2020/11/08 のログ
ラルカ > ツクリモノであるからこそ、何処までも精巧に、ひとの欲望を煽り立てるように。
外側の性別こそ違えど、この人形もまた、そういうモノであれ、と創られた愛玩物だった。
無意識に選んだ言葉、仕草、眼差し、そして、笑顔。
それらが紳士然とした相手に何を齎すものかも知らず―――――悪い子、と言われても、
今度はまるで褒め称えられたかのように、こそばゆげに口許を弛ませてしまう。

「はい、……とっても、悪い子、でしょう?」

だから―――――と、更なる毒を紡いだりはしない。
未だ駆け引きには疎く、解りやすいご褒美に飛びつきたがる性質ゆえ、
重ねた手を離さず繋いでいても良いのだという、そちらにばかり気を取られて。
細い指を絡ませ、小さな掌を重ねて―――――華奢な靴を履いた足が、紳士とともに歩き始めた。

心臓が、トクトクと早鐘のように鳴っている。
晩秋の冷たい夜風が頬を弄るけれど、どちらかと言えば暑いぐらいに感じた。
初めての街歩きは、点在する街路灯の明かりさえ、石畳に刻む二人分の靴音さえ、
何もかもが希少な宝石の煌めきを放っているようで―――――上気した頬が冷めることは無く、
物珍しげに辺りを眺め回しては、時折傍らの紳士を見あげる表情にも、一点の曇りも見えず。

―――――そうして、辿り着いた一軒の店。
並べられた品々の真贋を見極められる目を、当然の如く人形は持たない。
色鮮やかで美しい、―――――無意識にもう一方の手を軽く開き、そこに収めた透明な石を見降ろして。
陳列棚に並ぶ色とりどりの宝石と、興味深げに見比べながら、

「これ、は、宝石、ですか……?
 綺麗な色が、いっぱいあるんですね、―――――まるで、姉さまたちみたいです」

ガラスの檻に並べられた、人形たちのうつくしさ。
それ、を直ぐに思い出していながら、人形の顔に悲壮感は欠片も無い。
ただ、きゅっ、と己だけに与えられた石を再び握り込んで、

「ぼくも、いつか……こんな風に、綺麗になれるでしょうか。
 姉さまたちみたいに、……つややかで、キラキラの、―――――…」

―――――それは、人形に生まれた身に備わる、本能、のようなものだったろう。
誰かの目を奪うほどに綺麗になりたい、そして、誰かに愛されたい、という―――――
掌のなかの石を握るより、ほんの少し、遠慮がちに。
それでも確かな意思を持って、繋いだ彼の手を握り直してしまうのも、また本能として。

アイゼン > 人形の手が触れる自らの手は、全身の神経を全て引っこ抜いてこの手に束ねられたかのようだった。
わずかな指のくすぐりすら、上りそうな声が喉元にせり上がる。されど、握り返したらその細やかな造りを壊してしまいそうで、今はただ人形の感触を刻み込むだけだった―――手に、心に。
意識と神経は、陳列を眺める目と、手が受け取る至極のそれへと、ふたつに引き裂かれながら。

棚の上は同じ視線が向かえば、4つの瞳の虹彩には豊かな色彩が煌めく。お伽噺で、宝箱を開いてその綺羅びやかに顔を照らし上げられる光景かのように。
「不思議なものさ。宝石は自らの色やその輝かしさは見れないからね。ラルカにそう褒めてもらうまで気づかないんだ――」
宝石は自らを誇ることがない。ゆえに曇らない―――姉妹の溢れる美を嫉妬せず、讃える人形の口。その美しい曲線に目を奪われながら、棚の上に想いを封じ込めた言葉を散らかした。
いくつかの品を持ち上げて、人形の頬に添えてみて微笑む、または自分の額に当ててお道化てみせて笑う。

やがて雑多に重ねられた品々の底から、ひとつの品を持ち上げる。飴細工。掌に収まるほどの大きさの円盤状に誂えたそれは、透き通る生地がその多くを占め、その内側に色とりどりの丸く小さな珠を閉じ込めていた。
「これは飴なんだ、でも食べられない。人は偽物と表現することもあるが、この美しさは―――だれも否定できない」
食するためには味付けのためにもっと白味がかった色合いになる。
これは本物より本物だ。そう告げる瞳が人形に近づき、自らの宝石、黒い瑪瑙の瞳を近づけた。
夜風に冷えたお互いの鼻先がかする感触。フェルト帽子は突き動かすように背を押してくる情欲をどうにか呑みこんで、それを内側で消化―――昇華した言葉を告げる

