2019/08/22 のログ
アグネーゼ > 「…!嗚呼良かった、人が居たわ。もし―――」

路地からぬぅと出てきた強面の風体に、けれど少女は物怖じせず。
寧ろ人が居た事に安堵して、ほっと胸を撫で下ろす始末だ。
―――と言うことは、どうやら誰かに悪戯に迷わされたと言うわけでもないようで。
二重に安心する少女である。

軽鎧に包まれたその男に、声を掛けようとしたところ。
彼の後ろから現れたもう一人の男性が、男に話すのが早かった。

「(…?お知り合いかしら。ご友人同士、という訳ではないようだけど――)」

どうやら自分は彼に威圧されていたらしい。
小首を傾げつつも二人のやり取りを黙って見守り、その、明らかに貴族と分かる男性が
己に対して丁寧にお辞儀をしてくるのに、少女は柔和に微笑んだ。

「いえいえ、とんでもございません。
 寧ろ人が居る事に安堵致しました。ええ、ちょっと、道に迷っていたものですから」

ヴィルア > 護衛の男に、少女が畏怖しないことに少し驚きつつも微笑みは絶やさず。

「道に…?、あちらよりはマシとはいえ、君のようなシスターが歩くには危ない時間だと思うが…」

示すのは貧民地区の方角。
素人目には、だが…少女は戦う力もなく、自分のように護衛を付けている様子もない。
暴漢からすれば、襲ってくださいと言っているようなものだ。

「警戒しながらでよければ、一緒に行こうか。
…彼は、私の護衛でね。少々融通は利かないが、腕は立つ」

両手を軽く広げ…自分の用事のついでに案内しようか、と提案する。
紹介された強面の護衛は、見えるか見えないかわからない程度の小さなお辞儀をして。

アグネーゼ > 「…?危ない―――のですか?確かに夜道は暗いですが、転んでしまう程ではないですよ?」

何をもって『危険』と見做すのか、地上に出て日が浅い少女にはまだ分からない。
そのため、本当に分からないといった様子で斜め上の答え方となる。
そんな少女に呆れるでもなく、一緒にと申し出てくれる相手の優しさに、
本当ですか、と少女は両手を合わせて嬉しそうに口許を綻ばせた。

「それはとても有り難いです。ご厚意感謝致します、ええと―――?」

良ければ名前を窺っても良いか、遠慮がちに聞いてみる。
此方に小さく会釈する、護衛らしい鎧男にも、出来れば。

「私はアグネーゼと申します。平民地区の外れに小さな教会がありまして。
 そこでシスター見習いをさせて頂いているんです」

どうぞ良しなに、とスカート部分を軽く摘んで淑女らしいご挨拶。
この場所に行きたいのですけれど、とメモを彼に見せるために傍へと近づいて往く。

ヴィルア > 「………」

メモを受け取りながら、少し呆然としてしまった。
まさかこの都市で、これほどまでに世間…いや、危険知らずの少女がいるとは。
所作は丁寧だし、その辺りの教育は受けているのだろうが、あまりにも無防備だ。
ただ、すぐに気を取り直し。

「アグネーゼ。…私は、ヴィルア・リルアール。この都市の外に少しの領地を持つ、しがない貴族だ。ああ…彼は護衛のゴッズ・ウィルート。」

不要かもしれないが相手を緊張させないように、わざと自分を小さく言って。
護衛の男は未だ無言だが、再びの小さなお辞儀。
よく見れば、彼の服についている紋…男の横顔に花の咲いた蔦が絡んだ紋は、もしかすると見たことがあるかもしれない。
自己紹介が終われば、あらためて渡されたメモを見て。

「ああ、あの元気なご老人の店か。それならこっちのはずだ。…何を買いに?」

一先ず無防備すぎる相手の事は後で聞こうと思いつつ、ゆっくりと歩き出そう。
護衛の男も、二人が歩き出せば、その後ろをついてくる。

アグネーゼ > 何やら己を見て唖然としているように見えたが、心当たりが全く無い少女は
相手の反応に少々疑問を覚えるも、ヴィルア様、とその名を口中で小さく反芻する。

「それと、ゴッズ様ですね。はい、覚えました」

きぞく、と言う言葉自体はまだ耳慣れないが、海棲の世界にも上下関係というものは存在する。
身なりからして高貴な人なのだろうとは流石の少女でも分かるが、
己からしたら彼の方が、こんなところをうろついて良いものだろうか、とも思う。

どこかで見た事があるような紋を一瞥しつつ、けれども態々聞くのも野暮だろうと
少女は敢えて気にしない事にして、彼と共に歩き出した。

「ご存知でしたか?嗚呼良かった、これで道に迷わずに済みます。
 ―――少々お恥ずかしい話なのですが、明日の朝食の買い出しで、
 買い忘れたものがありまして。
 いつも私が料理をしているのですが、それがないと神父様にお出し出来なくて……」

自分のうっかりさんを他人に話すのは、初対面と言えど恥を晒す気恥ずかしさがある。
だからこのメモに書かれた地図を頼りに急いで買い出しに出たのだ、と。
微苦笑しつつもあんまり急いでいる様子はなく。

