2024/06/09 のログ
”徒花”ジョー >  
「……如何に思うことがあっても、俺にとっては"人"だ。」

確かにその心を獣に落とし、(ケダモノ)となってしまった人間もいる。
最早この国はそのように汚れきってしまっている。
無論、全ての住民が"そう"ではない。彼女だってそうだ。
そういうのを踏まえても、彼はある意味他人の善性を信じてるが故の発言だ。
何処か遠くを見るような眼差しは、それを見出そうとしてるのかも知れない。

「……モノは言いようだな。別にそれも構わんし、追いかけるのも好きにすればいい。
 だが、お前が追おうとしている者の背中は、"ろくでなし"の背中だ。」

カツン、杖で床を鳴らし視線は外へと外される。
無愛想な表情も、悲痛、後悔。無意識にそんな感情で歪んでしまった。

「かつて、人間の女性を愛し、娶った。だが、その女性との"時間のズレ"を忘れてしまった。
 ……彼女との別れは何時来てもおかしくはない。俺はただ、それを忘れて人間としてみれば長い間放っておいてしまった。」

「……どうしようもない男だ。彼女の最後すら、俺は知らない。
 死んだ後に会話することがあったが、彼女は俺を許してはいたが、俺は俺が許せない。
 ……この生き方は、そんな彼女に対する"贖罪"でもある。せめて、彼女のような善人であるべきだ、と。」

「お前が思うような善人ではない。その上で追いかけるなら、好きにしろ。」

人とそうでないものの時間の差。
わかった上で、承知の上で彼女と共に歩んでいたのに。
数十年(ほんのいっしゅん)でも離れてしまった。最後まで看取る事も出来はしなかった。
だからこそ、善性を信じ、善人て生きるのはせめてもの行いにしか過ぎないのだ。
男は、不死者自身は決して己に"善性"があることは信じていない。
どうしようもないほどのろくでなし。僅かに過去の一片ではある。
だが、不死者の心を皮肉にも決定づけた出来事だ。語る顔は重々しく、苦いものだ。
心があるが故に苦しく、故に消すことは罷りならない思い出。
彼女に今はどう思われているかは知らないが贖罪(アイ)があるからこそ、不死者は何時までも心を持っていた。

カツン、と杖を鳴らせば足元に浮かぶ魔法陣。
浮かぶのは鎖に繋がれた蛇のような何かだった。
一瞬の輝きの後に、男の手元に握られているのは地図だった。

「……そうでもしないと、今度は何をしでかすかわからんだけだ。
 別に会いに来るなと言っているわけではない。必要以上に関わろうとしないだけだ。」

過去を語るのはほんのひと時だ。もう既に、いつものような仏頂面。
差し出した小さな地図には王都周辺の地理が刻まれている。
そこに付けられたマークが彼の居住区らしい。村も何も無い、本当に王都の外れだ。

モルガナ > 「え、善人とは思ってませんわよ? 終始不愛想ですし、素っ気ないですし、言葉に情報量が足りないですし。
 ああこの人、人間(ヒューマン)と暮らすには決定的に配慮が足りない方なんだろうなと思っていますもの。」

 善行とは、所詮人の社会での道徳心に過ぎない。だから人を気遣える者が善人なのだ。
 だから善人でないという。

 長い道程の末に、心をすり減らした者がそんな善人となれようか。
 だが、心をすり減らしても、善人でなくとも情があり、あの時貴方という個の情に救われたのだと。

「まあでもろくでなしは自称とはいえ言いすぎですわね?
 礼は要らぬと得もないのに人助けをする者が、自らろくでなしを自称するのはちょっとろくでなしに失礼ですわ。

 どれだけ人を越えて、どれだけ道を歩んでも、なんていうか、勝てないのは分かるんですけど、
 どこか抜けているんですもの。だから、そうですわね。
 貴方のことはただ魅力的だと思っているだけですわ。」

