2017/05/07 のログ
ご案内:「九頭龍の水浴び場」にブリームさんが現れました。
■ブリーム > 「そういえば――― 」
彼の人における瞳の色はどんな色だったろうか?と。そんな理由で浴場に二夜も続けて足を運んだ己が愚かに見えてならない。理由はどうであれ、何を目的とするかが不明である。気ばかりが急いて、実際の己自身の頭が置き去りになっている。そのような。
実際に水際を覗き込んでみると、目の色は水の色彩とある程度同調してしまい大事な物は何も見えはせぬのだ。
暗い湯の底へと漂わせてみる、眼差しを。一枚岩のすべらかな巨岩の淵に両掌を着いて片腕を伸ばし。両の膝を折り畳んで今しも頭から落ちて行きそうなほどに背を折り顔を斜め下へ向けて近づけて。
「何を血迷っている」
伸ばした掌を縮めて握りこみ。不鮮明な問いかけを。低い音程、静かな声量でもって。耳を澄ませて戒めるのは気を引き締めるのと同行為だろうか。
■ブリーム > 「水に浮かぶのは死んだとき。では、水に沈むのは生きているとき、か。」
童子めいた質問と回答を湯面に投じて。これも脈絡明瞭ではなかったが、手に取ってみることにした。
手で掴んだ湯はすぐに溢れて零れてしまったが、結構ここから見下ろす湯の底は夜の深くて暗い色を映して、手が届かず距離を掴むことができない。己の身一つに賭けをして、いっそ前置きなしに飛び込んでみたい。
「ス……―」
今いる一枚岩の淵で胸一杯に息を吸うが、まだ足りないと酸欠の症状を生じて気が遠くなってくる。
そら鼻の先端が沈んだ。船が沈没するように、体を落とすと湯は抵抗なくそれを受け入れた。ざばあ―――…ん。湯が静かに波立って頭から身が沈む。
息苦しさは一瞬、覚えなかった。
■ブリーム > 入浴の意向を叶えただけでしかない、これら一連の行動。
大切な空気をごぼごぼと大量に最初のうちに吐き出してしまう。湯は掴みどころがなくて、抵抗力はあるものの真っ直ぐにたんに入っていっただけなら突き進んで浮力が勝るまでは何ら押し戻す力を感じ得ることがなかった、ように、思われる。
結局は、人は浮力に負けてもとい従い水に浮かぶのだ。頭をザバと出し湯面から出でて、ここは何湯かとまわりへずぶ濡れの眼を寄越した。
看板が目に入るでもなし。
「ッ。底無しの、底抜け湯か。」
問いかけに答える者はいない。頭と肩に寒さを覚えて見上げた頭上に、女性器の形を模した通風口がぽっかりと暗闇を開けている様がなかなかシュールだった。
寒さを癒すために人肌が欲しいが、少し遅くまで居すぎたかもしれず。
■ブリーム > そろとさっきとは違う岩の淵から上がり、背面の湯桶はすでに見る気を失い去って行く。
ご案内:「九頭龍の水浴び場」からブリームさんが去りました。
ご案内:「九頭龍の水浴び場」にシトリさんが現れました。
■シトリ > 「っはーーーぁ、今日は疲れたァ。水浴び水浴びっと♪」
閑散とした深夜の大浴場に、褐色肌の少年が踊り入って来る。タオル1枚を手に持ち、特に前を隠すこともせず。
レモン色の短髪は土埃をまとって色がくすんでいる。
よく見れば手や脚にも同様に土が付き、いまだ湿気を保っている。浅い緑色の筋も所々に走っているのは、草の汁か。
……シトリはつい先程まで、王都近辺で薬草を探す任務を請け負っていた。
つい夢中になって、暗くなるまで延々と採り続けてしまい、王都に帰ってきたのは夜11時に至ろうというころ。
その分、報酬もたんまりと頂き、こうして兼ねてより目をつけていた温泉へと足を運ぶことができたというわけだ。
「……ん、違うな。こっちでは『風呂』っつーんだよな。
都市の人たちは温かい水で水浴びするって聞いてたけどホントだったんだよなー、驚いちゃうよな」
『風呂』そのものは逗留している宿のものを使ったことがあるので始めてではないが、こうも広々とした大浴場は見たことがない。
きょろきょろと周囲を観察しながら、手近な浴槽へと歩みをすすめる。
「っと、そうだ。お湯に浸かる前に身体の汚れを落とさないといけないんだった。
店の人にわざわざ言われたんだし、守らねえとな……」
シトリはかけ湯用の桶を取り、湯を掬って自らの頭から乱暴にぶち撒けた。
「……んっ、ぷ♪ こういう熱いお湯も悪くねぇな!」
■シトリ > 数回お湯を被り、土や草汁の汚れをあらかた落としたと判断したシトリ(実はあまり落ちていないが……)。
我慢できないとばかりにカコォン!と大きい音を立てて木の手桶を置くと、湯気の立ち上る水面へと身を投げた。
文字通り跳躍しての飛び込み、極めて行儀の悪い入浴方法であるが、不思議と水しぶきは立たない。
ゆるやかに波打ちながら褐色の身体を吸い込んでいく水面、しかしすぐにレモン色の髪がぷかりと浮かんだ。
「……っあ♪ あ、あ、あ、あぅーーーー………ぎぼぢいい……♪」
初めは生娘の喘ぎのごとき音色、次いで発情期の猫めいたダミ声が浴場に淡く響いた。
温泉の熱が全身を包み、のみならず身体の奥へと急速に浸透してくる。
浮力によって肉体が休まる感覚と合わさって、シトリはこの世ならざる柔らかな愉悦を味わっていた。
「しゅごい……お風呂ぉ……いや『温泉』だったか? こんな良いものだったなんてよぉ……。
故郷のみんなにも教えてあげたい……」
平泳ぎめいて四肢をゆるやかに伸ばし、細めた目と小さな鼻を水面に出したまま、しばしゆったりと漂うシトリ。
しかし、その頭部がふいにチャプリとわずかな水音を立てて、湯の中へと潜行した。
軽く脚を蹴り、体全体を深く湯船の底へ導く。そうして、20秒、30秒……1分……。
