2015/10/17 のログ
ヘレボルス > 「僕ほどの顔立ちが、男にも女にもそうそう在るものかい。
 お前こそ、美醜を理解するほどの境地にゃ辿り着けてねェらしーな」

(売り言葉に買い言葉。
 太腿に挟み込まれた親指を、まるで女の膣にでも捻じ込んだかのようにぐりぐりと動かす)

「そりゃあな――男も女もほしいままだ。いい人生!
 何だよ、しおらしい顔しやがって……その身体いっぱいにイチモツ呑み込むだけじゃあ足りねえのかよ」

(地面の上のティネに向かって、ぐ、と顔を近付ける。
 垂れ落ちた髪が天蓋のようにティネを覆い、路地裏のわずかな光をも遮る)

「じゃあ僕で『遊ぶ』か? 恨みがあるんだろ。
 今晩の僕は優しいんだ。お前の好きにさせてやったっていいぜ。
 お前にその度胸があれば、の話だが」

(嘲るように笑って、ティネを押さえつけていた手を緩める。
 背を丸めたヘレボルスの着衣が緩み、その陰に男の骨格と女の乳房とが覗いている)

ティネ > 「自分でそーいうこと言うか……」

顔を逸らせて、精一杯の抵抗とばかりに、うへえ、と、唇を曲げて見せる。
ねじり込まれた親指の動きが激しくなれば、は、ひぃ、と押し殺した喘ぎ声が漏れる。
指の先を淫らな雫で湿らせて、ぐったりと手によりかかる。

「キミ、こそ……
 ボクにそんなにひどいこと、したりないの?」

なおも反発するような言葉を紡ぐ。
しかし横暴さの体現に覆うように見下されれば……
竦んだように身動ぎすらしなくなる。
身体は自由になっても――すっかり呑まれてしまった。恐怖に。

「…………そんなの、こっけいになるだけだよ……」

提案には頷かず――息を詰まらせながら、つぶやくように言う。
逃げることも立ち向かうこともできず、
恐れるような求めるような、濡れた紅の眼差しが真っ暗な天蓋を照らし続ける。
熱を孕んだ吐息が、遠すぎる空に消える。

ヘレボルス > (ヘレボルスは心底から自らの美を誇って憚らない性質であるらしい。
 魔性の血に約された美貌は、しかし他ならぬ自分自身が台無しにしているのだったが。
 相手の股座を掻き乱す親指が濡れて滑ると、高みから目を細めて見下す)

「足りないね、ああ足りないとも!
 お前のようなのを見てると、僕は苛々してくるんだ。
 小賢しく、卑しくて、びくびく立ち回ることしか出来ないネズミめ。

 だから僕には、お前を一思いに潰してやるような優しさもないのさ。
 散々怖がらせて、痛めつけて、甚振ってやる。
 このクソみたいな時代に、精々ひいこら怯え回るこった」

(滑稽なだけ、と小さな声が零れると、額にぴくぴくと血管が浮き上がるかのようだった。
 への字に曲げた唇で、じろりとティネを睨む)

「ナーーニが滑稽だ。この国にもう、滑稽じゃねー奴なんか居るもんか。
 上から下まで、右を見ても左を見ても、どこもかしこも猿ばっかりだ。
 僕は――『独りで人形遊びに興じる』僕ほど、惨めで滑稽な奴ァ居ないと思ってるがね。
 ネズミには、一片の度胸もねえらしーや」

(抵抗されることも、引っ繰り返されることもなく。
 小さな少女目がけて、罵倒の声を降らす。
 地面の上にべたりと尻を突いて座り直し、ティネの身体をひょいと持ち上げる。
 その下肢に湿った亀頭を押し当てて、か細い脚を押し広げるようにぐりぐりと焦らす)

ティネ > 「……なにそれ。わけわかんない。
 なんで怒ってるのさ、キミ……」

全く理解し難い、という表情で、予想とは幾分か違った、自虐まじりの罵倒を受け入れる。
――なんで自分などというネズミに本気に苛立ったような振る舞いを見せるのか。
まるでそれでは……