たった一瞬。その時間で置いてきたもの。人の心。想い。寄り添うもの。
置いてきた。看取ることが出来なかった。時間の差がこれほどに残酷なものであると痛感した。

けれど、笑っていた。知って、聞いて、不愛想だと告げても、貴方を良く思っていると。

「……そも、その話を聞く限り、まあまあの侮辱ですわね。
 貴方は女心を分かっていませんわ。それほど愛していたのならば、子もいたのではなくて?」

地図を受け取りながら、目を通す。うーん、何もない。
いや、これは、もしかして好機(孕むには都合が良い)かと思う。

眼を見る。超常の者を。かつて人を愛した者を。
知る必要がある。応えようと思っているわけではない。
だが、そこまで聞かされて、何もするなと言うのかと。

”徒花”ジョー >  
「…………、……俺は今馬鹿にされたのか???いや、俺の自惚れではあったが……。」

思わずちょっとずっこけそうになった。
だが、否定はしない。出来なかった。実際傍から見ればその通りだもの。
とは言え、男もそう評されると顔をしかめはする。無愛想な自覚はある。
が、面と向かって言われれば少しは思うところもある。やれやれ、と肩を竦めた。

「完全無欠の存在とは思ってはいない。他人(ひと)よりは多少なり力がある自覚はあるが。
 だが、そこまで魅力を感じるようなモノでもないとは思うのだが……、……まぁ、良い。」

何処まで行ってもまだ自分は探求者である。
知らない知識はごまんとあり、今でもそれを求めて歩いている。
どんな痛みを受けようと、どんな目に会おうと自分じゃ止められないのだ。
全ての真理を知ろうなどという大層な目的ではない。知りたいからそうするだけだ。
その結果、力だけで言えば十分過ぎるほど蓄えている自覚はある。
それでも、完全無欠とは程遠い。抜けている。欠けている。その通りだ。
だが、なんと言うかそういう意味ではなさそうだ。訝しげに首を傾げたのだが、そういうところだぞ。

「うっ……。」

クリーンヒット。女心はわかっていないのはその通りだった。
珍しく弱った苦々しい表情を魅せることになった。なんとか、咳払いをして平穏を保つ。こほん。

「俺にもわからんことはある……。
 子は、いただろう。だが、もう何処にいるかもわからん。人であるなら、疾うの昔果てただろうが……。」

子をなした記憶はある。
だが、その子どもがどうなったかまでは見届ける事もできなかった。
そういうところを含めて、自らをろくでなしと評するのだ。

深い翠は何処までも澄んでいて、真っすぐで、遠くを見ている。
そう、現在(いま)を生き、それを守ろうとしていても、ずっと彼の生きる理由は過去(おもいで)にしかないのだ。
彼女が瞳を覗き込む理由などつゆ知らず。相変わらず女心などわからない。

「……かつて、集落があった。彼女と結ばれた場所、家。
 既に村はなくなってしまったが、俺はそこに住んでいるだけだ。」

モルガナ > 「事実でしょう? 貴方は善人ではないけれど情がある人。それで魅力的な人。
 他者の評価を軽んずるのは結構ですけれど、社会が成す世である以上は、客観は多少は考慮にいれてくださいましな?」

 目を細めて口角釣り上げ、あえて鼻につくような顔をする。
 どうだ。これが貴方の軽んじていた小娘の見解だと言わんばかりに。

「人間くささってそんなに悪いものですの? そこにこそ人それぞれの味があるんですのよ?
 ……少なくとも、そういう魅力がなければ、女性はなびかなくてよ?」

 愛した女がいたのだと男は告げた。だから、そこに愛があった。
 女が男を不死者、超越者だと知り得たかは知らない。
 だが、知らずとて風来坊、知ったとしてそれを踏まえて、貴方と子を成す覚悟が女にあったのだと。

 完全無欠ではない。抜けている。欠けている。でも、それが貴方のたまらないところなのだと。

「……。」

 子を成した。どこにいるかも、というなら記憶にあるのだろう。
 そう、血筋は残っている。あまつさえ次に出てきた言葉は、過去に縋ってか否か知らないが、
 今いる場所はかつて記録にも残らぬほど昔に村があった場所。
 自分が住んでいた場所だと言う。

 人が、執念が受け継がれているなら、容易に至れる点の一つに。

「……貴方、もしかしてスカウト適正はからっきしですの?」

 あれだけ敬意を見せていた娘が、年上に憧れを持っていたような空気の少女がクソほど半眼で見ている。
 拙い流れである。

「貴方、この絵が貴方という情報をあえてずらした点を集めてより合わせた集合体だということは見識で理解出来まして」

 滅茶苦茶瞳が威嚇してる。獣とか戦士ではない。女として男を威嚇してる。
 一切目をそらさない。目を反らさないまま貴族令嬢が踊り場の手すりにもたれかかりながら凝視してきて
 親指でビシィッと貴方の肖像画を指してる。