シトリの褐色の身体は、死んだように脱力し、かといって浮上もせず、うつ伏せに底に横たわって動かない。
■シトリ > 潜行して2分経とうかという頃。
浅い湯船の底に横たわったシトリの身体がクルリと静かに捻られ、仰向けに変わる。
なおも脱力しきった四肢。やや太めの太腿の間では、小さなおちんちんや陰嚢も浮力を得てふわふわと踊っている。
ゆらめく水面の向こうで、空色の瞳ははっきりと開かれ、天井を見つめている。
シトリは生きている。断続的に胸を膨らませ、鼻孔もひくつかせて呼吸している。……水中にも関わらず、だ。
(……このお湯、樹海の中で飲んだ水と味が似てる気がするな。
都市の水道とは違う、美味しい方の味……だけど、樹海で飲んだ水よりは味が薄くて、変な味も混ざって……)
41℃に暖められた温泉水を直接肺に導き、その過程で舌から送られてくる味覚情報を吟味するシトリ。
数日前に九頭龍山脈の麓の樹海に出向いた際にそこで飲んだ水と、この温泉の味とが似ている気がしたのだ。
なぜそう思ったのか、シトリにはわからない。水の味がわかる人間であった自覚もない。
ちなみに、その樹海の中であった出来事は、今はまだ誰にも伝えていない。心の中に秘めている。
(……オレ、やっぱり水中で呼吸できちまってるなぁ。しかも普通に呼吸するよりも心地良い気がするし。
『この身体』は便利っちゃ便利だけどなー……オレ、こんなんでいいのかな……人間としてはおかしいよな……)
桜色の唇を真一文字に結び、鼻の穴と頬を大きく膨らませながら、思案にくれるシトリ。
(本当なら溺れ死んでる筈のオレなのに、なんでこうもノホホンとしてられるんだろうな。
……つーか、こうして『溺れ死』んだのって、具体的にはいつの話だったんだ……?
なんだか、わからないことが多すぎる……この国のことも、オレ自身のこともよ……)
ご案内:「九頭龍の水浴び場」にメンシスさんが現れました。
■メンシス > 冒険者としての依頼を終え、帰宅する途中。
目についた温泉宿に興味が湧き、体を清める必要もあった為に寄った。
大浴場の扉を空け、中に入り辺りを見渡す。
「…ん?」
早速、体の汚れを落とすために掛け湯をしようとしたその時だった。
湯船の底に沈んでいる茶色い物体が見える。
水面の歪みで良く見えないが、目を凝らしてそれを凝視する。
「…!バカ!ガキてめぇ!」
地面に沈んでいる物体の正体が人、しかも子供と判れば、掛け湯もせずに湯船に入っていく。
沈んでいる子供を踏みつけないように移動すれば、ものすごい勢いで手を突っ込んで、腕を掴む。
そのまま腕を引っ張って彼を水中から引きずり出した。
■シトリ > 暖かな湯に熱され、徐々に胡乱になっていく思考。
半ば夢心地になり、蕩けて細まっていく視界。新たに入浴客が入ってくる扉の音にも、湯船のそばまで近づいてくる人影にも気付かない。
そして、湯の底に沈む自らの影に、慌てた様子で飛び込んでくる男の姿とその水流とで、ようやく意識が戻り始め……。
(……あっ!! やっば……!!)
自分が傍目から見ればとんでもない状態、端的に言えば溺死体の真似をしていることにようやく気づき、身じろぎをして起き上がろうとする。
そして、同時にシトリの腕を掴み引き上げようとする入浴客……しかしその試みは失敗した。
腕を握ろうとしても、その輪郭がグニャリと融け、澄んだ湯の中にインクめいて掻き消えたのだ。
自身の身体の異状や他人の困惑をよそに、シトリは脚を機敏に動かし、上体を起し、ざぱりと湯を掻き分けて立ち上がった。
立てば股間の男性器がかろうじて水面に付くか付かないか程度の身長。
「……あっ、あ、えっと、その……あ、ご、ごめん……なさい……」
男によって引き上げられようとした動作は見てたため、シトリはどこか申し訳なさそうに、言葉に詰まりながら頭を下げた。
当惑してはいるものの、少年は死んではいない。意識はあるし、呼吸をしているし、口から水を吐く様子もない。
ただ……先程掴んで引き上げようとした右腕の肘から先が、まるで粘土をねじ切ったかのように肉体そのものが歪んでなくなっている。
そのことに褐色の少年はまだ気付いていないようだし、苦痛を感じているようにも見えない。
■メンシス > 「なっ―――」
掴もうとして伸ばした手。
それは腕を掴んだかと思ったが手には腕に触れた感触はなく、手串で水を切るだけであった。
インクのように消え去った彼の腕に困惑すれば、ざぱり、と小さな水しぶきが起こる。
先ほどまで沈んでいた褐色の肌の子供が起き上がったかと思えば、こちらに謝罪と礼をし始めた。
「な、んだお前…」
一体どれくらいの時間かは定かではないが、確かに水面に沈み死体のように動かなかったこの少年。
しかし、今はどうだろうか。呼吸もしているし、意識がはっきりしているように見える。
少なくとも、こちらに謝る余裕はあるそうだが…
「おい、腕…」
捻れ、歪んでなくなっている右腕を指差す。
痛みを感じているように思えない彼を悍ましく思うのではなく
ただ、彼の中には困惑と疑念が満ちていた。
■シトリ > 「腕? オレの腕がどうか……あっ!? あ、あわわ……あ、いや、大丈夫、大丈夫っ!!」
腕の異状を指摘され、己の右手のあるべき位置に視線を移す少年。
すぐに困惑の表情に変わり、苦笑いにも似た声を上げながら再び目の前の男を見上げる視線を送る。
その様子は、己の身体の異状そのものよりも『それが他人にどう見えているか』を気にしているのかもしれない。
大丈夫、大丈夫です、と性徴に乏しい声で繰り返し叫びながら、シトリは浴槽の中でゆっくりとしゃがむ。
