2018/10/15 のログ
■アシュリー > 「…………そりゃあ、わたくしは自分が賢いなんて自惚れてはいませんけれど。
本質なんて理解できるような頭ではありませんけれど」
急に激昂した少年に少したじろぎながら、す、と本を置く。
「貴方、魔術師ですのね。
――あなた達の編み出した魔法のおかげで、民や貴族の生活がより良くなっていることは深く感謝致しますわ」
でも、と。
「くだらない貴族の遊びで救われるかも知れない多くの命を、もう少し思ってもいいのではないかしら?
本を譲りたくないとおっしゃるなら、せめて写本を取らせてくださいませ。
もちろん、価格は原書と等価でよろしくてよ。
本を取られかけて気が立っているのかもしれないけれど、少し落ち着いて考えてくださいませ」
脅されて、声が出そうになるが。
先輩が駆けつけてしまっては、少年は強引に逃げてしまうだろう。
そうなれば交渉はできないし、彼に貴族を誤解されたまま終わってしまう。
それは、嫌だ。
泣き出しそうな顔で膝を震わせながら、つとめて落ち着き払っている体を取り繕っているつもりで提案をする。
■ジーヴァ > 今までに見てきた貴族という連中は、大体が腰抜けだった。
氷槍で手足をぶち抜いてやれば大人しく要求に従い、復讐すら考えてこない。
だが、彼女は。下手な刃物より鋭く研がれた氷槍を前にして、堂々とこちらに交渉をもちかけてみせる。
「……なんだよ、お前下手したら今死ぬんだぞ!
それなのに、どうしてっ……どうして、泣きそうな顔でそんなことが言える!
足だって震えてんじゃねえか!とっとと逃げて、仲間を呼べよ!」
強気ないつもの口調は崩さず、しかし言葉には震えが生じる。
周囲を漂う氷槍は集中が途切れて崩れ落ち、ただの氷となって溶けていく。
ジーヴァも理解していた。アシュリーは他の貴族とは違う。魔術に敬意を払い、貴族の義務を果たそうとしていると。
ならば――知識と知恵を広め、その価値を知らしめるのもまた、アルマゲストの理念と同じくするものではないか?と一つの思考が生まれる。
「クソッ、写本は送る!魔術書はもらう!
これでいいだろ、俺だって……なるべくなら殺しはしたくねえ。
あんたが本気だってのは分かった。俺はそれに応えたい」
勢いに任せて立ち上がっていたが、再び椅子に腰を下ろし、今度は脚を組み、錫杖を手に持ったまま乱暴に座った。
これが彼の本当の姿というわけだ。
■アシュリー > 「し、死ぬのは怖いですけど! 正直本でもなんでもお渡しして見逃してほしいですけれど!
でも、これはわたくしのプライドとか、そういうどうでもいい物ではない、多くの民を救うための交渉ですから!
だから武器を収めてお話し合いでどうにか致しましょう!?」
ぷるぷると怯えながら、半分以上懇願といった風に交渉を要求する。
どこかでこの少年は殺人までは犯さない、そんな良識があるのだと思ったからだ。
だって、そんな大切な本を盗った泥棒相手にも殺さないで追いかけていた。
そんな性根の優しい子、だろうから。
「……ええ、ありがとうございます。ふぅ……
で、でもホントに殺されるかと思いましたわ……」
写本を譲ってもらえること、そして少年が魔法を解いて座ったことに安堵のため息。
もう少し凄まれれば靴を舐めるところだった。危ない。
大声で何事かと覗きに来た先輩になんでもないと取り繕って、少年に向かい合って座り直す。
「えーと、ジーヴァくん。
その、もしかしてですけれど、調書に書いたことも実は本当ではなかったり、致しません?」
あれだけすぐに魔法を出せる使い手が、とっさにとは言え泥棒にただ石を投げるだろうか。
もしかして石ではなく魔法を使ったのかも知れない、
そうならばそこの修正をしないと、とそれだけのことをぼんやりと考えて、
