2016/03/13 のログ
ヴァイル > 身体を屈めると、片手で自分の前髪を梳く。
わざとらしく眉尻を下げて、聴かせるようなため息をついた。

「変わらぬからこそ、死している、というのだ。
 きさまの言い分は否定したいところだが――
 たしかに、おれが美化された幻想に浸っていない、とは言い切れぬところだ。

 ファルケよ、あまりいじめてくれるな。
 おれが過去に拘泥することに不都合でもあるというのかね」

それに、と。上げた面の口元を歪め、人差し指を立てて見せる。

「このおれが本気で『新しいもの』を貪り続ければどうなる。
 人間どものための『新しいもの』など――欠片も残らぬよ」

だからせめて慈悲として、失われたものを求め続けてやっているのだ――
そう、嗤う。

ファルケ > 「実体が死したとて、幻像は否応なしに膨らむものさ。
 それは骸が膨れ上がるよりも早く大きく、ぶよぶよとしている」

くっと喉で笑う。

「可愛い子ほど虐めたくなるのが性というやつではないかね。
 わたしの為すことに、都合も不都合もあるまいよ……すべては『愉しいか、そうでないか』だ」

そうして、ヴァイルの不敵な言葉にしばし黙する。
頬杖で口元を覆い隠してその顔をじっと見据えたのち、ふっと笑い出す。

「……言ってくれるな、野良犬風情が。
 君の鼻と牙とが、未だ鈍っていない自信でもあるのか」

穏やかな顔と声音のまま、密やかに肩を揺らした。

「泥水しか啜れぬことの言い訳ではないと?」

ヴァイル > 「道楽に付き合うのは吝かではないが、おれは回りくどい言い回しは嫌いでね。
 本題があるなら、速やかに済ませてくれると楽でいい」

組んでいた脚を床に落とす。ヒールが腐った木板を砕いた。
椅子とともに揺れながら、歯を剥いた笑みを作る。

「まさしくおれは鎖の外れた野良の獣よ。
 きさまが躾け直してくれるとでも言うのかね?
 囀るのは、泥と黄金の区別をつけられるようになってからにしろよ。
 ――道理を知らぬ、小童が」

紅い瞳が剣呑さを抱いた。

ファルケ > 「我々のあいだに、もはや話すべき本題などというものはなかろうて」

指先に羽根帽子を掬い上げる。
吸い付くようにくるりと一回しして、被り直す。

「野望にしては空疎で、隠棲にしては悪戯が過ぎるらしい。
 だからといって、人の世を食い物にされるのもわたしは好まん」

にやりと笑う。

「わたしの下には、犬も猫もすっかり間に合っていてな。
 君によって、このわたしがいかなる損害を被るとも定かではないが……

 這い回る獣は目障りだ。それだけで十分ではないかね」

はじめと同じように、冗談めかして肩を竦める仕草――

だが、その両手の指先は明確な印を結んでいた。

突如として、ヴァイルの足元の床板がばきばきと崩れ落ちてゆく。
単に廃墟が崩落するにしては些か深すぎる、底の見えない大穴がヴァイルを呑み込まんとする。

ヴァイル > 「なるほど、簡潔でよろしい」

足元の異変を予期していたかのように、ごく平静な声。
素早く跳び上がり、朽ちたオルガンを足蹴にし、天井の梁へとぶら下がる。

「そうだ、こいつを仕留めれば――
 チェシャのやつめも、おれを本気で殺しにかかってくれるかもしれんな」

ふとした思いつきを、実に楽しそうに口にして、

「solvere.」

ヴァイルの唇が《死せることば》を声に乗せる。
それに呼応して、ファルケの座っていたものとその周囲の
いくつかの長椅子がたちまちにして芋虫じみた醜き巨怪へと変化する。
横腹に備えたぎざぎざの牙を持つあぎとで、魔術師を喰らわんと迫った。

ファルケ > 「あれがわたしのために本気になった顔を見たくはあるが――
 いけないな、まったくの浅慮だ。何故なら、」

艶やかに磨かれたブーツの爪先が、ずるりと盛り上がったワームの横腹を踏み付ける。
硬い牙がせり上がる勢いを反動に、ファルケの身体がぶわりと宙に浮く。

「わたしこそが不滅だからだ」

まるで水中に漂う無重力に似て、空中で身を翻す。
外套の裾が円を描くと同時、その姿が先ほどよりも一回り大きな猛禽へと変じた。
翼開長が人の背丈を優に超える巨大な翼で、うねる怪物たちの大口を擦り抜け、ヴァイル目掛けて急降下する。