そして失われた右腕の先を湯面に着け、すっと目を細めて何かしら集中する仕草を見せると……。
湯の中で、赤褐色のインクが徐々に集まり始め、まるで千切れ飛んだ過程を逆再生するかのように、少年の右腕を形作っていく。
しなやかな5本の指の輪郭がまとまり、先端に桜の花弁めいた爪がちょこんと生える。その間5秒程度。
次に少年が自らの腕を引き上げたときは、何事もなかったかのように柔らかな肉体が存在していた。痕跡すらない。
「………ご、ごめんなさい。なんか慌てさせちまったようで。オレはその……大丈夫、です。
えと……なんだお前って言われても……その……なんなんでしょうね、オレ……あはははは……」
困惑しきりの成人男性に向けて、褐色の少年は改めて申し訳なさそうに頭を下げる。
ちらと男のほうを見上げて苦笑する様は、白い歯をニッと見せつけてはいるものの、複雑な表情が貼り付いたままだ。
「オレ、シトリ……シトリ・フエンテ。冒険者やってる。
オレの身体については……よくわかんないけど、いつの間にかこうなっちゃった……ってしかいえないや。
故郷のオアシスで溺れ死にかけて、気付いたらこうなってて、この国にいた……なんて。
おかしな話だよね。あはははは……」
すぐに気の抜けた姿勢に戻り、頬をかきながら男を見上げ、苦笑交じりの乾いた笑い声を上げる少年。
■メンシス > 自分の指摘でようやく右腕の異常に気付いた少年。
とはいう物の、少年自身の生死に関わらないからだろうか。それとも少年にとっては自然な事なのからだろうか。
自分が異常と思っていることを深刻視している様子はなく、寧ろ自分の視線を気にしている節があった。
「おぉ」
彼が湯面に腕を着ければ、湯船に広がったインクが瞬く間に少年の腕に集中していく。
その様子を見て小さく驚嘆の声を出せば、すっかりと少年の腕が復活した。
綺麗に5本の指と爪、その形も左腕ときっちり対称になっている。
「わかった。わかったから落ち着け」
複雑な表情で謝罪と不器用な説明をする彼にそう告げる。
少ししゃがんで少年と視線の高さを合わせる。
ぎこちなく説明された彼の事情を呑み込みつつ、頬を掻く。
暫くして、頭の中を整理すれば口を開く。
「…俺はメンシス。メンシス・パール。お前と同じようにここで冒険者をやっている者だ。
お前の身体だが、大方溺れかけた所で誰かに助けてもらった時の副作用だろ。
この国に気付いたら居たって辺りの理由は知らねぇが…まぁ、今はどうでもいい。」
乾いた笑いを上げる少年にそのように告げる。
自己紹介、ついでに彼の発言を分析して冷静な意見を述べる。
「それより、何で沈んでたんだ?最近の子供の間では死体ごっこが流行ってるのか?」
■シトリ > 大柄で筋肉質な男が目の前で屈み、自らに視線を合わせる。
落ち着け、という言葉には一瞬目を逸らすも、空色の瞳を再びそちらへと向けて、物怖じせずにまっすぐに相対する。
「……うん、ごめん。落ち着くよ、メンシスさん」
こくりとうなずき、頬をかいていた自らの右掌を一瞥したのち、それを下ろす。
「他の国の人に言ってもあまり分からないだろうから、すぐには言わないでいたけど。
オレ、溺れて死にかけた時、どうも水の精霊……ウンディーネ? に助けられたようなんだ。
村の長に名前は聞いたことあって、その精霊が故郷のオアシスを守ってるって教わってた。
実際に見たわけじゃないんだけど、ウンディーネに助けられた、ってのだけは実感があるんだ。
……それで、オレの身体も水の精霊に近くなったんじゃないかって思ってる」
シトリ自身が把握している己の身体の変貌、その詳細にある程度アタリをつけたメンシスという男には素直に驚嘆しつつ。
話が通じそうであると判断し、今度ははぐらかさずに自分の身体について説明の弁を述べた。
まぁ、述べたところで何が変わるかは彼にもわかってないけれど。
メンシスは落ち着いた大人のようだし、こうしてわずか言葉を交わしただけでも、頼もしさがわかる。
「お風呂の中に沈んでたのも、同じ理由……かな。そうしてると、すごい気持ちよかったんだ。
なんていうかなぁ……オレって本来、水の中で過ごしてるほうが合ってるんじゃないかなって。
………アハハ、なんか自分で言っててすげぇ怖くなってきた! 人間としてヤバイんじゃないかなって!」
シトリは澄んだ青目を細め、丸い肩をゆすり、屈託のない笑みを浮かべながら自嘲の言葉を吐いた。
しかし、またすぐに寂しげな表情でメンシスを見つめ直し、
「……うん、もうしないよ。さっきみたいな真似は。少なくとも、公共の場ではね。
メンシスさん……もしかして、オレみたいな奴、他に見たことあったりするのか?」
■メンシス > 「それでよし」
一回は視線を逸らすも、再度物怖じせずにこちらを見る少年。
その様子に小さく笑みを溢せば、彼の話に注意を向ける。
「ふむ。オアシス。水の精霊…ウンディーネか…
質問したい。先ほどから故郷がオアシスと言っているが、お前の故郷は砂漠地帯のど真ん中にあったのか?
雨や雪などの天候の経験は?」
顎に手を添えて、彼の発言を復唱する。
頭の中で何かを考えている素振りをみせれば、次に彼に質問を投げかける。
それは主に少年が住んでいたとされる故郷のバイオームや気候についてだった。
陸上で生活するより水の中で過ごす方が向いている?
彼の言葉を聞いて、またもそんなことを考えている。
少年を助けたというウンディーネ、そして少年の状態。
精霊が人間に同化したのか?それで彼はこのような身体に…?