”徒花”ジョー >  
「…………考慮はしているつもりなんだが…………。」

なんだ。もしかして今"説教"されているのか、この場所で。
こうみえてそれなりに気を使っているつもりなんだがそうではないらしい。
いや、飽くまで彼女がそう見えるだけなのかも知れない。
不死者が珍しく翻弄されているような気もする。落ち着け、と自らに言い聞かせて一呼吸。

「別に俺は、彼女以外に靡いてもらうつもりは……うっ……。」

再びクリーンヒット。また痛いところを突かれた。
同時に彼女に威嚇されている。その理由もなんとなくわかる。
まずは手のひら向けて、彼女にどうどう、落ち着くように促した。

「待て、落ち着け。俺だって何もしなかったわけじゃない……!
 自分の子どもだぞ?彼女との子どもだ。俺は父親としてはろくでもなかった。
 だからこそ、会えれば俺は何でもするつもりだし、手は尽くしたさ。」

「その結果、会うことはなかっただけだ。諦めたわけじゃない。それこそもう、昔の話だ……。」

彼女との子どもは単なる人間であった。
超越者である自分であっても、その能力は一切受け継がれないただの人間。
もう、あれから長い、余りにも長い月日が経っているのだ。
流石にもう生きてはいない。少なくとも、こうも国が変わる前の出来事なのだ。
それほどの時間が経ってしまった以上、諦めざるを得なかっただけだ。
指さされた肖像画を一瞥すれこそ、なんとも言えない表情をしている。

「…………。」

あ、ついに黙ったぞ。コイツわかってなかったな!

モルガナ > 「落ち着かせるなら男としてではなく気概でっ!」

くわわっと口が開く。促すのではなく説き伏せるのが貴方(仇花)であろうと。

「誰かが靡く靡かないではありませんわ。貴方の奥方はただ一人ッ!!
 それはいいですわね? いいですわね!?」

靡いたらなんなんだお前と仮にも詠唱省略まで見せて距離を詰めてきた不死者に重ねて問いただす。
これはもはや仇花とミナスジェイラスの話ではない、男と女の話なのだ。

だというのにこの男は女々しくも言い訳を積み重ねる。だから憤りもする。

だから、勢い余って

「貴方ねえ!?」

胸ぐらを掴みもする。ただの小娘が、貴族令嬢が、圧倒的な武力差を理解するだけの実力を持ちながら、

「貴方の奥さんがどれだけ貴方を愛して、置いていかれても子供にどれだけ愛情を注いだかまだ分かりませんの!?」

吼える。もう、作法も何も知ったことかと。
伝わらなければ捻じ込むしかない。であれば、かつて風化するほどの時にあって唯一、
この人から離れようとした男の心を射止めた偉大な女性が不憫すぎると。

「人の執念を侮り過ぎですわよ貴方!
 貴方の奥様が! 子供が! もし貴方を恨んでいたなら!
 それだけ貴方が惨めったらしく過去に縋ってその場に留まっていたなら!
 何代重ねても! 人が超常を見上げる意志が伴うなら!
 まかり間違って弄ばれたと! 軽んじられたと思うなら!
 絶対に貴方を殺しに来てますわよ! 貴方の仔が! 貴方の仔の末裔が!

 でもそうじゃなかった! そこには誰もいなかった! 誰もこなかった!
 なら! 貴方が愛した人に残したおとぎ話は! めでたしめでたしで終わったんですのよ!!」

憤りしかなかった。恋心が、初恋に似た淡い思いが彼にない訳じゃなかった。
だが、それほどに愛した人がいて、愛の形を残して、そして長い年月を経て、その場には、
おとぎ話の本を閉じた後の静寂だけが残っていたのだと。

「貴方は! 奥様に! 愛されていたんですのよ! この上なく! 何も遺さず逝けるほどに!」

 泣いて叫ぶ。こんな男に初恋を仮初にも抱いたのかと。
 先に愛する人がいたと聞いてそれは仕方ないと思った自分が馬鹿らしくて。

 何より、長い間、気の遠くなるような、歴史から村一つ消える程の時間をかけて、


 誰も、彼を救わなかったのかと。

”徒花”ジョー >  
「言われなくても当然だ。俺は彼女以外を、一人の女性としては愛していない。」

それだけはハッキリしている。それだけは変わらない。
それこそ言われるまでもないことだった。胸ぐらを掴まれても、抵抗しない。
張り上げる感情の言葉を何処までもぶつけられている。知っている。わかっている。
彼女の言うことが尤もであることも、そうてあることも全てわかっている。
そう言われても仕方ない不甲斐なさだということも、わかってしまう。
目を逸らすことなく、それらを真正面で受け止め、暫しの沈黙。