ヴィルア > 「以前に、仕入れで少し戦ったことがあってね。信念を持っている素晴らしい商売人だ。
…なるほど、朝食の。…アグネーゼは、見た目だけではなく、内面も献身的だ。」

嘲る様子もなく、うなずく青年。
店主と戦った、と口にするもその表情は晴れやかだ。

相手に合わせ…護衛のゴッズと共にゆっくり歩きながら…神父のために、危機感はないとはいえわざわざ夜遅くに買い出しに出るとは、と感心する。
と、そこで言いたいことを思い出し。

「先ほどの話だが…、暗い道で転ぶことは痛いが、それ以上に危険なことがある。ともすれば、二度と教会に戻れなくなるかもしれないことが。
特にアグネーゼのような、清純で、可愛らしい子にはね。わかるかい?」

相手を褒めながらも、言い聞かせるように話を始める。
彼の見立てでは、これだけ言っても恐らくこの少女はピンと来ないだろうと思いつつも…道のりは少しある。じっくり言い聞かせても良いだろうと、まずは直接的な表現を避け、少女に想像を働かせようと。

アグネーゼ > 「…?戦い―――ですか?商品の、仕入れで?」

なんて物騒な、と思わず呟いてしまった傍ら、商人魂もない己にはイマイチぴんとこない。
否、己にとって地上の何もかもがピンとこない世界だ。
少女の事を献身的だと相手は褒めてくれるが、自分の事をそんな風に思ったことなどないので、
そうでしょうか、と頬に片手を当てて。

「私は―――理由(ワケ)あって教会にご厄介の身ですので
 せめても神父様に、私に出来る限りの恩返しを、と思っているだけです」

それを献身的、と呼ぶのかは知らない。
苦ではないから余計に、その自覚が薄いのもあるだろう

「は……い?転んでしまうこと以上に、危険な事…ですか?」

相手の思った通り、案の定少しもピンときていない少女。
それは何でしょうか、と問う声音は相変わらずのんびりとしていて。

ヴィルア > 珍しい商品や日持ちするものを狙って戦いが起きることがあるんだ、と軽く流しつつ。

「世の中にはそういう恩を忘れて、不貞を働く…ああいや、話しが逸れた。…アグネーゼは立派に尽くしているさ、きっとね」

くすり、と笑ってから咳払いし。

「そう。…騙され、拐われ、犯される。
簡単に言うと、アグネーゼの体を誰かに好き勝手にされる…そんな可能性がある。もっと悪ければ、奴隷としてどこかに売られてしまうかもね」

できるだけわかりやすい言葉を選び、危険を伝えようとする。
ーーーそんな始まりで奴隷になった者を、彼は裏で、商品として扱っているのだが。

「だから、昼間は絶対安全とは言わないが、夜に一人で出歩くのは避けたほうがいい。わかるかい?」

礼儀はあっても、危険に対する常識足りていないように思える相手に、確認しながら、降りかかるかもしれないことの話をする

アグネーゼ > どうやら本題は、己に『危険』を伝えんとすることらしい。
口を噤んで、少女は黙って彼の言う事に耳を傾ける。
肩を並べて歩く青年の、吸い込まれそうな蒼い眸を見つめながら。

「――――騙され、拐われ…犯、される」

反芻してみる。――矢張りどれも、ピンとこない。
己の躰を見下ろす。修道服の上からでも分かる起伏、隣の生き物とは違う躰のつくり。
この躰を、誰かに好き勝手にされる。
最悪、奴隷として売られる。売られた先に、一体何が待ち受けているのだろう。

「……申し訳ありません。ヴィルア様が仰っている事は、正直言って、
 私にはよく分かりません。ですが―――夜に、一人で、外を出歩く事は、
 いけないこと…なのですね。そこだけは、私、理解しました」

申し訳無さそうに眉尻を下げつつも、彼が己に伝えんとした事は理解した、と。
自分の胸元に手を当てながら、少女は軽くお辞儀をした。

「私のような常識知らずに、ご教授とご警告ありがとうございます。
 ですが―――その『危険』は、私に限った話なのですか?
 例えば、ヴィルア様……人間の男、にも、当て嵌まる事なのですか?」

『人間の』、とつい口が滑ってしまったが、少女本人は気付かない。
夜に一人で出歩くのは避けた方が良い。だから彼も、護衛を引き連れているのかと。

ヴィルア > 珍しい、露草色の瞳を男も見つめながら、話をするが、相手の返答があれば苦笑して。

「いや、その様子では、体を交わらせる経験も無いだろう。理解できないのは仕方がない。危険だとわかってくれればそれでいい。」

結局のところ、彼の目的は…彼女に危機意識を芽生えさせること。
その過程がわからなくても、問題はないと。
自分は純真無垢な相手を堕とすよりは、反抗してくる者を…と思考が歪みかけたところで引き戻す。

「つい、ね。まるで小さな獣が、肉食獣の前で居眠りしているようなものだったから。警告したくもなる。…?、私か。」

人間の、という枕詞が気になる。
ただ、少女からの疑問に答えないわけにもいかず。

「君に限ったことではない。…私の場合は…そうだな、さっきも言ったように貴族だ。憎まれることも多い。ただ、例え貴族でなくても、周りから憎まれ、狙われることはある。
だから強い護衛を雇うか、金がなければ、自分で力をつける。
さっきの話なら、男の場合は、そのまま殺されることも多いね」

