2023/07/15 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にリコッタさんが現れました。
リコッタ > 「どうしよう……」

街中で『呪い』が発現してしまい飛び込んだ裏路地。
そのまま人の少ない方へと移動し、人通りが少なくなるのを待っていたら、すっかり日が暮れてしまった。

「できれば誰にも会いませんように……」

さすがにそろそろ戻らねばまずい。
一見すればミレー族にしか見えない獣耳を目立たないように伏せながら、家へ帰ろうと道を急ぐ。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にフュリアスさんが現れました。
フュリアス > 己のナワバリである薄暗い裏路地に、何者かが立ち入ってくる。
闇の中で過ごす事が大半の己にとっては、気配を察知する事など容易い。

この間は野良犬たちと共存していた場を荒らされた事で元いたナワバリを手放してしまった。
今度も、ホームレスや乞食がナワバリに踏み入って来たなら実力行使か威嚇で追い返そう。
そんな算段で物陰から、ちらと覗き見ると視界に留まったのは学生服の少女。

どう考えてもこんな場所にいるのは不釣り合いな存在。
だが、こんな死の危険さえ満ちている場所にやってくるのは後ろめたい何かがあってのものだろう。

幼い外見に惑わされず、追い返すつもりで足音を消しながら、そっと少女のもとまで近づき。

「…………オォイ」

ぬぅ と真横からドスの効いた声で少女に囁くのは、姫カットの長髪のひどい猫背の男性。
後ろ姿を見れば女と見紛うかもしれないが、色白の顔には無数の傷があり、歯も不揃いで異様に鋭く
目にクマが出来た三白眼の銀の瞳はミレー族や獣人以上に”バケモノ”と呼ぶにふさわしいだろう。

「オマエ……こんなとこで暮らしてる面構えじゃねぇなァ……。……マジで帰れなくなる前に失せろッ」

猫背になった男は、目線はほぼ同じ高さで白い顔をぬぅ と覗かせながら脅迫まがいで告げる。
何度も顎で表通りの方向をクイックイッと指し示しては、カチカチと不揃いな歯を鳴らして威嚇する。

リコッタ > 「ひっ!?」

この状態だと鼻が利くリコッタだが、決して清潔とは言えない貧民地区では、その鋭い嗅覚は不利に働く。
横合いから突然出現した存在に悲鳴を上げ、驚きのあまり足をもつれさせて転倒してしまう。
どう見ても一般人。それも戦いとは無縁の輩に見えた。

貴族服ではないが上等な仕立て。
おそらく良い家の出身なのだろう。
しかし、倒れて少し捲れたスカートからは、ふさふさの尻尾が飛び出していた。

「あ……ぁ、す、すいま、せん……すいません……」

荒事に慣れない少女はあなたの威嚇に完全に気勢を失っていたが、表通りの方を示されると途端に困惑する。

「あの……ここから、すぐ、離れますから……。
ただ、その……ぁ、そ、そっちの道から……」

そう言って駆け出そうとするのは、表の道よりも人気のない路地だ。

フュリアス > 己の目論見通り、裏路地に迷い込んだ少女は戦いにも縁のない一般人だったようだ。
いともたやすく恐怖し、転んでしまう少女を気だるそうに見下ろす男は、手を差し伸べる事もなく
じーっと見つめ、招かれざる客が立ち上がってテリトリーから去るのを待っている。
あんまり見るのは良くないが、捲れたスカートから何かが覗くのを男は見逃さなかった。
……ミレー族 なのだろうか?

