2024/10/17 のログ
影時 > 「……ほう。穏やかじゃねェなぁ……」

鬼に穏やか、という言葉が似合うかどうかはさておき。
物騒な話ではある。不可思議な話でもある。
撫でていたシマリスが男の膝上に移ってくれば、もう一匹の相方も同じように乗ってくる。
酒杯を片手にうりうりと二匹を撫でたり、擽ったりしながら鬼が紡ぐ言葉の先に耳を傾ける。

「――知った顔、或いは同じ奴らが戻ってくるか、気になってるのかね」

聞く限りの廃墟、元鬼の里がある高さを思えば、雌鬼の強さも考えれば、里に住まう鬼の強さに思いを馳せることが出来る。
八卦山なる御山にある種の生態系として武力序列があれば、底辺、下層、ということはないだろう。
道士なるものたちもピンキリだろうが、木っ端道士が徒党を組んで大挙しても返り討ちにできる。
そんな里を滅ぼしたとするものは、どれほどの何かか。考えるなら気になる。今もあるかどうかも含めて、興味が湧く。
だが、廃墟に気を留めなさそうな気もする鬼が、里帰りと称して足を向ける所以は……何か。
思うものは、ある。からかうでも何でもなく、口元を引き結びながら身を伸ばす。
空にした酒杯を地面に置き、空にした片手に酒瓶を掴み、向こうに吞め、と。

「まァ、それもそうか。……尋常に考えりゃ、衛士やら宮仕えの一流の道士やらが大挙するわな。
 小狡いとは言うが、取り入るやら惑わすについては、俺も精進が足らん。
 
 ……それなりにやって、存外生き残ってそうではあるな」

鬼にとて、恐れるものというより、面倒がるものもあるということだろう。
仕掛けなかった、と言うことについては、それはそうだ、と肩を竦める。
見分を深める先は多すぎると、こんがらがる。忍び込む先を考えるか、御山の探索か。

宿儺姫 >  
「呵々、多少はな!
 我に及ばぬといえどそれなりに強力無双の雄もおったものよ。
 喧嘩相手がおらぬようになるのは寂しかろう?」

単純に喧嘩相手の消失を残念に思うのか、
それが同胞の行方知れずに思うものかは鬼自身とて理解ってはおらぬこと。
故に酒と共にそれを飲み干す。

「お主の身なりであれば帝都の町程度に入るは自然と事を成すであろうよ。
 現状の帝都の話を聞き見分すれば否応無し、可否と共に望む先が見えるじゃろ」

酒肺をもったままの手で男を指差し、口元を笑みに歪める。
この鬼とて、今の帝都の様子が気にならないわけではないらしい。
嘗ての時代、道士どもと拳足を交えたこともなくはなかったのだろう。
それなりに時間が経過したとは言え、己を封じた勇猛な連中の血筋が衰えたとも思えず。

影時 > 「多少というわりに、だーいぶ気にしてンじゃねぇかよう。
 その言い草なら、俺か俺以上に戦れる類だろ? そんな奴が気づけば居なくなっちまうってのは、気にもする。気にもなる。
 
 折角というのもアレだが、俄然興味が湧いてきたぞ。……お前さんらの里の跡」
 
総じて寂しがり、というのも思考としては安直にして短絡。
内心を深く精査する機微があるかどうかまでは、口にするまい。向こうの心情は向こうのものだ。野暮が過ぎる。
だが、そういう場所が在ると聞けば。見に行ってみたくなるというのは、何かの縁、ともいう奴だろう。
膝上の二匹が飼い主の言葉に、“まーた悪い癖が出てる”と云わんばかりに顔を見合わせ、尻尾を垂らす。

「だろう、な。軽く調べはしたが、王都でちらほら見る手合いを思えば。……入るまでや易かろうよ多分。
 路銀作りがてら物を売れば、多少なりとも市井の内情は聞けるだろうさ」
 
聞いた話はお前さんにも回した方が良いかね、と。指差す鬼手に肩を揺らしつつ、酒樽か甕を漁るように手を伸ばす。
始めてみる土地は、色々見聞きしたくなるものだ。
商売をしに来たつもりではないが、幾つか物を売り、路銀を作る過程で話が聞けるだろう。
如何わしい噂の類も聞ければいいし、道士や武人たちの仕合の光景を見物できれば、当地の武の何たるかが見えるだろう。

