2020/12/19 のログ
弾正 >  
「礼には及ばない。君が押しつぶされる様を見るのも悪くはなさそうだが……
 私も"今は"無情に見過ごす訳にはいかなくてね……嗚呼……冗談だとも。」

潰されるにしても、万に一つ大事には至るまい。
片手で軽々と持ち上げる様は、見た目よりも力がある事を示していた。
袖に隠れて分かりづらい細腕は柳よりは些か丈夫に見える程度だ。
神の隙間から覗く淀んだ翡翠は、興味深そうに少女の薄緑を見下ろしている。

「……かつて、故郷でも似たような事を言われたよ。
 確かに、"彼方"では見下ろす事が多かったが……いやはや、此方ではそうはいかなくてね。」

乱世入り乱れし我が故郷。
思いはせる程の思い入れは無いが、見上げた数は指折り程度。
然れど、客人の国なればそうはいかず、意外や意外。
どこもかしこもだいだらぼっちは多い事。
男は楽し気にくつくつと喉を鳴らし、笑っている。

「そう、本だ。とは言えね、何かを探していたわけでは無いんだ。
 ……この国の本であれば、何でもいい。知識が欲しいのだよ。この国の、ね。」

学びを得るというのは、かくも楽しき知識欲。
男は、欲に隷属している。知識欲も変わりなし。

「お察しの通りかはさておき、此のマグメールにおいては私は異邦人でね。
 未だに如何にも、慣れないことが多くてね……故に、何か本を借りに来た。そう言う事になる。」

フォティア > 「…い、いつもの作業ですので、押しつぶされは致しませんっ ──……取り落しはするかもしれませんが」

 半ば脊髄反射的にそう応え、頬を赤らめ少しだけ口唇を尖らせて、不服を隠し立てすることなく。
 とはいえ、この見かけによらぬ剛力備えし腕の持ち主からすれば、己は貧弱この上ないことだろう。
 片頬だけを微妙に膨らませてはいるものの、もう、二度三度、瞬きを。

「──…まぁ。 やはり、異国の来訪者さまなのですね。 お召し物から、東の御方かとは、予想していましたけれど……そんなにも、彼のお国の方々は体格が違うものでしょうか?」

 物心つく前はともかく、この国からほとんど出たことのない娘は、好奇心に瞳を輝かせた。
 さらには、相手も知の探究者だと知れば、本の虫の貸本屋店主は、さらに嬉し気にうっすらと頬に紅潮の朱がのる。
 店内へと招くかのよう、両開きの扉を開け放ち、恭しく黒のワンピースの裾を摘まむように、淑女の礼儀。

「それでは、うちのお店はお国の図書館の次に、うってつけで御座いますとも。」

 手の仕草で店内へと招き、淡く温もった空気が、外の街路へと逃げることも厭わぬよう。

「どういった部分から、この国の在りようを御知りになりたいでしょうか? 文化? 歴史? 地理からであれば、地図も古地図も。 子供たちの戒めを含む御伽話、流行の詩吟、名産、それとも政治体系に、哲学、美術。 ──そう、個人的に忘れてならないのは、地産の大衆グルメ。
 ──さあ、何処から斬りこまれましょう?」

 謡うように店内の書架の棚を次々と、指さしていくのは分類別という意味だろうか。
 ふわりと、黒いワンピースの裾が翻る。
 

弾正 >  
「数ある積み重ねの中に失敗も在るだろう。
 日常、日常、と胡坐を掻いてはいけないよ……。まぁ、其れもまた愛嬌だろうが、ね。」

繰り返し繰り返し、積み重ねたものに失敗は無い。
然れど、其の慢心が何れ失敗にもなり得よう。
とは言え、少女の細やかな失敗は実に笑いものになるだろう。
そう、からかっているのだ。
ゆるりゆるりと、其の態度を崩す事無く応えていく。
さて、此の看板はどこに置けばいい?そう言わんばかりに、左右に軽く、ゆぅらゆら。

「"異国"、か……地続きとは言えまい。"異界"と呼ぶべきだろうな。
 嗚呼……君程の大きさは珍しくもないよ。女性も男性も、かくあるべき低さだったな。」

客人の国の、此の遥か水平線から地平線迄何処にもない。
あの乱世は、恐らくここにはない。故に、"異界"。
在れば此処は、マグメールはより一層の混沌を極めていただろう。
母国故に分かる事だ。さて、其れは其れとして、歓迎はされたらしい。
おや、と僅かに開いた双眸。願ってもいない事だ。
淑女の礼に返すように、此方もまた深々と頭を下げた。
礼には礼を返す。どの世界でも変わらないらしい。

