2023/10/10 のログ
リーナ > 「あらあらぁ?」

 扉を閉めようとして玄関に移動した丁度その時か。
 一人の男性が担ぎ込まれてくる、その男性の身成は良さそうだ、服装や装飾品は高価なものだと。
 竜の目は、自然とそう言った物を鑑定してしまうのだ、習性なので仕方ない。
 入ってきた初老の男性は、息を切らせて、必死の様子。
 その背中には、ぐったりとしている男性が背負われているのがみえる。

「こんばんはぁ、急患と言う事ですねぇ?
 判りましたぁ、此方へ、どうぞぉ。」

 彼が何者か、と言う所は、気にしてはいない、大事なのは、毒を飲まされて、緊急事態だ、と言う事。
 本来は、ドクターに見せる所ではあるが……ドクターはもう、家に帰っている。
 まずは、男性を―――ぐったりしている男性を軽々と横抱きに持ち上げる。
 少女の小柄な体では、想像できないような膂力。
 男性を持ち上げ、初老の従者に、此方へ~と、とことこ歩いて誘導する。
 大きな二つの乳房が、男性の顔に、むにゅんぷにゅん押し付けられるが、それは今気にすることではない。

「ドクターはもう、お帰りになられているので、(わたくし)が今回は、手当させて頂きますわ。
 因みに、毒の種類などは、お分かりに?」

 施療室へと連れて行き、清潔なベッドに男性を寝かせつつ、初老の従者へと問いかける。

アティル > 初老の男性からすればその膂力は驚くべきものだったが、感謝したように後ろについていく。
明らかに力尽きかけていた自分より早く運んでくれているのだから。

『わかりません、ただ、グラスに入った最初の洋酒を呑んでいました。
直後、急に心臓を抑え頭を掻きむしってそのまま倒れ……。
血を吐いていないのですが見る見る内に顔色も悪くなり……。』

意識があれば歓喜する状況でも、今の当人は意識も朦朧としており、聞こえる声も濁って誰の声か。
いや、声か音かすら判断が出来ない状況。
体温がやや低くなっている事は少女の手や胸から伝わるかもしれないが。

ベッドに横にさせられた時に白いドレスシャツにワインの物とは違う黒いシミが付着している事が見える。
裏の社会で稀に使われるメッセージ性が高い毒の種類である事を伺わせつつ。
ドレスシャツを引き裂けば心臓付近の肌に黒い蓮の花を思わせる紋様が浮かびつつある。
最初に興奮毒が心筋を酷使した後、速やかに筋肉を弛緩させる事で全身に酸素不足を促す毒。

メッセージ性の強い毒として近頃話題になる事もある『the last light』
蠟燭の最後を思わせる一瞬の輝きの様に心臓を激しく動かす毒。
解毒だけでは足りず、心臓周辺の筋肉を外部から動かす事
血流を促す事で回復する余地はある。――取り込まれた毒を排除か、浄化出来ればだが。

リーナ > 「ふむふむぅ………。
 そう言う毒の症例はぁ、幾つかありますねぇ。」

 のんびりと、間延びしている少女の声だけども、真剣に話を聞いて、真剣に返答をしているのは見て判るだろう。
 へにょ、と残念そうに眉根を落とす。
 現に、今も彼の呼吸は浅くなっていき、汗の量もひどい。
 毒が回っている、と言う事が判る、早急に手を打たなければならないのだが、その毒が、判らない。
 ナースとして、勉強中の少女では、今の彼の現状から毒を推測するのは難しいのだ。
 此処の医師であるドクターがいてくれたなら、的確に行ってくれたのかもしれないが。

「本当の所はぁ……医療で何とかぁ、したい所なのですがぁ……」

 患者さんの容態は良くはなく。
 悠長に教科書を開いて毒を調べている余裕などは、無い。
 ドクターの事を呼びに行く暇も、なさそうだ、戻って来ても、手遅れになるのが見て取れる。

「うぅん……仕方がありませんねぇ。
 緊急処置を、行いますねぇ。」

 本当は、人を医療行為で直したかった、魔法は才能に左右されるものであり、出来る人できない人がいる。
 しかし、医療技術は、学べば誰でも行える技術なのだ、それを学ぶ為に、診療所にいるのだけども。
 それに、先生がいない時の緊急事態に、魔法での治療行為は許可を得ている。