わかりやすいように断言していき…危険なのは、何も少女に限った話ではないと。

「ただ、女性の場合は、死ぬよりも酷い…絶望、というのに晒されることになることが多い。
だから、気をつけて欲しいんだ。ただ…」

じ、とまた、相手の目を見ながら

「少し、気になったのだが。失礼だが君は…ただの人間かい?、それとも何か別の…?」

あまりの世間知らずさ、ふとその口から出た、人間の、と言う枕詞。
悪しきものではないようだが…この国に最近入ってきた『まれびと』なのかと、率直に聞いてみる

アグネーゼ > 「交わらせる……とは、交配の事でしょうか」

交配。つまりは子作り。
己もそうして産まれたのだと、流石にそれくらいの知識はある。
理解に乏しい己を、けれど相手は既に見抜いているらしい、
取立て呆れたり怒ったりしているわけではないようだから、
そこは安心したと少女は内心胸を撫で下ろして。

「―――まぁ。とても、物騒なお話ですね。まるで夏の夜の怪談話のよう」

時期的には丁度良いホラー話、だが、現実にも在り得るもしも話だ。
己とて例外ではなく、だから彼はこうして己に警告してくれている。
死よりも恐ろしい絶望とは、己にとって何を指すだろう、と
ぼんやり考えていたところに、己の失言を拾い上げた相手からの問いかけに、
ぎくりと少女の面差しが強張った。

「………………は、い?その―――まれびと、とは何なのか、私にはさっぱり…
 ……私は、ただの修道女、ただの人間の女、ですよ?この通りの非力です」

即座に笑みを作り、ただの無力な女だとアピールする。
半分は本当で、半分が嘘だ。
彼が他者の機微に敏感であるならば、もしかしたらその嘘が見破られてしまうかもしれないが。
―――たとえ人外だとバレても、人魚だとまでは分かるまい。絶対。屹度。多分。

ヴィルア > 「ああ、それは流石にわかるか。…なら、無理矢理、望まぬ相手と…それも複数と、交わらせられる、と覚えておけばいい。」

その知識はあるようだとわかれば、念押しに真剣な口調で告げる。
ただ、自分の質問に答えた相手の様子に

「……っ」

つい、顔を伏せて吹き出してしまう。
押し殺すような笑いを上げた後、顔を上げて

「いや、すまない。言いたくないなら言わなくてもいいよ。…ただ、嘘をつくときは表情と言葉に気をつけなさい。人間の、なんて言葉を何回も使っては…私でなくても、違和感を覚えてしまうだろう」

既に、彼女が…何かはわからないが、人外であることはわかりきってしまった。
けれど、この表情も何もかもぎくしゃくとした嘘が、彼を貶めようとするものだとは思えない。
笑みを浮かべながら、ぽんぽん、と相手の頭を撫でようとし。

「さぁ、そろそろ着く。私は商売敵だから少し離れて見守っている。行ってきなさい」

優しい声でそう言いながら通りの先を指せば…灯りがついている店がぽつんと見える
まるで父親のような口調になってしまいながら、修道女の行動を見守って。

アグネーゼ > 「………は――い…」

分かりましたと頷くものの、本当は何も分かっていない少女。
交配に望むも望まぬもあるのか、否然し、でなければ
父と母は恋に落ちなかったのだろうし、とまたあれこれ考えてしまい。

―――彼の。声を押し殺してはいるが、その抑え切れていない噴き出しように、
うぐ、と少女は苦虫を潰したような顔をした。……バレてる。

「…………ほんとうですのに」

頭を撫でられると言うのは、女扱いではなく子供扱いをしていると思わせる行動だ。
拗ねたような、釈然としないような。そんな風にぽつりと呟き落としながらも、
そんなに分かりやすかったかしら、と羞恥で赤くなった頬を自分の掌でさすり。

ただ、己が人外であると相手にバレてしまっても、特に変わらないその態度に、
少女は安堵するばかりだ。
なるべく自分が人魚だと知られぬように、正体を隠していきなさいと。
母からの言いつけだけは守らなければ。

「―――ぁ…もう、着いたのですね。何だかあっと言う間でした」

相手が指し示す先の灯りに気付き、どうやらいつの間にか目的地に着いた事に気付く。
ありがとうございます、と彼に、護衛の男にも深々と頭を下げてから、
少女は小走りで灯りの店へと向かっていった。

―――その数分後。目当ての食材が入った紙袋を、ほくほく顔で戻ってくる少女の姿。

「道案内本当にありがとうございます、お陰様で無事に買えました。
 ヴィルア様には感謝してもしきれません。
 良ければ後日にでも改めて、お礼を申し上げたいのですが」

ヴィルア > 少女が嘘をついたのに、男が警戒しなかったのは、あまりにもその表情や言葉に裏が感じられなかったからだ。純粋に…何か言いつけでもされて、隠しているのだろうと。
これが、何かを企んでいたりすれば…男は高い確率で、彼女に敵対していただろう。

