2024/04/18 のログ
影時 > 訓練場を借りての素振り、挙動の反復、反芻はいわば反省会のようなものだ。
普段やることではない。忍びとしての動きは極力隠しておきたいが、分かる者が見れば分かるものは仕方がない。
分かる者は分かってしまう。どうやら、この地における忍者というものは恐らくその類らしい。
そんな自分が培った剣術、剣技は忍者としての技能というよりは、別の師に付いて習得するに至ったもの。
腕自慢の侍に扮するためであり、逃げ場がない状況で真っ向勝負に興じるための手管でもあったが。

「速さに任せて打ち込むよりも、拍子を合わせて叩き込む方が……もっとマシに通った、か?」

思い返すのは過日の戦い。強敵を相手取る機会というのは、迷宮探索でもそうそうあるものではない。
強敵との戦いはどれだけ繰り返しても止められない。生死の境界に愉があり、悦がある。
己にとって、強敵とは忍務を遂行する際はただただ障害であり、迂回せざるを得ない厄介事と言い変えられる。
向き合い方を変えるだけでこうも変わる。コインの裏表、占い札の位置のように。
そんな変化の潮目、境目を探るように、刀を構える。左手を離し、峰に添えてぐっと踏ん張るのは刀で何かを受け止める心積もりか。

「……凌ぎ、流して返す業か。嗚呼、成る程」

口にするもので習得している技、動きはある。だが速度重視、効率重視で動くと軽視せざるを得ないものでもある。
それを必要としないよう、状況を運ぶのが目的達成の早道だが、考えればそう事を運べる仕事を選んでいた――のかもしれない。
そう思ってしまうと、苦笑が滲む。諸々を甘く、軽く見ていないか?という感慨に。

影時 > 「……こういう時は、なンだろうなあ。
 下手に分身を使うと同期を取れちまうから、鍛錬にならなくていかん。俺以上に剣が達者な知り合いが欲しいな」

いわば後の先を取るような応じ技、返し技の類は練習、訓練が難しい。
百戦錬磨たる忍者の奥義の一つとして、分身の術を駆使する手立てもあるが鍛えの手段としては、あまり向かない。
分身を仮想敵とする場合、彼我の呼吸を知っているのが逆に問題となる。
全く同一の人間が複数存在した場合、思考を合わせやすい。同期も出来るならば余計に。
精妙な剣技勝負の場合、鍛錬を頼めそうな剣士に心当たりはいるが、脳裏に浮かべて――困ったように笑い、息を吐く。

「学院で俺を相手に乱取りさせるほうが、まーだマシか……?
 いや、同じ位の冒険者とつるんで深層に挑む方が鍛えになンのかね……」

刀を一振りし、左腰に差した鞘に納める。
調子の具合は鍛錬を再開すれば恐らくマシになるとは思う。だが、強さの先、その先を思い始めると、思うことが多い。
師として慕われるのは良いにしても、故にこそさらに鍛えを得る必要がある頃合いなのだろう。
見眼麗しい誰かと懇ろになるのも良いが、同じくらいに考えるべき事項だ。

ご案内:「平民地区・冒険者ギルド内訓練場」に枢樹雨さんが現れました。
枢樹雨 > 霊体となって上空から街を見下ろすが常の妖怪。しかし今日は目的を持って、実体を持ってこの場に居た。

それはつい先日、知人から聞いたゴルドの稼ぎ方がきっかけ。
冒険者ギルドで依頼をどうとかこうとかなんとかかんとか。
それほど難しい話ではなかったはずが、あまり興味を惹かれなかったが故に記憶が随分と曖昧で、
依頼板を見るなり受付にて話を聞けば良い所を、気が付けばギルド内をうろつき何処へやら。

―――最終的に辿り着いたのは、入った所とは別棟の、妙に開けた場所。
カラリ。下駄を鳴らして石畳を歩けば、その先に人影を見つける。
一歩、一歩、近づいて行けば、石畳から土の地面へと変わるだろうか。
そうして妖怪は、僅かに目を瞠る。
貴方が腰に刺す物を見つけ、今度は確かな興味を瞳に湛えてもう一歩。

