2025/08/15 のログ
ご案内:「診療所」から射干さんが去りました。
ご案内:「イフレーア・カルネテル邸 サンルーム」にセーラさんが現れました。
■セーラ > 硝子張りの瀟洒なサンルームは、木々の生い茂る奥に設置された庭園側の扉からその室内へと繋がっている。
けれどこの家のものは概ね本邸から続く廊下を使う。
今、ここで物憂げなため息をついている女も、その一人。
本来であれば蒸し風呂のように熱いその場所も、設置された魔道具によって快適な温度に保たれたその場所で、未だ何一つ書かれていない便箋を前にしたまま物憂げなため息は何度堕ちたことか。
今日は依頼もなければ、離れから少しだけ足を伸ばしたい気分だったので本邸のサンルームに足を運び、ガーデンテーブルの上にインク壜とペンを置いて、返事をしなくてはいけない手紙を書こうとやってきた、のだけれど。
「…駄目ね」
すっかり細くなってした指先がレストへと降ろしたのは愛用のペン軸。
既に2回ほど失敗しているらしく、インク壜で飛ばないように抑えたクリーム色の便箋にはモスグレーのインクが雫を散らした姿が見える。
給仕が用意して置いてくれた茶を口に含めば懐かしい香りがする。
嫁ぐ前の自分がこの邸で過ごしていたころに愛飲していたもの。
帝国で暮らしていた時にも何度か取り寄せ飲んでいたけれど、淹れ方が違うのか同じ味にはならなかったのを思い出す。
繊細なカップを、静かにソーサーの上に置いてまたひとつ、ため息。
便箋も、あまり持ってきたわけではないから暢気に失敗をし続けることもできない。
少し考えて、失敗したほうの便箋を一枚手繰り寄せる。
纏まらない考えを纏めることにしたのか、一旦箇条書きにしてから内容を精査し、清書する方法に切り替えることにしたらしい。
ご案内:「イフレーア・カルネテル邸 サンルーム」にルヴィエラさんが現れました。
■ルヴィエラ > シェンヤンとの交易や外交について、未だこの国は安定して居るとは言い難い
そも、科の国との国交回復の状況を鑑みれば、其れは急速だったのだ
互いの国が、互いの思惑を巡らせている中で、迂闊な事は出来ない
――故に、カルテネルへと相談事を持ち掛ける貴族は、多い
会合、或いは宴。 そう言った催しを終えて帰路を辿る者も居れば
散策の様に敷地を歩く事を、赦されて居る者も居る
白の礼服姿が、サンルームへ続く廊下を、ゆっくりと歩む様が
或いは、家人からも垣間見えるかも知れない。
「―――――――……おや、彼女は?」
――先に気付いたのは何方だったか。
丁度すれ違った使用人へと、視線の先、椅子に腰掛ける女性の事を問えば
其れが、余りこの本宅で見かける事の無い、イフレーアの長女と知る。
成程、と、何処か珍しい物を見る様にして、頷いては。
立ち去る使用人と入れ替わりに、其方へと歩み寄って行く。
「…………御機嫌よう、今は御邪魔かな?」
――暫くして、掛ける声。
もし彼女が此方を振り向けば、丁寧に一礼を向けるだろう。
先ずは、声をかける事への失礼を詫びる。 ――貴族としては、家人である彼女の方が、この場合は尊重されるべきだ。
■セーラ > (気分転換に、何か依頼の書類でも持ってきたらよかった)
箇条書きの文章を纏め乍ら、内心呟く女の手は先程迄よりはいくらかスムーズ。
けれど、清書迄まとめるには至らない。
手紙を出す先は一つではなく、どこか鬱屈とした気持ちが時折筆を鈍らせ、心を曇らせる。
考えて、やはりまとまらずペンを置く。
これなら、家の頼まれ事なり、王宮からの頼まれ事を済ませているほうが余程気楽だ。
何せ仕事をしている間、というのは集中すべき先が決まっているから余計なことを考えなくていい。
サンルームの外、硝子越しに幾らか人の声が聞こえるのは来客があった証だろう。