「ああ。楽しい時間だったからね」

軽くそう告げて、小走りで店に向かっていく姿を見守り、護衛は一つ、嘆息を漏らし。
戻って来ればおかえりと言って。

「ああ、それなら…、ちょうど、教会と協力して孤児院を援助しようという計画がある。その打ち合わせのついでに、君に会いに行くとしよう。」

未来の自分の代わり、あるいは彼の経営する店の一部でも任せられる未来の人材探し。
また…下衆な好事家の、餌探し。
孤児院に関わるということはそういったこともできるということ。
そういったことを隠しつつ。
出向いてもらうのは、また迷うかもしれない、と気遣い…用事のついでに教会を訪れると告げて

アグネーゼ > 店主らしき老人はとても良い人だった。それもあってすっかりと少女もの気分はご機嫌だ。
更にその上、平民や貧民にとっても有り難い、孤児院の援助の話が相手から出てくるものだから。
小躍りしてしまいたい衝動を抑えるのが大変なくらいである。

「…!孤児院を―――まぁ、まぁ。それは素敵なお話です
 きっと神父様もお喜びになりますわ」

純粋無垢な少女は、貴族からの慈善事業をただの善意と疑わない。
ならば彼が己が教会を訪れる際には、己に出来うるだけのおもてなしをご用意せねば、と
今から燃える少女である。

「ヴィルア様、そのご予定はもうお決まりでしょうか?
 甘い物はお好きですか?私、最近お菓子作りにハマっていまして―――」

などと、あからさまに意気揚々としながら、それこそ大人に纏わり着く子供の如く、
無邪気さを露わに再び、相手と肩を並べて歩き出すだろう。
相手にとってはどうであったか少女には分からないが、少なくとも自分にとっては、
久方ぶりに愉しい道中となった事と―――――。

ご案内:「王都マグメール 平民地区 路地裏」からヴィルアさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区 路地裏」からアグネーゼさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/食堂」にミゲルさんが現れました。
ミゲル > 「んー……幸せ」

お昼に少し早い時間帯、平民地区にある安く量があるのが売りの食堂。
まだ客足の少ない店内、壁際のテーブルで早めの昼食を口にする。
安いのが売りであっても少々値段が張る料理はやはりあり、今日はそういった料理をメインの昼食にして。

「偶には良い物……英気補充」

大きめに切った酒場の切り身を口に運んでは美味しそうに食べ。
珍しく幸せに満たされた表情で料理を食べ進める。

ミゲル > そのまま食事を終えれば代金を支払い街へとくr出していく
ご案内:「王都マグメール 平民地区/食堂」からミゲルさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区・騎兵隊駐屯所」にヴィルヘルムさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区・騎兵隊駐屯所」にウルスラグナさんが現れました。
ヴィルヘルム >  
「次ィ!!」

ばがん、と地面を重い物が殴り付ける音が響く。
辺りを揺らすかのような衝撃が響き…鎧に身を包んだ男が、仰向けに倒れる。

騎兵隊駐屯所は現在、模擬戦訓練…それも前線想定の…の真っ最中である。
当然、騎兵隊長であるヴィルヘルムが屈強で強靭な男たちの相手を務めているわけだが…

『死 死ぬ……マジで死ぬ……』『手加減しろよ馬鹿隊長!』『またアザ増えるぞこれ…』

「るっせえな!手加減してんだろうが、こちとら木製武器だぞ!」

なにせ相手が怪物である。

ウルスラグナ > 「――……」

――駐屯所の訓練。見ごたえがあるだろうと思って、見学を申し出ていた。
次々と倒されていく部隊の屈強な男たち、その中心で檄を飛ばすヴィルヘルムを、じっと、ただ隻眼が見つめている。

……山の一件以来だ。どうにも、戦っている彼の姿を、見つめずにいられない自分がいて。
内心、訓練をする風景を視れると聞いた時は、少しだけ喜んでいるような不思議な気持ちがあったような気もする。
そうして、数名ほど倒されていくのを見届けてから、

「……ん」

胸の前で手を握り締め、眼を伏せた。
深呼吸をひとつ。それからゆっくりと立ち上がれば、
その訓練の渦中にいるヴィルヘルムの元へ歩み寄っていく。

「―――ヴィル、ヴィル」

愛称を呼ぶ。倒れている兵士達の様子を横目に見ながら、
少しだけ、声を上ずらせながら。

「……少し、良いだろうか?その、訓練を邪魔するわけではないのだが、頼みが、あるんだ」

ヴィルヘルム >  
「土手っ腹がガラ空きだぞオラァ!!モツぶち撒けてえのか!」

がごん、と鈍い音が響く。
またもや辺りを揺らすかのような衝撃が響き…鎧に身を包んだ男が、転がるように滑っていく。

「フーッ……
 …ん?どうしたラグナ。」

しゅー、と口の端から蒸気を漏らしながら、顔を伝う汗を拭う。
訓練真っ只中の鬼気迫る顔とはまた違う、人当たりの良さそうな青年の顔。

『あーラグナちゃんに態度変えんの露骨だぞ隊長』『女タラシー』『スケベ』『童貞』

「よしお前ら後でぶちのめすからな。……で、何だ頼みって?」

ウルスラグナ > 「……」

――一瞬、見えた顔が。
は、と、息を止めながら、かあっと赤くなる顔を少しだけ逸らした。
落ち着いて、深呼吸をして。周囲からのからかいの声に苦笑いを作って誤魔化しながら、その青年の顔を見上げるようにして。
彼女は口を開く。


