2025/04/06 のログ
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ご案内:「カルネテル・ヴィスコワニティ邸 私室」にディアンヌさんが現れました。
ディアンヌ > 【お約束有】
ご案内:「カルネテル・ヴィスコワニティ邸 私室」にリシャールさんが現れました。
ディアンヌ > 「んー…そうね、こちらの方が動いた時の布の表情が出る…の、かしら?」

うららかな午後の日差しが部屋のにぎやかさをより一層高めている部屋の一室。
普段は比較的静かな部屋の中がとにかく賑やかなのは女たちの会話している声だけではない。
いろとりどりの布にビーズに貴石宝石、宝飾類。
それらは邸に久しぶりに訪れる慶事のために用意された物たち。
花となるその日の為に賑々しく用意された準備のための品々。

全身鏡の前で、様々な布を重ねられては首を傾げ。
また、ある石を耳元に寄せられてはまた首をかしげる。
絶対的に身に着けたいものなど決まっているので、慶事の主役ともなろう本人としてはそれを基幹に選んでもらえばいいのだが、周りからするとそういったわけでもないらしい。

「こんな山のような布の中から一人で選べないわよ…」

深いため息。
独りごとだったのだけれど、周りの侍女たちに拾われて色めきだった笑い声に包まれてしまった。

そもそも、余り女は自分の服装に対して執着があるほうではない。
第一にまず動きやすくて、それなりの身なりにみせてくれたらそれでいいのだ。
随分小さいころにスカートなんてもうはかないと宣言してからずっと足回りは一択。
当日布に埋もれすぎて絡んで転びやしないかと、今から戦々恐々の心持ちだった。

リシャール > 彼女の慶事における相方とも言える男もまた、室内にいた。
今日の用事は女性の戦いの一環とも言えるもののため、敢えてこの場にいる必要性はないのだが、だからと言って何か用件があるという訳でもない。
この国の人にしてみれば見慣れない服をまとったその男は、並べられた布地を触れながら楽しそうに主役と侍女たちの様子を見やっている。

「ポプリン、サテン、タフタ、ベルベット。素地も生糸に綿花などなど。ここまでよくそろえたものだな。
とて、ディアが最も美しく彩られる衣装だ。
ディアがどうしたいかで考えればよいだろう?」

侍女の笑い声が収まりそうな頃に、穏やかな調子で響く男の声。
理屈、知識で答えを出すことは容易いものの、今回の問題はそういう類のものではない。

本人を美しく、家の勢力を見せつけて、次の花嫁にこうありたいと思わせる。
だからこそ、侍女も、お針子も、そのほかの使用人すらをもどうするかと一心に考えているのだろう。

なお、男もまた彼女と同じ時間に別室で同じように衣装合わせに向かっていたのだが、数刻後には戻ってきてこの部屋に顔を出したのだった。
終わったのか?と問われて、終わった、と答える。
その時の彼女の表情は見ものだったのだが、それすらをも美しく思い、愛らしく思い、楽しんでいたのは表情で悟られたやもしれない。

ディアンヌ > 「どうしたいかだなんて、そんなの、動きやすいのが一番に決まっているじゃない!」

もう!と、頬を膨らませながら声のほうを見やる。
その回答は、王家の送り出す花嫁としては再追試を叩きつけられそうな回答だろう。
漸く肩近くまでそろった髪だって、半年ほど前から漸く伸ばし始めたもの。
最上流階級の娘として育ちながら、自分の身なりには回りが呆れるほど頓着がないものだから、侍女たちがここぞとばかりに躍起になっているのも事実だった。