成程、本邸の中が少しばかり忙しそうだったわけだ。
誰の招きで呼んだものかは知らないが、人付き合いを極力避けている身としてはあまり長いしないほうがいいだろうとすぐに判断がつく。
余計な視線に晒されることなど御免被りたい焦りが、背後から近づく足音を消してしまったことなど女は声を掛けられるまで気づくことが出来なかった。
丁寧なあいさつを受けてなお、簡単に警戒を解くことは出来ないのはトラウマのせい。
けれど、それは理由に礼を失してもよい理由にはならない。
「…御客様が御出でとは知らず、失礼を」
ガーデンチェアから立ち上がれば、足を全て覆うタイトスカートに包まれた膝をほんの少しだけ折る。
この邸は王族の持ち物だが、婚家を離れて戻った人間が再び王女としての権利を得るかと言われたら昔と全く同じというわけにはいかない。
本来ならばすべての生計を己で賄うべきところを、両親の温情で邸の離れに置いてもらっているだけ。
少なからず彼女自身は、そう考えている。
だから、親兄弟妹の招きであるのなら、家のものであることよりもまず自分は弁えるべきなのだと。
■ルヴィエラ > 貴族の上下関係と言う物は複雑な物だ
同じ家の中でも、事情によって"控えるべき者"が生まれる事もある
其れは、事情を知らねば中々に想像し得ない物だが、少なくとも今彼女の
家人でありながらも、控えめなる其の態度で、察すべき所は在る
互いに礼を終えれば居住まいを正し、挨拶を交わす事、其れを良しとされたなら
其の紅い瞳を、彼女の緑柱石へと、微笑と共に向けるのだ。
「私はルヴィエラ・ヴァーンハイル。 新参では在るが、会合に招かれた身でね。
イフレーアの長女たる貴女が、偶々此処に居るのを見かけたので、挨拶を、と。」
―――ヴァーンハイルの名は、貴族の中では決して知れ渡っている訳では無い。
耳にした覚えが在れど、成金が貴族の肩書を得たらしい、と言った、悪し様な情報の方が多いだろう
だが、只其れだけでは、この家に招かれると言う事はあり得まい
招かれると言う事は、招かれるだけの何かがある、と言う事だとは、想像出来よう
「―――もし、失礼でなければ、少し御話でも。
……嗚呼、でも、無理にとは言わぬよ。 ただ…、……遠くから目にした貴女の貌が、何処か曇って居る様に感じたのでね。」
何故、声をかけたのか。 其の理由を明かしながら。
必要ならば、席に座っていても構わないと、座面を掌で示すだろう。
美しく整えられたサンルームの中、されど、何処か浮かない表情をして居た彼女は
少々、興味を引いたのだ。 ……少なくとも、所詮は人脈作りの為にと赴いた
無味な会合よりも、余程に。
■セーラ > 紅い瞳がこちらへと向けられたことを受けて、緑柱石を少し瞬かせる。
「…初めてお目にかかります、ヴァーンハイル卿。」
セーラと申します」
家名を初めて聞く相手、ならばイフレーアを訪れた用向きを敢えて聞く必要はない。
家族の誰からも聞いたことがない家名であるのなら、何らかの商談か付き合いがあるくらいの相手と察する。
何より、重要視されているほどの人物ならば、招いた家人が誰かしら玄関まで見送りに付き添うはずだ。
折った膝を直せば、暑い季節には聊か野暮な袖の長いブラウスを控えめに飾るレースが揺れる。
重ねた両の手を合わせながら、声を掛けたその理由を聞けばほんの少しだけ肩を竦める。
先程迄の自分は、初めて言葉を交わす相手が見咎めるほどに酷い顔をしていたらしい。
「お気遣い、恐れ入ります。
ただただ自分の文才の無さを、恥じていただけですので」
来客の相手をせねばならないのなら、テーブルの上は片づけなければならないだろう。
机の上に慎ましくある年季のはいった金色の呼鈴を一つ鳴らせば本邸の方から現れる使用人の姿。
