2023/08/21 のログ
ご案内:「何処かの場所」からセレンルーナさんが去りました。
ご案内:「王都貧民区/施療院」にマーシュさんが現れました。
マーシュ > 貧民区にある施療院。
常のように誂えた包帯や、薬草類など、足りない物資を届けに来たのと────今日は己が名指しで呼ばれた理由を察してはいた。

「聞いておりますので、問題はない…ですが。……私ができることは最後の時間を作る事だけ、なのはご理解いただいているので……?」

むしろそれが必要な場合もある。
それを患者も、その家族も納得づくでなければ行使はできない。
なんとも大げさなことかと思われるものの、安らかな時間を得たとき。制約を忘れてしまいがちなのもまた人だ。
あるいは夢の続きを見たくなる、というべきか。

────何とも皮肉なこと。
己にそれを支えるだけの力は宿らなかった。

医師と、看護師の頷きに答える形で、病床に臥す患者のもとに侍る。
患者の家族には、まだ待機をしてもらいながら、死病に侵されているその人の手をそっと取った。

病み衰え、細った手。筋張ったそれは、かつてはもっと力強かったのか、あるいはたおやかだったのか。
男女すら判然としないまでも、まだ命はそこにある。
脈を測るようにその手を己の膝の上へ。

「────────………」

女の降ろした瞼が、わずかに戦慄く。
目に見えて、患者の呼吸が穏やかになってゆく。
喘鳴が収まり、肺腑を苛んでいるだろう痛みもまた引いたのか、穏やかな表情が浮かぶ。

……代わりに修道女は軽く俯いた。
堅くなる肩を無理やり引き下ろして、立ち上がる。
───まだ動けるうちに。
医師らに目配せをすると、患者の家族たちの待つ扉とは反対の扉から廊下に抜けて──。

マーシュ > 「……………………、………」

何もない、壁に手をつく。
短く切りそろえられた爪先が、それでも古ぼけた木壁に立てられ、えぐるような音を立てた。

喘鳴、が零れる。
死病の痛みが己の体内を食い荒らすのに、黙したまま、耐える。
耐えられるだけ、とはいえそうはもたない。

末期の言葉を交わす間。
あるいは、その瞼が暗く閉ざされる刹那だけでも。
そう請われた場合にしか、赴くことはない。

己の身に宿った秘蹟は、人に夢を見せるようなものではない。むしろ、瑕を負わせることにだってなりかねない。
一瞬の希望は、けれど、彼らの魂の緒が解けてしまったら、もう立ち返ることはないものだから。

ずるりと、壁伝いに這うように、無人の病室へと向かう。
己の様相を誰彼かまわず見せたいものではないし、見せるべきでもない。今は、患者へと耳目が集まっているからそのうちに。

「ハ────、………」

……呼吸のたびに肺腑が悲鳴を上げる。熱を帯びたような表情は、けれど不快の極致が故のそれ。
明かりもついていない病室の一つに身を滑り込ませる。
ようやく、顔を上げることができる。

誰もいないから。

気づかれることもない。

そのことだけが女にとっては、ほんの小さな矜持を守る、救いだった。

マーシュ > いたい。
くるしい。
いきが、できない。

体が動かない重さも。

熱を帯びる体も。

────仮初のものだと言い聞かせる。

壁伝いに腰を下ろして、身をもたせかけながら。
目を閉じて、嵐が過ぎるのを待つように、身の内の『死』を引き留めて。

───刻、一刻。

「……、………、…っ」

そうして作った時間に、意味があると、いい。

薄い壁を隔てた向こう側で、ばたりと騒がしくなった気配がする。
己ができるのは、あくまでも一時的な苦痛を奪うことだけ。

たとえ楽になったとしても、病の進行を遅らせるものではない。だから─────……。
深く呼気を吐き出しながら、己の頭巾を引きずり降ろして顔を覆う。

──……眠りが、安らかなものであるといいのだけれど。

マーシュ > 「──────」

ゆる、と『痛み』が解けてゆくのを感じながら、暫しそのまま。
幻肢痛のようなそれは、己の体に影響を及ぼすわけじゃない。────でも、すぐに動けるようになるわけでもない。

それは施療院の関係者も知ってはいることだったからか、そのように蹲っている己を見つけたところで声をかけることはない。
────若干視線はいたくはあるが。
ベッドを占有するわけにもいかないのだから。

───立ち上がって動ける様になったら、物資を運んだ籐籠を手にして、目立たぬように施療院の裏口からでも出てゆくのだろう。
……いつもと何ら変わらない、女にとっては日常のそれ。

でも

誰かが眠りについた特別な日でもある。

マーシュ > 薄暗い路地を歩きながら、切り取られたような空へと視線を流し。
───赦された時間は祈りへと費やすのだった。

ご案内:「王都貧民区/施療院」からマーシュさんが去りました。