなしに正拳――ではなく前足を軸にした回し蹴りが放たれる。
狙うは膝。前横後、どこに当たってもリターンは見込める位置か。
■クレス・ローベルク > 「だって嘘見破られるの怖いもん――!」
実際にはあの薬は血管に注射しなければ効果を発揮しない上、一回では発情まで行かないのでこれ自体嘘なのだが。とはいえ、結果として相手は防御を選択し、攻撃の隙ができる。
顎に突き刺さった打撃の手応えは上々。掠めただけでも脳震盪の恐れのある一撃だ。直撃なら確実に倒れる。そのはずだった。
「……まぁじでぇ……」
しかし、現実の彼は倒れなかった。
まるで、岩盤を相手にしている様だ。砕いても、砕いても、その次も、岩盤。一見こちらが有利に見えるが、こちらは岩盤どころか紙である。ひらりひらりと避けて見せても、喰らえば一撃であるのに。
「おいおい、君とステゴロとかどんな恐怖体験だよ。絶対にノウ!と言いたいところけど……」
しかし実際、武器は落としてしまった。
仕方なしに素手の体制に移行する。とはいえ、重武装の兵を彷彿とさせるヴィンセントの構えに対し、こちらはヴィンセントに対して半身になり、浅く指を曲げた平手をそのまま構える弱々しい構えだ。右手を顔の近くに、もう片方を肩の高さでヴィンセントの顔に向ける。
「一応、それなりに由緒ある武術系統なんだけど、もう何か、戦う前から負けてる感じ――ッ!?」
言う速度より早く、回し蹴りが飛んできた。
狙いは膝。取っている構えからしても回避も防御もしにくい位置。
「仕方ない……!」
クレスは、まるで縄跳びでも飛ぶかのごとく、その打撃を避けようとする。だが、長期に渡って酷使し続けた脚が、クレスの要求を裏切った。
「――っっっっっっっだあああああああああ!」
膝の直撃は避けた。が、脛に引っかかるようにして、打撃が命中したのだ。そこは骨が筋肉に守られぬ脚の急所。砕けた骨の髄からの痛みが、クレスの脳髄を焼く。
そして、跳躍の足を取られたクレスの姿勢は当然崩れ、ヴィンセントの足元に転がり、うつ伏せになる。
「くっそ……!」
だが、ただでは起きない。クレスは、まだ足元に落ちていた剣に手を伸ばす……動作と同時、蹴られていない左足をさりげなく曲げる。これは最後の賭けだ。もう右足は殆ど動かない。。
だが、ヴィンセントがこちらに追撃を行うか、剣を取り上げようとするなら、その瞬間、腕の力と足の力で無理矢理逆立ちになり、ヴィンセントの顎を今一度蹴り飛ばすだろう。
■ヴィンセント > 男の悲鳴と肉を打つ音。
膝の直撃は免れたが、反応からして脛を割ったか。
「――牽制のつもりだったが、打ち所が悪かったようだな」
倒れ込み、足元へ転がる剣士。
冷ややかにでもなく観察するように見下ろしながら構えを下げる。
ゆっくり、ゆっくりと転がる剣に腕を伸ばす姿。
戦場の最中であれば短剣で以って振り落とし止めを刺すが、ここは闘技場。更に言えば短剣は壁の中。
「〆だ、命までは取らんが――少し寝ててもらおうか」
小足で剣を蹴り飛ばし、拳を振りかぶる。
そのまま勢い任せに打ち下ろし、心臓を、肺を押し潰す――筈だった。
「なに――ぐぉ・・・っ」
咄嗟に首を避け、肩にめり込む脚。
起死回生、乾坤一擲の一撃は確かに刺さり。
ごり、と肩の関節が外れる音と痛みに思わず呻く。
不利な体制は受身すら侭ならず、宙を浮く身体は背中から地面に墜ちる。
「がほ・・・っ」
衝撃で肺から空気が逃げ、掠れた声が漏れる。
それでも何とか片手で立ち上がる。
度重なるダメージは戦術をボロボロに崩し、今や構えることも適わず。
しかしそれは相手も同じか。
荒く息を吐く満身創痍は気力勝負のようににらみ合う。
「ハァ・・・ハァ・・・いい蹴りだ。肩を殺された――しばらくは武器にも盾にもならんぞこりゃ・・・
だが、それはお前さんも同じか。
ク・・・ハハハッ、いいねぇ燃える展開だ・・・なら、俺も最後の一撃と行こうか・・・!」
ニヤリ、と口端を吊り上げ“最後の一撃”と相手に告げる。
それは、当たろうと外れようと決着が決まる、確死の一撃。
それでも宣言し、相手の反応を待つ辺りこの戦いを楽しんでいる武者
――あるいは、狂戦士か。
■クレス・ローベルク > 「クソ……顎は無理だった、か……!」
完全に不意をついた一撃だった筈だった。いや、そもそも蹴りは確実にダメージを与えている。普通の戦士なら、今与えているヴィンセントへのダメージだけで、十分に無力化できるはず。いや、例えそれが人間でなく化物だとしても追い払うことぐらいはできるだろう。
しかし、それですら、倒れない。
あらゆるダメージが、死に至らない。
不死身。