来訪者を持て成すための茶の準備を伝えると同時に自分の持ち込んでいた筆記具を離れに戻しておくように指示をして、自分が座っていた椅子の丁度正面にあるもう一つの椅子を薦めよう。
「大した話題も持ち合わせておりませんが、それでもよろしければ」
女が元の椅子に座るのは、対面の椅子に来客が座るのを待ってから。
■ルヴィエラ > 「如何か畏まらずに、とは言え、此方が砕けては
其れは其れで失礼になって仕舞うから、悩ましいがね。」
扱いは賓客とは言え、互いの身分を照らし合わせて、果たして何方が上と扱うべきかは難しい
故に、初めこそ丁寧な挨拶を心掛けてはいたが、続いては、少しだけ緊張を解そう
互いに考える事が多い、と、少しばかり軽い言葉を交えては
促される儘に、己が椅子へと先んじて、腰掛ける事としようか。
「何か手紙を? ……筆が進む時は、澱まず、書き損じも少ない物だからね。
何か心に澱む物でも在ったのかな、と、これは単なる御節介だ。」
――片付けられて仕舞った机の上を、今となっては確認する事は出来まい
どんな手紙を書いて居たのか、を問いかけて、相手に話せる物であるか如何か。
筆の不調と言うのは儘有る事だと、励ます様に声を掛けつつに
「勿論。 貴女とテーブルを囲めるのなら、光栄だからね。
……嗚呼、其れと。 もしつまらない話だったときは、是非教えて欲しい。」
頑張って軌道修正を試みよう、なんて、微笑みながらの、戯言を。
貴族としての最低限の礼節を備えながらも、何処か其の枠に留まらないのは
成り上がりの一代貴族、と言った評価が、多少は納得させてくれるやも知れぬが
其れを知らぬのなら、気難しい相手であれば、無礼、と取られる可能性だって在ろう
それでも、怖気る様子を垣間見せないのは。
無知ゆえか。 或いは、剛胆であるか。
■セーラ > 「では、この場は一先ず互いが話しやすいようにしては如何かと」
手の内を探るつもりはない。
けれど、だからといって家人が招いた相手を放り出す理由もない。
互いに気を使いあうのは互いに大変だろう。
だから、こういうものなのだという前提のもとに会話することを提案する。
来客が向かいの椅子に腰かけたところでこちらも先程迄座っていた椅子に座りなおす。
男のたずねる言葉に、わざわざ隠す事でもない。
実際にテーブルの上に広げていたものを、相手は見ているのだから。
「…返事をしなくてはならない要件が、いくつかありまして。
どのようにお返事したものかと」
小さく肩を竦める。
来客が目の前にいるので顔はあげているが、視線は聊か外していた。
初めて会う相手と目線を合わせるのは、未だ難しい。
昔は何も考えず出来ていたというのに。
「お聞きもしていないのに、つまらないかどうかは、未だ判りかねますが…」
目の前の客人は話の種を持ち合わせているらしいが、こちらには思いつくものなどすぐに無く。
なので、結果として相手の持ち合わせている話題を待つことになった。
そうしているうちに新しい茶の準備をした使用人が戻ってくる。
女の前にあったカップは下げられて、互いの手元に新しいカップ。
テーブルの真ん中に、いくらかの焼き菓子が乗った皿が用意される。
双方のカップに最初に茶を満たすのは使用人の仕事。
残りの茶が満たされたポットが女の手元に近いところに置かれたところで使用人が下がっていったのを見計らい、再び視線を客人のほうへと戻した。
■ルヴィエラ > 「ふふ、そう言って頂けると気も楽だ。」
堅苦しいのが苦手と言う訳では無いが、長く続くと窮屈な物だ
提案に、有難いと感謝を示しては、少しだけ姿勢を崩そうか
背凭れに軽く身体を預け、彼女を真っ直ぐに見据える。
彼女から、其の視線が帰って来ずとも、別段構わぬと言った風情で。
「……成程、その内容は聞き及ばない方が良いかな?