「その……ヴィルっ、あの、あのだな……!!」

――なんで、こんな事を頼むためにこんなにも気持ちが恥じているのか。
不思議で仕方がない。たった、たったこれを言うだけでも。
なんで、こんなに。

「……わ、私にも、稽古をつけてはくれないだろう、か!!その、剣の、あの、戦い方を……えと、相手、に、して、ほし、くて……」

張り上げた声は裏返り、そこから尻すぼみになっていく。
模擬戦を挑みたい。それだけの頼みに、何故ここまで気持ちが。
解らないでいる以上に、目の前の相手にこれを頼むことを、妙に、恥ずかしく思う自分が、バレないように。

顔を伏せ、耳まで褐色の肌を赤く染めていた。

ヴィルヘルム >  
「………………。」

軽く、キョトンとした顔を返して。
その沈黙は、ほんの一瞬だったかもしれないが……

「…………勿論だ。
 いつ言ってきてくれるか楽しみにしてたぞ、ラグナ。」

ぞくりと血が滾る。
彼女に初めて会ったときから、そんな予感はしていたのだ。
『この女は戦う者だ』と。

「…………ん?…大丈夫か?不調なら何も無理は……」

身を屈めて、親子程も身長差のあるその顔を覗き込む。
顔が真っ赤だ。元気そうではあるが……

ウルスラグナ > 「……っ!!」

顔を覗き込まれる。一瞬見えた顔は、それはもう、恥も恥に染まり末の紅潮が伺える色だった。
それも一瞬でそっぽを向いて、両手を振って。

「だ、大丈夫だっ、快調だ、快調だよ……!!そ、それよりも、それなら早速、えっと、木剣を貸してほしい、あと、出来れば、防具も……」

彼女は女性だ。いや、当たり前だが。
彼女に合う防具があるのかどうか。
それに、あの"握手"、それに"獅子"。

木剣と言えど、彼女が握ればどれくらいのものが必要か。
少しだけ、貴方の頭の内に問いを産むことになる。

ヴィルヘルム >  
「……お、おう。」

覗き込んだ顔は、夕焼けのように真っ赤だった。
何を照れているのか分からないが、それくらいはヴィルヘルムにも理解できる。
それが伝染ったのか、こちらも少し顔が熱くなる。

「……ってそうか。合う装備が無いな…
 ラグナの膂力じゃ、木剣も振っただけで折れちまうだろうし。」

その答えに行き当たり、どうしたものかと首をひねる。
流石に女性に、それもラグナのような体型の女性に付けるための防具など用意していない。
なにせ低身長、それも胸も尻も豊満。顔も好みだし何より優しくも剛毅さの見え隠れする性格。
正直言うと、ヴィルヘルムにとっては女としての刺激が……

「(じゃねぇ何考えてんだ)
 …………。困ったな。」

ウルスラグナ > 「……、えと」

相手が困る理由は、それとなく把握する。
自分の体を見下ろして、少しだけ悩む仕草だった。
それもすぐに答えを出したか。

「……膝当てくらいなら、多分あるだろう。それに、木剣でも一番重い物があれば、それを貸して貰えれば、多分大丈夫……な、はずだ」

後半でやや不安を滲ませながら、少しだけ肩や膝を伸ばすように体を動かした。
……ふ、と、息を着きながら。

「……"防げれば、多分防具がなくても戦える"」

――一瞬、そう声に出した時。普段の可憐で元気な彼女の色は、
"戦人"の色を見せた。
きっと無意識だったのかもしれないが、その後はややきょとんしたようにそちらの顔を見た。

「……え、と。すまない、今何か……」

ヴィルヘルム >  
「……本当に大丈夫か?
 流石に何かしら有り合わせでも付けたほうが」

そこまで口に、言葉は切れる。
次に告げられた言葉に、さっと血の気が並のように引き、脳が急激に冷却される。
今の一瞬だけだったのだろうが、そこには『猛者』が居たのだ。

「……分かった。膝当てと木剣は向こうに置いてある。
 …ほぼ丸太みてえなもんだがな。」

そして再び、脳に血が廻る。
興奮で、体中の肉が茹で上がりそうなほどに。
…手にした木製の大斧の柄を、地面に突き刺して少し発散。

ウルスラグナ > 「――――。」

嗚呼。これだ、と。

相手の雰囲気が切り替わる刹那の時間、その瞬間にきっと、自分は、間違いなく……。

「……あ、あぁ、分かった」

ほんの一瞬気を取られたようだったが、ふ、と、小さく微笑んで。
その武器と防具を取りに行く。




――――少しして。

「――すまない、待たせた」

膝当てだけの防具。そして、"確かに丸太と評されることも理解の出来る、巨大な木剣"。
自分の身の丈程もあるそれを、"片手"に握って彼女は戻ってきた。
最初に彼女がここに来た時の軍服の上着だけを羽織り、それも防具として使うのだろうが、なんというか。

「……始めようか、ヴィル」

――そう告げる彼女の風格は既に、"ただの記憶喪失の女には余る何かが、孕まれている"。
剣を握っている姿、それこそが彼女の本来の姿かのように、その姿は武人としての在り様を正しく、そこに作っている。