宿儺姫 >  
「急にという程でもない。
 我が目覚めるまで数百年は経っておったようじゃしなぁ」

全盛の力を取り戻すにも相当な時間がかかった上に、それでもまだ取り戻し切れてはいない。
数百年、一つの種が滅びるには十分な時間とも取れるが。

「理解らん。どこへなりと失せたのかも知れぬし。
 帝都の道士どもに攻められたのやも知れん」

「ともあえ淘汰されたのであれば弱きものが滅びるは道理よ」

言いつつ、がぶりと酒杯を大きく呷る。
口の端から零れた酒精を腕で拭う仕草はいまいち雌のものとは思えぬが。

「さて、我の耳に入れて面白い話があったなら是非そうしてくれるがよい。
 にしても王都から帝都くんだりまで、九頭竜の洞穴に入ってきた時も思ったが物好きな武人よの」

影時 > 「と、言うことは。人の世で子が生まれて、運よく長生き出来て老いて死ねるのが続いたなら、……数代は経てる時間か。
 何ンとも言い難ぇ時間だなぁ、つくづく。
 滅びるにあたり、お前さんのような連中の集まりがあっさりころり、という気がしねえのに」
 
どこぞで王朝帝国が興って滅びるに足る様な年月の経過とは、何が起こるか分かったものではない。
書にも碑にも記されず刻まれない記録とは、最悪微塵のような微細な痕跡を辿っていくしかない。
百年、と聞いてもそんなに長く生きようもない小動物達には、分からないらしい。
否――若しかしたら長じて化ける域になれば、分かる心地かもしれないが。
自分たちの会話に“わかる?”“……わからない”とばかりに、顔を見合わせる二匹が、ぴょいと元の場所に戻り、水を飲む。

「まぁ、道理ではある。あるが、道理と弁えてばかり居られんのも自然な心の働きだろうよ。
 ……帝都でその辺りの記録でも見つけられたり、転がっていたりしたら、笑うしかねぇなァこりゃ」
 
此処に広げた安酒もあれば、それなりに値も張るものもある。それらを水のように干せば、溢れ零れるのも是非もない。
女らしいとは言い難い拭う仕草を見れば、それを性根ばかりと思えぬのは入れ込むからか。
全く、と内心で思うものがある。とは言え、見知らぬ土地への来訪は無目的の逍遥より、指針合っての探索の方が色々捗るのも確か。

「おう、そうしてやるともさ。
 そりゃあ、な。単に面白きばかりではなくとも、興が湧けば髄まで知りたくなる。未知を埋めたくなる。
 それで何になるかどうか、ってのは正直どうでもいい。……知りたがりの物好きって言うのかねえ、俺は」

宿儺姫 >  
「何、帝都でそんな話が拾えたならば──。
 それに至る力を持った道士かあるいは武人か、その末裔が今もどこかに居ろう。
 呵々。それはそれで、鬼を滅ぼし得る者の血脈を探し回るのも愉しかろう」

寂しさを感じるとも、それ以上に鬼を屠ったものがいるならばその力に惹かれるが性分。
のんびり穏やかに酒を飲み交わしていたと思えば、途端にギラついた眼をするのだから手に負えない。
言葉こそ通じれど、酒を交わしている相手が人外の魔性であることを否応なく感じさせる。

「未知を埋めたくなる…。 わからないでもない…か」

力への探求は己とて。
それが未知の力であれば沸々と欲求が湧き上がる。
尖ってはいるものの、在り様としては同じか…と。

「呵々、命を惜しまぬ姿勢が加わればそら物好きかもしれぬなぁ?」

影時 > 「居そうではあるが、それとなく捜してはみるかね。だが、期待はしてくれンなよ?
 狡兎死して――何とやら。強き鬼の一群(むれ)を滅ぼす位に強くとも、事が済めば除くとするのも世の流れの一つらしいからなぁ。
 
 だが、もしそんな奴が女だったら、先に俺に譲ってくれると有難いね。一手指南願いたい、なんてな?」
 
嗚呼、そういう一族が残っていれば敵を討ちたい、というのは違うだろう。見込み違いが過ぎる。
その手の強者が居ると知れば、戦ってみたい。そういう単純明快なロジックだろう。
理解できないとは云うまい。よく分かるものの考え方だ。
夜目にも明瞭な目のギラつきに肩を竦め、続ける言葉は冗談めかしたもの。

「それを続けばやがて、知らぬものがなくなるワケでもないしな。
 ……世が続くなら、未知が勝手に生まれていく。俺が先に果てるか、世が先に終わるかの違いでしかない。

 はは、そりゃお前な。
 手前と同じかそれ以上に戦える相手ほど、楽しいを通り越して愛おしさを覚えるものはないぞ?ついつい羽目も外しちまう」

つまりは果てが無い。自分たちの後に何も生じない、生まれないわけがない。
強者の卵は何処かで生まれ、芽吹き、育つ。そんなものたちが、自分たちを凌駕しないわけがあるものか。
戦うことになったら? それはもう、全力で心置きなく歓待する以外に何があるだろう。