「……刀?」

ぽつりと、零した一言。二人だけの空間。貴方の耳に届くかは微妙な声量。
この国に流れ着き、初めて見たそれは、確かに己の記憶にあるものとよく似ていた。

影時 > 諸々の罠を仕込んた山野で山籠もり、というのも手ではある。
此れはどちらかと言えば、弟子と共に長期休暇を過ごす際の方向性だろう。今の生活は罠を仕掛けるより、解除することが多い。
結論、鍛えを求めるならば、それを見込める対敵と戦う場を望む方が一番確実であろう。
術の研鑽も積むにしても、何よりも恃みとすべきは己が肉体に叩き込んだ武技だ。それを疎かにした忍者は忍者足りえまい。
肌に浮いた汗が少しずつ乾いてゆけば、その分だけ身体が冷えゆく。
肌脱ぎにした着物にまずは左肩を通してゆく中で、ひとつ。――音を聞く。聞き慣れた、だが、この地では余り聞かない履物の音。

「ふむ?」

その音に惹かれ、ゆるり、と。身を向ける。身体を向ける。
見えてくるのは形状と枚数は抜きとして、己が着衣と系統と思想が似る装束の姿。その姿が口を開いたように思える中、

「――ご同郷かね、お前さん。あっちじゃそう珍しくない品もこっちじゃあそうでもないか」

左腰に差した刀の柄頭をとん、と左手で叩いてみせつつ、声をかけよう。
そんな飼い主の様子に気が付いたのか、うとうととしていた小動物たちが、ぴょいと云った風情でそれぞれ違った動きを見せる。

一匹はひらりと跳んで、親分と仰ぐ飼い主の頭上に。
もう一匹は身軽に地面に降り、よじよじと肩上へ。

頭上に貼りつくように跳んでくるモモンガと、肩上に立つシマリスと。揃いの白い法被を着た毛玉が好奇の目を向ける。

枢樹雨 > 魔導の灯りが照らす屋根の下は明るい。
遠目にもそれなりに伺えた、貴方の姿。その身が纏う衣装。極めつけの獲物。
気が付けば桐の下駄で地面を蹴り、勿忘草が飾る裾を揺らす。
襦袢と単衣の着物をきっちり着付けた妖怪は、小股で小走りに貴方の傍へ。
頭から被る薄絹が落ちぬ様にと左手を頭に添えれば、袖もまた揺れる。

暗赤色の瞳が此方を見る。
けれど妖怪は腰の獲物に視線を注ぐまま、許される所まで駆け寄ろう。
それは貴方の目の前。ほんの少し走っただけで息をあげつつ、刀に注視するよう身を屈め。

「刀…。この国に来て、初めて見た。―――同郷、なのか?…ああ、うん、…そうかもしれない。」

しげしげと遠慮なしに貴方の獲物を見つめた後、ゆるりと視線を持ち上げればそこには先ほどまで居なかったはずの生物が。
頭と、肩。茶と黒のそれ。ひとつ、ふたつと瞬いた後、やっと貴方の暗赤色を見つめる。
淡々と、抑揚のない声音。今だこの国のことを、自分の居た国の事を把握しきれていない妖怪は、首を傾げ乍らに応じては、
息が整い始めた所で自然と背筋をしゃんと伸ばし。

「君は、刀を振るう人?その動物は……、夕飯?」

刀を振るうならば、戦人か。はたまた別の何かか。
好奇のままにじぃ…と視線を送るなら、視界の端にあるもふもふの存在にふと、素朴な質問を。

影時 > 火によらない灯火は温かみにかけるかわりに、かくあれと定義されたかのように明瞭だ。
故に向こうの姿もよく見える。否、よく見えなければならない。
見える着物と仕立ては今の己と比べ、刺繍された意匠の分だけ華やかで。
ただ、気になるものもある。頭から被る薄絹だ。その下に隠れたものは――さて、なんだろう。

ここ数日寝ていたせいか、剃る間もなかった髭が生えた顎を摩りつつ片目を眇める。
僅かに宿る氣光を揺らめかせ、見やる相手はやはり己が腰のものに注意が向いているように見えて。

「そうとなりゃぁ、嗚呼。この地に足を踏み入れてまだ間もない類か、多分。
 どンだけ使えるかどうかはさておき、持っている奴は……――意外といるようだぞ?刀は」
 
――ただ、神通力か。それとも妖力か。力ある刃とは、どれだけこの地に持ち込まれているか。
同郷のように見えるが、そうであるかどうかは断定しない。確定はまだしない。
作り手も所持者も幾人かは知っているが、刀とはこの国、この土地ではそうメジャーとは言い難い武具ではあろう。
そんな己が刀にはひとつの特性がある。震えを得ない、というのは龍の気配を感じ得ぬから。

「見ての通り、って言うと分かりづらいか。いかにも、って奴だよ。使い手だ。
 でー……お前らってそんなに美味そうに見えるのかねェ。こいつらは俺の子分だ。食いもんじゃねぇよ」

