2023/11/07 のログ
■”徒花”ジョー >
傭兵二人の首が舞う。
灼けた大地に鮮血が花咲き、炎に消える。
サテラの足元に転がるのは強張った顔の肉。死の恐怖は感じさせない得も知れぬ表情。
そして、頭を失った肉塊はどくどくと生臭い血を大地へと注いでいく。
「……成る程……」
傭兵の死体から漂うのは血の匂いだけではない。
不死者の鼻は、人より物の分別を知る。
血の匂いに紛れるこの刺激臭は、所謂"興奮剤"だ。
匂いを嗅ぐだけで闘争心を刺激する、奴隷闘士に使うようなもの。
直に吸えば、それこそ死ぬまで戦わせる狂戦士の出来上がりだ。
特に、直にいた彼女はダイレクトに刺激されただろう。
その爆発した感情には、間違いなく"劇薬"になる。
「……うんざりするな、アイツ。初めからそれが狙いか」
恐らくあの傭兵達は"仕込み"だ。
一晩薬漬けにされた生きる興奮剤。殺されるための生命。
ようやく全貌が見える頃には、辟易とした感情に表情が強張った。
爆風が収まったと思えば、今度は暴風が襲いかかる。
白髪と衣服が暴れ狂う中、思わず舌打ちを漏らした。
白刃の暴威、風の刃が爆炎と炎を吹き飛ばし、たまたまそこにいただけの兵士の命さえ断った。
金属が文字通りの金切り声を上げ、断末魔とミックスされた嘆きの声。
生暖かな命と臓物が乱雑に風と舞い上がり、正しく血風が舞い散った。
勿論此方も狙われて入るが、乱雑な狙いであればジョーの目でも見える。
最低限身を反らし避け、ローブが切り裂かれ破片が舞う。
最早目に映るもの全てが悪いのだろうか。
白刃を以て真っ直ぐと突き立てられた刃は、ジョーには届かない。
金属がぶつかり合う音と共に、その首手前でせき止められる。
工程も詠唱もジョーには必要無い。
術式を省略した魔力障壁だ。
「おい、そこのお前。怒りの気持ちは理解するが……やめておけ」
「俺達が戦うことに意味はないし、俺は戦う気もない」
何故このような自体になっているのか。
理由は単純明白。"見世物"だ。
剣闘士から始まり、闘争の見物は娯楽と成っていた。
悪趣味な金持ちは実際の戦地を娯楽として見ると聞いたことがある。
恐らく、あの成金の依頼主だ。爆殺された民間人も、あの傭兵も全ては仕込み。
この作られた戦いを、娯楽を作るためにあくせくしたらしい。
どちらが死のうが、奴らにとって面白ければそれでいい。
自分仮に殺されれば、彼女にとっては"首謀者を討ち取った"だけに過ぎなくなるのだから。
ジョーからすれば、余りにも虚しい茶番だ。
障壁の向こう側で、翠の両目が鋭くサテラの視線を射抜く。
……最も、この状況で刃を収めてくれるとは思わないが、言葉で収まるならそれに越したことはない。
■サテラ >
音速を越えた刃は、その素直すぎる軌跡の為に、いとも簡単に止められた。
軽さと鋭さを追求し妖精が鍛え、風精霊の祝福を受けた霊域の刃を障壁だけで止める。
それがどれだけの強さによってなされるのか――サテラの頭は冷静に算盤を弾く。
「――速柔連携ッ!」
剣が風に溶けるように消え、今度は別の柄が、緑と青のグラデーションを描く魔法陣より現れる。
「水蛇連刃ッ!」
鞭のようにしなる連結した刃は、それ自体が意志を持つかのように、男を障壁ごと絡めとるように巻き付いていく。
「――――っ」
ぎり、と血が出るほどに唇を噛みしめるサテラの瞳は、翠を真っすぐに見つめ返す。
激しい怒りと深い悲しみに、たしかに残っているのは理性の光。
薬は然程、効いてはいない。
男の言葉も届いている。
けれど、行き場のない怒りと悲しみ、向ける先の無い矛は、目の前の男へとぶつけるしかなかった。
■”徒花”ジョー >
「…………」
ジョーは多くの戦場を経験した。
多くの戦いを経験した。そこに感慨や享楽も覚えない。
戦いとは、起きるべくして起きた必然の最終形態。
だからこそ、思うことはある。それは自然と、溜息と一緒に漏れた。
「……悪趣味だな」
彼女に掛けたものではなく、独り言のように吐き捨てた。
透遠の魔術で、此れを覗いている連中がいる。
行き場のない怒りを命にぶつけるしか出来ない女を見て、何が楽しいのか。
つくづく、うんざりすると言わんばかりに眉を顰めた。
それはそれとして、随分と戦い慣れた動きだ。
精霊の剣を収めたと思えば、今度は障壁に刃鞭が巻き付いた。
此方の動きを封じる腹積もりだろうか。何にせよ、障壁解除は出来なくなった。
少なくともジョーには焦りも、焦燥も未だ無い。
「良い判断だ」
冷静な戦況判断は、素直に称賛に値する。
「……だが、お前は自分が何をしているかわかっているのか?