……自分の感情の赴くままに…と、単純に考えられれば良いのだろうがね。
そう言う訳には行かない事情があるのか。 其れとも、答えを決めあぐねて居るのか。」
内容を知り得ぬ故に、明確に何かを推測する事は難しい。
されど、そう言う悩み方をして居る時は、大抵の場合
何に迷って居るのか、其の理由を整理するのが一番だと、思うが故に。
「まぁ、其処で私が現れて仕舞ったのかも知れないが。
……ふふ、何、大した事は無いよ。 ただ、つい先日、山の方で立て続けに、流星が観測されたと言う話を聞いてね。
占いに御執心の方々は、その話題で持ちきりだったと思い出したのさ。」
先刻の、会合の中で。 噂話も話の種、と言う貴族達がこぞって
そんな話をして居た事を思い出したのだ、と。
其れは、此処がイフレーアの邸宅だからこそ。
イフレーアに属する者達の集まりだからこそ、なのやも知れない。
何せ、嘗てイフレーアには、優秀な星詠みが居ると、そんな話は聞いた事が在るのだ
「イフレーアの星詠みの噂は、私も良く聞いたからね。
生憎、目通し適った事は無いのだが…。」
■セーラ > 「…申し訳ありませんが、私的なものとだけ答えさせていただけますか」
依頼にかかわる事であれば悩むことなどない。
なのに悩む理由は返答をどう返すべきか悩む内容であるからに他ならない。
だから、これ以上は答えるつもりはないと一定の線を引く。
男の鼻先位を見ていた視線が、少し落ちた。
「流星…」
ここ最近は集中講義の依頼もなかったので、久しぶりに星に関することを誰かの口から切り出される形になった。
山の方へ、立て続けに流れる星。
山だというのであるならば、九頭龍山脈だろう。
或いは、ハテグのほうを越えて北へ──帝国へと飛んだのか。
ただ「山」というだけでは予測を立てるのは難しい。
「…流れたというのなら、何か少し大きなことが起こる前兆かもしれませんね。
吉兆か、凶兆かまでは解りかねますが…影響力のある何か。
発展も、衰退も、表裏一体ですから」
星の声を、今の女は聞くことが出来ない。
だから、応えられるのは占星術的な観点からのみ。
流星とは訪問者であり、来襲者でもある。
インフルエンス、外界より来たるもの。
空の王位のままのこの王国に何かを齎す可能性はあるかもしれないが、それもまた今の女にはわからない。
「イフレーアの星詠みは、…既に姿を消して久しいのです。
ですから噂は、噂のままに」
戻るかどうかもわからない力になど、期待などされぬほうがよいのだから。
■ルヴィエラ > 「――勿論、では、その話は此処までとしよう。」
引かれた線、其れを察すれば、素直に応じよう。
只でさえ御節介、其れが過ぎれば、只疎まれるだけ
自分は御役に立てる、だなんて、立場を売り込みたい人間ならば言うのかも知れないが
生憎、己に其の必要はない。
「――――どちらも在り得る、と? ……何れにしても、変化の兆しと捉える向きは在りそうだ。
其れが真実か否かは判らないが…、……動く者が多ければ、商機にはなろうね。」
詳しいのだね、と、微笑みながら、聞き入る。
星を詠み、未来を占う。 占星術は、貴族や王族にこそ盛んな学問だ。
なればこそ、人はイフレーアに未来を乞い、この家もまた、其れに応えて来たのだろう
星詠みは、占星術よりも先を往く、一種の未来視と言っても過言では無いと聞き及ぶ。
――其れが、影響力を持たぬ筈は無いのだから。
「……だが、星を見上げる事は叶う。
星詠みでなくとも、こうして星を語らう事は出来るのだから
――私にとっては、其れで充分だ。 それに、少なくとも今は。
私が語らいたいと思ったのは貴女であって、"星詠み"では無いのだからね。」
――美しい物を、美しいと愛でるだけで。
其れだけで、充分なのだ。 例え、未来が見えずとも。
カップに手を伸ばし、その香りを嗜んでから、喉を潤す
よく訓練されて居るのだろう、淹れ方も、蒸らし方も、申し分ない。
「何せ、瞬く間に15の流星が落ちたと聞くからね。
……そこまで行くともう、星が如何と言うよりも、純粋に面白い話だろう?」
■セーラ > 「…恐れ入ります」
やんわりと引いた線を感じ取るだけの肌感はあるらしいことが解る。
謝罪を述べ、僅かに頭を下げるとカップを手に取って唇を湿らせる。
香りは先程までと同じ茶葉だとわかるのに、口に含んでも味を感じられない。
ただ、何かを飲み込んだ感覚にしかならない。
「私は、……星詠みではないので、聞きかじり程度のお答えしかできませんけれど。
ですが、流れる星は私たちの遙か先を行くもの。
同時に、混沌からの来襲とも」
以前ははっきりと感じていたものが解らなくなる恐怖に苛まれ続けている女の表情は明るいとは言えない。
