2015/11/15 のログ
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」にティネさんが現れました。
ティネ > 王都からはそう離れていない、街道沿いの草原。
その周辺で数人の子供たちが文字通り草根をかき分け、何かを探していた。
なにやら珍しい蝶がいただの、いやあれは妖精だっただの、そんなやりとりが繰り広げられていた。

「これは見つかったら標本にされちゃうかもな……」

蝶の羽根を持つ小さい少女、ティネが茂みの下で息を殺していた。
彼らが近くを通り過ぎるたびに冷や汗をかく。
見つかればあまり良いことにはなりそうもない。
しかしこの様子では抜け出すのも難しい。どうしたものか。

ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」にチェシャさんが現れました。
チェシャ > がさがさとティネが息を殺すその後ろの茂みが大きく揺れた。
足音も立てずに草の間からぬっと出てきたのは夜色の体毛のほっそりした猫だ。
いつかどこかで見かけたことがあるかもしれない猫がティネを見つけるとはん、とあきれた様に目を細めて彼女を見やった。

「……またこんなとこにいるのか。何してるの」

遠くで子供たちがきゃあきゃあと草むらをかき分けている声に
ひどく不愉快そうに耳を傾けぴくぴくと揺らした。

ティネ > 突如として現れた猫に、うわっと驚いて声をあげかけ、慌てて口を塞ぐ。
しかし見覚えのある毛の色と、操る言葉に安堵したように息を吐いた。

「あーびっくりした。王子さまじゃん。
 いい陽気だったから、お花でも愛でつつひなたぼっこしようかと思ったら
 お子様たちに見つかっちゃってねぇ……」

困ったように笑いつつ、そそ……とさりげなく
子どもたちから猫の身体に隠れるようにして動いた。

チェシャ > 「勝手に変な呼び名つけるなよ。王子さまとかないだろ」

うぇっという辟易したような声音で寄ってくるティネにねこぱんちして追い返そうとする。
遠くに聞こえる子供の声とティネの話にしっぽを揺らしながら事情を呑み込んだ様子で
しばらく前足の裏をなめていたがやがて溜息をつくとそっと身を起こした。

「お前がのんびり花なんか愛でられるほどここは平穏な場所じゃないんだよ。
 いっそ一度つかまってその羽根に虫ピンでも刺されたらどうだ。
 一度痛い目を見たほうがその小さいおつむでもいやってほど理解できるだろ」

ふん、と鼻を鳴らすとその場にティネを置いて再び茂みの中に飛び込んだ。
やがてがさがさとわざと音を立てながら子供たちの周囲を回り、頃合いを見計らって彼らの前に現れる。
『あっ!猫だ!』
子供たちがわっと歓声を上げて群がりはじめた。
チェシャは巧みに茂みの中をびゅんびゅんと飛び回り、着かず離れずの距離で子供たちをティネの場所から引き離していく。

………

やがて子供たちの姿がその場から離れると、またがさがさとティネのほうに猫が現れた。
どうやら子供たちをおびき出して巻いてきたらしい。
やれやれといささか疲れたような足取りでティネの傍に座ると
終わったぞという視線と共に顔を洗い始めた。

ティネ > 「ふぎゃあ」
軽くねこぱんちされればべしゃっとその場に倒れてしまう。
続く憎まれ口には、身を守ろうとするかのようにその体勢のままきゅっと丸まった。
どうやらひどく嫌われているらしい。

「そーいう偉そうなところとか、まさしく王子さまじゃん。
 名前おしえてくんないし……
 虫ピンはやだなあ、だって干からびちゃうじゃん」


そうやって丸まっていると、チェシャが子どもたちの興味を引いて
どこかへと誘導してしまった。

「……あっ! ひょっとして助けてくれたの?
 ありがとー王子さま! キスしてあげる!」

身を起こし、ぱあっと笑顔を咲かせ顔に抱きついて口づけしようとした。

チェシャ > 抱きついてキスされようとすればくわっと大きく口を開いて威嚇する。
鋭い牙がちらりと見えて、ティネの細い体など容易く貫けるぞというしぐさ。

「王子じゃない……チェシャだ。
 気安く触るな、妖精臭さが移る。鱗粉が体毛に触れたら気持ち悪い」

わざとらしくティネが触れたところをぺろぺろと念入りに毛づくろいする。
自分がちょっと小突いただけで小さく怯えて体勢を丸める妖精にどこかいらいらとした様子で睥睨した。

「……僕はお前みたいな無力なだけの奴は嫌いだ。
 標本になって干からびたほうが妖精学の講義のサンプルになっていいんじゃない?
 世にも珍しい妖精のミイラです。この個体は非常に弱く、脳みその容量が足りないところが特徴ですってね」

