2019/01/15 のログ
エルディア > 「……んー?」

何かめぼしい物を見つけたのか、テントの残骸に上体を突っ込んでいたそれは小さく声を上げると体を引き抜き埃を払うようにプルプルと頭を振るう。
その腕には長細い鉄の棒……本人はあまりよく知らないが最近王国軍に配備され始めた銃という武器が握られていた。

「…?」

興味津々といった様子でそれをクルクルと回すと意外と小さな口でかぷっと噛みついてみる。

「ぅぇ」

とたんに眉を寄せて口を放す。鼻の奥に広がる独特の香りと鉄の匂い
ああこれは食べられないやつだ。と言うかこれ武器だ。
ぺっぺっと口に入った火薬を吐き出しながらそれをぽいっと後ろに投げ捨てる。
そいえば初撃で生き残ったヒトがなんかこっちに向けてたような気がする。
煩い音とちっちゃい木の実みたいなやつがぱちぱち不快だったので上半身ごと吹き飛ばしてやったので気が付かなかった。

「うー」

美味しい物ないじゃんという不快な思いと共に立ち上がると背中の剛腕が馬の残骸を片手で持ち上げる。
とりあえず食べられそうなものはこれくらいだ。これの半分吹き飛ばしてしまったのはもったいない事をした。

エルディア > その耳にざりざりという音が入り、ぴくっと肩を震わせる。
視線の先にはぴかぴか光る石――確か遠くと話が出来る石だった。があり不明瞭な音声を響かせている。

「――師団……報告時間……過ぎ」

雑音が多く混じるそれを軽く蹴飛ばす。
どうやらここにいたヒト族の仲間はまだここで起きた事を気が付いていないらしい。
それもそうだ。此処でこうして朽ち果てている大半も、自分が死ぬことを気が付いてすらいないだろう。

「ひーふー、みー」

大体20人弱と言ったところだ。
この場所は視界が良く、強襲されても相手の姿が見えやすいため
まさかいきなり攻撃、果ては殲滅されているとは思っていなかったのだろう。

「ぺーっ」

まさか魔族にいきなり襲われるとは思ってもいなかったという所か。不用心な事で。その代償が命を落とすのだからご苦労な事である。
自分が知る限り、この程度の距離なら同じように即座にこの規模を殲滅できる者は結構いる。
主に魔族だが。

「んーぁー」

はずれだったことに少しふくれっ面をすると小さく伸びをし、パタッと立ち上がる。美味しい物が無いならこれに用はない。

エルディア > ノーマルの小隊程度では”食前酒”にもなりはしない。
まぁ此方の感覚としては偶然出会ったからちょっと轢いた位の感覚だが
攻めて美味しい物でもあれば少しは気がまぎれたのにと思う。

「んゃぁ?」

何処かに面白そうな相手が落ちてないかなぁ。
そんな事を考えて歩き出そうとすると、一枚の地図と報告書が目に入る。

「たなーる?」

どうやら俗にいう”エロイヤツ”が一人紛れていたらしい。エライヤツだっけ?まぁいいや。
それらをぱらぱらとめくり目を通す。
魔族とヒトがしのぎを削ってお互いに取りっこしている砦……
血で血を洗う戦場についての情報がそこには書かれていた。

「……」

無言のままそれを見つめると、背中の巨碗で片手で抱えていた馬の肉を引きちぎる。
血の滴るそれを口元に持ってくるとカプリと咥え……その口端がにやりと吊り上がった。
それはそれはさぞかし”美味しい”相手がいる事だろう。

エルディア > 振り返り、野営地跡を見つめる。
明日の朝にでもなれば流石にヒト族が見に来るだろう。
そうしてこの状態を見たらどう思うだろうか。
まぁそれ自体はどうでも良い。興味がある話題でもない。
報告書ぐらいは上がるだろうけれど、今のままではまぁ敵国に砲撃されたとでも思われるだけだろう。
不可解な点は多くてもまぁ大体はそう思うものだ。
――だがそれでは面白くない。

