2023/06/10 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にマルリーヌさんが現れました。
マルリーヌ > 「――それをください。ふふ、大丈夫です。今はお腹がペコペコなので」

 多くの人が行き交い、賑やかなことこの上ない昼過ぎの平民地区にて私服の女騎士が屋台の前で足を止めた。
 ふと香ばしい臭いに奇麗な形の鼻を動かし、屋台を覗き込む。
 ――一分後。熱々の揚げ物をぱくつきながら、歩みを再開した女の姿がそこにあった。

「はむはむ……」
(あぁ美味しい……けど喉が渇いてしまいますね。どこかで――いえいえ、昼間からお酒は駄目です、うん)

 あっちを見たりこっちを見たり。気の抜けた表情でのんびりと足を進める。

ご案内:「王都マグメール 平民地区」にヴァンさんが現れました。
ヴァン > 平民地区で屋台が立ち並ぶエリア。
屋台の前で軽食を済ませ、空っぽな午後の予定をどう埋めようかと悩む男の前を金髪の女性が通り過ぎて行った。
記憶にあるが思い出せない。確か話をしたい相手だった気がするのだが、誰だったか……。
十秒ほど経った後に思い至り、慌てて追いかけると背後から声をかけた。

「失礼。ベルリオーズ家の姉君かな?」

女が振り返ると、奇妙な模様のバンダナをした銀髪の壮年男性が目に入るだろう。
首からさげた聖印は男が何者か、知識のある者にはわかるようになっている。

「ちょっとお話をしたいんだが、いいかな?」

マルリーヌ > 「……?」

 振り返った先に立っていたのは、妙な柄のバンダナを着けた銀髪の男。
 見覚えがない。内心で構えながらも、表には出さず小首を傾げてみせた。

「――ええ、そうです。あなたは……」

 と、眉間に小さく皺を作った時に、彼の胸元の聖印に気が付いた。
(あれは……神聖都市の騎士の印……? ……うぅん、どうでしたっけ……)

「……お話、ですか」

ヴァン > 「俺はヴァン。神殿図書館で司書をしている」

相手が立ち止まってくれたので、往来の邪魔にならないように道の中心から端に寄りつつ簡単に名乗る。
女の仕事は知っている。今の名乗りと聖印が結びつくかもしれないが、仕方ないことだ。

「君の家のメイドがよく図書館に来ていてね。失礼ながら本を熱心に読むようには見えなくて、話を聞いてみたんだ。
すると、雇い主の子息……つまり、君の弟さんのために本を借りに来たと。で、結構重い本もあるから、何度か届けに行ってる。
話というのは弟さんに関することだ」

立ち話としては少し長くなる。周囲を見渡すとベンチを見つけたので、手で示して座るように促した。

マルリーヌ > 「マルリーヌ・ベルリオーズです。――ヴァン殿、神殿図書館の方でしたか」

 訝しみながらも彼の後を追ってみた先で、一つ頷いてから彼女もまた名乗った。
 なるほどなるほど、と聖印と結び付けては彼の名を呟いた後、ぎょっとするように少し目を丸くした。

「……ヴァン?」
(いい評判を聞かない――どころか、
うちの騎士が何人も彼と賭け試合をしてお金を巻き上げられた……と聞きましたね。
良い薬になったかもと気にしませんでしたが――)

 その人物が自分に何の用事だろうか。――その緊張は、彼が続けた言葉でさらに強くなった。

「弟の……!? ……分かりました、聞かせてください」

 とりあえず手にしていた揚げ物をぺろりと食べてしまってから、促されるままベンチへと腰を下ろした。
 緊張が見える顔を、彼へと向ける。

ヴァン > 「……おや。有名人だったかな?」

名前を反芻する様子に、にやりと笑った。
おそらく賭け試合の方だろう。新米から分隊長、小隊長と高額な賭け試合を行ったと。
もう片方の悪名の方に結びついていれば、この程度の反応では済むまい。

「何から話そうか……筋肉をつけたい時は肉や魚を多めに食べるよな。亜人は知らないが、人間の身体はそうできてる。
十分に食事から力を得られないと、人はやせ細っていく。それは食べ物の量であったり質であったり。
何度か本を届けにいく過程で弟さんと会ってね。話をしたりもしたんだが――彼、食が細かったりしないか?」