宿儺姫 >  
女であったなら先に譲れ、などと宣う男に眉を顰め、酒に彩られた吐息を吐き出せば。

「わざわざ譲らずとも見つけたらさっさと仕掛ければ良かろうに。
 どちらが先に見つけるかでいいっこなしじゃ。そんなものは」

そうなれば町に入れるこの男のほうが圧倒的に有利ではあるだろうが。
女に限定した話なればそれも人の雄らしい、と胡座を組み直し。

「貴様も貴様じゃな。
 その精神は人というより鬼に近いぞ」

胡座の上に頬杖をついた牝鬼は片目を細めながらそう吐き捨てる。
それだけ闘争に惹かれる様といえばまるで己のような在り様だ。
……突然襲いかかったり、まではしないのだろうが。

影時 > 「おっと、それも道理だ。よくよく考えりゃ釘差すまでもなかったわな」

おお、野暮だ野暮だ、と。続けて、かはは、と笑いだしながら傍らの瓶を掴み、栓を開ける。
くいとやると喉を洗う味わいと炭酸は、麦酒の類だ。さて、何処で買って死蔵していたやら。
まだ飲むのか、と言わんばかりに見てくる毛玉たちはひとしきり、飼い主たちの呑み真似を堪能したらしい。
大きく欠伸をする姿が飼い主の羽織の裾に潜る仕草を察し、雑嚢(カバン)の蓋を開ける。
尻尾をくねらせ振って、潜る先に二匹の寝床たる巣箱がある。
残った乾きものがあれば、それもつまみとしよう。塩味は足らぬが、殻を剥けば食えるものが多い。

「――正真の鬼にそう言われると、面映ゆいねェ。
 さて、あれだな。取り敢えずの宿が定まれば、その八卦の御山の廃墟の辺りまでに登ってみたい。
 
 案内を請えるならお前さんに請うてみたいが、如何に?」

教師として物を教えたり、家庭教師として弟子を導ける位には、社会に溶け込む、一応は真っ当に生きている。
だが、矢張り。命とりとなりうるものに惹かれる、滾らせるものだ。それは止め難い衝動でしかない。
誉め言葉には剣呑な言の葉に、クク、と唇の端を釣り上げつつ、問いと共に呑みかけの麦酒の瓶を差し出そう。
好みではないかもしれないが、先ずは呑んでみないことには分からないのも酒である。

宿儺姫 >  
「案内を? 構わぬが平坦な道なぞそうはないぞ」

九頭竜の山のように行商が通るわけでもない。
ただ只管の獣道、鬱蒼とした山道、そして霧烟る峠と谷である。

「──まぁ、良いか。
 酒の礼くらいしてやろう。我は帝都には近づけぬ故、さっさと宿を決めるが良い」

古の時代からではあるが、どうにもあれに近寄ると満足に力を発揮できなくなる。
道士どもの仕業か、それとも土地に根ざすものかは不可解なれど。

からん、と空の酒杯を変えればやれやれとどっしり降ろしたままであったその腰を持ち上げる。

「であれば一足先に征くとするが、伝手は如何する?」

影時 > 「御山を登るにあたり、生易しい道がある方がどうかしてねェかな。剣呑しかあるまいよ」

話を聞くに、危険以外の何物でもないだろう。
そもそも真っ当な山であるかどうか、という疑いも深く知ることが出来れば、増すことこの上ない。
己は忍者である。そんなものが道なき道を行くにあたり、音を上げるのは笑い話が過ぎるもの。

「おお、心得た。暫く過ごすに辺り野宿ってのも、色々とバカバカしいからなぁ。
 ……なら、この札の片方を持っておけ。持つのが面倒なら、身体のどっかに貼っときゃいい」
 
酒代を請求する――というのも誘うに辺り手として考えたが、何分鬼だ。通じぬ可能性も想定した。
だが、礼として思ってくれるなら、話を進めるにあたり有難いことはない。
鬼が帝都に近づけない、と聞けば思い当たる事象がある。マグメールの地における魔族の動向、動きの経験則、法則性めいたことが生じているのか?
そんな考え方はさておき、忍び装束の袴を漁り、隠しスリットから符を一枚取り出す。
念と共に氣を篭め、立ち上がる姿にそれを差し出そう。
修めた忍術、その術技の中には符を媒介としたものもある。その応用、利用にも男は長ける。