「薄い、眩しい、破けそうだし、そっちは重たいもの。
……ねぇ、本当にお式しなくちゃだめ?」

衣装を仕立てる話が始まってから、何度このセリフを吐いたことか。
当人としては、ただこの人と定めた相手と一緒になれたらそれでよいだけに、吐き出すたびに言葉が重くなる。
しかも終わらないのは自分だけで、彼は、少なくともこちらからすればあっという間に終わったというのだから猶更。
自分がこれだけ悩んでいるのに、どうしてそんなに早く終わるのかが不思議でならない。
当然、駄目ですと年嵩の侍女に一蹴され嗜められるまでが流れ。
女とて、それは解っているから肩を落とすしかない。
だから解らないなりに首を捻っては布を見て、悩ましい顔をしているわけだ。

「…だめ、見すぎてわからなくなってきた。休憩したい」

ひら、と手をあげてて示せばあれこれかかっていた布が全て巻き取られて肩が随分軽くなった。
彼方此方に広げられていた飾り達も一度まとめて置かれて、部屋に布と装飾用の一角が出来上がる。
部屋を出る際に休息の為にと用意された茶はマグメールでは生産されていない北方の茶と、それに合わせた焼き菓子で、部屋の主と男の好みに合わせて用意されているのが言われずともわかるものだ。

男と自分以外は部屋に誰もいなくなったのを一応確認してから疲労困憊の表情を隠さずに男にしがみつく。
完全に顔も上げないあたり、疲れ切っていることがよくわかるだろう。

「終わらない…」

まるで徹夜仕事でも抱えた官吏のような呻き声。

リシャール > 返ってきた返事とその勢いに、喉の奥での笑いがこぼれる。
からかいたくてと言うよりは、これは大分やられているな、と思った方なのだけれど、だからこそ面白くなってきてしまうのはこの男の悪癖。
大抵のことを悪く考えず、どうすればよくなるかを考えて、それらをまとめて楽しんでしまう心持ちの持ち主だから。

ともすれば……と思っていれば案の定。
一通りに感じていた問題点を並べ立て、休憩を所望する彼女。
誰もいなくなったのを確認した所作の後、近づいてくる彼女を見れば、その次もまたどうなるかは当然分かること。
故に、そうあるのが当然と言うかのように腕を広げて受け止めて、その力強い腕でしっかりと支え抱く。

うめき声にも似た声で、疲労を口にする彼女の様子に、優しくその頭を撫でてやりつつ口を開く。

「本当にディアは真面目だなぁ。普通に考えていては答えの出ない難題も、真正面から受け止めてしまう。
だが、それはお前の美徳でもあるし、俺はそういうお前だから好きなのだが。」

おだやかに、そして案じるように向けた言葉。
そのまま暫し、その体勢を続けた後で

「この難題を軽くするちょっとした豆知識、知りたいかね?」

悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、そんな問いかけを向けてみた。

ディアンヌ > 笑い事じゃないとばかりに男へと向けた淡い色の瞳は薄く細くなる。
別にこちらとしても表情がそうなってしまうだけで本気で怒っているわけでもない。
だから、誰もいない今はしっかり甘えるし、甘やかしてくれるその腕が心地よくてたまらなかった。

「真面目で悪いことなんて別にないでしょう。
ちゃんとしなきゃいけないことだってわかってるもの。

向こうでも、楽しみにしてるなんて言われたのに。
…本当に怖かったもの、生半可な式にしたら許さないって言われた気持ちだったわ」

顔をあげれば茶の香りに交じって焼き菓子の香り。
この人と婚約するにあたり想像よりも込み入った話になったことで久方ぶりに訪れた彼の国。
まったく、刺さる視線がどれだけいたかったことか。

けれど、その理由も今は女だって理解している。
ましてや、自分のことなのだから自分で決めなくてはならない。

何よりも、目の前の男に喜んでほしい。
だから出来る限り自分でどうにかしようと決めた───つもりだったのに。
目の前にちらつかされる誘惑に心底悩むような顔を隠せない。
こういうところは、やはり年相応なのだろう。

「……。
……知りたい」

すぐに飛びつかなかったことは心中における葛藤の表れ。
最初から縋りたくてたまらないのはささやかな矜。
結局、観念するしかなくて渋い表情のままその豆知識とやらに縋るしかなさそうだ。

