2024/04/15 のログ
宿儺姫 >  
およそ人間が想像し得る鬼そのものとも言えるだろう、生粋の鬼。
人よりも圧倒的に強靭なる体躯。
こと力だけに絞っても抗える相手ではないと思わせる怪物──。
ある種、わかりやすいその体現たる女鬼は岩の礫をいなして見せた男を見やり、笑みを深める。

「では参れ、影喰らい!」

名のりを受け、いよいよ臨戦態勢となる。
その出で立ちからある程度の推察はしていたが、その俊敏なる動きは流石のもの。
大きく回り込むその動きの最中、鋭き光るものの投擲を見る。
それを鬼の反射神経はしっかりと捉えていた。
避けることも容易い。
しかしこの女鬼は回避などというものを知らぬ者である。

「──そら!!」

瞬時、振り上げた爪撃により局地的な暴風が巻き起こる。
発生した風の防壁に衝突した手裏剣はその推進力を失うが、しかし。

「む──!?」

目の前に巻き起こる白煙と閃光。
思わぬ光景に怯むものの、見えぬであれば晴らせば良い、と再びその剛腕を振るう。
再び巻き起こされる風圧が烟る爆煙を晴らしてゆく──

「呵々。小癪な真似をするのう」

僅かに視界が白み、耳に残響が残る中。愉しげに女鬼は嗤っていた。

影時 > 腰の刀は鯉口こそ切ったものの、引き抜かない。
根っからの侍であればいきなり真っ正面から切り込んだのだろうが、己は違う。侍の流儀は心得ていても忍者だ。
抜け忍であってもその在り方に変わりはない。その技で生計を立て、冒険者としてのチカラとしているのだから。
故にこそ、愚直に正面から切り込むのは避ける。
鬼というものの存在は知っていても、故郷で実際に戦ったことはない。帝の守護役たる古の武者たちは経験していても、自分はそうではない。

(腕もそうだが――あの足はすげェな。打ち込み方を間違えたら、鈍らだと折られかねねェぞ)

改めてみると、筋骨の束とも見紛うような四肢の膂力が凄まじい。下手に受ければ鎧越しでもその衝撃で臓腑が爆ぜそうだ。
剛力魁偉で人を喰らう。それだけでヒトは化け物と云うが、ヒトを食い物とするヒトも巷には多い。故に偶にどちらがヒトか間違えそうになる。
だが、確かに。小手調べを兼ねて投じた手裏剣に対する挙動と動きは、並みならぬものがある。ただ者ではない。鬼なのだから。

「――は、ははッ……!」

弾く、とは言えなくもない。爪ではなく爪撃による暴風がそれを成す。これほどの剛力と反射神経に笑いが滲む。。
だが、投じた手裏剣はただの手裏剣ではない。本命は手投げ弾のような爆発を生むための仕込みを添えていた。
それが幸いした。防がれても爆発は生じる。刹那とは言え閃光と白煙とは、一瞬でも向こうの注意を引くだろう。

「お褒めに預かり恐悦至極、だ――!」

そこに地を蹴り、氣を練りながら身を屈めて踏み込む。相手の右側面に回りつつ、肉薄する。
羽織の裾と襟巻の端を靡かせ、身を低くした影が爆発の残響に忍ぶように地を蹴り、改めて右手を腰の刀の柄に掛ける。
踏み込みから始まるうねりに乗り、捻る腰と上体に引かれ、鞘走る刃金が雌鬼の右腰から左肩へと駆け上がるように斬線を描く。
抜き打ちに伴って刃金に篭め、圧縮された氣圧が風を生む。
だが、あからさまな害意、殺意のような感情の発露は篭らない。ただ、強敵と相まみえる喜びのみが、僅かに滲む。

宿儺姫 >  
爆発と残響。
それは一瞬ではあるが鬼の眼と耳を灼く。
常人を遥かに越えた反射能力を持つ鬼であれど、視界に、鼓膜に情報が届かねば動くことは出来ず、出遅れる。

