2015/10/13 のログ
ノイギーア > くたりと首を傾けて、遠い街を見た。
「このくには……偽神の名を戻さないのが失敗だったね。まあ……"私ら"のようなモノはどこへなりとも行けるが。生まれの地を離れるというものは、すこしばかりこころが動くときもある」
この場合の"私ら"というのは魔女という存在に対するものだが、別段説明をするわけでもない。
ゆるやかな笑顔のまま、すこしばかりの郷愁を漂わせた。


「人間はね、個体差が激しいのよ……はいはい」
杖を何処かに仕舞いながら、気心知れた隣人のように軽妙に応える。
少女の歩みでゆっくりと無造作に近寄り革紐を軽く握って受け取った。

白銀の髪に指を伸ばす。
髪の毛に触れる間際にようやく、少女の体が纏う濃密な魔力の防壁を感じられるかもしれない。
指を払ったりしなければ、指が通った部分から水が文字通り払われていくのを感じる事が出来る。

ヘレボルス > “私ら”の語に、根無し草のたゆたいを思う。深くは訊かない。訊かずとも話の通る、そういう響きがあった。
「名前ごときに揺らぐ聖性など。……この地に多少なりとも、愛着があるのか。……僕には縁遠い話だ。
 昨日産まれ出でたばかりのような僕には、産まれたときから乱れた土地だからな」
自らの、細長く尖った耳介を引っ張る。常人の生まれではないことを示すかのように。

背後に、少女の気配が近付くのを感じる。
傍らの帽子やブーツといった荷物の陰に、一振りの長剣が横たえられている。
だが若者はといえば、背中を晒したままあまりに無防備で、警戒の張りは微塵もない。
揺らぐ視線の通りに気が緩んでいるのか、あるいは自分によほど自信があるのか、定かではなかったが。

「………………、」
髪の合間を指が通る感触に、猫のように目を細める。
梳かれるごと乾いて軽くなってゆく感触に、またふらふらと視線を彷徨わせた。

「魔女っ子。名前は何てーんだ」

ノイギーア > 長剣を目に留めても構わずに、無遠慮ですらあるほどの気安い触れ合い。
少女故の無防備さか、気を許したか、それとも別の何かか。
たとえ今ノイギーアの顔を正面から見つめても、きっと何もわからない。
ただ暖かな指先が、水を落としていく。

「昔はね、この地にも……多分神――のようなものが居たのさ。今となっては、そういったものは子供を寝かし付ける話のタネにすらなりもしないが……」
水を霧散させつつ髪型を整えながら語るその様は、少女というよりも、祖母が少女に向かって昔語りをするようだった。
……指も、若干長くなっている気がする。
とは言えども、年を感じさせるほどの深みも疲れも、少女からは感じられない。
「難儀な時代にうまれたものだね」
さらさらと髪を指の櫛で撫ぜながら、白い白い体の中にある、毒と因果の事に僅かに思いを馳せた。

あらかた水を払えば片手間に、落ちた靴や衣服に向かって指を振る。
水浸しの物どもはくしゃみでもするように、ぱん、と音を出して水気を飛ばす。
「ノイギーア。そう呼ばれている」
先程よりも随分と明瞭かつ、低くなる声――指の動きは繊細にしなやかに変わり、紐と指を巧みに使ってくるりくるりと髪を纏め上げていく。

ヘレボルス > 「今じゃあ魔族や盗賊や――傭兵の方が、よほど子どもをベッドに急がせることが出来るだろうよ。
 僕は、他の時代を知らない……難儀とも思わない。『今』だけだ。僕にとっては」
連続性の一瞬――“今”。染みた毒気の抜かれるような指先に、首筋の肌をぶるりと震わせる。

荷物が小気味よい破裂音を立てるのに、視線だけで見遣る。
それらの表面が見る間に乾いた魔女の手わざに、はァ、と緩んだ笑みを零す。
鼓膜の浅くを揺さぶっていた少女の声が、より奥まで染み通る錯覚――まるで“女”の。
「ノイギーア Neugier 。ふはッ……ノイギーア、か。
 新しき neu を 欲する gier ――お前の心はその名の通り、常に瑞々しい潤いの底に在るのか? ノイギーア」

いつの間にか、別人のような声と指使い。
その正体を肌の触覚から探るかのように、不確かな目線を彷徨わせ、瞼を細める。
髪を結われながらにして、後ろのノイギーアへ目線を向けようと。

「僕はヘレボルス。
 君にとって『新しき』になるかどうかは知らないが、旧くはないぜ」

ノイギーア > 「『今』のみか。それもまた生き方」
刹那な生き様を察すれど咎める事はせず、ただ良しとした。
魔女の許容という物は、適当と言われても仕方のないほどに深く広い。