この頃、ミレー族を取り巻く後ろ暗い事情から身を隠したのかと察した男は、脅威なしとみなした
少女を相変わらず不愛想な表情で見下ろしながら。

「……アァ……オマエ、そういう事か……。苦労が絶えねぇよなァ……」

ミレー族には同情こそする。……実際はミレー族ではなく獣人だったり魔族である可能性もあるが、
少なくとも危害を加えて来ないならこちらも襲ったりする気はない。
……助けてやろうとも、そこまで思わないが。

「オゥ。早く失せるんだよッ。オマエ、野郎に襲われたら終わり……」

その場を去ろうとする少女は聞き分けが良く、このまま何事もなく終わるならよし。
……そう思っていたが、よりによって己が示した通りとは逆の方向へ。

「オイ……。……オイッ」

苛立ちを隠せず、乱暴と思いながらも少女の手首を掴んで止めようと。
無理矢理表通りに投げ出す真似はしないが、こっちだろ と少女が向かおうとする方向とは逆方向へ
腕を軽く引っ張り、行くなと言わんばかりに。

「帰りてェんじゃねーのかオマエッ。事情は知らねェが、オマエみてぇなのが通れる場所じゃねぇっつーんだよッ」

少女がわざとそうしていると受け止めた男は、顔に青筋を浮かべて行かせるまいと。
良心で警告しているのもあるが、仲良くなった野良猫たちが過ごしているテリトリーに足を踏み入れて欲しくないのが本音。

リコッタ > 「え?…………ぁ……」

尻尾に向かう視線から、勘違いされたことに気付く。
一瞬顔が青ざめるが……どうやら、衛兵を呼ばれるようなことはないようだ。
ならば勘違いを解く必要はないだろう。
苦労が絶えないのは確かなのだし。

「あ、は、はい……ありがとうございます……」

どうやら見た目ほど怖い人ではなさそうだ、と軽くホコリを払って踵を返そうとしたのだが。
後ろから手首を掴まれ、全身の毛とともに、獣耳がピンと逆立った。

「ひっ……は、離して……ください……っ」

体格は明らかに下。ろくに鍛えたこともなさそうな細腕は、どう頑張ってもあなたの手を振り払えそうにはなかったが。

ぶんっ、と。

彼女がパニックのままに振り回した腕は、まるで熊のような膂力であなたを振り回した。
もしずっと掴み続けていたら、狭い路地の壁に叩き付けられてしまうかも知れない。

「ひ、人のいる道は……嫌……なん、ですっ……。
……ぁ、あなたも、離れて、ください……怪我、させちゃう……!」

今ので精神が昂ったのか、ふーっ、ふーっ、と興奮した獣のように息遣いが荒い。

フュリアス > 自身も人間とは程遠い、異物同然の存在。
それ故に迫害され、肩身の狭い者には多少なり同情する思いもあった。
とやかく詮索しようともせず、変わらず己に恐怖心を示す少女に礼を言われればつーんとした表情で視線を逸らす。

「離して じゃねェ。オレの言ってる事理解し……」

相手はか弱い少女。あまりに聞き分けが悪いなら、多少怖い思いをさせてでも……
その方が彼女の為でもある。そう思いドスの効いた声で再び威嚇しようとするが……

「……イ"ッ"!!??」

掴んだ少女の腕。あまりに華奢で、乱暴に扱えば折れるのではないか……。
そんな遠慮も抱きながらも、こちらも最後通告として無理矢理つまみだそうとした時。
想像を絶する力で己の腕どころか全身を持っていかれ、裏路地のボロい土壁に叩き付けられれば
山積みになった木箱やらゴミ袋へぶつけられ、生ゴミやガラクタを舞い上がらせてひっくり返る。

「……オォォォォイ、テメェェ……」

ド派手にひっくり返った男は、軽やかな身のこなしでぴょんと立ち上がれば、露骨に苛立ちを
露わにした様子でカチカチと歯を鳴らす。

黒い外套の中から、小さく湾曲したギラギラと光るナイフを手に、激しく睨みつける。
頬に負った傷を指でなぞり、擦り傷から血が滲んだのを見れば、ピンと血のついた指を立てて

「もう、してるんだよォ!」

意図はしていなかったが、自らの呼びかけの仕方がまずかったか無力と思われた少女を
むしろ凶暴化させてしまう。

内心、このような暴威を誇るならコソコソする必要など無いのではないかと訝しみながら、
半魔ゆえの身体能力で跳躍、壁をキックして跳ね返って少女の行く先に立ちはだかろう。