リシャール > 「ああ、その通りだね。真面目で悪いことは全くない。
だが、もう少しずるさを覚えても、ディアは全く問題ない。
ズルさとは言ったが、工夫であり、テクニックの方のずるさだ。

まぁ、あの日はディアにも難儀させたな。
二人が求めて二人が受け入れた事だったというのに、周囲の方がうるさくなって仕方がない。」

婚姻婚約自体は当人たちの問題であり、当人たちだけが納得していれば何の問題もないのだが、今回に限ってはお互いのバックボーンが大きすぎたのだ。
かたや、王国の王族。かたや、帝国の一部を守護すべきもの。挙句、王国と帝国は同一ではなく、敵視すらしている時もある。
まるでどこかの恋愛小説かとも言わんばかりのシチュエーション。
当人たちの意思を無視して周囲ばかりが構えてくるのだからたまらない。

もちろん、それだけが原因ではないだろうが、男の目には、その全てが彼女の真面目さから来るものに見えてくる。
だから、ちょっとだけ良い意味でのずるさを吹き込むのだ。

逡巡の時は、彼女の心持がもたらすもの。
そして、誘惑とは言え堕落を促す類のものではない。
どちらかと言えば、成長へと至るもの。
なぜなら……

「では、ちょっとだけ披露しようか。

まず、ディアは一から十まで自分で決めようとした。
だが、ディアは式の全てを知っているわけではない。
ならば、どうすべきなのか。」

前置きで現状を整理する。そこで一旦言葉を切って、ほんの少しだけ間をおいてから続ける。

「それは、分かるものにある程度任せてしまうという事さ。
ディアが決めるべきものは、実は限られている。

例えば、服の色、例えば生地の種類。例えば、どういうドレスが良いのか。
ただ、ここにもう一つの要素が絡んでくる。
それが、いくつ準備する必要があるのか、だ。」

そこまで言葉にしてから、小さく笑いをこぼして

「俺が早く終わったのは、王国の礼式を知らぬから、色々質問したからだよ。

色直しが何回あるのか?
服の型式は何種類あるのか?
男女の組み合わせは考慮に入れる必要がないのか?
それぞれのタイミングでどれだけ動くのか?
などなど。

だから、ディアも同じにすればいい。

結局、先程俺が決めてきたのは、色直しの数分の服の色と、生地は毛羽立っているとかゆくて苦手なのでそういう生地は避けて欲しい、これだけ。
もちろん、俺の服の色とディアの服の色のあわせもあるだろうから、色についてはディアはこう伝えればいい。

『リシャールの決めた色に合わせて、私に似合うと思う色にして頂戴』

ってな。」

ディアンヌ > 「そう言われても、狡く生きるのは性に合わないの。
テクニック…はぁ、そういうの苦手だわ。

本当よ、難儀どころじゃなかったわ?
国境を越えた話になるのは解っていたつもりだったけれど、まさか王宮に連れていかれるとは思わなかったもの。
…まあ、いつもよりもちょっと真面目な貴方を見られたのは新鮮だったし、楽しかったけれど」

少しの間唇を尖らせたが、結局直ぐに緩んでしまった。
しがみついていた腕を解いて、茶を飲もうとするくらいの気持ちの余裕が出来たこともあるが、シェンヤンで垣間見た男の横顔を思い出したから。
少しはそれで自分の機嫌を取ることに成功したのだろう。

まだ十分に温かい茶を白磁の碗に、それを二つ用意する。
一つは男の為に、そしてもう一つは自分のために。
前提条件を口頭で確認し、そこまでは自分も理解しているので茶を口に含みながら頷いてみせる。
事実スカートもドレスも拒否の一点張りで十数年を過ごしてきた女には、生地の種類も数えるほどの知識しかない。