「そう。ずっとそのようにして生きてきた。これまでも、これからも。
 私は自分の思うままに楽しみ、見たいものを見ている……」
火花のように瞬に散る笑い声に応える、静かに流れる雨水のような女の声。
こちらを向こうとする頭にも、静止するわけでもなく指の流れは変わらなかった。

「Helleborus...」
――ほどなくしてするりと指が解かれる。白金は少々の運動にも耐えられるようにきちりと編み、纏め上げられていた。
「なるほど。きみを良く表している――」
後ろに居るのは膝立ちになった女。先程の少女が衣服ごと成長したように――成熟した肉体としなやかな曲線を備えた魔女が。しかし変わらぬ表情で、変わらぬ紫の目が、帽子の影からヘレボルスを見ていた。
「純白の毒花。きみから見れば、私は埃を被った古い旧い魔女さ」
自嘲の響きは無く、何の変哲も無い自己紹介の響き。

ヘレボルス > 認められるも、頷きはしない。さもそれが当然の返答であるかのように。
「……くはッ。そうか。仮に僕が問われたとて――同じように生きていると、そう答えるだろうよ。
 僕の苛烈に対して、お前は随分と……黙することの多そうなクチだが」

普段に比べて、随分と丁寧に結われた髪。
背後のノイギーアへ振り返ると、そのしかと結われた髪型の印象からか、横顔に青年の精悍さを増したように見える。
顔の皮膚が、わずかばかり髪に引き攣られた所為もあろう。長い睫毛に縁取られた眼差しが、女を膝下からその顔までするりと見上げた。

「埃を被っているにしては――いやに艶やかだな。リンゴで不死でも保っているのか」

尖った歯を覗かせて笑う。相手の虹彩の色を写したように、その瞳に赤みが差す。
青と赤とが交じり合い、硝子のような無機質さで光る。
帽子を拾い上げ、被る。すっかり水気を払われた羽飾りが、ふわりと柔らかく揺れる。

「毒花は、魔女の手で煎じられてこそ活きるんだぜ」

ノイギーア > 「今の世から見れば、私なぞ水底の石のようなもの……
 何かを口にしても、皆直ぐに忘れる。それだけのことよ」

豊かな光を己の色に編む虹彩の機微を見た。
白の中に含んだ毒の形を思わせる、彼の色を。
(花は咲いて枯れるから美しいのだろうか)
色彩を通して、美のイデアにふわりと思考が散る。

「――そうね」
並行思考のまま、何処からかするりと編み籠を出す。
手を差し入れ取り出すは赤い赤い林檎が一つ。
つるりと指先で撫でると、貴族の類からは白い目で見られるだろう大口で果実に歯を立てた。
ヘレボルスの事は一瞬思考の外にあるかのように、瑞々しい音を立てて咀嚼し――
「いくら月日に流れても、まだ体は老いるに非ず、そう思っている」
また一口、林檎を噛む。
……そう、この魔女が大きくなったのはただ林檎が食べたくなったからだ。

しゃり、しゃりと林檎を噛みながら言葉を聞くと
「ふ、ふ……」
短く、ようやく少しばかり魔女らしくにたりと笑う。
「しかしね、魔女には気をつけたまえよ。魔女というものは、ひどく気まぐれなのだから。
 ひとの望みを巧妙に己の利に変える。魔女というものは概ねそうやって生き凌ぐ」
唇に乗った林檎の雫を、類するほど赤い舌でぺろりと舐めながら。

ヘレボルス > 「水底から――そうして、見上げてきた訳か。人間どもを。
 時間からも時世からも遠く浮いたような顔をして」

形のよい手が鮮やかなリンゴを取り出し、齧りつくのを見る。
『自分の思うままに楽しみ、見たいものを見る』魔女が、その言葉の通りに果実を味わう様を。
ノイギーアの悪戯めいた忠告に、ふっと笑う。

「――はッ。気をつけたまえ、か。過ぎた心配を。
 この僕には、元から失うものも、害されるものもない」

傲慢に笑う。
帽子を抑え、はじめよりは気を確かに――それでいて未だ頼りなげな足取りで、ふらりと立ち上がる。

「欺かれるならば、望むところだ」

囁いて、無常なほどあっさりと身を引く。

足を踏み出して、踵を返す。
草の中に落ちていたぼろぼろのドレスの残骸を、その手に拾い上げる。
ばちん、と小さく爆ぜるような音が聞こえた瞬間。

紫電に焼かれた布地が、鮮やかに燃え立つ。
その火と煙とが、ぐるりとヘレボルスを呑むようにして――

醒めるころには、誰も居ない。
ただ朽ちゆく女の死骸だけが、しんとした水底に。

ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」からヘレボルスさんが去りました。
ノイギーア > 若人の跳ねっ返りな言葉に、鷹揚な笑みをただ返す。
炎も煙も静まって、湖畔に静謐が齎された時。
まるで風景の一部のように佇んでいた魔女が、僅かに口を開く。