さて、頭を上げれば優雅に一歩、一歩と踏み入った。
凛然と腰を伸ばし、腰に片腕を添えて何処となく気品を感じさせるだろう。
足を止めれば、右も左も本棚だ。僅かに漂う紙の匂いが、実に落ち着かせてくれる。
知識欲がなんとも刺激される光景に、ほう、と感嘆の声が漏れた。

「是ほどの揃えているとは……いやはや、噂以上に期待出来るな。
 嗚呼……店主は君だけかな?名乗りが遅れた。私は弾正。祖国ではそう呼ばれていた。」

次いでのような自己紹介だ。
視線は右往左往、全て本へと向いている。
其れほどまでに、本に興味が惹かれているようだ。

「どれもこれも興味が在る。全て、と言うには些か欲張りが過ぎるかな?
 さて、小さき知識人よ。逆に問いかけよう。君は、如何なるものに興味が在る?」

フォティア > 「……心得ておきます。」

 殊勝にそう頷き、ちらりと視線を流す方向は、彼の人の腕の中にある看板の角っこ。
 そこに小さなひび割れが垣間見えるのは、そういった小さな失敗の一部なのかもしれない。
 さして広くはない書架立ち並ぶ店内の奥、カウンターの一角に、幾分丈夫そうなフックが見えるのは、常にそこに終業後の看板が鎮座ましましているからなのだろう。案の定、こちらに、とばかりに手の仕草で看板を置くように指し示す。
 ──……少女が両腕で抱えて、運ぶのが精一杯の丈夫な看板が彼の手にかかれば自在に弄ばれている様子に、なぜか、己の店の看板に裏切られたような理不尽な心地を覚えてしまい、ちょっぴり、じっとりと視線が湿る。
 ただの、妬みだが。

「わたしはほとんどこの国から出ませんので──…ぁ、国内なら色々と巡りますが。 自身が『ちび』と見なされないお国は、少し興味がわきます」

 冗談交じりの軽やかの口調にてそう告げて。
 店内へと踏み入れる客人を迎え入れれば、店の扉を閉めた。このままでは、店内が外気と同じ室温になってしまう。
 ふるっと、小さく躰を震わせ、店内の一角、ティースペースに備えた小さめのストーブの火を大きく。
 古びた本が多い割には、紙の香り以上にインクの香りが強いのは、写本が多いという事情からだろう。

 「ありがとうございます。 亡き祖父から引き継いだばかりの店ですので、一人で切り盛りするのが精いっぱいで御座いまして。
 ──……だん、じょ、さま。…?」

 耳慣れぬ響きの言葉を、娘は聊か不器用に繰り返し、何度か口の中で繰り返して、ようやく滑らかに綴れるようになる。
 興味深げに書架を見遣る客人の長躯を見上げつつ。

「──……わたしの、興味。ですか? それを問われるのであれば、わたしが興味を持って集めているのは、各地の説話集です。
親が、その親から、子供の寝物語に語って聞かせる、様々なありふれた物語。
拾い集めたその物語の中から、各地の歴史や習慣、戒めを紐解くのが、趣味ですが──」

 少し気取ってそう告げたのち、一拍置いて──コホン、小さく恥ずかし気な咳ばらいを一つ。

「それはそれとして、その地の人を知るには、その地の美味しいお酒とお料理でしょうか。……あっ、お酒は、文化的観点からであって、わたしが呑むというわけでなく、わたしはもっぱら、食のほうで……」

 根が正直な性質なのだろう。聞かれてもいないのに、慌てて弁解しつつ、書架の中から比較的新しい国内の探訪記──主に食の──を一冊取り出した。
 取り出して、微妙に赤くなる。本に夢中になると、色々失言するのが悪い癖だ。 

「──……えっと、フォティア、と申します。」

弾正 >  
「宜しい。」

何とも上からの物言いであるが、此の罅も見る限り致し方あるまい。
指示されるままに、フックへと掛ければゆるりと少女を一瞥した。
嫉妬の視線だ。よくぞ、わかりやすい子だ。
此の男は、少々処か非常に意地が悪い。
それこそ、御覧の通り柳のような細腕を軽く袖から出せばゆらり、ゆぅらり。
右へ、左へ、風に揺られるように動かして見せた。