故に女鬼がその接近に気づいたのは、男…影時が既に得物に手をつがえた後だった。

銀閃が奔り、切り裂かれた女鬼の肉体からは赤黒い鮮血が舞う。
──しかし、その結果を齎した男の手に残った"手応え"は──重い重い鞣し革に刃を走らせたような、そんな感覚。

「鋭いな──だが軽く、薄いのう!影喰らい!!」

斬られたことなど一切構わぬとでも云うように、女鬼は力漲らせた横薙ぎの蹴りを男の銅めがけ打ち放つ。
丁度先程、岩塊を粉々に打ち砕いて見せたものと同等か、それ以上の勢いを持った一撃が瞬速振り抜かれる──。

避けられれば重畳。防禦ることは…可能か否か。
己の傷から溢れ出た血が血風となって舞い、亜麻色の長髪を振り乱し嗤う姿はまさに鬼の様相に相応しく。
──刃は届いてはいた。しかし人より異なる密度の筋繊維をその奥まで断つことは出来ず。肉を裂くに留まっていた。
無論ダメージ、痛みこそあれど。戦狂いのこの鬼がただの痛みなぞで動きが鈍ろう筈もなく。

影時 > 刃筋を正しく立てて打ち込めれば、斬れる。刀とはそういうものだ。
斬れない場合は正しく使えていないか、それとも斬りようがない獲物を相手取ろうとしているかどうか、という位か。
さて、奮う刃は刀匠の理念、基本思想を鑑みるなら、鉄を斬れて当然とするもの。
雌鬼の肌身は鋼鉄と勝るか否か。其れを試す。試して得る手応えは――成る程、確かに異様。

「耳が痛ぇや。硬物(かたもの)斬りはこなれちゃいるが、鬼を斬るという経験は初めてなン……で、な!」

翼竜(わいばぁん)やら巨大な獣を斬った感覚にも似て、異なる。肌身がまるで革鎧のような堅さでもあるのか。
そうと心得れば、遣りようは如何様にもある。
隠形に長けた忍びの剣は、刃から放たれる“氣”圧や感情をおのずと隠す。氣迫を打ち消すために振り分ける氣を攻撃に回せば良い。
人間との戦いではない。ニンゲンではなくなったモノとの戦い、化け物との戦いであることを噛み締め、思い直せ。
故に、か。刃を振り抜いた間隙を穿つように来る蹴りに、左手を添えて引き戻しつつ繰り出す返し刃は初撃より強く、氣迫が篭ろう。

「!!」

だが、恐らくは浅い。先程の剣線を逆にたどるように刃を返し、蹴り足に切り込むまではまだ良い。
蹴り足に先んじる暴風と破城槌もかくやな脚の唸りは、返し刃の打ち込みだけでは相殺出来ない。足りない。
全身に氣を満たし、張り詰めさせながらも、身体をくの字に曲げて男の身体が浮く。数度地面を跳ね、転がった馬車の残骸に飛び込む。

「っ、が、はぁ……! まっ、ともに、受けるもんじゃァ、ねえ、なあ」

男が身に纏う鎧と手甲は氣を吸い込むことで、硬度を高める性質を持つ。その強靭さはただの鉄のそれより大いに勝る。
ただ、鉄槌の直撃でも容易く壊れはせずとも、徹る衝撃はそうもいかない。
臓物を掻きまわし、打ち据えるような痛みはこみ上げるものとして、喉元から吹き出し、血の塊となって咳込む動きと共に零れる。
痛みはある。強く強く神経を掻きむしる。
だが、これほど身体の芯まで通るものは久方ぶりだ。木片を散らしつつ、ゆらりと立ち上がりながら男は笑う。嗤う。

