2025/04/18 のログ
アイシャ > 廊下を歩く姿が一つ。
わさわさと、重なって揺れる音はボリュームのあるスカートからするわけでもなく、豊かな胸のあたりからするわけでもない。
音の正体は両手で抱える必要がありそうな籠に、溢れんばかりにたっぷり詰まれた花びらたちがたてる音だ。

イフレーア・カルネテル邸では春になるとたびたび次女が庭園から籠一杯にお裾分けを貰ってきては廊下を闊歩する姿が見られる。
お裾分けをしてくれるのは庭師だけかと思えばそうでもない。
庭いじりの得意な使用人有志が成果物を分けてくれることもある。
そしてこの少女の場合はもっと特殊だ。
声なき声、姿を隠しながらも届く贈り物。
万物の精霊達の声を聴く耳を持っている彼女のもとには、自然からのお裾分けも少なくない。

「今年はとっても冬が寒かったから苺が立派ねぇ」

丸々と育った赤い果実を貰って早速一つ食べたのは少女と精霊だけの秘密。
籠の中身の大半は厨房へと持って行くものが殆どなのだけれど、その前に寄り道をするべき部屋が一つ。

「アース―ティ。
今忙しいかしら?」

叩いた扉は上の妹の工房に繋がる扉、基彼女の自室。
苺がおいしかったせいで、呼びかける声もノックするその音もどこかうきうきと弾んでいるか。

アステリア > アステリアは、極度の引きこもりである。
イフレーア・カルネテルの中でも1・2を争う引きこもりである。
それには理由がある。一つは、体に対するコンプレックス。
もう一つは、薬学や化粧品作成研究が楽しくて、外に興味を持てないという所。
そののめり込み方は、それこそ、自室がアステリアの研究室になるというレベルだ。
四方の壁には様々な薬品と、材料と、完成品がある。
そして、部屋の中に薬品を研究するテーブルがあり、そこにずっと座って作業をしている。
寝るときなどは、部屋の真ん中にあるベッドに倒れ込んで寝るような状態。

ちなみに、これでも整理整頓はきちんとしている。
研究者モードの時は、それこそ足の踏み場もないが。
そうではないときは、書類はきれいに整えられてラックの中へ、薬品もしっかりと封印されて戸棚の中へ。
誰が来ても、部屋の二面性に驚くのだ。
普段のアステリアの部屋などは、床が輝くぐらいに綺麗でチリが無いれべるだ。

今日のアステリアは―――。
研究はしていなかった。

「―――ひぅっ。」

最近は、妹の手引きもあり、学校に通うようにもなって、今までよりは引きこもりは少しずつ、改善しては居る。
それでも、慣れないものは慣れないし。
扉のノックにびくつくのは条件反射ともいえる。
それでも、扉の方に向かうのは、その扉の奥にいる相手が、判るから、だ。

「中姉様……。」

自分と双璧を成す、引きこもりである、一つ上の姉。
イフレーア家は、家族が多いのもあり、姉も兄も沢山いる。
だからこそ、呼び分けが必要と考えていて、アステリアは、アイシャの事を中姉さまと呼ぶ。
嫌っているわけでは無いし、むしろ親近感さえ覚えている。
双子の妹を除けば、一番なついている姉ともいえるから。

だから、そっと、扉を開き、おずおず、としつつも、姉を招き入れる。

アイシャ > 「うん、わたしだけ。
今は忙しい?入っても大丈夫?」

念入りに入室の確認をしたのは、部屋の中が賑やかになっているときに何度か調合のレシピ草案に足跡をつけてしまいそうになったことがあるからだ。
そして、自分だけであることを明確に告げるのは妹もまた人見知りであるから。
彼女にとって害をなす気がないものしかいないと解ってほしいのが理由だ。

丁度7人きょうだいは自分を真ん中にしていて、上に三人下に三人。
訪ね先でもある上の妹は互いに勝るとも劣らない引きこもりだ。
とはいえ、この姉のほうは意外と邸の敷地内のあちこちで内弁慶を発揮していたりもするから、恐らくは彼女のほうが一枚上手だろう。
けれど近頃は下の妹と共に学院に通うようになったと聞くから、その点でも妹のほうが姉の先を進んでいる。

