2020/10/26 のログ
ご案内:「王都マグメール富裕地区/ドゥッカ人形店」にラルカさんが現れました。
ラルカ > 宵闇に染まる街の一隅、今日もその店は澄ました佇まいで、
通りに面して大きく取られたガラス窓の奥には、華やかに着飾った人形たちが並ぶ。
あるものは美しい鳥籠の中に蹲って眠り、あるものは気取った微笑を通りに投げ掛ける、
その中に一体だけ、やや物憂げな表情の人形が在った。

花に飾られた天鵞絨張りの椅子に、きちんと膝を揃えて腰掛け、
膝の上にはボンネット帽が添えられ、小さな掌は何かを大切そうに携え、
時折、長い睫毛を揺らして瞬きをしては、気づかれぬようにそっと溜め息を吐く。

生きた人形、あたたかい血の通った玩具。
金に糸目をつけない人々の間でだけ、ひっそりと遣り取りされる、
外法の産物とも呼ばれる存在が、この店で取り扱われている商品の全てだった。
とはいえ、売り物の人形はどれも愛らしく、または美しく、
ある意味欠陥品である少年人形が買われる日は、果たして来るものかどうか。
掌のなかの石は、その人形の無垢を示すように、何処までも澄み切っている。

ご案内:「王都マグメール富裕地区/ドゥッカ人形店」にアイゼンさんが現れました。
アイゼン > (夜の帳が降りた後の煌々とした街明かりは、いささかに眩しい。目に眩しいだけではなく、夜を徘徊する人々の昏い欲望やら心情を照らすせいか。昼より疎らになった雑踏も皆、眇めた目にそれぞれの情念を灯して歩く。黒いフェルト帽子を目深に被るコート姿もまた、その一人。ーー店のガラスに映る、その脚が歩みを忘れて止まった。向き直れば大きく開いた目の真ん中で、黒い瞳が虹彩に人形を映す。かすかに喉が動いたのは息を呑んのだか)
こいつはーー…
(こころなしか鼻孔まで広げた顔が、その絵画額から抜け出てきたような少年の童顔に戦慄く。美少年を愛でる身なればこそ、その金色でもって流れる髪、触れたら割れてしまいそうな白磁のごとき柔肌、あどけなさを湛えながらも存在感がひときわ広がるそれに、思わず掌をガラス窓に伸ばした。まるで、夢ではないかと確かめるかのように)

ラルカ > ガラス一枚隔てた向こう側には、姉さまたちに負けず劣らず、
美しく着飾った紳士淑女の行き交う様が見える。
中にはこちらを見遣り、何事か囁き交わす紳士たちも居たが、
そうした眼差しはもちろん、真っ当な少女人形に向けられているのが常であり―――

だから、最初は気の所為だと思ったのだ。

こちらを見ている紳士の姿、その目が確かに、少年人形を捉えているなどと。
勘違いだろう、と瞬きひとつ、ゆらゆらと「姉さま」たちに視線を彷徨わせてから、
改めて、ガラス窓の向こうに立つ紳士に顔を向ける。
戸惑うような、はにかむような、いかにも気弱そうな表情で、
こちらへと伸ばされる掌に、ぴくん、と肩を震わせて。

「―――――、お、きゃ……く、……さま………?」

まさか、そんな幸運があるだろうか。
この出来損ないが、姉さまたちを差し置いて、ひと目を引く、なんてことが。
ぎこちなく首を傾がせ、掌のなかにある透明な石を一瞥し、
―――――躊躇いがちに、ちいさな右手を伸ばした。

触れることは叶わない、冷たいガラス越しに、ただ、そっと重ねるだけ。
それだけの僥倖を望むことぐらいは、許されるような気がして。

アイゼン > こちらに向けられた躊躇い勝ちな視線は、大窓に触れようとした手を、思わず弾き飛ばされるように引いてしまった。その後、いかなる夜の店よりも光度の強い、小さな紫色の双眸に射貫かれると、片手を頭に遣り、帽子が吹き飛んでないか確かめさせる程に衝撃的だった。
「いま、お客と…?」
ガラス窓越しの囁きは、音として耳には届かなかったが、瞬きを忘れた瞳がその唇の動きを感じ取れる程に、意識が研ぎ澄まされていた。時間の感覚が飛ぶ。少年の形をした夢の具現が、未発達な掌を伸ばすのがひどくゆっくりに感じられる。そこに手を伸ばすのは人の本能。夜気で閉ざされたガラスに自身の手を、掌を恐る恐る付けた。ガラスは冷たい、しかし掌は寒気を感じるどころか熱く焼けるようだった
「君に、近づくことは願い叶うのだろうか…?君が棲まう、このガラスの牢獄の中へと、この身を移すことは許してもらえるのだろうか…?」
入店の願いは戸を潜り店員になされるべきもの。されど今はこの至上に申し奉るのが正しく思えて、伝わるかも分からぬ向こうへ、求めた。

ラルカ > この界隈の店舗というものは、そも、設えからして平民地区のそれとは違う。
時に扉前にはドアマンと称した店員が立ち、入店前に客を値踏みし、
冷ややかな眼差しや慇懃な態度で、やんわりと入店を拒否する一幕も日常茶飯事。
そうでなくとも、店に入るにはまず、閉ざされた扉を開かねばならない。
少しばかり敷居の高い店ばかりであるのは、中に置かれた商品の値段を考えれば、
致し方のないことかも知れなかったが――――