身体を持ちあげられれば、脚をばたばたと宙に動かす。
狼藉への抵抗というよりは、地面を失った身体が懸命にバランスを取ろうとする反射だ。
押し付けられた亀頭の熱に、びくり、とそこが感じるとでも言うように身体を震わせる。
その拍子に、双眸に溜まった涙がはらと落ちた。

「ひ、ひぃ、そ、そぉだよ。度胸なんてないし、……恥ずかしい。この身体が。
 こんなちっちゃい身体、ボク、やだぁ……」

泣き笑いのように表情が歪む。
どうしてこんなことをこの、人の形をした禍へ吐露しているのか。
嫌だ、と言いながら……身体が期待するように淫らによじれる。

ヘレボルス > (癇癪持ちの理不尽さで、目をぎらぎらと光らせる。
 何故怒っているのか、というティネの言葉には、不機嫌そうに黙して答えなかった。

 熱を孕んだ男根の先に、他者の肌が触れる。
 ティネの体温は充血した亀頭には冷ややかで、自ずとふるりと小さく震える。
 無造作に脚を投げ出して片膝を立て、背後の壁に寄り掛かった姿勢で、手中のティネを見下ろす。
 呆けて細めた眼差しで、笑い交じりの息を吐く)

「……ばか。バーーカ。
 だから僕で『遊ばせて』やろうっつったのに、お前、チャンスをふいにしやがったな。
 そんなんだからお前は一生、みみっちいネズミのままなんだよ」

(ある種の宣告のように言い切って、掴んでいたティネの身体をぐいと押し付ける。
 滑る脚の間、その股座のうちへ、ゆっくりと男根を捻じ込んでゆく)

「馬鹿ティネ……」

(擦れた声で名を呼ぶ。その声を合図にするように――ティネの胎内を、一気に貫く)

ティネ > 投げられる眼差しと言葉に、ティネの表情は困惑の色を深くする。
不可解な悔いが、湧き上がるのを感じた。

(違う……)
(こいつはてきとうなことを言って、ボクを惑わせているだけだ)

理解することのできない懊悩を、自尊心とともに切って捨て――
たと同時に、それが自らの中心を貫いた。

「ぎぃ……ッ!」

身体がきしむ。広がる。激痛とともに、体の中の空気がすべて押し出される。
入るわけがない……その先端ですら。そのはずなのに。
恍惚と高揚ではなく、恐怖と痛みのなかで、ティネはそれを視てしまう。
ありえべからざる光景。
亀頭の形に歪み、妊婦のように膨れたその腹を。
自らの身体よりも大きいその肉の柱を、胎でくわえ込んでいるのを。

「ひ、ひ、ひ……やだぁ、抜いて、抜いてよぉ……ひーっ、やだよぉ……っ」

こわい、こわい、こわいこわいこわい。
何度も視たはずの自分の姿なのに。
自らを崩壊させないために、必死で荒い呼吸を繰り返す。
淫れ切ることのできない哀願とは逆に、熱に浮かされたような貌。
灼けた鉄の芯のもたらす熱に、なにもかもを融かされてしまいそうだった。
内側はきつい締め付けながらもじゅくじゅくと濡れ、動かすことに支障はない。
そういうふうにできていた。

「やめて……。
 ボクのなまえを、よばないでぇ……」

涙がだらしなく流れ落ち続ける理由はティネにはわからない。

ヘレボルス > (あはァ、と緩んだ笑い声が零れる。
 ティネの膨れた腹。自分の性器をどこまでも呑み込んでゆく異形の身体を、
 ひどく愉快そうに、はたまた嘲るように見つめる。

 その眼差しに、驚きの色はない。
 ヘレボルスは、あの日の酒場で見て、知っていたのだ。自分の身体で。
 ティネが、『そういう身体』であることを)