「あのね、今年も菫が咲いたから、いいのを貰ってきたの。
他にも沢山お裾分けしてもらったから、厨房に預ける前にアスティが気になるものがあったらと思って」

山盛りというにふさわしい大きな籠一杯の春の香りをまずはお裾分けするように軽く揺する。
わさわさと花びらが揺れて、花や果実、時々青草のような清々しい香りもするだろう。
姉ひとりと籠が難なく通れるだけの隙間を開いてもらえば、それが入室許可だと理解した姉はさっそく中へとお邪魔することにした。

部屋の中を見渡すよりも先に床の上がまず綺麗であることが、今は研究者モードではないことを教えてくれる。
研究中は姉にはよくわからない硝子の器具や研究用のあれやこれやが乗っていないことを確認してから花籠をまずは置かせてもらうことにする。

「今日は菫だけじゃなくて、ウィステリアでしょ、タンポポでしょ、それから早咲きのバラとー…
あ、そうだわ苺食べる?今年の苺すっごく美味しいのよ!」

自分がおいしかったものは、家族にも食べてほしい。
だから早速とばかりに薦める。
籠の中には他にもいろいろあるのだけれど、まずはおひとつとばかりに丸々実った大粒の苺を一つ二つと取り出して妹の目の前に赤い宝石のような輝きが届くように見せて示した。

アステリア > 「えっと、大丈夫、です。」

念入りな質問に対して、答える返答は一つだけ。
両方の質問に対して、大丈夫と言う言い方になってしまう。
ものぐさではなく効率よく返答しているつもり……なのである、アステリア的には。
そもそも、家族が自分に害をなすような相手だという風には思っていない。
ただ……別の理由が多くある、と言うだけだ。

姉も、妹も、どちらの方が引きこもりか、なんて考えても、それを勝負等にはしない。
だって、本人的には必要な事で、引きこもっているだけなのだから。

「わぁ……。」

籠一杯の、様々な、花。
それだけでも、色々な匂いが部屋の中に広がっていく。
一杯あるお花を眺め、その色とりどりを眺めて考えるのは、ただ一つ。
そのためには、もっとよく花を見たいところだ。
という事で、しっかりと扉が開かれて、姉が入ってくる。
もともと、アステリアは、自分のコンプレックスの所為で人と会うのは苦手だが。
そこに家族は含まれない。
それでも、特にアイシャに対しては気を使ってしまう所はあるが、そこはそれだけ。
テーブルの上に置かれる籠。
そのうえに沢山あるのは花と果実と。

「あ、……わ。」

興味があるものが、と思ったが、それを制するように取り出されたのは、綺麗な宝石のようなイチゴ。
とても美味しそうで、甘そうで。
それよりもその色味が、アステリアの視線を釘付けにする。
そして、視線をアイシャの方へと向ける。

「えと、えと、いただき、ます。」

嬉しそうににこにこしている姉。
凄く、女性的な肉体をしているのに、子供のように楽しそうに笑っているのがとてもかわいらしい。
イフレーアのおうちで、一番女の子らしい女の子と言うのは、アイシャだと思っている。
長女は、ちょっと強いし。アステリアは論外。次点で、妹だろうか。
そんな風にアステリアは捉えていて。
それはそれとして、差し出されたイチゴを、小さな口で、少しずつ。
一口齧れば、芳醇な香りと、上品な甘さ、そして、引き立てるような酸味がとても美味しい。
小さく一口ずつ、食べる姿は小動物か何かに見えるやもしれない。

アイシャ > 妹の瞳が大粒の苺に釘付けになるのもわかる。
春の恵みを一身に集めたように輝く真っ赤な一粒は、本当に宝石のように輝いて見えるのだから。
差し出したその一粒を少しずつ啄むかのように食べている妹の姿は本当に可愛らしい。
これが下の妹相手ならば遠慮なく抱きしめに行くところなのだけれど、上の妹相手に急に抱き着いたりした日には大人しい彼女を驚かせてしまうのもわかっているから、うずうずと湧いてくるその衝動を抑えながら感想を待つ。
内弁慶とはいえ、きょうだいのことも特性も自分なりにだが解っているつもりだ。