ともあれ、この店は少なくとも、入る意思を示す客人を門前払いするような店ではない。
ガラス窓から少し視線を転じれば、マホガニー色の扉が目につくであろうし、
そこには金の縁取りを施された看板が掲げられている。
「ドゥッカ人形店」―――――その名前に、紳士は聞き覚えがあるだろうか。
生きた人形を売る店であると、すぐに気づくだろうか。

「おきゃ、くさま、………あ、あ、あの、っ―――――」

客がついたことなどない為に、少年人形はますます戸惑う。
掌が感じるものはガラスの滑らかな冷たさだけ、だけれども確かに、
眼前の紳士から、こちらに対する明確な意思を感じる。
どうするのが正しいか判らず、視線はおずおずと彷徨ったあげくに、
やっと、扉の方向を目顔で示した。

「あ、あちら、から、お入り、いただけ、ます、
 ……え、と、あの、―――――…」

その頃には、店番の男も人形の異変に気づく。
慌てた様子の人形の肩越し、ガラスの向こうに紳士の姿を認めて。
客人用のなめらかな微笑を浮かべ、どうぞ、と扉を掌で指し示すだろう。
人形の方は、こくこくと忙しなく頷くばかりだ。

アイゼン > 黒いコートを纏う人影が、人形の視界から外れていく。やがて店の扉に据え付けられた鈴が、夜気を払うような涼し気な音で店内へその訪問を告げた。
話し声が聞こえる。店員による礼を籠めた完璧な抑揚の言葉、入店者の縋るような浮つき不安定な音階の言葉、そのどちらもが少年人形にまつわる遣り取りだったーーそれは滑らかと言い難く、いささか時がかかっていた。
「500は無理だ。用意ある150、これで試しの時間を買えないだろうか?店内からは連れ出さない。良いものならーーもう良いのは分かっているが、いずれ全額用意しよう」
裕福とは言い難い身の上だった。しかし紫色の眼で、腹の底に灯された熱は今夜かかても消えるものでは無かった。
やがては半眼となり厄介事そのものを眺める店員に、承諾のため息を付かせることを成した。

「まるで王の後宮のようだねーーはじめまして愛らしい君。アイゼンという者だ」
ひどくゆっくりと扉が開かれ、ガラスの部屋の豪奢な絨毯にに足を落としてその身を進める。数多の少女たちの星が煌く部屋の中、ひとつ紫の星のもとに痩せぎすなコート姿が向かう。佇むその前に来ると、帽子を外すと同時に膝を落として黒い髪が左右に流れ落ちる頭を下げた。

ラルカ > これが姉さまたちの誰かであれば、きっともっと優雅に、
客人を誘導してみせた筈だ。
けれども、客人の目を引くことすら初めてに近い身では、遣り取りはひどくぎこちなく、
紳士が扉を潜って店内へ姿を現しても、おどおどと店番の男と彼の会話を見守るばかり。

値切ろうとする客もさして珍しくはなかったし、それが変わり種の少年人形が対象であれば、
物好きな客を無碍に扱うのも、という計算が、結局は勝つことになる。

―――――曰く、残金は後払いでも構わない。
ただし、家名を含めた客人のフルネームと、住所は控えさせて貰う。
残金の支払いについては、「どんな手を使っても」完遂していただく、と。

そんな遣り取りを経て、紳士はいま、少年の前に居た。
まるで高貴なる姫君にするように首を垂れる相手に、人形は頬をあかく染め、
帽子をその場へ取り落として、紳士の前に膝をつく。
宝石を握るままの左手と、ガラスの冷たさを残した右手と、
それぞれをそうっと、紳士の方へ伸ばしながら。

「は、じめ、まして、お客さ、ま……ラルカ、と、申しま、す。
 どうか、……あの、どうか、お顔を、あげてくださ、い、
 ………お客さま、なんです、から、どうか」

アイゼン > 「戸惑わせてしまったね」
頭上のそれほど離れていない位置から降る言葉に、たどたどしくも耳を焼きそして脳までを温められる気がしながら、薄く笑みを咲かせた顔を上げた。細やかな彫像を思わせる差し出された両手、それらを片手でまとめ上げるようにして包むと、身をすこし乗り出してもう片手で後方から拾い上げた人形の帽子を乗せた。

「ラルカ、とてもいい名だと思う。言葉にすると舌が口の中で転がる感じがしてくすぐったくてーーでもそれが良い。少し、話がしたいんだ。君のことさ」
部屋の照明よりも明るく微笑んでみせると、部屋の飾り椅子に手を掛けて引き寄せ、ふたつ向かい合わせにする。”話がしたい”その言外に乗せた意味は対座。そして長い腕を人形へと伸ばし、その身を横抱きに抱えること叶うならば、その軽い躰を対面する椅子の上へと移すのだろうか。
夜も闇を増した頃合いでは、往来の人々も更に疎らとなり人形店それもガラスの中にまでに眼を向ける者は少ない。しかし時折は、その内側で成される奇妙な光景に不思議そうな視線が通り過ぎる。