何気なく意図せぬまま核心を突く。
■ジーヴァ > やはりただの貴族ではない、とジーヴァは思わされる。
お互いが落ち着いた瞬間、こちらの出まかせを見抜くような発言を飛ばしてきた。
もう隠しきる意味もないだろうと、全てを正直に打ち明けていく。
「……もう嘘は言えねえな。この魔術書は無名遺跡で見つかったもんだ。
それをあの野郎が見せびらかして、俺たちの耳に入って、お行儀よく頼んでみたところ……
飛んできたのは罵声とかナイフだったから、仕方なくこっちの本気ってのを見せたら逃げ出しやがった。
それでアシュリーさん……あなたが止めてくれたってわけだ……です」
事情を話している最中、さすがに交渉相手にタメ口はよくないと思って敬語に切り替えていく。
敬語にはまだ慣れることはないが、相手に誠意を伝えるにはまず言葉から、とギルドの友人には忠告されている。
「ジーヴァって名前は本当です。名字は嘘。
両親と住所も嘘です。ホントは冒険者で宿住まい
……ああ、牢屋に入ったら魔術書もあなたのものですね」
これで牢屋送りか、と半ば諦めたようにつぶやく。
ここで逃げ出せば間違いなく彼女が責任を問われるだろう。
そうなれば貴族としての彼女は未来を閉ざされ、他の貴族に弱みを握られ……と意地の悪い想像をしてしまったためだ。
ギルドには申し訳ないが、応えると言ってしまった以上もう逃げることはできない。
■アシュリー > 「ふんふん……じゃあ正規の持ち主はあちら、と。
うーん、そうなると返還しなきゃですのよね。
これからの交渉次第になりますけれど、あちらの方が目を覚ましたらわたくしの方から買い取りを提案してみますけど……」
あ。そこから……と驚き、しかしこれがバレたらまた舐められるかなあと全部お見通しだった風で話を続ける。
「ちなみに、お行儀よく頼んだっておっしゃいましたけど、どんな風に?」
二重線だらけになった調書を丸めて屑籠に放り込み、二枚目を用意してそちらに位置から書き直す。
えー、住所が嘘ならあとで先輩に絶対なんか言われますわ、もー。
嘘は駄目ですわよー、なんてぼそりと不満げに零し。
「え、牢屋? あー……
まあ、魔術書の所有権はともかく牢屋入りはあなたの「お行儀のよい頼み方」次第で回避出来ますわね?
少なくともあちらが先に抜いたのなら、実力行使は情状酌量……うーんでも強盗……追いかけちゃいましたものねえ…………
げ、厳重注意と暫く監視が付くくらいで解決出来ませんかしら」
この貴族、世間を知らないがために甘いのである。
極刑はおろか、収監すら渋る程度には頭の中に沢山のお花を咲かせている。
本来なら従者騎士や、先輩騎士がそのブレーキになるのだろうが今日はそのどちらも居ない。
■ジーヴァ > 「それは……その。
俺以外に二人ほど同行してもらって、3万ゴルドかそれに値する報酬で譲ってもらえないかと頼み……
追加で同行者の身体を要求されたので、キレ……非常に怒った同行者が部屋を丸ごと吹き飛ばしたら罵声とナイフが……」
実力はあるがジーヴァ以上に気の短い女性メンバーだったのが良くなかったと、後にジーヴァは振り返って反省する。
追撃を任されたのが彼女ならば、間違いなく通りの店がいくつか吹き飛んでいただろう。
「……あなたに迷惑がかからないのならば、なんでも我慢します。
俺が活動しなければ済むことなら。どうか、お願いします」
組んだ脚も戻して膝に手をやり、机に額がつかんばかりに頭を下げて頼み込む。
こればかりは誠意という形のないものに頼るしかない。
■アシュリー > 「それはまた……」
相手の男性は本の価値を正しく認識していたのだろう。
そして、同行者の短気が良くなかった、と。
ただ、そんな下卑た要求をするような方ならお金で解決できるかも知れない。