「対となる符同士で、声が通じる仕掛けだ。宿が定まればそれで呼びかける。
 もし、通じぬならお前さんがそれを持ってさえいれば、式紙を出して追うことも適う筈だ」

宿儺姫 >  
「まぁ帝都に入ることさえできれば八卦の山の話も聞くことはできよう。
 …札? 身体にはっつけてまた岩に封じられたりせんじゃろうな…」

古の時代から道士とやりあっていた鬼にとって札にあまり良い記憶がない。

まぁ、目の前の相手にそれがかない、
そうするつもりであったならいつでも出来たことだろう。
故に、ただの口遊びに過ぎない。

受け取ったそれを指先でつまみ、ひらひらとはためく札をじぃ…と怪しげに見据える。

「ほぉ…便利なものよ。術の類にはちくと縁がないが。身につけておくとしよう」

人となにかの約束をするなど性分でもないが、存分に酒を呑ませてもらったには違いない。
渡された札を身にまとう襤褸布の隙間に押し込むようにして。

影時 > 「向かうに当たり、知っておかなきゃなんねぇことも多かろうしなあ。
 そうでなくとも郷に入れば何とやらなら、嫌でも知るべきコトかもしれんし。
 
 ……あぁ、そういうことがあったのか。
 そういう品じゃねぇよ。もとより、封じたら宿儺。お前と遊べねェだろうが」
 
八卦の御山の驚異、または驚異というのは、若しかしたら知っていて当然のことかもしれない。
実地に向かうまでもなく、少し調べるだけで芋づる式に知識を叩きつけられることにもなり得る。
続く言葉を聞けば、あー、と。顎を摩って苦笑を滲ませる。
封殺の術に覚えもあるが、そうする気はない。その気にもなれない。
その言葉も戯れのつもりだろう。しねーよ、と笑って返して。

「こういう時にこそ役立つ術、ってな。
 山に登るまでなら符の効力も保つだろう。まぁ、取り敢えず数日の間にはな、声を送る」
 
札が向こうの襤褸の間にちゃんと隠れたのを見届けて、散乱する呑み会の痕を一瞥する。
寝る前、朝に出立する前までに後始末をしよう。
甕は雑嚢にすべて突っ込み、樽は割って薪にして、最終的に灰は埋めてしまえばそれで事足りる。
整地を忍術で為したなら、その逆もまた然り。痕跡を残さず埋めるのは忍者としての倣いだ。

宿儺姫 >  
「くく、鬼を遊び相手と宣うか。大したタマよ」

そういって笑い飛ばすのも、本来喰らう存在にしか値しないだろう人間の、この男に一目を置いた証左だろう。
事実、幾度も鬼と出会い五体満足でいるというのも人間では珍しい。
並の強者でないことはさしもの鬼も理解ろうというもの。

「善き。
 では報せを待つとしよう」

「──馳走になったな、影時」

人からの報せを待とうなど数百年の生の中で一度足りとて在ったか否か。

豪と地を舐める風が牝鬼の亜麻色の髪と襤褸を棚引かせる中、言葉を投げ終えた鬼は地を蹴り己もまた疾風となり、その場から掻き消えよう。

影時 > 「あれだ。遊び、じゃれ合いで済んでるうちだから、かもなぁ」

――もし、(かたき)を取るだの、怨敵を殺すだのとなったら、話は別だろう。
他の知らぬ誰かの事情は知らない。この雌鬼を不俱戴天の敵と狙うものが居るなら、その気持ちは分からなくもない。
だが、己は今その他者と気持ちを同じくするだけの所以が無い。故にまだ、遊びと言える。

「おう。近日のうちに、な。
 大丈夫とは思うが、それまで狩られたりすンじゃあないぞ?」
 
鬼と約束を交わす人間というのも、かなり矢張り奇異、尋常ではないのだろう。
風が吹く。焚火の炎を揺らし、男の装束を揺らす豪風に混じりて、鬼が疾風となる。掻き消える。
ふっと気配が失せた後に残るは一人。その場にどかりと座しながら、呑みかけに手を伸ばす。
より取り見取り。空き瓶と当たったら笑って放り出そう。

気紛れの旅だが――より一層に、愉しくなりそうだ。

そう思いながら一夜を野宿で過ごし、夜明けと共に片づけて動き出そう。目指すは帝都――。

ご案内:「帝都シェンヤン近隣」から宿儺姫さんが去りました。
ご案内:「帝都シェンヤン近隣」から影時さんが去りました。
ご案内:「飲食店街」にタン・フィールさんが現れました。
タン・フィール > 様々な種類の飲食店が立ち並ぶ平民地区の一角の、安くて美味いと評判の大衆酒場。
そこの丸テーブルに一人でちょこんと座り、
「ほれ、どうぞ!味見よろしく!」と愛想の良い店員が景気よくドンと持ってきたのは、
小柄な少年の薄い腹に収まるかどうか不安になるほどの、
豪快に切り落とされたミディアムレアのステーキ。

