2015/12/01 のログ
ヴァイル > 「言ってくれる。
 愚昧どもを相手にしすぎたな。騙しの技は錆びついたらしい」

苦笑する。

「エールーカ(芋虫)?
 まるでグリムのように趣味の悪い名付けだな。そいつの品性が伺える」

グリムの名を口にする時、どこか懐かしげに目を細めた。
砂利や海水が服を汚すことにも構わず、エールーカに寄り添うようにして腰を下ろす。

「そう、吸血鬼――《夜歩く者》は、夜を護る騎士だ。
 静かな夜を歩くため、あるいは――壊すために。
 ただそれも昔の話だ。
 人の世が乱れると同時に、魔なる者も誇りと節度を失った」

幻獣から視線を外し、夜空の高く、欠けた月を仰いだ。
その相貌に感情はない。

エールーカ > 「ひとはぼくを散々な方法で――どうにか獲ろうとしてきたから。
 でもそれももう終わり。魚にだって知恵はある。
 今度はぼくが食べさせる相手をえらぶ番」

ヴァイルの言葉に、さあ、と遠方を一瞥する。

「エールーカがなにを指すのかは教わった。でもそれが、どんな生きものかは知らない。
 腕をきられたぼくの姿が、それに似ているからと」

隣に腰を下ろしたヴァイルの横顔を、じっと見る。
その姿かたちは人間のようだが、ひとつひとつの動作は人語を解さぬ海獣を思わせた。

「陸の夜はすっかり明るくなったよ。
 まちの灯りもそうだし――それにひとを殺す火も。
 昼も夜も、ばらばらになった船や、ぶよぶよの人間がたくさん沈んでくるんだ。
 ひとも魔ものも、海から見ればみな同じ」

丸く尖ったマズルの先を、ヴァイルに触れそうなほどに近付ける。

「ぼくを齧った魔ものは――そいつが吸血鬼だったかどうか知らないけれど――舌が灼けたよ。
 あなたそれでもぼくを食べる?ヴァイル・グロット」

呼気に併せて、蜜の香が濃さを増す。
ヴァイルには容易く察せられるだろう。人を捕らえて食うものが放つ、魅惑の香と。
だがエールーカ自身には、手を出す素振りは見られなかった。少なくとも今のところは。

ヴァイル > 「人の世は終わりが近いと誰もが言う。
 しかしほんとうにそうなのは、魔物どもの世だ。
 秘密は失われ、暗闇は照らされるのを待つばかり。
 そうなってしまえば、もはや共生など永劫に叶わない」

静かな口調。
普段は口にしない悲観的な言葉ばかりがすらすらと波間に落ちた。
世界から切り取られたような海の宵闇が、懐かしい気持ちを思い起こさせたのかもしれない。

月を見上げていた顔を、エールーカへとも戻す。
獰猛に歯を剥いた。瞬く瞳のくれない。

「愚かなり。
 正統なる闇の王グリムの子に、挑戦するつもりか、きさまは」

言うが早いが座する海魔の腕を取り、引く。
あんぐりと口を開き、そこに、――噛みつく、とか、
牙を立てる、とかそういう生易しいものではなく――
肉を食いちぎり、えぐり取ろうとする。

エールーカ > 「ひとの世界は、いずれ火と金気に覆われて影ひとつなくなるよ。
 ……あなたさみしいひとだね、ヴァイル・グロット。
 夜をまもるあなたのこころを、守ってくれるひとはいないの」

聡さも愚かもなしに、淡々と連ねられる言葉。
魔物を、吸血鬼を、魔王の子を、恐れることをも知らずに。

――ヴァイルの腕に掴まれて、あ、と短い悲鳴を上げる。

反応する間もなく、白い肌を突き破る牙。

生魚を齧ったような弾力があって、その肉は容易く骨から剥がれる。
ばたばたと砂の上に散った血の飛沫は、樹液のように澄んだ黄金色をしていた。

その肉と血は、強い聖性を帯びている。
人が呑めば一口で治癒を、魔性の者が呑めばはたまた拒否反応を。

肉を抉ったヴァイルを見るでもなく、金属を擦り付けたような甲高い悲鳴を上げた。

ヴァイル > あ゛、と濁った声が夜闇のうちに響いた。
エールーカから手を離し、胸元をかきむしるようにして手を震わせ、
腹部に負っていた傷は、癒えるどころか広がり、さらに多くの朱を噴き出した。
焦げ茶だった髪は、いまや紅く燃え立つように揺れていた。

「きさまの選択の結果はこう。
 不味いな。もう結構だ」

聖性に臓腑を灼かれながら、黄金の雫の滴る口元を歪め、凄絶な笑みを作り――
猛毒を呑み下す。

「おれの神は、おれの主は、おれを識るものは――遠くに去った。
 そして再びおれのまえに訪れることはない。
 それが世の習いというものだ」

大股に立ち上がり、悲鳴を上げるエールーカを見下ろす。
事実だけを告げる厳然たる声色。

「哀れむ必要などない。
 おれが朽ちるときは追われる羊としてではなく、
 地獄の猟犬としてなのだから」

屍者を名乗る少年はまさしく屍者のような足取りで、
来た時と同じように朱を零しながら、夜闇へと紛れて消える。

どこかで狼の遠吠えが響いた。

ご案内:「王都マグメール付近 入り江」からヴァイルさんが去りました。
エールーカ > 砂の上に手を突く。
瞬きの合間に、噛まれた跡が徐々に丸みを帯びて塞がってゆく。
エールーカの白い肌の上に、ヴァイルの血が散らばり垂れ落ちる。
顔を覆うようにして垂れ下がった鰭の間から、赤い瞳がヴァイルを見た。

「ああ――あ、ヴァイル!ヴァイル・グロット!」

噛まれたときよりも、ずっと悲愴な声だった。
血を吐き零すヴァイルへ向けて、縋るように手を伸ばし――しかして指先さえ届かなかった。

「ヴァイル!ごめんなさい、ヴァイル!
 ごめんなさい、ぼくそんなつもりじゃあなかったんだ、ぼくがあなたをしらないばかりに、……」

腕の傷は、今や何事もなかったかのように塞がっていた。
ヴァイルの傷ばかりが広がりゆくことに、ごめんなさい、と繰り返す。
相手の足取りを追うことも出来ず、取り残される。

「哀れみなんてまっぴらだ」

顔を伏せたまま、一頭きりでずるりと砂の上を這う。
水中へ滑り込み、そのまま海の底へ姿を消した。

ご案内:「王都マグメール付近 入り江」からエールーカさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区・表通り」にダンテさんが現れました。
ダンテ > 夕刻の平民地区を行く。
金銭的な余裕は、たくわえとするのでも別に構わなかったのだが、結局は装備品だとか何だとかの方に回す事とした。
そろそろ再び南方方面へと魔物退治に出ようかと考えていたので、その準備も兼ねている。
あまり金銭の形で持っていると、何のかんのと使ってしまいそうな気がしたからだ。
とは言え、半端な鎧は不要であるし、滅多に使わないとは言え武器は今担いでいるショートソードで事足りている。
蓋を開けてみれば、消耗品や便利魔道具の補充が主となった。
今は、そんな買い物からの帰り道である。

「あとは、一応武器屋も見るかなぁ。」

かん、かん、かん、と肩に担ぐように持ったショートソードで軽くその肩を叩きながら嘯く。
何にせよ、もう時間的には見れて一軒というところだろうが。
様々な商店が軒を連ねる平民地区表通りを、少年は足早に進んでいく。