宿儺姫 >  
「───ぬ、ッ!!」

鬼の蹴り脚は衝突した男を宛ら巨獣の突撃でも受けたかのように跳ね飛ばす。
その刹那、走ったのは鋭く、熱にも紛う瞬間的な痛み。
男を跳ね飛ばした女鬼の丸太を思わせる様の太腿にザックリと刃が刻まれ、先の一撃とは比較にならない赤黒い血を吹き零していた。
鋼の肉体と形容されようが、鉄を斬る一撃ならば斬り裂けるのも道理。

「っ、なかなか。叩き折れるような鈍らでもなかったのう」

深く斬り裂かれた片脚を僅か、上げるようにして断つ女鬼はその先、土煙の奥の男を見据える。
骨まで断たれてはいないのか、数瞬後には噴き出す血を力を込めることで無理矢理止めると、しっかりと地に足をつけていたが。

「くく。今の一撃で終わってはおらんじゃろう?」

深い一手を被り、火がついた…といった様相の鬼は一歩、また一歩と大地を踏みしめるようにして馬車の残骸へと向かう。
その度に脚の手向けられた深手からは鮮血が舞うも、さして気に留める様子もなく──。

影時 > 「なンせ、龍を屠るという代物――らしいからなぁ。試すつもりはあンまりないが」

四肢を武器、肉体を得物と化す手合いには交撃よろしく一撃を打ち込むのが、いい。
雌鬼の攻撃の強さ、疾さを思うと、躱したいと思うなら、己が考える以上に大きく躱すのが恐らく肝要。
だが、あのタイミングでは無理だ。そうとなれば少しでも勢いを削る目的で打ち込む他ない。
正しく刃筋を立て、氣を流す利刃であれば、遣ってくる向こうの勢いを併用してより一層深く斬り込めることだろう。
そんな小技を成せるのも、鈍らどころではない業物であればこそ。

「そりゃそー、だ。……この位の触りで死んでしまうなんて、恥ずかしさの余りに滅入るどころじゃねぇや」

すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。息を巡らせ、氣を巡らせ、心身を滾らせる。血紅がこびりついた口元が笑みを象るのを自覚する。
右手に握る刀の状態を確かめる。鬼血がまつわり付く刃に零れはなく、氣を流す手応えに異常はない。

「さァて。気張るか。まずは手前の手妻を御覧じろ」

口上めいた道化た言葉を吐きつつ手にした刀を放り上げ、羽織をはためかせて両手を構える。
指をくねらせ、組み合わせて紡ぐは印。喚起される術は氣を流すことで、現実と成る。
男の身体が滲み、薄れて――おぼろげになる。否、おぼろとなるのは幾つもの像が重なったように見えるからだ。
左右に三対、合計で6人、真ん中を入れて七人の同じ姿かたちの男が右手を振り上げ、その手に計7本となった刀を掴む。
名付けて分身:分ケ身の術。実体を持った分身を形成する忍術。

術者の左右に展開した分身のうち、左右の端に位置する分身二体が刀を構え、雌鬼の左右から挟み込むように切り込んでゆく。
雌鬼から見て右側は上から下へ切り落とす唐竹、左側は左から右へと振り抜く横薙ぎ。
剣の鋭さと篭る氣圧は足に切り込んだそれと、遜色ない。だが、この程度で終わるとは思わない。そんな生易しい鬼ではあるまい。

宿儺姫 >  
馬車の残骸に突っ込んだ、その土埃が晴れれば相手の様子をその視界へ。
ダメージを受けてはいる…が、絶命が近いほどではない。
それを見て取れれば、にまりと凶暴な笑みが深まる。
並の人間ならば今の一撃でもう向かってこようとはしない。
明確なる強者。影喰らいなどと呼ばれているだけのことは在ると。

「くく。面妖な…。幻術の類ではないな?」

鬼の視界にて展開されたのは、男の実像がブレ、増えてゆくという光景。
過去にシェンヤンの道士から受けた幻術で似た光景を見た覚えはあるが、それとは異なる。
刀を構える像それぞれが、確かな殺気を女鬼は孕んでいることを感じとっていた。