「君みたいだ」

ラルカ > 彼が力を籠めたりはしないから、繋いだ手は人形にとって、ただただ柔らかくて、あたたかい。
それを、頭の何処かで――――あるいは心の何処かで、物足りなく感じているようだ、とは気づいたが、
具体的にどう物足りないのか、本当はどうして欲しいのか、というところまでは思考が及ばない。
――――もし考えついたとしても、それをそのまま口にする図々しさを、人形は持ち合わせていないけれど。

「ああ、……そうですね、宝石には、目、がありませんものね。
 でも……自分で自分のこと、綺麗でしょう、って澄ましてみせる子より、
 自分が綺麗なこと、知らない子の方が、きっと、ずっと綺麗なままなんです。
 だって姉さまたちは誰も、自分が一番綺麗だ、なんて言いませんもの」

いずれ劣らぬ美しさを、誰も彼もが持っているからかも知れないが――――
姉人形たちは皆、自ら誇ることも無く、それでもとても美しいままなのだ。
その揺るがない美しさが、不安定な存在であるこの人形の憧れだった。
妬み嫉みとは無縁だけれど、ただ、届かないものとして憧れて―――――

けれども。
傍らに立つ紳士の手が、ひとつ、色とりどりの煌めきを閉じ込めた、透明な細工物を取り上げる。
食べ物を模して創られた、けれども食べられないからこそ、ずっと美しいままの、それを―――――

「――――― ぼ、く、」

本当に美しい、姉さまたちみたいなモノになりたい。
それが今、この時まで、確かにこの人形の望みであった筈なのに。
偽物でも、紛い物でも、食べられなくても、―――――艶やかな黒瑪瑙の一対に、
魅入られたように双眸を蕩けさせ、綻ばせた唇から、仄か、甘い香りを纏う吐息を洩らして。
きゅ、う―――――縋るように、絡め取ろうとするように、繋いだ白い指へ更に力を籠め。

「ほんものの、飴は……食べられたら、なくなってしまいます、よね?
 ……ぼく、ぼくは、………なくならない、こと、喜ぶ、べき、ですか…………?」

ずっとこのままで、ずっとこの黒い瞳に、綺麗だと讃えて貰えるのなら。
それとも、決して本物のように味わっては貰えないことを、嘆くべきだろうか、と―――――。

アイゼン > しばし言葉を失っていた。灯火を映す宝石の瞬きが幾瞬もふたりを閃き、人形が自身の存在の方向を見失った戸惑い。自らが引き起こした事とはいえ、人形のその揺らぎを湛えた視線に返すのは―――出会ってから変わらず抱き続けていた熱量。揺らぐ一対の紫色に寄せる黒い一対。先程は掠った鼻先も、今は躱して人形の頬へと進む
近づきすぎて視点が焦点をうしない、その顔がぼやけて見える寸前、その小さな唇の赤さだけが頼りだった。

「……食べても、無くならないようだね。」
―――それに、とても美味しい。とまで続けなかったのは自制が効いたのか。
宝石が瞬く一瞬、長い夜の中でほんの一拍。気づけば月も今は雲のカーテンを引いてた、それを見ないよう気遣ったのか。


夜が更ける。かけられた魔法が溶けてしまう時間だ。
良い意味でいまだ馴染まない繋いだ手を引き、歩むふたつの街路に長い影を引く。足音は逢瀬の終わりまでの数を読み上げてるかのよう。過ごした幻想のような時に心は軽いが、帰路につく足は重い。まるで体と心が引き裂かれてるようだった。
その前にたどり着けば、本来は落ち着いた色合いで品よく客を迎える人形店の構え。しかし今は、その佇まいは厳かで取り付く島もない牢獄を思わせた。その戸を叩く、もう夜盗の見張り店番も就寝しているのか、ノックをする指関節に痛みを感じ始めた頃、かすかに開かれた戸の隙間から店番の訝しげな目が覗いてきた。
交わされるいくつかの尋問と説明。虚実を綯い交ぜた説明で、どうにか店番の納得の頷きを引き出して、人形を返した。
今回は、先にするべき料金の署名を忘れてしまった事となり。支払う紙幣を渡す時、まるで自分の爪を剥がされるようで見ていられなく、懐から消えていく紙幣から顔を背けて目を瞑っていた。
懐まで軽くなったが、宝石のひととき熱い記憶で足は、体は、軽かった。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からアイゼンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からラルカさんが去りました。