「あはッ――は、はははッ!
 何だよ『ティネ』ぇ、随分と水臭せェじゃねーか。
 こないだだって……あんなに善がり狂ってたくせによ!」

(肉のひだが陰茎に絡みつく感触を愉しむように、殊更にゆっくりとティネの身体を押し下げてゆく。
 孔が狭まり、つかえる感覚に停まったところでティネの身体を引き抜き、また押し付ける。
 自分が快感を得るというよりは――ティネに『自分がそういう身体であること』を痛感させるかのように。
 ごく緩慢な上下動を、じっとりと繰り返す)

ティネ > 「ちがうもん、ちがうもん……」

ふるふると小さく首を振る。
反射としての、不明瞭な否定の言葉。
こりこりと、陰茎が骨と臓腑の裏側を撫でる。
繰り返される上下の往復に、徐々に馴染んでいく。
肉体が、精神が。

「えっ、えひっ、ひっ、いひっ、ひぃぃっ……」

泣き叫ぶような嬌声。
反駁しようとしていた口は半開きになり、舌がまろび出て、
はちきれんばかりの内なる快楽を外へと逃がす。

「もっと、もっとぉ……」

歪に浮かび上がったそれを腹の肉ごしに撫で、もどかしい、とばかりにねだる声を出す。
蕩けきった表情は完全に淫売のそれになっていた。

もっとむちゃくちゃに、いたわりなく使って欲しい。
だってボクはそういういきものなのだから。

ヘレボルス > (次第に柔らかく、水音を増すティネの身体に、沸き上がるような笑みを浮かべる。
 ティネの身体を掴む手の親指が、その白い衣を押し上げて、ほんの吹き出物にも満たぬほど小さな乳頭を捏ね回す)

「違う? ナニがどう違うって? そうやって口ばっかりだ、お前はァ」

(完全にしどけなく弛んだティネの顔に、仰け反って下品な笑い声を上げる。
 夜も更けた裏路地に、聞く者もない笑い声が消えてゆく)

「そーだァ……そうだティネ、その顔だよ。
 あッは――うははッ、やっぱりお前は弱っちいドブネズミだな。
 『僕』の形になっちまえ、哀れな肉の塊めが!」

(ティネの腰に回した指に、力を込める。
 ぐり、と有無を言わさず肉の締まりを強め、次第にその上下動を早めてゆく。
 ヘレボルスの笑顔は心の底から恍惚として、汗ばんだ額に白金の髪を張り付かせている。
 反らした背筋に、否応なしに増してゆく快感の痺れを走らせた)

ティネ > 屈辱であるはずの嘲り罵る笑いが、どこか心地よく響く。
振りきれた苦痛は快楽へと置き換わる。
ぴり、ぴり、と、下腹部からやわらかく身体が半分に裂けていく。
そのことがこんなに気持ちいいのなら、いっそばらばらになったって構わない。

「ひぃ、ひぃー、ひぅ、はぁ、はぅ、はぐぅ……
 ボ、ボクは……そう、ボクは……」

胸を弄られれば、耐えるような喘ぎに甲高いものが混ざる。
激しくなる上下動には、身体を折り曲げて、つう、と涎を垂らす。

「……へ、ヘレ、ヘレボルス、ヘレ、ボルス、ヘレボルスぅぅぅぅ……」

今、肉の杭に突かれてぐしゃぐしゃに砕けてしまうなら、それでいいと思う。
いつかはそうなってしまうのだから、きもちいいときがいい。

ヘレボルス > 「首を絞められると、締まりが良くなるって言うだろ?
 お前みたいな身体の場合……どこを絞めるのがいいんだろなァ?」

(笑い声が、引き攣れたように甲高く響く。
 片手をティネの腰に、もう片手はその上半身に。相手の腕は、わざと自由にさせたまま。
 その首根っこへ親指を添え、指の腹でティネの喉元を柔らかく押さえつける。
 折れるほどの力はなく、それでいて小さな身体の呼吸を止めるには容易いほどに。