「ほんとうにそうかなぁ」
紫電に消えた向こう側を見るように目を細めると、天を仰ぐ。
ぎしりと笑う目元と尖った歯の覗く口元の歪みは、まるで練った鉄の波紋のようで――それはそれは、いちばんの魔女らしい笑顔を浮かべていた。

(失うものも、害されるものもない……)
言葉を一度反芻すると、表情と顔の向きをすっと戻し、何かを払うようにふっと腕を振った。
一呼吸の間に――水面を平時より多い魚が楽しそうに跳ねまわり始める。


林檎を齧る音だけを伴にして、魔女もゆっくりと街道を後にする。

ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」からノイギーアさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」にマルテさんが現れました。
マルテ > 深夜の街道を走る馬車が在った。
さすがにこの時間だけあって道を歩く者の姿は少なく、布から覗く外の景色は人気の一つ感じさせない。

(――何事もなくこのまま辿り着ければ理想だね…。)

時間は遡り、王都マグメールへ向かう荷馬車へと忍び込んだ。
何故そのような真似をしているのかと言えば、自分が完全に不要な存在として処分されてしまった事。
及び、その影響で生きる為の稼ぎ口を見つけなければならなくなったことが理由である。
探すだけであるならダイラスでも問題ないじゃないかとも思われるかもしれないが、廃棄されたところで奴隷であった事に変わりはない。
そして奴隷としての価値は、体中にある傷によって無価値に等しい程に落ちているので買い手も居ない。
だとすればどうするか――唯一の取り柄である、吸血鬼に対する戦闘能力、それを活かすしかない。
活かす事が出来る場所は、ならばどこになるのか。それこそが王都マグメールに存在する場所。

(冒険者ギルドで…吸血鬼に関わる依頼とかできれば…私でも、稼げる……吸血鬼も倒せる…。)

マルテの目的は命ある限り吸血鬼を狩り尽くす事。だがその活動にはどうしたって資金か、或いは支援が必要である。
噂で聞いた冒険者ギルドの存在――その場所へ行ければ、資金稼ぎと吸血鬼狩りの両方を行う事が出来る。
その可能性に掛けて、こうして商人の荷馬車に隠れ潜んで密航している。幸いなことに大きな布を頭から被っている事で商人は己を見落とした。
明らかに必要数より一つ多く見えたと思うのだが、眠そうな表情をしていたので気にする余裕もなかったのかもしれないが。

――というわけで時間は戻り、密航中のマルテは今やマグメールへ至る街道を進んでいる。進んでいるのは荷馬車だが、何事もなければ難なく王都へ辿り着けるだろう。

マルテ > 馬車に揺られる最中、時折聞こえる商人の退屈そうな欠伸声。
臆病なマルテはその度に気付かれたかと焦り、慌てて息を潜めるのだが、杞憂だと知って心の中で溜息を零す事の繰り返し。

(密航したなんてバレたらきっと殴られるし……ああでも、これから冒険者になろうっていうのにこんな臆病でやっていけるのかな…?)

とはいえ、他の選択肢は見当もつかないでいた。何しろ、外れない首輪に体中の傷跡から誰が見ても奴隷だとわかる。
そんな人間を雇ってくれる普通の店なんてあるとは思えないし、実際そういった理由で断られた者が奴隷として以前の奴隷商人に捕まっていたのをよく覚えている。
奴隷には人権など無いから、もし単独で放り出されてしまった場合どうするのが正しいのか、それは不明だが。

(――でも…盗賊とか窃盗とかで生きて行くのは、嫌だし…。)

冒険者であれば、最初の内は仕事が限られるかもしれないが、奴隷であっても戦えるのであれば職として得ることができる、らしい。
信憑性は定かではないのだが、奴隷だと言わなければ問題ないだとか、そういう話を噂で聞いている。
勿論外れた場合、どうなるかはわからないが。少なくとも性奴隷にもなれない自分では今よりひどい事にはならないだろう、と思う。
思いたい。
どちらにしても今のところ手立ては冒険者になることしかないので、密航されている商人には申し訳ないと思いながら、馬車が王都に到着するのを、息を潜めながら待ち続けた。

ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」にレイアードさんが現れました。
レイアード > 深夜となり、人気の失せた深夜の街道は商人へどのような感情を抱かせただろうか。物騒なのは決して日中に限らず、…頻度こそ少ないが、特に魔物に至っては活性化する時間帯だ。
自分の身は自分で守る必要のある立場にあるものは、闇夜の静けさがどれ程気味悪いものに感じられるだろうか。

…或いは、この静けさを、今か今かと待ち受ける者さえ居たのかもしれない。

(荷馬車……こんな時間にか。…見たところ護衛すら雇っていないのか?…どちらにせよ、此方に気付いた素振りではないな)