「どう?どう?」

ジャムにするには惜しいほどの瑞々しさは妹に気に入って貰えただろうか。
本当は一つだけじゃなくて二つ三つと食べてくれてもいいのだけれど、妹には妹のペースがあるからゆっくり味わってもらうことにする。

その間に広い研究用のテーブルの上を借りて籠の中身を取り出しながら整理させてもらうことにする。
花は花ごとに、果実も苺だけではなく、柑橘類などもゴロゴロと出てくる
薬草類も種類ごとに分類して並べる様はちょっとした行商じみていただろう。

「とりあえず、ウィステリアとタンポポはジャムにしてもらおうと思ってるの。
ルバーブもジャムにしたあとタルトかしら。
バラもジャムにしてもいいと思うけど、前に化粧水か何かに使ってたわよね?
果物もジャムにしてもらうか、タルトにしてもらおうと思うんだけど…アスティはどうやって食べたい?」

妹に気を使われているとも知らない姉はのんびりと苺の横にオレンジを並べている最中。
彼女の食の進みを確認している間にナイフがなくてもむける薄皮のオレンジを一つ選んで香りを確認する。
薬草類も春に出てくるものが多いが、自分にはよくわからないのでこの辺りは庭師や精霊たちにお勧めを選んでもらっている。
妹の興味を引くのは果物よりももしかしたらこちらかも知れないと思いながら、果実を並べて終わった手は少しだけ手持無沙汰なのかバラたちを花びらの色ごとに並べたりもした。

「夏が近くなったらミラベルでしょ、チェリーに、ライラックもシロップにしてもらって…。
やだ、わたしすごくおなかが空いてる子供みたいじゃない?」

指折り数えてあげるものも大体は口に入れられる姿にしようとしていることに気づく。
流石に恥ずかしくなったのか、妹に思わず確認してしまう。
ちょっと、いや、姉としてかなり子供っぽいさまを見せてしまったのではないかと。

アステリア > 自分の事を見ている姉、その視線に少しばかり、否……しっかりと感じるもの。
小動物を見ているようなものなのが、何となくわかる。
それでも、今、出してもらっているイチゴのおいしさに、もきゅ、もきゅ、と食べている。

「うん、とても、おいしい。
 プティには……?」

姉の質問に対して、にっこり、と朗らかに笑って見せる。
そして、自分の片割れである双子の妹には、もう食べさせたの?と首を傾いでみる。
それでも、止まらない様子なのは、本当にアイシャの持ってきたイチゴが美味しいという事の証拠だ。
そして、四次元何たら、みたいな感じで、いっぱい出てくる果物たち。
柑橘系に、甘い果物、そして、薬草。

「うー……ん。
 ジャムが良いかな…。いろいろなものに使えるし。
 特に、紅茶とかに入れて飲むの、おいしいよ?」

タルトもとても気を惹かれるけれど。
でも、汎用性でいうならやはり、ジャムだろう、アスティの好みでいうなら、と。
それよりも。

「中姉様。
 このイチゴのような赤い口紅とか、ローズの色の口紅とかも、どうかな?
 余り紅いと、下品かなぁ……。」

ローズの香りの香水や、化粧水は作っている。
あの、覚めるような赤の口紅は、どうだろう。目の前の美しい姉を彩ることもいいし。
妹にも、作ってあげたいな、と思うけれど。
ただ、赤はあまり強すぎると下品にも見えてしまいそうだ。
だから、もう少し控えめなほうが良いかなぁ、と思いながら、で。

「ううん。大丈夫だよ。
 中姉様、可愛いから。」

子供っぽい、そういう質問には、首をプルプル横に振って見せる。
だって、そんな姿も可愛い、それが、姉の魅力だと思うから。
それに、楽しい事を楽しそうに話すのは一番だ。
自分もそうだ、興味あることを話すのは一番楽しいから、もっとお話、聞かせて、と。

アイシャ > 「ふふ、よかった!気に入ったらもっと食べていいわよ。
あ、庭からまっすぐにアスティの部屋に来たから、プッシィには未だなの。
だから、プッシィの分は残してあげてね」

苺を食べているだけでこんなに可愛い上の妹。
下の妹も同じように並んで食べていたらもっとかわいいに違いない。
だってどちらも自分よりも小さくてとっても可愛らしいのだから。
小さく咳ばらいをしてすっかり緩んだ頬を持ち直しつつ

「やっぱりジャムがいいわよね。
紅茶も美味しいし、わたしはスコーンにたっくさん乗せて食べるのも大好き!

