2022/07/08 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にクラウソニアさんが現れました。
クラウソニア > 「おかわり……」
『お客様、本日の所はそろそろ……』
「おかありっ!」

それは、平民地区の中でも富裕区に近い場所に建てられた、少々お高い酒場でのやり取りだった。
程よく光量の抑えられた魔灯がムーディーな薄暗さを演出する店内、ウォールナット材の黒艶も重厚なカウンターを挟んでの事だ。
方や整えられた髭の似合うダンディな中年マスターであり、方や卑猥とすら言える程にむっちむちの身体をワインレッドのカクテルドレスで包み込んだ美女である。
綺羅びやかな金髪を夜会編みに纏め上げた美女は、既にかなりの量を飲んでいる様だった。
元は健康的なクリーム色の頬は目に見えて分かるほど紅潮し、切れ長の翠目もどこか眠たげに目蓋を落とした半眼となっている。見るからに酔っ払いの顔である。
マスターは困った様な顔をして、それでも彼女の注文通りのカクテルを作り洗練された所作でカウンターに置いた。
それは即座に美女の繊手に奪われて、安酒をかっくらう酔っ払いそのものの所作で飲み干される。

「―――もぉいっぱい!」
『……………はぁ』

更なる注文を投げながら、かんっとカウンターに空となったグラスを置く所作に合わせ、キャミソール風の華奢な肩紐を引き千切らんばかりに豊満な双丘が重たげに揺れる。
その美女―――普段は無骨な白鎧に身を包み"モードレッドの戦侯姫"だの"皇剣のパラディン"だのという御大層な二つ名を持つ聖女、クラウソニアに中年マスターは小さくため息を零して再びカクテルを作り始めた。

ご案内:「王都マグメール 平民地区」にユージンさんが現れました。
ユージン > 「…………」

カウンターの端に座る男は、少し離れた位置でのやり取りをちらりと横目で見遣る。黒く艶めく長髪は滑らかな絹糸のよう。元は繊細であったろう肌は日に焼ける事で身に纏う洗練された雰囲気の中に幾許かの野性味と退廃のエッセンスを加えている。眠そうにも、物憂げにも見える赤い瞳は手にしたグラスの中に満たされた琥珀色の液体を静かに見詰め―― その後、小さく欠伸を漏らした。軽く口元を隠す些細な所作にさえも、知性と品性を窺わせる。

(…………美人、なんだろうけどなあ。
 ありゃ、パスだパス。絶対めんどうくせェ奴だぞ)

静かに物思いに耽る風を装いながらも、その内面では油断なく女を品定めしている男。そう、内面など所詮はただの性欲に支配された猿のような若者だ。そんな彼でさえ、すぐ近くの美女には手を出し難い危うさを感じているらしい。

(……イヤでもあのカラダ…… 超エッロいじゃねえか。
 うーん、どうすっかな。……むしゃぶりつきてェ~……)

しかしながら完全に諦めて手を引く、というところまでは踏み切れない。
匂い立つような色気。それを押し込めた衣装を解いて、ありのままの姿となった瑞々しい肉体を思う存分に貪ってみたい―― この世の全ての憂いと向き合ってきたかのような、そんな伏し目の奥ではどうこの女を口説こうかと入念なシミュレーションを繰り返していた。普段はだらしなく無精髭を散らばらせている顎も、すっかりつるつるの滑らか。そんな顎の感触を確かめるように指を這わせながら、まずは女が新たなカクテルを飲み干すのを待つ。



「……失礼。お隣、構いませんか」

意を決して女に声をかける。久しぶりにナンパを仕掛けるべく珍しく気合を入れてお洒落を決めてきた男は、自身でも知らぬ内に死地へと踏み込んでしまった。

「ああ、マスター。 よければ彼女に自分からも一杯プレゼントしたいんだけれど」

そう告げて、男はマスターへと目配せを。
こいつ、命知らずだな……という表情を一瞬浮かべるも、中年男は再び黙々とカクテルを用意する。柑橘果汁のフルーティーな甘みで強いアルコール度数を口当たり柔らかく偽装した、そういう目的にもよく使われる類のカクテルだ。