「どれが本物か…などと細かいことを考えるのは苦手ぞ!!」

牙を剥き鬼が吼える。
全身に漲った力はより脚からの出血を濃いものとする、その一方。
先程と同じ気勢にも関わらず、鬼の肩口、そして左の腹へと向けられた斬撃は──通らない。
幾重にも重なった年輪に切り込むかのような錯覚を与え、刃は肉に切り込んだまま押し止められる。
それを操る男の像目掛け、一撃で頭を潰さんとする鬼の爪が襲い、更に返す刀でもう一体の胴を引きちぎる勢いで掴みかかる。
被弾、しているにも関わらず全力で振るわれる鬼の一撃一撃は重く、そして破壊という概念に満ち満ちている。
しかしダメージを受けぬわけではないのだろう。
血こそすぐに止まりかけてはいるが、傷がすぐに癒えているようには見えない。
ただ闘争への意欲が高すぎて己の損傷に目がいっていないだけ、ともとれるほどの、脳筋である。

影時 > 幸か不幸か、この位では忍者は死ねない。生中な侍以上に鍛えている体躯はやわではない。
だが、まともに喰らえばほぼ間違いなく死ねるだろう。嫌でもそう確信できるのは、久方ぶりのことだ。
鎖帷子含めて防具は身につけない流儀でいたが、最低限とはいえ鎧を着けておいて正解だった。そう噛み締める。

「さァて、どうだろうな。いずれも俺は心得もあるが――」

刀を振る技こそ認可を得た剣技だが、侍にも見えて根本は忍者だ。勝利のために手を選ばぬやり方を好む。
愉しく戦えるのは良い。だが、どうせなら勝利を得たいではないか。逸る気はなくとも、そう思う。
身のこなしの速さで残像を生むこともできるが、術で生じさせた分身たちは違う。仮初だが実態を持ち、闘気を放つ。

「――あれらはどれも本物と同じように実体を伴い、宿儺。お前さんに斬り込める」

一拍、呼び名の前に持ったのは、アマツキと呼ぼうとしたから。真名があっても先に知り得た名があるのだから仕方がない。
分身の術。この術の会得を以て、男は単身でありながら軍勢のように振る舞える。
恐ろしい鬼の面を付けて顔を隠し、分身で群体を伴って跳梁した際は鬼面衆とも綽名されたものだ。今、この時のように。
一撃を連ねるだけ埒が明かないなら、一撃を同時に繰り出せばいい。二人が駄目なら四人。四人が駄目なら十六人と、ばかりに。
分身越しに感じる刃の手応えは、やはり異様。年月を経た大木に斧を叩き込んだ、とでもいうのか。そんな手応えと共に押し止められる。
力を籠め、刃を押し付ける分身たちを鬼爪が襲う。頭を潰し、胴を引きちぎる。血霧が飛沫く光景はまやかしのように広がり、破砕された分身が霧散する中で。

「次! 土遁……金剛砂輪剣ッ!!」

術者たる男は慌てない。跳び、分身を従えて雌鬼を中心に回りだしながら、号令を下す。
分身の二体が手にした刀を放り上げ、印を組む。すると刀が砕け、地面から吹き上がる土煙を巻き込んで円状に周回し、唸りを上げる。
生じるのは男の身の丈ほどもある、きらきらと光る鉱物を含む車輪状の砂礫の高速回転刃(ちゃくらむ)だ。
刀を氣に還元し、その分を術の原動力とすることで生じる紅玉等の高硬度鉱物を含有する粉末の回転を雌鬼の前後を挟むように投じよう。
大技のひとつだ。分身を維持しつつ、繰り出すには負担が強い。だが、下手な小技は肉体で防がれる。今までの数合でそう痛感した。

宿儺姫 >  
「──!!」

分身を叩き潰す、その四肢には確かな絶命させたという感触が残る。
であるにも関わらず、その肉体は霧散し消え失せる、という異様…!
一撃、また一撃と、分身は身体を砕かれながらも一太刀を女鬼の肉体へと残してゆく。