 やがて忘我に乱れたティネを前に、長く白い睫毛を伏せた。
 眉間に皺を寄せて顰めた笑みに、愉悦の波が押し寄せる――)

「La petite mort! ――僕を想って死ね!」

(ひとたび大きく息む。ヘレボルスの声が、息遣いが、う、と途切れる。
 その拍子に陰茎が脈打ち、ティネの小さな身体には余りある男の精液が、勢いよく吐き出される)

ティネ > 「あ、あ…………ひ……ぃ」

首元を抑えられ、よがり声は絞られる。
しかしそれに抵抗することもなく……
打ち上げられた魚のように、手足をばたばたと動かすだけ。

「…………!」

陰茎の脈動のひとつでさえも、ティネには身を裂く苦痛――快楽となる。
ぎゅ、と自らの膨れた腹を、絞りとらんとするばかりに強く抱く。
精液は肉に貫かれ満たされた秘所を無視し――ティネの腹の中に湧き出す。
一度脈打つごとに、風船に息を吹き込むかのように、ぼこ、ぼこと膨れていく。
そして……いよいよ破裂するかと思われたその時、
堰を切ったかのように、絶頂に喘ぐティネの口から、白濁がごぼごぼとあふれだす。
まるで彼女の身体が単純な一本の肉の管と化してしまったかのように。
正気と発狂のあわいで、その無様な姿を、ティネは視ていた。

これしきでは死にも壊れもしない。身体も心も。

その時ティネも同時に達していた。
彼女の愛液と、失禁の尿が混じり、突き刺さる竿を伝って流れる……

ヘレボルス > (ティネの口から、自分の精液が零れ落ちる。
 不出来な玩具を嘲笑う子どものような目で、半ば過呼吸めいた声で笑う)

「ひッ――ははは、……はあ……ッははは! あはァ、はあ、――は……。
 僕のつまみを……盗み食いするくせ、僕のもんは腹に置いとくのも……厭だってかァ?
 ネズミの分際で……選り好みしやがって。――ゲロってんじゃねえよ、この野郎」

(下卑た声で笑う。はじめに吐き出された精がティネの腹をべったりと濡らし、
 その勢いが弱まってきたところで、それまで首を絞めていた親指がティネの小さな口を塞ぐ。
 生温い体液と尿とが肌の上を流れ落ち――ヘレボルスの脚の間から溢れていた愛液と交じり合う。

 射精が一区切りつくと、ティネのほんの身じろぎさえ鬱陶しいとでも言いたげに息を吐く。
 壊れた人形をそうするように素っ気ない掴み方で、ティネを引き抜いてゆく。
 撓って項垂れる男根を小さく脈打たせながら、相手の小さな身体をぽとりと地面の上に放った)

ティネ > 「…………」

弱々しく痙攣しながら、咳き込むように、弱々しく、ぼたぼたと白濁をこぼす。
ヘレボルスの言葉には、ただきつく目を瞑り、卑屈に震えるのみ。

陰茎からティネの身体が引き抜かれる。
あれほどに拡張されていた肉体が、まるで嘘だったかのようにもとの形を取り戻す。

「…………」

しばらく、地面の土の冷たさを味わったあと、ふら、と立ち上がる。
精を注ぎ込まれ、不格好に膨れたままの腹を抱え……
暴虐の主のその足元に、すがりつくようにして、よたよたと近づこうとした。

ヘレボルス > (地面に横たわるティネを見ながら、片膝を突いてよろめきながら立ち上がる。
 その小さな身体が尚も動き、自分の方へ擦り寄らんとしているのを見た瞬間――)

(がつん!)