色々考えていれば彼からの質問が飛んでくる。
ハッとして質問に集中する。
「いや、精霊自体に会ったことはあるが精霊と同化したってのは聞いたことも見たことも無いな。
…精霊に近しい身体になったと言うが、水に沈んでも大丈夫なこと以外は何が出来るんだ?」
寂しげな表情をしている彼に、何故そんな顔をしているのか疑問に思いつつ、そう返す。
見たところ水中での呼吸や、水との同化が出来るらしいが…他に何が出来るのだろうか。
もしかしたら、この少年は自分と…
■シトリ > 土左衛門ごっこで十分暖まった身体。他方で男との会話により(彼なりの)冴えを取り戻していく頭。
シトリは股間を隠すのも忘れ、湯船の中に立ちながらメンシスとの会話に興じる。
「故郷は……うん、砂漠の中にあった。
他の集落や、砂漠じゃないとこから来る人もたまに、ホントにたまーにいたけど、どういう所から来たかは知らない。
雨は年に1回くらいある。ユキは……雨が凍って降ってくるやつだっけ? もちろんないよ。
それに、この国みたいに草や木がめいっぱい生えてるところも、ここに来るまで見たことなかったなー」
故郷の風景を思い出し、しみじみと目を伏せて語るシトリ。
とはいえ、故郷では11年ずっと変わらぬ風景のなかで暮らしてきたのだ。
未だ数ヶ月といえど、この国で出会った様々な地勢や動植物相のほうがはるかに鮮烈に記憶に残っている。
「オレの身体なー……うーん、さっきみたいに腕がちぎれたり、切り傷うけたりしても平気になったね。
痛みはほんの一瞬で引くし、血も出ない。ちぎれても、くっつけて水を飲めば元通りになるし。
ヘヘッ、冒険者向けの身体ってやつかもなー! 冒険者の酒場のオーナーに言われた言葉だけどね。
……あ、でも、さっきみたいに握られただけでちぎれたのは初めてかも……」
先程メンシスの手に握られちぎれたばかりの右腕をかかげ、グーパーと指を動かす。
艶やかな褐色肌を水滴が伝い、肘から溢れる。やはり跡もなければ後遺症もない。
「あとは、ちょっと気を張れば、汗じゃない綺麗な水を掌から湧かせたりもできたっけなー。
自分で飲んでも美味しくなかったから、冒険中に身体や服を洗うのに使う程度だけど。
……やっぱり、精霊に同化…?ってのは珍しいのかー。メンシスさんみたいなベテラン冒険者なら、色々知ってそうな気もしたけど」
冒険者駆け出しもいいところのシトリ。
見た目も、その落ち着き様もまさに老練の冒険者といった雰囲気を醸すメンシスに、知らず知らず言葉が弾む。
■メンシス > 少年と話していれば、しゃがむ態勢に少し疲れたのか、湯船の縁へと座る。
座った状態でも少年とは目線の高さが丁度いいくらいで、ふと、少年の股間の物に目をやる。
まだまだ小さく、可愛らしいそれを見ればちょっと笑ってしまう。少年に対して失礼かもしれないが。
「なるほど。ではその褐色の肌は日焼けか。ふむふむ…」
しみじみと語る彼に対し、こちらは納得したように頷く。
年に一度くらいは雨がある砂漠地帯、となればあそこか…?などと旅した場所を一つ一つ思い出していく。
もしかしたら行ったことがあるかもしれないと考える素振りをしつつも、またも飛んでくる彼の発言に耳を傾けた。
「な…もしかして、必死になり過ぎて握る力が強かったかもしれない。
もしそうだとしたら悪いことをしたな」
よくしゃべる彼の言葉を相槌を何度も打つ。
少年らしい仕草に言葉遣いに顔を柔らかくしつつも、こちらは彼とは相反して短く言葉を告げる。
握られただけで千切れるなんて経験が無いと聞けば、もしかしたら自分が力を入れ過ぎたのかもしれない。
自分は生身の人の腕を千切るほどの怪力は無いのだが水になった彼の腕は自分の力で容易に切れてしまうのかもしれない。
「なるほど、水を湧かせることが出来るのか。
そいつは中々に便利だな。探索中の脱水症状とかも何とかなりそうだ。
…あと、言っておくが俺はこの街では新米だぞ。一応、この街に来るまでは旅人だったからな」
彼の言葉を聞けば、腕を組む。
中々便利な力を持っている彼に興味が湧いてきた。
少年目線では自分は老練の冒険者のように見えているようで、その事をやんわりと否定しつつ、あることを切り出す。
「よし、唐突だが…
シトリ、同じ冒険者として俺と組む気はないか?」
冒険者ならば、依頼でパーティを組むことがある。
そのパーティを自分と組む気はないかと彼に率直に問いかけた。
■シトリ > メンシスが湯船の縁に座るのを見ると、シトリはその動きをしばし観察。
そして、湯をざばざばと蹴りながら歩いて縁に向かい、真似をしてメンシスの隣へと座り込んだ。
風呂への正しい入り方自体を知らなかったのだ(タオルを湯に入れてはいけない、ということだけは店員から教わっていたが)。
「日焼け……うーん、わかんないや。オレは小さい頃からずっとこの肌の色だし。
父ちゃんも母ちゃんも、村のみんなも、たまに外から来る人もみんな同じ色だったし。
白い肌の人、この国に来てから初めて見たんだもん」
湯の中で脚をぶらぶらと振りながら、己の掌を開いて眺めるシトリ。他の部位よりは色素の沈着が薄いが、やはりほのかに褐色。
そして、手や足の裏を除けば、シトリの身体は紅茶めいた赤褐色で均一。衣服の跡なども見られない。
「さっき握られてちぎれちゃったのは、きっと、お湯に長く浸かりすぎたせいかもしれないなー。
気持ちよくて、頭がなんかフワフワしてたし。同じように、身体もフワフワになっちまってたのかも。
……なーんて、想像だけどね。フフッ。実際無事だったから、メンシスさんが気に病むことないよ」
傍らに座るメンシスを見上げ、ニッと白い歯を見せて笑う少年。
そしてまた目の前の湯面へと視線を戻し……先程メンシスが腰掛けた時にこっちに向けた視線を、今更ながらに思い出す。
股間を隠さず他人に見せつけてたことに気付くと、表情を崩さないまま、さりげない所作で手を下腹部に添えて隠した。
持ってきたタオルはかけ湯に使った桶の傍に投げ捨てたまま。タオルはこう使うのか、と今更ながらに知る。
「……ん、冒険者……仲間?」
隣の屈強な男性から優しげな誘いの言葉を掛けられれば、再びそちらを見上げ、空色の瞳をしばしパチクリと瞬かせるが。
「うん、いいよ! 賛成!