もし買い取りがうまく行ったら、原本はお譲りしますから写本はお安くしてくださいね、とお願いをして。
「わたくしはいくらでも迷惑掛けてくださっていいのですわ。
その、死んだり痛いような迷惑でないならですけれど。
だから頭を上げてくださいな、ジーヴァくん」
結局の所、あの男性とこの子の同行者が何もかもの発端ですのよねー、と。
「どうなるかは上司次第です。
けれど、出来る限り厳罰にならないよう取り計らってもらえないかお願いしてみますわ」
それまで不自由を強いますけど、少し我慢してくださいませね、と下手くそなウィンクを投げて。
そこに、男性が目を覚まし、泥棒ではなくどちらかと言えば被害者だぞと先輩騎士が血相を変えて飛び込んできた。
「ひぃっ、それはこちらでも聞き取りましたから知ってますわ早とちりしたことは許して下さいませ! それとこれ調書であの方に少しお話がありますのお詫びも兼ねて面会させてくださいませ!!」
少年の前で見せていた貴族らしい姿が一瞬で崩れ、半べそをかきながら先輩にぺこぺこ頭を下げる少女である。
■ジーヴァ > 目を覚ました男は尊大な態度だった。
ジーヴァを見たときは少し怯んだようだが、彼が大人しく従っているのを見ると
やがて徐々にその尊大さをさらに増していく。
『俺の持ち物に手を出したのはそっちなんだからよぉ、そっちが謝るのが筋ってもんじゃねえか?
ついでに牢屋にでも入って死ぬまで反省しとけや!ハハハ!』
それでもジーヴァは黙り続けて、ただフードを目深に被ったままでいた。
その状態を見た男はさらに調子に乗り出す。
『あんたが俺を気絶させやがったんだってなあ?随分綺麗な顔と身体してんじゃねえか。
俺は貴族にだっていくつか伝手があるんだぜ、きっちりとした謝罪って奴が必要なんじゃねえかぁ?』
アシュリーの身体をゆっくりと撫でまわすように手を動かし、酒臭い息がかかるほど顔を無理矢理近づける。
他の騎士がどう思うかなど頭にもない様子で、よほどアシュリーが気に入ったようだ。
■アシュリー > 「よっしゃ侮辱ゲットですわ!」
もし仮にこれが裏路地で一対一とかだったら、全力で靴とか舐めて見逃してもらうよう頼んでいただろう。
が、此処は騎士団詰め所でわたくしは騎士で、そして貴族だ。
貴族に伝手がある「だけの」平民とは格が違う。
「えー、罪状としては婦女子への関係の強要、それとナイフに拠る障害未遂。あと貴族への侮辱ですわね」
先輩にもこれで間違いありませんわよね? と確認を取って。
「普段は侮辱くらい泰然と受け流し、身分を傘に着た振る舞いなど致しませんが、婦女子にそのアレです、あの。
み、みだらな行為を強要するような下衆に容赦しなくていいときっと師団長閣下もおっしゃるはず!
はい有罪!
強盗未す……傷害罪のジーヴァくんは相手に配慮した攻撃でしたし反省も見られますし罰金と厳重注意あたりで、
こちらの男性は反省も見られませんしみっちり更生するまで奉仕活動とかどうでしょう!」
先輩に捲し立てて承認をもぎ取り、そのまま先輩Go! と顎で使って連行してもらう。
「……あ、魔導書買い取る交渉忘れてましたわ」
ジーヴァくんも写本でいいかしら……? と真っ青な顔で油の切れたブリキの玩具のように振り返る。
■ジーヴァ > 気のせいか連行する騎士たちが明らかに乱暴というか、殺意を半ば込めているように見えて、
ジーヴァはアシュリーを人質に脱出を考えなくてよかった……と心底思った。
理屈をありったけ並べ立てるアシュリーには奇妙な頼もしさを感じ、たぶん逃げようとしてもきっと、
この強引さに止められただろうとジーヴァは考えた後で、魔術書のことに気がついた。
「あ……内容が大事なので!た、たぶん写本でも大丈夫だと……大丈夫かな……?