……ううん、やっぱり食いしん坊だわ…。
気をつけないと」

大丈夫、と言ってもらったばかりなのにすぐこれでは。
体型がただでさえアンバランスだという自認があるのに食べる事ばかりではあちこち増えるばかりだ。
庭を歩き回ったせいでおなかが空いているのだろうかと心配になって、自分ももう一つ食べるために苺に手を伸ばす。
齧りつく口も、一口も、妹よりはやはり大きい。

「あら、何か思いついた?

んー…口紅はちょっと使い手を選びそうよね。
ローズの口紅もそうだけど、はっきりした色は母さまや姉さまのイメージかしら、わたしは」

かく言う自分も、あまりはっきりとした紅は顔が負けるほうだ。
けれど自分のお裾分けが妹の研究欲を刺激したのなら光栄な話。
ユーザーの一人としても作り手に意見を届けるのは大事なことだろう。
何より、苺を本当に気に入ってくれたのだとわかるからこそ、もう一口苺をかじりながら少し考えて。
ふわっと思いついた、とばかりに、あ、と小さな声ひとつ。
食べかけなのは行儀が悪いと思ったのか、最後まで食べ切ってから

「そうだわ、グロスにしてみるのはどう?
薄付きにする代わりに、苺の香りと味がするの!」

名案!とばかり、嬉々とした表情で商品提案を傍らの妹へ。
指先からも、唇からもほんのり苺の香りがするからこその思い付き。

アステリア > 「中姉様……。
 流石に、外では、その愛称は、やめてくださいね……?」

妹の愛称、それは二つある。
流石にプッシィの方は、あまり言わないほうが良い。理由は、判るだろう。
残しておくのは、残しておくつもりもあるので、こくこく、と頷く。
緩んでいる顔に、気も緩んでいるんだろうな、と、思っているから。

「はい、ジャムなら、甘さも良いですし、ずっと持ちますし。
 スコーンにつけてもおいしいですし、見た目もきれいだし。

 中姉様、一杯食べるところは、とても好き、ですよ?」

そう、おいしそうに食べる姿は、とても、とてもかわいらしい。
妹から見ても微笑ましくて、もっと見てみたいと思ってしまうものである。
それに、姉の豊満なバディは、そこから作られているのだと思うと。
真似をしたのは良いのかな、と思うのでもあった。
ぱくり、とイチゴを食べる様子に、凄いなぁ、と。

「いつも、プティに合わせて、作っていたけど。
 中姉様とか、大姉様、お母様にも、と。
 やっぱり、強い色は、使う人を選んじゃうよね……。」

プティに合わせているのは、大好きだし、今後も続けたい。
それに対して、新しいルート、新しい考え方を発掘するためにと。
純粋に、姉にも喜んでもらいたいと思ったのもある。

「グロス……!」

姉の提案に、其れだ、と手を合わせる。
グロスの様な色艶を重視したものなら、薄化粧レベルにもなるだろう。
それはとても、良い提案だ、と思った。

「ありがとう、中姉様!
 お試しに作ってみるけど、どんな色のグロスが良い?」

姉の提案なのだから、姉の好みに合わせて作ってみたい。
味とか言うなら。
どんな味がいいのか、と、それを聞く。
オレンジ色系のも、と、並べられた柑橘類を見てみる。
青系は……流石に、かなぁ、と。

アイシャ > 「あっ」

指摘されて慌てて口をふさぐと同時に両手がその口を覆う。
今までのように引きこもって自邸にいるだけならまだ目を瞑っていてもらえるだろうが、邸の外ではそうはいくまい。
謝罪と了解を込めてそのまま首を縦に何度も振った。
姉である自分が妹の不利益になってはいけない。

