2020/11/07 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にラルカさんが現れました。
ラルカ > ―――――人間であったなら、それは単なる気紛れである、と言えるだろう。
たまたま、店番の者の意識が金払いの良さそうな客に向いていた。
また別の店員は、新しく仕入れたばかりの人形を着飾るのに忙しかった。
そして、少年人形の目が、これもたまたま、裏口の扉が薄く開いているのを認めてしまった。

―――――逡巡はほんの一瞬、ほとんど衝動的に、人形の足が動く。
いつものショーウィンドウの前ではなく、開いた扉の方へと。
菫色のボンネット帽の下、金糸の髪が風を孕み、ドレスの裾が大きく躍る。
誰かが息を呑む気配がした、あるいは人形たちの誰かが、気づいて声を上げたかも知れないが―――――

「………は、…はぁ、っ…………」

走ると言ってもドレス姿、そもそも人形の足は、激しい動きに慣れていない。
だからほんの数ブロック離れた程度だろう、けれどもここは確かに、人形の知らない外の世界である。
何処かの建物の外壁へ背中を預け、宝石を握り込んだ両手で胸元を押さえ、
弾む呼吸に頬を紅潮させながら、夜空を仰ぎ見て双眸を煌めかせ。

「お、外……出られ、ちゃいました………」

ただ無邪気に、無心に、そんな呟きを洩らした。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にアイゼンさんが現れました。
アイゼン > それは夜の闇が滲み広がったかのよう。
人形が背を預ける壁面の脇。建物と建物の隙間から横に伸び上がる影が、肩、腕、頭部に脚と、人形の輪郭を形どっていく。やがて路地に抜け出したそれが、月夜に蒼冷めた街路に立った。てっぺんの羽根を添えた帽子頭がゆっくりと赤らむ小柄に向けられると。進み出す脚、もう一歩。月と建物影の境目から色白な顔が抜け出て、握手でもするような距離で止まった。以前と変わらぬ黒づくめの出で立ち。その表情も最後に見せた心安らかなままを持ち越してきたかのよう。

「これはこれは…!小さな君。とても驚きだ―――でもよく似合ってる。でもそんな様子なのは――?」
両手を上げ、両の人差し指と親指でもって仮想の額縁を宙に作ると、その真中に人形を据えて眺める
夜が似合ってる。月光に蒼く染められたドレスと白磁の肌、淡くきらめく金髪。それらへの賛美をこめて感心したような綻ぶ顔をみせた。すぃと伸びた黒い外套の手が指を向け、人形の揺れる肩、少し開いた口、絡み合った髪を触れるかどうかの距離で輪郭をなぞった。そして帽子頭が小首をかしげる―――慌ててた様子の跡を人形自身に気づかせるように。

ラルカ > ひとり、月明かりを浴びるというのは、実のところ初めてではない。
しかしそれも、人形に許された範囲内でのことであり―――――
全く、ただ自らの意思だけで、夜の街に佇む、というのは初めての経験だ。
心臓、というのが、こんなにもうるさく音を立てるものだとは知らなかったし、
呼吸がこんなにも簡単に乱れるものだとも知らなかった。
けれどそんなことよりも、―――――高揚感。そんな言葉すら、人形は知らなかったのだが。

「っ、きゃ―――――!」

不意に間近で声が聞こえ、びくん、と肩が震えてしまったのは、恐らく、
この小さな頭の中にも、罪悪感、らしきものは芽生えている所為。
しかしそれも、声のした方へ顔を向けて、身体ごと振り返って、
瞬き、ひとつだけで綺麗に拭い去られる。
再び見開かれた瞳は月光を浴びて輝き、まろい頬には屈託のない笑みが広がり。

「あ、……アイゼン、さま………!
 どうして、ここに、…―――――あ、あ、もしか、して、」

自由の利かぬ人形の身とは違う、その紳士がいつ、何処に現れようと不思議ではないのだろうが。
けれども知識の足りない頭は、足りないなりに懸命に考えて、ふ、と申し訳なさそうに眉根を寄せ。

「ご、ごめん、なさい……もしかして、あの、もしか、して、
 ………また、お店、に、……あの、会いに来て、下さっ、た、なんて、」

だとしたら、逃げ出してしまっていて申し訳なかった、そんな思いから口走った言葉だったが、
何だかひどく図々しくて、自意識過剰なことを言っている気がして。
声は尻すぼみに、恥じ入るように俯いてしまう。
そんな、自分にとってあまりにも都合の良い想像を、それ以上言い募ることも出来なくて。