(――と、音を立てて、ピンヒールの靴底でティネを踏みつける。
 あわや小さな身体が潰されるかと思いきや――高いヒールと爪先との間に、鉤爪のようにティネを縫い止めるのだった)

「ンだよ。さっきまであんなにビビってたくせに、一物に負けて手のひら返すのか?
 縋るな、汚い羽虫め」

(矮人に、ネズミに、いよいよ羽虫。
 はるか高みからティネの矮躯を見下ろしながら、自らもまたドレスの内側に粘る雫を滴らせる)

「僕は『変態』なんだろ?
 何か言ってみろよ。ほら。ネズミでも羽虫でも、音立てるくらいは出来ンだろ? あ?」

ティネ > ティネの身体を簡単に寸断できそうな、刑吏の斧の鋭さで振り下ろされる
ピンヒールに――叫び声を上げる事すらしない。
落ちきった心が、暴力の存在にそれ以上動かされることはない。

……それなのに、ティネは、表現しがたい悲しみが、裡から湧いてくるのを感じていた。
羽虫呼ばわりされて傷ついた、のではない。

身動ぎひとつせず、沈黙のうちにしばらく横たわっていたが、
やがて……口を開く。

「どうして……そんなに、おこっているの」

今日、幾度目かの問い。

「ボクは、キミのいう、とおり、……羽虫だ。つまらない羽虫だ。
 どうして、羽虫が、羽虫のように振る舞って……
 キミは……腹を立てるの」

靴底の下で身を丸め、か細い声を出す。
それが聞こえているかどうかなど彼女にはわからない。
一度収まった涙が、再び流れ始めた。

「すべて、キミの言葉が正しい。
 ボクは、こんなふうに、一生……よわくて、ちっぽけで、なにもできないんだ……
 だから……
 そんなふうに、ボクに――期待しないでよ、ヘレボルス」

ヘレボルス > (乱れた髪の間から、ティネを見下ろす冷ややかな目が覗く。
 その表情からは既に熱が失われて、冷たく強張っている)

「………………、」

(ティネの目から涙が溢れたとて、もはや身じろぎひとつしない。
 その長い耳が弱々しい声をすべて聞き取ってから、乾いた唇をようやく開く)

「僕は……」

(息継ぎ、)

「……僕は魔王だ。誰しも僕を十全に満足させることなど出来はしない。

 僕は怒りだ。
 僕を満足させることの出来ないすべてのものに、僕は怒る」

(戯れのようでいて無表情、その語調は冷淡だった。
 冗談とも本気ともつかず、それ以上のことは口にしない。

 足を持ち上げる。
 尖った爪先で、精に満たされたティネの腹を柔く踏む。
 けれど決して、ティネの腹を踏み砕くことはしない。御された重み)

「踏み潰すことさえ徒労だ」

(言うが早いか、ティネの身体から、容易くひょいと足を退ける。
 それきり振り返ることもせず――暗がりの向こうへ姿を消した)

ご案内:「富裕地区/路地裏」からヘレボルスさんが去りました。
ティネ > 「ぅぇ…………」

つま先に腹を押されて、口からとろりと白濁が漏れる。
そうして、靴が、自らを怒りと名乗ったものが遠ざかっていくのに、
思わず手を伸ばそうとしていた。

(ああ…………)

謎めいた言葉が何を意味していたのか、ティネにはわからない。
ただひとつ、確かなものは……

(さびしい……)

この身体に堕ちて、最初は感じていたはずなのに、
いつのまにか忘れていた――そんな感情。
腹はこんなにも満たされているのに、すっぽりとどこか欠落してしまった。
行かないでほしい。はじめて、そう思ってしまったのだ。

それはきっと、ヘレボルスが最初に――

「…………ああぁ……」

熱が地面に吸い取られていく中、ティネはいつまでもそこに惨めに這いつくばっていた。

ご案内:「富裕地区/路地裏」からティネさんが去りました。
ご案内:「富裕地区/ファルケ邸」にファルケさんが現れました。
ファルケ > (屋敷のかつての繁栄を思わせる装飾の居間に、しかし今も飾られている調度品は少ない。
 皺ひとつない真っ白なテーブルの上座で、サロンチェアに腰掛ける男がひとり。

 深い皺が刻まれてなお頑健さを残す面立ちで、灰色の瞳が正面の暖炉の空洞を見ている。
 年老いた鷹の羽毛を思わせる短い髪が、小さく揺れていた。
 何をするでもなく上体を斜めに傾ぎ、椅子のアームに載せた腕で側頭部を支えている。

