2022/09/04 のログ
マーシュ > 「───なるほど、左様で」

引きずり込まれるか否かは置いておいて、告げられた事実を受け取る様に頷いた。
おそらくは一歩踏み入れるだけで場違いさには気づくのだろうなと思いながら。

修道女の常の身だしなみとして、髪を人に晒すことはあまりない。
特にそれが必須というわけではないが──身についた習慣を変えるというのは難しい。

己の歩調に合わせてくれているのだろう、歩調で歩きながらの言葉に耳を傾けながら。

「───私は、マーシュと申します。─────護衛、ですか、それほど危険があるようには思いませんが……、……?」

ただ、腰のあたりに軽く触れられると訝しむように眉根を寄せた。
何故、と問いたげな眼差しを向けるも、口にすることはなく。

己のあいまいな言葉にも愛想よく案内してくれるのには感謝するが、あまり人の手を煩わせること自体には慣れていない。

道行の、曲がり角や、景色などを眺めつつ、案内されるまま、というよりは、順路を覚えるように時折視線を彷徨わせ。

己の宿舎は王城なので、帰るというには逆方向だ。

単に庭園か、図書館か、あるいは礼拝堂か。女にとって落ち着けるところに落ち着こうと思っていただけだったので、目的はないといえばない。

相手の欲求や、欲望の落としどころを知る由もない以上、他愛のない言葉を重ねながら。

「アルマ様は街にお詳しいようですが、何か用向きがあったのではないのですか…?」

アルマ > 美人を置いて我先にと歩く趣味も無く、歩き出した女性に合わせて歩く程度のマナーは師である魔女に教わっているので、自分の歩みが歩くペースにならない様に少々気を使いながら、富裕地区の特有の少し高価そうな石畳をサンダルの裏で踏みしめ進む。

耳心地の良い声色でマーシュと名乗った修道女の彼女が曲がるなら曲がるし、真っ直ぐなら真っ直ぐと歩き続ける。

「必要あると思うけどね?マーシュさんほどの見目麗しき修道女さんなんて若い貴族や商人たちには美味しそうな肉が歩いている様にしか見えないだろうし……。」

言葉は過度に褒めて警戒されないように歩く速度以上に気を使いながら言葉を選び、選んだ言葉は少しまだぬるい夜風に時折灰色の眼を細めてそれでも笑みを浮べた唇で紡ぐ……ただ何故問いかけてくる女性の眼差しには悪戯っぽく視線を細めただけで答えの言葉はない。

「僕はプライベートに無理矢理組み込まれた仕事の帰り道。仕事としては貴族の方にブーケを届けてきたところなんで、まあ、帰りに図書館と庭園にでも寄ろうかなって。まあ帰宅してもやる事なんてないし、どこか落ち着ける場所でゆっくりと眠気がくるまで……って考えてたし。」

時折修道女の視線が道を覚えるような動きを見せた時にだけは歩く速度をゆるめて、様子を覗いつつ歩みを止める事は無ければ他愛の無い会話を止めることもない、ただ有り触れた会話をくり返す時間もまた楽しいもので、終始表情は緩みっぱなしである。

あと自分のこれからの予定も彼女に伝えておく、元々暇をしていたので今があると、もし興味あがる反応があれば誘うつもりだし、彼女がもう一歩情報をだして、其処に向うのであればやはりお付き合いするつもりだ。

掌には何とも心地良い修道服の布の感触と彼女の肉の感触が名残としてあるのだから。

マーシュ > 修道女の、編み上げ靴の硬い靴音と、彼のサンダルの平たい足音が、連れ立って響いている。

目的があるようなないような、寄り道を兼ねた道のりは、おそらく効率的ではないが。

「………肉、ですか」

相手の表現に思わず己の体を見下ろした。
基本的に粗食……のはずだが、と困惑気味に。
それが比喩や暗喩とはわかっていてもそんな反応になってしまう。

少なくとも金品を持たない己に価値があるというのなら、その身、ということにはなるために。

己に対する不埒ともいえる行為への返答は無言のままに流されてしまったため、それ以上追及することはないが、釈然としないものは残ったまま。

己の意をくんだ様な言葉には、僅か思案するように目を伏せた。

「であれば、庭園のそばまでご一緒していただけますか」

このまま己の迷い道に付き合わせるのも忍びない。ゆえに改めて目的地の一つを伝えると、案内をお願いしても?と今まで己の道のりを優先してくれていた相手に伺いを立てた。

若干、相手に浮かんでいる笑みに胡乱気な眼差しを投げかけるものの、表だって何かを口にすることはなかった。

アルマ > 誰かと道を歩くのに寄り道しようが、真っ直ぐに進もうが、あまり気にしない性分としては彼女の歩み方を気にする事も無く、ただただ歩みに合わせて共に歩くのを楽しんでいる。