ヴィルヘルム >  
「……ルールとしちゃ、単純なもんだ。
 どちらかが負けを認めるか、動けなくなったら……
 と言いたいとこだが、まぁその手前ってことにしとく。」

ようやく、ようやく。
待たせた、などとんでもない。心の底からこれを待った。
冷静を装って、ルール説明などしてみたが…武人としての血が、猛者という火で燃え滾る。

「ああ。」

ぶおん、と大斧が風を切る。
身の丈ほどもある柄と、身の幅ほどもある刃。
それを、騎士に憧れる子供が棒切れを振るうように…玩具のように片手で振るう。

「始めようぜ。」

地面が砕けた。
乾いた土が刳り飛び、砂煙が広がるより早く、全力で。
……兜の下の顔が、そこにはあった。
闘志と凶相を剥き出しにして斧を振り降ろす、武人の姿が。

ウルスラグナ > 「……あぁ、そうしてくれ。ヴィルには到底敵わないだろうから」

――その割に、既に無自覚にだろう。"好戦的な微笑み"を湛えていることを、彼女は知らない。

大斧を構えた益荒男。自分なんかが、きっと到底敵うはずがない。
恐怖があったっておかしくない。それなのに。

もう既に、"構え"を取れている。それは自由に剣を握ったままに仁王立ちをしている。
むしろ、それが最強の構えであるようにも、彼女の自然な振る舞いは示している。

「――宜しく頼む」

風が吹く。砂塵を浚って、空気が色づいた。
その中に、上着をはためかせて立つ姿は、
ヴィルヘルムにも、周囲の兵士たちにも。
"只そこにあるだけで戦術的な存在"として在ることが伝わってくる。
冷静だった。ただの一介のドワーフの女が、前にいる存在を、ただ視止めている。

「……行くぞ、ヴィル!!」

――先手を先に選んだ。剣を持って、地面を蹴る。
あの山々を容易くに踏破していった膂力と豪脚が、真っ直ぐな地面を贅沢に踏み切った。
"一歩目で既に、ヴィルまでの加速は足りている。"
肩に背負うように、片手での大振りが、その大斧を目掛けて迫る!!

ヴィルヘルム >  
「(到底敵わない?馬鹿を言うな、猫を被るな!
  そんな微笑みを見せるな、抑えが効かないだろ!)」

獲物を狙うマンティコアさえ、毛玉に戯れ付く子猫と見紛う程に、戦場のヴィルヘルムは凶悪に笑う。
型のない無頼の立ち振舞。否、『この立姿こそ型なのだ』。
それを理解した瞬間、愉快そうに破顔し、一歩踏み込んでいた。
己にすら抑えきれない熱を宿して。

一歩踏み出した男と、一歩踏み出した女。その間に起こる物は言うまでもなく。

「ッッッらア"ア"アあァ"ッッッ!!!!!」

弾け飛ぶような爆音と、弾け飛ぶような暴風が辺りを薙ぐ。
木の模造武器同士の衝突。
ただそれだけに過ぎないはずの行為が、辺りの兵士の目さえ眩むような剛の技にさえ成る。

ウルスラグナ > ――爆発。

衝突だ。ただの、木製の模造武器同士がぶつかっただけの。
それだけなのに。

「――ッ、ふぅッ……!!」

土煙が上がる。先の比にならない程の爆風と共に、
その威力の衝突だ。普通ならば女の足で堪えれはしない。
"だが、堪える動作もなく、衝突から即座に均衡を作り上げた。"

「……凄いな、本当に」

呟いた声の、なんと穏やかなことか。
一歩で地面を踏みしめるだけで、剣が、斧が、軋むような音を立てている。
冷静に、隻眼が目の前で貴方を見ている。

「――一回打ち合っただけで、伝わってくる。ヴィルの熱が、私に伝わってくる、ああ、嗚呼っ、何でだろうな……!!」

――切り返し。ぶつかった武器同士が擦りながら離れる。いいや、彼女が、"そうなるようにほんの少しだけ力の掛け方を変えた"。
横へと力を込める、ほんの一瞬。
打ち合って均衡する状態は、自ら手放した。
そして、

「――とても、今、ヴィルと戦いたい、もっと、もっと戦いたい、ぶつかり合いたいんだ……ッ!!」

"恋焦がれる娘のような嬌声と、戦士の熱が織り交じって、上から下へと位置を変えての斬撃が放たれる!!"

ヴィルヘルム >  
ぎりぎりと、硬く重い木が擦れ合い、得物が鳴く。
女の細腕で耐えきれるはずもない。そんな生易しい物ではない。
それを、この女は真正面から受け止め、尚も立ち続けている。

「……っふ、はは、ハハハ…!」

抑えきれない。自分はなんという奴を拾ってしまったのか。
彼がもっと信心深かったなら、きっとこの天地身命を統べる全てに感謝しただろう。
嬉しく、楽しく、何より愛しい。目の前の羅刹が、己の内の修羅が、堪らなく尊いのだ。

