2020/12/18 のログ
ロイス > ――男はそのまま飲み続けた
ご案内:「王都マグメール 平民地区」からロイスさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にフォティアさんが現れました。
フォティア >  ひゅぅ、と通りを吹きすさぶ寒風は、そろそろ看板を下ろそうと、少女が街路に面した扉を薄く開けた瞬間に一気に踊りこむようにして、店内の室温を一気に下げた。
 春から夏には大きめの両開きの扉を解放している貸本屋も、冬にはさすがに扉は閉ざされて店内は暖房で温められている。扉に『営業中』と可愛らし気な札がかかって、寒風に乱されてはことことと音を立てていた。

「…………一気に寒くなってきた」

 さぶ、と呟きながら両手に白い靄のような息を吹きかけ、少女は通りの様子を見回す。
 昼間や夕方には奥様方や子供たちが井戸端会議所に使う店内も、今は人の気配なく。店内からのオレンジめいたランプの光が暖かそうに揺らめくのみ。
 あまり長く店を開けていると、性質の良くないお客が冷やかしに来ることもある。酔っ払いがなだれ込むことも、だ。
 警邏の兵たちも決して油断できないというこの街だ、そろそろ店仕舞いをしても罰は当たるまいと、少女はいつもの黒いワンピースにショールを肩にかけただけで、店外に出ると、『貸本屋』の看板を取り込もうと腕を伸ばし、背伸びをした。
 小柄な少女には、軒に掛けられた看板を仕舞いこむだけで、一苦労だ。

「────……ん、しょ」

ご案内:「王都マグメール 平民地区」に弾正さんが現れました。
弾正 >  
枯野静まり空っ風。
大気を凍えさせる寒風の中、其れは何時の間にか其処に居る。

「──────……嗚呼、閉めてしまうのか。いやはや、些か私の牛歩が過ぎたようだ。」

寒風に運ばれてくるは低い男の声音也。
少女の背後に、長身の男は悠然と立っていた。
気配も無く、足音も無く、さながら、真に風に運ばれてきたような
何処となく妙な雰囲気を醸し出していた。
未だ、寒風止む事は無く、男の長い髪は規則正しく風に流される。
『貸本屋』、男は興味があったようだが、一足遅かった。
至極残念、と言う割には男の口元は薄らと笑みを浮かべている。
吹き抜ける寒風に合わせて、ゆるりと、優雅な足取りで少女へと近寄ってくる男。

「手伝おう。君の背丈では、苦労しそうだからね……。
 ……嗚呼、気を悪くしないでくれ。悪気があった訳ではない。」

足を止めれば、宵闇陰る黒入道。
ゆるりと同じく、その頭上を通り抜けて手を伸ばす。
なんてことはない。その看板を手に取るだけだ。

フォティア >  店の看板を両手で支えて、フックから外そうとして──いつもの作業ながら、やや難儀してしまう。
 店の奥から小さな踏み台を持ち出してくればいいだけのことなのだが、その一手間を惜しんでしまうのは何故なのか。
 街路を吹きすさぶ風に、外套なしでは身を伸ばすのも寒々しすぎるという事情もあったことだろう。

 が。

「え?」

 短い音節が唇から零れた。
 背後からかけられた思わぬ声に、反応し損ねたか。
 それでも、振り返るよりも先に、両腕で支える看板の重みが、ふと失せた。
 ぱち、ぱち、と瞬きを二度三度。
 店からのランプの灯りと、街路の灯りに照りだされるように、影が己に落ちかかる。
 重量が失せて、空っぽになってしまった手をわきわきと動かしつつ、影の源たる長躯を剥上げるように振り仰いだ。
 おっきい…と口唇が動いたかもしれない。

「──…ぁ。 …ありがとうございます。 その。 ……お客さま、でしたか」

 扉にかかった『営業中』の札を裏返そうかと一瞬迷いつつ、その動きを止めて。
 営業用と、はにかみの混じった笑みを表情に淡く刷く。

「何か、お探しの御本がおありでしたら、どうぞ。 ──…閉めるには、いつもよりも少しだけ、早い時間ですので。」