韜晦した言い方は、避けよう。忍びもまた刃を振るい、戦う者の一つに他ならない。
気になるかね?と刀を鞘ごと腰に外し、向こうの顔の高さに持ち上げてゆく中、聞こえる質問に思いっきり顔を歪める。
噴き出し笑いそうになるのを堪えるような表情は、頭上と肩上を交互に見てのもの。
同じことを言われた覚えがあるからか。あっしらそう見えるんだー……、とばかりに、嘆くように二匹が虚空を仰いでみせる。
でも、子分である。戦うものでもない。賑やかしであり、天然の癒しのプロフェッショナルのような生き物だ。

枢樹雨 > 初めて見る魔導の灯りに興味津々だったのは数日前までのこと。
今はもうその灯りにも慣れ、明瞭たる視界を享受する妖怪。
質ばかりは良い着物ではあるが、それを頓着する様子を見せないのは自在に作り出せるが故か。
砂埃が舞って真っ白な足袋を僅かに汚したとて、今の妖怪は貴方の持つ物にばかり好奇を寄せる。
結果、己自身の事へも頓着は皆無。
貴方が見下ろす視界。薄絹を不自然に持ち上げる、二対の鬼角が妖怪の頭には確かにあった。

「そう。気がついたらこの国にいて、――じき半月ほどか。
 少なくともその間、君以外に刀を携えた人には出会わなかったよ。
 …しかしそうか。得ようと思えば、この国で刀を得ることは不可能では、ない?」

貴方の憶測にひとつ頷きを。そうして束の間の月日を思い出すよう、白い指を折り数える。
そこへ差し出された鞘に収まる刀。
良いのかと、問うように前髪の隙間から貴方を見つめれば、両手で鞘と柄に触れる。
貴方が手を離すなら、その重さに驚きながらも抱えるようにして刀を受け止めただろう。
手を離さないのならば、白い指先が鞘や柄をそっと撫で、そして首を傾げる。
手法は置いておくとして、己もまた刀を得る事が出来るのかと。

「子分?この小さな獣が?……まさか、妖の類か?人の子が獣を子分にするなんて話は初めて聞くよ。」

人の子が飼うのは犬か猫くらいの知識。そこへ来て力も無さそうな小動物を貴方が子分などと言うのだから、
妖怪は仄暗い双眸を僅かに見開く。
そうして刀を見た様に、まじまじと二匹のもふもふを見つめよう。
頭上にいる子は、少し背伸びをしてより近くで観察を。

影時 > 油の灯火や蠟燭の光とも異なる光は当惑したが、見慣れてくるものだ。
絡繰りはどうあれ、利便性がある。煤が出ず、なおかつ、明るい。明る過ぎる嫌いもあるが、些細なことだろう。
そんな光の下に居る向こうは、随分と上等に見える着物を纏って見えるように見える。
履物の類もまた然り。足元を見る、という言い回しもあるが洒落者は足先まで徹底するものだ。
足先から、また改めて上までみよう。帯、膨らみを押し込んでいそうな胸元から、薄絹の下に垣間見えるのは――何か。

「なン、だろうな。……まるで神隠しに遭ったような言い草だな。妖しが隠されるっていうのも中々諧謔じみてるが。
 とはいえ、刀遣いは恐らく珍しい類だろうよ。使い手と呼べる使い手は、俺の知己だと指の数よりも少ねぇや。
 
 ――得るどころか、代価を揃えりゃ打てるヤツも居るぞ。昔なじみの刀鍛治もこっちに居るンだよなぁ何の因果か」
 
驚きは、すまい。ひとでなし、妖怪の類は故郷で名を馳せる程に忍びをやっていれば程度はどうあれ、遭遇した。
先日には鬼にも遭った。ここ最近はそういう日なのだろう、きっと、おそらく。
聞こえる言い草に、マジか、と目を瞬かせ、首を傾げる。そういう移り方、跳び方もあり得ないとは言い難い。
そう思いつつ、何か刀を試したげな様子に渡してみよう。
受け止めるような手つきに持ち手を離しつつ、頷く。舶来含めもたらされたではない、一から新造する手も皆無ではない。
何せ、今所有する佩刀を鍛えた当の本人も、この地に居るのだから。
 
「長じればもしかすると、だが……妖どころか、ふつーのけだものだぞ?一応は」

観察の目が向けば、頭上に乗ったモモンガが相方とは逆の肩の上にぴょんと降りてくる。
まじまじと見つめられれば、こしこしと顔を洗う仕草を見せて、ぢぃとくりくりの大きな瞳で妖怪を見上げる。
一応は、というのは他でもない。同種と比べて賢く、ちょっと力持ちな所は、妖に近いのかもしれないか。