鋭く光る嘴で――ヴァイルの喉元を狙う。

ヴァイル > 短く息を吐いて嘲笑う。

「《夜歩く者》の前でずいぶんと大きく出たな」

猛禽の突撃をあえて躱さない。
梁に取り付いたまま右手を前にかざす。
鋭い嘴に手が斬り裂かれ、鮮血をほとばしらせながら、
梁を支点にして曲芸師のようにぐるりと垂直に回転し、衝撃を受け流した。

「生者が永遠を語ることの不遜を知れ」

金属同士の擦れる音。
飛び散った血は、紅い鎖へと変じ、相手へと纏わりつく。
宙を舞う驕れる鷹を縛め、地へと堕とすために。

ファルケ > 刃よりも鈍く、鈍器よりも鋭い衝撃がヴァイルの手を打つ。
旋回して再び舞い上がり、猛禽のくせ齧り取った血液を人間のように吐き捨てた。
間を置かずして視界に飛び込んだ紅い鎖が、翼を、身体を固く縛り付け、宙でがくりとバランスを崩す。

地面に叩き付けられるその瞬間、ばさりと大量の羽根を散らす音。
埃と木片とを舞い上げて、再びサイズを小さく変じたオオタカが鎖の輪を擦り抜ける。
翼が、肉の引き裂ける感触がヴァイルの手へ伝わるやも知れなかった。

人の姿に戻ったファルケが、柱と柱を結ぶアーチの中点にすとんと着地する。
つまり逆さだ。落ちかけた帽子をしかと支えながら、一本橋に立つようにバランスを取った。

「大口を叩くのは爽快だぞ」

片眉を上げて笑い、伸びる血の鎖へ自ら手を伸ばす。
掴み取って引き込み、ヴァイルへ肉薄せんとするために。

片手に鎖を、片手にステッキを。

杖の純銀の石突きが槍の穂と化して、真上から相手の懐へ飛び込む。

鎖の食い込んだ手が、ジュストコールの陰から他ならぬファルケ自身の血飛沫を散らした。

ヴァイル > 執着することなく血の鎖を手放し、元の血液へと戻す。
物理的な干渉ではさしたる害を受けないヴァイルも
銀の武器と格闘することだけは避ける必要があった。
輪郭が歪む。人の形が消え、無数の紅い蝙蝠へと化けて霧散する。
退避が間に合わず、数匹が銀の先端に触れ、乾いた音を立てて弾けた。

〈――そうだな。生者であるなら、翔ばねばならぬ〉

見下ろせば、教会の床からは醜怪な大芋虫は消え一面血の沼と化している。
沼はこぽり、こぽりと泡立ち――表面の幾多の箇所が張り詰め、尖り始める。

〈きさまの想像力よりも高く翔んでみせよ、魔術師!〉

血だまりのすべてが声を発し、反響しあう。
次の瞬間、沼が凝固し、幾十の呪いの朱槍に変化する。
蝙蝠の群れとそれは合流し――逆さの雨となり天へと目掛けて降り注いだ。
その射程の中心にあるのは、無論ファルケ。

ファルケ > 突き出した槍が、蝙蝠の数匹を突く。
ファルケの姿を遮る帽子と衣服との隙間から覗く目は、穏やかな気質とは程遠い剣士の目をしていた。

引力によって、沼へと真っ直ぐに落ちる身体。
血の色をした槍が一直線に伸びるが、方向転換には間に合わなかった。

ファルケの身体が槍に貫かれる。

どぱん、と音がして、血を詰めた袋を破ったかのように大量の血液が噴出した。
そこにファルケの姿はなく、ただ真新しい鮮血が無数の槍に降り注ぎ、その表面を塗り替える。

一瞬の間。

地響きと瓦礫を打ち崩す音が響いて、血の色をした腕が地面から伸びる。

槍の穂先を薙ぎ払わんとする腕は、歪な巨人のかたちをしていた。
ただの人が魔に吸血されるばかりの生き物であるならば、人と魔のはざまにあるファルケは自ずから交じり合うことを選び、魔の血を操らんとしたのだった。

巨大な血の色の手のひらが、飛び上がる蝙蝠の群れを掴み掛かろうとする。

操った数少ない槍が巨人の腕と共に天へ伸び、操りきることの出来なかった多くの槍が腕を刺し貫く。

ヴァイル > 〈何だと!〉

逃れることも防ぐことも不可能な槍の嵐を前にして、ファルケの打った手。
それはヴァイルを驚嘆せしめるに充分であった。
少なくない蝙蝠が逃げることあたわず、腕に握り取られる。

バン! ドン! ガン! バン!