……あ、いや、オレまだ全然そういうの始めたてで、役に立てるかどうかまったくわからねぇけど。
メンシスさんが邪魔じゃないってんなら、オレは大丈夫だぜ……たぶん。
まだこの国の事情とか地理とかよくわかんないけど、それはまぁ、お互い様っぽいしな。フフッ」
出会って数分とはいえ、相手がやんわり否定しているとはいえ。
年の功、あるいはその引き締まった肉体から醸し出される冒険者としての自負やカリスマを感じ取ったのか。
シトリはあまり躊躇も見せず、笑顔を絶やさぬままその提案に乗った。
■メンシス > ふぅっと縁に座って息を吐く。
ふと、少年の方を見上げればこちらを観察するような視線。
そして、自身の真似をするように隣へ座れば、小さく微笑む。
(元々肌が浅黒い人種なのか?)
日焼けかどうかを問い、帰ってきた微妙な返答。
そういえば、東の国の者は肌が少し黄色がかってるとも聞く。
少年は元々肌が浅黒い人種なのか考えつつ、じーっとその顔を見つめる。
「ふぅん…ずっと浸かりすぎると軟化するのか?
よく分からんが…まぁ、お前に異常が無ければそれでいい」
ニッと白い綺麗な歯を見せて笑う少年に対し、こちらも笑顔を見せる。
そしてさりげない所作で陰部を隠した様子を伺えば、まだ温泉に慣れてないことを何となく察する。
そういえば、湯船の底に土のようなものが沈殿しているようだが…まさか、湯船に入る前に体を洗ってないのだろうか?
頭を抱え、小さくため息を吐けば立ち上がる。
「いや、水を出せるだけで十分役に立つ。俺の能力とお前の水は相性がいい。
……俺の能力の説明をする、前にだ。お前の体を洗ってやる。こっち来い。」
シャワーのある方へと向かえば、バススツールを用意する。
前後に二つ配置すれば、後ろの方へと座して少年に前の方へ座るように告げる。
■シトリ > 「軟化するっつーか、オレがこの風呂のお湯とひとつになっていく感覚っつーか。
……いま思い出すとかなりヤバイ状態だったな、オレ! メンシスさんが来なかったらマジで溶けちまってたかも!」
さっきまで自分が横たわっていた湯船の底に目をやる。
湯に溶けた土埃や泥がそこに沈殿しているのが見える……とはいえそれは「水浴び」の結果であれば当然というもの。
しかし底にわずか揺蕩う褐色の紋様は、ともすれば自分の水精霊としての肉体が溶けて未だ残っているようにも見えて、ぞっとしない。
単に泥が水溶したものを見間違えたのだろうが……。自分の体に未だ不安がないかと言われれば、大いにある。
「……ん、あ、身体を洗う? あ、そ、そうだよな。身体は洗わなきゃだよね。
せっかくだし、メンシスさんにお願いするぜ!」
隣の気配がざばりと水を滴らせて立ち上がり、向こうの方へむかうのを感じれば。
シトリもやや遅れて湯船から上がり、付き従う。
途中で自分のタオル(借り物だが)を拾い上げ、股間を隠すように添えながら。
「……ん? 能力??
メンシスさんもなんか不思議な身体してたりするの?」
そう問いかけつつ、促されるままに椅子に腰掛けた。
背後は振り返らず……その視線は、洗い場に置かれた幾つものガジェットを興味深そうに眺めている。
■メンシス > 「自分の身体が溶けて一つになるって…恐ろしいな。
下水に流れなくてラッキーだった。下手したら海の一部になっちまう所だったな。」
彼の言葉を聞き、そのように返す。
ああやってインクのように水と溶けてしまえばそれこそ回収は困難だ。
もしかしたら、先ほどのように都合よく元通りにならない可能性もある。
そうならなかったことに心底安心しつつ、彼が目の前の椅子に腰かける。
「まぁ分かってると思うが、温泉の…湯船に入る前に体を洗う必要がある。
これがシャンプー、髪を洗う洗剤だ。こっちが石鹸、こっちが…」
前に座った彼の小さな背中にそう話しかけつつ、指で目の前の容器を指差す。
シャンプー、ボディソープ、リンス、そして石鹸。
一つ一つの名前と使い方、使う場所を説明すれば、少年の背中に体を密着させ、シャンプーの容器を手に取る。
シャンプーの容器を取り、2回ほどプッシュすれば彼の頭へと垂らし、泡立たせていく。
「不思議な身体っつーか…魔法だな。
能力とか体質って言う表現は不適切だが、まぁ…そこは適当に。」
彼の頭をわしゃわしゃと泡立てながらそう説明する。
体を密着させて、逞しい腕で繊細に彼の頭を洗っていく。
その際、彼の下半身のモノが少年の臀部辺りに当たるだろうか。
■シトリ > 「しゃんぷー……? せっけん……?」
分かってると思うが……と前置きされつつ説明された事柄を、シトリは首を傾げながら聞いていた。
まずもって、身体を洗うために水以外の道具を使うというコト自体、知らない概念だった。
故郷では、とにかく水浴びだった。オアシスに飛び込み、砂を落とし、風に吹かれて乾かせば、身体を清めるのはそれでおしまい。
いまメンシスが手に取ったのは容器から流れ出た粘液。
それをどう使うのかと興味津々に待機していると、男のごつい手が髪を撫で付けた。
そのまま髪をかき乱されると、泡が立ち、垂れてくるのが見える。
「……うわっ、うわっ!! なにこれ! 白いモワモワがいっぱい出来てるし!