どうも自分にしては過剰な悪口が飛び出てしまうのはこの妖精がどうにもこうにもやられっぱなしなのが気にくわないせいかもしれない。

ティネ > 「ひっ……!」

威嚇の効果は覿面に現れ、ティネはひきつった表情で後ずさる。

心無い言葉をぶつけられるのははじめてではない。
けれど彼に罵倒されるのは、何かが違う。
どうしてだかひどく悲しい。その理由はティネにはわからない。

「うん……チェシャのいうとおりだよ。
 だって、こんなに小さいと、子供にだって勝てない。
 空だってうまく飛べないし、魔法もくわしいわけじゃない……」

じっとチェシャを見つめる。
目の端には涙を浮かべていた。

「ねえ、チェシャ……ボクのこと、どうしたら好きになってくれる?
 なんでもするから。……なにされても、逆らえないから。
 ボクのこと、どうしてくれたっていいよ。
 食べたいっていうなら食べたっていいし、
 標本にしたいっていうなら、してもいいから……」

震える指先で、自身の粗末な服をチェシャの眼前でゆるめ、白い肌が晒されはじめる……

チェシャ > 「やめろ」

粗末な衣服に手を掛け脱ぎ降ろそうとするティネに鋭く低い声が飛ぶ。
その声音には先ほどのようなからかうような意地悪なものではなく
真に嫌悪するような響きが含まれていた。

「なんでもする?なんにもできないくせにそう気安く何でもするなんて言うな。
 自分を卑下するな。
 矜持を捨てるな。
 誰にでも媚びるな!

 そうやって自分を差し出してしたくもないことして
 自分をすり減らすような真似したって得られるものは何にもないんだ!
 好きになってもらいたいならまず自分を大事にしろよ!」

いつの間にかチェシャの毛が怒りに逆立っていた。金緑の目がらんらんと光り
いらつきをティネの小さな体にぶつける様に鋭く睨んだ。
フーフーと猫特有の威嚇するような息が漏れる。

だがチェシャは知っている。これはかつての自分に言いたかったことであって
今ティネにぶつけるべき怒りでも言葉でもない。
同族嫌悪から彼女に当たってしまってももはやそこに意味は無いのだ。

四足を踏ん張り姿勢を低く固く強張らせていたが、やがてぎこちなくその姿勢を崩す。
足を揃えて座りなおすと気まずそうにうなだれた。

「……言い過ぎた。ごめん。
 でも僕はそうやってすぐに衣服を脱ぐ奴は好きじゃない……。

 僕は……好きになるなら誰にも媚びない、芯のある強さを持つ人がいい……」

そう、例えば旦那様のような。とは心に秘めて口にはしなかった。

ティネ > 「…………!」

息を呑む。その表情から媚びた様子は消えていく。

鋭く睨みつけるチェシャに、今度は怯むこと無く相対し、
衣服から手を離し、彼にゆっくりと指を突きつけた。

「おまえに……
 おまえに、ボクの何がわかるっていうんだ。
 人間じゃない姿にされて。
 いつ誰かの気まぐれで虫ピンを刺されてくちはてるともしれない
 ボクのことが……」

普段ティネの見せることのない、本気の憤りがその瞬間、紅い瞳に宿っていた。
しかし、詫びるような気配をチェシャが見せると同様にして肩を落とす。

「……。
 たしかに、ボクは誰にでも身体を差し出すけど。
 きみみたいな、きれいなひとに食べてもらって、その一部になれるなら……
 それでボクはいいんだ。
 好きになってくれなくていい。
 ちり紙みたいな扱いでもいい。
 その時、ボクを必要としてくれるなら……
 それだけで充分なんだよ」

自分の肩を抱きしめ、とつとつと語った。
目の前の王子さまは、みすぼらしい自分と違って本当の誇りを持っている。
そんな彼に、好きになってほしい、だなんて、おこがましいにもほどがあった。
彼のひげの一本ですら、自分よりも価値があるだろう……

チェシャ > 怒りを露わにしたティネの様子に今度はチェシャが息を呑む番だった。
小さな体に精一杯の怒りをたぎらせてチェシャに指を突き付けるその様に
驚くと同時に、なんだやればできるじゃんといった安堵が胸にわく。

「人間じゃない姿にされて……?なんだ、呪いの類か……?」

どうやら彼女の言い分の中から元は人間だったと伺える言葉が混じる。
そうなれば別に好き好んで妖精の体を成しているわけでも、元から妖精でもないことが理解できる。
何故こんなに妖精としてはダメな奴だったのかも納得がいった。

肩を落としてとつとつと語るティネの悲しそうな姿に
じっと黙ってしっぽの先を揺らしながら聞き入る。
金緑の瞳がゆっくりと瞬いてから

「……何か勘違いしているけど、別に僕だってそんなにきれいなやつじゃない。

 昔は誇りも力もないただの奴隷だった。
 今は違うとははっきり言い切れないけど
 少なくともあの頃よりは多少マシになったっていうだけで……。
 そんな奴の一部になったって仕方ないだろ。

 一時だけ必要とされる使い捨ての存在でいいわけないだろ。
 溶け合ったときだけ充足するより
 お互いばらばらのまま、何度だって交わるときに思いが通じるほうがずっといい」

やがておずおずとティネに近づくと、ぺろりとその顔をざらつく舌で慰める様に舐めた。
彼女が許せばそのままぺろぺろと舐め続けるだろう。

ティネ > 「自業自得だけどね。
 ……だから同情はいらないよ」

問いただされれば、そう短く応える。

「……ううん、きみはうつくしいひとだよ。
 こんなばかなボクに、世話を焼いてやさしくしてくれるし。
 ……ボクをののしっている時も、ちっとも楽しそうじゃなかった」