闇夜より、ご馳走とも表現し得る絶好の標的を捉えし一人の無法者。早足で荷馬車と距離を詰め、並走すれば王都を目指す荷馬車を塞ぐようにして回り込むだろう。
もしかしたら、今頃息を殺して緊張を保つ貴方にはもう一頭の足音が聞こえるかもしれない。或いは、馬上にまたがる男の姿をその目で捉えたかもしれない。

「おい、お前!そこで止まれ」

神経質な印象を与える、ピリピリとした雰囲気を放つ青年の一声が、闇の中で小さく響く。思わぬ夜襲に、今頃眠くて仕方ない商人を一気に覚醒させた事だろう。

マルテ > 商人は元より、あまり商売に慣れた様子ではなかった。普段であればこんな時間に運んだりしないのに、などと愚痴を零していた記憶がある。
――彼が護衛を引き連れて居ないのは昼間、普段通る道であるから。
慣れた道であるのに態々護衛を雇う金を使うのは口惜しい。
そんな理由で護衛費用を削減した。もっとも、急な呼び出しであった為に雇っている時間も無かったのだが。

静かに荷馬車が進む音が絶えず聞こえてくる。それ以上の音など少しの間までありはしなかった。
平和ボケした商人は気にせず馬を走らせていたが、不意に回り込むように後方から現れた馬に道を塞がれ、止まれという声を聞いて意識を覚醒したらしい。
――それ以前にマルテは後方から迫る影には気付いていた。
だが、冒険者かと思ったのだ。この街道は深夜であっても歩く者はいる、馬を使っているのなら猶更。
もっとも、それはマルテの見聞きした知識ではなく、摘まんだ程度の知識でしかない。

"な、なんじゃお前さんは…。"と、帽子を被った老人の商人は慌てて馬を止めて問い返す。
周囲に他の取り巻きでも居たのなら真っ先に危険な盗賊であると、この老人でも気付いただろうが、平和ボケした彼には一瞬何か因縁でも付けられたのかと困惑するだけに終わっていた。

(え、と、止められた……?)

慌てたのはマルテも同じである。
忍び込む際に馬車の様子を軽く見てはいるのだが、突然呼び止められるような妙な品物やデザインはしていなかったように思う。
ではなんで止められた?――嫌な予感が彼女の中に生まれつつあった。そしてその感覚はつい最近と同じ感覚。
音を立てないように横に置いた銀色の重いハンマーの柄を両手で掴む。
吸血鬼であれば効力が発揮され戦うに事足りる力を得られる筈だが――それが無い。
もし戦いになったらマルテには一分の勝ち目もない。緊張に手汗を握り、声の行く末を聞いている事しか出来ずにいた。
そんな中、商人は"うちはただの行商じゃぞ、変な物は運んでおらん。通してくれんかのぉ"白髭を掻きながら、馬車の運転席に腰掛けてそんな呑気な言葉を発していた。

レイアード > 狼狽える商人を後目に、闇夜より現れし青年は鞘から鋭い金属音を立てて勢いよく己の剣を抜刀。蒼白の光を漂わせる、冷気を纏った剣を何の罪もない商人へ向け、眉間に皺を寄せた。

「お前の素性や商売なんて聞いていない。黙って俺の指示に従えば、何事もなく通してやる」

攻撃的な態度で老人を威圧する青年は、剣先で老人の後方…荷馬車を指し示す。武装した見知らぬ青年の、むき出しの敵意から流石の老人も、己の身が危険な状況に曝されている事は本能で理解できよう。

「有り金をすべて置いて行け。次に食糧…二度は言わんぞ、死にたくなければすぐに置いて消えろっ!」

死にたくなければ――そんな物騒な脅し文句を凄みながら言い放つ青年は、向けた剣を引き、馬を数歩退かせる。きっと、狼狽えてスムーズな返答が期待できない商人に対し「10、9…」とカウントダウンを始める。

彼が「0」と言い終える頃に商人が行動に移らなければ、きっと目の前の商人の首を跳ねん勢いで襲い掛かる事だろう。荷馬車から物資を取り出そうものなら、貴女が潜んでいる事が改めて発覚する危険もある。

マルテ > "なんじゃと……?お、お主まさか…!"漸く老人も理解する、この危険な状態に。
しかし剣を抜いた男の前に慌てふためく老人は、すぐに動ける筈がない。危険感知能力に長けた若者であれば、こうはならなかっただろうが。
剥き出しになった敵意をカウントダウンを始める男を前に慌てて馬車から逃れようとするが、当然老人の動きは鈍く、戦闘慣れしていない彼にこの状況の最善策などすぐに浮かんでくる筈もない。
"と、盗賊……!ひ、ひぃ…!"、そんな情けない声をあげて、カウントダウンがゼロになると同時に、僅かに残った反射神経で襲い掛かる方向から逃れる事になるだろう。

(ダメだ…これじゃまた、同じことの……!)