「♪」

くるりと踵を返すと死体を物色する。
探しているのは流血の少なそうなもの……ああ、あったあった。
頭が半分吹き飛んではいるものの、亜麻色の髪をした若いオスの死体があった。
年はおそらく成人くらいだろうか。軍服がまだ新しいように見えるので新兵かもしれない
既に色の喪われた瞳が中空を見つめており、当たり前のように既にこと切れている。
見つけ出したそれを片足で抑える。背中の剛腕がその死体の両腕を掴み……

エルディア > 「よーぃしょ」

まるで藁人形から藁を引き抜く様にその腕を引きちぎる。
まだ新鮮な死体、飛び散る血にも目もくれず、引き抜いた両腕を持つと

”たなーる”

テントに書きなぐると地図の上に腕をポイッと投げ捨てた。
これでこの状況を見たヒトは気が付いてくれるだろう。
そしてこう思うはずだ。

「えへ」

これをやった犯人はタナールに来いと挑発していると。
まぁそれが陽動か怪しむヒト位は居そうだが……
それでも彼らはそれに乗らざるを得ない。
どちらにせよその場所に兵を送らなくてはいけないのだから。

「♪」

そうすれば多少は”面白い”相手がその場所に向かうかもしれない。
それは強いヒトかもしれないし、それを迎える魔族かもしれない。
それを見て楽しむもよし、ちょっかいを出すもよし。
よし、次の目的地は決まった。

ご案内:「ハテグの主戦場(流血表現注意)」にクレス・ローベルクさんが現れました。
クレス・ローベルク > 「おーっと、ちょっと待った!悪いが君をこの先には……いや本当にちょっと待って結構距離ある……!」

目的地を定めた少女に、割と遠くから声をかける者が居る。
声のした方向を見やれば、遠くの方から迷彩色のローブを着た男が一人、全力疾走しているのが見えるだろう。
遠くからチンタラ走ってきているが、どうやら彼女を止める意思があるのは確かなようで。
無視するのか、襲うのか、それとも彼を待つのかは彼女次第だが……

エルディア > 「ぉー?」

なんか声が聞こえたとそちらに半身振り返り視線を向ける。
どうやら悪戯に夢中で少し警戒を解いてしまっていたようで
何やら遠くに変な模様の服を着たヒト族がいたのを見逃したらしい。
なんかすっごい頑張って走ってるように見えるそれをきょとーんと見守る。

「……みー?」

向き直り小さいほうの腕で自分を指しつつかくんと首を傾げる。
まぁ呼ばれてるのは自分だよね?と思いつつその確認といったところ。
実に無邪気に走ってくるヒトが大変そうだなーと目で追っていた。

クレス・ローベルク > 無事少女の目の前まで辿り着いた男は、そのままぜーはーぜーはーと息を整え、腰につけていた水袋から水を飲み干す。
その後、ふぅ、と息をついてから、

「いや、おまたせ。君に気付かれないギリギリの距離ってなると、どうしても遠く離れないといけくて……さておき」

そう言うと、男は腰から剣を抜き、右手に提げる。
左手をエルディアの方に向けているのは、エルディアの不意の動きに対応するためだ。
先ほどの疲れた表情とは違い、引き締めた表情で、

「悪いが、君をこの先に通す訳にはいかない。君みたいな強力な敵を通しちゃったら、人類側大虐殺になるからね。できればおとなしく帰ってもらいたいけど……」

そうでなければ、此処で戦おう、と言外に含めて、返答を待つ。

エルディア > 「おつかれさーま?」

変な模様のヒト、無事到着。
なんかこうぜーはーいいつつ水を飲んでいる相手に緩ーく答える。
緊張感ゼロの様子はこの場が戦場だという事を忘れているかのよう。
異形の姿でなければ迷い込んだといっても通じたかもしれない。

「だめ?」

なんで?と言わんばかりの表情で首を傾げる。
大量虐殺=ダメの構図がそもそも成り立ってないのでこのヒトは何を言っているんだろうと割と本気で疑問符を浮かべていた。

「かえる―……ぅーん、どこにー?」

向けられた切っ先が見えていないかのように無邪気な調子で
それはとてもとても楽しそうに笑った。

クレス・ローベルク > 「ど、どうも……?」

まさか労われるとは思っていなかった。
とはいえ、どうやらあちらに敵意はないようだ。
こちらとしても、交渉で済むならそれに越したことはないが……

「(そんな可愛く首を傾げられましても……!)」

自分がやっている事に一切の疑問を覚えていないその表情から察するに、倫理観が存在しないタイプの魔族なのだろう。
とはいえ、その身に秘めるパワーはさっき見たとおり。純粋であるからといって、油断も素通しもできるものではない。
しかし、倫理観がない子に、人の道とは何たるやを説いても時間の無駄なので(そもそも彼女は魔族である)