 ファルケ、と渾名されるこの男は、素性の知れぬ魔法使いであった。
 どこから来たのか、どのように暮らしているのか、誰にも見当がつかない。
 馬車を出すかと尋ねてくる召使の男へ、いや、と声だけで答える)

「迎えの必要はない。それがチェシャだ」

(了解を示した召使が、居間を後にする。
 机上に置かれた魔法のランプの他には、あえかな月の光が差し込むばかりの薄暗い部屋。
 間もなく『仕事』を終えて戻るはずの従者を待つ間、ファルケは彫像のように黙して動かない)

ご案内:「富裕地区/ファルケ邸」にチェシャさんが現れました。
チェシャ > ファルケが座して待つ薄暗い部屋の隅、その濃く落ちた影から小さくまろやかな何かがゆっくり姿を現した。
それは夜の色をしたベルベットの毛並みを持つ猫だった。
闇でもよく光る金緑の瞳を丸くしてファルケのほうをじっと見つめる。
にゃあとちいさく猫が鳴いてとことこと音もなく部屋の端を移動する。

月明かりが差し込む場所からまた影の中へ猫が入り、さらにそこを通り過ぎて再び窓の下に出るころには一人の少年がゆっくりと立ち上がっていた。
猫の体毛とそっくりの髪色をもつ、鋭利で端正な面立ちの少年がファルケの元へと歩み寄って恭しくかしづいた。

「旦那様、ただいまチェシャが戻りました」

面を俯かせ、仕事の首尾が体よく進んだことを静かな声で告げる。

ファルケ > (影のうちに現れた猫の方へ、寒々しい色をした瞳が無感動にじろりと向く。
 そのしなやかな姿がゆっくりと歩み寄り、音もなく少年の出で立ちに変じて眼前に立つ。
 優雅に跪く少年従者――チェシャを見下ろして、ファルケの硬い眼差しがようやく幾許か和らぐ)

「御苦労」

(伏せたチェシャの目元を、皺に縁取られた目がじっと見つめる。
 仕事の仔細を聞くに、くっと喉の奥で小さく笑った)

「やはりな。お前に頼んだ甲斐があった。
 実動には――ヘレボルスをくれてやろう。渡した金の分は、働いてもらう」

(血腥い抗争の兆し。ファルケがヘレボルス、と呼ぶのは、彼がマグメールへ入国して間もなく雇った傭兵だ。
 魔性の血が与えた美貌を破滅的に損なう言動で、ファルケの屋敷で使われている人間の中でも、特に忌まれていた)

「お前は十分に休め、チェシャ。…………、おいで」

(節くれ立った古木のような指先がひらと動いて、腰掛けたままの自身の下へチェシャを招く)

チェシャ > 主人のまなざしにさらされれば、恐縮したようにまた深く頭を下げる。
労いの言葉と満足そうな声音にチェシャもまた安堵と深い満足感を胸に抱いた。

「もったいない言葉にございます」

だが次に出てきたヘレボルスという名前に、しばしの間チェシャの口元が食いしばられる。
主人が最近雇った傭兵・ヘレボルス。毒花の名を借りるその男とも女ともつかぬ傍若無人の若者を、どうもチェシャは好きになれなかった。
確かにあの傭兵は美しく、腕前も確かではあったがチェシャのきらいな享楽的な性質であり相性が悪い。
主人がよしとしているからいいものの、もしそうでなければさっさと排除するかどうにかして契約解除に持っていくところだった。
もっとも、一度としてあの魔族の血が混じった傭兵に勝てたこともなかったのだが。
主人の手前堂々と批判することもはばかられたので今はぐっと胸の内に秘めているのだ。

紛争にはもってこいの人物であり、また主人の采配は絶対であり確かなものである。
そこにチェシャが口を差し挟む余地はない。後程あの傭兵に使いを出しますとだけ、口に出して頷いた。