どの道。
このまま老人が殺されても殺されなくてもマルテに逃れる術はない。
彼が殺された後でこの場所が物色されるか、逃げて物色されるか、遅いか早いかの違いでしかない。
なら腹を括るべきである。どうせ本当なら死んでいた命なのだから。

考えてからの行動は早かった。荷物に掛かった布を、立ち上がる勢いに任せて一気に前方に押し上げた。
もし荷馬車を襲った者が転げ落ちた老人の傍に近寄ったままでいるならその布を正面から被ることになり、視界を一時的に奪われる事になるかもしれない。
但し、所詮はただの布。刃物で切り裂けば容易く切れるし、多少絡まったところで重量の邪魔にもならないだろうが。

「お爺さん逃げて!!」

それでも立ち上がり、片手で巨大ハンマーの柄を握りしめて叫ぶくらいの隙はあっただろうか。
例えそのまま俊敏に反応されたとしても、マルテは老人に逃げるように促す事に変わりはない。
――もし布を退け、あるいは回避した男が老人から視線を外して荷馬車の方を見たならそこには銀色の巨大なハンマーの柄を握りしめた、金髪の少女の姿が映るだろうか。もっともその首には効力を失った首輪が付けられ、二の腕には明らかな奴隷の印が記されノースリーブの衣服の為に隠されていない姿が晒される。右目には縦に刃物で切り裂かれたような痕が残っているが、その薄緑色の僅かに濁った瞳は健在である。

レイアード > ようやく事態を理解した商人の平和ボケした様子に、騎士くずれの青年はやや神経を逆撫でされる。

「0…遅かったな!死ね…っ…!!」

青年の刃に躊躇はなかった。手綱を引き、馬が鳴けば高く飛び上がり、商人の首を跳ねんと冷気を纏った剣を振るうが…

「…っな…!?貴様…!」

想定すらしていなかった、青年視点では、護衛にあたる存在と認識できる貴女の突飛な行動により、青年は商人の首を跳ねる事はかなわず、纏わり付いた布を力任せに己から引き剥がす。

「……ちっ……」

青年は、布を放り投げて視界を取り戻せば、巨大なハンマーを握りしめる少女を馬上から睨みつける。商人との関連性は知らないが、己の略奪行為を阻害したと言うだけで、目の仇にするには十分過ぎる程の存在だった。

まともに冒険者稼業を営んでいるとは思えぬ出で立ちをした少女の、二の腕や首輪を見れば、少女の正面を向くよう馬を方向転換して冷気を纏う剣を構えた。

「なかなか献身的な奴隷だな…女。…目障りだ」

少女がどのような経緯で武装しており、老人と同行していたのかは知らない。青年視点では、少なくとも彼女と老人が何らかの関係があるように見えた。

……それだけで十分だったのだ。青年が、少女に危害を加える動機は。

「爺は後回しにしてやる!まずはお前だ!女!!」

馬が荒々しく啼き、男が冷気を纏う剣を振るえばその場で勢いよくターン。距離を取り、一直線に少女めがけ突進。
彼の冷徹さを象徴する、冷気を纏った剣を疾駆の勢いに任せて少女めがけて力強く振るうだろう。

マルテ > 何とか命を繋いだ老人商人。
目の前では布が青年の体に纏わりつき、視界を僅かに妨害していた。
だが大した時間稼ぎにはならず、すぐに布など引きはがされる。
突然の事に目を白黒させている老人から、己へと視線が向けば背筋に悪寒が走った。

(相手は吸血鬼じゃない、私じゃどうやったって勝ち目はないけど…でも、せめて少しでも時間が稼げれば…!)

両脚が震えるのを感じる。吸血鬼との戦闘経験しかないマルテにはそれ以外の戦闘は圧倒的に不向きである。
絶対的な死の予感を前に両足の震えは止まる事はない。
――老人は突拍子もない出来事が連続で起きて戸惑っていたが、マルテの叫びに我に返ったのだろう。
慌てて立ち上がり、王都の方へと走り去って行こうとするが老人だけにその足の動きは鈍い。すぐに距離を離すとはいかないだろう。

「わ、私が……相手になる…から!」

老人との繋がりなど皆無だが、これ以上目の前で無為に命が散らされる光景など見たくはなかった。
吸血鬼を殺すという目標はここで途絶えてしまうが――せめて最期に人を救えるのなら、それもまた自らへの救いだった。
冷気を纏った剣のようなものが煌めく。あの刃で斬られたら一溜りもないだろう。
ならせめて一撃与えて動きを封じ込める。この重量のハンマーならばどれだけ鎧を着こんでいようと怯まざるを得ない筈だ。

「う、く、わああぁぁっ!」

荷馬車の上で左足を前に踏み出し、渾身の力を籠めて重量過多のハンマーを持ち上げ、全体重を斜め前方へと掛けた。
倒れるようにしてハンマーを正面へ横薙ぎに振るうという、多少でも戦いに心得がある者ならば絶対にやらないであろう捨て身の攻撃。
目を強く瞑り、武器の重量に振り回される姿も含めて何もかもが素人同然だが、皮のカバーで包まれたハンマーの重みは荷馬車が激しく音を立てて軋んでいる事から本物であることは伝わるかもしれない。
仮に一撃入れたとしても、外したとしてもマルテは相手の攻撃による致命傷は避けられまい。