たぶん、ダメだったら今度はきちんとしたメンバーが行くと思うので……」
これ以上心配はかけたくないと、ぶんぶんと頭を振って落ち着かせるように説明する。
何も犯罪だけで知識の収集を行っているわけではないのだ。話の通じる相手ならば、それなりの手段を取るのがアルマゲスト。
「それじゃあ、罰金を払います。
なるべく今払える金額だといいんですが……」
財布の中身を確認すれば、どう見ても2500ゴルドしかない。
この国の罰則については詳しくないため、もし足りなければどうなるのか不安になるのは当然であり、
今度はジーヴァの顔が青くなりつつあった。
■アシュリー > 「写本セーフ? 写本セーフですの? よかったですわー……
写本アウト原本セーフなら師団長閣下に交渉しなきゃですけど、あの方に交渉とか怖すぎますもの!」
今日何度目かの安堵のため息とともに胸をなでおろす。
ああいった本は、それこそ彼らのような魔術師であれば中身こそが大事なのだろう。
あの装飾が魔法陣になってるとかなければ写本セーフだと思ってはいたが、
セーフの保証が得られてほんとよかったですわー……
「なるべく交渉系で戦えない人を寄越してくださいませねその時は」
こくこくと頷いて、今度は師団と彼らが揉めるようなことにならないように願う。
それから手続きだ。罰金――さて、いくら取るのが妥当だろう。
貴族の金銭感覚で言えば、万単位――だが、それでは罰金刑を課された平民は大変なことになるだろう。
平民が一日に使うお金が約200ゴルドだと前に聞いたことがあるから、傷害で情状酌量でえーと、と頭を抱え
「なら3日分で500ゴルドですわ!」
これで妥当だろうとドヤ顔で金額を申し渡す。
思いっきり計算間違えているが、ご愛嬌。
■ジーヴァ > 「本そのものが魔術の鍵になるほどの強力な原本であったなら、それこそ俺ではなく
もっと上の人たちが出てきたでしょうから……たぶん何事もなかったかのように、処理できてしまう人たちが」
師団長という人がどれほど強いのかは分からないが、おそらくアルマゲストの六つ星、五つ星の人ぐらいなのだろう。
ジーヴァにとっての怖い、というイメージは大体そこから来ている。
そして罰金の話。最初の時のように自信満々に言ってのけるアシュリーに、ジーヴァは思わず噴き出してしまった。
「ぷっ……すいません、つい。
ならどうぞ、500ゴルドです」
袋の紐を解いてきっちり示された料金を支払い、
そのあまりの少なさに、本当にこの人は優しいのだと、貴族なんだと思い知らされる。
この人ならば、アルマゲストの書庫を見学させても――と一瞬考えて、すぐにやめた。
師団長、ということは国軍に所属している。何かあれば真っ先に敵対するであろう組織の一員に、そこまでは許されないだろう。
だから今は、こうしてフードを上げて、素顔の笑顔を見せて追加のお礼とした。
「……お世話になりました。願わくば、次に会うときは平穏な場所で。
それでは!」
いつもならば見せない出来損ないの真っ赤な色だけの魔眼。
それを晒してなお笑顔で、礼を言って、ジーヴァは穏やかに歩いて詰め所を去っていった。
■アシュリー > 「な、なんで笑いますの!?」
ひぃふうみい、と硬貨を数えて、しっかり金額が合っていることを確認してから帳簿に書き込み金庫に収める。
罰金の相場なんてわからないが、財布に痛くて生きるに問題ない程度が妥当なのだろう。もちろん平民換算で。
重罪や貴族に対してはもっと金額も増えるのだろうが、そのへんは追々勉強である。
ジーヴァくんの笑顔に、思わずつられて笑顔を向け
「ええ、もうこんなところのお世話になっちゃ駄目ですわよ!」
綺麗な赤い目に、青い目を合わせて、真摯に告げる。
願わくば彼と再会する時、加害者としてでも被害者としてでもありませんように、と。
そうしてひと仕事終えた満足感で椅子に深く座り込んだところで、ご両親への説明に遣った先輩が帰還。
そこにそんな子供住んでなかったぞ、と叱られながら取り直した調書を並べて
実は事情が違ったことを半泣きで説明する羽目になったのだが、それはまた別の話――
ご案内:「王都マグメール 富裕地区2」からジーヴァさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区2」からアシュリーさんが去りました。