「──────そうだな。恨んでいてほしかった。割られてほしかったよ、俺は。」

この愚かな不死者を、男を罰して欲しかった。
人の執念を侮っていたわけじゃない。知っていたうえで尚探した。
その痕跡を追いかけた。自ら見つけるべく探したのに、見つからなかった。
いや、そうだな。"見つけられなかった"。よそう、彼女に嘘を吐くのは

男は再び沈黙した後、小さく頷いた。
そこまでしてぶつかってきた人間を、無碍には出来ない。

「……少し、哲学的な話をしよう。」

カツン、と杖を叩いた。
小さく、虚しい音が周囲に響いた。

「……一人の男がいるとしよう。そいつが生きていた記憶を失くしたとする。
 それこそ普通の記憶喪失ではあるが、間違いなく本人だろう。偽物(スワンプマン)ではない。」

「……では、その男が生まれ直し、生前にただ記憶を読み取っただけの存在は、本人と言えるのか?

ただ静かに、彼女の答えを待つ。

モルガナ > 「……っ」

 それはそれで傷つく。奥様以外を女として見ていないようで。
 何も言い返してこない。睨み返しもしてこない、強い感情をぶつけることも、憤りのままに道理を裏返して重圧に任せてくることも。
 だからこそ、罪悪感も沸いてくる。自分は酷いことを感情に任せて言っていることを傷つく。

 好きな人を非難し、罵倒し続けているのだと。
 けれど、退くわけには行かなかった。

 この人に、そんな顔をしてほしくなかったから。

 顔に、沈痛が浮かぶ。そして、静かに言葉が響く。静寂な杖の残響。

 耳を澄ませる。貴方の”哲学”を耳にする。
 哲学。求道と騙りながら大半は自己満足の堂々巡り。
 だが、彼は違うのだろう。長い年月を経て、逃げ場を失うほどに。

(いや……。)

 今、逃げ場を亡くしたのは自分だ。自分の感情だ。叩きつけたものだ。
 だから、この感情が出たのだと相対する。

 これだけの”口論”にあって使用人達がめざとく見つけないはずがない。
 だというのに、静寂が保たれていた。

 そこに顔を覗かせた使用人は、衛兵は皆一様に、中には覗き屋や善性を騙る者さえいたというのに
 誰も口を開くことはなかった。

 そこにあって、当人達以外が口を出すのはあまりにも無粋と、一様に見守っていた。

「……個人的には哲学、というのは、追及しているようでいて、
 随分と穴だらけに思えますわ。だってそこには人の機微が欠けていますもの。

 けれど、それが学問とするならば、人の道を拓く為の問いならば応えましょう。」

 不死者に、絶対者に、人が相対する。ただの小娘。実力と才能にかさを着せただけの、
 広い世界では無力な小娘が、心ひとつで相対して。

「……それは、本人ですわ。

 生まれ直した当人が、当人の記憶を手にしたのならば、
 それは過去から連なっている当人ですもの。

 けれど、一度生まれ直した。一度理は仕切り直された。

 けれど、自分の過去と、記憶を手に入れてしまった。」

 くすんだインバネスに薄汚れた着衣。強く輝きを帯びながら使い手の陰りを讃える杖。
 それに相対する七色の宝石を讃えるティアラを掲げて上等なドレスを着せられたまがい物。

 それが、相対して、それでも、結論を下す。

「その問いを投げかけたのが哲学者なら最終的な問いは分かりません。
 けれど、その問いを投げかけたのが生まれ直した当人であれば、
 苦しいほどにその問いと向かい合うほどに、その記憶が大事なのであれば……、