「まあまあ、帰る場所については、後でゆっくり考えようじゃないか。どうしてもってなったら、俺が用意するからさ」

勿論、魔族の国なんかに知り合いが居るわけではないので、これは口から出まかせというか、薄っぺらい口約束みたいなもの。
大事なのは次の質問である。

「そんな事より、じゃあ何で君はこんな所に来たんだい?誰かに言われて?それとも何かしたい事があるのかな?」

問うのは、彼女が戦う理由だ。
もし彼女がただの戦闘目的なら自分が戦えばそれで満足するかもしれないし、そうでなければ別の解決方法があるかもしれない。
できれば、後者であってほしいな、と思いつつ、彼女に問いかける。

エルディア > 「ん」

楽しそうに笑う姿は魔族にしては珍しいかもしれない。
よくある魔族に見られる様な”敬われたい”とか
”強さに恐れ戦かせたい”とかいう感覚が彼女には皆無だった。
なので実に素直に返礼に返礼を返す。

「んとー、んとー……
 いわれたとかーは、ないよ?
 あと、後でね?わかった。」

数秒斜めになって固まった後
ちょっと残念な感じで元気に返す。
別に帰る場所とかそういうのはどうでも良いのだから
後で考えるのは全然問題ない。
実に良い笑顔でその案を肯定するように実に物わかりよくぴょこっと頷く。

「なら、あそぼ?」

と同時に背中の剛腕のうち片腕が霞んだ。
斜めに打ち降ろす腕は地面ごと彼の人物を粉砕せんと振りぬかれる。
一瞬遅れて平野に響く破裂音はその拳が音速を超えた証。
殺意もなしにノーモーションで振りぬかれた腕は
彼女にとってそれが楽しい遊びであることを示していた。

クレス・ローベルク > 「(んー、本当に無邪気な子供、なんだよなあ)」

勿論、男とて素人ではない。彼女が強力な魔族である事は、一目見たときからわかっていた。
とはいえ、此処まで純粋であれば、いっそのこと適当に騙して帰らせる事もできたかもしれないと……そう、浅はかに思った瞬間だった。

――鋼風が、吹き荒んだ。

「うおおおおお!?」

躊躇も殺意もない一撃を回避できたのは、男のローブにかけられた強化魔術のお陰だった。強化された脚で全力で後方に跳べば、空振りの音なのか風なのかよくわからぬものが戦場の土を舞い上げる。
アレをもし無防備に食らっていたら、いや、たとえ防御していたとしても、何の甲斐もなく自分が抉れていただろう。

「随分とアグレッシブな遊びだね!?まあそんな事だろうと思ったけどさ!」

言いながら左手を少女に向けると、そこから三本の鎖が滑り出て、まるで蛇の様にエルディアに対して鎌首をもたげる。
触れるだけで一切の魔力を無効化する、魔族封じの鎖だ。

「悪いけど、一旦拘束させてもらうよ……!」

三本の鎖がエルディアに襲いかかる。一本は彼女の脚を払い体制を崩し、その間にもう二本が彼女の義腕に絡みつく軌道。絡みついた時点で魔術封じが発動するため、義腕も一時動かなくなるという計算だが……。

エルディア > 「あはぁ♡」

じめんごと砕く様な一撃を回避し、さらには放たれた反撃。
それを見て口元が半月を描き、艶声にも似た声が漏れる。

「へんなのー!」

嬉々とした声で楽しそうに口にしながら
足元は軽く縄跳びの要領で回避する。
同時にもう片腕がぐっと地面に突き刺さり、
2m四方程の岩を畳返しの要領で持ち上げ盾に。
自分の全身を隠す様な巨岩のその裏で
それを起こした腕の持ち主はくるりと1回転し足元の銃を拾い上げ迫りくる一本を絡めとる。