クラウソニア > 銀のシェーカーを手慣れた所作で振るい始めるマスターから、半眼を外して店内を見回す。
ギロリ。
そんな擬音の似合いそうな剣呑な半眼に、色欲たっぷりの視線を向けていた男達がぴゃっと目を逸らして身を縮こまらせた。

「―――――ふん」

そんな男たちの様子にリップグロスで艶光る唇を尖らせながら鼻を鳴らし、カウンターに置かれたカクテルグラスに手を伸ばす。
今回もまた高価な白ワインをベースに作られたそれを一息に飲み干すかと思えば、ぼふっとたわわな肉鞠をカウンターに伸し掛からせるかのように片肘の頬杖を付き、どこか子供めいた所作でちびりとひと啜り。

「………なぁ、マスt………っ!?」

ため息と共に顔を上げ、中年店主に泣き言めいた相談事を投げようかとしていたその顔が、不意に傍らから掛けられた言葉にビクンッと跳ねた。
だらしなくカウンターに突っ伏していた上体が即座に背筋を伸ばす。
切れ長の双眸を驚きに丸くして声の主に目を向ければ、そこには周囲に居並ぶお上品なだけの男達とは明らかに異なる野性味を帯びた男の姿。
イケメンである。

「ぅなっ、な、う……う、うむっ。あ、いや、え、……っと、は、はいっ、どーぞっ!」

きゅっと握った両拳を膝上に乗せ、豊満極まる双乳をぴんと伸ばした二の腕で拉げさせた様子は初めての就職面接に挑む少女めいてがちがちだった。
そわそわと翠瞳を彷徨わせ、夜会編みからこぼれた横髪をせわしなく弄くる様子は、男好きのする身体の魅力を十全に見せつけるワインレッドのカクテルドレスの妖艶さとは掛け離れた生娘めいた所作である。
どきどきどきどき。
鼓動を弾ませながら、諦め掛けていた異性からの声掛けというシチュエーションを叶えてくれた相手を盗み見る。
リネンのシャツに薄く浮き上がる筋骨は野太くは無くともしっかりと引き締まり、シャープな顔立ちは知性と品を持ち合わせつつも日に焼けた肌には精悍さすら漂っている。
見れば見るほどイケメンなのだが、何故か初めて会った様な気がしない。
その声音にも聞き覚えがあるような気がするし

「――――――んん?」

緊張で強張っていた美女の顔が、怪訝そうに眉根を寄せた。
そのままずいっと顔を寄せ、男の顔をじっくりと見始める。
前のめりになった身体がKカップの砲弾をたゆゆんっと大いに揺らし、酒精まじりの甘やかな女の匂いをふわりと香らせた。

ユージン > 店内を巡る鋭い眼差しに、大抵の男性客は尻込みをしてしまう。
マスターが男を命知らずと思うのも無理のない話であっただろう。
……肝心の男と言えば、そのときちょうど余所見をしていたので、剣呑な視線には気付く由もなかったのだが。

「ありがとう」

自分が声を掛けるなり、まるで別人めいて態度をころりと変える女。
いかにも緊張しています、そう言わんばかりの態度は愉快であり、同時に何か強い既視感を覚える。
ついでに何か妙に胸騒ぎがする。……まるで生死の危機にでも瀕したときのような奴だ。

(……いや、あれ見ろよあの胸! 頑張ればなんかこう、ポロッと行っちゃいそうじゃねえの。
 おらっ、捲れろ捲れろ! 生乳見せろォ!!)

男は柔和な青年めいた装いの表情の裏で、こんな必死の念力を彼女の胸元に飛ばしている。
無論、それが功を奏する事など万が一つにでもありえなさそうな奇跡であると思われる。
同時に本能が鳴らしている警鐘も、男は単純に自分が欲情しているのだと考えてしまった。
実際生命の危機において生存本能が刺激されるというのも稀によくある事である。

「…………? 何か、僕の顔に付いています?」

不意に気付く訝しげな女の視線。
やっべえ、表情崩すところだったァ!!という狼狽も猫かぶりの仮面の奥に必死に押し込め、男は柔和そうな微笑のままで首を傾げ。
同時に男も思い当たる。……よく嗅いだ覚えのある、女の甘い匂い。
そして、酒気を帯びているとは言え、冷静に考えてみると相対した女の纏う雰囲気にも覚えがある。