レイアード > 奴隷の身である少女がそこまでして何故商人を守るのか、青年には甚だ理解しかねた。半ば捨て身の行動に、青年も驚きを隠せず、商人を逃がし、少女に抵抗する準備を与えてしまう。

(こいつ…何者だ?…いいや、たかが奴隷だ…どうとでもしれやれる…)

恐怖か、不安か。両脚の震えを隠せない少女を、馬上から睨む。…一方、一目散に逃げて行く商人は、後ろ姿を見送るしかなかったが、青年のこだわりはあくまで奪うべき物資。老人そのものではない。

荷馬車で待ち構える少女に、青年は躊躇なく突撃する。少女の捨て身の迎撃に躊躇する様子はなく、少女のスイングが先か。己の斬撃が先か。…そんな危なっかしい攻防が、主の消えた荷馬車にて繰り広げられる。

「……っが…っ…!?…っぐふぅ…っ!?」

少女に一撃を浴びせる事はかなった。…しかし、少女の捨て身の抵抗は効果を成したように見える。…青年は肩当てへハンマーによる打撃を受け、馬上から盛大に吹き飛び、転げ落ちた。

凄まじい重圧を込めた衝撃に顔を歪めながらも、青年は受け身を取り、その場で口笛を吹いて馬を退かせる。剣を勢いよく地に突き立てれば、女を鋭い目で睨んだ。

「女……やってくれたな…!!!」

剣を杖代わりに、すみやかに起き上がれば勢いよく剣を引き抜く。肩部に受けた痛みに堪えながら、少女めがけて駆けつけ、剣一本による白兵戦を仕掛ける。

落馬こそしたが、曲がりなりにも戦闘の礎は過去に身に着けていた。得物の重みで迎撃する態勢の少女には、素早く飛び込み、荷馬車の上から叩き落さん勢いで凍て付く刃を振るう。

マルテ > 「あぐっ!」

腕を振るった事で右二の腕に刃が深く突き刺さったが同時にハンマーの一撃が成立。
そのまま切り落とされる事こそなかったが激痛と、溢れ出た鮮血が飛び散った。
さらに言えばその一撃が最初で最後の一撃、重量を抑えきれずハンマーに振り回され、バランスを大きく崩す事になった。
どうにか両脚に力を籠め、踏ん張る事には成功したが、ハンマーの槌は馬車の一部に減り込んですぐに動かせそうにない。
――だが、時間稼ぎは、確実に成功していたようだ。
男は大きく馬から振り落とされ、老人の姿は既に目視で見えない程まで遠ざかっている。

(痛い…けど、護れた…。)

再び誰かを死なせる結末にはならなかった。それだけは確実に少女に救いを与えていた。
――死が間近にあるにも関わらず、安堵した笑みを浮かべて気を緩めたところで、視線に気付き身を凍り付かせる。
彼はまだ戦意を折っていない。吸血鬼であれば、今の一撃は致命傷だったのだろうがさすがに人間には通じない事を思い知らされる。

残った気力を振り絞って巨大ハンマーの柄を握りしめるが渾身の一撃に使われた力はもう、発揮する事が出来ないらしい。
素早く荷馬車に飛び込んできた青年の剣撃を避ける事など出来ない。
凍て付いた刃は容易く少女の胸元を引き裂いた――防ぐのではなく、後方へ避けようとした結果深く切り裂かれる事はなかったが、震えて力が入りきらない足はバランスなど保てはせず、あっさりと荷馬車の後方へと叩き落された。

「ぁ゛……っ!」

背中に叩き付けられた衝撃で肺から酸素が限界まで吐き出された。切り裂かれた胸元には傷は入らなかったものの、ノースリーブの衣服が破れ、僅かに胸元が晒される。
注視すれば心臓を一度貫かれたような傷痕が見えるかもしれないが、特に見もしなければ気付く事もないだろう。
ハンマーの柄からはあっさりと手が離れ、荷馬車にはハンマーだけが残る事になる。
瞼を大きく見開き、痛みに耐えるように瞼を再び閉じるが即座に立ち上がる力もないらしい。
――少なくとも体力においては一般人のそれよりも低い。
この抵抗が行えただけでも充分な成果だった。

(いつも他の子が戦ってたから…こんな戦いを皆、してたんだ…。)

素人である事を思い知らされたが、その素人なりに瞬殺されなかっただけよかったと、苦しげな表情を浮かべつつも内心で安堵の吐息を零した。

レイアード > 「…っはぁ…はぁ…はぁ…」

己は生身の人間だが、今や誰に頼る事も許されないどん底をはい回る身と言う点ではどこか共通するかもしれない。少女が奴隷の身の上で何故此処まで必死になるのか分からなかったが、青年がそれを理解する必要はなかった。