「ほぃっ」

絡めた銃をぐっと引っ張ると同時に
その反動も利用して細い足を盾にした岩に叩き付けた。
軽い動きにも関わらずその岩は轟音と共に爆発したようにはじけ飛び、
その破片は宛ら榴弾のように前面広範囲の空間を抉っていく。

クレス・ローベルク > 「うおおおおおおお!声エロ……じゃねえ!パワー強いだけじゃなくて普通に賢いぞこの子!?」

足元の鎖が回避されるのは想定済みだったが、まさかこちらの鎖を触れずに無効化してくるとは。
幸い、鎖は厳密には男に繋がっている訳ではなく、男のローブの中にある"穴"から出てきているに過ぎないので体制を崩される事はない。
しかし……

「くそっ!」

無事な二本の鎖を高速で回転させ、襲いかかる岩を弾く。
ローブ自体にも防御性能はあるので、殆どダメージを負わずにやり過ごせたが。
しかし男の表情には、安堵の表情すらない。

「この子、力が強いだけじゃない……!」

あれだけの膂力を持っていて、且つ彼女が愚かであれば、寧ろ鎖を直接引っ張って体制を崩そうとしていたはずだ。
つまり、彼女には膂力以外にも、状況を判断する何らかの力があるということになる。それが、彼女の天性の勘なのか、それとも別のなにかなのかは解らないが。

「しょうがない、あんまりこのローブに頼り切りってのも嫌なんだけどな……!」

右手の剣も捨て、右手の裾からも鎖を三本呼び出す。
合計六本が、裾から飛び出し、

「包囲し、縛鎖しろ!」

左の三本が輪を作り少女を包囲し、一瞬の間を置いて少女を縛り上げようとする。そして、その上で、男は右手を上に向ける。少女が上に跳んで予測し、更にその上から

「叩きつける……!」

三本の鎖を絡めて纏めて、殴りつける。
鎖と言えど鉄の塊。直撃すればただでは済まないし、義腕でガードすればそれを縛って使えなくするまでだ。

エルディア > 「あれぇ?」

思ったより反動が無かったことに困惑したような声を漏らす。
ついでにそのままコテンとこける。
ぽすっと軽い音を立てて小柄な体が背中から地面に落ち
舞い上がる土煙の中に身を沈めた。

「ぁは」

砕土の煙の中、その声が聞こえたかもしれない。
それは酷く楽しそうで、その主は何処までも澄んだ瞳で取り巻く鎖と
落下してくる球体を見上げていて……

「たのしーね」

そして土煙を裂くように宙へ舞った物体があった。
緩く投げられたそれは軍用品。
新配備された銃に使う、弾薬と火薬の詰まった箱。
本来銃の火薬はそう簡単には爆発しない。
軽い衝撃程度なら暴発はしないものだ。
しかし……

「えぃ」

落下してくる鎖の塊にそれが触れる瞬間
軽い声と共に宙に浮かぶ火薬箱に向かって閃光が走った。
正確には閃光に見えるほどの速度で鉄杖が投げつけられる。
一瞬早く狭まった鎖の輪が何か肉質の何かを絡めとった手ごたえを感じるだろう。

クレス・ローベルク > 「これが命のやりとりでなかったら尚楽しかったけどね……!」

ともあれ、これで決着だ、と男は思う。
幾ら何でも上と下、両方の鎖をかいくぐる事はできまい、と。
実際、彼女が行ったのは、苦し紛れとも言える、火薬による爆破。
この状況で、何の火種もなしに火薬を炸裂させた事自体は大したものだが、

「ただの火薬程度でどうにかなるほど、この鎖はヤワじゃない!」

理論上は鬼種の攻撃にすら耐える鎖だ。火薬程度で砕けるものではない。
炸裂の光と煙で、彼女の姿は見えずとも、鎖を通した縛鎖の感覚は、柔らかな肉の感触。
故に、男は快哉を上げた。

「今度こそ――!」

尤も、その"今度こそ"は、或いは今度こそ敗北した、に繋がる事になるかもしれないが。

エルディア > そして走る閃光に一瞬辺りは白く染まる。
爆風と共に土煙が吹きすさび、爆薬の真下に居るものもただでは済まない。
……そう、それが普通の生物であれば。