「……肉、まあ、そのね、包み隠さず言えば修道服の下に隠れた身体に興味津々……いや、その、…ヤリたい盛りって言う…違うな、抱いて楽しむのにって奴かな!」

彼女が視線をその自らの身体に下げたなら、自分も視線を追うような感じに灰色の瞳を向けて、胸元に好奇の眼差しを向けた後に視線を相貌へと持ち上げて、卑猥な言葉をなるべく卑猥にならぬ様に答えてみる。

当然「肉」の意味がわかるからこその修道服に身体に視線を落としたのだろうが、一応、一応……明確に伝えておこうと考えての発言であるが、ちょっと言葉が過ぎたかと少々反省を、でも正直そんな言葉を向けられての彼女の反応も見たかった。

「勿論、庭園の傍までご一緒に。良ければ庭園で少しご一緒できると嬉しいかな?折角だし庭園でのんびりも悪くないし。」

悪戯は適度に。
彼女の反応を見るための言葉から、お伺いの言葉のほうに意識を向け、笑み絶やさぬままに、其処までの道のりへの同意を告げると、今度は先程よりも腕を伸ばす動作を見せるように、ゆるりとした早さで彼女の修道服に包まれた腰よりも先程よりもお尻に近しい場所に腕をまわそうとし、叶えばそんな状態で案内するように道を進むだろう。

今歩く富裕地区の通りからから平民地区の境まで、そこから庭園までそう遠くはない筈で。

マーシュ > 「………つまりこの体でございましょう?」

ぽす、と己の胸元に手を当てて。包み隠せてない言葉を引き継いで言葉を紡ぐ。
それ自体には、何の感慨も得ていない、というか。初対面の相手にそのような言葉を投げかけて好意的に思われるのであれば、それはそれで特殊な人間関係の築き方のようにも思う。

明確に拒絶はしないが、さりとて肯定もしないまま。

「アルマ様のお考えはよくわかりました、が、私にも意思がございますので」

穏やかではあるが、別に流されるままでも、意思が弱いわけでもない言葉を嘯いた。
特に主教は貞節を強要しているわけでも、姦淫を忌避しているわけでもない。それは己が見て知ったこと。
その事実をことさら強調するわけではないが、ただ己の意思としての言葉を告げた。


「………いえ、そこまでで結構です」

思案を挟んでから、女は相手の提案に首を横に振った。
ついで相手の手が腰に伸びてきたのを手で阻んで返す程度には、意思を明示して。

「そう言ったことはどうぞ仲の良い方と」

二度目はさすがにないですよ、と穏やかながらもしっかりと拒絶して。
怒らないのはそれほど実害がないからだろう。

「では、そういうことで────」

そう遠くない位置までやってきているのであれば、女にとっても見覚えのなる建物は増えてくる。
であれば迷い道の終点もほどなくやってくるのは間違いないだろう───

アルマ > 「……それは勿論、意志を捻じ伏せて無理矢理何て僕の趣味ではないからね……まあ悪戯くらいはするけども。」

修道女の穏やかながら明確なる意思の篭った言葉と、たおやかなる手で悪戯心を阻まれれば、その拒絶の手に自分の手を軽く重ね触れてから、そっと手を退け腕を引いてバツの悪そうに肩を大きく竦めて、表情を残念そうな笑みへと変えた。

「僕としてはマーシュさんとアレやコレを含めて仲良くしたかったけど、これ以上は怒られそうかな。……もう少し歩けば庭園だけど、また見かけたら話しかけるくらいは許されるかな?出切れば別れに手の甲にキスでも……。」

少しだけ早く彼女の行く先よりも一歩前に出ると、今度は無理に悪戯をする心算無く、それでも名残惜しいことを言葉に告げ、柔らかな笑みを口元に称えながら、その返答を待つように真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ視線を合わせて訊ねてみる。