もう、己がはじめに狙った商人の姿は見当たらない。売り物すらない己の身一つで何が出来ようか。

「…ふんっ…くだらん…ッ…」

気に食わない。何故この少女はそこまでして身を挺して立ちはだかったのか。謂れのない怒りを込めた斬撃は、深々と命中することはなかったが、少女を叩き落とす事には成功する。

致命打を与えた筈だが、妙に打たれ強い。未だ死んでいる様子を見せない、傷を負った少女のもとへ、青年は執念深い視線で駆け付ければ、そのまま丸腰となった少女を無理やり押さえつけようとする。

「…っ!!…この女!!!」

もしも貴女が抵抗出来ず、青年の力量に成すがままにされるなら、怒り狂う青年によって乱暴に衣服を引っ張り、破かれるだろう。その時はじめて、貴女の繊細な肢体に刻みつけられた傷、中でも心臓を貫かれたかのような傷跡を青年は目の当たりにするのかもしれない。

マルテ > 「痛……ぅ。」

鈍痛が体を苛む。
以前も地面に叩き伏せられたり心臓を貫かれたり散々ではあったが、多少でも出来なかった事が出来たのは不幸中の幸いだった。
このまま斬り伏せられるのなら、それもまぁ仕方がない事だろう。

(死ぬのは、怖い……。)

以前は絶望に苛まれていたから考える余地もなかったが、今回はそうではない。
死についてゆっくり考える時間がある。
それは幸いというべきか不幸と言うべきなのか――。

「あ…ッ!?……ひ…っ!」

抵抗力を失った少女は、押さえ付ける青年から逃れようと身を捩るが、切り裂かれた二の腕から血が流れ、暴れれば痛みを伴う。
さらに通常の人間よりも体力も力の無い少女は男を追い払う事などもとより出来はしない。
――死以上におぞましいのは、青年の手によってノースリーブのシャツが切り裂かれた切れ目から引き裂かれた事だ。
淫魔の血と吸血鬼の血を流しこまれた肉体は細身にしては発育の良い胸となり、白い月光の元に素肌を晒す事になる。
ともすれば、胸の間に生々しく残った、鋭利な刃で貫かれたような痕跡が残っているのが彼の視界に晒されるだろうか。
マルテは、それ以上に恐れたのは自らが殺される、では済まない事だ。
――性奴隷として価値が無くなった頃から久しく忘れていた恐怖。目を見開いて咄嗟に激しく身を捩るがそれでは退ける事は、きっとできない。

レイアード > 「……!!…お前…っ…!?…この傷……人間じゃない…っ」

露わとなった、少女の体格に反して妙に育ちのいい胸。…そしてその間に残る、刃物で刺突を受けたかのような生々しい傷跡。…青年は傷だらけの少女の生命力に、未だ合点がいかない様子で「信じられん…」と一言零した。

「おい」

青年は、乱暴に少女の頭のすぐ近くの地面へ脅すようにしてグサリと剣を突き立てれば、少女の首筋からすぅ と手を這わせ、少女の乳房に触れれば、きゅ…と強く揉み、少女を睨んだ。

「あの爺の護衛か、それとも慰み者として飼われていたのかは知らんが、無駄だったな…。…お前が身代わりになって助けた爺が、無一文で王都に辿り着いたところで…何かが変わるとでも思ったか」

未だ根に持っているのか、青年は低い声調で少女へ声をかけるたび、己の成すがまま少女の胸の感触を味わう事のみを考えて、容赦なく右手に力を込めて少女の左胸を強く揉む。

マルテ > 「ぅ……、わ、私は……人間、だから……!」

肉体を男性の前に晒される恐怖。
しかし、傷痕を見た後に『人間ではない』という言葉を耳にすると、否定するように怯えた瞳ながらも見据え返す。
――何故生きているのか理由は知らない。だが、魔族の血を混ぜられた事である程度の治癒能力を得た可能性は否定できない。
もっともそれを少女が知る由もまたないのだが。

「ひぁっ!?……あ、うぐ…っ!」

顔の真横へと剣が突き立てられれば、先程の蛮勇は消えて怯えた少女の表情へと戻った。
悲鳴をあげるも、首筋から手が這うとそのまま、発育の良い乳房へ強く指が食い込めば痛みから瞼を強く瞑った。
逃れるように何度も身を捩ろうとしたり、脚を暴れさせたりはするが、それ以上の抵抗にはなりえない。

「ち、が……私は勝手に乗ってただけ……あ、あなたみたいな人に、殺されたくなかったから…!生きてれば、何か変わる事だって――…痛っ、ゃ…ッ……ん゛っ……く…嫌ぁっ…!」

