2020/05/04 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」に影時さんが現れました。
影時 > いつ訪れても――、変わり映えがない。否、変わりようがない。
干渉しない代わりに見捨てられたとも言い換えたとしても、この有様は如何様にも形容できることだろう。
白昼が過ぎても路地に差し込む光は、どこか陰っているように思える。
朽ちた建物の合間より、切り取られたかのように見える空を仰ぐ。

「……晴れちゃァ、いるな。陰の氣が濃いのかね」

元は商家や労働者向けの建物が並ぶ区画であったのだろう。
だが、それも見る影がない。石造り等堅固に作られた建物であれば、朽ちても風雨を凌ぐには足る。
安普請されたものに至っては、下手に体重をかけると床すら抜けかねない怖れすらある。
何かをぶちまけたかの如く、饐えた臭いが漂う貧民街区の合間を歩みつつ、嘯く。

仕事着ではなく、普段着たる羽織袴を揺らして行けば奇異の目がそこかしこから向く。
特に気配は消していない。足音については習い癖故、僅かに響かせながら首を向ける。
斯様な場所に赴くのは、物見遊山の類ばかりではない。仕事だ。

影時 > 「……壁ケツだァ? 生憎ンな暇がなくてな」

誰もが見向きもしない箇所だからこそ、後ろ沙汰にし難い諸々が蠢いていることがある。
異国風の装いと一見して真っ当な人間に見え難かったからか、浮浪者に扮した客引きが己に声をかけてくる。
安いよ、と。顔を見なくても良いから、楽に気持ちよくなれるよ、と。
娼婦の斡旋か。首を傾げ、羽織の袖を掴もうとする姿を躱しつつ、横目にそれを見よう。

辛うじて屋根が残っているような、そんな店舗というのも怪しい処に肉色が見える。
薄汚れた壁に据え付けられた、まろい肌色の陳列だ。
女の尻と力なく垂れ下がった両足の整列である。肉襞の合間から垂れ、漏れる白濁を見れば、成る程。「そういうこと」なのだろう。
その生業をおおむね察しつつ、無精髭が生えた顎を摩って苦笑を刻む。
私刑の末路か、それとも生計を立てるがためか。一々事情を汲む暇はない。

影時 > 「それとも、お前さん知ってンのかね? こういうのを探してるんだが」

駄目元で聞いておこうか。懐から取り出す紙を広げ、精緻に描いた人相書きを示しつつ尋ね人をしよう。
先日討伐の依頼を受けた闇商人の動向だ。
目撃情報があれば、よし。無いなら無いで都度対処は考える。
示した紙の内容を読めるかどうかは聊か気になる処だったが、応えとしては「知らない」の一言で済む。

「然様か。邪魔したな。嗚呼――どうせ売りつけるなら、乳尻張ったイイ女でも宛がってくれや」

すぐさま納得のできる反応が得られるとは、思ってもいない。
情報の価値に金銭の匂いを悟り、適切に交渉その他を勤しめる人間であれば、こんな処には居るまい。
そういう人間は大概、世渡り上手だ。直ぐに掃きだめのような場所から脱して、生きていけることだろう。
肩を竦め、紙を仕舞いながら追いすがろうとする手をすっと躱しつつ、片手を振ろう。

口にするのはこの辺りで転がっているかどうか、怪しい上玉の類だ。
つまりは、無理難題。居るのであればいっそお目にかかってみたいが、そうも都合よくはあるまい。

影時 > 「……――を?」

そして、ふと。前方で己の姿を見てか、見なくてか。
すっと別の路地に入っていくように動く人影に意識が向く。本命か、それともその走狗か。
討伐せよ、という依頼だ。商人という生業が独りのみで為せる道理はない。
陰陽師や魔術師の類ならばいざ知らず、金の力を駆使するにしても、手足となる人手はどうしても居る。

誘いか。偵察か。思考を巡らせながら足を向ける。
肩も揺らさぬ、その所作に気負いも目に見える強張りも何もない。
ただ、意識しなければ時折居るのかどうか分からなくなるような、足音の静けさの果てに。

「よう。ご苦労サン。精を出したいンなら、あっちだぞ?」

待ち構えていたのだろう。路地から顔を出す人影――、薄汚れた男の顔に被るように笑って。
その後の動きは、水が上から下に流れるように速やかだ。
当惑する姿の手首を掴み、極めて足を払い、泥水が乾ききらない路上に転がしてはその背に座す。
そのうえで煙管を取り出し、雁首に薬草を混ぜた刻み煙草を詰める。火種から移した火で着火し、ぷかりと一服しながら。

「……の使いか? ほれ、早めに言った方が楽になるぞ?ン?」

口にするのは、探し者の名前。知らぬというのであれば、的確に痛点を突いて苦鳴を上げさせる。
路地にあられもない悲鳴が上がり出すのも、間もない。だが、寄って来ぬのは面倒には近寄らないという保身故だろう。

影時 > 「喋らんか。気骨あるなァ、お前さん」

紫煙を吐き出し、目尻を下げながら今椅子代わりとする男の頭に声をかける。
己の顔を見ようとする様に、おっと、と指を動かし、更なる悲鳴を上げさせながらその動きを制する。
やれ、……はどこだの、……はどうしているなぞと聞くが、だが、一向に答えがない。
否、答えられないのか。煙管を銜えつつ、視線を追う先を凝視すれば何か居そうな予感を察する。

相互に監視する仕組みだろうか。
喋らぬのであれば、次の者に尋ねる――いんたびゅぅでもしようか。

「……あ、さて?」

吸い終えた煙草の灰を持参した灰入れに納めておこう。
その前に、と顔の前で組み合わせたで幾つかの印を切り、念と氣を奔らせて、路地の向こうで別の呻きを響かせる。
当惑げな素振りを見せる姿の首筋を押さえ、意識と落とさせて立ち上がる。
紡ぎ、現出させた分身体による捕縛が上手く行ったか。喚き声を聞きつつ、薄暗い闇の奥へと進んでゆく。
直ぐに獲物が捕まらないなら、枝葉から一つ一つ潰して行き着くだけのこと。

近日中には、依頼人に討伐の証である首やら手などの躰の切れ端を持参して行けることだろう。
時に闇から闇に渡る。それが己の生業であるが故に――。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区」から影時さんが去りました。