 それは、何度生まれ直しても、その人にとって大事な、その人の記憶。
 その人がなんたるかをたらしめるものではありませんこと?」

”徒花”ジョー >  
何処までも男は表情を変えなかった。自らが何たるかを知っているから。
そして、今の自分が如何なる存在なのかを知っている。だから彼女に問いかける。
如何なる答えであろうと、それを否定するつもりはなく、彼女の答えを待つ。
周りには一旦"黙ってもらうことにした"。身隠しの術の応用だ。
人に此の問答を聞かせるほど、野暮ではない。

「──────……そうか。」

彼女は"本人"だと結論を下す。
生まれ直し、全てを無くしても尚、記憶を引き継いでしまえば本人である、と。
男の口元が僅かに緩んだ。但し、自嘲の色

「そういうのであれば、俺は酷く歪な半端者なんだろう。
 ……お前は感づいているようだが、俺は既に人を辞めている。
 なんてことはない。"探求"する上では必要だったし、俺にとっては"些細な事"だ。」

無限に湧き出る知識欲を満たすためには恒久の時間が必要だ。
そのために、理の枠組みから抜ける必要があった。そして、抜け出した。
そう、それまではよかったんだ。

「……俺は"人の形"に拘った。形は器だ。そこに必ず、容量がある。
 国が、大陸が、それらが生まれる以前から随分と長い時間を生きた。
 生きる上で、記録と記憶は常に積み重なっていく。……そして、俺の不死性には代償もあった。」

「生まれ直す事に、俺は自らの記憶を失っていく。ただ在るだけなら、些細な事だ。
 だが、俺は"知ってしまった"。家庭の幸せ。誰かと歩み尊さを"知ってしまった"。
 ……そう思う頃には遅かった。若い俺は、此の不死性を盾にあらゆる無茶をしてきたのだから。」

此れを一つの武力、超越者として捉えるならたかが記憶などと些細なデメリットと思うだろう。
ただ、男が人の形に拘ったのは、人の素晴らしさを知り、人を愛する事が出来たからだ。
超越者でありながら、その心は何処まで行っても人であり、消えることはなかった。
だからこそ、どんな超越者よりも重い、失いたくない"代償"となってしまった。
目を逸らすことなく男はただ、言葉を続ける。

「子を成した事は……覚えている。すまない、少しばかり嘘を吐いた。
 "子どもの事はもう何も覚えていない"。勿論、自らの記録は残している。」

「……そこにも残っていなかった。俺は死ねば、(ジョー)が消える。
 "徒花(バレンフラワー)"ジョーと言う名も、"此れしか覚えていないだけだ"。」

本当の名前が何だったのか、自分自身の過去は既に幾つも欠落してしまった。
忘れまいと記録しても、それごと消えてしまう。もし生まれ直しても、記憶を継ぐ事が本人だと言うのなら。

今のジョーとは、酷く欠落した半端者なのだろう。

それが結論なら粛々と受け入れるだけだ。
彼女を拒否することも、ましてやその結論を否定しない。

「……余り自分のことを話す気はなかったが、お前がそうぶつかるなら俺も答えただけだ。」

喋りすぎたな、と男は静かに首を振った。
他者との関わりを避けるのも、その言動の全ては、何時か忘れるものを覚えていたくないだけ

何処までも超越し、それこそ恐るべき力を持ち得ようとも。


何処までも心は、臆病な人間のままだった。それだけの話。

モルガナ > 言葉を聞く。想定以上の事態である。
不死の種明かし。その代償。果てに至った結果。
目元を拭う。相対する。言葉を聞く。ただ、噛みしめる。

「……それでも、恨んでいて欲しかったという言葉は、心は、貴方の、仇花(バレンフラワァ)の軸ですわ。
 貴方は当たり前のように語っていますけれど、多様な過程で、
 心を喪ったリッチが、生前の当人だと言えまして?