それだけは譲ろうとはせず、小さく、しかしはっきりとした声で告げる。

「……そうだね。きっとそうなんだろうな。
 少なくとも、前のボクだったら、そう信じて疑わなかった……」

ほんの少し寂しそうな様子で。
されるがままに顔を舐められれば、ひゃ、とか声をあげて、照れたように笑った。

「もー、えっちー」

チェシャ > 「そうやってすぐうつくしいだのなんだの言い出すところも好きじゃない……」

照れくささとすねたような声音でぺろりと自分の口元をなめる。
妖精の味かどうかわからないがなんだか女特有のあまったる味がしたような気がする。

「えっちって思うほうがえっちなんだよ。
 だいたい最初に服脱いだのはそっちだろ」

いつの間にか猫の姿から少年の姿に変わっており、
ティネを片手の上に乗せると指先で衣服をつまんで元のように着つけてやった。
それから少し考え込むと、あまりいい考えではないがというように口を開く。

「……僕の主人は偉大な魔法使いなんだ。
 呪いの類も詳しいしもしかしたらお前のそれも調べたら解けるかもしれないけど……」

とはいえただで何かを施すということはしないだろうししてはならない。
何より主人に対してお願い事をするということがとても気の引ける行為だ。
もしティネが何らかの見返りを持っているのなら呪いを解く手伝いくらいしてもらえるかもしれないが……。

ティネ > 「そーだっけー?
 もっと余すところ無く舐めてくれてもいいんだよー?」

からかうような口調。
姿が猫で舐められた箇所が顔とはいえ、舐めるという行為はやはりいやらしさを覚える。

「…………それ、ほんとう?
 できれば、お言葉に、甘えたい、ところだ、けど……」

ううん、と首をひねる。
人に告げたことはほとんどないが、元の姿に戻るのはティネの悲願である。
見返りになるようなものなど持ってはいやしない。
身体で支払う、という線は従者がこの調子では怪しい。

それに……偉大な魔法使いとやらに匙を投げられてしまえばすべての希望は失われてしまう。
それが、ティネが身の上について積極的に語らない大きな理由の一つだった。

どうしようどうしよう、と答えを出せないまま、チェシャの手の上で転がってくつろぐ。
居心地がいいらしい。

チェシャ > 「やだよ、お前ちゃんと風呂入ってる?
 なんか洗ってない妖精の味がする……」

ぺっぺっとわざとらしく舌を突き出した。もちろん味に関しては嘘だ。
どうもこいつと話すと普段より口悪く意地悪なことばかり言ってしまう。

「旦那様が偉大な魔法使いっていうのは本当。
 ……お前、本当に何もできないの?親や兄弟は?
 元の姿に戻ったら、その親や兄弟に支払いを頼むとかはできないのか」

手の上でティネを転がしながらなんとかいいアイディアを思いつくようにあれやこれやと口を出す。
だがそもそも主人がこんな願いを叶えてくれるだろうか。
断られたらティネにせっかく希望を与えた手前申し訳ない。

「……旦那様は有能で働くものが好きだ。
 妖精の羽根や鱗粉は良い魔法具になるって聞いたことがある。
 羽根は無理でも鱗粉くらい差し出せばもしかしたら役に立てるかも」

妖精の鱗粉を振りかけられたものが空を飛べるようになったという話を聞いたことがある。
ためしにティネから粉がふるい落とせるかそっと指先で羽をつまんで軽く振ってみた。

ティネ > 「洗ってるし!!
 き、きみもうちょっと女の子に対する接し方を考えた方がいいよ……」

怒った様子でチェシャの手をけたぐる。
……自分の足のほうが痛くなったらしくぴょんぴょんと跳ねた。

「家族なら……いる。たぶん死んだと思ってるだろうけど。」

この姿になってからは故郷の村に戻っていない。
息災にやっているかどうかすらわからない。

「働く、かあ……何ができるかなあ。
 そういや、前に密偵として誘われたことがあったっけ。
 羽根なら出せないこともないけど……わっ……とと。」

チェシャがティネを摘んで振ると、きらきらと瞬く燐粉が落ちる。
振れば振るだけ出てきそうだが……はたして、チェシャの聞いたような効果があるかどうかはわからない。

チェシャ > 「悪いけど淫乱な妖精に対する扱いは知らないんだ」

ふんと蹴られた手の痛みに耐える。ここであわてて振り払ってはティネを落としかねない。
家族が存命であることを聞けばふうんと納得し、

「そう、それじゃあ早く元に戻って帰らないと」

それだけ言ってティネから零れ落ちる鱗粉をもう片方の手で受け止め指先でさらさらとこすり合わせる。
何やら不思議な感触と淡い力を感じるが、本当に魔法が宿っているのかもはっきりわからない。
腰のポーチからコルクで蓋をした細い試験管のような小さな容器を取り出すと、その中に鱗粉をいくらか採取する。
屋敷に戻って調べてもらえば役に立つかどうかわかるかもしれない。