枢樹雨 > 貴方がそれを厭わないのであれば、妖怪は己の頭を飾る人外たる証を放置するまま。
親切な誰かが『隠した方が良いと』言ってくれたが故の、薄絹。その親切に報いるよう、建前程度に被せられたものである。

貴方が手を離した異国の獲物は、非力なこの身にはやはり重たい。
両腕と胸で抱え眺めるも、鞘から抜くには至らない。
使い込まれているのであろう柄の部分、手入れされているのであろう鍔。そして鞘の材質を確かめるように再度指先で触れる。
――と、思わぬ貴方の言葉を聞けば、妖怪はパッと顔を上げ。

「なんと。刀を打つ者までいるのか。探せば存外、同じものを知り、作り出す誰かがいるものなんだね。
 ……私は、さて、どうだろう。神の戯れではなく、罰かもしれない。それならば、妖しも隠されるだろう。」

気が付けば貴方は己を妖しと称していた。その上でなお、獲物を手渡し言葉を交わす。
少なくとも売り飛ばされることはないのだろうと、頭の片隅で他人事のように考えながら、神に隠される謂われを戯れに語ろうか。
そうしてそろそろ腕が辛くなってくると、「ありがとう」と言って貴方に刀を返す。腕が開くなら、重かったと二の腕を擦り。

「普通…。確かに妙な気配は感じないが…、そうか。では賢い子なんだね。君が子分とするくらいには。」

思えば二匹共に大人しく貴方の肩に留まっている。
己に牙を向ける様子もなければなるほどと納得の頷きをひとつ。
おもむろに白い指先をシマリスの方へと差し出し、触れるか触れないかの位置で留め様子を見遣り。

影時 > 恐らくは、時間のせいだろう。それとも人の入れ替わりの合間のような時間だからか。
貴人が被る市女笠よろしく、被っている薄絹を強引に剥がす所以はない。
酔狂を気取る身とて、仮にそうしたところで面倒を生むかもしれない愚は好まない。
もとより、言葉を交わすものが何であれ、ヒトデナシであれ、姿かたちはそう深くには値しない。

――だが、矢張り刀とは重いものであるのだろう。

由来からして、今の佩刀はこの地で新造されたものではない。作り手がこの地に居ても、元は故郷の地で鍛造されたもの。
それが如何なる所以か、本来の担い手ともども異国の地に至り、迷宮の奥底に封殺された。
だが、不可思議な巡り合わせを経て、神刀とも妖刀とも呼べるそれは今、男の左腰に収まっている。

「打ち方を学んだこの地の者も、……居るのかもしれねェなぁ、若しかすると。
 まぁ、経緯はどうあれ、手に入れようとするにあたり、不可能は無ぇってこった。
 入用なら、森の奥――湖に繋がる川のある場所を探してみな。危険地帯だが、森の奥の庵に俺の知る鍛冶(かぬち)は居る。
 
 まるで流されたみてェな話だが、何かの思し召し……なのかねぇ」
 
自分から見て異邦人が、逆に刀の鍛造法を学ぶということもない、とは言えない。
ひっくるめて手段を問わなければ、刀を欲するにあたって手立ては意外とどうにかなる、というコトでもあるだろう。
出来栄え等まで拘り出すときりがないのは、仕方がない。武人は少しでもいいものを求めがちだ。
返却される得物を受け取り、差し直しながら、どういたしましてと笑おう。細腕にはやはり重かったかもしれない。

「人の話が分かる位にゃ、頭いいな。……こっちはスクナマル、で、そっちはヒテンマルだ。ンで、俺は影時と云う」

人語を解する位には頭が良く、手紙を運べる位には力持ちで器用だ。
そんな二匹のうち、指先が伸べられたシマリスがすんすん、と指の匂いを嗅いで、小首を傾げる。
ヒトとはなんか違う?と言わんばかりの仕草に、相方のモモンガも親分の背を伝ってその隣に留まる。
その様子を見つつ、それぞれを指さし、最後に親指で男は己の顔を指さして名乗る。ついでに肩脱ぎにしていた右肩によいせ、と着物の袖を通し、襟を直す。
遠く、人の声が聞こえてくる。この場所を使うつもりなのだろう。団体様、と呼べるような複数人の声だ。