ある日「お前さんが調合したハーブを料理に使ってみたい」とこの酒場の店長に相談を受けたことで実現した、ちょっとした試食会。
普段は薬として提供していた薬草・香草の意外なアプローチに興味を持った幼子は二つ返事で試食を快諾し、
今日はその味わいを実際に確かめようと、店長得意の豪快ステーキの香草焼きを振る舞われることになったのだ。
それも、幼子だけではなく、この場に居合わせた全員に。

「ぉおーっすごい! いっただっきまーす! ……はむっ、はもっ…んくっ…♪」

手慣れてない様子でナイフとフォークを扱い、分厚い肉を切って、あんぐり口を大きく開けて頬張り、咀嚼する。

がつんとくる塩気と、脂はそこまで乗っていないが真っ当な赤身肉の旨味に舌が悦び、
さらに、食欲を増進させるハーブが的確に風味を際立たせた絶品で、
幼子以外の客も、食べ慣れた味に加わった新たな風味に舌鼓をうっている。

常連らしき客の一部からは「これイケるよ店長~~~~~ッ!」などという声も飛び、
内心嬉しくなって足をぱたぱたさせながら、次の肉をせっせと切り分けては口に運んで。

タン・フィール > 「ほーう、ほぉう、 こう来ますかぁ……」

目を閉じて味覚を鋭敏にした、…気になりながら肉の味わいとそれを補佐するスパイス・ハーブの風味を堪能し。
イマジナリーなグルメっぽい口調をごっこあそびのように発して愉しみながら、味に向き合う。

解毒と疲労回復の効果のある薬草と、胃腸を刺激し胃酸を増す食欲増進のハーブ、
さらに五感を鋭敏にする種子油をソースに加えていて、結果として
「食らうことで一日の元気を補充し取り戻し」
「食うほどに食欲が増し、大量に接種可能で」
「彩り豊かな見た目、香ばしい香り、肉を噛み切る音、舌先に残る艶めかしい食感、円熟した旨味を舌に感じる」
本能に訴えかけるような肉料理となって、

価格でいえば、庶民ならば週に数回の食事に当てられる程度でありながら…
野趣・野味と銘打てば、富裕層の舌すら満足させるかも知れない逸品が出来上がる。


店の各所では絶賛の声があがり、次々と表通りから肉と香草の焼ける匂いにつられて客が詰めかけ、
大声で称賛するもの、酒を入れるもの、もくもくと食べ続けるもので店は賑わっていく。

タン・フィール > 「―――っふぅっ……!」

香辛料が胃袋と血管を開き、ぽかぽかと身体の血の巡りが良くなる。
額をじんわり湿らす汗を手の甲で拭って周囲を見回せば、
食事処としては異例の賑わいをみせる、肉と酒のパーティがそこかしこで始まっていて、

お酒、飲めたらもっと美味しいのかもな……なんて考えながら、
かなり大量の客にタダ同然で肉を振る舞ってしまっているが、大丈夫なのかと店長の方を見やるが、
彼は彼で腕を組んでウンウンと満足げに頷いているので問題はないようだ。

――――――――――――――――

ちなみにであるが、これは幼子も知らされていない店長の密やかな戦略で、後から訪れた客に出した分の肉は、
通常出すよりも消費期限が迫っている肉を引っ張り出して振る舞うことになっていた。

無論、平時は店長や店員が賄いで食べるものなので、そこまで粗悪で劣化した危険物ではない。
しかし、それを仕入れたての新鮮なステーキ肉とほぼ同等に生まれ変わらせる効果がこの香辛料には見込めると踏んで、
新商品のお披露目という形で振る舞い、こうして大好評の宣伝となったわけだ。


幼子のハーブを食用に調合・配合したスパイス粉は、
粗悪な腐りかけのものでも、日持ちさせ・消臭し・毒を消す調味スパイスとして、王都の一部で出回ることとなる。

富裕地区の、伝統的な王都の上流階級の食に舌を肥やした人々にとっては、
ややストレートに過ぎる旨味と涼感が「くどくて子供っぽい味」との評判が立ったが、
目新しいもの好きな平民や、食事情に余裕のない貧民には、一部区画から人気がじわじわ広がったという。

シェンヤンから訪れた人にも、一部のハーブやスパイスが郷里の味を思い起こさせてくれるらしく、
一部商人は彼の地へ持ち帰ったとかなんとか。

――――――――――――――――――