更に何より、自身を魅惑してやまぬこの胸!
……何をどうして見間違えたのだろう。いや、あんな…… オークの生首を引き千切ってそこから逆さに振り回して飛び散る生き血を嬉々として飲み干しそうなあの女が、こんなお高そうな酒場に現れるはずがない…… そんな先入観の引き起こした余りにも切ない悲劇。


「…………げっ。まさか……」

男の物憂げな眼差しが思い当たった驚愕の事実に見開かれる。
同時、男の口元が普段どおりのだらしなさに弛緩する。

クラウソニア > 『あっ、らめっ、もぉ無理っ。切れちゃうっ、切れちゃうからぁああっ♡』そんなモノローグが聞こえてきそうな程に張り詰めたドレスの肩紐だが、高そうな生地は伊達では無いらしい。
ノーブラならではの奔放さで大いに揺れ撓む魔乳の重量にもきっちり耐えて、眼前のイケメンの願いを袖にする。
薄暗がりの中、紅色の生地にほんのりと浮かぶ乳輪の膨らみは、ドレスの中身を見てみたいという彼の望みを一層煽る事だろう。

「―――――ユージン……?」

身を寄せて間近から観察した彼の顔は、やはり、かの冒険者を彷彿とさせる。
しかし、問いかけに合わせて精悍な顔立ちに浮かぶ微笑みは、トレードマークの様な無精髭も見当たらないし、貴族めいて品のある物。
冒険者ではなくスラムに住む浮浪者だと言われても納得してしまいそうなあの男とはまるで異なる笑顔だ。

「………いや、まさかな。すまん、忘れてくr………んんっ??」

ついつい騙されそうになり、自嘲気味な笑顔と共に前言を撤回しようとしたところで、聞こえてくるのは『………げっ』なんていうイケメンらしからぬ単音。

「き、貴様ぁっ!? やはりユージンではないかぁぁああッ!!」

ガタタッとハイスツールを揺らして立ち上がり、人差し指を突きつけ叫ぶ声音は、飲み始めたばかりの頃に必至で作っていた"妖艶な大人の女性"というイメージから掛け離れた物だった。
そんな挙動にも―――否、そんな淑女らしからぬ動きだからこそ、ノーブラの魔乳は物凄く揺れた。
たゆゆゆんっ、ぷるんるんるんるん……という揺れの余韻が収まったのは、酔っぱらい聖女の叫びがしーんっと静まり返った酒場の静寂に消えた頃。

ユージン > 「……しまったァ!?」

なんとか平静を保ち続けるべきであったのに、うっかりボロを出してしまったが故に露見してしまう。
もはや其処には数秒前までの雰囲気イケメンの面影はほぼ残っていなかった。
荒々しく立ち上がる女騎士。
立ち振舞こそ乱暴だが、それが不思議と絵になるのは彼女自身の素材の良さと堂々とした雰囲気故だろう。
今にも襲いかかって頭から齧りついてきそうな女オークを、とっさに突き出す両手で制し、どうどうと宥めてやる。

「まあ、待て。お互い不幸な行き違いが合ったのは認める。だが、落ち着けクラウソニア。
 いいか、此処は男女が酒を飲み、そのまま浮ついたセリフでその気にさせて、お持ち帰ってイチャコラするための憩いの場。
 断じてコロシアイの血で穢す訳にはいかん。いいな、此処まではわかるな?」

まるで子供相手に宥め賺し、諭すような物言い。
しかし畳み掛けるようにほぼ息継ぎもなくすらすらと言い切ってしまうのは相手に落ち着いた思考をさせない為でもある。
こういう状況下においては下手にロジカルに攻めるより、勢いで押し通したほうが無難という経験則だ。

「……という訳で、まあ」

周囲を見回す。
盛大に吠え猛る女騎士の威圧感に気圧され、大抵の客たちは最早全力で関わり合いにならぬよう退避済みだ。
その上で、この荒れ狂う嵐が過ぎ去ってくれるのを待っているような状態だ。