「分かっている…母様とか?」

思考は飛躍する。
自分の周りで最も近く話を聞きやすい経験者だ。
けれど、恐らく彼の言うところの知っている人間というのはまた違うのだろう。

「……。
えっ、それだけ?!」

話を聞きながら頷いているうちに話が終わってしまった。
動揺で、碗を落としてしまいそうになるがきちんと逆の手を添えることで未遂ですませる。
聞けばなるほど、確かに短時間で終わるには違いないが

「…人任せすぎやしないかしら」

人任せにし過ぎることの罪悪感、それに対する不安。
また渋い顔をして、茶を一口。
先程より、渋く感じる気がした。

リシャール > 「そうだな。ディアはそういう子だ。
心根卑しく狡く生きろとは言わんさ。
ただ、自分が専門ではないものは、専門家に任せるのも大切だ。
成功の確率が上がるし、何より自分が疲れない。」

まずはテクニックが苦手と告げる彼女に向けた言葉。
専門家に任せる事の意味と利点を短く告げる。
そして、その後の言葉には、小さく声を上げて笑いこぼしながら

「俺が南方龍王だなんて思わなかったろうしなぁ。
流石に役目を放棄したら、帝国の南方の民が困る。
だが、俺はディアと番になることは決めている。
ならば、頭を下げて理解してもらうしかなかろうよ。

おや、ディアにはああいう一面はそういえばあまり見せていなかったかな?」

そんな他愛もない話を続けながら、お茶を用意する彼女の所作を見やって、自分のために用意された茶を手に取った。
一度彼女へと投げたボールが返ってくるまでの間に自分も一口茶を口にしてから

「そうだな、それも悪くない。母御は式を経験しているからある程度は知っているだろう。
だが、専門家ではない。
専門家は礼部の者であり、お針子であり、縫製師だ。」

飛躍した思考。だがその思考も間違いではない。
彼女にとって頼りやすかったのが母親だったというだけの事。
ただ、母親任せもこの問題は少々大きかろう。

明らかにした言葉にびっくりした様子の彼女。
そして、罪悪感と不安を吐露する言葉。
それをしばし彼女自身が咀嚼する時間を与えてからまた言葉を紡ぐ。

「俺は、式の服の形にこだわりはなかった。
形さえ決めればサイズは縫製師がうまく作ってくれるだろう?
それに、形は男の衣装より女の衣装の方がベースになりやすい。
ならば、そこはディアが決めたものに合わせるべきだと考えた。

とはいえ、全てをディアに任せるのも気が引けたから、俺の知識のなかから縁起のいい色だけ組み合わせてみたという訳だ。

それをただ着ればよい。なに、自分の腕を見せたい者達が、変なものを作るはずがない。
そして、作っている間に大きく動いてみて、いざと言う時にそこまで動きが大きくなることを伝えれば、途中で破けることもない。

自分が決めたい所だけを決めて、あとは専門家にその腕を振るってもらうことは悪いことではないよ。
細かい指示をする客よりも、信頼して任せてくれる客の方が、職人はやりやすいのだから。

さて、そこでディアへの質問だが、ディアはこういう服がいいという希望やこだわりがあったのかな?
それがあったのであれば、俺の提案はちょっと出すぎた真似だったから、ディアに謝罪せねばならないが。」

ディアンヌ > 「まぁ、疲れないために程々にしろっていうのは解るのよ。
昔は兄さまと同じ剣が欲しいって思ってたけれど、どうしても体力的に無理だったから」

己の丈に合わない力は身を亡ぼす。
身を以て理解したからこそ、今は自分に合った得物にしていることは男もきっと知ることだろう。
そもそも、二人が出会った切欠もまた剣であるようなものだから。

「…見たことがなかったわけではないけれど。
見たことないわけではないと思うけれど…久しぶり、じゃないかしら?
だから新鮮味もあるし、意外って言ったら意外で、…それから、やっぱり私の龍王様は素敵だなって思っちゃった」