アイゼン > 人形があげた、どこか自身の内側へ向けられた叫び声に、黒づくめは両手を肩の高さに持ち上げて掌を開いてみせた―――衛兵に尋問を掛けられた者が、自らの無罪を示すかのように。
幾分見開かれた目には、月光の鋭さの中とは対象的な柔らかな色を湛えていた。その目が、人形の小さな申し立てに感じる、いじらしい奉公の気構えを理解すると、それを肯定して愛おしげに目を細めた
しばらく人形の動転をいかんとするか帽子の中を思考巡らせ、やがて居住まいを正すと、芝居じみた声を夜に響かせ始めた。

「恐れ多くもこのアイゼンは大泥棒。今宵は店に押し入り、君を盗みにつかまつった。
 されど君が騒動を起こされるを嫌い、自らその身を捧げだしたことで、誰も傷つかない夜となった」

背を正すと片腕を真横に伸ばし、口上の後に折りたたみながら自身の胸に掌を置く。
王侯貴族へするような大仰なその振る舞いも、言葉のどこか愉しげな響きは隠しきれない。
少し屈められた背中、膝下にあった手がゆるく五指を開き、空気を掬っていくように進む―――人形の手元へと仕草は紳士の作法で、しかし、口はさらなる詐欺を奏で始めた。
「今宵はこのわたくしめに、攫われてくださいますか?―――麗しき君よ。」

ラルカ > こどもらしい、と微笑ましく捉えてくれる人物も居るだろうが、
客人に向かって悲鳴を上げるなど、人形としてはやってはならないこと。
きっと姉さまたちの誰一人として、こんな無作法は晒さないだろう。
―――――重ね重ねの気恥ずかしさに、ただでさえ小さな身体をますます縮こまらせた、のだが。

「――――― え、………」

芝居がかった口上を紡ぐ、あまりにも朗々たる声音に、思わず顔をあげてしまう。
暫し、瞬きも忘れて――――胸元に掌を宛がう、流れるように優雅な挙措に、
返す言葉すら見当たらず、ぽかん、と口を半開きに。

――――けれども、つまりは。
この人形の、ささやかな、しかし決して許されぬ筈の冒険に、
彼が共犯者として名乗りをあげてくれたのだと悟るや、頬の赤みは柔らかな耳朶にまでも広がって。

「………ぼく、実はとっても、悪い子なんです、大泥棒さん。
 本当はずっと待っていたんです、どなたかが、ぼくを攫ってくださらないか、って、
 ――――――だから、どうか、」

差し伸べられた紳士の掌へ、そっと片手を預ける。
石を握り込んでいる方ではなく、直接に、彼の体温を感じられる方で。
もう一方の手指の先でドレスの裾を摘まみ、軽く膝を折りながら、
さら、と長い髪を揺らして小首を傾がせ。

「貴方のお好きなところへ、攫ってください、アイゼンさま。
 そして、ぼくに……もっと、悪いことを教えてくださいませんか?」

悪い子に相応しい、ワルイコト、を。
――――そんな、過ぎた望みを口にしてみるのだ。

アイゼン > 小柄な躰がカーツィの礼を魅せた瞬間。首筋の毛が全て逆巻くような感覚に襲われた。視覚に映るそれに、心臓すらも仕事を忘れ、脳に手を突き込まれてかき回されたかのような感覚。魔性の魅了だ―――攫われたのはこちらの心魂だったのではないか。
「まこと、悪い子だ―――」
口から漏れたのは、人形が意図するものとずれていた。人形がもつその天性の惹き込む魔性についてだった。
自らを取り繕うように、掌で自身の顔を拭うことで、心に沸き立つ情欲を振り払う。
息をつき、人形の横に身を運ぶ。月光で街路に落ちる影の輪郭が、同じ向きを揃えた

「重ねた手をそのままに、離れぬように掴んでください―――それが、市井の街を歩く時の作法なんだ」
愉しげな響きはそのままに、幾分なめらかになった詐欺がそそのかした。手を繋ごう、と。

歩きだす。石畳に違う種類の足音を立てて。夜に沈んだ中、街明かりを探す。昼の残り火を求めて。
人通りは少ない。街は空から降り注ぐ冷たい月の明かりに染まる。それに抗うようにして、幾つかの店は窓に暖色の明かりを映している。人形の髪先を弄ぶ夜風が、今は月光で紫に染まる赤み頬をも撫でる。
行き着く先はひとつの装飾店。開け放たれた扉から店明かりが漏れている。扱っているのは装飾も特別、疑似宝石や店頭に陳列する見本の疑似料理を扱う店だった。大きく開かれた窓からは陳列棚が街路に突き出され、その品々が目にも眩しい輝きを主張している。―――普通の者なれば目に愉しい品ではあるが、人形もまた疑似である存在なれば、かもすれば自身を重ね合わせてしまう酷な店でもある