2017/10/25 のログ
ホウセン > 人間というものは、予想外の事態に直面すると受身になってしまう傾向がある。
その予想外の因子が、かくも堂々としているのならば、その傾向は強まるばかり。
妙だと思っている側が、実はマイノリティなのではないかと錯覚してしまう面が否めないのだろう。
椅子に腰掛けた妖仙は、椅子の高さのせいで床につかない足をプラプラ。
聊か行儀悪く、木製の丸テーブルに肘をついて、酒と肉が出てくるのを今か今かと前のめり。

「呵々、良いものが供されるには、多少の時間が必要と相場が決まっておるでのぅ。」

口の中の小さな呟きは、大部分が自分を抑える為の呪いのようなものだ。
注文を店の者に任せた格好となったのは、この店に対する予備知識がないから。
件の良い香りを漂わせていた肉は固定として、合わせる酒は何がベストかは、肉の味を知らねばイメージが湧かない。
ならば、”おすすめ”にしておくのが無難だろうと。
待つこと暫し、牛肉と香辛料を幾重にも重ねて円筒状にし、それを遠火でじっくり焼き、一口サイズに削ぎ落とした物がテーブルの上に。
また、この国で肉料理というと、少し渋みの強い赤い葡萄酒と相場が決まっているが、酒盃には泡立つ麦酒。

ホウセン > 鼻をヒクつかせる。
そうだ、この匂いだ。
この匂いが、胃袋へのダイレクトアタックをしてきたせいで、この店に足を運ぶことになったのだ。
料理の素性は、おおよその見当がついた。
王国内外を問わず、様々な国の料理に対する著作があり、それに目を通しているから。
じっくりと遠火で焼くことで、焼きあがったり焦げたりする前に肉の脂が融け出し、香辛料と馴染み、きっと包括的に一体となった旨みに仕上がっているであろうそれ。
出身地には存在しないナイフとフォークを使うことにも支障は無く、酒の前に先ずは一つまみ。

「くはっ、これは善い。
 下味は塩で軽くつけておるが、出しゃばっておらんな。
 ということは、このタレで味わいの輪郭が定まるということか。」

一緒に供されたソースに目をやる。
一つは、ヨーグルトを主体とし、肉にも使われている香辛料に大蒜等を加えたもの。
もう一つは、赤くて辛味が予想されるもの。
それらに手を付ける前に、酒盃へ手を伸ばす。
大ぶりの陶器製のジョッキで、小さな手にはアンバランスなことこの上ないが、危なげなくグビリと。

「麦酒は麦酒でも、苦味を強めにした物のようじゃな。
 此方の方が、肉の脂との親和性が高いと踏んだのじゃろう。
 悪くない判断じゃな。」

うんうんと頷きつつ、先ずはヨーグルト系のソースを皿の三分の一程度の面積にふりかけ、口に運ぶのだ。

ホウセン > もぐ。もぐもぐ。もぐもぐもぐ。ごきゅり。
欠食児童ではないから、滑らかな頬を内側から膨らませ、頬袋を形成するには辛うじて至らず。
それでも、傍目から見ても十分以上に気に入ったらしいと思しき光景が展開される。
いつもいつも胡散臭い講釈を垂れ流す口が黙していることからも察せようというもの。

「くっ…はぁっ!
 これはこれで、バランスがよいのぅ。
 発酵乳を使うておる故、如何な塩梅になっておるか不安じゃったが、存外馴染むものじゃな。」

そんな台詞を吐き出したのは、ヨーグルトソースを掛けたエリアを半分ほど平らげた後。
ついで、ホットソースを慎重に掛け、其方に手を付ける。
辛い、が、もしかしたら王国の人間用に抑え気味に調整しているのかもしれない。
断じて辛い物好きではない妖仙でも、ひぃひぃ喘がずに食せる範疇。

「ほう、単に辛いだけとは思うてなかったが、是は是で色々混ぜ込んでおるのぅ。
 甘味は…ナツメヤシか何かか。
 辛いのは好いておらぬが、この位ならば味を膨らませる要因となろうぞ。」

そして、食べて飲む、食べて飲むのループ。
子供子供した体の何処に入っているのかという健啖ぶりを発揮しつつ、酒場の夜は更けて――

ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」からホウセンさんが去りました。