白い碗が男の手の中から口元へと移る所作を眺める視線は少し上向き。
自分の手の中にあるよりも随分と碗が小さく見える不思議を感じつつ聞いていれば、聞きなれない単語のせいで首を捻ることになる。
針子と縫製師はそのままだから理解できたが、恐らくシェンヤン独自の単語だろう。

「れいぶ…???」

幼子のようにその音だけを繰り返して首を傾げれば漸く伸びて揃った髪がさらりと揺れる。
そのまま、滔々と心地よい声で続く豆知識の詳細と解説を聞いていれば相槌の代わりに茶を口に運ぶからあっという間に底が見えてしまった。

「…もちろん、頼む先はいつものところだから私のやりそうなことぐらいわかってくれているとは思うわよ。
でも、何でもかんでもまかせっきりなのもやりづらくないのかしら。
少しぐらいは意見を聞きたいとか、ありそうなものだけれど…任せていいのかしら。
もちろん、力量が不安とか、そんなことは全く思っていないんだけれど」

空になった碗を卓に置いて、次々に上がってくる疑問を率直に口にする。
そこに上乗せされる問いかけに対して、ディアスポールの瞳が二度三度瞬いて、再び男の表情を捉えるように見上げるかたち。

「何もわからないのに拘りなんてないわ。
動きやすいならそれだけで満足だもの。
出過ぎた真似だなんて思ってないし、それに


……。
なるほど」

やりとりの中で理解する。
男が言う「テクニック」とは、こういうことなのだろう。
してやられたとは思わないが、男の水の向け方の上手さを改めて理解することになったことを理解して、また少しだけ頬が膨らむ。
そして、見た目以上に随分と自分より年上の男に、いつになったら自分は追いつけるのだろうという悩みで膨らんだ頬を萎ませた。

「最初から、そういえばよかったのね」

リシャール > 物事には順序がある。ただ、そのルートは一つではない。
時として結論を最初に向けてから説明をした方が良い場合もあるし、周囲を固めた上で最後に切り札を切る方法もある。
そして、今回彼女に理解してもらうためには後者が良いと判断したための流れだった。

「そうだな。ディアも女性にしては体力も力もある方だけど。」

男の目からすれば、彼女に一番合いそうな武器は別にありそうな気もするのだが、当人が剣が良いというのだからそれでよいとも思っている。
何よりも、自分に合った武器を持っているのだから、そこは本人の好きでよい部分だ。

「それは嬉しいね。
久しぶりか、いつぶりだったろうか……あぁ、最初に会ったしばらく後か。
襲ってきた連中の拠点に囚われた者達を解放する必要があった時。」

出会いの近く。彼女が状況を知っていてくれたからこそ知れたこと。
不心得者に囚われた良民を助けるべくにほんの少しだけ『本気』を出した時かもしれないと。

そんな中で、返ってきた疑問の声。目を瞬かせて苦笑を浮かべ

「あぁ、すまない。その役職はシェンヤンのものだったな。
儀礼や祭礼、祝礼などを取り仕切る役目でね。
結婚式などの作法や流れなども取り仕切っている。
王国にもそういう者がいるのではないかな?」

つい出てしまった部分への補足を口にする。
そして、向けた言葉へ返ってくる言葉。
きちっとした議論になっているからこそ、男には心地よい。
何よりも彼女の考え方の細かい部分が見えてきて、それもまた楽しいから。

そして、最後に付け加えた言葉でなにやら気付いた様子。
涼しい笑顔を見せたまま、暫しお茶を楽しんでいたが

「そう。最初からそう言えば、向こうが色々とアイデアを出してくれる。
ディアはその中から選ぶだけでいい。逐一考えるよりは、楽だろう?」

そう言葉を紡いでから、己も干した茶椀をテーブルの上に置く。
それから、両腕で支えるように彼女の体を抱き支えてから、そっとそのダークブラウンの髪に鼻と口を寄せる。
髪に向けたキスのような仕草。男がお気に入りにしている愛情を向ける仕草。