あ、なんかいい匂いもする……これ使うと髪が綺麗になるの? そうかー、これってこう使うのかー!
……ん、あ、あっ……髪洗われるの、きもち、い……っ」
シャンプーの泡が放つ清浄な香りに鼻をひく付かせ、頭皮を他人にマッサージされる快感も合わさって、うっとり目を細めるシトリ。
無意識のうちに、その小さな口から嬌声が漏れる。甲高く、その声だけ聞けば男か女かまったく区別はつかないだろう。
ときおり身体を震わせ、泡が垂れるこそばゆさに身を捩ったりもするが、基本的には背後の男にされるがまま。
しかし、尾骨付近に当たる異物感には、大きめのお尻をもじもじとさせつつ、
「……ん、ふ。メンシスさん、ちょっとくっつきすぎ。おちんちん当たってるじゃんよー。ばっちいよー」
男の子らしく率直な物言いで指摘する。
とはいえ露骨に身体を逃したりはしないのは、洗髪の気持ちよさが背後の不快感に勝ったからか。
「んー、まほう……? この国にはまほう使いって人がいるのは知ってるけど。まだ見たこと無いや。
メンシスさんは魔法を使えるの?」
■メンシス > 「…まさか、知らなかったのか?」
首を傾げる少年に驚きつつそう聞く。
そうか、彼の地方では水浴びが身を清める一般的な方法だったか。
道具を用いない身体の洗い方が主流であったから、体を洗わないで湯船に入ったのだろうか。
呆れたような顔をしながらも彼の頭を洗っていく。
指を立てて、毛穴の方までしっかりと泡を通してマッサージをするように洗い続ける。
泡で大きくなった彼の頭の細部まで、土や草などの汚れを取っ払っていく。
「泡だ。ふわふわで綺麗だが、間違ってでも食ったり目に入れたりするなよ?
腹下したり、目が死ぬほど痛くなるからな。…ほら」
白いモワモワに興奮気味の少年の手に、大きなそのモワモワ…泡を乗せる。
食べたり目に入れたりするなと忠告すれば、再度頭を洗うのに専念する。
マッサージしていれば少年の口から漏れる嬌声。
未だに変声期が訪れて無いからか、男女の区別が付かないその声に少しばかり意識が集中してしまう。
「ん?あ、あぁ…悪い。頭洗うのに集中し過ぎて気付かなかった」
彼から体を少し離して、背中の異物感を取り除く。
先ほどの少年の声に反応してからか、少しだけ逸物が硬く、大きくなっている。
その先端が彼に触れないように上手く調整しつつ、質問に答える。
「勿論使えるぞ。炎、水、風、土…とは言っても、戦闘でまともに仕える魔法は雷ぐらいだがな。
…目瞑れ、流すぞ」
しばらく髪を洗っていれば、もう汚れは大分取れたと判断して泡まみれの手でシャワーに手を掛ける。
温度の調節をしつつ、適度な温度になったのを確認すれば彼の頭の汚れを泡ごと落としていく。
その間も手串で彼の頭を整え、汚れが髪に引っ掛からないように満遍なく流していく。
■シトリ > 「うん、知らなかった。ぶっちゃけ、この国に来るまで知らなかったことばかり。
『知らなかったのか』って言われるのももう慣れっこだけど、でも知らないことを知ってくのは楽しいよ……んっ……」
背後の男性が、自らの嬌声に反応して股間を熱り立たせていることなど、シトリはつゆ知らず。
泡を渡されれば、それを両手の指に絡めてくしゃくしゃと弄んだり、デコピンのように指を弾いて遠くに飛ばしたり。
先に言われなければ、口に運んでいたかもしれない。
魔法についても、今は知らないことだらけ。
もっとも、自分の体に備わった謎の力、とくに水を生み出す術を指して、他人から「水魔法みたい」と言われたことはある。
背後の人物が言う、炎や風といったものもきっと似たような概念なのだろう。
なんらかの原理をもって、炎を作り出したり、風を起したりできるのだろう。
いつか見てみたい、同道すればすぐに見ることになるのだろう、という程度で聞いていた、が。
「……かみ、なり……?」
その言葉が背後から発された途端、びくり、とシトリの身体が震える。
言われたとおりに目を瞑るが、そのまま振り返ろうと身体を捩ってしまう。
「かみなり……って、あの、空が光って、すっごい音が鳴るやつだよね……。
こっちに来てから1回だけ見て、雷だって教わったけど……メンシスさん、あれ、出すの……?」
ぎゅっと目を閉じながら、洗い流す水と泡が唇の上を伝うのにも構わず、シトリは問う。
その声は、彼の肩と同じように、小刻みに震えている。
「よくわからないんだけど、あれ見た時、ものすごく怖かった……二度と見たくないくらいに……。
音はどうってことなかったんだけど、あの光が、色が、鋭さが……わけわかんないくらい怖くて。
メンシスさんがかみなりを使う人なら……オレ……その……無理かも……」
洗い流し終えたと見ればすぐに目を拭い、空色の瞳で背後の男を見つめ直す。
その視線は危なっかしく震え、怯えきっているのがわかるだろう。
■メンシス > 「まぁ、これから覚えていけばいい。
知らないこと、分らないことがあれば遠慮なく聞け」
熱り始めている股間を治めつつ、彼にそう告げる。
これから様々な知らないことが出てくるかもしれない。その都度、自分が少年に教えていけばいい。
まだ未熟な少年を放っておくことも出来ないし、何より、頼りにされるのはそう悪い気分じゃない。
魔法の話題となり、自分の使える魔法を伝える。
炎や水、風、土は使える、が日常生活の補佐程度。戦闘でまともに使える物ではない。
唯一使える雷という属性を伝えれば、少年の様子が変わったことを感じ取る。
「あぁ、そうだ。とは言っても雷にも色々種類があってな。
俺が使うのは紫色の…」
彼の質問に答えつつも、声と肩が震えている様子を見る。
明らかに雷という存在を怖がっている少年。