……"たどりつけまい"。

そう言わんばかりに、ふ、と鼻で笑ったとも。

「成る程。きっと歓迎されるだろう。……然るに、乱世の国。
 民の温もりも、君の気持も今日も明日とも、風のように消えるだろうね。」

彼女の身長が見下されない国。
己の国はまさしくそうだろう。
民草の温もりならば、此の斜陽の国の比では無い。
但し、まさに戦が渦巻く世で在れば、か弱き少女の生命は
儚く、其れこそ野草に咲くはしゃれこうべだろう。

「……"ダンジョー"。君の国では、そう呼ぶといいやすいかもしれないね。」

一方で、此方は流暢に言葉を合わせて見せた。
学んだのだ。"意思疎通"が出来なくては、迷い込んだ客人と言えど簡単には生きてはいけまい。
知識欲の一端だが、生きるための術だ。
人差し指を立て、彼女にさながら教える教師のようだ。

「私の国では、"律"を意味する言葉だが、御覧の通り程遠い。
 然れど、私は君程欲に忠実なのが心地良い。人の在るべき姿……ではないかな?」

自嘲とも言うように緩く首を振って吐き捨てた。
知識欲もそうだが、その他、"欲"というものに非常に弱い。
弱い、のではない。"律する気が無いのだ"。
だからこそ、少女が失言とは言うが其の言葉はとても興味深い。
ゆるりと見やれば、一歩彼女へと近づいた。

「説話、か。ありふれた物語だが、其れ等は全て者々が語り継いだもの。
 時間と共に風化するか、或いは間違った伝わり方もするかもしれないが……。」

一歩、また距離が縮まる。

「"積み重ね"とは、人の在り様だ。私もね、同じ趣味を持っているよ。実に興味深い。」

一歩、またまた距離が縮まった。
目前、その距離で歩が止まる。

「食も重要だ。今でこそありふれたものだが、各々の食文化も歴史の歩み……。
 いや、何。私も食べる事は嫌いでは無い。誰かと共にする食事は、一時の楽しみに丁度良い。」

「そうは思わないかね?フォティア。」

手が、彼女の頬へと伸びた。
避けなければ添えられるだろう。
確かに、暖かな人の手が。

フォティア >  どう見ても年上であり、客人である相手の物言いは特に気にならない。
 が。
 意地悪く見せびらかされるかのような腕の動きに、まるで催眠術の硬貨を追うように、視線が揺らいでしまう。
 ぐぬぬ、と音声が今にも聞こえそうな表情がじんわりと滲んでしまうのは致し方のないことで。
 得意げな視線と共に声無き言葉が聞こえた気がして──常ならば、お店のお客に振舞うお茶と簡単なお菓子のレベルが、二段階ほど落ちてしまうかもしれないのも、悪意あってのものではない。多分。

「外国の情勢のことはわかりませんが……もしも、足を踏み入れることになれば、山ほど身の護りを準備しておくことにいたします」

 決して、平穏という意味ではこの国も即しているわけではない。
 娘自身の身の護りの方向はいくつかあるにせよ、それでも圧倒的な暴力にさらされれば、護身が叶う保証はない。その自覚程度はある。

「では、ダンジョ…さま。 ──…ダン、ジョー…。 ──………弾、正。」

 懸命に、慣れない響きを幾度か転がして、少しずつ本来の響きに近く擦りあわせようとしつつ。
 外国の文章を読むのは得意だが、発音は苦手なのは、文系あるあるのひとつ、だろう。
 
「“律”とは、“節制”の意味でよろしいでしょうか? ──貴方が、それに遠いかどうかは、わたしにはわかりかねますが…──わたし自身は、その己の慾を制してこその、人の理性かな、と…」

 ううん、と小さく唸り、細い人差し指の先を自身の顎へと当てて、眉間に皺をよせた。
 目の前に餌がぶら下がれば、早口になってしまう自身の不甲斐なさへの嘆きでもあるのだが、他者へと強制する気はない。

「とはいえ──『知りたい』『読みたい』の心の引力には、どうにも引きずられがちで…──修行不足、です」
  
 少女の自覚として──自身は多分、欲が深い。
 好奇心が強く、よく、猫なら死んでいる状況に陥る。
 ゆえに、その分、強く己を律さなければならない。
 ──ある種、目の前の彼とは真逆の性質か。