男は女から手のひら3つ分ほど離れた場所に腰を下ろし、話し始めた。
ちょっと前の出来事を思い出すかのように視線を上にやる。

「病気だとは聞いている。深くは聞かなかったが――」

その口調からは、病名や症状を聞けば力になりたい、という意図が感じられた。
その理由はわからないが。

マルリーヌ >  近すぎず、遠すぎず。通りから少し離れてもまだ騒々しさはあったが、彼の言葉にじっと耳を傾ける。
 その真剣な表情が、彼女が弟をどれだけ大事にしているかを示していた。

「――……ええ。あなたの仰る通り。あの子は……あまり食べる方ではありません。
子供の頃から、ずっと――
よくなって欲しい、してやりたいと、思い続けてはいますが……」

 瞳を伏せ、深く息を吐いた。そこからエメラルドグリーンの瞳だけを彼に向け。

「……ヴァン殿。弟の病気……何かご存じなのですか?」

ヴァン > 目の前の彼女の真摯な姿勢は、男が言葉を続けるのに十分だと思わせた。

「だろうな。体力が落ちると食事をするだけでも一苦労だ。ちなみに今は何歳で――?
いや、すまない。俺は医者じゃないから、むしろ聞きたかったんだ。
神聖魔法には病気を治癒する魔法もあるが、あれは病名を特定して唱えるものだ。だから家族の君なら知ってるかも、と思ったんだ」

神殿でその魔法を受けるのに、とんでもない金額がかかることは黙っておいた。
視線を深く青い目で受け止める。

「何の病気にせよ、体力と精神力がなければ治らない。だが、彼の状況では体力が落ちる一方だ。
そこで、こいつが役に立たないか……と思っている」

肩からさげていた鞄を開けると、中から手のひらサイズの瓶を取り出した。からからと音がする。中に何かが詰まっているのだろう。
瓶には見慣れぬ、おそらく異国のものであろう文字が記されている。

マルリーヌ > 「……それが、お医者様にも確かな病名は……症状は風邪にも似た――」

 年齢を告げてからもう一度目を伏せ、首を左右へと振った。
 そのまま淡々と彼女の弟の症状を確認するよう口にする。
 ――と、彼が手にした瓶を、翠の瞳がゆっくりと追った。自然に顔を上げ眼を凝らすようにする。

「役に、立つ? それは……お薬なのでしょうか。見せていただいても?」

ヴァン > 男は懐から紙とペンを取り出すと、紡がれる症状を記していく。

「千金丹。東の国の薬だ。食事では摂り辛い、生きるために必要なものを得られる補助薬、とでもいおうか。
健康に気を使っている王侯貴族連中が飲んでいるのを見たことはないかい?」

蓋を開けると茶色っぽい丸薬が顔をのぞかせた。女が中身を確認したと判断すると、蓋を閉じて二人の間に置いた。

「わかりやすく言うと、これを彼が飲み続ければ体力がつく。食事の量も少しづつ増えるだろう。
病気の根本的な治療には結びつかないが、治療法を探す時間を得られる」

最後は言葉を選んだ。男が見た少年はあまりにも儚げで、病に打ちのめされる日が現実としてそう遠くない将来訪れるように見えた。
その日をなくすための薬ではない。ただ、遠ざけるだけ。それでも目の前の彼女には有用なものだろう。

マルリーヌ > 「……千・金・丹」

 聞き慣れない単語をゆっくり、確かめるように復唱する。
 それから僅かに身を乗り出し、開いた瓶の口を覗き込む。小さな玉が見えた。

「東――なるほど、そのような薬があるのですね。これは……栄養剤とはまた違ったものなのでしょうか」

 姿勢を戻し、置かれた瓶を一瞥してから彼へと視線を向けた。
 ――渡りに船のうまい話。縋りたくあるが、未だ信じていない部分も当然ながら大きい。
 訝しみながらも、彼に頷いて欲しい懇願するような眼差しを向けた。

「そ、それは本当、ですか? この薬があれば――少しでも元気になってくれるのですか?」

ヴァン > 「栄養剤?あぁ、市井に流通しているあれか。――失礼だが、あれはおまじない程度の効果しかないぞ。
加熱したらいけない成分、油と混ぜると効果が高くなる成分、色々あるらしいが市井のものはガセと思っていい。
知り合いの錬金術師が言ってた。これは本質的には同じ目的だが、効果が違う」