あそこにいた連中は、お前と縁があった連中なのだろう」
「だが、生命に数合わせはない。八つ当たりで殺した所で、帳尻は合わん」
「……兵士達の次は俺か?その辺りにしておけ」
ジョーは戰場がどんな場所か知っている。
こんな説教臭い正論は、血と憎しみの前には響くことさえ難しい、と。
だが、此方を射抜く複雑な視線には理性があった。
憶測に過ぎないとは言え、あそこで無碍に殺された人々の為に怒りを顕にしているならその関係は察するに余る。
この女には、多少なりとも言葉は届くと一抹の信頼を置いての言葉だ。
事実、糾弾めいた物言いではあるが、"警告"でもある。
障壁の中で微動だにせず、対照的な静の態度を崩さず、翠の視線は厳しく、鋭かった。
■サテラ >
海竜の尾から作られた魔刃鞭も、その障壁を削る事すらできない。
彼我の実力差は明らかで、こうして男が大人しくしているのも、実力に裏打ちされた余裕と経験があるからだ。
拘束できているのではなく、拘束されてくれているだけでしかない。
「――わかってるっ、そんなことッ!」
命は数字じゃない。
数字に囲まれているからこそ、命の尊さを常に感じてきた。
数字に息づく、生命の鼓動を感じてきたのだ。
「でもっ、だからって――!」
男が正しいと冷静な頭が石を弾く。
頭の中のパチン、パチン、という音が、ただの八つ当たりに過ぎないという事実を告げてくる。
それでも。
ギシ、と刃鞭の柄を握りしめれば、軋むような音が鳴る。
男は微動だにしない。
圧倒的な力の差――だからこそ。
「――なんでっ」
八つ当たりとわかっていても、ぶつけるしかなかった。
「そんなに強いのにっ!
助けてくれなかったの――っ!」
ただの甘えだとわかっていても、そう、無様に叫ぶしかできなかった。
「――剛炎連携ッ!」
柄を投げ捨て半歩下がる。
魔法陣は黄と赤のグラデーションを描き、巨大な柄が顕れ、それを両手で、振り被るように握りしめた。
「鍛冶神の鉄槌――ッ!」
魔法陣から顕現したのは、異様と言える巨大な槌。
伝説になぞらえた、鍛冶神の一撃が振り下ろされる。
星の石すら砕き鍛える鉄槌は、単純な破壊力だけで言えば、山一つ砕けるだけの暴力を秘めている。
■”徒花”ジョー >
それは、何処にでも、或いは何処かで聞いたような嘆きだった。
感情の発露。鼓膜を揺らす慟哭めいた声は、彼女の善性を表している。
ジョーにとって種族の問題は些事にすらならないが、彼女がどんな存在であれ好ましく思えた。
だからこそ、胸糞が悪い。此れを見て愉悦に浸っている、腐った連中が。
「…………」
だがその怒りは、ぶつけるべき相手に発露すべきだ。
涼しい表情一つ変えないまま、障壁の向こうで嘆く声をただ聞き届けた。
但し、その紅蓮のグラデーションをみるまでは、だ。
「それは拙いな」
僅かに顔をしかめた。
多くの術を学び、多くの戦地を駆けた。
特に魔術を扱う身としては、魔力の流れ。
詠唱と工程から如何なるものかを分析できた。
──────この鉄槌がどんな威力を持っているかも、簡単に想像がつく。
「癇癪にしては度が過ぎるな」
自分が助かるだけなら簡単だが、この一体を整地されるのは寝覚めが悪い。
振り下ろされる巨大な鉄槌に対し、かつん…──。一つ、杖が地ならし。
瞬間、土煙を上げて地面を飛び出したのは銀の腕。
鍛冶神が作り出した神の一手。振り下ろされた鉄槌を握るように受け止めると共に、轟音と大気が暴威となって周囲を暴れる。
辺り一面を砂嵐を思わせるような土煙を上げ、その破壊力を殺しきれば銀の腕に亀裂が走る。
間もなくして、砕け散るそれは月明かりを乱反射する銀の月。