無限光(アイン・ソフ・オール)照らせし十の神聖(とおのセフィロト)
 魔書(grand grimoire)を繰りて四詞神諱(YHVH)を駆動せしめよ!』

 魔術の為の鍵言を繰り始める、叔母である竜胆直伝の魔法は、魔導書を必要とするが、持ってはいない。
 だから、魔力を循環させて、リーナは仮想魔導書を作り上げる。

「聖なるかな聖なるかな、死ぬべきではない命よ、主のささやかな祝福に寄りて癒したまえ、癒したまえ、神の子よ。
 彼の者、神の子。その怪我を、毒を、病魔を、障害を彼より取り除き給え。」

 癒しの魔術、治癒魔法、神の奇跡ではなく、魔法と言う体系で、治療を目的とした魔術。
 毒が判らないならば、毒と言う概念から取り払えばいい、と。
 魔方陣が作り上げられ、男性の周囲に回り、配置されて。
 彼の中から、毒が浄化されていく、それと同時に、魔力による体力回復を並行で行うのだ。

アティル > 『無学で申し訳ありません……。』

声の質で判断をする様な事は無い。
少女は此方の話を聞いて、その上で返答をしている。
人を幾人も見ている従者だからわかる事だ。
そして眉根を落すほどに真剣な、慎重な判断をしてくれたのだろう。

『緊急処置………!ありがとうございます!』

緊急処置であっても、それは間違いなく処置であり、医療。
回復に繋がる行為と信じている。
固唾を飲んで見守る中で始まるのは薬を取り出したり、医療道具を取り出すといった物では無かった。
だが、繰り出されている声音には魔法に通じていない人間でも
『何かの始まり』なのだと言うことくらいは感じ取れる。

毒と言う概念。死を齎す死神の鎌は、今正に振り下ろされ、首に浅く食い込んだ状態。
だが、魔法陣が作り上げられ。ベッドで土気色になっている男の顔に、呼吸に少しずつだが変化がもたらされていく。
毒と言う概念が消失すると衣服の中、開花寸前の黒い蓮の花は消え失せ。
共に心臓周りの筋肉から正常な動作が取り戻されていく。
魔力と言う既知の物――フィラスメンタ家の至宝を通じて知っている力が失われていた体力を回復させ。

酸素の不足。血液の不足。それによる各身体機能の低下を瞬く間に回復させていく。
治療の魔術は的確に死神の鎌を打ち砕き。土気色から青白い顔色。
そこから血色が戻ると浅かった呼吸が漸く落ち着いてくる。

「――……ん、ごほっ。ごほっ。
……ふぉふぉ、は。」

茫洋と瞼が開かれると、呼吸が回復した事により咳き込み。
洋酒の残っていた物が少しばかりのつばと共に飛び散っていく。
未だ瞳の焦点が合わないのは殆ど蘇生に近い状況だったからか。
碧眼が少しだけ左右に揺れて、従者と。
恐らく、自分を救ってくれたのだろう少女を目にしていた。

「あひ、ふぁふぉう」

ありがとう、と言いたかったが、まだ舌がもつれている様子。
素直な感謝を述べて、髪の毛が僅かに揺れる。頭を下げようとしたらしいが、筋肉が動いてくれなかった様だ。
もう少しで完全回復と言う所だが、もう命の心配はないだろう。

代わりの様に従者が頭を凄い勢いで少女に向かって下げて感謝の言葉を向けている。
天使だと。――女神だと。

リーナ > 「無学を言うなら、(わたくし)も同じですわぁ。
 何せ、判らないのですからぁ。」

 執事さんだろうか、彼の謝罪に関しては、少女も首を横にふるふると、振って見せる。
 金色の髪の怪我、ふわり、揺れ動く。
 勉強をするものとして、医療に携わる者として、命に係わるのにそれを分からない、と言うのは恥ずべきことだ。
 なので、不勉強を、恥じるのだった。

「何より大事なのはぁ、命、ですからぁ。」

 医療が出来ないとして、救える命を見捨てるよりも、出来る事をして、救う方が大事。
 それは、この診療所のドクターも同じ意見だ、なので、大丈夫ですよ、と、にっこりふんわり笑って見せて。
 魔法の力で魔導書を、魔方陣を作り出しての回復。
 本来は、魔導書を使って行う物を、魔力だけでやっているだけあって、魔力の消費が激しい。
 それでも、リーナは人竜ゆえに、人と、桁の違う魔力を持つ少女だ、両親の資質もまた、有るので、魔法の親和性は強い。
 だからか、魔力をしっかり使って、彼の治療を行うのだ。
 魔力で毒を分解し、分解し、無害になった毒を取り払い、彼の体力を回復させる。
 ただ、ある程度回復した所で、体力の方は止めて置く。
 生命力、体力は自然に回復させた方が良い所もある、ある程度は、急速に魔力で回復させても。
 人の本来の命の力は、己で回復させた方が、更に上限が上がるのだから。

