2020/10/27 のログ
ラルカ > 「い、いいえ、……いいえ、そんなこと、は」

慌てた仕草で頭を振れば、金糸の髪がふわりと躍る。
ちいさな両手をひとまとめに包み込む、紳士の大きな掌があたたかい。
反射的にほんの少しだけ震えてしまったけれど、不快に思ったからではなくて。
ぽふん、と取り落とした帽子を被せられると、ごくごく小さな声で、
ありがとうございます、と呟いた。

「お、話……ぼく、ぼくのこと、ですか?
 ―――――ひぁ、っ、」

抱き上げられて、思わず変な声を洩らしてしまった。
耳朶まで真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俯くさまと相まって、佇まいは少女めく。
ドレスを纏った身体は線の細さを裏切らない軽さで、けれど紳士の腕に、
甘く柔らかな感触を残しただろう。

人形たちが飾られたガラスの檻の中、向かい合って腰を降ろす少年人形と紳士の姿が、
どれだけひと目を引こうとも―――――いま、少年の目に映るのは目の前の紳士のみ。
緊張しているからか、素早く幾度か瞬いてから、紫の瞳で紳士を窺い見て、

「おきゃ―――――あ、アイゼン、さま。
 お話、とても、嬉しい、です……なにを、お話ししましょう?」

恥ずかしそうに、それでも、嬉しい、と告げた言葉通りに口許を綻ばせて、
ようやく、まともな人形らしい対応を思い出したように。

アイゼン > 「ああ、君のことだ。そうだねーー好きなものを知りたいね」

椅子の背もたれを軋ませながら上体を預けて、口から問いを零す。店員が差し入れた、夜に合う香の強い茶のカップを手に遊ばせながら悠然と問うのは、この狭き場所の中でも眼にしたもの、耳にしたもの、またはこの館の中でも感じた、その感受性に閃いたものを尋ねた。
その人形の瑞々しい唇が言葉を奏でる様を観させてもらうことを求めた。茶の湯気に顔を寄せながら、少し内心を落ち着かせていた。
ーーこの人形は”出来が良すぎる”
少女が並ぶ中に、おそらくは唯一設えられた少年の人形。その造形は輝かしいばかりで手を抜いた隙が観られない。少なくとも少年を愛でる者には完璧な躰に思える。気紛れか狙いすました渾身の作か、人形師の意図が読めないそれは、不気味な色気を発散しつづけるーー垂れ流している、と思っていrた。

「なんでも良いんだ。この通りは使いの馬車や軍隊や楽団も通るだろうし、お仲間さんはいろいろな場所に行くのだろう。この窓に通り掛かったもの、他のお仲間と話したこと、ひとつでいいさ。」

ラルカ > 客人に運ばれてきたお茶の香りすら、こんなに間近で嗅いだことは無かった。
ひと回り小さなカップが人形の傍らにも置かれたけれど、中身はとろみのある黄金色。
それがお茶でも、飲み物ですらないことを知っている人形は、カップをちらと一瞥したのみで、
再び紳士へと視線を戻し。

「すきな、もの……ですか。
 ぼく、の……ぼくの、好きな、もの………」

行儀良く揃えた膝の上、掌の間でころころと、透明な石を玩びながら。
視線は宙を仰ぎ、唇はほんの少しだけ尖って、小さな頭は懸命に、
好きなもの、について考えている。

ガラス窓の向こう、ガタゴトと、何処かの貴族を乗せた馬車が通りかかり、
行き過ぎるまで、たっぷり時間をかけた後。

「ぼくはまだ、ここ以外の場所を知りません。
 ここから見えるお月さまや、お星さま、お日さまも……雨の午後も、
 みんなみんな、とっても綺麗に見えます、でも」

そこで、きゅ、と、掌のなかに煌めく石を閉じ込めて。

「今はぼく、あたたかいものが、好き、になりました。
 アイゼンさまの、手は、とても、あたたかくて……大きくて、」

好きです、と、なんの衒いもなく。
呟き落とすように告げて、紅い頬を弛ませた。

アイゼン > 口に近づけていたカップが危うく零しそうにズルリと下にずれ、湯気に曇らせていた眼が、まるで初めて見たかのように小さな躰に向けられた。零さぬようにそっとカップを横机に置くと、戸惑いに瞬く眼はやがて横に引かれるようにして笑みに綻んだ。

「嬉しいね。お世辞だとしても、言われたこちらが暖かくなるよ」
脳裏で何かが警鐘を鳴らす。ーー危険だ。この愛らしい見た目で人間の心に沿う言葉、態度、そして弱々しくていじめたくなる嗜虐を煽るこの口ぶり。魔物の類にも似たものだ。これの深み嵌まれば、抜け出せなくーー

「こういうのはどうだろうーーいっしょに街を観るんだ。街は様々な思いを抱えた人々が通る。その全ては窺い知れないが、ふたりで通る人がどんな人か想像して話そう。」
立ち上がると今一度の狼藉ーー人形を横抱きに腕の中に抱え、人形が座っていた椅子に腰掛ける。同じ方を向いた紫ふたつに黒が2つの、4つの瞳。そこから窓の外に悪戯な視線を向けよう。今はこちらが”窓の外”だ。頬を寄せて言葉で耳を擽り、共に笑い声を転がそうと誘った。青年期も過ぎ去ろうとしている苦労の多い男と、運命に翻弄される人形だ。その奇妙な組み合わせで、人の世を愉しもうと誘った。

ラルカ > ―――――ドゥッカの店の人形とは、本来そうしたものだ。
壊れてもすぐに修繕して貰える作り物だけれど、出来るだけ長く愛玩されるべく、
身体も、心も、丹念に作り込まれているものだ。
けれども今、少年の口から零れたのは、打算とも媚びとも無縁の、
ただ、思ったままを口にした、という、人形としては失格ものの台詞だった。

紳士の反応を見れば、なにか失敗しただろうか、と一瞬顔を強張らせるも、
笑顔を向けて貰えれば、容易く表情は甘露にとろける。

「おせ、じ、は、ぼく、わかりませ、ん……店員さんは、
 そういうこと、覚えなきゃだめ、って言います、けど、
 ――――――――え」

一緒に――――?
そう、首を傾げて問うより早く、再び細い身体が紳士の腕に抱きとられる。
今度は彼の膝の上へ、あたたかい人の体温に、すっぽり包まれてしまう格好に。
内緒話をするように頬を寄せて、二対の瞳でガラス窓の向こうを眺めて――――
それはとても、素敵な提案だと思えた。

「素敵です、アイゼンさま、まだ、帰らずにいてくださるんですね。
 じゃあ、――――…あ、あのご婦人はいかがです?
 ドレスの裾が、とても優雅に翻って……」

もしもいつか叶うなら、あんな風に優雅に、紳士の目を惹きつける淑女になりたいのです、
などと話せば、この紳士は笑うだろうか、顔を顰めるだろうか。
けれどもきっと、もうしばらくは、紳士の腕の中に居るわがままを許してくれるだろう。
ぽかぽかと、生まれて初めて感じる優しい温もりのなかに抱かれて、
――――――あるいは幼い少年人形が、うとうとと微睡み始めてしまうまで。
この一夜の逢瀬の記憶は、人形が持つ石の一番奥深くに、
淡く優しい薄紅色を滲ませたことだろう――――――。

ご案内:「王都マグメール富裕地区/ドゥッカ人形店」からアイゼンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール富裕地区/ドゥッカ人形店」からラルカさんが去りました。