これで縁が切れるのは勿体無い。
また時間を重ね合わせたい。
それよりもその先も是非ともと、言葉と眼差しと表情で彼女の返答を待つ――…拒まれる前提ではあるがただ1つの意地悪をのせて。

もし手の甲への口付けが叶えば、ちょっと魔力を吸ってみようかな?くらいは思うほどに今宵であった彼女はとても美しくそして美味しそうで……。

もう僅か、問いと答え、それさえ決まれば分かれ道。
当然拒まれたら追いかけるほど、空気のわからぬ男ではない――…ない。

マーシュ > 「────そういったことを言葉にして、同意できるとは思いませんが」

困った様に言葉を返す。
己の手に触れて、感触を残してから手を退けるのをやや困惑気味に視線を向ける。

「………正直困惑しております。………ええ、ご縁があればそれはかまいませんが。このようなことばかりを仕掛けられると、同意しづらくはなりましょうね?」

まるで貴族の挨拶のようなそれを持ちだされるのに、嘆息した。
険悪になりたいわけではないが───、特に知り合って間もない相手と交わすものかと問われるとやはり疑問は抱いたまま。

彼の視線を切るように目を伏せると、無感情に手を差し出した。
どうぞ、と無味無乾燥なそれに何の意味もないと態度で示す。

彼が魔力を吸う様な『悪戯』を行うのは、己の意思を無視していないといえるのだろうか?

アルマ > ――…あっ彼女には勝てない。
論戦の結果とか力でのやり取りの結果とかではなく、彼女が紡ぎだす言葉の真っ直ぐなそれと、明確なる意思表示を返す姿に何故か勝てないという言葉が脳裏に浮かびあがる。

彼女の困惑気味な視線とそれを言葉にさえして返答をくれた彼女に対しては、一応別れ際くらいは誠実であろうと、邪な考えを飲み込むと、無感情に差し出された修道女の手にその掌に自分の掌を支えるように合わせてから、そっと笑みを浮べる唇を寄せて、『悪戯』を行う事無く、彼女の手の甲の感触だけ唇で触れ楽しんでから唇を離してまた笑う。

どうせなら眼を伏せた彼女の唇が良かったが我慢。
思わずそれを言葉に仕掛けたが……。

「……困惑する顔も口づけをまつ顔もまた美しい、と言ったら少々気取りすぎですかね?と、これ以上同意し辛くなる前に僕はお先に失礼をば……。」

魔力を出来る限り吸い上げて脱力させて、も楽しそうだったが、彼女の表情は曇らせるよりも咲かせた方が万倍楽しそうだと言う事で、悪戯を止めて、軽く会釈をすると踵を返して歩き出す。

去り際に自分の唇を指で撫でて彼女の手の甲の余韻を味わいながら青年は立ち去るのであった。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区『目抜き通り』」からアルマさんが去りました。
マーシュ > 「────」

言葉通り、差し出した手を取り、そこに唇が触れる。
仄かな体温を互いに触れさせて、やがて離れたのを見送り。

相変らず、変わらぬ調子で紡がれた言葉に眉尻を下げた。

「──ええ、お気遣いありがとうございます」

最後の戯れめいた言葉に返すよりも前に、会釈し、踵を返す相手にここまでの案内のお礼とともに頭を下げた。

彼が己の意思を優先しなかったことは、おそらくは互いの関係性の溝を深めることにはならなかっただろうが。
困ったものですね、と彼の背を見送り終えてから、修道女もまた、庭園の中へと姿を消していったのだ。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区『目抜き通り』」からマーシュさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にメレクさんが現れました。
メレク > 王都の貴族邸宅にて行なわれる仮面舞踏会。
普段よりも照明を落とした薄暗いホールには管弦楽団による艶やかな音楽が鳴り響き、
華やかなドレスで着飾った男女が肌が触れ合う程に身体を近付け、会話や舞踏に興じている。
彼等は皆、一様に仮面を付けており、己の素性が何者であるのかを分からなくしていた。