「…ジャムは保存食だものね。
春にたくさん作って貰ったら冬まで楽しめるわ。

ええ…でもつまり、アスティはわたしが食べてるところじっくり見てるってことでしょ。
家族のみんなにも見られてるってことじゃない、もう、恥ずかしい…!」

口を塞いでいた掌は、そのまま横に滑ってすっかり赤くなった頬を包む。
決して固いとも薄いとも言えない頬はどちらかと言えばふっくらと柔らかだ。
これもたくさん食べている証拠だろうし、何よりそれを見られているのだと自覚してしまえば猶更顔が赤くなる一方だ。

「姉さまはあんまりしっかりお化粧される方じゃないけれど、やっぱりしっかりした色のリップが似合うと思うの。
母さまはしっかりした色も柔らかい色もどっちも似合うわよね。
わたしはどうしても顔がこどもっぽいから…」

だから強い色はやはり合わない、そう伝えようとした口が止まったのは妹への提案が受け入れられた気配を感じたからだ。
折角やる気になっているところに水は差したくないし、どうやら早速食指が動きだしているらしい。
下の妹のために色々作っては試しているのも知っているし、自分もその恩恵を受けている。
ここはやる気が出てきた彼女を応援するのが姉の役どころだろう。

「お試し?
そうね、ええと…どんな色、どんな色…ウィステリアは違うし、タンポポはちょっと元気がいい感じになりそう」

折角だから、持ってきた花籠の中のものも有効活用してほしい。
あれやこれやと花や果実を見比べ、ピンときた一つを妹の前に。

「バラも色々あるけれど、私はこういう色が好きだわ」

選んだ一輪は春らしい柔らかいピンクでもなく、かといってエネルギッシュな赤でもない。
少しオレンジが勝ったような、それでいてそれとなく控えめでもような、コーラルピンク。
リップよりも薄付きになるグロスにしたなら、程よい血色を与えてくれそうな色だ。

アステリア > 「もう、中姉様ったら……。」

流石に、それだけはお願いします、と姉に、ぷく、とほほを膨らませて見せる。
ただ、自分達の、と言うよりも。
そういう言葉を、外でいう姉が、どうなるのか、も考えているのだ。
この国を考えるなら、エッチな目に合うに違いない。
姉の方の危険性の方が危惧されてしまう事だから、と。
だって、こんなに可愛い姉なのだ、色々な男性が懸想するし、手を出したがる。
そんな姉が、卑猥な事言えばOKと取られても仕方がない。

「ええ。美味しいジャムがいっぱいあると、うきうきするわ。」

姉程では無いが、食べること自体は嫌いではない。
好き嫌いはないし、でも、体格は……どうしてここまで似てないのだというぐらいに、アスティはやせている。
基本動いてないし、鍛えてないからかもしれないけれど。
そういう意味では、姉の方が母の遺伝が強い気もする。
うらやましいなぁ、と姉のナイスバディを恨めしそうに見る妹だった。
それに、そんな状態でも可愛いのは卑怯だ、と。

「中姉様は、それでも。
 化粧の方法に、服装少し変えれば。」

そもそも、お母様の血を引いているので、アイシャもまた、愛嬌は強くても美女だ。
だからこそ、姉の自己評価と少しずれてしまえども。
強い色も、合わせることはできる、と思うのだ。
何事も、組み合わせ、だ。他の色の服装などと合わせて、とか。
化粧に関しては、アステリアは学んでいる。
可愛いじゃなくて、綺麗にもできるんですよ、と。
お母様の娘なのだ、だから……と、きらりん、と珍しく目を輝かせる。
大丈夫、化粧に関しては、否定されたぐらいでへこまない。
そう、否定さえも……次につながる為の情報になるのだ、と。

「わかりました。
 じゃあ、その色のグロス、作りますねっ!
 ふふふふ。」

楽しい、嬉しい。
妹を彩る化粧を作るのは大好きだ。
それは、姉をきれいにする化粧を作るのも、大好きなのだ。
姉の好みの色を、どのような感じにするのが良いだろうか、アスティは燃えている。
せっかくなので、姉用の新しい下地に、グロス、チーク……一式作ろうかなぁ、と。
悪い事を、考える妹。