ディアンヌ > 「それはまあ…母様やアンに比べたらあるでしょうけど。
本職にはもちろん適わないし、貴方にだって適わないわ」

男の言うように、ただの貴族の女性でいるだけなら十分なのだろう。
けれど、それは性分に合わない。
そして、その性分に振り回され続けて、自分をすり減らしている。
男が与えてくれた『豆知識』は、その大変さから救ってくれるものだと理解していた。

「そう、大した力量もない癖にただ居合わせたってだけで独りでどうにかしようと思って、結局どうにもならなくって。
体力も底で、余計なこと考えてる余裕もなくて…それなのに、一瞬ね、すごいって思って──見とれちゃったの。
…あーあ、ずっと秘密にしておこうと思ってたのに、喋っちゃったわね」

隠し事はやはり苦手。
少しの恥ずかしさと、苦笑、それから小さく肩を竦めて笑う。
男からすれば自分の隠し事なんて全て見通されているのかもしれないと思えど、つい足搔いてしまう。
随分と子供っぽい話だ。

「…ああ、典礼の役目の者ね。
わたしが詳しくないだけで、もちろんうちにだっているのよ。

…その、誰がそうなのか、って言うのは聞かないでね」

聞かれたくないのは、わからないというより自身がないから。
厭だの一点張りで、家のことをきちんと学ぼうとしなかった自覚は女にもあるのだ。
もちろんこの年になってみれば学ばなくてはいけないことが一つではないことも理解している。

けれど、幼さからくる無知で全てを拒絶してしまった。
決して無駄に過ごした年月ではないけれど、後から詰め込むというのがどれだけ大変なのか。
それを、今、身を以て理解する羽目になっているのだから身から出た錆とはこのことなのかもしれない。

「本当に。
さっきまでの自分に、悩んでた時間が勿体ないって教えてあげたいくらい」

抱き支えられるに甘えて体重を預けてしまえば、髪に触れる感触が心地よくて目を細める。
その感触の理由を朧げに理解しているから、心も穏やかになるし重いものが払拭されるような感覚になる。
甘えついでに抱きついてしまえば、しっかりとした厚みのある体から伝わる体温すら心地よく。

リシャール > 「ああ、その通りだ。そもそも女と男では体のつくりも力の付き方も違う。
だから、同じにすることは無理だが、今のディアはそれを知っているからそれでいい。」

欲しがっても手に入らないものを理解することで、別の手段を選ぶことを彼女は覚えつつある。
だからそれでよいのだと、頷いて。

「おやおや、そういう事は秘密にしないでくれた方が俺も嬉しいんだがね。
せっかく喋ってくれたんだ、こちらからも一つは出しておかないとな。

……あの時、体力が底を突いていたにもかかわらず、連中に真正面から相対し続けたディアがとても眩しかった。
あの娘を見捨ててはいかんと背を押されたのもその瞬間だ。
傷だらけで、疲労塗れでも、あの時のディアはとても美しく力強かったよ。」

全てが見えているわけでもないのに、年の功でそう見せることが自然となっている。
だが、それを意図してやっているわけではないからこそ、自分の想いもまた恥ずかしがることなく向けるのだ。

「典礼、というのだね。覚えておかなくてはな。

……ふふ、ああ、聞かない。代わりに呼び出す必要があるときはディアにお願いしよう。
『典礼を呼んでくれ』と言うならディアの方が話が早い。」

これもまた、先程の応用。
役目持つ者の名前や顔は覚える必要性は実は少ない。
もちろん、覚えておけるなら覚えるに越したことはないが、それは十分であり必要ではないのだから。