「あらぁ……?」

 彼の手にある何か、普通ではない、魔力の籠るお宝に視線が向く。
 成程、と思えばそこに魔力を集中すれば、彼の回復速度は跳ね上がるだろう、効率よく吸収されていくのも見える。
 彼の意識が、戻るのも確認。

「もう大丈夫、ですねぇ。」

 毒の分解も、毒の成分も感じられない、そして、体力も回復して、後は自然回復に任せるレベルで良いだろう。
 魔力で作った魔導書を消して、魔方陣が消えていく。
 最後に、本当に大丈夫だったのか、と触診を。
 目を見たり、肌の調子を確認するように触れたり。

「あと、今回は、緊急事態、の様でしたので。
 お金は取りませんわぁ。
 ちゃんとした、先生の問診なども、行って居なかったのでぇ。」

 なので、お金は気にしないで良いですよぉ、と。にっこり。

アティル > 回復速度が跳ね上がる。足りない部分への足りない成分。
失われた体力に急速な回復に追いつくだけの体力が少女の方から流されてくるのが理解出来る。
普通の人間では考えられない容量の魔力と魔法の力量と言う事だけは辛うじて理解出来る。

「……ありがとう、助かりました。じい、外で少し待っていてくれ。ありがとう。」

魔法と言うのは自分で扱う事は口に出せない行為をする時だけだ。
少女の様に、誰かの為に使う人間等そうそういない。
だから、目の前の少女の言う大事なのが命だと。
金銭の類も不要だと言う声には、それは違う、そうあってはいけないとふるふると。首を左右に振った。
従者には、少しだけ外で待っている様に伝えつつ。室内に二人になってから、改めて頭を下げる。

触診をすれば、冷えていた体温もすっかりと戻り、肌の弾力も少女の指を力強く押し返すほど。

「……いえ、助けられて。しかも時間外だったのでしょう?
先生がいないと言う事は、つまりそういう事です。」

困った。少女は純粋だから本当に言葉通り。命を第一にした結果が今の状況なのだろう。
だからお金を支払わず、命も助かってラッキーだなどとは思えない。
といって、素直にお金を受け取ってもらえるとも思えないし……。

ベッドから背を起こし、真っ直ぐに少女の方を見つめて、もう一度頭を下げる。
その後で少しだけ困ったような表情を浮かべるのだ。
悪党にも、悪党なりの矜持はある。
それが何もなしで終わらせてしまう事を良しとは出来なかった。

「それでも、貴女からは代価を受け取るに値する事をして頂きました。
……金銭を受け取れないのであれば。何かしらの御礼をさせてもらいたい。
肉体面は大丈夫ですが、メンタルのアフターフォローと思っていただければ。」

と。言葉を切って考え込んだ。自分は余りにも人との付き合いが少ない。
少女のような人でも、受け取ってもらえるようなものがどういう物か判らない。
と言って、相手が喜ばない事をするのはただの独りよがりだ。
少しだけ視線が下に向きかけたが、慌てて宙の方を見て少し考える。

「……それならば、今度のお休みにでも。
近場のパフェでもご一緒に如何ですか。」

コミュニケーションを取る事。それを苦手ともしていた貴族が精一杯頭をひねった結果がこれ。
受け取ってもらえるか判らない御礼の仕方だが、たしか若い女性。幼い女性は甘い物が好きなのが一般的。
どうかこれを受け取ってもらえないだろうか、と言う精一杯の申し出だった。

リーナ > 魔法は、僧侶の使う神の奇跡ではない分、同じ回復に関して。一段、二段は低くなる。
 と言って、神の奇跡など、魔法よりも稀少と言う事であれば、広く使える、この国には、魔法の道具、だってあるのだし。
 彼の回復を確認し、認識し、嬉しそうに、こくり、と頷く。

「いえいえぇ。医療従事者としてぇ、当然のことを舌だけですよぉ。」

 そう、ヒーラーなのだ、医療従事者なのだ。
 治療することは当然のことで、救う事はやるべき事なのだ。
 人の命こそ、大事な物である、その集まりが、国となるのだから。
 それに、この医療に関しては、医療してはいけない、ナースが行って居るのだから。
 本来は見咎められてしまえば、リーナはつかまるようなこと、に成るのである。