疑うのも無理はない。おそらく、治療薬として似たような話はいくつも舞い込んできただろう。
あまり接点が少ない男が持ちかけてきたのも信じるには不十分といえよう。
女の問いに男はゆっくりと頷いてみせた。

「それは断言できる。食事量は増え、元気になる。時間はかかるし、飲み続ける必要はあるが。
とはいえ、俺は篤志家ではない。彼にこの薬瓶を渡さず、君に声をかけた理由は想像がつくかい?」

すっと目を細める。彼女の同僚が時折向ける好色な視線に似ている。

マルリーヌ > 「それはそれでショックですね……あぁいえ、ともかく――
この薬は相当の手間がかかっている、特別な薬……ということでしょうか」

 彼女自身が時々栄養剤のお世話になっているだけに、一瞬口を尖らせてしまう。
 が、軽く首を振ってからもう一度瓶を見るのだった。

「…………」

 甘い言葉に無条件で縋りたくなる気持ちを、必死に落ち着かせる。とにかく冷静にと。
 ――彼が続けた言葉に顔を上げれば、先よりも嫌な色を帯びた瞳が向けられていて。思わず眉をひそめた。
 そう、男の目的を察する。

「……そう、いう……で、ですが、本当に効くか分からない内に取引は出来ません。
少量でいいので試させていただいても?」

ヴァン > 「特別――まぁ、そうだな。
さっきも言っただろう?王侯貴族が使っている、って」

金もかかっている分効果も折り紙付きだ、ということを伝えたいのだろう。
女が悩む姿を、男は距離を保ったままじっと眺めている。
セクハラ好きな貴族や商人ならば近づいて腰でも撫で回すだろうが、男は別の所に愉しみを見出している。

「賢明だ。
では、こういうのはどうだろう。君はこの薬を持って帰って試す。効果がなかったら当然何もしない。
効果があったならば――その薬がなくなる前に、この場所に夜来てもらう。
まぁ、君の想像する通りさ。一晩つきあってもらう、ただそれだけだ」

この場所、と言いながら紙に何事かをすらすらと書き記すと、女へと渡した。
書かれた文字は平民地区の住宅街にある住所と店名。名前からして酒場兼宿屋のようだ。
男は彼女の家を知っているとはいえ、薬をネコババすることは全く想定していないようだった。

マルリーヌ >  恐らく――自分で入手、購入しようにも全く手が届かない代物だろう。価格も伝手も。
(だからこの人は取引を持ち掛けてきたのでしょう、けど――)

「……それほどの物ですのに、あの、ひ、一晩付き合う……とか、それだけで……
ヴァン殿、あなたは……大損なのでは、ないですか?
この年で恋人も出来ない私に、そんな価値があるとは思えませんが……」

 俯きがちに、翠の瞳を彼へと向けながらメモを受け取った。
 そこは彼女も知っている酒場。いざとなっても迷うことは無いだろう。

ヴァン > 大損ではないか、という質問には誤魔化すような笑みを浮かべる。
からくりはあるのだが――正直に答えた方が彼女の信用を得やすいだろう。

「理由はいくつかある。
まず、この薬を作っている薬師は俺の知り合いだ。知人を金銭的に支援できる――できた。
次に、弟さんを気に入った。元気になって図書館に来てほしい。最近は若者の図書館離れが深刻でね……。
最後に、だが。君は自分の価値を見誤っているようだ。恋人は作ろうと思えば簡単にできるんじゃないか、君は?」

最初に言いなおした言葉の意図は、今は伝わらないだろう。
恋人のくだりについては不思議なことを言う、とばかりに首を傾げてみせた。
整った顔、美しい金髪。身体のラインもいい。性格――はわからないが、こうやって会話する限り問題はなさそうだ。
ゆっくりと立ち上がると薬瓶を渡し、しっかりと握らせた。

「効果が出るまで1~2週間はかかる。大人は朝夕食後に3錠だが――彼の背丈なら、まずは2錠づつでいいだろう。
あぁ、そうそう。来る時は騎士服で酒場に来てくれよ。こちらから声をかける」