シュッシュッと軽やかにナイフを軽く振り、戦闘態勢を示して。
こんなに暴れん坊なら、なおさら行った先で荒事を起こされればナワバリが荒れる事待ったなしだ。

リコッタ > 「…………ぁ………………」

やってしまった、と目を見開く。
が、すぐに立ち上がって自分の行く手を塞がれると、別の意味で驚愕した。

「ご、ごめんなさい……でも……で、でも……っ」

獣の呪いが、完全に目覚めてしまった。
暗がりの中で少女の金色の瞳がギラギラと妖しい光を宿す。
夜道とはいえ、表通りとなれば無人では済まない。
そんな中、今の状態で出て行けばどうなるか。

…………だめ、行けない。

「わざとじゃ、ない……わざとじゃ、ないんです……っ。
お願い、通してっ……わたしのこと、放って、おいて……!」

ぐっと体勢を低くして、腰溜めの姿勢となる。
そのまま地を這うように地面を蹴れば、あなたの脇を猛スピードで駆け抜けようとする。

そちらが軽業のような身のこなしであるなら、こちらは野生の獣そのもの。
その動きは熟練された戦士のものではなく、呪いによって呼び起こされた『本能』に準じたものだ。

フュリアス > 思わぬ形で刃を抜く事になってしまった。
過去の仕事柄、無抵抗の幼子が標的となる事もあったので男に躊躇いはない。
……誰からも頼まれた仕事ではないのだが。

「ゴメンで済めば、使い物にならねェ騎士共なんざ要らねェよなァ……」

ナイフを持つ手を引っ込め、急所を探るような目つきでキッと睨みつける。
アウトローな己とは異なる倫理観でわざわざ表通りを避けて行こうとする魂胆の少女。
実力でねじ伏せればいいのに などと言い聞かせてももはや聞く耳はなさそうだ。

「……知らねェなァ。……オマエが、ケダモノになって乞食や騎士を何人
 ぶっ殺してもちっとも困らねぇけど、こっちはなァ……ッ!!!」

あの膂力なら、大型の獣並みの瞬発力は覚悟すべきだ。
曲がりなりにも魔の血を汲む己なら追い付きは出来る……。そう思って睨み合い、ナイフを構えたまま
向かってくる少女に刃を突き立てようと進行方向に合わさるよう、真横へ瞬時に滑り込むが……

「……ギェッ!!!」

急所にナイフを突き立てるには至らなかった。そのまま掠めた己の身体はまたしても吹き飛ばされ、
鈍い音を立てて頭を打ち付けて蹲る。
向こうも生死を賭けるような執念の持ち主のようだ。力では打ち負かされ、少女の猛進を許してしまう。

「ックソ……!行くなッッッ!!!」

咄嗟の判断で、男は懐から小瓶を取り出せば少女めがけて投擲。
神経に作用する毒薬入りの瓶を当てて、上手く命中させられたなら動きを鈍らせようと。
少女程ではないが、やはり人間とは一線を画する身体能力で投げつけられる小瓶は高速で直進していく。
外れた場合を見越して、次の手を見据えて男は壁を蹴って跳躍。建物から少女の逃げる先を見下ろせる位置取りへ。

正面からの制止を諦めた形でもある、殺しに用いる小細工と小技主体のスタイルに。

リコッタ > 「い、いや……わたし、は……」

暗闇に一瞬光るナイフに戦いとは無縁の少女は一瞬怯むが。
もはや体を支配していると言っても過言ではない本能は、そのナイフを紙一重で避けるようにして、あなたの身体を弾き飛ばす。