表向きにはやんごとなき者達の社交の場である夜会。
しかし、その実は有閑貴族達が一夜の享楽に耽るための集いであるのは明白。
貴族の他にも見目麗しい奴隷の男女や高級娼婦、事情も知らずに集められた女達が
出生地、人種も問わず、王国人以外にも北方帝国人、ミレー族や魔族まで、多種多様に混ざり込む。
そして、灯りの届かぬ会場の隅からは男女の熱い吐息や嬌声が、音楽の途切れる合間に漏れ聞こえてくる事だろう。

その会場の中央の壁際にて一人の男が二人掛けのソファに腰掛けて高級ワインを嗜んでいる。
でっぷりと肥えた身体に、節くれ立つ十の指に嵌めた豪華な太い指輪。
仮面で顔を覆っていながらも、正体を隠す意志が見られない彼は、この夜会の主催者である。
傍らに奴隷達を侍らせて、時折、近寄ってくる貴族達との他愛もない会話に興じながら、
男は快楽に堕落する人々の姿を眺めて、心底愉しそうに只々ほくそ笑むばかり。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」に夜会のざわめきさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」から夜会のざわめきさんが去りました。
メレク > 【部屋移動】
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からメレクさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/墓地」にヴァンさんが現れました。
ヴァン > 街を望む丘にある霊園。
この地に眠るのは王族・貴族がほとんどだ。毎年請求される莫大な維持費用を払えない者の墓は情け容赦なく移設される。
地獄の沙汰も金次第。運営しているのはもちろんノーシス主教だ。

銀髪の男は普段とは装いを異にし、黒いスーツに白シャツ、黒ネクタイと喪服でその地にいた。バンダナも外している。
霊園の一区画に向かうと、いくつかの墓に持っていた花を手向けた。
何の感情も読み取れない、凪いだ瞳。時折吹く強い風で男の目が髪に隠れる。一つの高価な墓石の前にただ一人、佇んでいた。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区/墓地」にマーシュさんが現れました。
マーシュ > 風の音に、鐘の音が混じる。
墓地には思い思いに祈りを捧げに来る縁者や、あるいは見知らぬ人も訪れる。

小さなブーケや、身の回りの手入れ品などこまごまとしたものが捧げられ、生前のその人の人となりを偲ばせる、あるいはここに眠る方々の身分を思えばその人望と言い換えてもいいのかもしれないが。

修道女は、傷んだ花を、手かごに携えている新しいものに静かに入れ替えながら、時折かけられる声に応じるように静かな挨拶や、祈りの言葉を交わす。

まるで時間の流れが停滞するようなその場所で、知人の姿を見かけるとは思わなかったのか、少し離れた場所で歩みをとめる。

祈っているのならばその邪魔をすることもない。普段と装いを異にする姿が余計にそう感じさせるのかもしれない。

ヴァン > 物思いに耽っていたのだろうか。女が足を止めてから暫くして、男は反応した。
らしくない。びくりと身体を震わせ、振り返ると同時にジャケットの右側を右手で払い、背中側に装備した何かに手をかける。
マーシュの姿を認めると、緩く息をついてから手を戻す。

「やぁ、マーシュさん。こんな所にも行かされるなんて……王宮の人達も人使いが荒いな。
それとも、色んな所に行って街を知るように、っていう社会勉強でも兼ねてるのかい?」

目を一度閉じ、開くといつもの男。手を挙げて、歩いていくべきか留まるべきか逡巡した後、近づいていく。

マーシュ > らしくない、のはむしろ男のほうだろう。
修道女は別に気配を消しているわけではない、そのようなことを習得する立場にはないからだ。
男が何かを探るような仕草を見せるのには無言のまま身じろがない。ある種それが、武力のない修道女にとっては一番の保身の術であるのだろう。