「まずはこれでも飲んで落ち着けよ。……こちらのお客様……要するにおれからの一杯だ」

なんて言いながらに、緊張感を押し殺しつつ男が示すのはカウンターの上の小さなグラス。
そこに注がれているのは最初にお近づきの一杯として贈ろうとしたオレンジのカクテルだ。
この状況下でまだ仕掛けるのか―― やり取りを見守る一部の客が戦慄し息を飲む気配を感じ取りつつも、男の目に迷いはない。

クラウソニア > 「ぬあぁぁぁああっ! 誰が女オークだ貴様ぁぁああッ!」

言ってない。
言ってはいないが、それと同等の事を言っているので酔っぱらい的には同じことである。
ドレス姿のむっちむち美女が突き出された両腕をものともせずに間合いを詰めて、振り上げた右手に燃え盛る"豪炎火球"めいた異様なプレッシャーを漲らせる。
落ち着いた店の雰囲気に合う紳士的な所作を崩すことのなかった中年マスターが、思わず『ひぃぃッ!?』とか言って後退る迫力だ。
が、そのぎっちぎちに握りしめた巨岩めいた拳―――実際の所は殴られたとてぺちんなんて可愛らしい音を鳴らすのがせいぜいのたおやかな小拳に見えるのだが―――を振り下ろす前に挟まれた男の言葉に動きを止めて、酔っぱらいならではの理不尽な怒りに燃えていた翠瞳をちらりと走らせ直前にマスターがおいたカクテルに目を向ける。

「―――――奢りだな? ここのカクテルはそこそこ高いが、これは貴様の奢りなのだな……?」

むっつりと唇を引き結んだまま、じっとりとした半眼が振り上げた拳もそのままに問う。
ここで下手な事を口にすればがつんである。
酒精のせいで力加減のうまく出来ない今、下手をしたらがつんではなくどぐちぁみたいなエグい効果音が出てしまう可能性も無くは無い。
ドラミングを終えたゴリラが牙を剥いたままフーッ! フーッ! とか言っているかの様な、一触即発の雰囲気。
迂闊な言動こそあれど、別に彼はこの様な暴力にさらされる程の悪さをしたわけではないのだが、色々と鬱憤を溜め込んだ酔っぱらいの行き遅れに声を掛けてしまったという不運を嘆いてもらうより他にあるまい。

ユージン > 「い、言ってない! それは言ってないぞ! とんでもない誤解だァ!!」

確かに口に出して言ってはいない。言ってはいないのだが内心ではしっかり思ってはいる。
コイツ心が読めるのか……とヒヤヒヤしつつも、なんとか女オークを宥めようとする。
流石に全力のパンチを叩き込まれることはないだろう。
……一応、そのくらいには相手の良識を信用してはいるが、加減されていたとしてもその拳の威力は想像に難くない。
何せ拳の一振りで魔物の頭が吹き飛ぶ―― そんなショッキングな光景をこれまで何度か目の当たりにしているのだ。
ごくん、と喉が無意識に生唾を飲み込む嫌な音が響く。難敵と相対したときであっても、ここまで緊張するのは稀であろう。
燻し銀のマスターでさえ、上品な振る舞いを装うのが困難な威圧感。最前線でそれを浴び続ける男が未だ腰を抜かさないのは奇跡である。

「……奢りに決まってンだろ? 確かに普段のおれはケチでしみったれだ。
 けどな、ナンパでつまんねえケチをするような奴が女落とせるワケねえだろうが」

向けられる問いに応えるのは、自信に溢れる堂々とした答えだ。
普段は自分の身嗜みにも食うものにも頓着しない、底辺生活まっしぐらの男が言う通りナンパのために身繕いしてこの場に挑んだのだ。
その身に負う覚悟めいたものさえ可視化されるような、強い語調で言い切れば。
改めて飲め。そう促すようにカウンター上のグラスを手で示す。

「どうした、清廉にして精強たる誉も高き聖騎士クラウソニアさんともあろうものが……
 まさか、おれの出す酒が飲めねえとか可愛い事言っちゃうなんて、ありませんよねェ~~~~?」