「んふ」

その微かな笑い声は爆音に紛れ、けれどしっかりと彼の耳に届いていただろう。
走り抜けた閃光の後、野営地に暗闇の帳が戻る。
人の目が暗順応する、僅かな、そして絶望的に長い時間。
そう、目の前の”彼”の元に辿り着くには十分な時間。

「くす」

彼は耳元に声を感じたかもしれない。
ひやりと冷たい、けれどゾクリとするような熱の吐息を伴った扇情的な響き。
それは無邪気な声でこう続けた。

「もう、おしまぃ?」

彼女が捕縛の身代わりに使った手段は
まさに冒涜的と言える手段……死者の死体。
そこら中に倒れ伏した死体を身代わりにして、自分が触れずに済む空間を作り出していた。
馬、ヒト、命……それらは潰され、縛られ、ただただ鎖を絡めとる道具として使われていて……

クレス・ローベルク > 「――ぇ、!?」

一瞬、呆然とした声をあげただけで直ぐに自分を取り戻したのは、訓練の賜物でしかない。
今まで、なんだかんだ十分な距離を保っていた殺傷力の塊である"彼女"が、遂に肌と肌が触れ合う場所にまで近づいてきたのだから。

焦る思考とは別に、訓練によって最適化された本能が、状況を分析する。
視線を上げれば、そこにはスペースを作るために使われた"建材"が、無残に転がっている。
それを見れば何をしたのかは直ぐに知れる。
自分の策は完全に失敗したこと、そして戦闘における発想力で、自分は彼女に劣っているのだということが。

「……おいおい、マジで天才かよこの子」

がっくりと力なく膝をつき、項垂れる。
それほどまでに、自分と彼女の力量差は歴然であった。
死体を盾に使った事。それ自体には、何の感慨も浮かばない。
倫理観というフィルターは、二十五年の人生の中で、既に壊れきっている。
だが、その二十五年では追いつけないほどに、彼女の戦いのセンスはぶっ千切っていた。

「……おしまい、って言うとこのまま首を狩られそうだな」

しかし、彼にとって幸いだったのは、フードの内側は、何時もの闘牛士服であり、そのベルトのホルスターには、本業で使っている道具が仕舞ってある事だった。
少女には見えない角度から、フードの中に手をつっこみ、そしてホルスターから媚薬の入った薬品注入器を抜き出し……

「だから、もう一粘り、させてもらおっかな!」

首筋に突き立てるのは、媚薬入りの薬品注入器だ。
針なしであるが故に殺傷力はないが、肌に押し付けてボタンを押せば、薬品が皮膚に浸透して薬効を発揮する。
一度目の投与では発情まではいかないが、彼女の身体は敏感になり、血行が促進される。
これで警戒心を抱いて、後ろに飛び退ることを期待しての行動だった。

エルディア > 一度外した攻撃を数を増量させ再度繰り出す。
それだけであの鎖に期待する力があるのは見て取れる。
そして完璧なタイミングであれば当たったかもしれないあの技。
二重構えの鎖撃は並の魔族なら捌ききれずに捕縛されただろう。
それだけタイミングと角度、そして威力をも計算した一撃だった。
鎖の力、技の熟練度、そのタイミング……それら全てが揃った会心の一撃。
だからこそ相手は捕まえたという事に疑問を持たない。

「けどね」

胸に縋る様に密着し、恋人のように顔を寄せて……それは微笑んだ。
それはさながら家族に悪戯を見つかってしまった子供のよう。
わざわざ目が慣れるのを待っている辺り、確信犯だと見て取れる。

「おにーちゃん。
 私、思ってるより……ハヤイヨ?」

爆発と爆風、そして勝利を確信した意識の空白でズレるほんのわずかな一瞬。
……それだけあれば十分。
後は視界が光でふさがれるように影にならないように跳ぶことに気を配るくらい。
そんな事をすべて一瞬で計算するからこそ、彼女は化け物と呼ばれる。
その目は己が首元へと振り上げられる手を見ると嬉しそうな光を宿らせて