ただ、静かに首を垂れたのは、ここに眠るあまたの人々への畏敬を示すこともあって。

相手の問いかけにようやく口を開く。
彼相手なら多少の本音は口にしても問題がないのはわかっているからだ。

「これも勤めではありますが──王城に詰めるのよりは、己の祈りに近い気がいたします」

けれんみない言葉は、ただ事実を告げて。
普段を取り戻した相手が歩みを寄せるのを見守りながら、さらにその奥の彼が佇んでいた墓石へと視線を向けた。

ヴァン > 「そうだな。外国にも行って色々な宗教を知ったが、死者へ敬意を払うことは共通している。
……どうだい、街の連中は?男や女からナンパとかされてないか?」

調子を取り戻したのか、完全に普段の姿。バンダナがないためにいつもよりは大人びて見える。
大人に対して大人びて、というのも妙な表現だが。
口調は軽いが、軽口が口をついて出るのが遅い。ただの墓参りではなさそうだ。
男は顔を見せるのを避けるかのように先程まで見つめていた墓へと向き直った。
男が花を手向けた墓は、どれも古い花がそのままになっていた。誰かが入れ替えるとは知っていたが、そのタイミングまでは知らなかったらしい。
貴族・王族らしく荘厳な5つの墓と、平民の墓地にあるかのような平凡な2つの墓。その2つには碑銘さえ刻まれていない。
ぽつりと呟く。ちょうど風が止み、男が思った以上に声は響いたか。

「前、俺がいた場所のことは話したよな。それ関係だ」

マーシュ > 「………形は違っても思いは変わらないということでしょうね。…………こういう場所であまりいい冗談とは言えませんが」

……女?と訝しむように首をかしげる。
異性はもとより、同性に対しても注意しろということなのだろうかと細めた眼差し。

額が露わになっている姿は少し見慣れはしないが、だが、年齢相応というべきなのかもしれない。
───ただ、その肝心な年齢のことを己はしらないが。

男が向き直るのを止めはしない。
此処はそういった場所だ。

古い花がまだ置かれたままの墓石に、それを入れ替えていた修道女は静かに歩みを寄せる。
一つ声をかけてから膝をついて、祈りの仕草と小さく言葉を手向けて、傷んでしまったそれと、新しく瑞々しい白い花へと入れ替える。

一つ一つ。墓石の作りの違いは明確だったが、修道女にとってそれは等しいものとしてあつかわれる。

最後の一つを入れ替えて、紡がれた言葉を耳にしても、祈りを終えるまでは口を開かず。
それを終えてからようやく、一言。

「…………然様ですか」

多少は耳にした彼の過去。それが目に見える形でそこにあることへわずかに視線を揺らすも、何を口にできるわけでもない。
慰めを必要としているわけでもないだろう。
腰を上げて、向き直り、墓石群の前から一歩退いてから。

「───風の通る良い場所です」

ただ一言、彼等が眠るそこが、居心地の良い場所であることを紡いだ。

ヴァン > 返答にはどちらも頷いてみせた。

ゆっくりと歩き、足を止めるのは先程まで佇んでいた場所。豪華な5つの中でも格が違うと見た目でわかるのは、王族のものだからか。
女が傷んだ花を入れ替えるのを終えると、感謝の言葉を述べた。

「こうやって見るまで、名前も思い出せない。あだ名というか、呼び名があったからな。
この豪華なのが隊長で、あとは…………同僚さ。いい奴も、気に食わない奴もいた。
いい場所だ。とはいえ、本当に眠っているのはみんな、故郷さ。この土の下にあるのはこれだけだ」

それぞれに思い出があるのだろう。一言で纏めたことに無理があるのは明白だった。
これ、の時に男は首から下がる聖印を示した。この墓は主教の人間のために建てられたのだろう。
墓の格差がそれを示しているとも言えた。
陽が翳ってきたか、男は眉を顰めた。女へと尋ねる。

「少し冷えてきたな。この近くに風を凌げる場所はあったっけ?」

マーシュ > 己の言葉への頷きは、どちらも。前半はともかく、と少しだけ気の抜けてしまう嘆息は零したけれど、基本女は己の職責に対しては真摯に向き合っているつもりだ。

静かにそれらを終える。墓石の装飾の違いは明確で、だから逆にこの並びは珍しくはあるのだが。だが、それ以上何を思う必要も女にはない。

向けられた感謝の言葉には首を横に振る。
己に対してのそれは必要はないと言いたげに。

「それが記憶というもので、……思い出でよろしいかと思います。」

紡がれるまま、示されるままに視線を滑らせる。
一言では言い表せないそれを、それでも言葉として伝えようとしてくれるのに頷く。
墓石の下に置かれているもの、を示されると目を伏せる。
それもまた、珍しい話ではない。
………それでもこうして形は必要なのだと思う。残された人の為にも。
それをあえて口にすることはないのは、相手の職分を思えばこそだ。