用法・用量を伝える。男の言葉通りならば、瓶の中には1か月分以上はありそうだ。
嗜虐的な嗜好でもあるのだろうか。わざわざ服装を指定すると唇の端を吊り上げて笑った。

マルリーヌ > 「ヴァン殿……」

 初めの言葉には小首を傾げてしまったものの、続けて弟への気持ちを聞いては、
彼との会話で初めて僅かにだが表情を柔らかにし微笑を浮かべた。
 そのまま女自身について言及され、少しばかり目を丸くしながら首を左右へと振った。

「い、いえ! 本当にそのようなことは……周りはアレな男ばかりですし、私……」

 騎士団での日々を思い出しては、引きつった笑みを浮かべてしまう。
 と、そうこうしている内に瓶を握らされた。
 どきん、と心臓が跳ねる。手の中の瓶を見つめながら、彼の説明を聞いて。

「……2・2で――あ、あの、念のためにまず私が一度飲んでみても問題はありませんか?
――って、服? わ、分かりましたけど……」

ヴァン > 「一晩では釣り合わない、って君が思うなら、日数を増やしてもこちらとしてはいいんだがね」

明らかに冗談めかした軽口で真意を隠す。
薬は継続的に飲み続ける必要がある。患者が勝手に服用を中止して悪化するというのはよくある話だ。
姉である彼女が病名すらわからないのなら、完治まで時間はかかるだろう――残念ながら。
それまでの薬代がどうなるか、今はまだその話をしていない。

「職場の外に目を向けるのもいいんじゃないか。他の騎士団、友人のつて……色々ある。
あぁ、それは大丈夫だが。効果を実感するまで一週間分使うのか?
毒味役というのはわかるが。そうだ、手付をもらっておこう」

男はこの取引で色々な利益を得たいと考えていた。少年に早く飲んでもらいたい、というのもその一つ。
とはいえ弟の身を案ずる姉が自分で実験したいという想いも理解できるし、止める理由もない。
手付というと女へ顔を近づけて、額に軽く唇を押し付けた。身体を離すと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「そんなに眉をひそめていると、幸せが逃げてくぜ?――次会えるのを、楽しみにしているよ」

マルリーヌ > 「そっ……!? そ、そういう意味で言ったわけではありません!
そもそも、弟に効くかどうかもまだ分かりませんから!」

 からかわれていると分かっていながらも、微かに頬を赤らめて言い返して――
(……あれ? ですがもしも効いたら本当に……?)
 と、浮かんだ考えを大袈裟に首を振って否定――考えないようにする。

「ま、まあ別に恋人が欲しいわけではないので――
……いえ、そんな時間がないとも言えますけど」

 誤魔化すように手元の瓶を見つめていると、『手付』の言葉と共に彼の近寄る気配。
 僅かに顔を上げたところで額に柔らかな感触を得て――

「……! よ、余計なお世話です……」

 数秒の後、何をされたか理解しては目を丸くし慌てて額に手を当てた。

ヴァン > 「俺は効くと確信しているが、君も弟さんに薬が効いたら約束を守ってくれよ?」

ぶんぶんと音がしそうなくらい首を振る姿を面白そうに眺める。
余計なお世話、と言われると肩を微かに震わせた。笑いを堪えているらしい。
おそらく恋人ができない理由の一つはその難しそうな表情ではないか、と。

「ともあれ、俺はここでお暇しよう。それじゃあ、マリーさん」

愛称を呼んだことは彼女にとって親しみ易い、それとも馴れ馴れしい男と映っただろうか。
どこか向かっていく場所があるのか、やや早足で屋台村から立ち去って行った。

マルリーヌ > 「そ、それは……その時は――分かって、います。
……もし弟が少しでもよくなってくれたら、それは……本当にありがたいことですから」

 と言ったものの、内心では
(だからと言って一晩!? するの? しちゃうんですか本当に!?)
 などと、割り切れない気持ちでいっぱいに戸惑ってはいるのだが。

「ええ、ヴァン殿。ありがとうございまし――……た」

 不意に愛称で呼ばれては何とも言えない表情を浮かべ、早々に消えゆく彼の背を見送った。
 ――手の中の瓶を見つめる。

「……待っててね。お姉ちゃんが……」

 そんな小さくも確かな呟きと共に、女騎士もまたその場を去っていった――……

ご案内:「王都マグメール 平民地区」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」からマルリーヌさんが去りました。