手のひらの上にティネを戻すと

「羽根を出す?本当にむしっても平気なのか?
 まさか脱皮みたいな要領で抜け変えたりトカゲのしっぽみたいに生えてきたりするのか?」

半信半疑の様子でそう尋ねた。

「そろそろ僕は王都へ帰るけど、お前はどうする?」

ティネ > 「戻る……か、
 本当にもどれるのかな。
 帰ってもだいじょうぶなのかなあ」

どこか他人事のような、上の空の調子でそう応える。
結構な時間、この姿で過ごしたせいか、自分の家族の記憶が若干曖昧になりつつある。
自分の妄想のなかにだけある家族でなければいいのだが。

「前に事故ってちぎれたことがあるけど、寝てたらなんか治ったな……
 結構適当な身体になってるみたい。
 まあ、しばらくは飛べなくなるから、できればむしられたくないけど~」

容器に自身の出した粉が集められるのを不思議そうに眺める。
前にも魔法使いに妖精存在を珍重がられたことがあった(あまり思い出したくない記憶だ)。
偉大な主人とやらが妖精を薬液漬けにするタイプの魔法使いではないことを祈っておこう。

「んー……。
 ひなたぼっこするという気分でもなくなったし。
 ボクも王都の屋根裏かどっかで、ひとけの無いところで休もうかな。
 疲れた……」

どうせ行き先がおんなじなら持ってってよ~、と横柄な様子で手にしがみついた。

チェシャ > 「さぁ?でも戻らなきゃ帰れないしそれも確かめられないことだけは確かだ。
 いつまでも答えを先延ばしにするのがいいならそれでも僕は構わないけど」

それがいやそうだから提案したのだが、何か不安に思うところがある様子に
すこしだけ不機嫌になる。

「結構適当なつくりなんだな……。元に戻るなんて随分根の深そうな呪いだ。
 でもあんまり痛い思いはしたくないだろ。最後の手段にしよう」

容器にしっかり蓋をしてポーチにしまうとぽいと軽くティネを宙に放り投げ
自身の体をくるりと回転させる。
見る見るうちに小さな猫に変身するとぱくっとティネの首元を加えて背中に放り投げて乗せた。

「王都までは連れてってやるけどそこから先は自分で何とかしろよ。
 それからなんにもできないって居直るな。
 今度誰かから追われてもいいように逃げ足を高めるとかうまく飛べるように練習するとかして
 何かしら自衛手段を身につけろよ」

また僕がたまたま通りがかるなんてことはないんだからな、と付け足すと
とっとこと猫の軽い足取りで草むらを抜け、街道に出る。

ティネ > 「やれやれ、まったくきみの言うとおりだ。
 何から何まで世話焼いてくれちゃって悪いね……
 借りは出世払いで返すよ、とっつぁん」

へら、と笑みを作る。
わかってるんだかわかってないんだか、判別できない態度。
チェシャが口うるさくああだこうだ言うのに、心地よさそうに耳をかたむける。

なんだかこの男の子がかわいく感じられるようになってきた。
次たいへんな目にあったときも、なんだかんだ言って彼は助けてくれそうな気がする。

「んー、やっぱ毛並みいいよね。すき……」

猫の夜色の毛に必要以上に力を込めてしがみつき、身体をうずめる。
王都までたどり着けば、礼を言って離れ、よたよたとどこぞへ飛んで行くだろう。

「またお話してよー。食べてくれなくていいからさ」

チェシャ > ティネががっしりと自身の体につかまって体毛にうずまっても
不満顔だが特に何も言わずに走っていた。

王都につけばすっかりくたびれた様子で座り

「やだよ。もうお前にかかわるのはこりごりだ。
 ……あんまりそうやって安売りしてるといずれしっぺ返し喰らうぞ。

 あと僕をその気にさせたかったらもっと色気のあるやつになるんだな」

そうなってもきっとお前なんて食べたくもならないだろうけど、と余計なひと言を付け加え
じゃあなという様子でしっぽを振ってそのままくるりとその場を立ち去った。
家々の塀をぴょいと乗り越えそのまま柵の向こうに消えてしまう。

まぁ、万に一つティネが元に戻れて対等の立場になれたうえでなら
してやらないこともないかもしれないが。

ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」からチェシャさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」からティネさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」にエウレリアさんが現れました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」からエウレリアさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」にエウレリアさんが現れました。
エウレリア > 「―――暇……、暇……、暇……、暇……っ、暇ですわっ!」

ライトプレートと拍車によって薄い銀音を奏でながら、苛立たしげに行ったり来たりしていたお嬢様が、ついにキレて大きな声を響かせた。

そこは、左右を鬱蒼とした森に囲まれた街道だった。
神聖都市へと向かう途上、王都から3日程離れた場所である。
こんな人里離れた街道で見かけるよりも、街中の、しかも貴族街で目にする方が余程にしっくり来るような馬車―――瀟洒な個室造りの4頭立て馬車が、深い水溜りに車輪を取られて立ち往生していた。