命中しなかった槍は天井に無数の孔を穿つ。
木材と瓦の破片が雨霰と廃墟の内に降りしきる。
やがて、血槍と蝙蝠は再び天井近くの一処に集い――元のヴァイルの形を繕う。
再び血の鎖を造り無事な梁に巻きつけ、自身の身体を宙に固定する。
派手な変身を長く維持することにはリスクが伴う。

「ふぅ……ッ」

《夜歩く者》は、忌々しげに息を吐く。
姿は元通りでも、自身の一部の制御を奪われたのだ。無傷ではすまない。
ヴァイル・グロットは、もう一つの武器を使うことを決意する。

ファルケの変じた腕と、その周囲にある奪われた槍。
それらに向かい合い、腕を真っすぐ伸ばし、人差し指を突き付ける。
破壊された天井の彼方で月が見下ろす中、双眸が凶星の輝きを発した。

叫ぶ。

「わたしは、真なる闇の王グリムの子――破滅の担い手、ヴァイル・グロット!
 グロットの御名において命ずる!
 ……“凍りつけ”ッ!」

――対象を意のままに操る邪視。
ファルケほどの使い手に迂闊に向ければ呪詛返しの危険を孕むこの術だが、
ヴァイルの“一部”が取り込まれているならば話は別だ。
奪われた蝙蝠、突き刺さった槍が逃れようもない毒となり――
内側から徐々に氷漬けにしていく!

ファルケ > 水中から空気を吐き出したように、血の腕の表面がごぼりと泡立つ。
笑ったか、あるいは困難な制御に苦悶を漏らしたか。

向き合った腕が、元の姿へ戻ったヴァイル目掛けて突き上げられる。
その手のひらが、今にもヴァイルを呑み込もうと広げられた瞬間だった。

ヴァイルの邪視が巨人の腕の芯を迸り、びしりとその動きが止まる。
すかさず腕全体がみるみるうちに輪郭を崩し、内側から血まみれの顔をした黒装束の男が姿を現す。

ヴァイルの血液との接続を断絶したファルケが、邪視の効力から逃れようとして――

血の柱から半身を生やしたまま、がくん、とつんのめった。

「おうっ」

死闘にしては間の抜けた声を漏らす。
未だ血の塊に交じり合ったままの下肢が、邪視に捕らわれて凍り付いたらしい。

「……これが凍傷というやつか。けっこう痛いな!」

ファルケの意志を取り戻した上肢のみが、血に汚れた姿で口を利く。
手のひらで顔の汚れを拭うも、肌はやはり赤いままだった。

だが下肢を凍らされ、身体の自由を奪われたはずのファルケが、ヴァイルを見上げて不敵に笑った。

ヴァイルに飛び掛かる姿から、血液に変じ、再び元の姿に戻ったファルケ。
つまり――その右手には、先ほどのステッキを持っていた。

純銀の穂先を持つ、槍としての杖を。

右手を振り被る。

「――イタチの最後っ屁だ!」

鎖を梁に巻き付けて宙に留まるヴァイルを目掛け、杖を渾身の力で投擲する。

勢い余って、凍り付いた血の柱が中途からばきん、と折れる。
おわーっ、と気の抜けた悲鳴を漏らして、杖を投げ付けた先も見ぬままにファルケと血の塊が落ちてゆく。

落ちた先は、自ら床に開けたあの大穴である。

ヴァイル > 邪視による拘束といえば石化が定番ではあるが。

「きさまの使い走りにやられた氷漬けだ。
 とっくと味わえ」

にぃと口元を歪める。
つまりは意趣返しであった。

勝負は決した――と、思われた一瞬の空隙。
宙に浮かび、さらに邪視に集中していたヴァイルは投擲を避けきれない。
バヅン!
銀を嫌う血肉が弾け、脇腹に大きな空洞を作る。

「逃すか!」

果たして逃げたつもりか本当にただ落ちてしまったのかは定かではないが、
ともかく身体に空いた穴を気にもとめず、伸びる鎖を命綱に
自身もファルケを追って暗闇の大穴へと飛び込む。

ファルケ > ファルケが落下したのち、廃墟に静寂。
大穴の底からは、ひたすらに空気の流れる音が漏れ聞こえるばかり。
真っ逆さまに落ちたはずの、血の柱とファルケとが叩き付けられる音はない。

――そうして大穴へ飛び込むヴァイルを迎え討つ、大きな羽音。
風を切る音と共に、“腹から下のない”オオタカが垂直に大穴の底から飛翔してくる。

鷹が啼く。

《君も千切れてみたまえ》

尾羽は少なくない血に汚れていたが、肉の断面には氷の欠片の煌めくのが見えるだろう。
オオタカは、穴の空いたヴァイルの身体を繋ぐ片腹へ狙いを定め、その肉を食い千切らんとする。

飛び降りるヴァイルと、飛び上がる猛禽の速度が、真っ向から交錯する一瞬。

ヴァイル > どこまでも続くかと思われた暗闇の中。
《夜歩く者》の瞳が、半分になった鷹を捉える。

「果敢なり!」

鋭い叫び声が響く。
必殺の一撃。
超常の身なれど、今は人の姿。猛禽の速度には太刀打ちできぬ。

バン!