 一歩詰まる距離。
 気づかぬまま、説話への淡い賛同に、嬉し気な表情が閃いた。

「ええ、ある種の説話は、人から人へ。親から子へ。営みを繋げ、受け継がれてきたその土地で生きるためのルールが含まれていることが多いと思います。」

 再び熱く語ろうとしかけた時に、ふと頬に触れる手のひらの感覚。
 ぱちくり。目を大きく見開いて、少し驚いたように、長躯の異国人を見上げた。
 ……思いがけない接触に、振り払うべきか、異国のコミュニケーションの一種かと問うべきか。
 少し、困ったように背を仰け反らせる動き、顔を避けようとする動きは、人の手を戸惑う猫のよう。

「え、えーと……──食は、人の基本の欲求に根差すものであり、そればかりは律しすぎては体に障るものです。
 ですから、それだけは本能に任せてもいいはずの慾で──」

 途中で、何を言ってるのかと自分でもわからなくなりつつも──

「一人で食べる食事よりは、誰かと共に囲む食卓のほうが温かく、おいしく感じるモノ、ですよね」

弾正 >  
少女の言葉に緩く首を振った。

「万一に辿り着く事は無いだろう。"今は"もう、何処にも無いよ。
 或いは、私の国は、此の国が辿った結末の一つに行きついた頃合いだろう。」

仮にも祖国では悪名を馳せた男だ。
慧眼とは言わずとも、あの乱世が自分の"死後"如何様な結末を辿ったか等容易に想像が付く。
乱世を統括する英雄は現れず、終わらぬ争いに地は荒れる。
其の口元が浮かべる笑みは嘲りか、或いは……。
真意は分からないが、唯、"愉悦"の意図だけは明白であった。

「弾正。そう、其の調子だ、物覚えが良い子は嫌いでは無い。」

苦手と言えど、飲み込みは早い。
愚鈍より聡明を好むのは摂理。
満足気に、小さく頷いた。

「然り。私はね、フォティア。実に"欲"というものに従順だ。
 "あれが欲しい"、"是が欲しい"……律するべき"理性"と悉く決別をしてきた。」

「故に、欲すれば時には"奪い"もする。君の説く"理性"が"人"たらしめるならば……
 ……嗚呼……、……そうだな。私は"獣"と誹られても相違無いよ。」

其処に成る果実が欲しいと、手を伸ばす。
如何なる禁忌であろうと、"物欲"を律する事は一度も無かった。
欲のままに、在るがままに行動する。例え、悪事と言われようとも止める事は無かった。
然るに、目の前にいる此の男は獣なのか。或いは……。
其のような事でさえ、"些末"と言わんばかり語る男の得体の知れなさ。
少女は如何に、渦巻く欲に何を感じるので在ろうか。

「然るに、そう。私の観点で言えば……"修行不足"とは思わない。
 君の心が求めるのであれば、其れに引きずられるのが在るべき姿、だ。」

例え其れで、猫が死のうなら、其れが"在るべき姿"。
絶えぬ笑みの"愉悦"を感じているのは、或いは其れ等に対する嘲りか。
欲の底は、奈落の如し、未だ見えぬ。

「とは言え、節度無き姿は私も賛同しかねる。君は愛嬌で許されるだろうがね。
 律すると迄は言わずとも、ある種の段階は踏むべきではあるだろうがね……?」

ともすれば、唯、貪るのは品が無い。
獣が節度を語るなど滑稽かもしれない。
"律"とは言わずとも、男には男なりの"矜持"を持っている事は確かだ。

「フォティア嬢……と、此の国では礼節を兼ねて言うのかな?
 では、今度共に食事の一つでも如何かな?私はね、興味が在る。君にね。
 故に、どのような物が好物なのか…私の舌に合うものなのか、是非とも知りたいのだよ。」

フォティア > 「そうおっしゃる、弾正、さま。 の、覚えはいかがなのでしょう? ──佳き御本は、見つかりました?」

 どこから目線でも気にはしないが、完全な童子扱いは、少々癪に障るのかもしれない。
 これでも、一国一城の主ならぬ、一店一ルートを構える貸本屋の主なのだ。
 とはいえ、まだまだ綴り慣れていない響きには、聊かつっかえ気味。
 この国を知るために訪れた長躯を見上げ、少しばかりつんと口唇を尖らせて見せた。