伴をしていた御者は護衛兼狩人としては有能なれど、単純な膂力においては非力な方。
エウレリアは剣技にこそ秀でているものの、見た目通り、その腕力には期待出来ない。

結果、御者が馬車から外した馬を駆り、近隣の村から人手を連れてくる事に相成ったわけだ。
かくして留守を仰せつかったお嬢様は、最初の一刻ほどは身体を伸ばし、近場を散歩し、草むらにて用を足し、気紛れに馬の身体を撫でるなどして時を潰していた。
しかし、昼過ぎに出た御者が夕闇の迫る今となっても戻って来ない事に、ついに忍耐の尾が切れたという塩梅である。

エウレリア > 女貴族の叫びに、馬車馬達はのんびりと顔を持ち上げ『少し落ち着け』と言わんばかりの目を向けてくる。
本来馬車などを引かされる事のない、軍事訓練も受けた高級馬は、多少の事で取り乱したりはしない。
―――と、言うよりは、主たる娘の気短な性分を充分に理解しているといった雰囲気である。

そして当の女貴族は、丈高く茂る針葉樹林の枝葉に日の光を遮られた、薄暗く、舗装すらされていない野外の街道にはまるで似つかわしくない綺羅びやかな雰囲気を持つお嬢様。

スラリとした長身を覆うのは、色鮮やかな緋色のドレス。
大きく開いた襟元から覗く豊乳の白さが、ドレスの色との間に強烈なコントラストを形作っている。
要所を守るライトプレートは、ランタンスリーブの肩と、二の腕から指の先まで。たわわな双乳を支えるビスチェの様に胴部を覆い、ほっそりと引き締まった腰回りでは広がるドレススカートに沿って板金を数枚連ね、その内側のしなやかな脚線にはピタリと張り付く様に、娘の肢体を鎧っている。

細部に至るまで精緻な装飾の施された鋼板は、緩やかに波打ちながら腰回りまでを覆う長髪と同じ黄金の色合いも相まって、武装というより芸術品、装飾品といった方がしっくりと来る様な代物であった。
腰に佩いた銀の細剣もそれらと同様、美しくも華奢な造花の様。
その上更に、酷薄な傲慢さを滲ませてはいても妖精族の如く整った美貌が、武装した女貴族に仮装めいた現実味の無さを与えていた。

山賊や追い剥ぎの類が目にしたならば、涎を垂らして喜ぶであろう、上質でチョロそうな獲物。
ほとんどの人間は、街道にて一人きり立ち往生するお嬢様を見て、似たような印象を抱く事だろう。

ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」にヴィクトールさんが現れました。
ヴィクトール > (戦場での仕事が終わり、むさ苦しい場所からさっさと離れたいと人外の如き跳躍を繰り返して帰路を急いでいた。森のなかの雄大な自然なんぞに目もくれず、ただひたすらに走る男だったが…場違いな馬車と、場違いな格好をした女が見えると、流石に目に留まり、近づいてきたところでズダンと地面を踏みしめ、少しばかり地面を滑る)

……あぁ、車輪が動かねぇのか

(無言のまま彼女の周囲を一瞥すると、水たまりに埋まった車輪に気づく。一人納得したように呟くと、再び女の方へと視線を戻して)

何処の温室育ちか知らねぇけど、馬鹿みたいに喚いてたら犯してくれって言ってるようなもんだぜ?

(やかましい金切り声も聞こえていた。これが正体かと上から下へなぞるように視線が往復していく。一応戦う格好をしてはいるが、その飾り具合から実用性が無さそうに感じてしまう。貴族とはけったいな奴らだと、訝しげな顔をして…くだらんとでもいうのか、嘲笑う)

殺し合いするんだったらもっとラフな格好にしとけ、デートするわけじゃねぇんだからよ。

エウレリア > 悠然と道草を食む馬車馬に苛立ちをぶつけていたエウレリアの動きが不意に止まる。
馬の太首に回していた腕を外し、切れ長の双眸を明後日の方角―――街道の先の上空へと向けた。
冬特有の灰色の空にポツンと黒点が一つ。
大地を蹴って高々と飛び上がり、着地と同時に再び跳躍。

ただの獣ではない、とても人とも思えぬ挙動を繰り返す黒点が見る間に大きさを増し、人間の男と思しき形を取って馬車の傍らに着地を決めた。
風圧が女貴族の長髪とロングスカートを靡かせる。

男が見せた常識はずれの登場に、しかし、お嬢様は動じた様子も一切見せず、ゆっくりとその双眸を男に向けた。
瞳孔の小さな紅色の瞳が、値踏みするような不躾な視線で彼の体躯を観察する。
そんな最中に発せられた男の言葉を耳にすれば、ぴくんっと細い眉の片方を持ち上げてから、蔑むような薄笑みをじんわりと浮かべて見せた。

「――――まぁ、恐ろしい。そんな野蛮な物言いをされては、わたくし、怖くて震えてしまいますわ。」

セリフとは裏腹に、ツンと顎を持ち上げ、笑みを深めて放つ言葉。

「ふふ、いかにも、といった考え方ですわね。でもご心配なく。わたくし、着衣に左右される程拙くはございませんし、何より貴方の様なそうした格好は――――ククッ、美しさがありませんもの。」