その少年を背後から抱き、右手を少年の前に出す。
「…そうか。お前が怖いのは、これか?」
シトリの手を取り、シトリの手の甲がメンシスの掌に接触するように手を重ねる。
そして、少年の掌に小さな稲妻が発生するように魔力を流す。
少年が抵抗し、逃げ出そうとしても抱きしめる力を強め、耳元で「大丈夫」と声を掛けるだろう。
紫色の綺麗な雷は少年の掌の上を踊る。
鋭いその光はビリビリと音と紫色の光を放ち、少年の掌に触れる。
しかし、何故だろうか。少年の手には痛みどころか痺れすら発生せず、稲妻が触れた部分がほんのりと温かくなるだけだろう。
■シトリ > 自分自身、その「かみなり」というものを何で恐れるのか、わからない。
故郷の気候では出会ったことのない気象現象、初めて見る怪異であったために恐れるならそれは自然だ。
しかし、斬られても殴られても大して苦痛にならず、致命傷に至らなくなった己の身体。
もともと大雑把な性格だったのもあって、この地に来てからは怖いもの知らずになっていたつもりだった。
そんな彼をして、原因不明の恐怖を沸き立たせ心を縛り付ける「かみなり」の存在。
なぜ怖いのか、なぜ恐れるのか。その理由すらわからない。とにかく怖いのだ。
「っえ、な、なに、メンシス、さ……あっ……ああああ……」
背後から回される腕。大きく、よく鍛えられた腕。
嫌な予感がする。この体格差であれば、振りほどかずとも下から抜けるなどして脱出できたであろうが……シトリの身体はそうは動かなかった。
それどころか、抱きしめる手の動きに合わせて、ぐっと褐色の身体を相手に寄せてしまう。
先程「ばっちぃ」と呼称した股間の逸物を、今度は自分からお尻の合間に強くこすり付ける。しかし今はその感触を気にする暇もない。
「あっ、あ、や、やだっ、それ、こ、怖い、怖っ……やめてっ……」
メンシスの右手が己の右手に触れ、そこから迸るのは小さな紫色の光。
身体が恐怖に凍りつき、目を閉じることすらできない。嫌なのに、その光を追ってしまうのは。
……砂漠に暮らしている間にも、その光を見た覚えがあるからだ。
身体の訓練のためにオアシスを離れ、乾ききった砂漠の夜をキャンプで過ごす間。服を脱ぐ時に身体を苛んだ「静電気」という奴。
メンシスが放つそれは、色は違い、痛みがまったくないものの、静電気と酷似していることに気がついた。
もしかすると、空を走る「雷」はこの「静電気」と同じものだったのだろうか?
しかし、おかしい。砂漠にいる間に体験した静電気は、不快でこそあったものの、ここまで拒否感を抱くものではなかった。
今はどうだろう、その紫の光を見るだけでも、身が縮み上がるほどに恐ろしい。先程思い出したばかりの「静電気」という言葉にすら、嫌悪感を覚える。
痛くはない、うるさくもない、なのに、なぜ………。
「………あ、あ、あああ………やめて、やめて………」
メンシスの抱擁の中で、シトリは文字通り凍りついていた。全身を震わせ、脂汗をにじませる。
泡がまだ残っている大浴場の床に、新たな水音がしとしとしと……と静かに響き始めた。
シトリは失禁していた。メンシスの親指ほどしかない小さなノズルから、澄んだ水流が湧き、放物線を描いている。
■メンシス > ピリッ、ピリッ、ピリッ
小さな音と閃光を放つ紫電。
痛みなどは感じないはずだが何故少年はこれ程までに怯えているのだろう。
叫び声を上げ、恐怖に体が凍り付き、挙句の果てには股から水流を流す様子を見る。
「…そうか」
雷の放出を止めれば、彼の身体から手を離す。
実際に触れて、その輝きを見れば彼の考えも改まるかと思ったが、いざ実行してみればこの始末。
彼の心に、もしかしたらトラウマでも植え付けてしまっただろうかと心配になると共に、悲しくなる。
雷は自分の全てだった。
落ちこぼれだった自分に唯一許された権能だった。
しかし、こうもその力を否定され、彼のような少年に恐れられるのはいい気分ではない。
まるで、自分の今まで信じてきたことが否定されたかのように。
「わかった。誘ってすまなかった。
……体、洗うぞ」
冒険者として、パーティに誘ったことを謝罪しながら、次は体の洗浄へと移る。
タオルを手に取り、シャワーで濡らせばボディーソープを刷り込む。
そのまま少年の背中を洗い始めた。
無言で、少し悲しい気持ちで。
■シトリ > 「…………うぐっ………っぐ……」
解かれる抱擁、離れる体温。
恐ろしい電光ももはや視界内にはないが、シトリの身体から緊張が抜けきるまで10秒近くを要した。
その後はいよいよ体表を流れる脂汗は増し、脱力したように背を丸め、荒い息を続ける。
嗚咽にも似た声が断続的に漏れる……いや、実のところ、半泣きだった。
それは、電光に対する恐怖心からだけではなかった。もちろん、公衆の面前で失禁した不甲斐なさもある。
……それにも増して、シトリの心に満ちているのは、戸惑い。
『なぜ』電気や雷を恐れるのか、自分自身まったくわからなかったからだ。
納得の行く理由が自分の中にないまま、単純にして強烈な恐怖感だけが自らの内に存在するということ。それ自体が一種の恐怖だ。
ましてやその意味不明の反応で、メンシス……冒険者として目をかけてくれた頼れる大人すらも当惑させ、失望させてしまった。
「………ごめん……なさい……」
背を丸め、足元をじっと見つめながら、シトリは消え入りそうな声でそう呟く。
誘ってすまなかった、という嘆きの声が、ともすれば不死身ゆえの傲慢に陥りかけていたシトリの心をきつく戒める。
しかし、彼と仲間になり、それこそ戦闘の想定される冒険に赴くのは、シトリにはとても難しいことだった。
彼は雷の魔術を攻撃に使うと言っていた。ということは、それが自分に向けられるものではないにせよ、痛みと破壊を伴う雷をその目に見ることになる。