「今回は私の勝ちだね」

囁くとその首元に牙を埋めた。
最後の足掻きを慈しむように。
愛情をこめてゆっくりと麻痺性の毒を染み渡らせていく。

クレス・ローベルク > 「ぐ、ぁ!」

彼女が自分に接敵してから薬品注入器を取るまでの間、決して、時間を無駄にはしなかった。
攻撃のタイミングも完全だった。
せめて一糸は報いられる、そう思っていたのに。

「く、そ」

既に、手足は石の様に動かない。
どういう訳か口は動かせるが、しかし魔法を使えない男には、解毒などできるはずもなく。
注入器を取り落とし、そのままぱたり、と倒れ込む。

「とどかな、かった……!」

場合によっては最後になるかもしれないその言葉は、恐怖ではなく、純粋に勝負に負けたことを悔しがる、敗者の台詞だった。

エルディア > そもそもの話、彼には殺意が無かった。
魔族相手に捕縛で終わらそうなんて考える者はあまりいない。
つまり彼自身も本気で此方を害そうとは思っていなかった。
だからこそ、今以上の魔法を使わず真っ向勝負をしたのだから。
本当の意味で、これはじゃれ合いのような物。

「んふふ」

接吻を名残惜しむ恋人のようにちろりと噛み跡を舐めると手を放し
崩れた相手を仰向けにするとぽすっとお腹に座り込む。
それでもあの場で諦めていたなら喉笛を噛み千切っていただろう。
それこそ遊びの延長戦で。でも今回はしない。
最後は少しだけ”本気で”遊んでくれたから。

「たのしかったよ。
 またあそぼーね」

そのまますっと身を屈め、ゆっくりと頬に口付けする。
月明かりの下、爛々と輝く瞳は遊び終えた余韻を楽しむようで……

「じゃぁ、いくね?」

ぷにっと鼻の先を人差し指でつつくとくすくす笑いつつ立ち上がる。
麻痺性の毒とはいっても2時間くらいで地面を這うくらいはできるようになるはず。
魔物などが出るかもしれないが、接吻している相手を襲うほど強い魔獣はこの辺りには居ない。
寝床としてはかたい地面の上という事でちょっと肩と腰がバッキバキになるかもしれないけれど
そこは我慢してもらおう。
そのままくるりと踵を返し、ゆっくりと歩き出す。

クレス・ローベルク > 「くそ、余裕だなあ」

ちろり、とこちらの噛み跡を舐める舌に、官能を感じない訳でもなかったが。
それよりはとにかく悔しいというか、情けなかった。
自分の持てる最大の装備を以て、戦って、負けた。
闘技場で負けた時の何倍もの悔しさが、彼の身体を叩いた。
……のだが、鼻の先をつつかれると、ふぎゅ、という声が出て、何だかそれも馬鹿らしくなって笑ってしまった。
背中を見せる彼女を見送ろうと思ったが、しかしふと思い立って、

「待ってくれ」

と動かぬ身体にカツを入れて、声をあげた

「俺は、クレス。クレス・ローベルク。君の名前を教えてくれ」

エルディア > 「わたしすっごいつおーぃから」

鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌さでソレは答える。
人の多くは息絶える時諦めてしまう。
”相手が魔族だから仕方がない。”それは酷くツマラナイ。
けれどこのヒト族はそんなこと考えもしないでただ純粋に悔しがっていた。
殺すには惜しいと思う。此処で殺さなくても、どこかで死んでしまうかもしれない。
此処で折れて武器を捨ててしまうかもしれない。
けれど彼女は知っている。ヒトは自分達が思っているよりも狡猾で、残忍で、そして時に勇敢で強いのだと。
もしかしたら……未来でまた、もっと楽しく遊んでくれるかも。
ソレは少女のように残酷に無邪気に待ち続ける。

「ん、エル。私の名前はエルディアだよ」

振り返ると少しだけ腰を折り、笑ってみせる。
そこに浮かんでいるのは親しい友人を見るような光で……
同時に彼女が口調がすこし変わった事にももしかすると気が付いたかもしれない。

「またね、クレス」

そんな当たり前な言葉をとても嬉しそうに口にしてその悪魔は笑った。

ご案内:「ハテグの主戦場(流血表現注意)」からクレス・ローベルクさんが去りました。
ご案内:「ハテグの主戦場(流血表現注意)」からエルディアさんが去りました。