口元に手を当てて、くつくつと上品に、しかし意地悪く嗤う。
人とは思えぬ挙動を見せた男に対し、これはいい退屈しのぎが現れたと言わんばかりの態度である。

ヴィクトール > (歴戦の戦人たる男の体は無駄なく引き締まっており、黒い戦装束の上からも逞しい体であると分かるだろう。背中に背負ったクレイモアも長らく使い込まれ、鍔や鞘に付いた傷跡が戦いの歴史を物語る。金色の瞳が冷め気味に女を見やっているが、鼻持ちならぬ言葉と態度にため息を零す)

じゃあ隅で震えてガタガタしながらチビってろ。

(しれっと、より酷い悪態をつくと、続く言葉に怒りを見せることはない、寧ろにやりと笑っていた)

美しさで勝ち負けがつくわけじゃねぇんだよ、お前こそ見た目ばかりで中身の伴わねぇ、温室育ちのお稽古剣士だろ。だから着飾って余裕ぶっこいていられるんだよ。

(彼にとって戦いとは力、美しさなんぞ関係ない。それこそそんな物戯れ言なのだ。すっと車輪を指差し)

だから、それぐらいのトラブルも対処できねぇし、自分からドロに足を突っ込む度胸もねぇ。口先だけの甘ちゃんの言葉に、キレるほどガキじゃねぇんだよ。わかったか、 お こ ち ゃ ま よぉ?

(彼女からすれば予想外になるのだろうか?憎たらしいあくどい笑みを浮かべてお子様扱いで罵り返したのだ。それから指先でくいくいと招くように煽り)

どうした? ムカつくか? それとも馬鹿にされて剣も抜けず股開く売女か? ……あぁ、膜ついてちゃ股開く勇気もねぇか。

(やれやれと言いたげに両の掌を空に向けて、憎たらしい笑みのままため息を付いた)

エウレリア > 「―――あら? 貴方、それなりの強さを持ちあわせていると思ったのですけど……相手の実力を見抜く目すら持ちあわせていなくて? だとしたら、少々拍子抜けですわ。」

こちらの剣力を侮る彼の言葉に、エウレリアは怒りではなく、落胆の感情で眉根を顰ませた。
彼の膂力は先程の動きを見ても分かる通り、人の域を大幅に超えた魔人の如き代物。
オウガと真っ向からの力比べをしたとしても、この男ならば苦もなくねじ伏せてしまうかも知れない。
そんな人間離れした膂力が、背負った大剣を振るうならば、暴風を思わせる破壊を撒き散らすのは想像に難くない。

しかし、相手の力量すら見抜けぬ様では、所詮は力に頼った素人剣術と言うことか。
はぁ……と盛大なため息で肩と豊乳を下降させ、小さな頭部を数度振る。

「そうね。わたくし、貴方と違って野人の様な馬鹿力は持ちあわせておりませんし、泥濘に身体を汚す様な真似も御免ですわ。子供呼ばわりされる程、貧相なら身体をしているとも思いませんし――――罵倒が少々、的外れではなくて?」

いっそ艶然とした笑みすら浮かべ、小首を傾げて問いかけを返す。
そして、更なる挑発の言葉には、腰に当てていた手を持ち上げ、しなやかな白指をリュートでも爪弾く様に銀剣の柄に絡ませ――――涼やかな銀音を響かせながら細剣を抜き放ってみせた。

細身の刀身は、先端に向かう程炎熱したかのような色合いを覗かせる、見るからに強力な魔力を宿した逸品である。
くるりくるりと弄ぶ様に手首を回して剣先で円弧を描き、無造作とも思える足取りで彼に歩み寄りながら、告げる。

「でも、まぁ……よろしくてよ。わたくしに遊んでほしいのでしょう? 貴方の様な薄汚い野良と戯れる趣味は持ちあわせていないのだけれど――――ふふっ、遊んであげますわ。」

気負いの無い歩調が、緩やかに彼我の距離を近付ける。
これから命の奪い合いをするとは思えない、散歩にでも誘う様な気楽な歩み。
10m程開いていた距離が、じわじわと狭まっていく。

ヴィクトール > 目ぇぐらいあるぜ、何度でも言ってやるよ、てめぇはガキだ。

(おそらく力の片鱗を見たとしても、同じ言葉をかけただろう。なにせこちらの言葉に乗って刃を抜いたのだから。上品な細身の剣を見やれば、それがかなりの名剣であることぐらいは武器に拘らぬ男でも分かる。無造作に歩み寄ってくれば、男は剣に手をかけることもなく、腰を落として身構える)

そうやって乗るからガキだって言ってんだよ、ご自慢の腕前で剣抜かせてみろ。……だがな

(先程までのからかうような気配が消えた、魔族を食い殺して奪った真っ黒な魔法の力が溢れだし、感知できれば靄の様なそれが全身に行き渡るのが見えるだろう)

そいつを抜いたからには……ただで済むと思うんじゃねぇぞ、クソガキ……!!

(低く静かな唸り声、それに相反して纏った魔法は爆ぜるように広がり、獣の咆哮のように彼女を脅すだろう。少しでも気圧されれば飲み込まれ、食い殺される意志の魔法で)

ブチ殺す…!