きっとその光景に耐えられない、という実感がシトリにはあった。なおも理由はわからないが……。
「………ぐすっ……ごめんなさい、メンシスさん…」
身体を洗われている間、うわ言のように、何度も呟くシトリ。
恐怖の理由がわからない以上、メンシスに対してどう説明するべきかも全くまとまらない。その不甲斐なさにも苛立つ。
……実のところは、シトリに融合した水精霊の本能が雷や電気を強く忌避させているのだが。
そんなことは今のシトリにはわからない。
■メンシス > 体を丸め、半泣きで嗚咽を漏らす彼の背中を洗う。
彼が何故自分の雷を、小さな管から液体が漏れるまで怯えていたかは問わずに
その心や緊張が抜け切るまで、背中を優しく、擦るように泡を広げていく。
「謝る必要はない。どうってことはない」
自分は大丈夫で、少年は大丈夫ではなかった。
それだけの話だったと自分の中で片付けながら、消え入りそうな声で何度も謝る彼。
泣きじゃくる子供に余裕を見せるのも大人の役目だ。
内心の悲しみや失望を悟られないように、優しく声を出す。
「…元気出せよ。俺意外にもいい冒険者は沢山いる。
良けりゃ、何人か紹介してやろうか?」
彼の頭に手を置き、ぽんぽんと撫でる。
明らかに落ち込んでいる少年に対して、笑顔で、明るい声色でそう告げる。
偶々少年と自分の相性が合わなかっただけで、自分の知り合いには彼に合う人がいるかもしれない。
このような小さな男児を好む女性は、幸いこの街には多い。
■シトリ > 「………っひ!」
タオル越しに背を洗っている間は落ち着いていたシトリ。
しかし、手で頭を撫でるように触れると、再びシトリはびくんと全身をわななかせ、詰まった悲鳴を上げる。
先程その手から電光を走らせた光景が、よほどに強く印象に残ってしまっているのだ。
……本当はすぐにでもこの場を逃げ出したい。けれどそうしないのは、やはり戸惑いゆえ。
「……メンシス、さぁん……ごめん……オレ………元気、出ねぇよ……っぐ……」
震える脚に力を込め、洗い場の濡れた床をぐっと蹴る。お尻を軸に身体をひねり、メンシスの方に身体を相対させようとする。
未だ背中を洗っている途中だろうが、おかまいなしに。
「……オレ、ほんとに訳がわかんねぇんだ……でんきとか、雷とかが、どうしてこんなに怖いのか……。
分からないことは分かりたい、でないと訳がわかんないままだから。でも、オレには無理……今のオレには……。
でもよぉ、そんな訳わかんない状態とか理由で、メンシスさん……優しくしてくれるアンタを嫌うとか、オレはできねぇよ……。
オレの中の何かが、雷とメンシスさんを嫌えって言ってるのに、オレ自身はそうしたくないっつーか……。
……なに、言ってんだろうな、オレ……」
空色の瞳から涙を滲ませ。褐色の頬を赤く泣き腫らし。鼻をすすり。桜色の唇を湿らせ。
それでも、その目はまっすぐに、目の前の大男を見つめている。
あくまでも、恐怖と嫌悪が紐付いたのは、彼の手に対して。そしてそこから走った紫の雷光に。
目の前のメンシスの顔は、先ほどと変わらない……いやすこし失意に沈んでいるが……優しい冒険者の顔だ。
参考にしたい、追いかけたい、頼りにしたい……いつか越えたい、冒険者先輩の顔。大人の顔。
……怯えるシトリに無理やり電気を見せたのは、少なからずマイナスだけれど。
「……だから、怖い理由がわかったら。もし、それを克服できたら。
ぜったい、メンシスさんの仲間になるから。だから、今は……ごめん………」
己を謙遜するようなメンシスの言葉を遮るように、自らの意思を口にする。
■メンシス > 「……!」
頭に触れた途端に上がった悲鳴。
それにこちらもびっくりすれば即座に手を引っ込める。
やはり、先ほどの電気が少年のトラウマになってしまったのかもしれない。
恐怖に怯える少年から、ほんの少しだけ、椅子と共に遠ざかった。
「あっ、お…」
背中を洗ってる途中で少年の身体がこちらに向く。
空色の綺麗な瞳が潤み、頬が赤く、泣いた後が残るその顔。
鼻をすする子供っぽい動作と湿った唇に知ってはいたが、泣いていたことを酷く痛感する。
今日初めて会った少年の気持ちは分からない。
どれ程雷を怖がったのか、どれ程自分がカッコよく見えたのか。
どれ程自分が優しい冒険者に見えたのか。それは理解できないが。
ただ一つ、少年の言葉にした意思だけは、しっかりと理解した。
「…わかった。そこまで言えたなら、俺からいう事は何もねぇ。
期待して待っているぞ。シトリ。」
彼の言葉を聞けば、真っすぐと見つめてそう告げる。
その眼差しは力強くも、どこか優しさが籠っていた。
■シトリ > 「うん……!」
期待している、という言葉に、シトリはにっこりと素直な微笑みを返す。
そして、未だ泡の残る背中をふたたびメンシスの方へ向け直すと、シトリはそれっきり俯いたまま、黙り込んでしまう。
自らの中に芽生えた戸惑いに対し、懸命に思考を巡らせているのだ。
ときおり、その脳内に一度だけみた雷の光景や、先程手の甲を迸った紫の電光などが想起される。
その度ごとにまた全身を震わせたくなる衝動に駆られるが、必死に耐え忍び、指で床をカリッと掻くに留める。
これ以上、背後のメンシスに心配をかけないように。先程練り上げた決意を、自らの手で砕かないように。
そして、身体を洗い終えたならば、それ以上温泉には浸からず、そそくさと更衣室へ戻っていく。
最後に一言、「ありがとう、また……」と小声でつぶやいた後。
ご案内:「九頭龍の水浴び場」からシトリさんが去りました。
ご案内:「九頭龍の水浴び場」からメンシスさんが去りました。