その向こうでただ、翠の視線は一度も彼女から目を離していなかった。
「裏切られる事など、傭兵の常とはいえ……そうだな。すまない」
自らの力がどうであれ、事実彼等を助けることは出来なかった。
過程や状況が問題ではない。ただ、事実そうであるなら謝るしか出来ないのだ。
言いがかりめいた事だとしても、それを嘘と罵る程冷え切った感情は持ち合わせていないのだから。
■サテラ >
神代の創造物同士のぶつかり合い。
己の鎚が模造品に過ぎないとはいえ、それを受け止める銀の腕を、たったワンアクションで生み出す男の技量は――
(すごい……)
怒りと悲しみに嘆いていても、感嘆させられるほどのモノだった。
銀の輝きを貫くまっ直ぐな翠。
男の言葉は――ただの慰めでもおためごかしでもない。
「――――それで」
銀色が砕け散ると同時に、鉄鎚も消える。
男と距離を取る様に、サテラは大きく後ろに飛んだ。
「許せるなら、誰も悲しんだり、しない――」
彼が悪いのではない。
彼も嵌められたのだろう。
だからこの八つ当たりも、この言葉も筋違いも甚だしい。
「――星海より来たり、黄金の翼」
詠唱と共に右手を掲げる。
黄金の巨大な魔法陣から現れるのは、一つの弓。
「天弓シリウス――」
翼を模した黄金の弓は、神代に置いて、儀礼用の奉納品に過ぎなかった。
5mを超える巨大な弓は、縦に構える事も出来ず、水平に男へと向けられる。
「……『全部』わかってる」
そう言いながら、弓に見合うだけの巨大な黄金の矢をつがえ。
自身の周囲――いや、男ごと周囲一帯を取り囲むように、緑、青、赤、黄の魔法陣が無数に展開された。
男ならその魔法陣が、なにを意味しているか、一瞬で看破出来る事だろう。
「わたしの最大火力。
――これでも、あなたは倒れないんでしょうけど」
まっ直ぐに男を見据えたまま、ゆっくりと、弓を構えて引き絞っていく。
その威力は先ほどの鉄鎚を遥かに超えるものだとわかるだろう。
■”徒花”ジョー >
「…………」
長生き、不死者。死なないが故に、長く生を歩くが故に得たのではない。
長い世を生き残るだけの力があり、知識の研鑽を怠らなかった。
その結果が術式の省略。ただ強い武器を扱い、筋肉をつけるのが強さではない。
ジョーが思う強さこそがその省略。早い話、"斬った"という課程をのみを残す魔剣が脅威なのと同じだ。
工程も詠唱を必要とせず、それらを通らせたもの以上の力を発揮する。
そのように研鑽された魔術であれば、如何ようにでも脅威になろう。
静かに通り過ぎる夜風がただ、その言葉の無情さを感じさせる。
「そうだな……」
恨みたいなら恨めば良い。
憎みたいなら憎めば良い。
何処にでもいるような一介の不死者を憎悪するだけで気が晴れるならそれで十分だ。
晴れぬ心、尽きぬ恨み辛みが突き動かすのだろう。
無数に展開された魔法陣の光に照らされながらも、逆光に陰る曇り顔は彼女を見ていた。
「……例えどのような相手でも、それが綻びでまた争いが生まれる。
俺には止める権利はない。今を生きる者を止める気はない」
「あらゆる行動には、相応の"責任"が伴う」
「……それが取れるなら、撃てば良い」
とうの昔に定命者からは外れている。
時代の異端者、異物である以上彼等の行動を止める権利など微塵もない。
自分がいるべき場所は既にもう、あの家だけだ。
そこに干渉しない限り、不死者は決して動かない。
今もただ、逆光を前にして立っている。
■サテラ >
「――わたしがとるべき責は」
静かに目を閉じる。
目に浮かぶのは、助けられなかった愛しいヒト達の顔。
「民を守るための矛であり、盾である事」