響く鈍い音。もし相手が魔族交じりの存在でなかったのなら、既に重傷を負わせていたかも知れない。

「あっ」

その事実が、少女の脚を鈍らせる。
愚かにも安否を確認しようと足を止めてしまい。

そこに、毒の小瓶が飛来した。
反射的に腕を振るって打ち払おうとしたものの、小瓶は砕け、右腕がそれを浴びてしまう。
どうやら毒物への抵抗力も猛獣並みに上がっているようで、すぐさま倒れるような様子はないが。
直接毒を浴びてしまった腕はだらりと力なく下がった。

「…………ひ、ぃ、やめ、やめて……もうやだよ……たす、けて……」

少女の顔が恐怖に引き吊る。
だが、1つだけ状況が変わったとすれば。
道を塞ぐ相手を抜けたことで、入り組んだ路地をどう進むかが自由に選択できるようになったことだろうか。

元から戦う意思のない少女は不自由な右腕を抱えるように、あなたから距離を取るよう逃走を始めている。
それなら、ナワバリから遠ざけるようルートを誘導することは造作もないだろう。

フュリアス > 想像を上回る強者。
よりによって、本人にそのつもりは無くとも無力を装っているのだから殊更たちが悪い。

闇の中に紛れて対象を絶命させる、闇討ちを主とする者にとって、正面から相対した時点で7割以上は負けと言って差し支えない。
限られた手で、確実な機を伺い絶命に至らしめるのが主である己の弱みが明らかになった形でもある。

「ッ……っツゥゥゥ……。あの女ァ……ッ」

殺意を仄めかしたにも関わらず腕っぷしで退ける程の手練。
にもかかわらず殺意と紙一重ながらも害意や悪意は感じられない防御的な様相。
本気で人を殺める世界の住人でないのは半ば直感で理解していた。

……だが、それ故の一般人が持ちうる情念が隙を生む事になる。

「……よぉしッ」

建物から見下ろすと、少女が右腕を抱えて不安定な態勢のまま逃げ出そうとするのが視界に留まる。
入り組んだ道の中、少女がどちらへ進むべきか迷っていると、頭上から数本のナイフが飛来しては路面へ突き刺さる。
直撃すれば流石に獣の膂力を得た少女でも流血は免れなかったであろう鋭利で凶悪な輝きを放つナイフの数々。

それらは、ある一方向の通路に並べて通行止めと言わんばかりに突き立てられていた。

「……この先だけは、通行止めだぜェ。オマエの家じゃなく、地獄に繋がってるからなァ」

少女の頭上から聞こえてくる、男のドスの効いた声。
言い換えれば、此処にさえ立ち入らないならばあとは好きにしろ とでも言わんばかりに。
この先が彼のナワバリらしい。
少女が従うのであれば、二度と迷い込むな のケチをつけるに留まるだろう。

リコッタ > 使い方をわかっていない力、というのは存外厄介なものなのかも知れない。
戦士のような駆け引きや、本物の獣のような野生の知恵もなく。
ただがむしゃらに、自分の行動が引き起こす結果すら考えることなく振るわれるのだから。

今回は、それが功を奏した形なのだろう。
運も悪くなかった。……けれど、形勢は完全に不利に傾いていた。

「きゃ……っ!?」

刃が行く手を阻めば、声を掛けられるまでもなく別の道へとすぐさま踵を返す。
そうしてから降り掛かる声に気付くと、耳をピンと立てて恐る恐る首を上げた。

「こ、こっちには……行きません。もう、二度と、近寄りも……しませんから……」

必死に頷く少女の目元には涙が溜まっていた。
言われるがままに、あなたのナワバリの逆方向へと一目散に逃げていく……かと思えば、何故か立ち止まっておずおずと振り返った。

「え、っと、頬っぺた、と頭……あと、いろいろ……す、すみません、でした……」

ポシェットから取り出した何かを路地の床に置くと、今度こそ背中を向けて路地の奥へと消えていく。
あとで確認すれば、それは5枚の銀貨だった。おそらく慰謝料、ということなのだろう。

フュリアス > 素直に案内でもしてやれば良かったのかもしれないが、闇に潜んで生きる者がそんな良心の持ち主である事は稀だ。
しかし、ほぼすべての悪漢は彼女を張り倒そうとしても未遂に終わり、下手をすれば命を落とすに違いない。