枢樹雨 > それがただの刀であるのか、曰くつきのものであるのか、今の妖怪には察せぬもの。
そもそもこの妖怪にとって"ただ"の刀は存在し得ないのかもしれないが、それはまた別の話。
今は貴方が触れさせてくれるそれをこの身で確かに感じ、視覚だけの情報を塗り替えていく。
それだけで少し満ちる妖怪の欲。残る重みの余韻を払うよう、軽く腕を振り。

「森の、湖に繋がる、川。……覚えておこう。出会うことが出来たなら、また改めて、君に礼を言いにいくよ。」

漠然とした情報も、霊体となり漂える妖怪にとってはそれほど不足に感じない。
貴方の言葉を噛みしめるように繰り返し、ひとつ頷くなら、指の匂いを嗅ぐシマリスの小さな鼻をつんとつつく悪戯。
噛まれたならば仕方がないが、悪戯はそれだけに収めてきちんと手を引こう。
鼻の利く小動物が人ならざる気配に気が付いたとも知らず、のんきにその仕草を眺め。

「すくな、まる。ひてん、まる。かげまる…ではなく、影時。――私は枢(くるる)だ。顔を見る事があれば、呼んでみて。」

生まれた国の影響か。自然と"まる"の前で名を区切ってしまうも、きちんと伝えられた名を受け取ろう。
そして己の名もまた返すなら、とこからか他者の声が聞こえてくる。
貴方の仲間か何かだろうか。そんな風に思った妖怪は、からりと下駄を鳴らしって一歩後方へ。

「影時。懐かしいものを見せてくれてありがとうね。何か、君の国特有のものがあれば、私に見せてほしい。
 また、会えたその時にでも――」

変化は足元からじんわりと。実体から霊体へと戻る妖怪は、貴方から見れば消えていくように見えるかもしれない。
魔に通じる何かがあれば半透明になっていくだけかもしれないが、それは貴方だけが知ること。
そうして頭まで霊体へと戻った妖怪は、ふわりと浮いて屋根をすり抜ける。
向かう先は決まっていない。ただ今宵は貴方に別れを告げて――…。

影時 > 本来の鍛造目的、用途に供されない限りは、この刀はよく斬れて頑丈な以外は刀でしかない。
ただの刀ではないという点については、鯉口を切ってみればそれだけで理解できたかもしれない。
抜けば、劫――と生じる圧は、ただの鉄と鋼の塊には生じ得ない。
素振りしている間、気配のような圧が周囲を騒がせないのは、今の使い手の力、技量の証左に他ならない。
気配同然の圧を呑み、打ち消すように隠形を為しうる忍びの技。

「覚えとこう。もし会ったら、ジジィがよろしくと言っていた、とでも云やぁ話が早ぇかもな……と?」

存外、力なきものを排するような危険地帯もこの妖は意を介さないかもしれない。そんな気もする。
手土産はある方が良いかもしれないが、言伝よろしくこう言っておけば、邪険には恐らくしないだろう。
そう思いつつ言葉を投げれば、鼻先を突かれるシマリスが何かを感じたのだろう。???と疑問符を浮かべるように首を傾げる。
悪意の匂いを感じれば、遠慮なく――がぶり、だろう。
そうしないのは悪意のなさと、街で嗅ぎ慣れたヒトの匂い、気配と違うから。何か変わってる……?と相方と顔を見合わせる情景が肩上で広がる中。

「単純にスクナとかヒテンで呼んでやってくれてもいいぜ。 (くるる)、ね。あぁ、そん時は勿論そうさせてもらう。
 ……どーせだったら、茶でも点ててやる。気が向いたときにでも遣って来てくれや」
 
普段はこう呼ぶ、と。まると付けない呼び方もありだと示しつつ、下駄の音を聞く。
人の気配は一瞥すると見知らぬ顔だが、この時間だからこそ派手に取っ組み合いでもしたい類であろう。
河岸を変えるか、長居は無用か。そう思いつつ、まるで霞のように薄れ消えゆく姿を見送り、小さな笑みと共に言葉を送ろう。
ふわりと浮く姿に何を察したのか、肩上の二匹が尻尾を立てて前足を振るような仕草を見せてゆく。

ひときしり見送り終えれば、男は荷物置き場にしていた木箱から羽織と襟巻を回収し、この場を後にする。
今少しの静養と瞑想を終えれば、動き出すにあたって調子も整おう――。

ご案内:「平民地区・冒険者ギルド内訓練場」から枢樹雨さんが去りました。
ご案内:「平民地区・冒険者ギルド内訓練場」から影時さんが去りました。