クラウソニア > 青年の弁明の必死さに、なにやら胸のすく様な思いを抱くのも、これが単なる八つ当たりだからなのだろう。
その元凶は、数時間もの間一人で酒を飲み続けるクラウソニアに声の一つも掛けず、ただただ安全位置から眺めるばかりであった周囲の男達。
もしも彼らが今のユージンの位置にいたなら、まず間違いなく腰を抜かしてズボンに恥ずかしいシミを広げる事になっていたはずだ。
それ程の圧を受けながら、その場に立ち続け、震えもしない声音で問いに応える男の胆力にはマスターも思わず瞠目していた。

「……………良いだろう。先の暴言は聞かなかった事にしてやる」

ふん、と小さく鼻を鳴らして振り上げていた拳を下ろし、ひっくり返っていたスツールを元に戻して座り直す。
程よい大きさに砕かれた氷片が魔灯を反射してきらきら光る、それはそれは綺麗なカクテルだった。
むっつりと尖らせた唇先にグラスを寄せて傾ける。
口腔にするりと入り込むのは、柑橘の甘みときんと冷えた清涼感。
先程まで繰り返し聖女が飲んでいた物よりも更に飲みやすい果実水の様な味わいに数度瞬き、続けて二口目を流し込んだ。

「やかましい。というか貴様、なぜこの様な場所にいる。ただの無銭飲食でも余りに羽目を外せば衛士達とて本腰を入れるのだぞ?」

ちびりちびりとガラス杯を傾けながら、切れ長の翠瞳がギロリと傍らの青年を睨む。
つり上がった眉尻と、不機嫌そうに引き結ばれた唇は相変わらずなれど、纏う雰囲気はずいぶんと落ち着いていた。
それを感じ取ったのか、若干及び腰になっていたマスターも落ち着きを取り戻してグラスを拭き始め、それを目にした客達もちらちらとドレス姿の聖女に視線を残しつつも強張りを解いて行く。

ユージン > (……なんか無闇に偉そうだなこいつ)

と思いはすれど、まだ死にたくないので黙っておく。
いくら向こう見ずではあっても、明らかに100%死ぬ選択肢を選ぶほどの自殺志願者でもないのだ。
マスターも「せっかく機嫌直ってきたんだから、このまま好きにさせてやってくれ」と必死に目で訴えている。
流石にこの後女が大暴れして店を破壊でもしようものならば、マスターの渋さも威厳も途端に無惨なものへと成り果てよう。
……それを居た堪れなく思う程度の良心は男にも一応備わっていた。

「…………ふう」

ひとまず嵐の第一波はなんとか通り過ぎそうである。
座り直してカクテルを呷るその隣に腰掛けて、飲み干しその様を間近から静かに観察する。
気分は神話の英雄。巨大な怪物をだまくらかして、毒酒をたらふく飲ませることで退治するもの。
子供の時分に乳母に強請った絵本の内容を思い出しながら、かつての英雄もこのように緊張していたに違いないと納得する。

「……つまらん質問をするな。ナンパにケチるのは無粋つってんだろ。
 たまにマジで女を引っ掛けたくなるときもある。ちょうど今夜がそうだったってだけの事さ」

そのくらいの稼ぎもあったからな、と付け加えながらに自身も元々呷っていたグラスを引き寄せて―― 満たされた琥珀の液体を静かに啜る。相手のカクテルほどではないが、なかなかに度数のキツく強い酒である。涼しい顔をして呷るくらいには男も飲み慣れてはいるのだろう。

「……なかなか飲みやすいだろう? これは女の子にはウケがいいんだよ。
 さて、どうするお姫様。二杯目も飲んでみるかい?
 だがまだまだ夜は長い。ペースを保って飲まないとこないだみたいになっちまうぞ」

……ちゃんとそのときも面倒は見てやるが。だから安心していいぞ、だなんて。
そんな言葉まで付け加えつつ、男は微かに笑う。暴力に怯えるヘタレの姿は既にそこにはなかった。