『術士を仕留めねば埒が明かぬ』
襲いかかる群体を振り切るように前進をはじめる頃には無数に斬痕が刻まれ、赤黒い血を滴らせるような姿となっていたが。
それでも鬼の命を脅かすには足りぬと、その足取りが示すかのように力強く、一人、また一人を薙ぎ払いながら、前進する。
そんな女鬼が歩みを止めたのは、男が次なる手を打った、その時──。

「っ、ぐ…!!?」

この戦いの始まりより、初めて、鬼が呻く。
女鬼を巻き込m、その頑強なる肉体を削り裂くに十分たる破壊力をもった竜巻。
爪を振り上げ暴風を巻き起こそうが、その嵐に飲まれるのみ。
嵐そのものを打ち砕かんと繰り出した拳の一撃さえ、その腕をズタズタに引き裂き、血風を撒き散らすだけに終わる。
──そのまま雌雄は決する、かにも思えたが。

「…ッ……■■■■■■────!!!!!!」

放たれたのは、耳を劈く程の鬼の咆哮。
並々ならぬ巨体を誇る龍の咆哮(ドラゴンハウル)ですら打ち消せんとするそれは、鬼の足元の大地を割る。
鬼を中心に発生した圧倒的なまでの衝撃波、ある種、"気"とでも形容すべき波動は周囲のもの、逆巻く刃の嵐を含む何もかもを押し流し、吹き飛ばすに至り──。

「がは…っ……!」

咳き込むように喀血する女鬼のギラついた眼が男を捉える。
自らの喉すらも擦り切れてしまう故に滅多と使うことのない行動ではあったが、窮地を脱するにはうってつけだった。

「く、く……今のは、良かったぞ……危うくなますになるところよ。───ぬぅ、んっっ!!!」

大きなダメージを見せながらも、鬼の選ぶは攻撃一択。
両腕を頭上に組み上げ、雄々しくも高まる力を全て、男の目の前の地面に向け叩き放つ──その一撃は、まさに発破。
巨大な爆発音としか思えぬ全方位攻撃の轟音を、夜の帳が織りはじめた街道へと響かせる。

影時 > 「ッ、づ」

分身を倒されると、その死の要因を追体験する。フィードバックされる。
忍者の数だけ、術者の数だけ同系の術はあろうが、体得した術は術者の馴染み方故か。そうした反動を伴う。
だが、斯様な反動を伴っても、それを上回るメリットが幾つもある。
術者と同じ練度を持つ端末を生じさせ、使役できる時点で十分過ぎる程に有意なのだから。

「――……! ぉ、ぐ、っぬ!!」

大技と呼ぶべき術を出した意味は、十二分すぎるくらいにあったらしい。
刀撃には氣の練りがまだ見いだせなかったが、甘い刀撃よりも間違いなく効果を見込める忍術は確かに見込んだものを齎した。
奮う屠龍の太刀がなくとも、竜の鱗や甲殻を切り開く対竜・対装甲術を想定した術だ。効いてもらわねばその甲斐がない。
だが、これで終わらないのもまた向こうも同じだ。耳を劈くばかりの咆哮が大気を戦慄かせ、血を揺らす。
竜の咆哮もかくやどころか、それ以上とばかりの氣の波動、衝撃波が地表を割り、氣が為す砂礫の高速回転刃を吹き飛ばす。
圧の凄まじさに男と術者と同じ姿をした分身たちも足を止め、身のそこかしこを切り裂かれながら一様に踏鞴を踏む。