再び目をひらけば、矢のように真正直な視線で男を射抜くだろう。
「――誰であっても、報いは受けてもらう」
その言葉とともに放たれた黄金の矢は、光の如く奔り――
――男の目の前で消えた。
「……消えましたね」
それが、己と男を覗き見ていた魔術の痕跡の事だと、男には正しく伝わるだろう。
今頃王都では、品のない貴族がその仲間と共に、恒星の輝きにより蒸発している事だろう。
限界まで威力を縮小収束させたシリウスの矢は、的確に悪意を焼き尽くすが、それ以上の破壊を無差別に振りまく事はない。
「ごめんなさい――あなたの強さに、甘えるしかなかった」
目の間の男に悪意が無い事はわかっていた。
だからこそ、この悪趣味な催しを仕掛けた連中がどこかから眺めているのは明白だった。
冒涜的な悪意にとって、ただの観劇にしかすぎない――そんな事は許せなかった。
「舞台に引きずり下ろすのに、時間が掛かって、しまって……」
そう、男に刃を向けた事を謝りつつ、声は弱く小さくなっていく。
力なく膝をついた目の前には、サテラを慕っていた民の首が転がっていた。
「――この子は、ミリアは、人間とお付き合いする事になったけどどうしよう、って、わたしに相談してくるような子で。
一生懸命で、わたしの理想を心から応援してくれた子なんです」
魔族の少し耳が長い女の頭をそっと広いあげ、抱きしめる。
「――もうすぐ、結婚するはずだったんです。
わたしなんかに、立会してほしいなんて言って……。
わたしは、この子の夫に、なんて言えば、いいんですか……」
ずっと耐えていた涙が、ぼろぼろと溢れ出す。
守れなかった後悔と、結局、暴力を振るうしか出来なかった愚かさに、溢れるのが止まらない。
「わたしは、こんなにも、弱い――っ」
ただ、失われた民を抱きしめながら、涙を流すしかない無力さに歯を軋ませるしかなかった。
■”徒花”ジョー >
放たれた矢は、目前で消えた。
わかっていたことだ。瞬きもしない。報復の一矢は正しく報いただろう。
因果応報の結末だ。何も思うことはない。
「大変なのは、これからだろうな」
どれだけ下衆であろうと、アレもまた有力な貴族だ。
金回りだけは良かったし、此れをきっかけに戦争をふっかける連中もいるだろう。
小規模ながらきっと混迷は生まれる。自分が関与すべきことではないが。
踵を返し、かつん、かつんと杖をついて焦げた大地を踏みしめる。
「俺に謝る必要はない。確かに、うんざりするような茶番だったが、お前に罪はない」
此処に罪人はおらず、ただ残るのは悲哀と後悔。
彼女の語りと嗚咽が嫌に重く鼓膜を揺らす。
眼の前にあるのは、無惨に灼けた死屍累々。
「……この国には、うんざりする事が多すぎる」
彼等はただ、巻き込まれただけの弱者に過ぎない。
吹けば飛ぶような生命など、決して珍しいことではない。
命ないし、慰み物にだってなる。弱者はただ、貪られる。
腐敗が見せる、吐き気を催す現実には何時だって辟易する。
だからまずは、祈り。夜風に揺れるローブを抑え、胸に手を当て黙祷。
「──────……お前の価値観がどういうものかは知らん」
静かに、両の翠を開く。
「如何に理不尽に潰えようと、定命の者であればそこで終わりだ。
……それを無理矢理続けようとするならば、それはもう以前のそれではない」
蘇りの術。反魂の御業。
やろうと思えば幾らでもその方法は知っている。実行しようと思えば出来る。
だが、終わりは終わりだ。そこから無理矢理綴る生き様はただの蛇足だ。
それは恐らく、彼女が望むような形でもない。何より、それは介入だ。
時代に外れた者が行うには、余りにも禁忌である。
かつん──────。