「お前は最高だ、最高だよラグナ……この世で一番、素晴らしい女だッ!」

刃同士が擦れ合い、艶かしく滑り抜ける。
均衡が崩れ、まるで吸い込まれるような静寂が、二人の間に刹那戻る。

静寂を叩き壊したのは、ヴィルヘルム。
前のめりに倒れ……るのではなく。地面を深く蹴り飛ばし、加速し前へと回転する。
馬鹿げた脚力は、ヴィルヘルムの体躯を易易と360度振り回し……
それを乗せて、落石もかくやという速度と轟音で、剣に斧を叩きつける。
上から、下へ。ただただ単純な破壊の力。

ウルスラグナ > 「ッ、ははッ」

一笑。目前に迫るのは豪快にして破壊。上から下へ、相手はその巨躯の重さ全てを剣に込めてきている。
だからこそ、その一撃とぶつかり合うことが待ち望むものだった。
けれど、"今度は自分が押し負けることがわかる"。

だから、その一撃を受けるよりも前に、

「ッ、ぇええア"ア"アァッッ!!」

下から振り上げるような斬撃が、途中で軌道を変える。
速度と威力、本来そんな制御をすれば手のほうが壊れる。
けれど間違いなくその剣の切っ先は、"歪に曲線を描きながら、その縦の斬撃を横に切り払うように曲がっていく。"

貴方は確信できる。本来彼女の剣というものは、"攻め手で圧倒をする"以上に、"後手でいなす剣"だと。
それ故に――『相手が一撃を叩き込んでくる瞬間が、最も危険な刹那である』ことが。

縦の軌道に、横からの威力が叩きつけられる。
先のような均衡は許さないとばかり、
喝の一声と共に、巨木の如き模造の大剣が閃いた。

ヴィルヘルム >  
「…………!」

剣が、曲がった。
いや違う。剣ではない、切っ先が。軌道が、まるで歪んだ鏡のように。
速度と、ありえない剣の挙動。それらが融合し、まるで剣が生きているかのように、斬撃を避けた。

こんな滅茶苦茶な攻撃など、見たことがない。
本来、後の先とは『相手の攻撃を読んで』こそ成立する。…ラグナのそれは、後の先などではない。

『攻撃中に相手に合わせて攻撃方法を無理やり変える』。
船の方向を変えるために、マストを柱ごと引き抜いて刺し直すような、とんでもない行為だ。

完全に不意を打たれた。であれば、どうするか。
……ヴィルヘルムは、脱力した。しかしその手にのみ、万力の如き力を込めて。
…横から殴り付けられた斧の刃は、力の向きを真横に変え、飛んでいく。
しかしそれは、掴んだヴィルヘルムをも共に引きずり、引っ張って。

地面に、斧の柄が突き刺さる。
がりがり、ごりごり、べきべきと悲惨な音を立てて…
斧の柄がやすりのように削れて少し短くなった頃、屯所の壁に激突する直前に、ようやく止まった。

「………っっっっっっっぶねェなァ!!
 何だお前、何なんだお前!何だよ今の、剣が曲がっちまったぜオイ!!
 馬鹿じゃねえのか、あんな滅茶苦茶な技!腕がねじ切れてもぎ取れてもおかしくねえぞ!!」

戦いの高揚のまま…掠った木剣で、鋭利に額が切れて血を流しながら。
赤く染まる顔を拭き取ることさえ忘れて、愉快そうに笑う。

ウルスラグナ > 「――ッッしィ……!!」

一撃、それを放つだけでも十二以上の力を放ったつもりだった。
まげて叩きつけて、そこまで弾き飛ばすだけの膂力を出す。
それを制御する腕は、"剣を未だ握りしめ、残心も取っていた。"

……それでも、相手は立っている。
受ける刹那に力を抜いたことで、威力は殺されている。
視線が貴方を刺す。未だ相手は戦ってくれる。それが、それが、どんなに素晴らしいことか!!

「……出来るだろうかと思いながら振ったら出来た。よくは分からないが、ヴィルとはまだ戦っていたい、まだ、もっと戦いたい。私はまだまだ――ヴィルと剣をぶつけ合いたいんだ」

紅潮する。恥ではない、もうそれは"熱情"だ。相手に恋焦がれ、何処までも熱が騒ぎ立てる。もっと振るえ、もっとぶつけろ。
――己を尽くし、すべてを、ヴィルへと。

「嗚呼、ふふ、抑えきれたものではない。もう、行くぞ。待つのさえもどかしいッ、もっと、もっとだッ!!――もっと戦ってくれ、ヴィルッ!!っははははははははッッ!!!」

   箍が砕け散る。瞳の奥の何かが砕けた。
それは理性?   あるいは別の抑え?
いいや、もう
        そんなものは          どうでも
                 いい


――たたかえ。ぶつかれ。*   *しろ。

「――ヴィルヘルムウウウゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!」

一哮する。空気が震えた。彼女の隻角が、"鮮やかに先端を赤く染め上げて焔を纏う"。
紅い髪が結びを燃やして広がった。
地面を蹴り砕き、木剣を握りしめ――最初と何も変わらない、縦の袈裟斬りにて、貴方目掛けて斬りかかる。
全てをかなぐり捨てたような全身全霊の一撃だ。
『叩きつけられれば、その威力は間違いなく武器、そして持ち主さえも破壊しうる程の制御を外れた斬撃。』

ヴィルヘルム >  
「しゅゥ~~~……ッッ……」

口の端から蒸気が漏れる。紅色の瞳が、煌々と輝く。
……木の大斧を見やれば、刃には巨大なヒビが入っている。
それを見て何を思ったのか。潮時か?あるいは恐れ?