 ……貴方は優しい人、不器用な人、魅力的な人。
 そして奥様が恨みなく愛した人。

 もう一度言いますわね? 仇花(バレンフラワァ)ジョー?」

 微笑む。相対して。何度壊れても、何度生まれ直しても、何度記憶を重ねても告げてやると、。

「貴方が幾重にも生まれ変わった先の未来で、貴方の奥様が愛した貴方が、
 旅路の果てで私と令嬢を救った優しさは、何度生まれ変わっても残っていたんですのよ?」

 人は神より、超常より簒奪する。技術を、叡智を、武具を。
 だがそれだけではない。真なる貴族は、高貴なる者はもっと絶対なものを奪い掲げる。

 裁定する権限。何より、経験が確かなのだと言葉に載せる。

「何度生まれ直したとて、貴方の不器用で不愛想で無作法な、それでも魅力的なところは、
 貴方は貴方ですわ。ジョー。」

 欠落しても、半端でも、喪っても、彷徨っても、掲げる心、想い、優しさ、礼節。
 彼が彼たらんとするものは、何一つ欠けなかったのだと。

「人なんて一人で生きてるものじゃありませんもの。貴方を貴方と言った人が、
 貴方を定義することを伝えてくれた誰かの想いと、とこしえにある限り、貴方は貴方ですわ」

”徒花”ジョー >  
「──────……。」

どれだけ欠けても、どれだけ歪んでも、無くなってしまっていても。
それはジョーという人物だと彼女は言う。
今も尚、一人の妻を愛し続け、すれ違う人々の背を支えるような男。
このマグ・メールとという社会において異物的な超越者。
遠く見ていた両の翠を静かに閉じて、思い返す。

────何処まで行っても灰色で、ノイズが走る記憶の海。

此れは自分の記憶といって良いのだろうか。
感覚としては、これは記憶ではなく記録に近い。
それで"徒花"ジョー(じぶん)だと名乗るのもおこがましいと今でも思う。
そう、何処までもひび割れているんだ。愛している彼女のことも。
この"記録"は、本当にくすみ続けている。壊れかけているんだ。
そんなものに縋り続けているから、まだ愛が残っているからこそ、まだ人なのだろう。


でも、今ではこんなに、彼女の灰色になってしまったというのに──────。


静かに男は目を開け、彼女を見据えた。

「……そうか。だが、もう俺は一人で在るべきかもしれない。
 まだ俺が徒花(バレンフラワー)を名乗るに値する(ジョー)である事を確認できた。」

「……それだけで充分だ。」

そう言ってくれるだけで、満たされた気もした。
自然と口元は微笑んだ。儚げに、珍しく、何かを悟った清々しさだ。

モルガナ > この言葉を、こうして向かい合ったことを、この大きな肖像画を、
彼はいつか忘れるのかと思う。

「ま、生まれ直した時に私のこと忘れていたなら化けて出るから覚悟なさいましな」

だが、そう笑う。気にするなと。
その道を選んだのは貴方で、忘れるのも貴方。そして、何より大切な物が残っているのも貴方。
全て合わせて今出会った自分は、貴方を魅力的だと言ったのだと。
ならば、忘れられても悔いはない。今日この瞬間、確かにここにいたと自分は誇れるのだから。

「あなたはジョーですわ。仇花ジョー(愛しく魅力的な貴方)
 そもそも忘れたくないならメモ帳かもっと秘術で記録を残すぐらいなさいましな。
 貴方すごく技術が卓越しているのでしょう? まったく。」

 そう言って肩を竦めて、笑って見せる。
 今を生きると言うことは、過去に呪われることではないのだと。
 愛した人は貴方を呪っていないのだと伝えられれば、己の想いは二の次ではないと。

 ここまで議論したのですから礼の歓待ぐらい一晩受けなさいなと、食事にも誘うのだろう。

”徒花”ジョー >  
「…………それは、怖いな。」

なんて珍しく苦い笑みを浮かべてしまった。
でも、覚えているとは言い切れない。
いつか、彼女のことも忘れてしまうのだろう。
いつか、彼女の記録も消えてしまうのだろう。
いつか、いつか──────……。

彼女以外にも、関わってきてしまった人達は多い。
彼等のことも、何時かここから消えていく。
全てが消え去った時、此の心は残っているのだろうか。
それだけが唯一の不安ではある。けど、今は────。

「それで覚えていられるなら苦労はしない。そういうものだ。
 ……だが、暫くは忘れないだろう。ああ、忘れられんよ。お前みたいな奴は、モルガナ。」

その不死性の制約は呪いに近しい。そんな抜け穴が在るなら、とっくに試している。
此の思い出も何時かひび割れてしまうのだろう。
過去にしか生きる理由もないのに、ひび割れていく不死者。
それでも現代(いま)を生きよう。今宵ばかりは、彼女に己に時間を預けることにした。

ご案内:「ミナスジェイラス家 邸宅」からモルガナさんが去りました。
ご案内:「ミナスジェイラス家 邸宅」から”徒花”ジョーさんが去りました。