「そうですね、時間外ではあります、たまたま、(わたくし)が、居たから、行えた……と言うだけですわぁ」

 お礼など、必要としていない、感謝してくれるなら、そして、健やかでいてくれるなら、良いと思う。
 リーナは、お金に価値を感じても、それを焦ってもらう必要はない。
 そもそも、お嬢様なので、お小遣いも、いっぱいあるし、此処で働いているので、さらに、だ。
 頭を下げる様に、むしろ、辛い体勢になるのだから、とあわあわして止める位。

「うー……、そうですわねぇ。
 (わたくし)としては、貴方様が、元気に、健やかに生活してくださる。
 それで十分なのですが……ぁ。」

 彼の言葉に対し、困惑も、当惑もある。
 対価、と言う物は求めて居ないのに、とそれでも、と言う彼。
 メンタルに関しては、アフターフォローどころか、心の病気に関する学びは未だしていないのだ。
 それをしても良いのだろうか、と。
 そう悩んでいた所で、リーナの視線は、彼のドレスシャツに。

「そうですね、今度、そのドレスシャツ―――に付いた、毒を。
 先生と一緒に調べて、同じ毒に困る人の為の解毒剤を作りたいですわねぇ。」

 そんな風に。今と言わないのは、彼の服を今取ったら、着る者が無くなるから。
 だから、今度と思った矢先の提案。

「ぇ……?そう、ですね。
 術後の経過観察、と言う形にもなりますし……、でも……。」

 パフェのお誘い、パフェ自体は、興味があるけれど、とても高いものだ。
 それは良いのだろうか、とあわあわする。
 会う、それ位なら兎も角なのだけども、如何しましょう、と困り顔。

アティル > 「……優しい方ですね。」

打算を感じられない。金銭への欲を感じない。
欲があるとすれば医療への知識や、今後新たに現れるかもしれない同じ毒を受けた患者への救命の想い。
確かに、ナースである彼女が医療行為を行うのは捕まってしまう事になる。
それでもなお、だ。危険な橋を渡っても治癒してくれたことに代わりはない。

あわあわとして止めてくる少女の表情を漸く見る事が出来る位には体力も戻ってきている。
そうした上で提案されたドレスシャツの提出。それには頷きを示す。
少なくとも、裏社会や腐敗した貴族の一派からは自分が敵視されるだろうが。
元より毒を呑ませた相手に気を遣う必要が無い。

「わかりました、洗濯をせずに運ばせます。
……あそこのお店のパフェ、すごくおいしいんですよ。
甘い物を食べると体力の回復にも一役買うんですが。
……若い女性ばかりの中に、男一人で入るのは中々勇気がいります。
術後の経過観察を兼ねて。術後の栄養を採る手助けと思ってもらえれば。」

勿論、少女が断る事も出来るし断っても気分を害する事は無い。
もし、またパフェを食べる位なら。
顔を合わせる位ならと思ってもらえればくらいの申し出でもある。
元気に、健やかに生活するうえで美味しい食事は欠かせない要素。
それを引き合いに出すのは、少々卑怯だろうか。
困り顔をした少女にちょっとだけ卑怯な切札を切ってみよう。

リーナ > 「いいえ、いいえ。
 本当に優しい方は、別にいますからぁ。」

 打算など考えず、唯々、命。
 それが、リーナの考えている宝であり、行動原理なのだ。
 確かに、誰かと仲良くしたい、と言うのもあるけれど、姉達のような性欲という方には向いて無い様だ。
 生きる事、生き延びる事、それを大事にしたいと、リーナは、思う。

「有難う御座いますぅ。ええと、同じシャツは、後で届けますのでぇ。」

 貴族と言う物は、お金などにうるさい事も多い、シャツを貰えるなら、最低でも同じシャツ。
 それ以上の良い物を提出してほしいというのはよくある事。
 なので、後で、シャツを届けるというのは約束をする。
 選択しないで、と言う言葉に、有難う御座います、と再度伝えて、ペコリ、とお辞儀を。
 大きな乳房に窮屈そうなナース服が膨らんで、プルンと弾力を見せつけるか。