それどころか、茶が口に合わなかったかの如く渋い表情になっているだろう。
とはいえ、吐き出したり使用人を呼んだりはしないのだから茶が理由ではないこともはっきりしている。
また一度口に含んで、嚥下の後にゆっくりと白磁を皿の上に降ろした。
「…それは、また、随分と流れたものですね。
今の季節は星がよく下る…と、聞いています、が」
星詠みではなく、自分と。
態々そう告げた言葉から察するに、件の星詠みが目の前の自分であると客人が気づいている可能性はそれなりだろう。
けれど、星詠みとの会話を求めていないのなら、何故目の前の客人は敢えて星の話などするのだろう。
それは本当にただの世間話のつもりなのかもしれない。
昔は空が何か騒がしくなるたびに尋ねてくるものが後を絶たなかったが、今はもう全てを断ってもらっている。
星詠みとしての能力が失われてしまったから以外に理由はない。
白磁の中身をもう一口。
やはり、味がしない。
香りも、先程より感じられなくなっている。
「面白いと、楽しめるくらいが丁度いいのでしょう」
深く考えず、ただ面白いと感じられる感性が、今となっては羨ましくもある。
■ルヴィエラ > 「混沌からの来襲…、……言葉の上辺だけを聞けば凶兆に思えるがね。
詰まる所、予期できぬ何かが訪れる可能性、と言う事だ。
場合によっては、其れを好機と捉える事も出来る。
……まぁ、誰かにとっての好機は、誰かにとっての危機でも在るのだろう。」
誰しもにとっての幸福、と言う物は必ずしも存在しない。
世の全ての存在が、等しく同じ方向を向いて居たならば
或いは、そう言う事も起きるのやも知れないが…今は、この世界こそが文字通りの混沌だろう
渋い表情が、次第に深まって行く彼女の様子を伺えば、僅かに双眸を細める
茶に問題は在るまい。 自らの舌は決して愚鈍では無いのだから。
ならば、そうでない理由が、彼女の心の深奥に在るのだろう
――カップを煽る。 静かに、味わう。
「―――既に、在った物が失われるのは悲しい事だ。
だが、失われた事で見えて来るモノもある、と。 ……私はそう思うのだよ。
慰めなどと、偉そうな事を言う心算は無いがね。」
静かに。 そう、独り言のような語調で呟きながら。
カップを置き、菓子へと手を付ける。 其の欠片を、軽く齧りながらに
ぴ、と、人差し指を立てて見せる。 相手の前に。
「―――気にし過ぎるのも良くはないよ。 セーラ嬢。
……俯いてばかりでは、その美しい顔が勿体無い。
気分が落ち込みそうになった時は、何も考えず、深呼吸をすると良い。」
少しばかり明るい声音で。 片目を瞑り、業とらしい茶目っ気で言葉を向ければ。
ほら、試して御覧よ、と、そう促して見るのだ。
――励まそうとして居るのだろう、とは、何となく察せられるだろうか。
■セーラ > 「全てにおいて、星はただ示すのみ、ですから」
何も答えず。
何も教えず。
ただそこにあり、示すだけ。
星詠みに出来ることは、その混沌の中にある意志を僅かに掬い上げる事だけ。
掬い上げたとて、それが本当に正しいことだったのかを知るのは本人だけだ。
なればこそ、この混沌とした時代の中に数多星が降るこの事実をどう受け止めるべきか。
星が降る理由を知れど、今となってはその真意もわからない。
ただただ、示された徴から数多の可能性を模索することしか、女にはもう出来ない。
「……私には、むずかしいですね」
慰めに聞こえる言葉は、そのまま捉えてよいのだろう。
本人がそう口にしているのだから。
だから、やはり客人は失われた星詠みが誰であるのかを理解しているように思えた。
もう一口、と飲み込んだところでカップの中身が空になる。
ふわりと、漂うのは本来甘く香るはずだろう菓子の香り。
けれど、茶の香りもわからない今の女にはそれが、ただただ重たい油脂のにおいとしか感じられない。
カップを置いて、アドバイスの通りに深呼吸する口元にゆるく結んだ掌を添えた。
体が、飲食に対する拒否反応を示していることを悟られないようにと、ただ緩く唇を吊り上げて表情を作る。
「教えてくださって、ありがとうございます。
……申し訳ありませんが、そろそろ侍医の診察がありますので」
医者にかかっているのは事実だし、この後に診察があるのも事実。
だが、開始予定時間までは本当はまだ時間があることを、本当は女も理解している。
けれど、次第に悪化していく体調でこのまま応対を続けられる自信が女にはなかった。
時間の許す限りの滞在を薦めながらも、女は客人を残し席を立つ非礼を詫びる。
遠く控えていたのだろう使用人に支えられながら去っていく背中は、王女と呼ぶには随分頼りないものであっただろう───。
ご案内:「イフレーア・カルネテル邸 サンルーム」からセーラさんが去りました。