「そっちこそ、生半じゃぁ、ねぇ……なあ!!!」

炯々と輝く瞳を受け止め、氣の光を宿す暗赤の双眸が輝く。愉悦を噛み締め、口の端を釣り上げる。
此れほどのものか。どれほどのものか。感嘆と果てしなさの鬩ぎあいに似た危うさが、快い。
一手間違えれば死につながる危うさが、滾る。生の実感を否応に増す。世は全く広い。こんな強いものが居るとは。
今もまた、そう。目の当たりにする動きに刀から離した左手を腰裏に遣り、蓋を開けた雑嚢から幾つかのものを掴み出す。
分身たちを前に出し、インパクトの瞬間に肉壁代わりとしながら、手にした黒い塊を纏めて投じる。
発破同然の勢い、大爆音に張り合うように爆ぜるのもまた、手製の火薬玉に他ならない。
掻き消える分身の群れで相殺し、少しの衝撃に感応して起爆する火薬玉の炸裂でさらに打ち消しつつも、尚も鬼力漲る発破に刀を打ち込む。

それでやっと、凌げる。

瞬間にしては長く感じる爆音が晴れた後、残るのは負傷塗れの男の姿だ。
咳き込めば、それだけで幾らでも血反吐が漏れる。瞼が傷ついたのか、左目を閉じながらも抗いの分だけ生を拾う。

宿儺姫 >  
地を揺らし木々を軋ませる炸裂音。
爆ぜたのは鬼が溌剌と迸らせた気だけに非ず。
黒煙が辺りを包む中、しばしの時が過ぎればそれを灌ぐように風が薙ぐ。
瞬時にとはいえ吹き飛ばされ圧の差が生じたその地点に九頭竜山の清涼な大気が黒煙を濯ぐように流れ込み──。

「…一つ、問うぞ」

その場には女鬼が悠然と立ち尽くしている。
斬痕、焼痕、打痕…見るに満身創痍と言っても過言ではない損耗。
それでも力強く両の脚は地を掴み聳えるが如く。

「この国の冒険者はお前のようなものばかりか…?」

そう言葉を零すと、女鬼は耐えかねたようにその場に片膝をつく。
些かもスマートでない、相打ちも上等とするような戦術の数々。
人間、という脆い器にあってあまりにも非効率な取捨選択……。

「──もしくは、我と同じく、莫迦か」

あれほどの芸当が出来るならば、いくらも力任せの鬼を雁字搦めに出来ただろうに。

影時 > つくづく、先に子分たちを鞄の中に放り込んでおいて正解だった。
このような状況で親分ともども生存せよ、というのは魔法が使える小動物であっても酷が過ぎるというもの。
黒煙が晴れゆくまでが、集中と相俟って非常に緩慢に感じられる。
だが、思うより。想像する以上に認識と実時間の経過の差異は激しいらしい。
風が吹く。破れた装束から覗く、様々な傷が生じた肌身には大気の清涼さは心地よさより痛みを伴うが。

「……なンだね」

女鬼に相対する男の姿は、幽鬼と呼ぶにはしっかりとしている。
焼痕はなくとも、爆裂に伴う様々な擦り傷、打傷、衝撃に伴う内傷、分身消失に伴うフィードバック。
だが、まだ立っている。それだけでこの男の生残能力の証明となるか。
傷が出来ていないとすれば、それは鎧に守られた箇所か同様の魔法的処理をされた雑嚢がある辺り位だろう。
手に提げた刀を右肩に担ぎつつ、かかる言葉に短く答え、少し考える。

「馬鹿、言え。……心当たりが無ェ、わけじゃぁないが、それだったら山の向こうの魔族の国とやらを我が物としてるだろう、よ。
 どっちかといや、俺がバカなだけだろ? せっ、かくの良い敵だ。
 
 こンなに強ぇなら、どンだけヤり合っても時間が足りねえってもんだ」
 
お前さんを死に物狂いで殺したい、わけじゃないからなぁと。そう言い足しつつ、にぃと浮かべる笑みは快い。
効率前提で手管を問わなければ若しかしたら、やり方はまた違っただろう。
目的のために自爆すらも是と出来るのが忍びでもあるが、この刹那をとことん味わいたいと思えば、または話も変わるか。
捕縛の術も心当たりがないワケがないが、それで縛れる程生易しくもあるまい。
あ、やべぇ。少し、血を流し過ぎたか。ゆらり、と上体が揺れれば、刀を咄嗟に杖とするように地に突き立て、上体を支える。
張り合い過ぎたが、敵があまりに強く――討伐出来なかった。そう報告すれば、一応の面目は経つだろう。鬼の武名と共に。