(己に言い聞かせるように魔法を巡らせ、言葉通り目の前の女を殺すと明確に意識する。それを実現させるための破壊力、堅牢性が体に宿ると…地面をける。一足跳びの如く一気に接近を試み、一度自身の左手側に体を揺らす、フェイントを掛けてから右へ傾き、踏み込んで莫大な破壊力を貯めこんだ右フックを無遠慮に彼女の顎へ叩きこもうと振りぬくだろう)

エウレリア > 「あらあら、あれだけの啖呵を切っておいて、よもや喧嘩を売るつもりはなかったとでも宣うつもりでして? このわたくしが買ってやるというのですから、喜んで売りなさいな。貴方の人生、これ以上の僥倖は早々訪れないと思いましてよ?」

男の鍛え上げられた体躯が、瘴気の黒を噴き上げる。
なるほど、彼の人離れした膂力は、魔に絡む物なのだろう。
そこまでは分かっても、魔法に対する知識など皆無に等しい女剣士は、それ以上の考察で思考を濁らせる事もない。

まさに野犬の如き―――否、魔獣の如き獰猛な唸りに応じて魔力の波が空気を震わせ、悠然と彼に近づく女貴族の髪とスカートを靡かせる。
ビリビリと肌を震わすプレッシャーが、エウレリアの背筋をゾクゾクッと震わせる。
怯えているのではない。
歪んだ悦びに興奮を覚えているのである。

男の宣告と同時、彼の足元が爆ぜた。
先ほどの挙動よりも更に早い、爆発的な踏み込みが、数メートルの距離をあっさりと0にする。
ブレる様に左に傾く男の身体に、ゆるりと滑る様にエウレリアの細身が追従した。
憤怒の皺を刻んだ彼の表情とは対象的な余裕の笑みが、ワルツの如く共に動く。
彼の動きがフェイントであることなど一目で分かる。
続く右からの拳撃に対して距離を取った左方への踏み込みが、そのままトンと地面を蹴る。

眼前を通り過ぎる拳の暴風に金色の髪束を揺らしながら、わずかに開いた距離の中で銀の刀身を閃かせた。
剣先を優しくピタリと彼の胸板にあて、そのままス…と"引き"を行う。
銀剣そのものの切れ味の鋭さに、女剣士の"意"が込められて、男の胸板を、その黒装束もろともに浅く引き裂こうとする。

ヴィクトール > 膜付いている様なメスガキが戯れ言抜かすな。

(気配に気圧されない辺り、多少なりの心得があるのだろう。もしくは気付けぬ程の虚け者か。フェイントからの右フックが空振ると、先程までの言葉が嘘ではないと理解はしたが、戦いを止める気はない。切っ先が服に掛かった瞬間、切っ先に黒い魔力が蔦のように絡みつくだろう、お前では俺を殺せないと、強い意志が守りとなって剣を噛み砕かん勢いで抵抗をかけてくる)

腕はあるみてぇだな。

(あっさりと力を認めるも、表情に変化はない。そして、刃を受けながらも抜刀した。引きぬいた勢いでそのまま振り下ろし、遠慮無く両断する太刀筋で襲いかかるだろう。刀身は真っ黒に染まり、掠りでもすれば、そこから爆ぜるような破壊が巻き起こり、先刻の言葉通り、殺しにかかる無遠慮な暴力を振るうだろう)

エウレリア > 分厚い胸板に触れた剣身から、どす黒い意志の力が侵食を開始する。
女剣士の胸に、濃密な怯えを生じさせる瘴気の精神干渉。

――――が、ギラリと見開いた双眸が、禍々しいまでの狂気の紅瞳を輝かせ、闇の呪いをあっさりと打ち砕いて見せた。
魔術的な特殊能力、などという物ではない。
己に対する狂信的なまでの自信が、外部からの干渉を受け付けない。
ただそれだけの事だった。

さしたるラグも無く振りぬかれた銀光が、狙い通りに彼の胸板を裂いたかどうか、それは纏う黒靄のせいで定かではない。
身の丈ほどもある大剣を腰にぶら下げているはずはなかろうし、それを引きぬきざまに胸に押し当てられた刃の一閃への防御に使う事も出来ぬはず。

ともあれ、抜刀の勢いのままに撃ち降ろされた斬撃には、こちらも剣を振るった勢いを乗せたスピンにて対応する。
くるりと回って斬撃の横腹に向けた背が、黒色の暴風にゴッと押されてよろめいた。
美しく完璧な動きを阻害され、女剣士の整った顔立ちにカッと朱の色が昇る。

「――――ハ、貴方の方こそ、思った以上の馬鹿力ですわね。わたくしの美しい剣舞に不調法な横槍を入れてくるだなんて………今のは少々頭に来ましたわ。」

数歩分の、しかし、手練の二人にとってはゼロ距離にも等しい、死圏の中、エウレリアの狂眼が物騒な光を宿す。
見開かれた三白眼が、猛禽の如く獲物の体躯を見据えて銀剣を引く。
長弓の弦を引き絞るようなモーションが、次の瞬間、不意に掻き消えた。