嗚咽を遮るように、杖を一つ鳴らせばそこに転がる肉が"ぶれる"。
瞬きする内にそれは、砕ける前と変わらない人の姿に形を成した。
無碍に殺された民。刻まれた兵士。"死という事実は変わらない"。
それでも尚、死体まで醜いままというのは余りにも酷というものだ。
ミリア、と呼ばれていた彼女でさえ、血と焦げた肉から生前と変わらない綺麗な顔に戻るだろう。
「例え、どれだけ強くなろうと零れ落ちるものは必然的に落ちる。
強ければ全てを守れるなどという幻は今すぐ捨てろ」
その喪失を知るからこそ敢えて言う。
ローブを翻し、今一度彼女へと向き合った。
「……お前の理想がどんなものかは知らん。
今は悲しみ、後悔は一生尾を引くだろう」
「だが、お前を支えた者と言うのならば、お前は生きなければならない。
残されたものは、背負ったものを消さないために生きなければならない」
忘却こそ完全な死。
例え数百年、数千年、数万年────。
忘れずに生き続ける。死者を背負うという行為は、それほどに"重い"。
かつん、かつん。彼女の目の前で、ジョーは咽び泣く姿を見下ろした。
「……お前の理想は恐らく険しいものだろう。同じように、お前の同志は実を結ぶ事なく死ぬ」
憶測ではない。
"理想"というのであればそれほど険しい、ある種予言に近い。
「そうしていく内に、お前の足取りは重くなる。
お前が背負おうとしてる一人一人は、それほどまでに重い」
例え生命一つでも、身動きが取れなくなるほど。
「……その重責を以て尚"理想"を目指すのであれば……」
「"それでも"、と言い続ける事だな」
歯を食いしばり、前を向く。
言葉にするほど簡単なことではない。だが、生きるとはそういう事だ。
難しいことだからこそ、続けなければ行けない。
厭世的な態度で、何処までもぶっきらぼうだが、言葉だけは常に真っ直ぐだった。
不死者はそっと、彼女に手を伸ばす。
「……お前に出来るのは謝り、そして彼女達を丁寧に葬ってやれ。弔いの手伝い位は出来る」
「俺も丁度、魔族の国に用がある。古い友人に、だが……立てるか?」
■サテラ >
目の前で綺麗な姿に戻っていく、大切な民達の亡骸。
本来の姿に戻る亡骸たちに、一人一人、名前を呼びながら触れて、涙を拭う。
「それでも――」
理想はヒトを殺す。
人間であっても、魔族であっても変わらない。
そして、目指すものが遠ければ遠いほど、失われるものは増えていく。
「それでも――可能性を信じるなら」
亡骸を抱き上げて、まっ直ぐに翠を、赤く腫れた瞳で見つめる。
伸ばされた手には、小さく目礼して、ちゃんと自信の脚でしっかりと立つ。
「わたしは、自分の脚で歩み続けなくちゃいけないんだと思います」
そうして、静かに男に頭を下げる。
「この子たちの事、ありがとうございます。
これで……ちゃんと弔ってあげられます」
そして素直に男の手伝いを受け入れ、男と共に街へと帰っていく事だろう。
ここで背負った傷が、サテラをどこに歩ませるのか。
重荷に潰されず羽ばたけるのかは――神にすらわからない。
■”徒花”ジョー >
「ああ……」
後はもう彼女次第だ。
彼女自身の安らぎが、安寧が、理想が何処にあるかはわからない。
ジョー自身もそこに干渉する気はなく、どうなろうと知ったことではない。
ただ、弔われた魂が救われることは祈っておこう。
今日日吉報に出来ることはなく、くすぶる戦場からかつん、かつん、と音はやがて離れて行くのだった────。
ご案内:「タナール砦」から”徒花”ジョーさんが去りました。
ご案内:「タナール砦」からサテラさんが去りました。
ご案内:「」にサテラさんが現れました。