「(自称だと思ってたんだけどな……!)」
剣を杖に無理やり起き上がり、ヴィンセントと対峙する。
こちらは利き足が使えない。 あちらは顎を負傷して肩が使えない。
負傷箇所はこちらが有利だが、しかしそうであって尚、ヴィンセントに勝利する自分の姿が、全く見えてこない。
「やれやれ、冗談じゃない。本当にこのイベント、呪われてるんじゃないだろうな……」
最後の一撃。それはこちらも同じことだ。
何せ、片脚が使えない。どんな攻撃をしても、恐らくその後倒れてしまうだろう。
一歩、二歩、三歩。剣を杖にしてヴィンセントに近づく。
ただでさえ近かった距離は、最早肩と肩が触れ合う距離にまでなる。
お互い、この距離で外すことはありえない。両者にとって、絶殺の間合い。
「……剣闘士、クレス・ローベルク。行くよ」
折れた右足を軸足にした、最後の一撃はただのパンチだった。
右足を使ったのは、フェイントではない。ただ単に利き足であったという理由だけ。体重移動さえ十全ならば、激痛に苛まれていたとして問題はない。いや、寧ろその激痛で体重が前に倒れるなら、その方が良いぐらいだ。
――ワンインチパンチ。瞬速の体重移動によって打撃の威力を最大とするその打撃法は、シェンヤンでは寸勁と言われている。直撃すれば、鎖帷子など飴細工の様に砕く、クレスが用いうる理論上最強の打撃――!
「っああああああああああああああ!」
■ヴィンセント > 「――ヴィンセント・ガディス。いざ、参る・・・ッ!」
剣闘士の名乗りに合わせ、こちらも短く名乗りを上げる。
それは、お互いが最後と決めた、一撃の合図。
『っああああああああああああああ!』
「うおぉぉぉぉぉぉッ!!」
互いの咆哮が重なり会場を震わす。
クレスが放つ、超至近距離からの拳撃。
ヴィンセントが放つ、抉りあげるようなアッパーカット。
二人の拳が放つ軌跡が交差し――
肉を打つ、手応え。
しかしその先を確認することは適わず。
砕けた鎖帷子が派手な音を上げ木っ端に散らばり、その下の傷だらけの肉体を曝け出す。
「ごは・・・っ」
心臓へのダメージで、口から飛び散る鮮血。
衝撃が身体中を駆け抜け、今や視覚すら機能せず。
足は地に着いているが、それまで。
赤に染まった視界ではどこを向いて、相手がどこにいるのかも分からず。
「っハ、ハハハ――お前さんの勝ちだ。クレス・ローベルク。
俺にはもう、お前さんの姿が見えん、しばらく動くことも侭成らんよ」
仁王立ちのまま、呟くように賞賛を送り――沈黙。
切れ切れに聞こえる息音は、彼の命までは消えていないという証か。
■クレス・ローベルク > 直撃の手応えが腕を通じて伝わったと思ったその時には、クレスの五体は宙に浮いていた。打撃で空を飛んだ、と知覚した途端に、今度は地面へと叩きつけられた。
「ぐえっ」
軽くバウンドして地面に倒れ伏した彼の視界は、完全に揺れていた。
いや、視界だけではなく、意識すらも。
倒れ伏したまま、しかし立ち上がらなければ死ぬという本能に従って、手探りで立つための手がかりを探す。
そして、果たして、それはあった。壁である。
闘技場のほぼ中央から此処まで、ヴィンセントはクレスをぶっ飛ばしたのだった。
「お、おお……!」
顎が痛い。そこを負傷した経験はないが、最悪砕けてしまったかもしれない。激痛で言葉を喋る事もままならないが、しかしとにかくクレスは、立った。そして、見たものは。
未だに立っている、ヴィンセント。
「……!?」
その事象の恐ろしさに、呼吸すら忘れる所だった。
アレを食らって立っている?何故?不死身だからか?いや、そんな馬鹿な話はない。アレは本来、人間に使うような技じゃない。化物の中でも最上位の連中に相対した際、刺し違える覚悟で使うような、そんな埒外の技なのに――!
クレスの頭の中で、何かが音を立てて罅割れるのを感じた。そして、それが崩壊するかしないかという刹那、ヴィンセントの声が聞こえた。
「え、あ?」
一瞬、ヴィンセントの言っている意味が解らなかった。
勝った?自分が?沈黙した彼に、問い返す事さえも忘れ、呆然としてしまってはいたが。
しかし、その呆然を壊す音が聞こえた。
ゴングの音だ。
『決着――!クレス・ローベルク、激闘の末、遂にヴィンセント選手に勝利――!』
打ち鳴らされる鐘、湧く歓声。
それが、この戦いの終わりを、告げていた。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からヴィンセントさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からクレス・ローベルクさんが去りました。