クラウソニア > 「ふん、珍しい事もある物だな」

珍しいというならクラウソニアがこの様な洒落た酒場に一人で飲みに来るというのも珍しい―――というか、実を言えば初めての事だった。
男達が声を掛けて来ないのは、女らしからぬ無骨な鎧と鞘に入っていたとてその聖力を隠しきれぬ神剣の神々しさが原因なのでは?
そんな思いつきから金の力を大いに使い、服飾店の女性店員に手伝って貰って見目を整え彼女たちから勧められた酒場へと繰り出した、というのが今回の顛末だった。
―――が、待てど暮せど、店に訪れる男性客からの視線ばかりは痛いほどに向けられるのに、誰一人として声を掛けて来ない。
女性店員達は胸を張って太鼓判を押してくれたのだが、もしかしたらあれはただのおためごかしだったのではないだろうか。
実際の所は女オーガが似合わぬドレスと化粧をしているという滑稽さに、男達も目を向けているだけではないのか。
そんな不安を追い出す様にぐいぐいとカクテルを干し、そうこうする内に酔いも回り、いよいよもって酔いつぶれそうな所でついに声を掛けて来たのが何かと縁のあるもやし男だったのだ。

「――――慣れているのだな、お前は。私は、こんな店で酒を飲むのは初めてだ。こんなに飲みやすいカクテルがあるのを知ったのもな」

くいっと残りを飲み干して、勧められるままにニ杯目を注文しようとしたところで『こないだみたいになるぞ』と言われ、びくりと動きを止める。
脳裏に蘇るのは、べろんべろんに酔っ払って無様を晒した夜の事。
己の吐瀉物の味わいを含むファースキスの思い出――――いやいや、あれは違うから。ファーストキスはミントの味だから。
ぶんぶんぶんっと丁寧に整えられた夜会編みの金髪を振って気を取り直し

「―――――なぁ、ユージン」

むすっとしていた美貌がちらりと傍らの青年に翠瞳を向ける。
その眉尻は自信無さげに下げられて、長い睫毛に彩られた双眸にて煌めくエメラルドめいた翠瞳もまた不安げな上目遣いで彼を見つめ

「――――私は………私はそれほどに女としての魅力が、ない……のだろうか……?」

ユージン > 隣に座る女が今日に限って妙にしおらしく感じるのは果たして自分の気の所為だろうか。
常に威風堂々と、己が進む道に立ちふさがるものがあればその全てを瞬時にミンチに変えて押し通る―― 
そんな最凶の女に限ってそんな事を、と思いかけて「イヤ」と思い直す。如何に最凶であろうが、こいつも女だ。

「そりゃあな。安酒の一杯二杯引っ掛けて潰れるようじゃ、ナンパなんざとてもじゃないが無理だからね」

相手の言葉にそう返し、続く初めてだという告白に納得したように頷いた。
改めてじっくりと相手の姿を観察すれば、そのドレスは確かによく似合っている。
着込んだ素体もさることながら、ドレスそのものも自分の稼ぎでは手の届かぬような高級志向であろう事は想像に難くない。
しかし、無闇に気合が入りすぎているような、無理をしているような、そんな浮ついたモノを感じるのも確か。

「なるほど。……そりゃあなかなか光栄だぞ、あんたの初めてを頂いちまったのはな」

相手が呷るペースに合わせ、自分もグラスを静かに傾ける。喉と胃を焼くアルコールの熱とは裏腹に思考ばかりは冷静のまま。

「…………ん?」

ふと、何か思い切ったように紡がれる小さな問い。視線を向ければ、其処に居るのは恐ろしい女騎士ではなく。
ただ縋るように弱々しく此方を見詰める少女然とした様子の、ひとりの可愛い女だった。

「おまえはバカだな、クラウソニア。おまえが何をそんなに不安がって、しょげてるのか分からねえが。
 おまえに魅力がなければ、おれもわざわざおまえの相手なんかするものか。そんでもって命が惜しくてさっさと逃げてらぁ」

そう告げてからもう少し考え込む。
三十秒ほど黙り込んだ末、ようやく口を開けば重々しく紡ぐ言の葉。

「……おれはな。あの日からずっと、おまえのケツと胸にくびったけだ。
 勿論ケツだけじゃないぞ。案外、可愛い性格してるからな」

そこまで言ってしまえば、顎のあたりを小さく掻いた。
少しぶっちゃけてしまい過ぎたかもしれないと気づいたが、此処まで言ってしまえば手遅れかもしれない。

「いい加減ちゃんと言っとかないとな、とは思ってたんだ。……察し悪そうだし、この際ハッキリ言っとこうか。
 おまえを抱きたい。そんでもって、おれの女にしてえ。……これはおれの本音だぜ、クラウソニア」