アイシャ > 「ちゃんと、気を付けるわ」

頬を膨らませている様が可愛い、なんて言っている場合ではない。
妹に釘を刺される姉というのは、世間から見たらどういうものなのか。

口は災いのもと、そう深く心に刻みなおしていれば、妹の視線を感じて首をかしげる。
まさか自身の体形のアンバランスさを羨ましいと思われているだなんて露ほども思わない。
そして、それが恨めしいと思われていることすら。
そそっかしい姉を不安に思っている妹。
姉の目から見たら、可愛い妹の今の姿はそう見える。

「…そうかしら?」

男女問わず顔がいい家というのはどうしても目が肥えがちだ。
使用人たちも両親の好みとばかりの選りすぐりの美男美女たちに囲まれていると世間の基準がよくわからなくなってくる。
通学のために外に出る妹と違い、未だ自邸で内弁慶を拗らせている時間が一日の中でも最も長い姉だからこそか。
母も姉も頭半分くらいは自分よりも背が高くてすっとしているから、余計に自分の縦に潰れた感を強く感じている。
二人のように伸びなかった身長も、局地的に育ちすぎている胸もすべてがコンプレックスそのもの。

けれどそんな姉を余所に随分とやる気がみなぎっているらしい妹の様子は少し驚いてしまうくらい珍しい。
可愛らしい頭の中でアレコレ画策しているとは知らないまま、けれどやる気を出しているのは何事もいいことだ。

「本当に?嬉しい、楽しみにしてるわね。
あ、でもそう、いつものものお願いしたいわ」

いつもの。
その言葉が示すものは妹の頭の中に含まれていただろうか。

妹の作品の中で最も世話になっていると言っても過言ではない菫の香水。
毎年この時期には壜の底が見え始めることもあるが、菫の花期である今だからこその依頼。
もちろん、そのために花期の盛りの、最も香水の作成に適した頃合いの花を選んで持参するのだ。
研究用のテーブルに並んだ花たちの中で、見た目は最も地味だけれど香りだけなら度の花にも負けていない。

アステリア > 「そうですよ?」

可愛さ、美しさと言うのは千差万別だ。
長女の力強い美しさ、母の妖艶な美しさ、それらは、全て似てるようで別だ。
家族としても、まったく同じではないのは、兄弟姉妹を見れば、判る事だ。
小兄さま……三男に至っては、女の子のような化粧をすれば、男の娘になるだろうし。
二女の、アイシャの可愛らしさを含む美しさもある。
美男美女の家族だし、使用人たちも又そうなのだ。
そして、誰もかれも、コンプレックスを持つ。
姉には姉の、アスティには、アスティの。
形は違えど、誰しも、思う所はあるという事だと思うのだ。

そして、やる気スイッチがかちりとはまっている所に、掛けられる言葉。
アステリアは、姉の顔に視線を向けて。
こくんと、大きく頷く。

「大丈夫です、中姉様。
 ちゃんと作ってありますから。
 でも、せっかくこんなにあるのですから。
 いつもの、以外も用意しておきますね。」

菫が大好きな姉。
綺麗で、良い花だと、アステリアも思う。
彼女のための香水を作ることは、苦ではないし、むしろ楽しい。
今回は、籠にいっぱい、花を持ってきてくれているし。
姉がやる気スイッチを押してくれたから。
普段とは違うのも作って渡したい。
時折、違うのを気分転換などに使ってもらうのも、嬉しいと感じているから。

「後は……。」

普段は使わないものを使ってみるのも、いいかもしれない。
姉が持ってきてくれている果物や、花、薬草を、吟味してみる。

「桃。」

ふと、意識を向ける。
高級な果実だが、甘くていいにおいの果物。
それも合うんじゃないかなぁ、と。

アイシャ > 「そう……そうなのね、きっと。
アスティが言うのなら、信じるわ」

自分自身に自信が始まったのは今に始まったことではない。
けれど、母と同じくらい、もしかしたら母よりもずっとずっと美を追求している妹の言うことなのだ。
それも、付け焼刃などではなくきちんと学んで、理解したうえで研究を続けているのだから信じるための要素は既に揃っているようなもの。