主人の手がチェシャを招く動きにようやく彼は顔を上げて立ち上がる。
どこか遠慮がちに主人のそばへ歩み寄り、そっとファルケの首へ細い腕をからめようとした。

「……エフライム様」

熱がかすかに残る声音で、自分だけが呼ぶことを許された名前を愛おしそうに囁いた。
秘密の暗号めいた言葉。すっかり魔術を解かれた頭部の猫耳としっぽが心地よさそうに揺れ動く。

ファルケ > (アームチェアにゆったりと凭れたまま、チェシャの眼差しを、その形のよい唇の奥で噛み締められた歯の動きを見る。
 従者の、傭兵ヘレボルスに対する感情を察しているためか、掛ける声は柔らかい)

「案ずるな、チェシャ」

(“エフライム”。魔法使いが決して知られてはならぬとする真の名を、愛しげに呼ぶ声。
 チェシャの細い腕が、己の首へ絡みつく。
 異国の樹脂と花とが交じった煙たく甘い匂いが、チェシャの鼻を掠めゆく。
 主人の寝室で炊かれる香炉の匂いは、室外の何処に在ってもそれがファルケの香りだった)

「ものみなこのエフライムの手の上だ。
 お前の甘やかと、『あれ』の棘とが、私には余さず必要なのだ」

(チェシャの背中を、ファルケの腕が穏やかに這い登る。
 薄い背を、艶めく髪に覆われた頭をそっと引き寄せて、チェシャの唇を静かに塞ぐ)

チェシャ > 抱きしめたよく知る相手の香りを深く胸に吸い込む。
さまざまなものと交わる主人だが今だけはチェシャのみがこの体温と匂いを独占し
変わらぬ匂いの確かさをきちんと教えてくれるのだ。

掛けられる言葉と声の柔らかさとは裏腹に、チェシャは自分が激情を隠しきれていないことを深く恥じ入った。
むしろ主人の慧眼の前では何もかも見透かされても仕方ないのだが、それでもファルケの懐刀であり従者であるならばチェシャという個人を徹底的に押し殺すことが必要なこともあるのだ。

「申し訳ありません、エフライム様。
 何もかもあなた様のために揃えましょう。未熟な私めが案ずることなどありません」

少しだけ伏せられた耳と目。だが口づけられればそれを静かに受け入れ、うっとりとした表情で舌をからめる。
主人が満足するまでざらついた舌で口内をちろちろと舐める。合間に主人の皺が刻まれた頬や額に鼻先をこすりつけたりキスを振らせたり、猫が自身の匂いをこすりつけるようなしぐさをする。
その熱心さたるや、情の通った女もかくやという様だった。

「旦那様、今宵の夜伽はいかがしますか?」

口を離した隙にそっと問いかける。もし自分を使っていただく必要があるのならまず身を清めたい。
まだあの薄汚い王族の男の体液が中に残っているし、万が一にでも返り血がはねていたらそれを主人に触れさせるわけにはいかない。
少しの汚れもこの主人へと触れさせるわけにはいかないのだ。

ファルケ > (欠けたる半身を取り戻したかのように、チェシャと深く身を寄せ合う。
 抜き身の刃のような若き従者の頭を撫で、交えた舌先が愛撫めいた。
 静かな室内に、互いの吐息と口吻の音だけが微かに響く)

「そうだ。
 お前はただ私だけを見ていろ――チェシャ。
 私の心が、お前を止まり木に保たれていることを忘れるな」

(厚い手のひらがチェシャの首筋を回り込んで滑り降り、布越しにその胸元を、腹を探る。
 チェシャの問いの声に、間近のファルケの顔が穏やかに笑った)

「頼む。……寝室で待っている。
 お前が務めをやり果せた労いに――そして、私の安らかな眠りのために」

(チェシャの潔癖な心掛けのために、夜伽に至るわずかな時間さえ惜しむように身を離す。
 行き給え、と顎で部屋の出口を示した)