宿儺姫 >  
「……そうか。呵々、残念じゃな。いや、それは欲というものか、のう」

他の冒険者とやらもこれほどの手勢ならば…と思わなくもなかったが、当然か。

ぐ、と力を籠め、崩れた脚を再び立ち上げる。
立っている人間の前で、鬼が膝をつくわけにはいかないという矜持か。

蹴りに合わされた一太刀が一番良かった、などと鬼は内心思う。
あれもまた相打ちに近しいものがあったが、初見で蹴りに合わせる反応の疾さとその胆力…。
故に一番の深手となった。

「くっく。…あまり街道を悪路に変えるのも忍びない。
 手は貸さぬぞ。一応、決着はついておらぬからな」

よろめく影時に向けそう宣う笑みは鬼の獰猛さを宿したもの。
互いに傷塗れにも関わらずの大馬鹿二人が荒れた街道に佇む。

「この死合、預けるぞ影時…また戦るぞ」

名残惜しさなぞ微塵も見せず、地を蹴り鬼は街道沿いの森林へとその姿を消してしまう。
──後には荒れた街道、馬車の残骸、二人の戦いの痕跡たる血痕……そして、男が一人残される。
女らしく男への気遣いであるとか、精一杯戦った相手への配慮であるとかそういったものは気持ちの良いくらいに一切ない。
それこそ無骨に生きる武人、浅慮なるままに戦場を駆ける豪傑かのような振る舞い──先立っての邂逅、酒の席とは違い本当に女かも疑わしい。
そんな鬼との再会はやや頭の悪い喧嘩友達との一件の如く、一晩のうちに過ぎ去るのだ──。

影時 > 「俺の弟子は、とは思わンでもないが……いやぁ、お前さんと相対させるにゃまだ早ぇか」

己が弟子ならば可愛いという贔屓目は別として、どうだろうか。
竜と鬼が相対するという字面の良さは良いように思えなくもないが、経験の面で危うい。
生まれつきの天才が万事に通じる、とはいかないのが戦いの道だ。
己のような酔狂過ぎる生き方は、肉親たる雇い主も許容はするまい。将来(さき)のコトを考えれば薦め難い。
しかし、今この場の経験は、とても良い。何事にも代えがたい。
まだ己が練達にこれもまた、先があると思わずにはいられない。無為に鍛錬するより、意識できる何かがある方が良い。

「地ならし程度なら、とは思うが……そーゆー機微があるのは、意外だなァ。
 あい分かった、わかった。それでいい。ケリはまだついちゃねェ、からよう」
 
ともあれ、口にするほどの地ならしを土遁で為しうるかどうかは少々、今のこの時で心許ない。
だが、今はこれまで、というのは大馬鹿同士の認識として相違ない。
決着を付けるか否かが惜しい。まだやれる。もっとやれる。他の手管もありうる。幾らでも。どれだけでも思えれば。

「――ああ。また、戦ろうや」

血を蹴り、身を消してゆく女鬼を見送れば、ようやく緊張を解く。戦闘態勢を解除する。
刃を払って腰の鞘に納めるまでが一苦労。血の跡を引きずりつつ、残骸のまた残骸となった馬車らしき物の近くに座り込み、息を吐く。
緩慢な動きで雑嚢から水薬を取り出してゆっくりと嚥下し、一緒に出てきた毛玉たちに吃驚されたり癒しを受けて。
辛うじて動けるまで状態を整えるまで、暫しかかる。だが、それに増して幾度も半数出来る位に、この再開の刹那はとても色濃く――。
 

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道(過激描写注意)」から宿儺姫さんが去りました。
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道(過激描写注意)」から影時さんが去りました。