大きく頷くその姿も、自分の制作するものに自負があるのだろうとわかる。
研究者スイッチが入っていないときの、時々心配になるほど自信がなさそうな姿を知っているからこそ今の妹の姿はとても眩しい。

…まさか、妹が想像の中で弟にまで化粧させているとは知りもしない。

「嬉しい、今年もたくさんつけられるわ。
……いつもの、以外?
気になるけれど、今聞かないほうがいいのかしらね」

スイッチが入るどころか、最早ボルテージが最高潮なのかもしれない。
恐らくこんな風に作ることに神経が限りなく集中していくのだろう。
きっと、イフレーア・カルネテル家の小さな薬師は新しいレシピをあれこれ考えているうちにこんな流れでいつも部屋をにぎやかにしてしまうのに違いない。

「桃?桃もグロスに使うのかしらね。

もう少し集中して考えるなら、お茶淹れてきてもらう?
ずっと考えていると頭がいっぱいになってしまうから、休憩は大事よ。
わたしも少し喉が渇いちゃったし、どうかしら」

先んじて花期が終わった果物の名前が聞こえてきてきょとんとする。
数が多いわけではないけれど、極早生のものを少しだけ籠の中に入れてもらった。
香りはいいけれど桃だけで食べるには未だ少し固いから追熟させることを進められたそれだ。
さらりとしているけれどほんのり表面の産毛を感じるピーチスキン。
どうぞ、とばかりに差し出したそれは妹の研究欲を果たして刺激することが出来るのか。

庭から戻って口にしたのは苺だけだから、喉が渇いているのは本当。
そして、やる気全開になっている妹を応援したい気持ちもあるし、何より滅多に見られない妹の作業風景を拝めるかもしれない貴重な機会だ。

妹が是を返してくれるなら扉から少しだけ顔を覗かせて侍女が通りすがるのを待って飲物を依頼するつもり。
研究モードの妹が許してくれる限り、姉はじっくりと研究者姿の妹を堪能させてもらうことにした。
勿論、意見を求められたら思いつく限りの回答をしよう。
花やら果実やら薬草やら、様々な春の香りの混じる中で小さな薬師が魔法を使い始める様に、自分もわくわくしながらその魔法をじっくりと見せてもらったわけで──。

アステリア > 元々は、母に教わった化粧。
母は、自分に自信を付けるために教えてくれたのだろう。
しかし、その矛先は自分の双子の妹へと向かってしまう。
ただ、其れでも自信にはつながったので、母の目論見は成功した模様。

それは、今では、兄を通じて、ブランドとして売り出され、イフレーアの財源のうち一つ、となっているから、判らないものだ。

正直に、可愛いもの、綺麗な物を、さらに。
そんな所に意識が向いてしまっているのだろう。

「中姉様、大好きですもの。
 いいえ。
 ラベンダーとか、桃、とか。
 気分を変えたりするのに、いくつか作ろうと思っているので。
 中でも、好みを教えていただければ。」

それに、気に入らないなら、それはそれで、なのだ。
自分で使うのもいいし、改良するのもいいし、欲しがる人に渡すのもありだ。
秘密、というのはあまりしないでおくつもりである。

「そうですね。
 少し、お茶にしましょう。」

姉様の気遣いに、ありがとうございます、と頷いて見せる。
自分の好きなことに集中してしまいがち、だけど。
言われて、喉が渇いたことに気が付く。

差し出された桃を受け取り、くん、と軽く匂いをかいで。

そのあと、姉とお茶を楽しんだ後に。

珍しく、研究所と化す部屋の中で。
姉が見ている前で、姉に意見を求めながら、香水や化粧品を作るのだろう。
そんな、ちょっといつもと違った一日だった―――。

ご案内:「イフレーア・カルネテル邸 邸内」からアイシャさんが去りました。
ご案内:「イフレーア・カルネテル邸 邸内」からアステリアさんが去りました。