そのままお互いに抱き着く体制になれば、もちろん抱く腕にしっかりとした力が籠るが、それ以上の事にはなることもない。
婚姻後のために、徐々にならしつつはあるが、決して一線を超えないのは男が決めた事であり、それを当然と思うがゆえに。
それに、ただこうしているだけでも十分に心が休まるし、何よりも心地よいのだから。

「さて、落ち着いたところで、今一度お針子たちを呼ぶかい?それとも今日はこのまま?」

結論も出たのであれば、今日これから終えてしまっても良いだろうし、明日元気になってから片付けても良い。
自分たちの時間は沢山あるのだ。
ただ、これは彼女の領分であるために、ボールは彼女に投げる。

その後、彼女が決めた流れに合わせて、陰に日向に付き従う一日が続くけれど、それもまた、二人にとっては当たり前で楽しい時間だったことだろう。

ディアンヌ > 「女は秘密の一つや二つくらい持っていた方がいいんですって。
…何で持っていた方がいいのかは、知らないけれど」

これでも最高貴族の端くれ故に茶会に招かれることはあるけれど、そういう場で交わされる所謂淑女同士の会話というのは、女にはどこか甘ったるく感じられてしまってどうしても等閑に聞いていることが多い。
だから、この言葉だってを誰から聞いたかは朧げに覚えていてもその理由を知らないのだ。
多分、どこかの候爵令嬢の口からきいたような気がするが、顔も覚えていないので素直に誰だか忘れたと認めるほうが潔いし早くてよかった。

「…初めて聞いたわよ、そんなの」

告げられた男の秘密に、何を告げられるのかと驚き半分怯え半分といったところだった表情が呆気にとられたのも束の間。
まるで花が色水を吸い上げるかのようにみるみる赤くなっていく様は男の前で余すことなくさらされただろう。
きちんと言葉の形を成しえないような、あ、とか、う、とか、曖昧な音を発していたかと思えば漸く言葉になった時には呻きに近い響きを伴っていた。
勿論隠されていたのだから初めて聞く話で間違ってはいないのだが、それを臆面もなく言うものだからこちらが気恥ずかしくなってくる。

「わたしもシェンヤンでは礼部っていうことを覚えておくわ。
……はぁ、まだまだ覚えなくてはいけないことが沢山あるのね…」

国が違えば同じ事でも呼び方も違うし、きっと逆もあるのだろう。
互いの間にある違いは目に見える以上に山積みだ。
けれど、お互いにその違いを見つけて、揃えて同じにしていく作業はきっと楽しい。
きっとそうやってお互いを更に深く知っていくのだろうから。
だから、ため息をつくわりには表情には暗さもなかった。

「このまま……と言いたいところだけれど、今日こそ衣装回りは全部終わらせるって決めたの。
だから、先延ばしにしないでもう少し頑張るわ。
でも、一緒に居てくれたら嬉しい」

勿論、このまま男の教えを受ける時間にすることもできるのは理解していた。
休憩がどれだけ長くなったとしても、侍女たちからは文句も出ないだろう。
けれど漸くこの場での立ち回り方を理解できたのなら早々に終わらせるのが上策だろう。
なにより、一つ物事が解決すればその分男と共に過ごす時間を長く取ることが出来るようになるのだから。
ただ、どうしても自分ひとりで立ち向かいきるには自信がなかったから、ここは素直に甘えることにしてしまおう。
予定がないのなら、駄目だという男ではないだろうから。

少しだけ離れがたくなってしまったのを隠すように抱きついた腕に僅かに力を込めた後居住まいを正す。
先程赤くなった頬が冷めていることを、両の掌を充てて確認したら休憩の終わりを知らせるために呼びだし用の飾り紐を引く。
暫くすれば再び部屋の中は布と煌めきと、女たちの声に満ちることになって───。

ご案内:「カルネテル・ヴィスコワニティ邸 私室」からリシャールさんが去りました。
ご案内:「カルネテル・ヴィスコワニティ邸 私室」からディアンヌさんが去りました。