「……えぇとぉ。あのぉ……。
 ぅ……、では……都合の良い時を、探して、連絡しますからぁ。」

 善意の提案、金銭的なあれこれではない。
 それを受けるのは吝かでは無いのだけども、男性とのお出かけ、がちょっと恥ずかしい。
 どうしましょう、如何したらいいんでしょう、おめめがぐるぐるに。
 あわあわしつつ。
 それでも、彼の言う通りに術後の観察と、毒の付着したドレスシャツ。
 それらを沢山考えて悩んで。

 こくん、と頷いた。

アティル > 「他にいるとしても、今目の前にいる貴女が優しい事に変わりはありません。
その優しさで助かった人がいた事も、忘れないで貰えれば幸いです。」

ふとこれまでの自分の歩みを振り返れば。
何と薄い道を歩いてきたのだろうと思えてしまう。それほどに、少女の根底。
欲望や打算とは掛け離れた太い道。太い芯を見せつけられていた。
…少しだけ自分の人生のレール。それが変わったような音が聞こえた。
同じシャツ、という言葉にはふるふると首を左右に振る。

「……もし着る物に困ったり、医療費に困る様な人がいた時に。
その分のお代の足しにでもしてください。」

薄っぺらい自分の優しさなどこの程度しか出来ないのだ。
見せかけだけの、うわべだけの。1人すら救えないだろう申し出。
お辞儀をされてしまうと窮屈そうに揺れる箇所を目にして。
それまでなら食い入るように見つめただろうけれど――何故だろう。
この時だけは少しだけ頬を染め、視線を外した。
元気にはなっているのは間違いがない。ただ、今目の前にいるのは普通の少女ではなく命の恩人である少女なのだ。
その恩人に色欲の視線を向けるのは腐った貴族であろうが自分の自尊心が許さなかった。

「――有難うございます、アティル。アティル=フィラスメンタと申します。」

くすくすとした微笑を浮かべる。
可愛らしくおめめがぐるぐると。あわあわとしたような動きを見せた少女に今更ながら自分の名前を告げる。
頷き、申し出を受けてくれた相手にもう一度頭を下げる。
先程までの苦しさは影を潜め始めている。

そっとベッドから床に足を降ろし、立ち上がろうとするがまだ少しだけふらっとはする。
それでも、立ち上がろうと出来るだけ回復は進んでいるのが見て取れる筈。

リーナ > 「はい、そのお言葉は、胸に刻み込んでおきますわぁ。」

 優しさ、と言う物に関して、自分がそうだ、とは言い切れないが、そう感じてくださったという事。
 それは嬉しい事だし、その評価を覆すような言葉も持っていない。
 なので、彼の言葉を、忘れない、とお約束して、頷いて見せた。

「ふふ、はい、では、そのように取り計らいますわ。」

 彼の提案に関して頷いて。
 彼と同じドレスシャツを一つ買うならば、医療用の包帯や、部屋着などを何枚も買える。
 だから、診療所に、少しいい部屋貴がいくつか支給される事だろう。
 そして、起き上がろうとする彼に、そっと手を当てる。

「ダメですよぉ。まだ、本調子では無いのですからぁ。
 今は、ちゃんとぉ、休んでくださいまし。
 今日は、此処で、経過観察します。
 ちゃんと見てますから、起きて逃げたりしてはいけませんよぉ?」

 逃げるなら、ぐるぐるに縛って寝かせますからねぇ。
 にっこりと笑いながら、彼をベッドに戻し、布団を掛ける。
 未だ、彼は患者であり、ナースの自分は、彼を世話する必要がある。

(わたくし)は、リーナ。
 リーナ・トゥルネソル、と申しますわ。」

 よしなにお願いします。
 回復しているのは見て取れても、流石に毒を回復させたばかりだ。
 未だ、完全とは言い切れないのだから。
 彼を今日はここで休ませて、次の日の朝、ドクターに見て貰って。
 そこで初めて、回復したという事で、帰ってもらう事にする―――。

ご案内:「とある診療所」からリーナさんが去りました。
アティル > 「え。力つよっ!?」

ベッドに戻す力の強さに驚く。無理もない。
意識朦朧の時に自分を抱えていたのが彼女だったのは知らないのだから。
布団を掛けられると、素直に大人しく。リーナと名乗った少女ナースに布団を掛けられ眠るのだった。
従者にはちゃんと近くの宿を取らせたりといった事は忘れずに。

――トゥルネソル?はてどこかでと思いを巡らせつつ瞼はゆっくり降りて行った――

ご案内:「とある診療所」からアティルさんが去りました。