超高速の物体同士の衝突。
ヴァイルの身体のつなぎ目は大砲の一撃を受けたかのごとく、あえなく破裂する。
よすがを失った下半身が、奈落へと落ちていく。
上半身もそれを追うばかりとなるだろう。
だが、重力に呪われたヴァイルは獰猛に笑ったまま。

空気を切る音。
数秒の時間差でヴァイルに続いて落ちる、何か。

「おれは千切れても――こいつはどうかな」

それはヴァイルの腕から伸びる長い鎖に繋がれていた――
数メートルにわたる大きさの梁の一片、であった。
《夜歩く者》の血で覆われ赤く染まり、強化されたそれは鋼鉄に匹敵する強度を持つ。
それが猛禽の真上から迫っていた。

「きさまは虫けらだ。地を這えッ!!」

ファルケ > ヴァイルを貫いたオオタカは、そのままの勢いで真上へ。
加速する猛禽の速度が、真正面から梁の表面にぶち当たる。
ヴァイルの真上で、ぱあん、と肉の爆ぜる音が響くだろう。
無論、梁の落下を止めるほどの重量などない。

梁の表面に新たな血の弾けた飛沫と、こびり付いた羽毛が見える。
だが骨はおろか、肉片さえ落下した形跡はない。

再びの羽音――

――鳥の翼よりも、低く断続的で、耳障りな。

それは、虫の羽音だった。

ぶぶぶぶぶ――ぶぶぶぶぶぶぶぶ。

闇の中に姿はなく、蜂とも蝿ともつかない大群の音だけが、地中の空洞に幾重にも響き渡る。

《――あはッ》

《虫呼ばわりとは失礼な――だが》

《五分の魂を持つ虫けらと》
《拠りどころを持たぬ獣と》

《果たしてどちらがマシだろうかな……》

いずことも知れない虫の翅から飛び散っているらしい血の滴が、細かな霧と化して薄らと煙る。
落ちゆくヴァイルに反して、姿なき虫の羽音と声とが地上へ向けて飛び去ってゆく。

ヴァイル > (――駄目か)

手応えはあった。
だが、あるべき残骸が存在しない。
それでわかってしまう。

「……まったく、変幻自在同士の殺し合いは不毛よな」

芸が被ってるんだよな。
笑う。
笑う以外の余力は残されてはいなかったが故に。
追い討ちが来ないということは――向こうも同じであろう。
勝者のない戦いほどつまらぬものもない。

「――ばかめ、魂も拠り所も幻想だ。
 生きている限り、それを求めて永劫に闘い続けなければならん。
 きさまも、おれも……」

確かなものなどは死の眠りにしかない。
生きて触れるもの総て、誰にも約束されぬ砂の上の幻。
それこそが、ヴァイル・グロットの信条。
相手に届いたかどうかは――定かではないが。

消耗し、命綱だったはずの鎖を最後の一撃に使ってしまった自分が、
この後どうなるかは――もはや、天運に委ねるしか無いようだ。

「おれはまだ死なぬ」

揺るがぬ事実を確認するように静かに言って。

何かが激しく叩きつけられる音が、闇に響いた。

ファルケ > ヴァイル・グロットは、闇の底に見つけたろうか?
己とファルケのものとが交じり合った、凝固した血の破片を。

ヴァイルが残した言葉を相手が受け取ったかどうかも定かではないままに、あとには静寂が残る。



――夜明けの貧民街を、見ない顔の矮人がひょこひょこ歩いていった、という噂が立つのはまた少し後のことだ。

薄汚れた金刺繍の襤褸を纏ったいやに足の短い男は、帽子の羽根飾りを揺らし、身の丈に合わぬ長さのステッキを引きずって――
暢気に歩み去ったという。



「止めを刺すのは、お預けよな」

男がごぷりと水気の交じる声で呟くのを、地を這う蟻だけが聞いていた。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区/廃教会」からファルケさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区/廃教会」からヴァイルさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区/路地裏」にヴァイルさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区/路地裏」からヴァイルさんが去りました。