どんな強敵であっても死守すべきテリトリーがあった為、男は執拗とも呼べる程に少女を追い詰めた。
それも、大人しく少女が遠ざかる様子を目の当たりにすれば鳴りを潜めた様子で。建物の屋上からけだるそうに見下ろすに留まって。

「オウ……ついでに、次にオマエ見かけても助けねェし……ブチ犯されそうになっちまえば、
 オレにしたような滅茶苦茶してりゃひとまずは無事で帰れるだろうよッ」

そのまま、少女が異なる方向へ歩むのを見れば

「オマエ、殺し……センスあるぜェ」

あまりの暴威を身体で味わった男は、再び脅威でなくなった少女に先の身体能力を褒め称えてあんまりな言葉を贈る。
恐らく、全く喜ばれないだろう。
謝罪の言葉には、ぼへーっと気だるそうな表情でじっと見下ろすだけで、無言で「さっさと行け」と言わんばかりに。

そのまま闇夜にフェードアウトしていく後ろ姿を見れば、ようやく地上に飛び降りる。
そっと光る何かを見つけると、怪訝そうに見つめ、拾い上げる。

「…………ア"?何で……??」

山賊が通行料を請求するような行為と結果的に同じような行動をしてしまったと悟れば、ばつが悪そうに。
互いの思惑があったとはいえ、本気で刃を向けてきた相手に対し、あまりに低身長な振舞の少女には、
ワケ分かんねぇ と首をかしげながらも、そのままにするのも惜しいのでちゃっかり懐にしまう。


「……ガッコ、方向分かってりゃいいけどなァ……」

とにかく、ナワバリに近づかなければそれでいい。
だが、律儀に銀貨を置いて去っていく少女にはどこか複雑な様子で。
……まあ、悪漢ごとき引き裂いて殺す程の力があるのだ。
心配はいらぬだろうと、己のナワバリに消えていく。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」からフュリアスさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」からリコッタさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にモカさんが現れました。
モカ > 貧民地区の盗品やらも扱われるような胡散臭い露天が並ぶ通り、そこで敷物を広げ、ぽつんと座っている。
自身の前には剣やら短剣、斧といった物が幾つか並んでいるが、明らかに普通の品物とは違うのはひと目見て感じられるかもしれない。
剣の刀身には薄っすらと紫色の光が映り込み、それは雷光を思わせるような輝きを宿す。
短剣の刃は氷から研ぎ出したように透明な色合いをしており、近づくだけで薄っすらと肌寒さを感じさせる。
斧の頭は赤く赤く煌めいており、表面を波打つ金属の波紋は燃え盛る炎のように鮮やかに揺らぎを見せた。
それぞれに値札は掛けてあるが、応相談という一文字のみ。
体育座りで丸まったまま、静かに客を待ち続けるが、既に数時間は経過していた。
通りかかりの音が短剣に目を留め、興味深そうに手に取りしげしげと眺めるのを見上げる。
気に入った、幾らだ? と聞かれても、表情は一切動かない。

「……その子が嫌がってる。だから売らない」

呆気にとられた男が苛立ちを顕に刃を突きつけようとした瞬間、液体窒素のボトルをひっくり返したかのように冷気がグリップから溢れ出す。
キンキンに冷え着いた掌に驚きながらナイフを落とすと、不気味なやつだと罵りながら男は退散していき、それを目だけで追いかけてからナイフを拾う。

「……難しいね、主探しは」

苦笑しつつ、ぽつりと呟く。
拾われたナイフは先程の騒ぎが嘘のように、ただの武器として佇むばかり。
紫の瞳を僅かに細め、淡い微笑みを浮かべながらそっと敷物の上へとそれを下ろす。
今日はそろそろ店じまいかもしれない等と思いつつ、ゆらりゆらりと左右に体が傾きながら、生ぬるい真夏の夜風に揺られていく。