「そうか、そうかそうかそうか。俺もだよ、こんなもんで終わらせちゃいけねえよ。
 俺だって、まだまだ戦い足りねえさ。飢えて飢えて足りねえんだよ!!」

否。そのどちらでもない。
「あと何発かは戦える」。それだけなのだ。
どのくらいか、いつまでか。そんなことはどうでもいい。だが、「もう少しだけ楽しめる」。

ばしゅう、と口元から蒸気が噴き出す。
ぎしりと歯を食いしばり、口の端を歪め、脳を紅に支配されたまま、訳も分からず前へ出る。

「っは、ハハ、は、っはははははははァア"!!!!」

もはやそこには、ヒトの姿などなかった。
あるのは闘志。戦いの悦楽。互いを求め合う、蜜よりも甘く、太陽よりも熱い原初の混沌。
互いの肉を、骨を、あらゆる物を喰らい尽くしなお止まらないだろう、始原のコミュニケーション。


挑み、襲い、喰らい、*    *。


「ウぅルス、ラァァァァァグナアアアアアアアアアアアァァァァァッッッッッッ!!!!!」

全身を覆う景色が歪む。蒸気が、蒸発した血で赤く染まる。
燃え盛るような闘争本能は、その身を貫いて陽炎を生む。
地は耐え切れずに微塵に舞い上がり、木の斧の柄は握り潰され砕けた。
取り返しの付かないほどに砕けても、それを止める理由はなにもない。
ただ、振るわれた力に、振るう力を叩き付ける。

ウルスラグナ > 外れた。制御というものが。何もかもが、その時点ではじけ飛んでいた。
相手もそれは、同じこと。ぶつかり合い、砕き合うだけの、"立ち構えられた破壊"が並ぶ。
噴き出す熱気、押さえられない戦意、心の内が――焔のように、熱い!!


「ェエエエエ"ェァアア"ア"ア"ア"ああああああああああァァァァ"ァ"――ッッ!!!」

――ぶつかる。互いに小細工はない。ただ全力を込めた。
吹き荒れた風が、砂塵を弾幕にすら変えていく。
肉薄する。笑みと笑みが。もう間近だ。
その隻眼に映るのは貴方だけだった。見えていない、それ以外の全てが、もうどうでもよかった。
強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。強い。
強い。強い。強い。強い。強い。

――彼は、とても、強い"雄"だ。
ときめいて、熱くて。
体の内側から裂けて熱を吐き出してしまいそうな位に、


『――ヴィル、お前のことが愛おしい。なんて、なんて貴方は強いんだ。こんなにも、私が虜にされる程、強い存在なんてきっと世界のどこにもいないんだ』






――バキャンッ。武骨な音だった。
"壊れたのは、延焼を起こした彼女の木剣の側だった。"
粉々に砕け散った、柄から切っ先までが微塵と成り果て、
風が手品のようにその剣を吹き散らした。

ヴィルヘルム >  



無音。




地が砕けた音も、風が吹き荒ぶ音も、得物が空を切る音も、何もかもが男には不要だった。
血を滾らせる脈動も、骨が軋み上げる悲鳴も、限界を超えた筋肉の断末魔も、何もかもが無用だった。


「うぁア"ア"アらアアアあ"アアアァァ"ァァァァ"――――ッッッッッ!!!!!」


内で燃える得体の知れない炎と、目の前の好敵の声さえあれば生きていける。
そう錯覚するほどに、この出会いは鮮烈で、鮮明で、何よりも魅力的だった。
それ以外の何もかも、もはや自分の命さえ、この戦いになら投げ捨てられる。


ただ、強い。


『ああ、ウルスラグナ。強き者。そうとも、この刃を交えた者の中でお前は……飛び切りに魅力的な奴だ。
 俺のこの魔血は、もしかしたら…お前に捧げるために、流れているのかもしれない』



まるで粉を撒き散らすように、剣が砕ける。
…同時に、柄はへし折れ、刃は砕けた斧もまたその生命を終える。
握り潰された柄から先が、車輪のように吹き飛んで。
…ウルスラグナの背後にあった岩まで飛び、ぶつかって粉々に砕けた。

ウルスラグナ > ――岩が砕け散る音。両者の手の中には、もう何も残らなかった。

威力、その波濤が、風を起こし。
その風の余韻と、砂塵の渦の中心で。

至近で見つめ合う顔は、まるで、



「……ヴィル」

――躰を投げ出した。両腕を広げ、……振り下ろした姿勢のままの相手の胸へと飛び込んでいた。
この愛おしさは、きっと。もう止められないのだと。

「――ヴィル……っ」


抱きしめ、抱き寄せ、顔を埋め。
躰を重ね、熱に溶かされそうな胸を押し付け。

「……っっ、ヴィル……!!」

愛おしく名前を呼んで、微笑みを見上げて向ける。



――幾何もない。その刹那で、とびきりの愛を抱擁と共に、熱が伝える。
壊れそうな程に、頭の中は相手のことで一杯で。
吹き飛んだ果ての果ての、どうしようもない絶頂感。
とても、とても。心地がよい。