悉くにして青年の言葉を否定し続ける。
しかしながら、乳房への指が沈み、さらに左胸も同様に揉まれたなら玩具のようにその形を変えられる痛みと、過去に性奴隷としての扱いを受けていた恐怖を思い出し、顔を左右に激しく振るう。
その影響で髪が降り乱れるが、髪が砂に絡まって巻き上げるだけで抵抗らしい抵抗とはなり得る様子がない。
唯一動く左手を伸ばして、胸を揉むどちらかの手を阻害しようとするが、振り払われようが掴まれたままだろうが、どちらにせよ少女よりも弱弱しい力では何の妨げにもならないか。

レイアード > 少女が、恐怖しながら己へ返した言葉には、青年は黙したまま睨み返すのみ。少女の異能を知る力も、異能を排除しようとする思想がある訳ではない。
魔族と知れば容赦なく殺される―目の前の少女はそんな風に怯えているんだろうか、と青年は憐れむような、蔑むような、半ば脱力した目つきで少女の顔を見つめる。

「そうか」

興味なさげに一言返せば、青年は暴れる少女に構わず、柔らかくきめ細やかな少女の胸を執拗に苛み続ける。少女に惹かれたつもりはないが、気が付けば少女を押し倒し、裸体を曝させた上弄び始めていた。
今となってはもやや、やりたい放題となった少女を目の前にして、暗がりの中で生きる己を慰める事しか頭にない。

「……そうか…お前はそんな身の上で、あの爺の馬車をタダ乗りしていたワケだな…!」

しばらく少女の肌触りを堪能していたが、青年はふと手を止める。少女が何故商人の荷馬車に居たのか、そして少女が何を思って商人を助けようとしたのか―

「生きていれば?……ッ…ハハハハハ…。…笑わせるな…っ」

それらが全て明らかになった後、青年は乾ききった空虚な笑い声をあげた。
……が、程なくして凄味のある怒りに満ちた険しい目付で少女を見つめ、少女が伸ばす左手を力任せに払いのける。

「…生きていれば?だと…?お前が、今こうして俺に犯されるように、あの爺も俺から逃げたところで野垂れ死にするだけだ…!!!」

少女の左胸の頂へ手を伸ばし、色味も感触も異なる乳首をきゅぅ と親指と人差し指で強くつまみ、指の腹でぐりぐりと執拗に責めたてる。

マルテ > 青年と少女の間では認識が食い違っているかもしれないが、それを知る術はない。
憐れむような視線を向けられようとも、それは死に対する怯えではなく――凌辱される事への恐れなのだから。
反論に対して醒めた青年の声は、尚の事少女への恐怖を募らせる。

「や……ぅ゛っ…んッ……はぁ…ッ!や、だ……!」

醒めた声と裏腹に、乳房を執拗に責めたてる青年の手。混血故に感度が強化されてしまっている為にその乱暴な揉み込みはやがて少女に熱を灯し始めた。
果たして効力が出ているのか否か、自覚があるにしろないにしろ――少女には僅かだが淫魔の魅了の能力が備わっている。自らで操る事の出来ない力であり効力も微々たるものだが、少なくとも少女に対して意識せずに情欲が働いているのなら、少なからず魅了の効果が出てしまっているのかもしれない。

「は…ぁ゛…っ……そ、それは…。」

さすがにそればかりは反論できない。
奴隷だった身で一夜にして『処分』され、放り出されてしまった。
この体の傷では身売りも叶わないし、そもそもしたくはないが――それ以外に職業に就く術も失われていた。
目的の為とは言え本当に申し訳ないと思ってはいるものの、だからこそあの場で逃げ出していたらさらなる後悔を募らせただろう。
もっともどちらが楽だったのか、今となってはもう判断のしようもないのだが。
――そこで不意に男の手が止まり、強く閉じていた瞼を僅かに開く。
霞んだ瞳は潤み、頬が微かに上気している。一度は調教を受けた身で、快楽に対する耐性は間違いなく低い。
それに血の効果が加われば――強姦だとしても肉体が反応しない筈はなかった。

「あうっ……な…?!」

『笑わせるな』と、一言の後に腕を払いのけられた。
急に上がった乾いた笑いに戸惑いを隠せない。
何よりその直後に向けられた怒りに染まった鋭い目つきに、目を見開いて身を硬直させ、背筋が冷めるのを感じた。

「だ…だからって、あのまま見過ごす理由にはならない……ひ゛、ぁ゛…ッ?!やめ…痛……ぅ゛ぅ゛……ッ!」

左胸を揉む手が、胸の頂きへと強く摘みあげる。指の腹で押しつけながら力強い抓りは痛みを与え、耐えるように身を屈ませようと背が浮く。
再び瞼を強く瞑り首を左右に振る。
――何故今一気に彼が怒りの表情を見せたのか、少女には何より、その理由がわからなかったが問い質すだけの余裕も今はなかった。