「──……それは、その慾の満たし方によっては、ともすれば、無頼となる可能性も大きいのでは。
 弾正、さま。 いくら欲しくなったとしても、手続きなしで我が店の子供(本)たちを無断で連れ出されるようなことがあれば、わたしとて、慣れぬ“獣”狩りに乗り出さねばならなくなります、ゆえ。 お気を付けくださいませ」

 め。──と。指先を軽く突き付けるようにして、わざと話題の焦点をずらすがごとく、注意を。
 己が本気になって、己を“獣”の俗称を受け入れる男へ、どの程度の脅威になれるかはともかくとして、それはそれ。
 倫理の問題である。

 滾る知識への慾を抱きながらも、人であるために理性で心を縛る娘としては──ちり、と心を引っ掻かれる心地。
 堂々と獣と成すことにも躊躇なしの潔さには、ある種の羨望が生じるか。

「引きずられる──自分のナカの欲求に無闇に従うよりも、己の手綱をしっかりと握っていたい、己の慾を理性で乗りこなしたいと、思うのですけれど──」 
 
 僅かに細い眉の狭間に、淡く皺が刻まれ、しばし、黙考。
 自身のナカから生じる葛藤と相対していたのかもしれない。

「呼び方は、お好きになさってくださいませ。
 ──興味、とは。 この国への知識に対するデータベースか、或いはサンプルとして、でしょうか?
 ……なんて、誤魔化し方は、ちょっと野暮ですね。

 わたしも、異国の味覚をお持ちの弾正さま、が、どのような料理や味付けをお好みになるか、興味深いです。

 ──── つまり。 喜んで」

 にっこりと。
 どうせ一人暮らしなのだし、うまくいけばお得意様になって下さりそうな知識欲の旺盛な方のようだし。かといって、こんなにあっさりと食事を共にすることに応じるのっていいんだろうか、とか。挨拶の一種かな。そういえば東のほうには、引っ越し麺という風習があったことを思えば、挨拶と共に食事は普通なのかもしれない。
 そんな、ささやかな逡巡が一瞬頭の中をぐるぐると回ったことは否定できないが── 一人飯もわびしかったのは事実。

 ゆえに、閉店間際の邂逅を寿いで、新たな顧客候補殿へと、嬉し気に応じた。

 何気のない誘いであっても、ささやかに、少女にとっての楽しみとなったのは、内緒。

 『営業中』の札が、『準備中』へと変わるまでの、街の一角の貸本屋でのやりとりがあったという──

ご案内:「王都マグメール 平民地区」からフォティアさんが去りました。
弾正 >  
少女の言葉を聞いても男は動じる事は無い。
唯、悠然と静かに本棚に視線を滑らせ……口角が、釣り上がる。

「────……其れもまた良し。」

獣狩りの少女と成りえるので在れば、相手をするのみ。
然もありなん、と男は悠然と受け入れた。
乱世で育った故か、或いは男の本質か。
狩られる獲物であろうと、言葉通り、"其れもまた良し"。

「尤も、私を駆り立てる程の物が在れば、ではあるがね……。
 其れに、"奪う"にしても君が貸してくれるのであれば、必要性は感じないな。実に、魅力的では在ったがね?」

此処は貸本屋。
即ち、奪わずとも契約を結べば事足りる。
獣は何も、間抜けでは無い。
理性は無くとも、知性は在る。
故に、節度無き略奪は行う事は無い。
但し、獣狩りは魅力的な提案であった。
男は嘘を吐かない。そう言った逢瀬も好みなのだ。

「では、契約は此処に交わされた。必ずや、良き一時になる様にしよう。
 嗚呼……後悔はさせないとも。然るに……今宵は是を、借りようか。」

本棚より取った本は二冊。
一つは各国の情勢、マグメールだけではなく多方面に渡っての歴史。
もう一つは……この国の料理本。即ち、次回に備えての"予習"だ。
おくびに出す事無く、平然と借りて見せた。
其の札が風に吹かれる時、男の姿も気づけばまた、ゆるりと宵闇に消えたのだろう……。

ご案内:「王都マグメール 平民地区」から弾正さんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にユンファさんが現れました。
ユンファ > 昼下がりの平民地区の大通り。
人で込み合う中を道に沿って並ぶ商店を眺めて歩く。

「んー…面白いのはないね…」


足を止めては店先の商品を眺めてはめぼしい物を見つけれずに歩き。
別の店でまた同じことを繰り返しては先へと。
そうして周囲を見回しながら人込みを避けるように右へ左へと歩いて。

ご案内:「王都マグメール 平民地区」からユンファさんが去りました。