呼吸をするくらいに自然に男の機の隙間に入り込む"無拍子"の踏み込み。
同時に繰り出されるのは、7つ続きの連続刺突。
眉間、喉、左の肩と右の二の腕、心臓、肝臓、そして胃の腑。
素人であればパパパパパッと連続して銀光が瞬いたと思ったその時には、体内の急所を悉く貫かれて絶命する。
そんな神速の連続攻撃、小回りの効かぬはずの大剣使いはどのように受けるのか。

ヴィクトール > ……ほぉ

(切っ先に掛かったはずの意志の魔法を振り払われ、服ごと肌を切り裂かれた。焼けるような痛み、それを感じても愉悦の笑みを浮かべている。生意気だがいうだけの力はあるらしい。おまけに殺すつもりで放った一閃を受け止めて無傷、竦むどころか魔法の気配がどんどん狂気に染まる)

……それがなけりゃな。

(無駄口が多い、だから弱く見えていたのだろう。目つきが変わり、一瞬にして踏み込んでくる女の動きを経験と気配で動きを察すると、ぎゅっと両手で剣を握りしめる)

小賢しいんだよっ!

(纏った魔法で止められないなら、殺させないようにする。一層の黒を纏うと、なんと避けなかった。確かに切っ先は男を傷つけるだろう、しかし、突きという前に掛かった力に対し、真横から意志の魔法が圧力をかけて軌道をずらしていく。頬を切り裂かれ、動脈すれすれを裂かれ、肩肉を貫かれ、腕の外側を切り裂かれ、臓器の隙間を貫かせる。死なぬ程度の被弾だが、同時に振りかぶった剣で狙うのは、彼女の剣を持った腕だ。その腕を肩から遠慮無く攻撃の間に切り落とそうとクロスカウンターの攻撃を、あの馬鹿力で放つ。腕がちぎれ落ちても、後で弄んでから直すことぐらいは出来る。何時もなら無傷を狙うが、そんな余裕はないのだろう)

エウレリア > 不躾な野良犬の胸板が薄く避け、黒衣より覗いた筋骨に紅い色が流れる。
狂瞳が欲情の色を灯し、歪んだ笑みが更に歪んだ。
他者を傷つけ殺す事。
完璧に征服欲を満たすその行為が、女貴族の歪んだ精神に堪らぬ喜悦を生じさせる。
相手が強ければ強いほど、美しければ美しいほど、その瞬間の悦が強まる。

そして、勝負を終わらせるつもりで放った連続刺突が

「――――――んなッ!?」

悉く反れた。
刺突の際に刃筋を反らしてしまう程、己の剣技は拙くない。
暗示によって己の肉体を強化させ、他者の精神を侵食する。
それだけの力しか持ちあわせていないと考えていた瘴気の靄による、物理的な力さえも伴った暴圧が、エウレリアの刺突を致命の物ではない、単なる戯れに変えてしまっていた。

肉を貫く感触は確かにある。
しかし、大剣を持ち上げる男の動きを止める程の物ではない。
この魔獣を止めて屈服させるには、もっと絶対的な――――。

「―――――ツぅ……ッ!!」

刺突の動きは止められない。
気の遠くなるほどの反復によって染み込ませたその動き、完璧なるそこに無理矢理に腕を割りこませる。
剣を握らぬ方の腕を、豊乳を拉げさせつつ斜め上方に延ばす。
意識の集中に寄り粘化した時間の中、緩やかに打ち下ろされる圧倒的な暴力の切っ先に、金色のライトプレートに鎧われた前腕を重ね、膝を折り曲げつつその腕を打ち振るった。

肉を貫く音を圧して、金属と金属がこすれ合う耳障りな音が高らかに響いた。
撃ち落とされて大地を抉った剣の傍ら、彼が狙った細腕も、緋色のドレス姿も存在しない。
篭手による無理矢理の受け流しを行いながら、無様にドレスを汚して転がった女剣士は、男の背後、数メートルの位置にてふらつきながら立ち上がる。

「――――貴、様ァァァアア……………!」

女剣士の余裕が剥がれ落ちていた。
だらりと垂らした左腕は、金色の篭手を失い、雪の様な白肌をさらけ出していた。
ドレスの緋色の代わりにまとわり付くのは、深く裂かれた傷口から溢れだす鮮血の紅。
両断こそ免れてはいるものの、冗談では済まされない量の血液を地面に滴らせていた。
ひしゃげたライトプレートはドレスの布地を伴って千切れ飛び、娘の傍らに転がっている。
優美なドレスも金色の長髪も無様に土埃で汚し、狂える憤怒で美貌を歪めて男を睨む。

最早手段など選ばない。
どの様な手を用いても、剣の魔力を使ってでも、眼前の野犬を惨殺する。
狂える女貴族がそう決めた瞬間、ピゥゥゥッと鋭く風を切って降り注ぐ無数の矢弾。
踏み出しかけた女の動きを止め、黒衣の戦士の動きを牽制する様に二人の間に突き立つ矢を放ったのは、村人と思しき男達を引き連れた女剣士の御者である。