「……?ええ、こちらには貴族の方もいらっしゃいますから、休憩用の建物がこちらに」

どうぞこちらに、と案内に立つように手を差し伸べ、先に立って歩きだす。
相手の歩調より己が早いことはないと思うが、時折立ち止まりながらのそれで。

ヴァン > 男がもし死んでいたら、平凡な墓石は3つ並んでいたのだろう。いや、一つも並ばなかったかもしれない。
首を横に振ると、男はそれでも、と伝えた。その人自身の務めであっても、誠実に行われることに謝意を述べたいらしい。

「助かるよ。お茶の一杯でも飲んでから帰ることにする」

女が先導すると、歩調をあわせて歩む。立ち止まり確認するような素振りを感じると、女の横に並ぶ。
人一人分の距離をあけて、近づきも離れもせず、女の視界の隅に映るように。歩きながら口を開く。

「さっきマーシュさんは思い出と言ったが、ここに来ると柄にもなく、過去に思いを馳せる。
あの場にいた全員にとって、各々が何を選択するのが最善だったのか。今でもわからない。
最悪の選択をしたのかもしれないが、神ならぬ身だ。わかりようもない。
君はこれまで、世話になった神父さんとか、大切な人を喪ったことは?」

最初に会った時、家族はいないような素振りだった。少し言い方を変えて聞く。

マーシュ > もし、はないが。その場合はこうして言葉を交わすことはなかった。
重ねての謝意には、躊躇いがちに頷いて、受け止めることにした。

此方に歩調を合わせ、並んで歩いてくれるのに、向かう先を軽く示す。
整えられた石畳の道の先、簡易的、とは言えここを訪れる身分のものへの配慮か、それなりにしっかりした建物が姿を見せる。休憩用ということもあって、さほど大きくはないが、お茶の準備程度であれば不足はないだろう。

もちろんそこは、墓守や、主教関係者用の建物とは別。
彼であれば関係者用の建物でも問題ない気はしたが、一番近かった。

付かず離れず、理性的な距離と言えるそれ。
会話するにはそれでちょうどいい。


「私は───ヴァン様ほど経験を重ねているわけではございませんが。……辛いことを思い出にすることで、心の傷を癒しているのではないかと思います。そのままの痛みを抱え続けるには、残された人には辛すぎますでしょう?」

それでも、全部を忘れたくはないから、人は思い出として残すのではないかと己なりの言葉を探る。

過去、なされた判断がどういったものかはわからないが───
彼がいなければここに形が残ることもなかったのかもしれないのだったら。

重ねての問いかけには首を横に振る。

「父母は最初からございませんでした。……お世話になったのは聖都の……修道院の院長ですが───」

少しだけ困った様に言葉を切った。
大切な人ではある、けれど己をここに送り出した人でもある。複雑なところだ、と。

「まだご健在でうれしくはおもいます」

だから己にとって大きな喪失はない、あるいは最初から欠けているところがそうなのかもしれませんね、と穏やかに返した。

そんな会話をしているうちに、休憩所の入り口には差し掛かるだろう。

ヴァン > 向かう先を示されると理解したとばかりに頷く。
男にとっては王侯貴族は会いたい相手ではないが、それ以上に女のいる前で主教関係者には会いたくなかった。
噂で聞かれることはあっても、どれだけ己が組織内で嫌われているかを目の前で見せたくはない。

「そう言われると、俺は思い出にできているのか不安になるよ。齢36のいい大人が過去を引き摺るのは格好悪いな……。
ま、俺みたいなオジサンも今のマーシュさんみたいに、悩んだり迷ったりする時期があったってことだ。」

自嘲気味に笑うと、湿っぽい空気を変えるように少し茶化してみせた。
痛みを抱えたまま、いまだ主教に留まり独自の活動を続けることで思い出にしようとしている。
マーシュの言葉を借りるならそんなところか、と男は考えた。

父母のくだりは想定通りか、頷きを返す。言葉を切ると顔を向ける。言い澱む何かがあるのかと。

「色々、院長に思うことはあるかい?まだ言葉が通じるうちに言いたいことを言いあうのがいい。
今の関係ではいられないだろうが、何もせず後悔するよりはいい」

休憩用の建物に入ると息をつく。夏なのに風が強く夕方になったせいか、少し肌寒さを感じる。