2016/03/12 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区/廃教会」にヴァイルさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区/廃教会」にファルケさんが現れました。
ヴァイル > 崩れた天井の向こうに、漆黒の夜闇の広がる廃教会。
無人の礼拝堂の奥に設えられたオルガンの鍵盤を、でたらめな手つきで叩くヴァイルの姿があった。
立派だったであろうオルガンも原型こそあれ大きく破損しており、
かつてのような美しい音色を奏でることはあるはずもない。
それにも構わず、鍵盤は無意味に叩かれ続ける。

ファルケ > もはや朽ちた木枠しか残っていない窓を滑り抜け、一羽のオオタカが羽音を立てて飛翔する。
舞い上げた埃が、申し訳程度に差し込む月光にちらりと瞬いた。

「――君にも不得手があったか。ヴァイル・グロット」

オルガンの歪な音色のあいだに低い声が響くと同時、オオタカが床面すれすれの位置でぐるりと身を翻した。
翼が見る間に黒の外套へとかたちを変え、ひとりの男の姿を取って音もなく着地する。

「健勝にしていたかね? うちの従者が世話になったな」

ヴァイル > 「――なんだ、随分と高く評価されているらしいな。
 このオルガンが満足な物であったなら
 妙なる旋律を聴かせてやれたところだったのだが。
 いやはや、惜しいな」

声に、演奏――それが演奏と呼べるのであれば――をやめ、
いかにもわざとらしくそう嘯き、三つ編みを揺らして泰然と振り返る。

「奴のおかげで日々溌剌と過ごしているよ。
 にしても、ここにわざわざご足労頂けるとは。
 菓子のひとつも用意しておけばよかったかな?」

おれは甘味は好まんがね、と薄い笑みを口元に。

ファルケ > 「さあ、このわたしの従者をわざわざ差し向けるくらいだ。
 君にはそれなりの相手を務めて貰わねばなるまい?」

深い皺を湛えた、いかにも柔和そうな笑みで肩を竦める。
振り返ったヴァイルへ向けて、帽子の下の双眸が冷たく光った。

「“あれ”は私のとっておきであるからな。さぞかし君のお気にも召したろう」

ぼろぼろの長椅子の端に腰掛けると、大仰に軋む音がした。
おお、と小さく声を上げて、愉快そうに笑う。

「なあに、わたしとて散歩くらい好むところさ。
 それに『話があるなら直接出向け』と言ったのは君だろう?」

帽子の上に降ってきた埃を、手のひらで軽く払い除ける。

「……君の『宝探し』に協力する気は随分と削がれてしまったが。
 どうやら君の有り様は、なかなかに無為であるようだから」

ヴァイル > 「ほぉ、思いの外可愛がっているようだな。
 ならばもう少し手厚く扱ってやるべきではないかね?」

小馬鹿にするような口調。
足元に転がっていた背もたれのない丸椅子を爪先にひっかけ、器用に立たせると
それに腰を下ろす。

「そうか、残念だ。きさまの力があれば……と、おれの直感は訴えていたのだが。
 しかし、きさまもおれを無為と断じるかね。
 では魔術師殿は何に意義を感じる? 興味がある、よければ伺いたい」

さして残念そうでもない、真意の見えない笑みのまま、
ファルケへと身体を向けて尋ねる。

ファルケ > 「十分に手厚いつもりでいたのだがな?
 何だ、あれが何かわたしの文句でも言っていたかな」

ヴァイルの言葉にも気を害した風はなく、はっは、と軽く笑う。

「協力する気こそ薄れはしたが、君への興味は変わらんよ、ヴァイル・グロット。
 まるでいじましい忠犬じゃあないか――わたしは猫派だが」

要らぬ一言を添えながら、腕組みしたその指先で帽子を脱ぐ。
長椅子の背凭れの角に引っ掛けて、そうだな、と呟く。

「わたしはひとところに執着をしない。
 『失って戻らぬもの』であれば尚更だ。

 零れた美酒など、シミが残るだけではないか。
 空のグラスはうら寂しく、絨毯は痛むばかりだ。

 君からすれば、わたしの方が無為に見えるだろうが」

ひどく不思議そうな顔をして、首を傾げる。

「『新しくて綺麗なもの』の方が、心も躍るだろうに」

ヴァイル > 「そりゃあどうも。狂犬などともよく呼ばれたね」

続く“意義”の話に、破顔を見せ、身体を折る。はじめの問いには答えない。

「新しき生を歩め、と。
 なかなか真っ当なことを言う。……真っ当すぎて驚いた。
 失われた物を探すよりも代わる何かを見つけるほうが
 どう考えたって効率はいい。それを考えなかったわけじゃないさ」

脚を組む。朽ちかけている椅子が不快な音を立てて少年の体重に揺れた。
顎に手を添え、少し考えこむような素振り。

「……だがな。その二つはさして変わらんことに、すぐに気づいた。
 おれにとって、生者は、主のイデアの依代としか映らなかった。
 ――滅びしグリム・グロットを蘇らせるか。
 ――生者をグリム・グロットに作り変えるか。
 おれに望みがあるとすれば、そのどちらかなのだろう」

淡々とそう口にして、オルガンの縁の埃を指でなぞって掬う。

「新しいものは、いずれ朽ち、埃をかぶる。
 滅びた死者にこそ、不変の永遠と、真実がある」

ファルケ > 「真っ当さは嗜みだよ。
 人里の中で永く生きてゆくためのな」

長椅子に横向きの格好で座り、背凭れに肘を突いた。
相も変わらず、旧友と話し込むような軽さ。

「グリム・グロットは、君のよほど偉大なる支配者であったらしい。
 いやはや、お目に掛かれぬのは惜しいことだ」

背凭れに突いた手で頭を支えながら、言葉を続ける。

「君が死せるグリム・グロットに見出している永遠と真実とは、本当に不変のものか?
 わたしにはなかなかに、君の脚色と美化が含まれているような気がしてならないが。
 言うなれば――『グリム・グロットの子』としての君が、喪った親を悼む心ばかりがそこに留まっている」

人間より遥かに整ったつくりのヴァイルの所作を、何の気なしに眺める。

「新しいものが朽ちる頃には、そいつはもう時代遅れさ。
 次なる『新しいもの』が、すっかり幅を利かせている」